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桃屋の創作テキスト置き場
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■BGM 2  ー愛し子の 墓辺吹く風 静かなれー  11■




 ピエロの言葉に、俺は激昂する。
「誰が!てめえなんかにやるかってんだ!」
 俺はカイを抱き締めたまま、空中から言葉を降らせる無礼極まりないピエロ野郎に食って掛かる。


「・・ありがとルカ、もう、平気」
「平気ってお前、顔色が・・」
「平気」
 無理やり俺の腕から逃れようとするカイに、しかし彼女の顔が真っ青に染まって居るのを見て、俺は一瞬躊躇するが、彼女は有無を言わせぬ視線で、俺は力を緩めるしかなかった。

「今はアイツが先」
「ごもっとも」

 レイが背後でぱきん、と指を鳴らす。


「赤龍炎(ドラグ・フレア)!」


 赤龍の魔王・フォレディグスタンの力を借りた術を放つ。
 黒魔術の攻撃魔法の中で、比較的取得しやすく、使い勝手もある術である。

 最も、黒魔術自体が取得しにくい技ではあるので、この表現はいささか不適切かもしれないが。


「ふむ」
 奴は一言呟いて、ひらりと身をひねり、術をかわす。
 しかし!


 くん!
 俺が微かに手を動かすと、それに呼応して術が戻ってくる。
 何の事は無い。術の特性、不確定要素言語、もろもろ全てを理解していれば、コレくらいのアレンジは可能だ。
 ・・・実はそれが結構めんどくさいけど!!


 奴が気付く暇もあらばこそ。
 背後に術が肉薄する。
「ぎゃああ!」
 悲鳴を上げ、空中でバランスを崩すピエロ。
 しかし、地面に落ちる事は無く、どうやってるのかは知らんが、空中で踏み止まっている。


「くそ、やれ!!」
 ピエロは一端上昇し、背後にスタンバってる下等魔族(ヴァルジャ・デーモン)達に攻撃命令を出す。


「しゃ――!!」
 一斉に咆哮を上げ、炎の矢を放って来る下等魔族(ヴァルジャ・デーモン)。


「水砲波(アクディス・ウェイブ)!」


 連携無しの数勝負な奴らには、広範囲射程の術を、とにかくぶっ放すしかない。
 ぶっちゃけ炎ステイタスな俺は、水系列があまりお得意では無いのだが、今はそんな事言ってる場合では無い。


『フレイム』


 ピエロが、空中に留まったまま、印も結ばずに、術を発動させる。
「くっ!」
 レイが受身を取りながらそれを避ける。
 しかし、術は木々や芝生に移り、一瞬にして辺りは業火に焼かれた地獄絵図になる。


 ・・・隔離されたか・・・


 隙を窺って背後に視線を走らせると、俺達の周り一帯に火は燃え広がっており、これでは援軍も来れやしない。
「・・・国お抱えの兵とか、期待してたんだけどな、ちょっとだけ」
 つぶやき、頭をふりふり、切り替える。


 冷や汗が垂れる。
 目の前には、それこそ優雅に浮かぶピエロ。 

 ぎりっ。
 知らずに、俺は奥歯を噛み締める。


「ご自分の力を過信し過ぎると、死に急ぐ事になりますよ」
 薔薇も恥らう様な深紅の唇を、微笑みの形に形成し、嘲笑が混ざった様な声音で。

「・・・何でカイを狙う・・」
 俺はレイとカイの気配を頼りに、二人をガードする位置に回りこみながら、口を開く。
「何故、と申されましても」
「殺すってんだ、理由くらいあるだろ」
 普段よりも数段低い、毒を吐きそうな位な声音で。

 ああ、本当ならこんな裏の世界の姿、カイには見せたくないのに、歯止めが、利かない。

「そう申されましても、私はマスターのご指示の元で動いているだけですから」

 マスター・・!?

 俺が疑問を口にするより早く、ピエロは瞬時に間合いを詰め、そのカギ爪で俺に襲い掛かる。


「ルカ!」
 カイの悲鳴にも似た叫びが、耳に届く。
 その声に、やけに不安が広がる。


 ・・どうしたんだよ、いつもみたいな余裕は、どこ行っちゃったんだよ・・


 腰の短剣抜き放ち、すんでの所で爪を受け止める。
 ぎぎぎぎ、と、金属同士が擦れ合う、鈍くて耳につく嫌な音。
「カイは殺させねえぞ!クソピエロ!!」
「貴方様にそれが出来ますか!?」


 ぎっ!
 ぎぃん!


 俺の短剣と、ピエロの再生自由なカギ爪。
 どう考えても、勝敗は決まっているようなものだ。
「くそっ!」
 一寸退いて、相手との間合いを計る。
 どうにも、奴の先程に一言が気にかかる。


 マスター。


 マスターってなら、コイツは雇われ?
 んな訳は無い。
 だとするならば、
 召還術士が、コイツを召還した奴が、近くに居る筈!


 見紛う筈も無く、コイツは純度100%、純粋な魔族。
 となると。

 魔族が主従関係を結ぶのは、自らより上位の魔族か、自らを召還出来る力を持ち、契約するに値する力を持った者にのみ。

 下等魔族やらを召還するのとは訳が違う。
 純魔族を召還出来る奴が居るとするならば、そいつのキャパは、恐らく俺なんかを遥かに上回っている筈だ。



 ――どこだ!
 ――どこに居る?考えろ!



 俺は焦って辺りに視線を這わせる。



 そこに映ったのは、下等魔族数ダースを相手にしている、カイとレイ。
 
 思った以上に使えるらしい美系、レイ。
 どうも魔術と剣術を組み合わせて使うのを得手としている様で、何とか下等魔族の炎の矢攻撃を避けつつ、攻撃に転じている。

「はっ!」
 気を吐き、長剣を振り下ろすレイ。
 どうやら剣に簡単な攻撃魔法を纏わり着かせて居るようで、斬られた瞬間、下等魔族は燃え上がり、炭と化して行く。

「火炎球(フレア・ボール)!」

 下等魔族相手なら、精霊魔術の物理攻撃も有効。
 さすが、白魔術都市の王子様、実戦経験は分からんが、判断は間違ってない。
『じゃ!!』
 レイの背後で一匹の下等魔族が炎の矢を吐き出す。
 気付いて振り返るが、避けきるには時間が足りない!
「くそ!」
 レイはそのまま地面を受身を取るように転がり、辛うじて直撃を免れる。
 しかし、肩口は避け切れなかったらしく、焦げている。
 彼は小さく舌打ちして、顔を一瞬苦悶の表情にする。
 見た目より、傷は深いらしい。

「破っ!」
 気合一閃。一足飛びに相手の懐に飛び込み、顎の下から一気に身体のバネを利用して切り上げる!
 そして一端退いて間合いを取り、大きく息を吐いた。






 カイの周りには、壁の様に佇む無数の下等魔族。
 怯む事も無く、彼女は小さく息を吸い、愛用の剣部分に、小さくキスを落とす。

 そして眩いばかりのターコイズブルーの瞳を細めて、一気に疾る。
 レイのかけた魔術を纏わり着かせた剣で、竜巻のようにしなやかな動きで、敵を一閃して行く。
 炎の矢が、無数に飛び交う中。


 彼女は、疾風のように舞っていた。


 重たい筈の長剣が、目に留めるのも難しい速さで振り下ろされ、下等魔族の身体を分断して行く。
 わずかに出来た隙を狙い、宙に高く飛び上がり、剣を地面に突き刺すように一匹。
 剣を抜いたその反動で、上体を半回転させながら横薙ぎ。
 相も変わらず美しいまでの剣さばき。
 惚れ惚れしてしまいそうだが、実際そんな余裕は、あんまり無いらしい。


「火弾(ファイア・ビッド)!」
 握りこぶし大の火球を弾丸の様に打ち出す術で、下等魔族達の意識を一瞬こちらに集中させる。
 そのわずかばかりの間に、カイが疾り、残った下等魔族達を薙ぎ払う!!


 ざしゅざしゅばしゅどすっ!!


 最後の一匹は、薙ぎ払われずに串刺しにされた。
 ご愛嬌。
 

「水泡波(ウォル・フォ・ローム)!」


 苦手な水系列の術を一発。
 最もこれは、攻撃用では無く、辺りに広がった炎の消火用。
 もともとこの術も消火用に開発されただけあって、広範囲に一斉に雨の様に降りしきる、ただそれだけの術である。
 しかし、この術の放たれたど真ん中に居たりすると、水圧で捻挫くらいはするかも知れない。
 前例は無いらしいが。

 辺りに広がっていた炎はあらかた消え去り、もうもうと煙が残り火と共に暗い空に昇って行く。



「レイ王子!」
「ご無事ですか!?」
「カイ様!?」
 よーやっと、それこそ本気でよーやっと到着した援軍が、口々にレイやカイの名前を叫びながら走って来る。
 俺はそれをに振り返り、
「レイ王子とカイ王女を早くここから連れ去れ!」
 と、大声で怒鳴る。
 俺の台詞にわが意を得たり、とでも言う様に、負傷したレイを無理やり抱えて運び出す衛兵達。

「ルカ!?」
 カイの抗議の声が聞こえる。彼女もまた、衛兵に羽交い絞めにされ、運び出されようとしていた。
「ルカ!私は残る!!」
 じたばたもがいているが、いくら強いと言っても女性の力で、男数名の本気には敵わない。
 俺は、敢えてカイを見ずに、
「お前は戻れ」
「何で!?」
 未だ衛兵ともみ合っている彼女。
 衛兵も何とかカイをなだめようと必死だが、聞く耳持っちゃいない。


「お前は、こんなとこで怪我したり、あまつさえ死んだりしちゃいけない人間だ。俺に、任せろ」
「いや!」
 悲鳴一発。彼女はあろう事か脇を抱えていた一人をぶん殴った。
 そしてそのまま、ものすごい気を吐いて、一喝する。

「ええい、下がれ!この無礼者共!!我が命を聞け!放せ!!」
 カイの凛とした、王族のそれに、衛兵達は身体を強張らせ、力を緩める。
「お前達は戻り、場内外の警備にあたれ」
「・・カイ様は・・」
「私は残る!さあ、行け!命令無視で監獄に入れられたいか!!」
「は・・はっ!」
 カイの脅迫じみた気迫に圧され、ばらばらと戻って行く衛兵達。
 これで、ここに居るのは俺とカイ、そして、あのピエロの、三人だけだ。


 カイは静かに俺の横に並び、ピエロを睨み付ける。
「・・・馬鹿が、何で残った」
 目線はピエロから逸らさずに、しかし苦々しい口調で。
「相方見捨てて逃げるなんて、死ぬより嫌だ。これ、ルカの台詞よ」
「カイ、お前なあ・・」
「誰だって!」
 俺の台詞を遮り、カイが続ける。


「誰だって、死んでいい人間なんて、居ないのよ・・」


 その台詞に、息を飲んだ。
 ピエロは、面白そうに彼女の台詞を聞いている。
「私は、ルカに死なれたくない」
 そう、はっきりと言い切った。
「・・・・まいったね、こりゃ」
 彼女に聞こえないくらい、小さく呟く。


 どうやら、こいつには、隠し事も何もかも効かないみたいだ。
 俺は小さく息を吐く。
 俺が、彼女を『王族扱い』した事に、彼女は気付いたんだ。
 そしてそれを嫌悪した。
 今までどおりで何がいけないのか、と。
 王族の命は大切で、庶民の命は無駄にしていいのか、と。
 俺も彼女も、同等の人間同士ではないか、と。



 俺は無造作に彼女に歩み寄り、その綺麗な金髪を一房握って、キスを落とす。
「悪かった。必ず勝つぞ。何なら、あの星にでも誓うか」
 カイは、奴から視線を外さないまま、


「誓うなら、星なんかじゃなく、私に誓って」
 ちゃきっ、と、正眼に剣を構え直して。


「絶対に死なないって、誓って」
「――分かった。誓うよ」



 生き残ろう、二人で。



 そして再び、戦いの幕が開くのだ。

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■BGM 2  ー愛し子の 墓辺吹く風 静かなれー  12■




 ―――どうする?

 俺は彼女より僅かに前に出た状態のまま、動けなかった。
 相手のクソピエロは、相も変わらず空中遊泳。
 俺が歯噛みしていると、
「どうして」
 すぐ側にいるカイが、俺の心の中を空かし読んだ様に口を開く。
 しかし、相手は俺に対してではなく、目の前の奴に対してではあるが。
 

「どうして、あんたは私を知ってるの?」


 瞬間、俺はカイの顔を見る。
 奴は片方の眉毛(多分眉毛だと思う。自信は無いが)を、ぴくりと跳ね上がらせ
た。
「・・・と申しますと?」


「あんたと私は初対面な筈なのに、どうしてあんたが、私の過去をさも知っているかの ような態度なのか、と聞いているのよ」


 いつもの優しい彼女からは、とてもじゃないが想像出来ないような、深い声音だ。

「それは、ごく簡単な事でございますよ」
 ピエロは面白そうに言うと、自ら地面に降り立った。
 着地の際も、一切の音は鳴らなかったが。
「・・・・どう言う事?」
「ですから」
 ピエロはふわりふわりとカイに近付く。
 何故かその表情に、もう例の凄絶な笑みは無い。
 二人は俺が見えていないのか、無言で対峙する。



「私とあなたは、会った事がある。ただそれだけの事でございますよ」



 奴の言葉に、俺は目を見開く。
 ・・・どう言う事だ・・?
 生唾飲み込む俺に、しかしカイは居たって冷静で、
「やっぱり、あの時のあれは、あなただったの」
「いかにも」
 答えて奴は、再びあの例の笑みを浮かべる。
 カイは険しい表情のまま、剣を握り直す。
「で、それが分かった今、どうなされるおつもりですか?」
 まるで揶揄するかのような口調である。
 彼女はきっ、と顔を上げ、はっきりと言い放った。



「決まってるじゃない。殺すわ」



 言うなり、カイは跳ぶ。
 今までに見たことの無い速さで。
 しかし、
 

 ぎぃん!


 身を翻したピエロのカギ爪に、あっさり防がれてしまう。
「くそっ!何でだ!何でお前・・!」
「分からない人ですねえ」
 激昂するカイに、微笑むピエロ。
 異様な光景だった。
「邪魔な物はいらないでしょう?そう言う事ですよ」
 ピエロは再びふわりと宙に浮き、印を結び始める。
「カイ、どけ!」
 俺は叫んでカイとピエロとの間に割り込む。
 今まで印の一つも唱えずに、術を放ってきた奴である。
 それが、印を結ぶ位の術となると、どのレベルのものか、はっきり言って想像などつかない。
 下手をしたら、この町半分くらい無くなるかも知れない。
 シャレではなく、実際、本気の魔族の力は、純魔族ともなればそのくらいにはなる。


「お終いに致しましょうか、カイ王女様」


 そう言って、手を振りかざす。
 俺はカイを抱えて、防御呪文を唱える。
 奴が手を降ろし、
 俺の術は、
 間に合わない―――!!




「・・・え?」
 目を開けると、そこは先程と何ら変わりない景色。
 ただ一つ違うのは、ピエロが硬直したまま、術を開放もせずに居た事だ。
「?」
 俺は奴の視線を追う。


 そこで目に入ったのは、一人の男。


 濃い灰色の頭髪。
 年の頃なら俺より僅かに上と言った所か。
 柔らかそうな衣服に身を包み、
 左腕の袖には、王室の紋様。

 ついこないだ町で世話になったばかりの魔法医、グレンフォードの姿だった。


「ルカさん!カイさん!ご無事ですか?」
「グレイ?何でお前がこんなとこに」
「詮索は後です!ディラングス!」
 恐らくそれが奴の名前なのか、呼ばれたピエロは面白そうな顔で微笑み、一瞬でカイの目の前に降り立つ。
「っ!・・」
「貴方様も、追うべきで御座います」
 カイと鼻頭が触れそうなくらい近付いて。


「御姉様」


 その一言で、カイの瞳がひどく歪む。
「またいずれお会いしましょう、皆様方」
 そう言うと、ふわりと浮いて、一瞬にして虚空に消えてしまった。
「・・・何なんだ一体・・」
 俺は、緊張がしばらく解けないまま、奴が消えた空を見上げるので精一杯だった。











「んで、お前は何でここに居る訳?」


 場所は変わって、王宮内の医務室のような場所。
 そこでのうのうとティーポットにお茶葉とお湯をぶち込んでいる、眼鏡の似合う大人・・・の男。(別にひがみとかではない。)

「聞いてんのか?グレイ!」
 俺のイライラは最高潮。バン!と机を叩いて立ち上がる。
「まあ落ち着いて下さい。ちゃんと話しますし、逃げません」
 そう言って彼は、趣味の良いカップに紅茶を注いでくれる。
 思いのほか軽症で済んだ俺とカイは、ここでグレイによる簡単な治療を受け、そのまま居座っているという訳なのだが。
「をーをー、聞かせてもらおうじゃねーか」
 俺は機嫌悪く、たった今注がれた紅茶を飲み下す。
 グレイは「はいはい」と困ったような表情を作ってから、口を開く。

「僕、ここで働かせてもらってるんです」
 と、いけしゃあしゃあと言い放つ。
「は?お前町医者だろ?嘘つくなよ」
「嘘なんかついてないですって」
 怪訝そうな顔をする俺に、微笑みながら答えるグレイ。
 カイは、部屋にあるベッド(本来は治療用なのだが)に腰掛け、ぼーっと窓の景色を眺めている。
「ですから、本来のお仕事はここでの勤務で、休みの日には家で働いてるんです」
「ほー」
 自分から聞いといたにも関わらず、ぞんざいな返事をする俺。

「それよりもルカさん」
「ん?」
「ルカさんこそ、何故ここに・・?」
 ティーポット片付けながら問い掛ける。
「ああ、何でか成り行きで」
 俺の答えに、彼はくすっ、と笑って、
「何だか貴方らしいですね」
 と微笑んだ。


「ってゆーかさ、グレイ」
「はい?」
 俺は飲んでた紅茶を机に置き、真剣な顔になって問い掛ける。
「お前、何でさっき飛び出してきたの?」
「それは・・」
 彼は一瞬考えるように間を置いて、
「気が付いたら、走り出してました。あなた方二人を見つけた時には」
「そうか・・・」

 俺はそれ以上の質問を止めた。
 彼の態度は、実に紳士的だし、実際、俺も知り合いが戦いの渦中に居たら、後先考えずに飛び込んで行くだろうから。


 しかし―――


「カイ」
 俺は彼女を呼ぶ。
 振り返った顔に浮かぶ、笑み。


「戻ろう」
「ん」


 小さく答えて、ベッドからするりと降りるカイ。
 グレイの横を通り過ぎようとした瞬間、彼女の腕はグレイに掴まれていた。

「・・・・・グレンフォード?」
「・・・・・・・・」
 カイの言葉にも、彼は微動だにせず、ただ、カイの腕を握ったまま、そのターコイズブルーの瞳を見詰めつづけた。


「グレンフォード・・・・ごめん」
「・・あ、いえ・・・すみません・・・」
 カイが、優しい笑みを湛えたまま、しかし僅かに苦しそうな声で再び呟く。
 そこで我に返ったのか、グレイはやっと彼女を解放する。


「ごめんね・・・」


「いえ・・」
 二人の会話はそこで終わった。
 カイは、ドアの目の前で待っていた俺を通り過ぎると、先に部屋から出た。
「・・・・」
 俺はグレイを振り返るが、彼は背中を向けたままで、表情までは分からなかった。




 後ろ手にドアを閉めると、カイが俺を見詰めてきた。
「・・・どうした?」
「・・・んーん」
 小さくかぶりを振って、微笑んでみせる。
 しかし、その笑顔もまた、痛々しく見えた。
 俺はカイの両方のほっぺたを手のひらでぱちん!と包んで、


「笑いたくない時に、無理して笑うな」
「ルカ・・?」
「そんなお前、見てると辛いから。笑いたくなきゃ、笑うな。それと」
 俺はそこで一つ呼吸をして、続ける。
「泣きたきゃ、泣いて良いんだぞ。ただし、泣くなら俺の前だけな」
 そこまで言って、あまりに図々しい事を口走ったと思い、大慌てで、
「ま、そーゆーことだよ。な?」
 と、少しおどけて言う。
 しかし、彼女は澄んだ瞳で俺のグリーンの瞳を見詰めるだけで、言葉は無かった。

 その代わり、俺が彼女の頬から手を離した瞬間、カイが倒れ込んで来て。

「わ・・!」
 そのまま彼女の腕が、俺の背中に・・・回って・・・・


 抱き締められた。


「・・・・カ・・カイ?」
 あまりに突然で、俺は多分顔を真っ赤にしながら、彼女を支えようとして差し出した、両腕の始末に困りながら、情けない声を出した。
「カイ・・?」
 俺の言葉に、カイはただ黙って力を込めるだけ。
 顔を見たかったのだが、ぴったりとくっつかれ、見えるのは綺麗な金髪だけだった。


「ありがと」
「ん?」
「ありがと、ルカ」


 ともすれば聞き逃しそうな小さな声に、俺はやっと息を吐く。
「うん」
 そう答えて、ぎこちなく自分の両手を彼女の背中に・・回し・・・・たい・・!!



 一人脳内大葛藤の末、俺はようやっとカイを柔らかく包み込む。


 ・・・・ああくそ!笑っちゃまずいだろうに、顔の筋肉が言う事聞かん!

 しばらくすると、ようやく満足したのか、手を解いて体を離すカイ。
 俺としては・・もうちょっとくっついてても・・・いやいやいや。


「やっぱり、ルカ好きだな」
「は?」
 いつもみたいな笑顔全開の笑みではなかったけど、カイは笑っていた。
「え・・それ・・どおゆう・・意味?」
「ん?そのままだよ」
「あ・・そう・・・」


 神様!
 今までろくすっぽ祈った事も、感謝したことも無いけど。
 今だけは感謝!!
 


 俺はにやけた口元を隠すように、右手で自分の顔半分を覆って、
「行くぞ」
「ん」
 カイは何時ものように横に並んで歩き出した。
 願わくば、少しでも長くこうしていられるように。
 なんて思いながら歩いた。

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■BGM 2  ー愛し子の 墓辺吹く風 静かなれー  13■




「何の用だ、ちびっこ」
「用があるから来たんだろーが、くそったれ」


 もはや目を合わせたら罵詈雑言飛び交うレベルまで仲良くなった、俺とセイン・ロードの国王陛下。
 彼には威厳が無いので、仕方ないとしましょう。
 うん。
 


「で、こんな夜更けに、俺の寝室までやって来て、おまけに護衛の兵隊寝かしつけてくれた日には、そりゃあ大層な用事なんだろうな?くそちび」


 嫌味たっぷりのお言葉に、俺もいよいよ苦笑する。
 ここは国王閣下の寝室。
 ドアの前に張り付いていた護衛兵も、隣で待機してた非常事態用の兵隊さんも、ちょっと魔術でおねんねして頂いた。
 まあ、二、三人は、体術でしたけどね、ええ。

「話ってのは、他でもない。あんたの娘の事でだ」
 俺が口を開くと、おっさん国王はそれを手で制して、


「まあ、ここじゃ何だ。場所を変えよう」
 そう言うと、寝巻きの上から上着を羽織って、部屋を出た。
 




 ともすれば、自分がどこに居るのか分からなくなる位、深い、限りなく黒に近い群青の空の下。
 王宮敷地内の、離れのような場所にある、小さな建物まで連れてこられた。 

 最も、「小さい」と言っても、普通の民家一軒分よりは大きいのだが。
「密談用に使う部屋だ。ここはよほどでない限り、誰も近付かん」
 俺の意思を汲んだかのように、静かに話す。
 いつものふざけたおっさんの姿は、少なくとも今は見て取れなかった。



「で、一体どんな話かな?ルカ・ウェザード殿?」
 深く息をついて、あつらえてある椅子に腰掛け、些か険しい顔で訊ねる。
「私の娘達―――まあ、お前が言うのはカイの事だろうが、どうかしたか?」


 俺は一瞬つばを飲み込む。
 目の前に腰掛ける、王のオーラに圧倒されたのだ。
 今の彼は、間違いなく王としてのそれを持っていて、しかもその気配は鋭く、眼光だけで竦んでしまう者も多いだろうと思わせるほどだった。
「・・・カイだけじゃない。その妹の事もだ」
 何とか口を開いて発した台詞に、セイン・ロード王は一瞬片方の目を眇めた。
「イリスか・・・」


 彼にはそれだけで、十分な様だった。
「あれが・・イリスが逝ったのは、二年ほど前だ」
 足を組み、指を組んだ両手を、そのひざの上に乗せ、
「式典であれは姫巫女をやっていた。その只中、魔族が現れて、イリスを殺した」
「・・・・・・どんな状況だったか、教えてもらえないか・・?」
 俺は、抑揚の消えた口調で言葉をつむぐ。
 実の親に、娘が殺された状況を思い出して話せと言うのだ。
 俺のやっていることは、恐らく国王にとっては拷問にも等しいだろう。


 しかし国王は、顔を歪めたままではあったが、静かに話し出した。


「我がセイン・ロード王国は、お前も魔導士ならば知っているだろうが、この大陸で一番大きな白魔術都市だ」
「たしか・・白龍を祀ってるんだったよな?」
 俺の言葉に、彼は静かに頷く。
「その白竜を称える式典が、二年に一回開かれる。そこでは姫巫女と呼ばれる役割があり、それを末娘のイリスがやっていた」


 彼は、懐かしいとも悲しいとも取れるような不思議な表情で、天井を仰ぎ見た。
「式典の最中、姫巫女の白の衣装を纏ったまま、娘は背中を切り裂かれた。魔族の仕業だ」
「何で、殺されたんだ?」


「血だよ」
「血?」


 俺の問いかけに、ようやく天井から視線を戻して答える。




「白龍の祭壇を姫巫女の血で汚せば、白魔術都市が堕ちる」




 俺は一瞬息を飲んだ。
 話のスケールが、あまりにも一気にでかくなった。
「姫巫女は必ず生まれつきの『力』がある。そして女児にしか受け継がれない。その『力』を代々受け継ぐのが、このセイン・ロードの王族だ」
「その力って・・」
 俺の言葉に、王は無言で手で制して、
「まあ聞け。その姫巫女そのものに、魔を滅する力があるのだ。その血を受け継ぐのは、その姫巫女の実子の女児しか居ない。・・・・ここまで言えば、分かるだろう?ルカ・ウェザード」



 言葉が、すぐには出なかった。
 喉の奥が異様に乾いたような感覚だ。
 つまり、魔族は『魔を滅する者』の血を断つために、カイの妹、イリスを抹殺したと言う事だ。


 そしてイリスが居なくなった今、その『力』を受け継ぐものは、もう―――


「イリスは美しいブロンドの娘でな。あれらの母親もまた、同じような美しいブロンドだった。カイを見ていると、思い出す」


 俺の思考を遮るかのように、彼が再び口を開く。
「正直、二年ぶりにカイに会ったが、驚いた」
「え?」
 彼の声は、もう先ほどの国王陛下然としたものではなくなっていた。
 何処にでも居る、父親のものだった。
「王宮に居たころのカイは、剣術こそ優れていたものの、社交的と呼べるような性格では無かった。病弱だったイリスの方が、むしろ人と接するのを好んでいたくらいだ。今のカイは――」
 彼はそこで一つ呼吸を置いて、


「イリスと重なる。私はもう――」


「娘を失うのはたくさんだ」


 そう苦しげに呟いた。









 空が白けるまでは、あと若干の余裕があるようだ。
 俺と国王は、無言で並んで歩いた。
 ひんやりとした夜風が、彼の心の傷の様で、口を開けないまま。
 国王の寝室のドアの前まで戻ると、彼は振り返らないままに、


「ところで、ルカ・ウェザード」
「・・なんだ」
 床には先ほど俺が寝かしつけた衛兵達が、気持ちよさげに寝息をたてている。
 その光景に王は苦笑しながら、
「お前の両親は、元気でいるか?」
「は?両親?」
 いきなり的外れな展開に、俺はいささか間抜けな声を出す。
「そうだ。元気で居るのか?」
「母親は、無駄に元気だけど、親父は・・」
 そこで僅かに口を閉じる。


「親父は、死んだよ。俺が14になる前に」
「・・・・・・そうだったか」


 そこでようやく彼は振り返る。



「お前の力は、父親譲りだ」



「・・・・・・え・・・・・?」


 王の言葉に、いつか母ちゃんから言われた言葉がよみがえる。



『ルカには、お父さん譲りの力があるのよ』



「でもまあ、その性格と見た目は、母親にそっくりだな」
「うちの両親を知ってるのか?」
 思わず食って掛かったように、彼の服にしがみつく。
 しかし王は、俺の質問には答えずに、
「一つ、教えておいてやろう」
 再び俺に背を向け、ドアに手をかけながら、




「カイは昔、お前のような栗色の髪の毛だったのだ」




「・・・え・・おい、おっさん!それどういう・・」
「頼むぞ、ウェザード」
「おっさん!」
 俺の叫び声もむなしく、ドアは閉じられてしまい、後にはただ呆然と立ち尽くしたままの俺が、残されただけだった―――

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■BGM 2  ー愛し子の 墓辺吹く風 静かなれー  14■




 『カイは、お前の様な栗色の髪の毛だったのだよ』




 あの言葉が頭の中でリフレインしっぱなしで、あまりよく眠れなかった。










「ふ・・ああぁあ~」
 眠い目こすりながら、盛大なあくびを一つ。
 どうにもこうにも寝付けないうちに、夜が明けてしまった。
「ちっくしょ。あのクソッタレ国王が変な事言うから、練れなかったじゃねーか」
 そう嫌味を吐いてみるも、やはり脳髄にこびり付いたままの、あの台詞。



 カイの髪の毛は栗色だった。
 それが今は、あんなにまばゆいばかりの金髪だ。


 だが、それに一体何の意味があるというのだ。
 さっぱり分からん。



 ただ―――



 カイの双子の妹のイリスとやらは、どうだったんだろうと、気になった。



「ん?」
 ふと目線だけを上げると、少し先にグレンフォードの姿が見えた。
 イリスと恋仲だった、グレイ。
  

 俺は一瞬考え込んで、すぐに彼に声をかけた。


「をーい、グレイー」
 呼ばれた彼は、朝だと言うのにちっとも眠そうな気配を見せない、俗に言う『さわやかな笑顔』で微笑みかける、
「ああ、おはようございますルカさん。今日もお元気そうで・・・・・はないですね」
「をを、完璧寝不足だ。眠い」
 朝の挨拶の常套句を撤回せざるを得ないくらいの俺の姿に、グレイは『あらら~』と笑って、
「じゃあカイ様も寝不足ですね、起こさないようにしましょうね」
「は?」
「それにしても王宮でだなんて、案外ルカさんも大胆ですねー」
 心底嬉しそうに、にっこりしてくれやがる奴。
 何だそれは何か?俺がカイに夜這いぶっこいたとでも言うのか?
 カイに夜這い・・・・


 ・・・・
 ・・・・


「って、ちょっとまて―――!!何の話だ!?俺は何にもしてねーぞ!?」
「知ってますよ。ほんの可愛い冗談ですよ」
「どこが可愛いだ、どこがっ!!!」
 くっそー、見下ろされてる分(どうせ俺のほうが小さいですよ)どうやったって形成的に不利にある。
 怒鳴りついでに軽く出した右の拳は、案の定簡単に受け止められてしまう。
「まあ、それだけ元気があれば、寝不足も大した事無いみたいですね」
「あー、でもやっぱ眠いわ。目覚ましに風呂でも行こうかと思うんだけど、お前も来る?」
 再びあくびをしながら聞いた俺の問いに、いささか驚いたように目を見開いたが、一瞬考えてすぐにまたいつもの笑顔に戻る。
「―――そうですね、お供しましょうか。聞かれたくない話も、出来ますしね」
「なんだそりゃ」
 彼より先に廊下を歩きながら、内心なんて奴だと舌を巻く。
 そんな素振りは見せないようにしたつもりなんだが、グレイにはお見通しだったらしい。


 ・・・手強いなぁ、案外。


「それに」
 俺の背後で僅かに黒い色を含んだ声がする。
「二人っきりで風呂なら、ヤる事は一つですよね。ルカさんがまさか両刀だったとは・・いやはや、ちょっとびっくりです」
 なんてぬかしやがって。
「ざけんなー!俺はノーマルじゃ!」
「またまた、良いですよ照れなくても。この国じゃ別に同性愛も罰せられませんから」
 人当たりのいい笑みで、ぱたぱたと手を振る。
「あほか!俺が好きなのは――」
「カイ様だけ、ですか?」
「!」
 さっきとは打って変わって真面目な顔で。
「・・・・・・・・とっとと風呂行くぞ」
 後ろ頭をばりばりかきむしりながら再び歩き出す。


 ちくしょ、何かこいつ苦手かも・・・


「素直じゃないですねぇ」
 何て声が聞こえたが、もう俺はそれに答えてやることはしなかった。
 ・・・喋り出したら、乗せられた勢いで、何言うか分かったもんじゃないからってのは、秘密。










 お互い腰にタオルを巻いて、王宮の来客専用(?)だかの湯船に浸かる。
 最も、でかすぎて何がなんだか分からん事になってはいるが。


「・・・・どーでもいいけど、何で王宮とかってのはこーも無駄になんもかんもでかいんだ・・」
 うちの故郷の風呂は、当然だがもっと普通サイズだったし、宿泊する宿に温泉があったとしても、こんなバカみたいなサイズではなかった。
「さてねぇ、権威の象徴だったりするんじゃないですかね」
 頭に愛用の眼鏡を器用に乗っけたままで、グレイが笑う。
「ま、どーでも良いじゃないですか、そんな事は」
「そりゃそーか」
「そうですよ、せっかくルカさんと二人きり、しかもお互い裸なんですから。そんなつまらない話は後にして、ちゃっちゃとやることやって・・」
「だー!何をやるんだ何を!風呂に入る、それで十分だろーが!」
 こうも再三からかわれると、実はこいつ本気なんじゃないかとか思ってしまう。
 確かに外でナンパされた事は数あれど、明らかに裸で男と分かる出で立ちで、迫られるのはいかがなもんか。

「まあ、冗談はこれくらいにして・・」
「お前どこまでが本気か分かりにくいぞ・・」

 俺の呟きに、彼は一つ微笑んで見せ、


「さて、で、何をお話したいんでしょうかね?ルカさん?」
 俺はふぅ、と気付かれないくらいに息を吐き出す。


「お前さんと、あいつの事だよ」


 回りくどく言おうが、どうせすぐ感づかれてしまうだろうと思い、率直に簡潔な言葉だけで述べる。
 凡そ、普通ならそれだけじゃ通じないようなくらいの、言葉数で。
「イリス、ですか?」

「―――ああ」



 いつもより、深い声で、俺は答えた。

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■BGM 2  ー愛し子の 墓辺吹く風 静かなれー  15■




「イリスは元々、今のカイ様のように美しいブロンド、碧眼の、生まれながらの『姫巫女』だったのは、ご存知ですか?」


 ・・・姫巫女・・・


「おや、その事を聞きたかったのではないのですか?」
 グレイは苦笑した様な、少し不思議な表情を作って見せた。

「姫巫女、白巫女とも呼ばれますが。その巫女はつまり、白魔術都市の礎となる力。セイン・ロード王国の、直系の女性にだけに引き継がれる力です」


 俺は、国王の台詞を思い出す。
 イリスの力。
 白魔術都市の礎であり、
 その血が、魔を滅する力を持つ者。

 
 その血で、白魔術都市が、堕ちる、事。



「私の家は王室の御殿医でしてね。父が亡くなってからは、僕がその役目を引き継ぎました。生まれつき病弱だったイリスを、昔から診察していまして」

 どこか、自嘲的な口調ですらある。
 思い、出しているのだろうか。


 愛しい、愛した人間の事を―――。


「そのか弱く、美しい女性を、まあ、守りたいと、思う様になった」
 それが、馴れ初めってやつですかね。
 そう言って、手で、顔を拭った。


 俺は、想像してみる。
 父親が亡くなったと聞かされた時の感覚に、愛しい人を重ね合わせて。

 ああ、俺だったら、こいつみたいに振舞えないかもしれないと、思う。
 例えば、今目の前で、カイが・・・。

 きっと、そう、狂ってしまう。
 大切な人を亡くしたら、その悲しみ、苦しみで。


「・・・・カイが、栗色の髪の毛だったんだってな・・・」


 俺の声は、震えてはいなかっただろうか。


 グレイは、一瞬遠い目をした。
 様に、見えた。

「あれは、そう・・・・咎、でしょうね」


「と、が・・?」

 俺が問いただす暇も与えず、グレイは立ち上がり、
「これで、話はおしまいです。僕は、そろそろ仕事に戻らないと」

 彼は振り返って、
「ルカさん、出来るなら、早めにこの国から離れた方が良い。僕は、あなたが気に入ってしまったので」

 では。と言い残し、グレイは風呂場から立ち去って行った。



 俺は、一人残された湯船に、頭まで一回ざぶん、と潜る。
 
 ・・・・何のことだ。
 何で、離れる必要がある?


 俺はある一つの考えに至ると、一つ深呼吸をして、風呂場を立ち去った。











 俺は、カイと共に、国王の一歩後ろを、脇を固める形で歩いていた。
 これが、ここでの俺の仕事。
 要するに、国王の護衛だ。

 何故、王女が護衛に混ざっているのかは、甚だ疑問ではあるのだが。

「三日後、式典がある」
「・・・式典?」
 後ろを振り返りもせず言い放つ国王の言葉に、俺は聞き返す。
「ああ、二年に一回開催される。白魔術都市の式典・・・まあ、祭りの様なものだ」
「ふーん」
 
 国王と二人きりの密談を知らないカイの前だ。
 お互い、初めての様な口調で会話を交わす。

 そうか、今年が、その年に当たるわけか。
 カイの妹が、殺された、その式典が。

 だから、カイはここに戻りたくなかったんだな。

 
「カイ」
「はい、父上」

 他の者の目があるからか、国王もカイも、『お外用』の言葉遣い、立ち居振る舞いである。
 慣れていない俺だけ、若干ドキドキしてしまう。


「お前には、巫女をやってもらわねばならん」

「・・・・・」


 閉口するカイに、国王は俺に向けて話しかける。
「祭りには、巫女がつきものでな。カイが居なければ、うちの妻にやってもらう事になっていたんだが。本来であれば、この子の仕事だ」
「なるほど」
「祭りで、一番危険な役割だ。ウェザード、今更で申し訳ないが」

 そこまで言って、執務室に到着する。

 国王は、俺とカイ以外の家来を下がらせ、室内には俺たちだけになった。
 彼は、彼専用の椅子に腰掛け、机上に置いてある眼鏡をかけると、鋭いまでの眼光で俺を見つめ、

「狙われるのは、私ではない」
「はあ?」

 あまりにあっさり告げられ、思わず間抜けな声を出す。

「この子、カイが、狙われている」
「ちょ、どーゆー・・」

 叫びかけて、はたと気付く。


 イリスが、魔族に殺された、二年前の式典。
 白魔術都市の、直系の女児に受け継がれる力。
 その血が、魔を滅する力そのもの。

 ああ、考えるまでもない。

 今年は、カイの番になってしまう。


「ウェザードよ」
「何だよ」
「カイは、いい子だ」
「はあ?」

 いきなり、話がそらされ、頬杖ついたやる気ない姿のいつもの国王にシフトチェンジした様子に、俺は相好を崩す。

「この子は、いい子だ。親の私が言うのも何だが」
 カイを見つめながら、愛おしそうな口調で。
「・・・・」

「離れないで、やってくれるか」


 国王は、カイの近くに歩み寄ると、小さな赤ん坊を慈しむ様に、彼女の頭を撫ぜる。


「ただし・・・・」
「ん?」


「ただーし!!結婚しろとかそーゆー意味ではない!!断じてない!!ってゆーかむしろ手でも握ろうもんならコロス!!この王である俺が、権力実力その他もろもろ全部行使して貴様をコロース!!」
「だーーー!!どやかましーー!!!」

 カイを力いっぱい抱きしめながら、俺を心行くまで足蹴にし、騒ぎを聞きつけたレイに押さえつけられるまで、俺たちは本気で大喧嘩をかましていたのだった。










「ルカちゃん」
「げ、レイ・・・おうぢ・・・」


 満面の笑みで俺に近づいて来たのは、レイ。
 本来であれば、呼び捨て上等なのだが、王宮内で、しかも他の人間がもっさり居たりする中で、一国の王子様を呼び捨てにする度胸は、俺には無い。
 まったく無い。残念ながら、まだ命が惜しい。


「うちの可愛い妹君、やるって?」
「ああ、やるみたいだけど」

 そう答えると、レイは『そっか』と、微かに残念そうに微笑む。

「本当はさ、やらせたくない訳だよ、お兄ちゃんとしては」
「・・・」

 そりゃあ、そうなんだろうと、思う。
 一人、妹を亡くしている訳だし、
 もう一人の妹すら、危険な目に、わざわざ遭わせなきゃいけないなんて、
 俺だったとしたって、嫌だ。


 実家に居る、姉妹を、俺は思い出す。
  
 ああ、姉貴と妹は元気にしているだろうか。
 親父を亡くした後、一瞬も俺たち兄弟に、弱い部分を見せず、気丈にしている母親は、元気だろうか。
 俺がレイやリューディス、国王の様に、家族を危険な場所に、引き出さなければならないとしたら。


 ああ、だったら、自分が代わる方が、よっぽどましだ。


「・・・・そうか」
「ん・どったの、ルカちゃん」


 俺の顔を覗き込むレイに、ちっ、と心の中でだけ舌打ちしつつ。


「レイ王子、俺って、やっぱし男らしくない?」
「うん。十分女らしくて可愛いよ」
「・・・・・」


 悔しいけど、仕方ない。
 最善を取るべきなのだ。
 俺の仕事は、護衛なんだから。

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