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桃屋の創作テキスト置き場
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■睡眠ベタ恋 5Type 2.蛇の生殺しってこういうコトだ絶対■



 まあ、これくらい特権がなきゃ、実際不貞腐れるかも知れん。
 ガキくさいのは、百も承知だけど。








 仕事が終わって、帰宅して、飯と風呂とストレッチを済ませて。
 明日もマチネからあるので、早めに寝てしまおうと、ベッドに潜り込む。
 最も、まだ本気で寝る体制ではない。
 少しだけ度の入った眼鏡をかけて、ベッドサイドに置いてある読みかけの本を手に取る。
 
 台本じゃないってだけで、若干嬉しくなるのは、職業病だろうか。

 うちの娘分は、俺を「早く寝なさい」だのと言いつつ寝室に押し込んだくせに、自らはまだ洗い物なんぞをこなしている。
 本人にそうさせられてるとは言え、後ろめたくない訳が無い。
 あいつは、本当の娘でも、ましてや嫁でもない。
 しかし、どうにも「家事は渡さん」とばかりの勢いなので、毎回負けてしまうのだが。
 それでも、微妙に頼み事として、俺に役割を残しておいてくれるのだから、年の割りにと言っては何だが、なかなかのもんだと思う。
 
 まあ、あいつの事だから、計算なんてこれっぽちも無くて、本気で純粋にやってるだけの事なんだろうけれど。
 ある意味、それはすごい。
 今までは寝酒だったのだが、どうにも娘分のお気に召さなかったようで、彼女が家に来てからは、寝酒から寝茶に変更になった。
 ばばくさい位の健康志向らしく、おかげ様でタバコの量まで減りましたとも。
 ヘビースモーカーな俺が。
 これ、かなり奇跡。
 もともと寝室では吸わない性質なので、そこだけは彼女のお怒りを免れた訳だが、代わりの寝酒はお怒りに触れたようで。
 今では何だかよくわからん柄の書いてある、彼女的「かわいい」カップの茶でも、不満なんか無くなってしまった。
 むしろ、これが無いと落ち着かないようなレベルだ。
 
 大したもんだよ、ほんとに。

 声に出さずに呟いて、苦笑する。
 さっきから、手にしたハードカバーの本のページは、進んでいない。
 隣の部屋からは、キッチンの水道の蛇口を閉める音。
 もうすぐ、娘分もこちらの部屋にやって来るだろう。
 その気配を確認して、手にしたページの進まない本を、また元のベッドサイドに戻す。
「まだおきてた?」
 どうにも寒がりなのか、寝巻き代わりの長袖Tシャツに、フリース上下、もこもこ靴下まで着こんでやって来る。
「相変わらずフルモッコだな、お前」
「おかげ様で」
 唇をとんがらせて言う。
 そのまま何のためらいも無く、俺の横のスペースへするりと入り込んでくる。
「カワハシは湯たんぽいらずだね」
「まあな」
 結果的に、布団を暖めておいた様な状態だ。
 彼女は心底幸せそうな表情で、布団に潜り込む。
 
 初めてこいつを拾った頃は、こんな表情するなんて知らなかった。

 色々我慢して、悲しくて、頼れるものがなくて、でも助けてほしくて。
 そんな顔だった、こいつが、
 ただ、普通の生活で、こうして笑ってくれるようになったのが、
 嬉しい。

 本当だったら、拾ってすぐに高校に入れてやるべきだったんだろうが、いかんせん年齢も知らなかったし、学業から離れて長かったせいか、そんな考えが俺の中には浮かばなかった。
 悪い事をした、と思う。
 前に一度だけ、もう一度高校通うか?と聞いたことがあったが、すごい勢いで拒絶された。
 その理由が、なんとも恥ずかしい理由だったので、年甲斐もなく閉口したりしたのだが。
 まあ、恥ずかしかったのは、言われた俺だけど。
 
「さむいね」
「こっち来れば」
 
 あんだけ着こんでまだ言うかと思うが、何故か女性は冷え性が多いようだ。
 自分は違うので、その辛さが分からないが、確かに指先やつま先なんかは、驚くくらい冷たい。
「お前、鼻の頭までひやっこいのな」
「犬みたいでしょ」
 そう言うと、彼女の体温より大分高いだろう俺のシャツの胸元に、それこそ犬の様に鼻を寄せてくる。
 よく考えなくても、すごい体制だよな、これ。
 毎度の事ながら。
 俺の心なんて、勿論全く分かっていないようで、彼女は「あたたかさ」の素、つまり俺にへばりついてくる。
 
「・・・限度ありますよ、お嬢さん」
「冷たかった?ごめん。でもカワハシぬくっこいんだもの」
 思わず漏れた呟きの真意を取り違え、いや、彼女的には正しい返答をする。
 違うんだけどね、本当は。
 この状況、誰にも見せられないと、本気で思う。
 多分、普通に殺される。
 主に珠子に。
 そして、本人は自覚ゼロだが、案外多く寄せられている、彼女への好意の発信源の男共から。
 ま、誰とは言わないし、言いたくも無いけどな。
「ある意味、見せてやってもいいかもな」
「なあにを?」
 既に半分夢の中らしい彼女が、若干まったりした口調で問う。
「ん?こっちの話」
「ん・・」
 娘分にばれない様に目を細め、密着する彼女を、布団ごと抱き寄せる。
 ざまあみろってんだ。
 見せ付けてやってもいいけど、でもこれ、案外辛いんだぞ。
 何する訳でもないんだから。
 いや、何もしないけどな、実際。
 しないけど、思うところはあるだろう、男として。
 そこでまた一つ苦笑する。
 諸悪の根源は、既に夢の中に旅立った。
 何でか知らんが、人の寝巻きをしっかり掴んで。
 人の胸元に、気持ち良さそうに顔寄せて、寝息なんぞかけてくれちゃって。

 ほら、これやられたら、結構かなり、いや大分きついだろ?
 こいつに惚れてる男共よ。
 俺じゃなかったら、もう耐えられないと思うぞ。実際。
 だって、蛇の生殺しってこういう事だ。絶対に。
 相手に自覚が無いだけに、余計性質の悪い。
 
 なので、毎晩この攻撃に耐えなきゃいけない俺は、かなり偉いと思う。
 たまに、昼間でも破壊力強い攻撃を食らう事もあるんだから、ほんとに俺は偉いと思う。
 
 なので、偉い俺の唯一の特権を、また今夜も振りかざす事にした。
 寝息をたてる彼女を、今一度きつく抱きこんで。
 かけていた弱い度の眼鏡を外し、リモコンで電気をオフにする。
 窓からこぼれる月明かりで、若干目がなれた頃。
 他の誰にも見られる事のない、俺の腕の中で眠る彼女の額に唇を落として。
 
 やっぱり、誰にも見せてやる訳にはいかねえよな、やっぱり。

 頭の中だけで呟くと、彼女を追う様に、目を閉じた。

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