桃屋の創作テキスト置き場
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■BGM 2 ー愛し子の 墓辺吹く風 静かなれー 6■
場所は変わって、俺とカイが今日取った宿の一階の食堂。
その一番入り口から離れた席に、俺達は座っていた。
微妙に顔をひくつかせているカイの横で、不機嫌な顔でこの町名物の白葡萄酒のソーダ割りをあおっていた。
その様子を、にっこにこ・・いや、俺にはニヤニヤしているように見えるのだが・・・な顔で眺めている、例の長身ハンサムな変態。
「改めて紹介するね。ルカ、この人、私の兄貴のレイ」
「宜しくね、ルカちゃん」
瞼にかかった髪の毛を手で軽く払いながら微笑むレイ。
「ちゃんはやめれ」
「じゃ、ルカ嬢?」
「嬢もやめれ」
俺の額には、ぷつぷつと怒りマークが点在している。
しかも、徐々にその数は増えつつあるのだ。
「じゃ、姫?」
「男だっつってんだろーがあああ!」
ぷっつん来た俺は、バン!!!と勢い良く机をぶっ叩く。
「ルカ!」
カイが困ったように俺の袖を掴んで引っ張ってくれるのだが、それでこの意味不明なムカムカがおさまる訳も無い。
当の諸悪の根源(俺が決めた。今決めた)のレイは、その様子を又してもクスクス笑いながら見ている。
ちっくしょ~・・何しても絵になる奴はズルイ・・・
俺はほっぺた膨らませつつ、圧倒的な劣等感に苛まれていた。
大体なんでカイと言い、レイと言い、こんなキラキラした奴ばっかり俺と並んじゃったりする訳?いじめ?
親父は結構背でかかったのに・・母ちゃんちっこいからなあ・・・母ちゃんに似ちゃったのがいけないのかなあ・・顔も母ちゃん似だって言われるし・・・
「・・でも母ちゃんにはよく『ルカはお父さんゆずりの力があるのよ』とか何とか言われてた気が・・でも力より背丈のが今切実・・・」
一人で呪文の様にぶつぶつと呟きつついじける。
カイはそんな俺を見かねてか、苦笑しながらレイに見えない所でつん、と軽く突付いた。
「それよりもカイ、帰ってくるなら先に連絡くらいよこしてもバチは当たらないだろうに」
レイが溜息まじりに眉を下げる。
「うん、帰るつもりはなかったんだけど、成り行きで・・・ね、ルーカー」
いたずらっぽく言って、俺の顔を覗き込んでくる。
う!!
いきなりカイの顔が目の前に、手を伸ばさなくても届く位置に来て、俺は一瞬うろたえる。
その様子をしげしげと眺め、俺に視線を合わせ、『ほ~ん』と意地の悪い顔でにやりと笑った。
・・・・・俺はこいつあんま好きくない・・・なんとなく・・・
「で、イリスには・・・・?」
「・・・うん、会いに行ったよ・・」
俺がレイに勝手にガンをくれていると、二人の声のトーンが微かに落ちる。
―――イリス・・・?
俺は聞き覚えの無い名前に首をかしげてカイを伺うが、彼女はうつむき加減でグラスを弄んでるままで、俺との視線は絡まなかった。
「そっか、会ったか」
レイはそう言ったきり、口をつぐんでしまった。
そしてグラスに半分程になったウィスキーを静かに喉に流し込む。
カイも苦笑めいた、どこか寂しそうな顔のまま、兄貴であるレイを縋るような目で見つめていた。
俺は二人に間に入っていく勇気もタイミングも見逃して、ただぼうっと事の成り行きを眺めていた。
・・・・・ああ疎外感・・・・
「リュウも」
やおらレイが切り返したように、今まで通りの明るい声で微笑みかける。
「リュウも会いたがってるからな。明日にでも家に帰って来い。な?」
レイの言葉に、しばらく思案するように視線を宙に泳がせていたカイだったが、
「分かった」
と一言言って、何故か俺の袖をきつく掴んだ。
「―――?」
レイには見えない角度である。
テーブルの下で、カイの細くて白い手は、俺の右の袖口をしっかり掴んでいる。
無意識なのか、意識的なのかは分からないが、俺はそのままにしておく事にした。
無意識ならば振りほどいたりしたらまずいだろうし、意識的ならばまあ・・その・・・嬉しいと言うかなんと言うか。
ともかく、彼女が僅かでも頼ってくれるなら、俺は彼女の手助けになってやりたいのだ。うん、
レイは残ったウィスキーを一気に流し込み、テーブルの上に銀貨一枚と銅貨二枚を置いて立ち上がる。
「んじゃ、お兄ちゃんはそろそろお家に帰るとするよ」
「ん」
客のまばらになった店内で、兄は妹のブロンドを愛しそうに撫でながら口を開きかけて、
「――やっぱいいや」
とだけ言って眉を潜めて笑った。
「じゃ、明日な」
そう言ってドアに向かって歩き出す。
俺は何故か、何故かレイの口にしかけた台詞が気になって、思わず彼を呼び止めていた。
「レイ!」
「ん?」
肩越しに軽く振り返る。
カイのいる位置からは、レイの表情全ては見通せないだろう。
彼は俺にだけ分かる位に微かに目を細め、小さく息をつく。
観念したような、何だか不思議な顔だった。
俺は自分で呼び止めたにも関わらず、二の句が続けられなくなってしまい、
「いや、あの・・・また明日」
なんて、マスケな言葉を吐いていた。
それを聞いて、一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐにそのまま歩き出し、無言のまま後ろ手に手を振った。
レイがドアに手をかけて、こちらに顔を向けないままに言う。
「あ、ルカ、うちの可愛いお姫様、襲ったりしないでね♪」
「ば・・!!レイお前何言っちゃって・・!!」
「あははは冗談。じゃね~」
こなくそ~!!
俺は一人で真っ赤になりながら、しばらくレイの出て行ったドアを睨みつけていた。
「ルカ」
横手からかかった声に、すぐさま振り返り、どうした?と笑ってやる。
「部屋で飲もう」
カイの手には、いつの間に食堂のおっちゃんから買い取ったのか、果実酒の瓶と、 グラスが二つ握られていた。
俺は二人分の荷物を担ぎ、階上の部屋への階段を上がった。
◇
「イリスはね」
カイが静かに口を開く。
俺の部屋を酒盛りの会場にして、開けた酒が半分位になった頃である。
口当たりの良い甘味の多い果実酒で、ともすれば飲み過ぎてしまいそうな感じではあるが、特産品なだけあって、実に美味い酒だ。
彼女がぽつりぽつりと話を始めたのは、酒も良い感じに回ってきてほろ酔い加減の時だった。
「私の、双子の妹なの」
開け放った窓から、夜の空気に冷やされた風が流れ込んでくる。
酔って火照った身体には、心地よい温度だ。
「妹なら、明日会えるんだろ?なのにわざわざ何で今日・・・」
昼間カイが消えたのは、その妹に会いに行った為であろう。
会いに行った相手が妹だと分かった途端、俺はなんだか気が抜けたような、それでいてご機嫌なような気分になる。
「カイに似てるなら美人なんだろうな~イリスちゃん。早く見てみたいなあ」
最も、このカイの兄弟なら皆綺麗なんだろうと言う事は、レイで証明済みだ。
俺の言葉に、カイは目を細める。
彼女は窓枠に上手い事腰掛けて、そのまま群青の夜空を見上げた。
「妹は、二年前に死んでるの」
何かを決意したような、深い声音で。
一瞬俺の身体がビクン、と跳ね上がる。
「――――ごめん」
他に何と言えばいいのか分からず、何とも間抜けな声を出す。
「謝る事無いよ」
そう言って苦笑してくれるが、どうも・・・。
「・・・俺も15の時に親父亡くしてるからさあ・・・そーゆーの弱いのよね」
40歳前に死んでしまった父親。まだ遣り残したこともたくさんあったろうに。
母親なんか35の若さで、女手一つで三人の子供を育てなきゃいけなくなったのだ。その苦労は半端なもんじゃないだろう。
まあ、俺達兄弟全員、親父の死に目には会えなくて、いきなり墓参りに連れて行かれただけだから、逆に実感は少ないのだが。
親父の死に目に立ち会ったのは母ちゃんだけで、さぞや辛い想いを今もしてるのだろうと思うのだが、あの屈強な母親のバイタリティは止まる所を知らず、『37歳のぴちぴち働き盛りよ』とか言いながら、姉と妹と三人で食堂を経営しているのだから、とても強い女性なのだろう。
「明日は、兄貴達や父様に会いに行かなきゃね」
「何だよ、家族に会えるってのに嬉しくなさそうだな?何でだ?」
家族仲良しな我が家は、毎回ながら帰るのが楽しみで仕方ない。 何だかんだで家を出て3年目になるが、もう既に二回も里帰りしてたりする。
「楽しみじゃない訳じゃないんだよ。でもね」
言いつつグラスの中身をくーっ、と一気に飲み干し、新たにとぷとぷと酒を注ぐ。
「私はルカと一緒が良いんだけどな・・・」
「心配すんな。呼ばれなくても勝手に着いて行くつもりだから」
レイがいるのは気に食わないけど。
カイはそこで言葉を飲み込み、ふらふらした足取りで寄って来る。
瞬間、彼女の身体ががくん、と崩れ落ちそうになり、俺は大慌てで崩れてきたカイを抱える。
グラスに僅かに残ってた酒は、絨毯に吸い込まれてしまった。
―――グラス割れなくて良かった。
カイの手からグラスを抜き取り、サイドテーブルに非難させる。
「大丈夫か?いきなり動いたから、酒回っちゃったんだろう?」
俺の首に腕を回して何とか立っている状態のカイを、ゆっくりと引き寄せてやる。
しかし、彼女はそのまま離れない。
「・・カイ?」
酔ってるのかな?
耳元で、小さな声が聞こえた。
「ルカと・・一緒がいいよぅ・・・」
俺はカイの頭を左手でぽんぽんと撫でてやりながら、反対の手を恐る恐る腰に回す。
「だから、一緒に行ってやるって。な?」
カイを離して、彼女の顔を覗き込む。
案の定、真っ赤になっている。
「飲みすぎだな」
笑いながらカイのほっぺたをむぎゅ、と両手で挟んでやる。
酔いが回ったカイは、うるうるした瞳で俺を眺めていたが、しばらくすると立ち上がって、
「寝るわ~」
と、幾分呂律の回らない声で言って、隣の自分の部屋に戻っていった。
「俺も寝よ・・・」
残った酒をあおってから、窓を閉めるのも忘れてベッドに身を投げた。
カイの酔いに任せた台詞が、妙にくすぐったくて、俺の頬は緩みっぱなしだったに違いない。
場所は変わって、俺とカイが今日取った宿の一階の食堂。
その一番入り口から離れた席に、俺達は座っていた。
微妙に顔をひくつかせているカイの横で、不機嫌な顔でこの町名物の白葡萄酒のソーダ割りをあおっていた。
その様子を、にっこにこ・・いや、俺にはニヤニヤしているように見えるのだが・・・な顔で眺めている、例の長身ハンサムな変態。
「改めて紹介するね。ルカ、この人、私の兄貴のレイ」
「宜しくね、ルカちゃん」
瞼にかかった髪の毛を手で軽く払いながら微笑むレイ。
「ちゃんはやめれ」
「じゃ、ルカ嬢?」
「嬢もやめれ」
俺の額には、ぷつぷつと怒りマークが点在している。
しかも、徐々にその数は増えつつあるのだ。
「じゃ、姫?」
「男だっつってんだろーがあああ!」
ぷっつん来た俺は、バン!!!と勢い良く机をぶっ叩く。
「ルカ!」
カイが困ったように俺の袖を掴んで引っ張ってくれるのだが、それでこの意味不明なムカムカがおさまる訳も無い。
当の諸悪の根源(俺が決めた。今決めた)のレイは、その様子を又してもクスクス笑いながら見ている。
ちっくしょ~・・何しても絵になる奴はズルイ・・・
俺はほっぺた膨らませつつ、圧倒的な劣等感に苛まれていた。
大体なんでカイと言い、レイと言い、こんなキラキラした奴ばっかり俺と並んじゃったりする訳?いじめ?
親父は結構背でかかったのに・・母ちゃんちっこいからなあ・・・母ちゃんに似ちゃったのがいけないのかなあ・・顔も母ちゃん似だって言われるし・・・
「・・でも母ちゃんにはよく『ルカはお父さんゆずりの力があるのよ』とか何とか言われてた気が・・でも力より背丈のが今切実・・・」
一人で呪文の様にぶつぶつと呟きつついじける。
カイはそんな俺を見かねてか、苦笑しながらレイに見えない所でつん、と軽く突付いた。
「それよりもカイ、帰ってくるなら先に連絡くらいよこしてもバチは当たらないだろうに」
レイが溜息まじりに眉を下げる。
「うん、帰るつもりはなかったんだけど、成り行きで・・・ね、ルーカー」
いたずらっぽく言って、俺の顔を覗き込んでくる。
う!!
いきなりカイの顔が目の前に、手を伸ばさなくても届く位置に来て、俺は一瞬うろたえる。
その様子をしげしげと眺め、俺に視線を合わせ、『ほ~ん』と意地の悪い顔でにやりと笑った。
・・・・・俺はこいつあんま好きくない・・・なんとなく・・・
「で、イリスには・・・・?」
「・・・うん、会いに行ったよ・・」
俺がレイに勝手にガンをくれていると、二人の声のトーンが微かに落ちる。
―――イリス・・・?
俺は聞き覚えの無い名前に首をかしげてカイを伺うが、彼女はうつむき加減でグラスを弄んでるままで、俺との視線は絡まなかった。
「そっか、会ったか」
レイはそう言ったきり、口をつぐんでしまった。
そしてグラスに半分程になったウィスキーを静かに喉に流し込む。
カイも苦笑めいた、どこか寂しそうな顔のまま、兄貴であるレイを縋るような目で見つめていた。
俺は二人に間に入っていく勇気もタイミングも見逃して、ただぼうっと事の成り行きを眺めていた。
・・・・・ああ疎外感・・・・
「リュウも」
やおらレイが切り返したように、今まで通りの明るい声で微笑みかける。
「リュウも会いたがってるからな。明日にでも家に帰って来い。な?」
レイの言葉に、しばらく思案するように視線を宙に泳がせていたカイだったが、
「分かった」
と一言言って、何故か俺の袖をきつく掴んだ。
「―――?」
レイには見えない角度である。
テーブルの下で、カイの細くて白い手は、俺の右の袖口をしっかり掴んでいる。
無意識なのか、意識的なのかは分からないが、俺はそのままにしておく事にした。
無意識ならば振りほどいたりしたらまずいだろうし、意識的ならばまあ・・その・・・嬉しいと言うかなんと言うか。
ともかく、彼女が僅かでも頼ってくれるなら、俺は彼女の手助けになってやりたいのだ。うん、
レイは残ったウィスキーを一気に流し込み、テーブルの上に銀貨一枚と銅貨二枚を置いて立ち上がる。
「んじゃ、お兄ちゃんはそろそろお家に帰るとするよ」
「ん」
客のまばらになった店内で、兄は妹のブロンドを愛しそうに撫でながら口を開きかけて、
「――やっぱいいや」
とだけ言って眉を潜めて笑った。
「じゃ、明日な」
そう言ってドアに向かって歩き出す。
俺は何故か、何故かレイの口にしかけた台詞が気になって、思わず彼を呼び止めていた。
「レイ!」
「ん?」
肩越しに軽く振り返る。
カイのいる位置からは、レイの表情全ては見通せないだろう。
彼は俺にだけ分かる位に微かに目を細め、小さく息をつく。
観念したような、何だか不思議な顔だった。
俺は自分で呼び止めたにも関わらず、二の句が続けられなくなってしまい、
「いや、あの・・・また明日」
なんて、マスケな言葉を吐いていた。
それを聞いて、一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐにそのまま歩き出し、無言のまま後ろ手に手を振った。
レイがドアに手をかけて、こちらに顔を向けないままに言う。
「あ、ルカ、うちの可愛いお姫様、襲ったりしないでね♪」
「ば・・!!レイお前何言っちゃって・・!!」
「あははは冗談。じゃね~」
こなくそ~!!
俺は一人で真っ赤になりながら、しばらくレイの出て行ったドアを睨みつけていた。
「ルカ」
横手からかかった声に、すぐさま振り返り、どうした?と笑ってやる。
「部屋で飲もう」
カイの手には、いつの間に食堂のおっちゃんから買い取ったのか、果実酒の瓶と、 グラスが二つ握られていた。
俺は二人分の荷物を担ぎ、階上の部屋への階段を上がった。
◇
「イリスはね」
カイが静かに口を開く。
俺の部屋を酒盛りの会場にして、開けた酒が半分位になった頃である。
口当たりの良い甘味の多い果実酒で、ともすれば飲み過ぎてしまいそうな感じではあるが、特産品なだけあって、実に美味い酒だ。
彼女がぽつりぽつりと話を始めたのは、酒も良い感じに回ってきてほろ酔い加減の時だった。
「私の、双子の妹なの」
開け放った窓から、夜の空気に冷やされた風が流れ込んでくる。
酔って火照った身体には、心地よい温度だ。
「妹なら、明日会えるんだろ?なのにわざわざ何で今日・・・」
昼間カイが消えたのは、その妹に会いに行った為であろう。
会いに行った相手が妹だと分かった途端、俺はなんだか気が抜けたような、それでいてご機嫌なような気分になる。
「カイに似てるなら美人なんだろうな~イリスちゃん。早く見てみたいなあ」
最も、このカイの兄弟なら皆綺麗なんだろうと言う事は、レイで証明済みだ。
俺の言葉に、カイは目を細める。
彼女は窓枠に上手い事腰掛けて、そのまま群青の夜空を見上げた。
「妹は、二年前に死んでるの」
何かを決意したような、深い声音で。
一瞬俺の身体がビクン、と跳ね上がる。
「――――ごめん」
他に何と言えばいいのか分からず、何とも間抜けな声を出す。
「謝る事無いよ」
そう言って苦笑してくれるが、どうも・・・。
「・・・俺も15の時に親父亡くしてるからさあ・・・そーゆーの弱いのよね」
40歳前に死んでしまった父親。まだ遣り残したこともたくさんあったろうに。
母親なんか35の若さで、女手一つで三人の子供を育てなきゃいけなくなったのだ。その苦労は半端なもんじゃないだろう。
まあ、俺達兄弟全員、親父の死に目には会えなくて、いきなり墓参りに連れて行かれただけだから、逆に実感は少ないのだが。
親父の死に目に立ち会ったのは母ちゃんだけで、さぞや辛い想いを今もしてるのだろうと思うのだが、あの屈強な母親のバイタリティは止まる所を知らず、『37歳のぴちぴち働き盛りよ』とか言いながら、姉と妹と三人で食堂を経営しているのだから、とても強い女性なのだろう。
「明日は、兄貴達や父様に会いに行かなきゃね」
「何だよ、家族に会えるってのに嬉しくなさそうだな?何でだ?」
家族仲良しな我が家は、毎回ながら帰るのが楽しみで仕方ない。 何だかんだで家を出て3年目になるが、もう既に二回も里帰りしてたりする。
「楽しみじゃない訳じゃないんだよ。でもね」
言いつつグラスの中身をくーっ、と一気に飲み干し、新たにとぷとぷと酒を注ぐ。
「私はルカと一緒が良いんだけどな・・・」
「心配すんな。呼ばれなくても勝手に着いて行くつもりだから」
レイがいるのは気に食わないけど。
カイはそこで言葉を飲み込み、ふらふらした足取りで寄って来る。
瞬間、彼女の身体ががくん、と崩れ落ちそうになり、俺は大慌てで崩れてきたカイを抱える。
グラスに僅かに残ってた酒は、絨毯に吸い込まれてしまった。
―――グラス割れなくて良かった。
カイの手からグラスを抜き取り、サイドテーブルに非難させる。
「大丈夫か?いきなり動いたから、酒回っちゃったんだろう?」
俺の首に腕を回して何とか立っている状態のカイを、ゆっくりと引き寄せてやる。
しかし、彼女はそのまま離れない。
「・・カイ?」
酔ってるのかな?
耳元で、小さな声が聞こえた。
「ルカと・・一緒がいいよぅ・・・」
俺はカイの頭を左手でぽんぽんと撫でてやりながら、反対の手を恐る恐る腰に回す。
「だから、一緒に行ってやるって。な?」
カイを離して、彼女の顔を覗き込む。
案の定、真っ赤になっている。
「飲みすぎだな」
笑いながらカイのほっぺたをむぎゅ、と両手で挟んでやる。
酔いが回ったカイは、うるうるした瞳で俺を眺めていたが、しばらくすると立ち上がって、
「寝るわ~」
と、幾分呂律の回らない声で言って、隣の自分の部屋に戻っていった。
「俺も寝よ・・・」
残った酒をあおってから、窓を閉めるのも忘れてベッドに身を投げた。
カイの酔いに任せた台詞が、妙にくすぐったくて、俺の頬は緩みっぱなしだったに違いない。
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■BGM 2 ー愛し子の 墓辺吹く風 静かなれー 7■
・・・・ごろん。
・・・・ごろごろ。
・・・・じたばた。
「眠れん」
俺はいよいよベッドの上でもがくのを諦め、半ばほどけかかったみつあみをほどきながらうめいた。
酒も心地良く回って、ほろ酔い加減も絶妙で、しかも頬は緩みっぱなしで。
そのまま布団に倒れ込めば、いつもならばものの数分と持たずに深い眠りに吸い込まれて行く筈なのだが。
だがだがだが。
その全ての素敵睡眠状況を満たしてると言うのに、俺は何故か眠れずに居た。
「・・・んむむむむ」
眉間のしわをうにうに左手の親指と人差し指で揉みながら、低い声を漏らす。
俗に言うアレである。
虫の知らせ、とか何とか言う奴だ。
結構そこそこ旅なんかしてると、請け負う仕事上、狙われるような事にもなりやすいわけで。
で、そーゆーのに慣れちゃうと、自然と体内での察知能力が上がるらしく、
眠くても眠れない。
即ち何かが来る予感、である。
「・・・めんどくさ」
最近の仕事内容では、そんな危ない橋は渡ってないし、日常生活でも付け狙われるような事はしていない。つもり。
「激しくめんどい。出来ることなら明日以降にしてくんないかねえ?」
開けっ放しだった窓から、夜の冷気が流れ込んでくる。
その窓から見える見事な満月に向かって、無理とは分かっててもお願いしてみたり。
瞬間、
ぞわり。
血管が一気に太さを増したように、血が体内を猛スピードで逆流するような、そんな凄まじい感覚に襲われる。
「っつ!!」
身を翻してベッドから仰け反るように飛び起き、腰に仕込んだ短剣を後ろ手に一気に引き抜く。
寝巻きに着替えるのがおっくうで、そのままベッドに突っ込んだのがくしくも幸いしたようである。
今の俺は、普段の格好にマントを外しただけの状態。
息を止め、相手の気配を探る。
が、その数どころか相手の場所も掴めない。
――なかなかの実力の持ち主の様である。
「・・・」
ランプの明かりを消し、ドアからも窓からも距離を取る。
馬鹿正直にドアから来る刺客もそうそういないだろうが、窓が一個しかないこの部屋ではどちらからこられても可笑しくは無い。
――ィンッ!
小さな金属音のようなものが耳に届く。
刹那、身体中の血の気が引いていく音が、俺には確かに聞こえた気がした。
「カイっ!!!」
俺は叫ぶより早く、部屋を一足飛びに飛び出していた。
ノックもせずにカイの部屋のドアに体当たりをする。
ご丁寧に施錠していたらしく、がごらん!という鈍い大きな音と共に、ドアがこじ開けられる。
一歩踏み入った瞬間、俺を襲ったのは恐ろしく冷たい冷気。
開け放たれた窓から流れ込む夜の冷気ではない。
眼前に佇む、暗殺者(アサシン)から放たれる殺気である。
「てめえ・・」
俺は言い知れぬ重みを含んだ気に圧され、一歩後退る。
当の暗殺者は、逃げもせず、窓からあふれる月明かりをバックに悠然と佇んでいる。
その足元に転がる、金色のかたまり。
「カイ!」
俺は悲鳴のような声を上げて、しかし彼女のそばに走れずにいた。
今動けば、確実にこちらがやられる。
俺が無事でも仕方ない。
今のこの場所からでは、明らかに奴とカイとの距離の方が近い。
俺が動いた瞬間に、奴がカイを葬る事など造作もなく、恐らく奴もそれを分かっているのだろう。
この場に似つかわしくない静寂が、一瞬流れた。
床に倒れ付したカイは、ぴくりとも動かない。
・・・・生きててくれ、カイ・・・・
俺は張り裂けそうになる想いを押し殺し、目の前に未だ佇む奴に声をかける。
「・・・随分と物騒な訪問だなあ?え?夜中に婦女子の部屋に押し入るなんて」
左手に握った短剣を、腰の辺りで握りなおす。
「てめえ、何モンだ?何のようだ?」
あくまで相手を睨みつけたまま動かない。
「この――」
奴は静かに口を開く。
全身真っ黒で、顔も覆面でおおっているから、幾分くぐもった声ではあったが、低めの男の声で。
「この女に関わるな。さもないと」
「さもないと、何だってんだ」
恐らく今の俺は、カイには見せたことが無い顔をしているだろう。
裏の仕事をしている時の、顔だ。
「さもなくば、貴様も死ぬ」
「・・上等じゃねえか、やってみやがれ」
俺が答えると、奴は唯一覗いている目の部分をひどく歪める。
「残念だ」
奴が吠えた瞬間、闇が動く。
「炸覇轟(デスド・ヴァッシュ)!」
先制攻撃、先手必勝である。
密かに結んでいた印を開放する。
一点集中型の術なので、当たればラッキーくらいに思っていたのだが、案の定、俺の術はカーテンに直撃しただけである。
滑るように間合いを詰めてくる暗殺者。
そんなに側に寄られたはずは無いのに、耳元で奴の声が響く。
「闇塊錠(ブゥム・エグォン)!」
聞いたことの無い術だった。
瞬間、背中を詰めたいものが走り、俺は何の根拠も無いまま一気に横に飛ぶ。
一瞬前に俺が居た場所は、空間ごと引き裂かれるような深く低い音と共に、両断されていた。
「氷槍(ブリズ・ランス)!」
奇襲的に放った一撃が、運良く相手の右足の一部にかする。
が、氷付けにされる術を受けた足では、今までのようなスピードでは動けない。
それは一戦で命を賭す者にとっては死活問題である。
「光球(ウィル・ド・ボール)!」
目を閉じて一瞬で光を爆発させる。
普段はランプ代わりに持続時間を長くして使う術であるが、今の覇持続時間ゼロで爆発させたようなものである。
相手の目を潰すには効果あり!
「く!!」
案の定と言うか、上手くというか、目を焼かれたらしい暗殺者は、窓まで一気に退く。
「もう一度言う。この女には関わるな。関われば貴様も同罪だ」
そう言い残すと、真黄色な満月を背景に、夜の空へ消え去っていった。
俺は奴の気配が完全に消えるのを確認して、急いでカイに駆け寄る。
「カイ、大丈夫か?生きてるか!?」
俺の焦った声にも、彼女は反応せず動きもしない。
倒れた彼女を抱え起こし、その顔を見て血の気が引く。
彼女の首には、見紛う事なき圧迫された跡が、くっきりと残っていた。
急いで口元に耳を持っていくと、かすかではあるが呼吸をしている。
しかし、このまま放って置けば間違いなく待っているのは、
死。
その言葉に行き当たって、ぞっとした。
「死なせねえからな!絶対!」
俺はベッドにかかったシーツを引っぺがし、彼女の身体を包み、夜の町へ走り出る。
「死なせてたまるか!」
俺は誰にともなくそう叫び、一目散に医者のもとへと走った。
・・・・ごろん。
・・・・ごろごろ。
・・・・じたばた。
「眠れん」
俺はいよいよベッドの上でもがくのを諦め、半ばほどけかかったみつあみをほどきながらうめいた。
酒も心地良く回って、ほろ酔い加減も絶妙で、しかも頬は緩みっぱなしで。
そのまま布団に倒れ込めば、いつもならばものの数分と持たずに深い眠りに吸い込まれて行く筈なのだが。
だがだがだが。
その全ての素敵睡眠状況を満たしてると言うのに、俺は何故か眠れずに居た。
「・・・んむむむむ」
眉間のしわをうにうに左手の親指と人差し指で揉みながら、低い声を漏らす。
俗に言うアレである。
虫の知らせ、とか何とか言う奴だ。
結構そこそこ旅なんかしてると、請け負う仕事上、狙われるような事にもなりやすいわけで。
で、そーゆーのに慣れちゃうと、自然と体内での察知能力が上がるらしく、
眠くても眠れない。
即ち何かが来る予感、である。
「・・・めんどくさ」
最近の仕事内容では、そんな危ない橋は渡ってないし、日常生活でも付け狙われるような事はしていない。つもり。
「激しくめんどい。出来ることなら明日以降にしてくんないかねえ?」
開けっ放しだった窓から、夜の冷気が流れ込んでくる。
その窓から見える見事な満月に向かって、無理とは分かっててもお願いしてみたり。
瞬間、
ぞわり。
血管が一気に太さを増したように、血が体内を猛スピードで逆流するような、そんな凄まじい感覚に襲われる。
「っつ!!」
身を翻してベッドから仰け反るように飛び起き、腰に仕込んだ短剣を後ろ手に一気に引き抜く。
寝巻きに着替えるのがおっくうで、そのままベッドに突っ込んだのがくしくも幸いしたようである。
今の俺は、普段の格好にマントを外しただけの状態。
息を止め、相手の気配を探る。
が、その数どころか相手の場所も掴めない。
――なかなかの実力の持ち主の様である。
「・・・」
ランプの明かりを消し、ドアからも窓からも距離を取る。
馬鹿正直にドアから来る刺客もそうそういないだろうが、窓が一個しかないこの部屋ではどちらからこられても可笑しくは無い。
――ィンッ!
小さな金属音のようなものが耳に届く。
刹那、身体中の血の気が引いていく音が、俺には確かに聞こえた気がした。
「カイっ!!!」
俺は叫ぶより早く、部屋を一足飛びに飛び出していた。
ノックもせずにカイの部屋のドアに体当たりをする。
ご丁寧に施錠していたらしく、がごらん!という鈍い大きな音と共に、ドアがこじ開けられる。
一歩踏み入った瞬間、俺を襲ったのは恐ろしく冷たい冷気。
開け放たれた窓から流れ込む夜の冷気ではない。
眼前に佇む、暗殺者(アサシン)から放たれる殺気である。
「てめえ・・」
俺は言い知れぬ重みを含んだ気に圧され、一歩後退る。
当の暗殺者は、逃げもせず、窓からあふれる月明かりをバックに悠然と佇んでいる。
その足元に転がる、金色のかたまり。
「カイ!」
俺は悲鳴のような声を上げて、しかし彼女のそばに走れずにいた。
今動けば、確実にこちらがやられる。
俺が無事でも仕方ない。
今のこの場所からでは、明らかに奴とカイとの距離の方が近い。
俺が動いた瞬間に、奴がカイを葬る事など造作もなく、恐らく奴もそれを分かっているのだろう。
この場に似つかわしくない静寂が、一瞬流れた。
床に倒れ付したカイは、ぴくりとも動かない。
・・・・生きててくれ、カイ・・・・
俺は張り裂けそうになる想いを押し殺し、目の前に未だ佇む奴に声をかける。
「・・・随分と物騒な訪問だなあ?え?夜中に婦女子の部屋に押し入るなんて」
左手に握った短剣を、腰の辺りで握りなおす。
「てめえ、何モンだ?何のようだ?」
あくまで相手を睨みつけたまま動かない。
「この――」
奴は静かに口を開く。
全身真っ黒で、顔も覆面でおおっているから、幾分くぐもった声ではあったが、低めの男の声で。
「この女に関わるな。さもないと」
「さもないと、何だってんだ」
恐らく今の俺は、カイには見せたことが無い顔をしているだろう。
裏の仕事をしている時の、顔だ。
「さもなくば、貴様も死ぬ」
「・・上等じゃねえか、やってみやがれ」
俺が答えると、奴は唯一覗いている目の部分をひどく歪める。
「残念だ」
奴が吠えた瞬間、闇が動く。
「炸覇轟(デスド・ヴァッシュ)!」
先制攻撃、先手必勝である。
密かに結んでいた印を開放する。
一点集中型の術なので、当たればラッキーくらいに思っていたのだが、案の定、俺の術はカーテンに直撃しただけである。
滑るように間合いを詰めてくる暗殺者。
そんなに側に寄られたはずは無いのに、耳元で奴の声が響く。
「闇塊錠(ブゥム・エグォン)!」
聞いたことの無い術だった。
瞬間、背中を詰めたいものが走り、俺は何の根拠も無いまま一気に横に飛ぶ。
一瞬前に俺が居た場所は、空間ごと引き裂かれるような深く低い音と共に、両断されていた。
「氷槍(ブリズ・ランス)!」
奇襲的に放った一撃が、運良く相手の右足の一部にかする。
が、氷付けにされる術を受けた足では、今までのようなスピードでは動けない。
それは一戦で命を賭す者にとっては死活問題である。
「光球(ウィル・ド・ボール)!」
目を閉じて一瞬で光を爆発させる。
普段はランプ代わりに持続時間を長くして使う術であるが、今の覇持続時間ゼロで爆発させたようなものである。
相手の目を潰すには効果あり!
「く!!」
案の定と言うか、上手くというか、目を焼かれたらしい暗殺者は、窓まで一気に退く。
「もう一度言う。この女には関わるな。関われば貴様も同罪だ」
そう言い残すと、真黄色な満月を背景に、夜の空へ消え去っていった。
俺は奴の気配が完全に消えるのを確認して、急いでカイに駆け寄る。
「カイ、大丈夫か?生きてるか!?」
俺の焦った声にも、彼女は反応せず動きもしない。
倒れた彼女を抱え起こし、その顔を見て血の気が引く。
彼女の首には、見紛う事なき圧迫された跡が、くっきりと残っていた。
急いで口元に耳を持っていくと、かすかではあるが呼吸をしている。
しかし、このまま放って置けば間違いなく待っているのは、
死。
その言葉に行き当たって、ぞっとした。
「死なせねえからな!絶対!」
俺はベッドにかかったシーツを引っぺがし、彼女の身体を包み、夜の町へ走り出る。
「死なせてたまるか!」
俺は誰にともなくそう叫び、一目散に医者のもとへと走った。
■BGM 2 ー愛し子の 墓辺吹く風 静かなれー 8■
煌々と照らされる光の中、男はこちらを見向きもせずに、ただ背を向け、忙しく動いている。
俺はただ、呆然と、強張った四肢を持て余しながら、座りもせずに事の成行きを見守っている。
どれ位、時間が経過したのだろうか。
俺に長い事背を向けていた男が、初めてこちらを振り返る。
その表情には、疲労の色が濃い。
「あ・・・」
「気道は、確保しましたし、詰まっていた血の塊も除去しました。潰された喉笛も、治癒魔法で何とか・・」
俺が口を開くより前に、額に汗の珠をびっしり浮かべた男は、淡々と事務的に言葉を発する。
未だに言葉を発せられないでいる俺に、それこそ優しく笑いかけ、
「もう、大丈夫ですよ」
そう言って、額の汗を不器用そうに拭った。
真夜中である。
明かりが灯っている家などとうに無く、漆黒の闇の中に、持続時間を引き延ばしたおかげで、いささか薄暗い魔法の光を灯された街灯が、ちらちらと目に焼きつく。
俺は、あのままカイを抱えて、町一番と誉れ高い魔法医のもとに駆け込んだ。
激しくドアを叩く俺に、寝ていたにしては小奇麗な姿で現れたのが、今、目の前に佇むこの男、と言う訳である。
「とりあえず」
俺の思考を差し止める様に、男が口を開く。
「目が覚めるまでは安静に。目が覚めたら再度診察と治療を。宜しいですね?」
「あ・・・ああ」
うまく言葉が見付からず、こくこくと首を上下に振る。
彼は窓の外を見やってから、こちらを見てにっこりと笑う。
初めてまじまじと顔を見たが、なかなかどうして端整な顔立ちをしている。
年齢も、俺よりもわずかばかり上、といった程度では無いだろうか。
この年齢で町一番と評されるのであれば、その腕前は、恐らく信用しても良いものだろう。
「時間も時間です。このまま旦那様もこちらにお泊り頂くと言う事で・・」
「はあ、それはこっちとしても有り難・・・・・・・旦那・・?」
聞き間違いかと思い、半眼になって問い返す。
「・・・あれ?旦那様じゃなかったですか?」
汗でずり落ちていた眼鏡を拭いて、再度かけ直しながら苦笑する。
「・・・・旦那って、俺のこと?もしくはそこで寝てるあいつのこと?」
今度はこっちが色んな意味で額に汗しながら、一応念のために聞いておく。
俺を見て「男」と判断する奴は少ない。
まず、少ない。
って言うか、いない。
・・・しくしくしく・・・
で、カイに関しても、俺と一緒にいると彼女の方が男扱いをされる。
そりゃあもうしっかりきっかりと。
「・・・何を言ってるんですか?そこで寝ている患者さんがお嫁さん、あなたが旦那さんでしょう?」
きょとんとした様に、俺と眠るカイを見比べる。
・・・・・あっぱれ。
この男、見てくれで人を判断しないらしい。
もしくは、ただ単に野生の感が鋭いだけなのか。
「訂正しとくけど、夫婦ではないな」
「恋人ですか」
「・・・・・・・・・・」
言い知れぬ焦燥感に苛まれ、二の句が続けられなくなった俺に、彼はやや焦ったのか、ひっくり返りかけた様な声で、
「ともかく!お連れの方も今晩はこちらでお休み下さい!ベッドはすぐ横にありますので!お手洗いは廊下の突き当たりです!では!」
言うだけ言って、とっととこの場から逃げようとする彼。
「ちょっと!」
「・・・・・まだ何か?」
半分開けたドアから、顔だけ覗かせて振り返る。
俺は頬を掻きながら。
「その・・助けてくれて、ありがとうございました」
言って、深く礼をする。
彼の、苦笑した様に漏らす声が聞こえた。
「何かあったら、すぐ呼んで下さいね。私の部屋はこの部屋の真上ですので」
俺は顔を上げ、彼の言葉に頷く。
「それと」
思い出した様に歩き出しかけた足を止め、
「グレンフォードです。グレンフォード・アルディアス」
「ルカだ。ルカ・ウェザード」
「では、お休みなさい、ルカさん、良い夢を」
眼鏡の奥で瞳を細め、静かにドアを閉めるグレンフォード。
彼の足音が聞こえなくなるまで、俺はその場に立ち尽くした。
「・・・・は・・・・」
小さく笑って、今更になって震えだした腕を抱えて、壁に寄りかかる。
が、足の力も抜け落ち、背中を壁に沿わせてずるずると床にへたり込む。
「はは・・情けねえ・・」
ぎゅうっと、爪の跡が残る位強く自分の腕を掴む。
カイが、彼女が「死ぬかも知れない」と思った瞬間。
血が凍った。
彼女が助かった今でも、あの感覚が身体から離れなかった。
のろのろと、彼女が眠るベッドに近付く。
カイは先ほど運ばれた際に横たえられていた治療用のベッドから、背の低い普通のベッドに移されていた。
普段ならば、気配だけで目を覚ます様な鋭い神経の持ち主である。
その彼女が、身体に触れられても微動だにしないなんて、普段では考えられない。
やはり、かなり酷い怪我だったのだろう。
今は正常な寝息を立てている彼女の額にかかる金髪を、そろそろと指でなぞって。
「・・・・・・ごめんな」
とだけ呟いた。
―――女の子のお前に、傷なんか負わせちまって、ごめんな。
流れで旅なんかやっていて、しかもこいつみたいに雇われ剣士で日銭稼いでいたりすると、傷を負う事も珍しくは無いだろう。
だから、彼女に面と向かって伝えても、いつもの様に『気にしないで』と一言で流されてしまうだろう事は、分かってはいるのだ。
しかし、
「俺がもうちょい早く助けに行けてたら、怪我しなかったかも知れないもんなあ・・?」
閉ざされた彼女の睫毛は、今は動く事は無いだろう。
彼女の手を両手で握り、額にこつんとくっ付ける。
「ごめんな・・・」
握り締めたカイの手は、無骨な剣を振るうにはあまりに細くてか弱くて。
俺はそのまま、一晩中彼女の手を握ったままでいた。
◇
何かが聞こえる気がしていた。
懐かしいような、嬉しいような、切ないような。
俺はその何かに手を伸ばそうとして、
でも今はもう少し、
もう少し、このまま・・・
「ルカ」
一気に覚醒した耳が、自分自身を呼ぶ声を捉える。
床にへたり込んだまま眠りこけてしまったらしく、俺は上体を起こす際に、僅かに身体がぎしぎし言うのを感じた。
でも今はそんな事はどうでも良くて、
「ルカおはよ」
目の前でいつもみたいに笑う、彼女を目で捉えて。
俺は口を開くよりも早く、がばちょ!と彼女を抱き締めていた。
「わぅ」
「―――カイ」
いささか驚いた様な、何とも不細工な声を上げる彼女を、お構い無しにぎゅーっと抱き締める。
「良かった・・」
安堵で身体中の力が抜けて行く。
少なくとも声は出るようになったらしいし、顔色も良くなっている。
グレンフォード、やはりなかなか良い腕をしているらしい。
何て思っていると、例のドアの奥から声がして、
「おはようございますルカさん、お嫁・・じゃなくて患者さんのお加減はいかかで・・・」
ドアを開けて中に入ろうと一歩踏み込み、カイを抱き締めた状態のままの俺を見て、一瞬固まり、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・失礼しましたぁ~」
と、凍った笑顔のままドアを閉めてそそくさと逃げ出そうとした。
「だー!馬鹿違う!良いから入って来い!!」
焦って彼女を解放して怒鳴った俺の台詞から、しばしの間があって、
「・・・・・・・・・・おはようございま~す」
と、申し訳なさそうにドアの隙間から顔を出した。
失礼な。怪我人に手を出すか!
◇
「だからあれはお前さんの勘違いで」
「そうですかぁ~」
「信じてないだろ?」
「信じてますよぉ~」
「だったらそのムカつく語尾の延ばし方は何なんだよ」
「いやいやぁ~」
俺とグレンフォードとのカーテン越しの漫才・・・もとい会話である。
どうにもこうにも勘違いしまくっている彼に、カイの診察中である今もずっと説明しているのだが。
返ってくる返事はムカつく語尾の、生暖かい返事ばかりである。
カーテンの隙間から、治癒魔法発動時に発せられる淡い薄緑色の光が漏れる。
やがてその光が消え、
「はい、お疲れ様でした、カイさん」
「ありがとう」
二人の声がして、先にグレンフォードが出てくる。
「あのね、何度も言うけどグレンフォード・・」
再び抗議を始めようと口を開きかけた俺に、彼は癖なのか、同じように眼鏡を掛けなおし、
「グレイ、で良いですよ。ルカさん」
と言って笑った。
「う!」
俺は思わず潰されたような声を漏らす。
・・・・ちっくしょう・・何だかんだでコイツもかっこよさげじゃねーかコンチクショウ・・・
男なのに娘らしく産まれ、可愛らしく育てられた自分を少々恨みつつ。
「意外と治癒魔法の効きが良いみたいで、ほぼ全快ですよ」
「悪いな」
俺は彼の掌に代金分の金貨と銀貨を数枚ずつ落とす。
「おまたせ」
カーテンの向こうから現れたのは、いつも通りの、彼女。
「荷物、取りに宿に戻らなきゃね」
「だな」
カイはグレイに向き直ると、
「ありがとう。またあなたに救われたわ」
「いえ、ご無事で何よりですよ」
「え?知り合い?」
きょとんとした俺に、カイは少しだけ悲しそうな、でも懐かしそうな顔で、
「妹の、愛した人よ」
とだけ言って、グレイを見つめて二人は微笑んだ。
「あ・・」
「気になさらないで下さい。僕は今でも彼女を愛していますから」
はっきり澱み無く答えるグレイ。
それにしても、妙にこっぱずかしい台詞を普通に吐く奴である。
「これから、どちらへ?」
「家に戻る、かな」
「では、今回の式典は?」
「仕方ないよね~」
何だかよく分からない会話を、事情の把握が出来ていない俺はただ突っ立って聞いている。
ちょっと寂しいかも・・。
「・・・・お気をつけ下さい」
「ありがと」
何やら意味深な会話は幕を閉じ、カイはこちらを振り返り、にっこり笑って言った。
「さ、行こう。ルカ」
◇
―――俺の人生は一体どこで狂ってしまったのですか、お母さん、お父さん。
俺は青い蒼い空の下、ぼーっとそんな事を考える。
あの後。
グレイの自宅兼診療所を出て、昨日泊まった宿屋に荷物を取りに行って。
そこまでは良かった。
しかし、
「・・・・・・・・・・・・・・カイさん、頭打った?」
「打ってないわよ」
「・・・・・・・・・・・・・・嫌な事でもあった?」
「特には」
「・・・・・・・・・・・・・・ドッキリ?」
「なにそれ?」
俺はカイの脳みそが一体全体どうなってしまったのか、心配で仕方ない。
しかし、そんな会話を交わしている内に、とうとう王宮入り口の門まで辿り着いてしまった。
「カイ、帰ろうよ。『いーれーてー』って言ったって、追い返されるに決まってるじゃん」
頭抱えながら彼女の袖を引っ張って、何とか思い留まらせようとする。
カイ曰く。
昨日の例との再会と、暗殺者に襲われた事の両方で、気になる事が出来たらしく、王宮敷地内の資料館やら図書館に行って調べたいのだ、と言う。
まあ、「調べたい事」があって、「図書館」で調べるのは良いんだけどさ・・。
入れる訳ないじゃん。王宮敷地内の国立の機密図書館に。
街中にある普通に開放している国立図書館でいいじゃん、って言っても、「それじゃわかんないから意味ない」とか言われるし。
頑張って色々たしなめる俺を、素晴らしい勢いで放置プレイにし、カイはぺたぺた歩いていくのだ。
「無理だってば。流れ者が入れる王宮なんて、少なくとも俺は聞いた事ないぞ!?」
このセイン・ロードがいかに庶民に優しい国だったとしても、王宮にフリー入場出来ちゃったりするなら、最早それは「王宮」である意味など皆無だろう。
「平気だって。入れてて言えば入れるよ」
その自信はどこから?
もしやお前ってちょっとお馬鹿さん?
あ、どっちかってーと天然?
ふと見ると、カイは俺をより一層放置し、すたすたと門番の元にまで歩いて行ってしまっていた。
「カイー!?」
彼女は俺の声など聞こえていないかの様に、門番と二言三言会話している。
が、案の定胡散臭そうに眺められ、下っ端門番に追い払われてしまった。
「な?だから帰ろうってば」
走り寄ってみるが、カイはまだ諦めた様子は無い、
「全く、失礼しちゃうわよね」
「いや、失礼なのお前だから」
「奥の手だよ~ん」
カイは嬉しそうに左腕の袖をまくりあげ、肩口までを露わにする。
「・・・・今度は色仕掛けか?」
「まっさか」
見ると、その腕には綺麗な細工の施された金色のブレスレットの様な、バングルの様な物。
「何コレ?」
「んふふ、見て驚け」
カイはいたずら小僧の様に笑って、再び門の真正面に立ち、集まってきた警備兵や門番全員の視線を一身に受けたまま、凛とした張りのある声で。
「白魔術都市セイン・ロード王国、第三王位継承者、カイ・ドゥルーガ・セイン・ロードが今戻った!門を開けよ!」
「ね。こーゆー事なのよ」
彼女は、こちらを振り返って苦笑した。
煌々と照らされる光の中、男はこちらを見向きもせずに、ただ背を向け、忙しく動いている。
俺はただ、呆然と、強張った四肢を持て余しながら、座りもせずに事の成行きを見守っている。
どれ位、時間が経過したのだろうか。
俺に長い事背を向けていた男が、初めてこちらを振り返る。
その表情には、疲労の色が濃い。
「あ・・・」
「気道は、確保しましたし、詰まっていた血の塊も除去しました。潰された喉笛も、治癒魔法で何とか・・」
俺が口を開くより前に、額に汗の珠をびっしり浮かべた男は、淡々と事務的に言葉を発する。
未だに言葉を発せられないでいる俺に、それこそ優しく笑いかけ、
「もう、大丈夫ですよ」
そう言って、額の汗を不器用そうに拭った。
真夜中である。
明かりが灯っている家などとうに無く、漆黒の闇の中に、持続時間を引き延ばしたおかげで、いささか薄暗い魔法の光を灯された街灯が、ちらちらと目に焼きつく。
俺は、あのままカイを抱えて、町一番と誉れ高い魔法医のもとに駆け込んだ。
激しくドアを叩く俺に、寝ていたにしては小奇麗な姿で現れたのが、今、目の前に佇むこの男、と言う訳である。
「とりあえず」
俺の思考を差し止める様に、男が口を開く。
「目が覚めるまでは安静に。目が覚めたら再度診察と治療を。宜しいですね?」
「あ・・・ああ」
うまく言葉が見付からず、こくこくと首を上下に振る。
彼は窓の外を見やってから、こちらを見てにっこりと笑う。
初めてまじまじと顔を見たが、なかなかどうして端整な顔立ちをしている。
年齢も、俺よりもわずかばかり上、といった程度では無いだろうか。
この年齢で町一番と評されるのであれば、その腕前は、恐らく信用しても良いものだろう。
「時間も時間です。このまま旦那様もこちらにお泊り頂くと言う事で・・」
「はあ、それはこっちとしても有り難・・・・・・・旦那・・?」
聞き間違いかと思い、半眼になって問い返す。
「・・・あれ?旦那様じゃなかったですか?」
汗でずり落ちていた眼鏡を拭いて、再度かけ直しながら苦笑する。
「・・・・旦那って、俺のこと?もしくはそこで寝てるあいつのこと?」
今度はこっちが色んな意味で額に汗しながら、一応念のために聞いておく。
俺を見て「男」と判断する奴は少ない。
まず、少ない。
って言うか、いない。
・・・しくしくしく・・・
で、カイに関しても、俺と一緒にいると彼女の方が男扱いをされる。
そりゃあもうしっかりきっかりと。
「・・・何を言ってるんですか?そこで寝ている患者さんがお嫁さん、あなたが旦那さんでしょう?」
きょとんとした様に、俺と眠るカイを見比べる。
・・・・・あっぱれ。
この男、見てくれで人を判断しないらしい。
もしくは、ただ単に野生の感が鋭いだけなのか。
「訂正しとくけど、夫婦ではないな」
「恋人ですか」
「・・・・・・・・・・」
言い知れぬ焦燥感に苛まれ、二の句が続けられなくなった俺に、彼はやや焦ったのか、ひっくり返りかけた様な声で、
「ともかく!お連れの方も今晩はこちらでお休み下さい!ベッドはすぐ横にありますので!お手洗いは廊下の突き当たりです!では!」
言うだけ言って、とっととこの場から逃げようとする彼。
「ちょっと!」
「・・・・・まだ何か?」
半分開けたドアから、顔だけ覗かせて振り返る。
俺は頬を掻きながら。
「その・・助けてくれて、ありがとうございました」
言って、深く礼をする。
彼の、苦笑した様に漏らす声が聞こえた。
「何かあったら、すぐ呼んで下さいね。私の部屋はこの部屋の真上ですので」
俺は顔を上げ、彼の言葉に頷く。
「それと」
思い出した様に歩き出しかけた足を止め、
「グレンフォードです。グレンフォード・アルディアス」
「ルカだ。ルカ・ウェザード」
「では、お休みなさい、ルカさん、良い夢を」
眼鏡の奥で瞳を細め、静かにドアを閉めるグレンフォード。
彼の足音が聞こえなくなるまで、俺はその場に立ち尽くした。
「・・・・は・・・・」
小さく笑って、今更になって震えだした腕を抱えて、壁に寄りかかる。
が、足の力も抜け落ち、背中を壁に沿わせてずるずると床にへたり込む。
「はは・・情けねえ・・」
ぎゅうっと、爪の跡が残る位強く自分の腕を掴む。
カイが、彼女が「死ぬかも知れない」と思った瞬間。
血が凍った。
彼女が助かった今でも、あの感覚が身体から離れなかった。
のろのろと、彼女が眠るベッドに近付く。
カイは先ほど運ばれた際に横たえられていた治療用のベッドから、背の低い普通のベッドに移されていた。
普段ならば、気配だけで目を覚ます様な鋭い神経の持ち主である。
その彼女が、身体に触れられても微動だにしないなんて、普段では考えられない。
やはり、かなり酷い怪我だったのだろう。
今は正常な寝息を立てている彼女の額にかかる金髪を、そろそろと指でなぞって。
「・・・・・・ごめんな」
とだけ呟いた。
―――女の子のお前に、傷なんか負わせちまって、ごめんな。
流れで旅なんかやっていて、しかもこいつみたいに雇われ剣士で日銭稼いでいたりすると、傷を負う事も珍しくは無いだろう。
だから、彼女に面と向かって伝えても、いつもの様に『気にしないで』と一言で流されてしまうだろう事は、分かってはいるのだ。
しかし、
「俺がもうちょい早く助けに行けてたら、怪我しなかったかも知れないもんなあ・・?」
閉ざされた彼女の睫毛は、今は動く事は無いだろう。
彼女の手を両手で握り、額にこつんとくっ付ける。
「ごめんな・・・」
握り締めたカイの手は、無骨な剣を振るうにはあまりに細くてか弱くて。
俺はそのまま、一晩中彼女の手を握ったままでいた。
◇
何かが聞こえる気がしていた。
懐かしいような、嬉しいような、切ないような。
俺はその何かに手を伸ばそうとして、
でも今はもう少し、
もう少し、このまま・・・
「ルカ」
一気に覚醒した耳が、自分自身を呼ぶ声を捉える。
床にへたり込んだまま眠りこけてしまったらしく、俺は上体を起こす際に、僅かに身体がぎしぎし言うのを感じた。
でも今はそんな事はどうでも良くて、
「ルカおはよ」
目の前でいつもみたいに笑う、彼女を目で捉えて。
俺は口を開くよりも早く、がばちょ!と彼女を抱き締めていた。
「わぅ」
「―――カイ」
いささか驚いた様な、何とも不細工な声を上げる彼女を、お構い無しにぎゅーっと抱き締める。
「良かった・・」
安堵で身体中の力が抜けて行く。
少なくとも声は出るようになったらしいし、顔色も良くなっている。
グレンフォード、やはりなかなか良い腕をしているらしい。
何て思っていると、例のドアの奥から声がして、
「おはようございますルカさん、お嫁・・じゃなくて患者さんのお加減はいかかで・・・」
ドアを開けて中に入ろうと一歩踏み込み、カイを抱き締めた状態のままの俺を見て、一瞬固まり、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・失礼しましたぁ~」
と、凍った笑顔のままドアを閉めてそそくさと逃げ出そうとした。
「だー!馬鹿違う!良いから入って来い!!」
焦って彼女を解放して怒鳴った俺の台詞から、しばしの間があって、
「・・・・・・・・・・おはようございま~す」
と、申し訳なさそうにドアの隙間から顔を出した。
失礼な。怪我人に手を出すか!
◇
「だからあれはお前さんの勘違いで」
「そうですかぁ~」
「信じてないだろ?」
「信じてますよぉ~」
「だったらそのムカつく語尾の延ばし方は何なんだよ」
「いやいやぁ~」
俺とグレンフォードとのカーテン越しの漫才・・・もとい会話である。
どうにもこうにも勘違いしまくっている彼に、カイの診察中である今もずっと説明しているのだが。
返ってくる返事はムカつく語尾の、生暖かい返事ばかりである。
カーテンの隙間から、治癒魔法発動時に発せられる淡い薄緑色の光が漏れる。
やがてその光が消え、
「はい、お疲れ様でした、カイさん」
「ありがとう」
二人の声がして、先にグレンフォードが出てくる。
「あのね、何度も言うけどグレンフォード・・」
再び抗議を始めようと口を開きかけた俺に、彼は癖なのか、同じように眼鏡を掛けなおし、
「グレイ、で良いですよ。ルカさん」
と言って笑った。
「う!」
俺は思わず潰されたような声を漏らす。
・・・・ちっくしょう・・何だかんだでコイツもかっこよさげじゃねーかコンチクショウ・・・
男なのに娘らしく産まれ、可愛らしく育てられた自分を少々恨みつつ。
「意外と治癒魔法の効きが良いみたいで、ほぼ全快ですよ」
「悪いな」
俺は彼の掌に代金分の金貨と銀貨を数枚ずつ落とす。
「おまたせ」
カーテンの向こうから現れたのは、いつも通りの、彼女。
「荷物、取りに宿に戻らなきゃね」
「だな」
カイはグレイに向き直ると、
「ありがとう。またあなたに救われたわ」
「いえ、ご無事で何よりですよ」
「え?知り合い?」
きょとんとした俺に、カイは少しだけ悲しそうな、でも懐かしそうな顔で、
「妹の、愛した人よ」
とだけ言って、グレイを見つめて二人は微笑んだ。
「あ・・」
「気になさらないで下さい。僕は今でも彼女を愛していますから」
はっきり澱み無く答えるグレイ。
それにしても、妙にこっぱずかしい台詞を普通に吐く奴である。
「これから、どちらへ?」
「家に戻る、かな」
「では、今回の式典は?」
「仕方ないよね~」
何だかよく分からない会話を、事情の把握が出来ていない俺はただ突っ立って聞いている。
ちょっと寂しいかも・・。
「・・・・お気をつけ下さい」
「ありがと」
何やら意味深な会話は幕を閉じ、カイはこちらを振り返り、にっこり笑って言った。
「さ、行こう。ルカ」
◇
―――俺の人生は一体どこで狂ってしまったのですか、お母さん、お父さん。
俺は青い蒼い空の下、ぼーっとそんな事を考える。
あの後。
グレイの自宅兼診療所を出て、昨日泊まった宿屋に荷物を取りに行って。
そこまでは良かった。
しかし、
「・・・・・・・・・・・・・・カイさん、頭打った?」
「打ってないわよ」
「・・・・・・・・・・・・・・嫌な事でもあった?」
「特には」
「・・・・・・・・・・・・・・ドッキリ?」
「なにそれ?」
俺はカイの脳みそが一体全体どうなってしまったのか、心配で仕方ない。
しかし、そんな会話を交わしている内に、とうとう王宮入り口の門まで辿り着いてしまった。
「カイ、帰ろうよ。『いーれーてー』って言ったって、追い返されるに決まってるじゃん」
頭抱えながら彼女の袖を引っ張って、何とか思い留まらせようとする。
カイ曰く。
昨日の例との再会と、暗殺者に襲われた事の両方で、気になる事が出来たらしく、王宮敷地内の資料館やら図書館に行って調べたいのだ、と言う。
まあ、「調べたい事」があって、「図書館」で調べるのは良いんだけどさ・・。
入れる訳ないじゃん。王宮敷地内の国立の機密図書館に。
街中にある普通に開放している国立図書館でいいじゃん、って言っても、「それじゃわかんないから意味ない」とか言われるし。
頑張って色々たしなめる俺を、素晴らしい勢いで放置プレイにし、カイはぺたぺた歩いていくのだ。
「無理だってば。流れ者が入れる王宮なんて、少なくとも俺は聞いた事ないぞ!?」
このセイン・ロードがいかに庶民に優しい国だったとしても、王宮にフリー入場出来ちゃったりするなら、最早それは「王宮」である意味など皆無だろう。
「平気だって。入れてて言えば入れるよ」
その自信はどこから?
もしやお前ってちょっとお馬鹿さん?
あ、どっちかってーと天然?
ふと見ると、カイは俺をより一層放置し、すたすたと門番の元にまで歩いて行ってしまっていた。
「カイー!?」
彼女は俺の声など聞こえていないかの様に、門番と二言三言会話している。
が、案の定胡散臭そうに眺められ、下っ端門番に追い払われてしまった。
「な?だから帰ろうってば」
走り寄ってみるが、カイはまだ諦めた様子は無い、
「全く、失礼しちゃうわよね」
「いや、失礼なのお前だから」
「奥の手だよ~ん」
カイは嬉しそうに左腕の袖をまくりあげ、肩口までを露わにする。
「・・・・今度は色仕掛けか?」
「まっさか」
見ると、その腕には綺麗な細工の施された金色のブレスレットの様な、バングルの様な物。
「何コレ?」
「んふふ、見て驚け」
カイはいたずら小僧の様に笑って、再び門の真正面に立ち、集まってきた警備兵や門番全員の視線を一身に受けたまま、凛とした張りのある声で。
「白魔術都市セイン・ロード王国、第三王位継承者、カイ・ドゥルーガ・セイン・ロードが今戻った!門を開けよ!」
「ね。こーゆー事なのよ」
彼女は、こちらを振り返って苦笑した。
■BGM 2 ー愛し子の 墓辺吹く風 静かなれー 9■
俺は今、齢17歳にして、人生最大かも知れないイベントに向かって、歩いている。そんな気がする。
無駄に広い廊下。
床には何やら毛足の長い、明らかに高そうな絨毯が敷き詰められている。
両サイドの壁に沿ってディスプレイされた壷やら何やらも、明らかに庶民が一生働いて、買えるか否か、と言った値段ではなかろうか。
通り過ぎる人間が全員、俺達、いや、俺の前を悠然と行くカイを見付けるや否や、その場で壁際に寄り、頭を垂れる。
カイは何食わぬ顔ですたすたと、この毛足の長い絨毯の上を行く。
「ルカ」
突如かけられた声。
前を行くカイである。
「・・・なぁに」
やや重たい口を、やっと何とかこじ開ける。
「うちの父親、ちょっとおかしいけど、気にしないでね」
「ん?ああ、うちの母ちゃんもへんてこだし、別に大して気になんか・・・・父親?」
故郷の母ちゃん思い出しつつ、はたり、と妙な考えに行き着いてしまい、一気に血の気が引く。
カイの服の袖をくいくい引っ張りつつ、
「ちちち父親って、まままさか!?」
「今から会いに行くよ。一応二年ぶりの里帰りだっしー」
「そーでなくて!」
カイは不思議そうに俺の顔を覗き込んで、
「どしたの?何か不都合?あ、トイレ?」
「不都合って言うかさ、お前の父親って、もしかして、もしかしなくてもやっぱり・・」
頬に、額に、背中に、緊張からか、いや~な汗が転がり落ちる。
「まあ、一応国王っぽいけど」
「やっぱしー!」
俺は絶叫して頭を抱えた。
いやね、まあね、カイが『第三王位継承者』、つまり、この国の『お姫さん』だって時点で、父親は王様なんだろうけど・・もしかしたら何かの手違いで・・って、期待した俺が馬鹿ですか、愚かですか、そうなんですか・・そうですか・・・・
「ここが父への謁見の間」
紅い、重厚そうな扉の前でカイが言う。
金銀細工で装飾されてはいるが、成金趣味の様な嫌味な感じはない。
カイはその重たそうな扉を開け、
「ルカ」
そう、少し眉を顰めた様に笑って、俺の手を取った。
「?」
カイの表情と行動に、俺の頭に疑問符が浮かぶ。
普段なら、もっと可愛く・・・じゃなくて!普通に笑うし、手だって、差し伸べはするけど、俺が自分から彼女の手を取らない限り、カイは自分で俺の手を握ったりはしない。
なのに。
俺はそんな事を考えながら、カイに引っ張られるままに歩みを進めた。
しばしそのまま歩く。
中央にある玉座に向かって。
俺は意を決して顔を上げ、その玉座に視線を定める。
「は?」
思いがけない光景に、思いがけず声が漏れる。
「居ないじゃん」
そう、本来王が座している筈の玉座は、もぬけの空っぽ。
その代わり、と言っちゃ何だが、目の前には見覚えのある嫌な顔。
「や、ルカ♪」
「げ、レイ!」
目の前に現れたのは、憎きカイの実兄、レイ。
・・・そっか、考えてみりゃ兄貴なんだからここに居ても当然か・・
「・・・って事は、お前王子様かよ!?」
ようやくその当然な考えに至り、場所もわきまえず大声でびびる。
「まあね~」
事も無げにそう言って、手をひらひらさせるレイ。
「ん?でもカイが第三王位継承者、レイが・・」
「俺は二番目」
レイが俺の台詞を引き継いでくれる。
「で、俺の兄貴が第一王位継承者、って訳」
レイはそう言って、俺の身体を180度反対方向に回転させる。
そこで目に入ったのは、カイにも、レイにも似た、一人の男性。
恐らく彼が、第一王位継承者、二人の兄貴なんだろう。
街中を普通に闊歩出来る様な格好のカイやレイと比べると、幾分華やかな服装ではある。
が、俺の思い描いていた『王族』の、キンキラしたイメージとは、随分かけ離れてる。
黒髪碧眼、眉目秀麗、年の頃なら二十代半ばだろうか。
「リューディス・グロウ・セイン・ロード。宜しく」
優雅に挨拶をして、右手を差し伸べる。
俺は一瞬その意味が理解出来なくて、慌ててそれに習った。
「あ、ルカ・ウェザード。ぃよろしく」
無理やり声を絞り出した結果、どうにもお馬鹿な挨拶になってしまった。
俺と兄貴その1との、言い様によっては微妙な挨拶が終わった瞬間、例の俺達が入って来たでか扉がバン!と大きな音を立てて開かれる。
そこに立っているのは、一人の男性。
青っぽい、少しウェーブがかった長髪、細身のそこそこ長身で、割りかし良い男なのではなかろうか。もしかしたら、若い頃は女泣かせまくってた口かもしれない。
彼はものすごい勢いでこちらへダッシュをかまし、「カイちゃん!」と叫びつつ、一番カイの手近に居た俺を、問答無用でぶっ飛ばした。
「ぎゃー!」
「ルカ!」
カイが急いで走ろうとするが、間に合わず、俺は派手に床を転がった。
「ってーな!イキナリ何しやがる!あんたは!」
「っじゃっかましい!お前こそ何者だ!邪魔だ邪魔!俺のスイートハニーエンジェルカイちゃんとの間を阻む虫けらめ!いっそ死ね!」
ぶつけたおでこさすりつつ怒鳴ると、俺以上のボリュームで、頭の上から怒声が振って来る。
「ふざけんな!イキナリどつき倒す奴に名乗る名前なんざ無いわ!ボケ!」
「何だと!貴様礼儀を知らんのか礼儀を!」
「テメエこそ礼儀わきまえろや、ゴラ!」
「小童めが!殺す!殺してやる!?」
『ぐぬぬぬぬ』
俺とオッサンが、鼻くっつけていがみ合いまくってる所に、レイの生ぬるい仲裁が入る。
「はいはい、スト~ップ、ルカちゃん」
俺はレイに無理やりオッサンから引き離され、カイに後ろから「どうどう」と羽交い絞めにされる。
オッサンはオッサンで、リューディスに無言で後ろから羽交い絞めにされておる。
「離せカイ!王様への挨拶はコイツ殴り倒してからだ!」
「離せリュウ!このクソボーズを殺させろ!」
俺とオッサンは、仲良く(?)羽交い絞めにされたまま、手足をばたつかせる。
コホン、とレイが一つ咳払いをし、
「ルカ、このオッサンが国王、父上、これがカイの旅の連れですよ」
と言ってのけた。
しばしの静寂が流れ、
「国王?!国王!?このオッサンが!?」
「オッサンじゃねえ!訂正しろちびっ子!」
「誰がちびじゃー!」
「お前じゃー!」
再び勃発しそうになった子供の喧嘩に、後ろから片方のほっぺたをうにっ、とやられ、俺は大人しくなる。
そこに来て、やっとこさ俺はまじまじと目の前のオッサンを眺めた。
確かに長髪長身で、スタイルも良い。しかし、着ている者はそこら辺の流れ者と大して差異ないし、近くで見ると無精ひげ生えてるし、襟もだるだるで、やる気など皆無に見える。
どうやっても、この目の前のオッサンには『威厳』とか、『荘厳』とか、『カリスマ性』とかは、見出せない。無理。
「カイ・・」
俺は縋るように背後で俺を羽交い絞めにしたままの彼女を見つめる。
「残念ながら、真実よ」
複雑な面持ちで彼女は答えたのだった。
◇
「ルカとやら」
セイン・ロードの王様、見た目ただのオッサンは、今更ながらに玉座にやる気なさげに座り、頬杖ついて俺を横目でチラ見する。
「何だよ」
「お前がカイと旅を共にしていたと言うのは、事実か?」
俺のタメ口に切れもせず、(ただ慣れただけなのかも知れないが)、セイン・ロード王は頬杖のまま、面白くなさそうに聞いた。
「本当も本当。それが何か?」
別段何か悪さした訳じゃないし、怒られたり、あまつさえ処分されたりてのは無い筈・・・
そこまで考えて、俺はカイに怪我を負わせてしまった事を思い出し、一気に血の気が引く。
まさか・・一国の姫君の肌に傷を負わせたら死刑、とか、そんな法あったりするんかいな・・
俺が冷や汗垂らしながら蒼くなっていると、セイン・ロード王は眉間の皺を一層濃くする。
――ヤバイ、死刑!?
俺がある意味本気であっち側に行きそうになった瞬間、
「―――ずるい」
「は?」
「ずるいな、お前」
セイン・ロード王は不満げに口をとんがらせ、やおら椅子から立ち上がり、カイをがばちょ!と抱き締めて、
「ちょ、父上!?」
「俺の可愛い可愛いカイちゃんと二人旅だと!?許せん!って言うか羨ましい!!」
・・・・
・・・・
・・・・
阿呆だ。
こいつは真性の阿呆だ。
悩んだ俺が馬鹿だった。
俺はがっくりと床に膝を着く。
王はカイをしっかりと抱き締めて離さない。カイはもがいているが抜け出せない。
兄二人はまるで微笑ましい物でも眺める様に、現実逃避モードでちょっと遠くの空間を眺めてたりする。
なんなんだ、この一家は!
俺が心の中で叫んだのは、言うまでも無い。
俺は今、齢17歳にして、人生最大かも知れないイベントに向かって、歩いている。そんな気がする。
無駄に広い廊下。
床には何やら毛足の長い、明らかに高そうな絨毯が敷き詰められている。
両サイドの壁に沿ってディスプレイされた壷やら何やらも、明らかに庶民が一生働いて、買えるか否か、と言った値段ではなかろうか。
通り過ぎる人間が全員、俺達、いや、俺の前を悠然と行くカイを見付けるや否や、その場で壁際に寄り、頭を垂れる。
カイは何食わぬ顔ですたすたと、この毛足の長い絨毯の上を行く。
「ルカ」
突如かけられた声。
前を行くカイである。
「・・・なぁに」
やや重たい口を、やっと何とかこじ開ける。
「うちの父親、ちょっとおかしいけど、気にしないでね」
「ん?ああ、うちの母ちゃんもへんてこだし、別に大して気になんか・・・・父親?」
故郷の母ちゃん思い出しつつ、はたり、と妙な考えに行き着いてしまい、一気に血の気が引く。
カイの服の袖をくいくい引っ張りつつ、
「ちちち父親って、まままさか!?」
「今から会いに行くよ。一応二年ぶりの里帰りだっしー」
「そーでなくて!」
カイは不思議そうに俺の顔を覗き込んで、
「どしたの?何か不都合?あ、トイレ?」
「不都合って言うかさ、お前の父親って、もしかして、もしかしなくてもやっぱり・・」
頬に、額に、背中に、緊張からか、いや~な汗が転がり落ちる。
「まあ、一応国王っぽいけど」
「やっぱしー!」
俺は絶叫して頭を抱えた。
いやね、まあね、カイが『第三王位継承者』、つまり、この国の『お姫さん』だって時点で、父親は王様なんだろうけど・・もしかしたら何かの手違いで・・って、期待した俺が馬鹿ですか、愚かですか、そうなんですか・・そうですか・・・・
「ここが父への謁見の間」
紅い、重厚そうな扉の前でカイが言う。
金銀細工で装飾されてはいるが、成金趣味の様な嫌味な感じはない。
カイはその重たそうな扉を開け、
「ルカ」
そう、少し眉を顰めた様に笑って、俺の手を取った。
「?」
カイの表情と行動に、俺の頭に疑問符が浮かぶ。
普段なら、もっと可愛く・・・じゃなくて!普通に笑うし、手だって、差し伸べはするけど、俺が自分から彼女の手を取らない限り、カイは自分で俺の手を握ったりはしない。
なのに。
俺はそんな事を考えながら、カイに引っ張られるままに歩みを進めた。
しばしそのまま歩く。
中央にある玉座に向かって。
俺は意を決して顔を上げ、その玉座に視線を定める。
「は?」
思いがけない光景に、思いがけず声が漏れる。
「居ないじゃん」
そう、本来王が座している筈の玉座は、もぬけの空っぽ。
その代わり、と言っちゃ何だが、目の前には見覚えのある嫌な顔。
「や、ルカ♪」
「げ、レイ!」
目の前に現れたのは、憎きカイの実兄、レイ。
・・・そっか、考えてみりゃ兄貴なんだからここに居ても当然か・・
「・・・って事は、お前王子様かよ!?」
ようやくその当然な考えに至り、場所もわきまえず大声でびびる。
「まあね~」
事も無げにそう言って、手をひらひらさせるレイ。
「ん?でもカイが第三王位継承者、レイが・・」
「俺は二番目」
レイが俺の台詞を引き継いでくれる。
「で、俺の兄貴が第一王位継承者、って訳」
レイはそう言って、俺の身体を180度反対方向に回転させる。
そこで目に入ったのは、カイにも、レイにも似た、一人の男性。
恐らく彼が、第一王位継承者、二人の兄貴なんだろう。
街中を普通に闊歩出来る様な格好のカイやレイと比べると、幾分華やかな服装ではある。
が、俺の思い描いていた『王族』の、キンキラしたイメージとは、随分かけ離れてる。
黒髪碧眼、眉目秀麗、年の頃なら二十代半ばだろうか。
「リューディス・グロウ・セイン・ロード。宜しく」
優雅に挨拶をして、右手を差し伸べる。
俺は一瞬その意味が理解出来なくて、慌ててそれに習った。
「あ、ルカ・ウェザード。ぃよろしく」
無理やり声を絞り出した結果、どうにもお馬鹿な挨拶になってしまった。
俺と兄貴その1との、言い様によっては微妙な挨拶が終わった瞬間、例の俺達が入って来たでか扉がバン!と大きな音を立てて開かれる。
そこに立っているのは、一人の男性。
青っぽい、少しウェーブがかった長髪、細身のそこそこ長身で、割りかし良い男なのではなかろうか。もしかしたら、若い頃は女泣かせまくってた口かもしれない。
彼はものすごい勢いでこちらへダッシュをかまし、「カイちゃん!」と叫びつつ、一番カイの手近に居た俺を、問答無用でぶっ飛ばした。
「ぎゃー!」
「ルカ!」
カイが急いで走ろうとするが、間に合わず、俺は派手に床を転がった。
「ってーな!イキナリ何しやがる!あんたは!」
「っじゃっかましい!お前こそ何者だ!邪魔だ邪魔!俺のスイートハニーエンジェルカイちゃんとの間を阻む虫けらめ!いっそ死ね!」
ぶつけたおでこさすりつつ怒鳴ると、俺以上のボリュームで、頭の上から怒声が振って来る。
「ふざけんな!イキナリどつき倒す奴に名乗る名前なんざ無いわ!ボケ!」
「何だと!貴様礼儀を知らんのか礼儀を!」
「テメエこそ礼儀わきまえろや、ゴラ!」
「小童めが!殺す!殺してやる!?」
『ぐぬぬぬぬ』
俺とオッサンが、鼻くっつけていがみ合いまくってる所に、レイの生ぬるい仲裁が入る。
「はいはい、スト~ップ、ルカちゃん」
俺はレイに無理やりオッサンから引き離され、カイに後ろから「どうどう」と羽交い絞めにされる。
オッサンはオッサンで、リューディスに無言で後ろから羽交い絞めにされておる。
「離せカイ!王様への挨拶はコイツ殴り倒してからだ!」
「離せリュウ!このクソボーズを殺させろ!」
俺とオッサンは、仲良く(?)羽交い絞めにされたまま、手足をばたつかせる。
コホン、とレイが一つ咳払いをし、
「ルカ、このオッサンが国王、父上、これがカイの旅の連れですよ」
と言ってのけた。
しばしの静寂が流れ、
「国王?!国王!?このオッサンが!?」
「オッサンじゃねえ!訂正しろちびっ子!」
「誰がちびじゃー!」
「お前じゃー!」
再び勃発しそうになった子供の喧嘩に、後ろから片方のほっぺたをうにっ、とやられ、俺は大人しくなる。
そこに来て、やっとこさ俺はまじまじと目の前のオッサンを眺めた。
確かに長髪長身で、スタイルも良い。しかし、着ている者はそこら辺の流れ者と大して差異ないし、近くで見ると無精ひげ生えてるし、襟もだるだるで、やる気など皆無に見える。
どうやっても、この目の前のオッサンには『威厳』とか、『荘厳』とか、『カリスマ性』とかは、見出せない。無理。
「カイ・・」
俺は縋るように背後で俺を羽交い絞めにしたままの彼女を見つめる。
「残念ながら、真実よ」
複雑な面持ちで彼女は答えたのだった。
◇
「ルカとやら」
セイン・ロードの王様、見た目ただのオッサンは、今更ながらに玉座にやる気なさげに座り、頬杖ついて俺を横目でチラ見する。
「何だよ」
「お前がカイと旅を共にしていたと言うのは、事実か?」
俺のタメ口に切れもせず、(ただ慣れただけなのかも知れないが)、セイン・ロード王は頬杖のまま、面白くなさそうに聞いた。
「本当も本当。それが何か?」
別段何か悪さした訳じゃないし、怒られたり、あまつさえ処分されたりてのは無い筈・・・
そこまで考えて、俺はカイに怪我を負わせてしまった事を思い出し、一気に血の気が引く。
まさか・・一国の姫君の肌に傷を負わせたら死刑、とか、そんな法あったりするんかいな・・
俺が冷や汗垂らしながら蒼くなっていると、セイン・ロード王は眉間の皺を一層濃くする。
――ヤバイ、死刑!?
俺がある意味本気であっち側に行きそうになった瞬間、
「―――ずるい」
「は?」
「ずるいな、お前」
セイン・ロード王は不満げに口をとんがらせ、やおら椅子から立ち上がり、カイをがばちょ!と抱き締めて、
「ちょ、父上!?」
「俺の可愛い可愛いカイちゃんと二人旅だと!?許せん!って言うか羨ましい!!」
・・・・
・・・・
・・・・
阿呆だ。
こいつは真性の阿呆だ。
悩んだ俺が馬鹿だった。
俺はがっくりと床に膝を着く。
王はカイをしっかりと抱き締めて離さない。カイはもがいているが抜け出せない。
兄二人はまるで微笑ましい物でも眺める様に、現実逃避モードでちょっと遠くの空間を眺めてたりする。
なんなんだ、この一家は!
俺が心の中で叫んだのは、言うまでも無い。
■BGM 2 ー愛し子の 墓辺吹く風 静かなれー 10■
やっと一息つけたのは、夕食の並んだテーブルについた時だった。
「・・・・・・・・・・はあ・・・・」
でかいテーブルに所狭しと並べられた、旨そうな料理の数々。
それを俺はもさもさと口に運ぶ。
「・・・何故、こげに疲労せねばならんとですか・・・」
俺は憔悴しきった顔で、目の前に腰掛ける金髪美女を見やる。
「ごめんね、父、あれでも昔よりマトモになったのよ」
「あれで・・・」
昔がどれ程凄かったのか、もはや俺には想像すら不可能である。
あの後、何だかんだで騒いでいる内に、(まあ俺とオッサン国王が喧嘩してただけだけど)こんな時間になってしまい、結局、挨拶もろくすっぽしない内に、この夕食にあり付いていると言う訳なのだが。
「一応、明日、もう一回報告宜しく、ルカ」
「レイ」
声が頭上から降って来て、見上げたそこには男版カイこと、兄貴のレイ。
彼はするりと俺の隣の椅子に座って、メイドが運んで来た何とかのポタージュをすする。
「明日もあのオッサンと顔合わせにゃいかんのですか・・・」
俺は心底げんなりして、フランスパンにバターを塗りたくって、口に突っ込んだ。
「まあ、仕方ないと思って諦めてよ。で、報告終わったらルカは自由の身だからさ」
一国の、一応姫君連れて歩いてたんだから、そこんとこ勘弁してやって。
と、レイが上手くウィンクよこしながら、
まあ、確かにちゃんと経緯とか、説明せにゃいかんかも知れんのだろうが。
あのオッサン相手だと、そんな事不要な気すらしてくる。
見た目も然りだが、オーラとか威厳とか、重要なのだと初めて知った。うん。
と、そこで俺はレイの台詞に『ん?』と首を傾げ、
「俺は自由の身、って・・・カイは?」
レイは俺の質問に、呆れた様に目を見開き、
「何言ってるのルカ?カイは一応この国の姫なんだよ?式典もあるし、こないだも勝手に出て行っただけで、誰も放浪の旅なんか許した訳じゃないんだ」
「そっか・・そりゃそうか・・」
変に期待した俺が馬鹿だとは思うけど、またカイと一緒に旅出来るんだ、なんて、そこまで都合良く行かないのは分かってはいたけど・・・やっぱそうか・・。
だとしたら、あの時カイの言うとおり、セイン・ロードに来るんじゃなかった。
・・・なんて思ったりした。
別にカイが恋人だとか、将来を誓い合ったとか、そーゆーなんつーの?
惚れたとか惚れられたとか・・・・とにかくそーゆーのは無い・・けど・・・
むう・・・。
「――ねえ、レイ兄貴」
カイがナイフとフォークを置いて、声だけで兄に話し掛ける。
「式典、出なきゃ駄目?」
カイの言葉に、レイは優しく微笑んで、
「多分な」
と、一言だけ告げた。
カイは不機嫌に口をつぐんで、再び食事の続きを始めた。
俺は、どうにも彼女の素振りが気になって、助けを求める様にレイを見たが、彼も困った様に肩をすくめるだけだった。
瞬間――
「伏せろ!」
直感だけで俺は叫ぶ。
給仕達が一斉にその場に伏せた次の瞬間、
ドンっ!
と言う爆発音と共に、窓のガラスが勢い良く割れた。
「無事か!?」
部屋を見回すと、割れた破片で軽症を負った者は居たが、大怪我をした者は居ないようだった。
「クソッ!」
俺は割れた窓から飛び出る。
気配が残っている。
と言う事は、罠か、誘い。
いずれにせよ、良くない方向である事は確かである。
「ええい、ままよ!」
どっちであれ、行くしかないなら、突っ込むのみ。
俺は気配を辿り、庭園で足を止める。
王宮の中央部にある、ここの敷地内で一番大きな庭園である。
馬鹿でかい広さで、例えが悪いが、切った張ったをするには十分過ぎる広さである。
そこは、一種異様な空気が漂っていた。
真っ暗な漆黒の闇。
その中に浮かぶ、魔術で灯された光。
その光の中に、ぽっかりと浮かぶシルエット。
道化の様な衣装に身を包み、瞳はがらんどう、唇は深紅に縁取られ、場違いな笑みが象られている。
見覚えがあった。
アレは―――
あの時のピエロと、瓜二つだ。
奴は、俺に向かって丁寧にお辞儀をする。
それこそあのピエロ同様、空中に浮かんだままで。
「アヤマチニハシヲ ジヒハコントンノフチ」
以前と全く同じ台詞をつむぐピエロ。
いつの間にか、レイとカイも俺の後ろに並んでいた。
「・・・続きは、すぐ帰れ、愛しき写し子よ、だっけか?」
俺は一回喉を鳴らしてから、口を開く。
ピエロは大げさに頭を振って、紅の唇よより一層吊り上げる。
「アトヲオヘイトシキウツシゴヨ」
「!」
カイが声にならない悲鳴を上げたのが、気配だけで分かった。
「黒化塵(デスド・バッシュ)!」
俺は急ぎ結んだ印を開放する。
しかし、ピエロは優雅に身を翻し、これをあっさり避けてしまう。
「水崩陣(アクア・フレイム)!」
レイが俺の術のすぐ後に、印を開放する。
普通ならば避けられない、中範囲射程の術である。
しかし、
バシュ!
事もあろうに、奴は右手で術を収束させ、握りつぶした。
「くそっ」
レイの舌打ちが響く。
ピエロが動く。
俺は嫌な予感がして、理由も無くカイの元へ走る。
何だか分からんが、ヤバイ!!
「カイ!」
俺が辿り着くより早く、ピエロはカイの目の前に顔を寄せ、
「何故」
と、低くくぐもった声で呻いた。
ピエロのカギ爪が、カイの頬に浅い傷を作る。
俺もレイも動けなかった。
動かなかったのではない。
動くと、誰かが死ぬ。
そう分かっていたから、動けなかった。
カイは微動だにせず、真っ直ぐにピエロと対峙している。
再びピエロが、途切れていた台詞を紡ぐ。
「何故、何故、あなただけ生きておられるのですか」
カイは、これ以上に無い程目を見開き、苦痛の表情になった。
「カイ!」
俺は膝から崩れかけたカイを必死に抱える。
ピエロは、面白そうな表情で、再び宙にぷかりと浮き、カイを抱き締める俺を、愉快そうに眺めている。
「死にますか」
くぐもった声で、さも愉快そうに。
「生憎、死ぬ予定は無えなあ、今のところ」
「彼女をお渡し頂ければ、貴方様は不問に致しますよ?」
カギ爪をぱちり、と鳴らしながら、どこかで聞いた事ある様な台詞を言う。
「それも生憎だな、相方見捨てて逃げるなんざ、死ぬより嫌なこった」
「ならばやはり、死ぬべきでしょう」
カギ爪が、パチン!
と音を立てる。
刹那、
めきめきめきっ!
と空間が音を立てて裂け、そこから無数の下等魔族(ヴァルジャ・デーモン)が姿を現す。
「くそっ」
「さあ、姫様を巡った攻防戦の、始まりですよ」
ピエロは、それこそ不敵に笑った。
やっと一息つけたのは、夕食の並んだテーブルについた時だった。
「・・・・・・・・・・はあ・・・・」
でかいテーブルに所狭しと並べられた、旨そうな料理の数々。
それを俺はもさもさと口に運ぶ。
「・・・何故、こげに疲労せねばならんとですか・・・」
俺は憔悴しきった顔で、目の前に腰掛ける金髪美女を見やる。
「ごめんね、父、あれでも昔よりマトモになったのよ」
「あれで・・・」
昔がどれ程凄かったのか、もはや俺には想像すら不可能である。
あの後、何だかんだで騒いでいる内に、(まあ俺とオッサン国王が喧嘩してただけだけど)こんな時間になってしまい、結局、挨拶もろくすっぽしない内に、この夕食にあり付いていると言う訳なのだが。
「一応、明日、もう一回報告宜しく、ルカ」
「レイ」
声が頭上から降って来て、見上げたそこには男版カイこと、兄貴のレイ。
彼はするりと俺の隣の椅子に座って、メイドが運んで来た何とかのポタージュをすする。
「明日もあのオッサンと顔合わせにゃいかんのですか・・・」
俺は心底げんなりして、フランスパンにバターを塗りたくって、口に突っ込んだ。
「まあ、仕方ないと思って諦めてよ。で、報告終わったらルカは自由の身だからさ」
一国の、一応姫君連れて歩いてたんだから、そこんとこ勘弁してやって。
と、レイが上手くウィンクよこしながら、
まあ、確かにちゃんと経緯とか、説明せにゃいかんかも知れんのだろうが。
あのオッサン相手だと、そんな事不要な気すらしてくる。
見た目も然りだが、オーラとか威厳とか、重要なのだと初めて知った。うん。
と、そこで俺はレイの台詞に『ん?』と首を傾げ、
「俺は自由の身、って・・・カイは?」
レイは俺の質問に、呆れた様に目を見開き、
「何言ってるのルカ?カイは一応この国の姫なんだよ?式典もあるし、こないだも勝手に出て行っただけで、誰も放浪の旅なんか許した訳じゃないんだ」
「そっか・・そりゃそうか・・」
変に期待した俺が馬鹿だとは思うけど、またカイと一緒に旅出来るんだ、なんて、そこまで都合良く行かないのは分かってはいたけど・・・やっぱそうか・・。
だとしたら、あの時カイの言うとおり、セイン・ロードに来るんじゃなかった。
・・・なんて思ったりした。
別にカイが恋人だとか、将来を誓い合ったとか、そーゆーなんつーの?
惚れたとか惚れられたとか・・・・とにかくそーゆーのは無い・・けど・・・
むう・・・。
「――ねえ、レイ兄貴」
カイがナイフとフォークを置いて、声だけで兄に話し掛ける。
「式典、出なきゃ駄目?」
カイの言葉に、レイは優しく微笑んで、
「多分な」
と、一言だけ告げた。
カイは不機嫌に口をつぐんで、再び食事の続きを始めた。
俺は、どうにも彼女の素振りが気になって、助けを求める様にレイを見たが、彼も困った様に肩をすくめるだけだった。
瞬間――
「伏せろ!」
直感だけで俺は叫ぶ。
給仕達が一斉にその場に伏せた次の瞬間、
ドンっ!
と言う爆発音と共に、窓のガラスが勢い良く割れた。
「無事か!?」
部屋を見回すと、割れた破片で軽症を負った者は居たが、大怪我をした者は居ないようだった。
「クソッ!」
俺は割れた窓から飛び出る。
気配が残っている。
と言う事は、罠か、誘い。
いずれにせよ、良くない方向である事は確かである。
「ええい、ままよ!」
どっちであれ、行くしかないなら、突っ込むのみ。
俺は気配を辿り、庭園で足を止める。
王宮の中央部にある、ここの敷地内で一番大きな庭園である。
馬鹿でかい広さで、例えが悪いが、切った張ったをするには十分過ぎる広さである。
そこは、一種異様な空気が漂っていた。
真っ暗な漆黒の闇。
その中に浮かぶ、魔術で灯された光。
その光の中に、ぽっかりと浮かぶシルエット。
道化の様な衣装に身を包み、瞳はがらんどう、唇は深紅に縁取られ、場違いな笑みが象られている。
見覚えがあった。
アレは―――
あの時のピエロと、瓜二つだ。
奴は、俺に向かって丁寧にお辞儀をする。
それこそあのピエロ同様、空中に浮かんだままで。
「アヤマチニハシヲ ジヒハコントンノフチ」
以前と全く同じ台詞をつむぐピエロ。
いつの間にか、レイとカイも俺の後ろに並んでいた。
「・・・続きは、すぐ帰れ、愛しき写し子よ、だっけか?」
俺は一回喉を鳴らしてから、口を開く。
ピエロは大げさに頭を振って、紅の唇よより一層吊り上げる。
「アトヲオヘイトシキウツシゴヨ」
「!」
カイが声にならない悲鳴を上げたのが、気配だけで分かった。
「黒化塵(デスド・バッシュ)!」
俺は急ぎ結んだ印を開放する。
しかし、ピエロは優雅に身を翻し、これをあっさり避けてしまう。
「水崩陣(アクア・フレイム)!」
レイが俺の術のすぐ後に、印を開放する。
普通ならば避けられない、中範囲射程の術である。
しかし、
バシュ!
事もあろうに、奴は右手で術を収束させ、握りつぶした。
「くそっ」
レイの舌打ちが響く。
ピエロが動く。
俺は嫌な予感がして、理由も無くカイの元へ走る。
何だか分からんが、ヤバイ!!
「カイ!」
俺が辿り着くより早く、ピエロはカイの目の前に顔を寄せ、
「何故」
と、低くくぐもった声で呻いた。
ピエロのカギ爪が、カイの頬に浅い傷を作る。
俺もレイも動けなかった。
動かなかったのではない。
動くと、誰かが死ぬ。
そう分かっていたから、動けなかった。
カイは微動だにせず、真っ直ぐにピエロと対峙している。
再びピエロが、途切れていた台詞を紡ぐ。
「何故、何故、あなただけ生きておられるのですか」
カイは、これ以上に無い程目を見開き、苦痛の表情になった。
「カイ!」
俺は膝から崩れかけたカイを必死に抱える。
ピエロは、面白そうな表情で、再び宙にぷかりと浮き、カイを抱き締める俺を、愉快そうに眺めている。
「死にますか」
くぐもった声で、さも愉快そうに。
「生憎、死ぬ予定は無えなあ、今のところ」
「彼女をお渡し頂ければ、貴方様は不問に致しますよ?」
カギ爪をぱちり、と鳴らしながら、どこかで聞いた事ある様な台詞を言う。
「それも生憎だな、相方見捨てて逃げるなんざ、死ぬより嫌なこった」
「ならばやはり、死ぬべきでしょう」
カギ爪が、パチン!
と音を立てる。
刹那、
めきめきめきっ!
と空間が音を立てて裂け、そこから無数の下等魔族(ヴァルジャ・デーモン)が姿を現す。
「くそっ」
「さあ、姫様を巡った攻防戦の、始まりですよ」
ピエロは、それこそ不敵に笑った。
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