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桃屋の創作テキスト置き場
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■BGM 2  ー愛し子の 墓辺吹く風 静かなれー  6■




 場所は変わって、俺とカイが今日取った宿の一階の食堂。
 その一番入り口から離れた席に、俺達は座っていた。
 微妙に顔をひくつかせているカイの横で、不機嫌な顔でこの町名物の白葡萄酒のソーダ割りをあおっていた。
 その様子を、にっこにこ・・いや、俺にはニヤニヤしているように見えるのだが・・・な顔で眺めている、例の長身ハンサムな変態。
「改めて紹介するね。ルカ、この人、私の兄貴のレイ」
「宜しくね、ルカちゃん」
 瞼にかかった髪の毛を手で軽く払いながら微笑むレイ。
「ちゃんはやめれ」
「じゃ、ルカ嬢?」
「嬢もやめれ」
 俺の額には、ぷつぷつと怒りマークが点在している。
 しかも、徐々にその数は増えつつあるのだ。
「じゃ、姫?」
「男だっつってんだろーがあああ!」
 ぷっつん来た俺は、バン!!!と勢い良く机をぶっ叩く。
「ルカ!」
 カイが困ったように俺の袖を掴んで引っ張ってくれるのだが、それでこの意味不明なムカムカがおさまる訳も無い。
 当の諸悪の根源(俺が決めた。今決めた)のレイは、その様子を又してもクスクス笑いながら見ている。
 
 ちっくしょ~・・何しても絵になる奴はズルイ・・・

 俺はほっぺた膨らませつつ、圧倒的な劣等感に苛まれていた。
 大体なんでカイと言い、レイと言い、こんなキラキラした奴ばっかり俺と並んじゃったりする訳?いじめ?
 親父は結構背でかかったのに・・母ちゃんちっこいからなあ・・・母ちゃんに似ちゃったのがいけないのかなあ・・顔も母ちゃん似だって言われるし・・・
「・・でも母ちゃんにはよく『ルカはお父さんゆずりの力があるのよ』とか何とか言われてた気が・・でも力より背丈のが今切実・・・」
 一人で呪文の様にぶつぶつと呟きつついじける。
 カイはそんな俺を見かねてか、苦笑しながらレイに見えない所でつん、と軽く突付いた。
「それよりもカイ、帰ってくるなら先に連絡くらいよこしてもバチは当たらないだろうに」
 レイが溜息まじりに眉を下げる。
「うん、帰るつもりはなかったんだけど、成り行きで・・・ね、ルーカー」
 いたずらっぽく言って、俺の顔を覗き込んでくる。
 
 う!!
 
 いきなりカイの顔が目の前に、手を伸ばさなくても届く位置に来て、俺は一瞬うろたえる。
 その様子をしげしげと眺め、俺に視線を合わせ、『ほ~ん』と意地の悪い顔でにやりと笑った。
 ・・・・・俺はこいつあんま好きくない・・・なんとなく・・・

「で、イリスには・・・・?」
「・・・うん、会いに行ったよ・・」
 俺がレイに勝手にガンをくれていると、二人の声のトーンが微かに落ちる。
 ―――イリス・・・?
 俺は聞き覚えの無い名前に首をかしげてカイを伺うが、彼女はうつむき加減でグラスを弄んでるままで、俺との視線は絡まなかった。
「そっか、会ったか」
 レイはそう言ったきり、口をつぐんでしまった。
 そしてグラスに半分程になったウィスキーを静かに喉に流し込む。
 カイも苦笑めいた、どこか寂しそうな顔のまま、兄貴であるレイを縋るような目で見つめていた。
 俺は二人に間に入っていく勇気もタイミングも見逃して、ただぼうっと事の成り行きを眺めていた。
 ・・・・・ああ疎外感・・・・

「リュウも」
 やおらレイが切り返したように、今まで通りの明るい声で微笑みかける。
「リュウも会いたがってるからな。明日にでも家に帰って来い。な?」
 レイの言葉に、しばらく思案するように視線を宙に泳がせていたカイだったが、
「分かった」
 と一言言って、何故か俺の袖をきつく掴んだ。
「―――?」
 レイには見えない角度である。
 テーブルの下で、カイの細くて白い手は、俺の右の袖口をしっかり掴んでいる。
 無意識なのか、意識的なのかは分からないが、俺はそのままにしておく事にした。
 無意識ならば振りほどいたりしたらまずいだろうし、意識的ならばまあ・・その・・・嬉しいと言うかなんと言うか。
 ともかく、彼女が僅かでも頼ってくれるなら、俺は彼女の手助けになってやりたいのだ。うん、
 レイは残ったウィスキーを一気に流し込み、テーブルの上に銀貨一枚と銅貨二枚を置いて立ち上がる。
「んじゃ、お兄ちゃんはそろそろお家に帰るとするよ」
「ん」
 客のまばらになった店内で、兄は妹のブロンドを愛しそうに撫でながら口を開きかけて、
「――やっぱいいや」
 とだけ言って眉を潜めて笑った。
「じゃ、明日な」
 そう言ってドアに向かって歩き出す。
 俺は何故か、何故かレイの口にしかけた台詞が気になって、思わず彼を呼び止めていた。

「レイ!」
「ん?」
 肩越しに軽く振り返る。
 カイのいる位置からは、レイの表情全ては見通せないだろう。
 彼は俺にだけ分かる位に微かに目を細め、小さく息をつく。
 観念したような、何だか不思議な顔だった。
 俺は自分で呼び止めたにも関わらず、二の句が続けられなくなってしまい、
「いや、あの・・・また明日」
 なんて、マスケな言葉を吐いていた。
 それを聞いて、一瞬驚いたように目を見開いたが、すぐにそのまま歩き出し、無言のまま後ろ手に手を振った。
 レイがドアに手をかけて、こちらに顔を向けないままに言う。
「あ、ルカ、うちの可愛いお姫様、襲ったりしないでね♪」
「ば・・!!レイお前何言っちゃって・・!!」
「あははは冗談。じゃね~」
 こなくそ~!!
 俺は一人で真っ赤になりながら、しばらくレイの出て行ったドアを睨みつけていた。

「ルカ」
 横手からかかった声に、すぐさま振り返り、どうした?と笑ってやる。
「部屋で飲もう」
 カイの手には、いつの間に食堂のおっちゃんから買い取ったのか、果実酒の瓶と、 グラスが二つ握られていた。 
 俺は二人分の荷物を担ぎ、階上の部屋への階段を上がった。





 ◇





「イリスはね」
 カイが静かに口を開く。
 俺の部屋を酒盛りの会場にして、開けた酒が半分位になった頃である。
 口当たりの良い甘味の多い果実酒で、ともすれば飲み過ぎてしまいそうな感じではあるが、特産品なだけあって、実に美味い酒だ。
 彼女がぽつりぽつりと話を始めたのは、酒も良い感じに回ってきてほろ酔い加減の時だった。
「私の、双子の妹なの」
 開け放った窓から、夜の空気に冷やされた風が流れ込んでくる。
 酔って火照った身体には、心地よい温度だ。
「妹なら、明日会えるんだろ?なのにわざわざ何で今日・・・」
 昼間カイが消えたのは、その妹に会いに行った為であろう。
 会いに行った相手が妹だと分かった途端、俺はなんだか気が抜けたような、それでいてご機嫌なような気分になる。
「カイに似てるなら美人なんだろうな~イリスちゃん。早く見てみたいなあ」
 最も、このカイの兄弟なら皆綺麗なんだろうと言う事は、レイで証明済みだ。
 俺の言葉に、カイは目を細める。
 彼女は窓枠に上手い事腰掛けて、そのまま群青の夜空を見上げた。

「妹は、二年前に死んでるの」

 何かを決意したような、深い声音で。
 一瞬俺の身体がビクン、と跳ね上がる。
「――――ごめん」
 他に何と言えばいいのか分からず、何とも間抜けな声を出す。
「謝る事無いよ」
 そう言って苦笑してくれるが、どうも・・・。
「・・・俺も15の時に親父亡くしてるからさあ・・・そーゆーの弱いのよね」
 40歳前に死んでしまった父親。まだ遣り残したこともたくさんあったろうに。
 母親なんか35の若さで、女手一つで三人の子供を育てなきゃいけなくなったのだ。その苦労は半端なもんじゃないだろう。
 まあ、俺達兄弟全員、親父の死に目には会えなくて、いきなり墓参りに連れて行かれただけだから、逆に実感は少ないのだが。
 親父の死に目に立ち会ったのは母ちゃんだけで、さぞや辛い想いを今もしてるのだろうと思うのだが、あの屈強な母親のバイタリティは止まる所を知らず、『37歳のぴちぴち働き盛りよ』とか言いながら、姉と妹と三人で食堂を経営しているのだから、とても強い女性なのだろう。
「明日は、兄貴達や父様に会いに行かなきゃね」
「何だよ、家族に会えるってのに嬉しくなさそうだな?何でだ?」
 家族仲良しな我が家は、毎回ながら帰るのが楽しみで仕方ない。 何だかんだで家を出て3年目になるが、もう既に二回も里帰りしてたりする。
「楽しみじゃない訳じゃないんだよ。でもね」
 言いつつグラスの中身をくーっ、と一気に飲み干し、新たにとぷとぷと酒を注ぐ。

「私はルカと一緒が良いんだけどな・・・」
「心配すんな。呼ばれなくても勝手に着いて行くつもりだから」
 レイがいるのは気に食わないけど。
 カイはそこで言葉を飲み込み、ふらふらした足取りで寄って来る。
 瞬間、彼女の身体ががくん、と崩れ落ちそうになり、俺は大慌てで崩れてきたカイを抱える。
 グラスに僅かに残ってた酒は、絨毯に吸い込まれてしまった。
 
 ―――グラス割れなくて良かった。
 
 カイの手からグラスを抜き取り、サイドテーブルに非難させる。
「大丈夫か?いきなり動いたから、酒回っちゃったんだろう?」
 俺の首に腕を回して何とか立っている状態のカイを、ゆっくりと引き寄せてやる。

 しかし、彼女はそのまま離れない。
「・・カイ?」
 酔ってるのかな?
 耳元で、小さな声が聞こえた。

「ルカと・・一緒がいいよぅ・・・」

 俺はカイの頭を左手でぽんぽんと撫でてやりながら、反対の手を恐る恐る腰に回す。
「だから、一緒に行ってやるって。な?」
 カイを離して、彼女の顔を覗き込む。
 案の定、真っ赤になっている。
「飲みすぎだな」
 笑いながらカイのほっぺたをむぎゅ、と両手で挟んでやる。
 酔いが回ったカイは、うるうるした瞳で俺を眺めていたが、しばらくすると立ち上がって、
「寝るわ~」
 と、幾分呂律の回らない声で言って、隣の自分の部屋に戻っていった。

「俺も寝よ・・・」
 残った酒をあおってから、窓を閉めるのも忘れてベッドに身を投げた。
 カイの酔いに任せた台詞が、妙にくすぐったくて、俺の頬は緩みっぱなしだったに違いない。

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