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桃屋の創作テキスト置き場
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■BGM 2  ー愛し子の 墓辺吹く風 静かなれー  13■




「何の用だ、ちびっこ」
「用があるから来たんだろーが、くそったれ」


 もはや目を合わせたら罵詈雑言飛び交うレベルまで仲良くなった、俺とセイン・ロードの国王陛下。
 彼には威厳が無いので、仕方ないとしましょう。
 うん。
 


「で、こんな夜更けに、俺の寝室までやって来て、おまけに護衛の兵隊寝かしつけてくれた日には、そりゃあ大層な用事なんだろうな?くそちび」


 嫌味たっぷりのお言葉に、俺もいよいよ苦笑する。
 ここは国王閣下の寝室。
 ドアの前に張り付いていた護衛兵も、隣で待機してた非常事態用の兵隊さんも、ちょっと魔術でおねんねして頂いた。
 まあ、二、三人は、体術でしたけどね、ええ。

「話ってのは、他でもない。あんたの娘の事でだ」
 俺が口を開くと、おっさん国王はそれを手で制して、


「まあ、ここじゃ何だ。場所を変えよう」
 そう言うと、寝巻きの上から上着を羽織って、部屋を出た。
 




 ともすれば、自分がどこに居るのか分からなくなる位、深い、限りなく黒に近い群青の空の下。
 王宮敷地内の、離れのような場所にある、小さな建物まで連れてこられた。 

 最も、「小さい」と言っても、普通の民家一軒分よりは大きいのだが。
「密談用に使う部屋だ。ここはよほどでない限り、誰も近付かん」
 俺の意思を汲んだかのように、静かに話す。
 いつものふざけたおっさんの姿は、少なくとも今は見て取れなかった。



「で、一体どんな話かな?ルカ・ウェザード殿?」
 深く息をついて、あつらえてある椅子に腰掛け、些か険しい顔で訊ねる。
「私の娘達―――まあ、お前が言うのはカイの事だろうが、どうかしたか?」


 俺は一瞬つばを飲み込む。
 目の前に腰掛ける、王のオーラに圧倒されたのだ。
 今の彼は、間違いなく王としてのそれを持っていて、しかもその気配は鋭く、眼光だけで竦んでしまう者も多いだろうと思わせるほどだった。
「・・・カイだけじゃない。その妹の事もだ」
 何とか口を開いて発した台詞に、セイン・ロード王は一瞬片方の目を眇めた。
「イリスか・・・」


 彼にはそれだけで、十分な様だった。
「あれが・・イリスが逝ったのは、二年ほど前だ」
 足を組み、指を組んだ両手を、そのひざの上に乗せ、
「式典であれは姫巫女をやっていた。その只中、魔族が現れて、イリスを殺した」
「・・・・・・どんな状況だったか、教えてもらえないか・・?」
 俺は、抑揚の消えた口調で言葉をつむぐ。
 実の親に、娘が殺された状況を思い出して話せと言うのだ。
 俺のやっていることは、恐らく国王にとっては拷問にも等しいだろう。


 しかし国王は、顔を歪めたままではあったが、静かに話し出した。


「我がセイン・ロード王国は、お前も魔導士ならば知っているだろうが、この大陸で一番大きな白魔術都市だ」
「たしか・・白龍を祀ってるんだったよな?」
 俺の言葉に、彼は静かに頷く。
「その白竜を称える式典が、二年に一回開かれる。そこでは姫巫女と呼ばれる役割があり、それを末娘のイリスがやっていた」


 彼は、懐かしいとも悲しいとも取れるような不思議な表情で、天井を仰ぎ見た。
「式典の最中、姫巫女の白の衣装を纏ったまま、娘は背中を切り裂かれた。魔族の仕業だ」
「何で、殺されたんだ?」


「血だよ」
「血?」


 俺の問いかけに、ようやく天井から視線を戻して答える。




「白龍の祭壇を姫巫女の血で汚せば、白魔術都市が堕ちる」




 俺は一瞬息を飲んだ。
 話のスケールが、あまりにも一気にでかくなった。
「姫巫女は必ず生まれつきの『力』がある。そして女児にしか受け継がれない。その『力』を代々受け継ぐのが、このセイン・ロードの王族だ」
「その力って・・」
 俺の言葉に、王は無言で手で制して、
「まあ聞け。その姫巫女そのものに、魔を滅する力があるのだ。その血を受け継ぐのは、その姫巫女の実子の女児しか居ない。・・・・ここまで言えば、分かるだろう?ルカ・ウェザード」



 言葉が、すぐには出なかった。
 喉の奥が異様に乾いたような感覚だ。
 つまり、魔族は『魔を滅する者』の血を断つために、カイの妹、イリスを抹殺したと言う事だ。


 そしてイリスが居なくなった今、その『力』を受け継ぐものは、もう―――


「イリスは美しいブロンドの娘でな。あれらの母親もまた、同じような美しいブロンドだった。カイを見ていると、思い出す」


 俺の思考を遮るかのように、彼が再び口を開く。
「正直、二年ぶりにカイに会ったが、驚いた」
「え?」
 彼の声は、もう先ほどの国王陛下然としたものではなくなっていた。
 何処にでも居る、父親のものだった。
「王宮に居たころのカイは、剣術こそ優れていたものの、社交的と呼べるような性格では無かった。病弱だったイリスの方が、むしろ人と接するのを好んでいたくらいだ。今のカイは――」
 彼はそこで一つ呼吸を置いて、


「イリスと重なる。私はもう――」


「娘を失うのはたくさんだ」


 そう苦しげに呟いた。









 空が白けるまでは、あと若干の余裕があるようだ。
 俺と国王は、無言で並んで歩いた。
 ひんやりとした夜風が、彼の心の傷の様で、口を開けないまま。
 国王の寝室のドアの前まで戻ると、彼は振り返らないままに、


「ところで、ルカ・ウェザード」
「・・なんだ」
 床には先ほど俺が寝かしつけた衛兵達が、気持ちよさげに寝息をたてている。
 その光景に王は苦笑しながら、
「お前の両親は、元気でいるか?」
「は?両親?」
 いきなり的外れな展開に、俺はいささか間抜けな声を出す。
「そうだ。元気で居るのか?」
「母親は、無駄に元気だけど、親父は・・」
 そこで僅かに口を閉じる。


「親父は、死んだよ。俺が14になる前に」
「・・・・・・そうだったか」


 そこでようやく彼は振り返る。



「お前の力は、父親譲りだ」



「・・・・・・え・・・・・?」


 王の言葉に、いつか母ちゃんから言われた言葉がよみがえる。



『ルカには、お父さん譲りの力があるのよ』



「でもまあ、その性格と見た目は、母親にそっくりだな」
「うちの両親を知ってるのか?」
 思わず食って掛かったように、彼の服にしがみつく。
 しかし王は、俺の質問には答えずに、
「一つ、教えておいてやろう」
 再び俺に背を向け、ドアに手をかけながら、




「カイは昔、お前のような栗色の髪の毛だったのだ」




「・・・え・・おい、おっさん!それどういう・・」
「頼むぞ、ウェザード」
「おっさん!」
 俺の叫び声もむなしく、ドアは閉じられてしまい、後にはただ呆然と立ち尽くしたままの俺が、残されただけだった―――

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