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桃屋の創作テキスト置き場
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■BGM 2  ー愛し子の 墓辺吹く風 静かなれー  8■




 煌々と照らされる光の中、男はこちらを見向きもせずに、ただ背を向け、忙しく動いている。
 俺はただ、呆然と、強張った四肢を持て余しながら、座りもせずに事の成行きを見守っている。
 どれ位、時間が経過したのだろうか。
 俺に長い事背を向けていた男が、初めてこちらを振り返る。
 その表情には、疲労の色が濃い。
「あ・・・」
「気道は、確保しましたし、詰まっていた血の塊も除去しました。潰された喉笛も、治癒魔法で何とか・・」
 俺が口を開くより前に、額に汗の珠をびっしり浮かべた男は、淡々と事務的に言葉を発する。
 未だに言葉を発せられないでいる俺に、それこそ優しく笑いかけ、
「もう、大丈夫ですよ」
 そう言って、額の汗を不器用そうに拭った。





 真夜中である。
 明かりが灯っている家などとうに無く、漆黒の闇の中に、持続時間を引き延ばしたおかげで、いささか薄暗い魔法の光を灯された街灯が、ちらちらと目に焼きつく。
 俺は、あのままカイを抱えて、町一番と誉れ高い魔法医のもとに駆け込んだ。
 激しくドアを叩く俺に、寝ていたにしては小奇麗な姿で現れたのが、今、目の前に佇むこの男、と言う訳である。
「とりあえず」
 俺の思考を差し止める様に、男が口を開く。
「目が覚めるまでは安静に。目が覚めたら再度診察と治療を。宜しいですね?」
「あ・・・ああ」
 うまく言葉が見付からず、こくこくと首を上下に振る。
 彼は窓の外を見やってから、こちらを見てにっこりと笑う。
 初めてまじまじと顔を見たが、なかなかどうして端整な顔立ちをしている。
 年齢も、俺よりもわずかばかり上、といった程度では無いだろうか。
 この年齢で町一番と評されるのであれば、その腕前は、恐らく信用しても良いものだろう。
「時間も時間です。このまま旦那様もこちらにお泊り頂くと言う事で・・」
「はあ、それはこっちとしても有り難・・・・・・・旦那・・?」
 聞き間違いかと思い、半眼になって問い返す。
「・・・あれ?旦那様じゃなかったですか?」
 汗でずり落ちていた眼鏡を拭いて、再度かけ直しながら苦笑する。
「・・・・旦那って、俺のこと?もしくはそこで寝てるあいつのこと?」
 今度はこっちが色んな意味で額に汗しながら、一応念のために聞いておく。
 俺を見て「男」と判断する奴は少ない。
 まず、少ない。
 って言うか、いない。

 ・・・しくしくしく・・・

 で、カイに関しても、俺と一緒にいると彼女の方が男扱いをされる。
 そりゃあもうしっかりきっかりと。
「・・・何を言ってるんですか?そこで寝ている患者さんがお嫁さん、あなたが旦那さんでしょう?」
 きょとんとした様に、俺と眠るカイを見比べる。
 ・・・・・あっぱれ。
 この男、見てくれで人を判断しないらしい。
 もしくは、ただ単に野生の感が鋭いだけなのか。
「訂正しとくけど、夫婦ではないな」
「恋人ですか」
「・・・・・・・・・・」
 言い知れぬ焦燥感に苛まれ、二の句が続けられなくなった俺に、彼はやや焦ったのか、ひっくり返りかけた様な声で、
「ともかく!お連れの方も今晩はこちらでお休み下さい!ベッドはすぐ横にありますので!お手洗いは廊下の突き当たりです!では!」
 言うだけ言って、とっととこの場から逃げようとする彼。
「ちょっと!」
「・・・・・まだ何か?」
 半分開けたドアから、顔だけ覗かせて振り返る。
 俺は頬を掻きながら。
「その・・助けてくれて、ありがとうございました」
 言って、深く礼をする。
 彼の、苦笑した様に漏らす声が聞こえた。
「何かあったら、すぐ呼んで下さいね。私の部屋はこの部屋の真上ですので」
 俺は顔を上げ、彼の言葉に頷く。

「それと」
 思い出した様に歩き出しかけた足を止め、
「グレンフォードです。グレンフォード・アルディアス」
「ルカだ。ルカ・ウェザード」
「では、お休みなさい、ルカさん、良い夢を」
 眼鏡の奥で瞳を細め、静かにドアを閉めるグレンフォード。
 彼の足音が聞こえなくなるまで、俺はその場に立ち尽くした。


「・・・・は・・・・」
 小さく笑って、今更になって震えだした腕を抱えて、壁に寄りかかる。
 が、足の力も抜け落ち、背中を壁に沿わせてずるずると床にへたり込む。
「はは・・情けねえ・・」
 ぎゅうっと、爪の跡が残る位強く自分の腕を掴む。
 カイが、彼女が「死ぬかも知れない」と思った瞬間。


 血が凍った。


 彼女が助かった今でも、あの感覚が身体から離れなかった。
 のろのろと、彼女が眠るベッドに近付く。
 カイは先ほど運ばれた際に横たえられていた治療用のベッドから、背の低い普通のベッドに移されていた。
 普段ならば、気配だけで目を覚ます様な鋭い神経の持ち主である。
 その彼女が、身体に触れられても微動だにしないなんて、普段では考えられない。
 やはり、かなり酷い怪我だったのだろう。
 今は正常な寝息を立てている彼女の額にかかる金髪を、そろそろと指でなぞって。


「・・・・・・ごめんな」
 とだけ呟いた。


 ―――女の子のお前に、傷なんか負わせちまって、ごめんな。


 流れで旅なんかやっていて、しかもこいつみたいに雇われ剣士で日銭稼いでいたりすると、傷を負う事も珍しくは無いだろう。
 だから、彼女に面と向かって伝えても、いつもの様に『気にしないで』と一言で流されてしまうだろう事は、分かってはいるのだ。
 しかし、
「俺がもうちょい早く助けに行けてたら、怪我しなかったかも知れないもんなあ・・?」
 閉ざされた彼女の睫毛は、今は動く事は無いだろう。
 彼女の手を両手で握り、額にこつんとくっ付ける。
「ごめんな・・・」
 握り締めたカイの手は、無骨な剣を振るうにはあまりに細くてか弱くて。
 俺はそのまま、一晩中彼女の手を握ったままでいた。











 何かが聞こえる気がしていた。
 懐かしいような、嬉しいような、切ないような。
 俺はその何かに手を伸ばそうとして、
 でも今はもう少し、
 もう少し、このまま・・・


「ルカ」
 

 一気に覚醒した耳が、自分自身を呼ぶ声を捉える。
 床にへたり込んだまま眠りこけてしまったらしく、俺は上体を起こす際に、僅かに身体がぎしぎし言うのを感じた。
 でも今はそんな事はどうでも良くて、
「ルカおはよ」
 目の前でいつもみたいに笑う、彼女を目で捉えて。
 俺は口を開くよりも早く、がばちょ!と彼女を抱き締めていた。
「わぅ」
「―――カイ」
 いささか驚いた様な、何とも不細工な声を上げる彼女を、お構い無しにぎゅーっと抱き締める。
「良かった・・」
 安堵で身体中の力が抜けて行く。
 少なくとも声は出るようになったらしいし、顔色も良くなっている。
 グレンフォード、やはりなかなか良い腕をしているらしい。
 何て思っていると、例のドアの奥から声がして、
「おはようございますルカさん、お嫁・・じゃなくて患者さんのお加減はいかかで・・・」
 ドアを開けて中に入ろうと一歩踏み込み、カイを抱き締めた状態のままの俺を見て、一瞬固まり、
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・失礼しましたぁ~」
 と、凍った笑顔のままドアを閉めてそそくさと逃げ出そうとした。
「だー!馬鹿違う!良いから入って来い!!」
 焦って彼女を解放して怒鳴った俺の台詞から、しばしの間があって、
「・・・・・・・・・・おはようございま~す」
 と、申し訳なさそうにドアの隙間から顔を出した。


 失礼な。怪我人に手を出すか!











「だからあれはお前さんの勘違いで」
「そうですかぁ~」
「信じてないだろ?」
「信じてますよぉ~」
「だったらそのムカつく語尾の延ばし方は何なんだよ」
「いやいやぁ~」
 俺とグレンフォードとのカーテン越しの漫才・・・もとい会話である。
 どうにもこうにも勘違いしまくっている彼に、カイの診察中である今もずっと説明しているのだが。
 返ってくる返事はムカつく語尾の、生暖かい返事ばかりである。
 カーテンの隙間から、治癒魔法発動時に発せられる淡い薄緑色の光が漏れる。
 やがてその光が消え、
「はい、お疲れ様でした、カイさん」
「ありがとう」
 二人の声がして、先にグレンフォードが出てくる。
「あのね、何度も言うけどグレンフォード・・」
 再び抗議を始めようと口を開きかけた俺に、彼は癖なのか、同じように眼鏡を掛けなおし、
「グレイ、で良いですよ。ルカさん」
 と言って笑った。
「う!」
 俺は思わず潰されたような声を漏らす。


 ・・・・ちっくしょう・・何だかんだでコイツもかっこよさげじゃねーかコンチクショウ・・・


 男なのに娘らしく産まれ、可愛らしく育てられた自分を少々恨みつつ。
「意外と治癒魔法の効きが良いみたいで、ほぼ全快ですよ」
「悪いな」
 俺は彼の掌に代金分の金貨と銀貨を数枚ずつ落とす。
「おまたせ」
 カーテンの向こうから現れたのは、いつも通りの、彼女。
「荷物、取りに宿に戻らなきゃね」
「だな」
 カイはグレイに向き直ると、
「ありがとう。またあなたに救われたわ」
「いえ、ご無事で何よりですよ」
「え?知り合い?」
 きょとんとした俺に、カイは少しだけ悲しそうな、でも懐かしそうな顔で、


「妹の、愛した人よ」
 とだけ言って、グレイを見つめて二人は微笑んだ。
「あ・・」
「気になさらないで下さい。僕は今でも彼女を愛していますから」
 はっきり澱み無く答えるグレイ。
 それにしても、妙にこっぱずかしい台詞を普通に吐く奴である。
「これから、どちらへ?」
「家に戻る、かな」
「では、今回の式典は?」
「仕方ないよね~」
 何だかよく分からない会話を、事情の把握が出来ていない俺はただ突っ立って聞いている。
 ちょっと寂しいかも・・。
「・・・・お気をつけ下さい」 
「ありがと」
 何やら意味深な会話は幕を閉じ、カイはこちらを振り返り、にっこり笑って言った。
「さ、行こう。ルカ」











 ―――俺の人生は一体どこで狂ってしまったのですか、お母さん、お父さん。
 俺は青い蒼い空の下、ぼーっとそんな事を考える。
 あの後。
 グレイの自宅兼診療所を出て、昨日泊まった宿屋に荷物を取りに行って。
 そこまでは良かった。
 しかし、


「・・・・・・・・・・・・・・カイさん、頭打った?」
「打ってないわよ」
「・・・・・・・・・・・・・・嫌な事でもあった?」
「特には」
「・・・・・・・・・・・・・・ドッキリ?」
「なにそれ?」
 俺はカイの脳みそが一体全体どうなってしまったのか、心配で仕方ない。
 しかし、そんな会話を交わしている内に、とうとう王宮入り口の門まで辿り着いてしまった。
「カイ、帰ろうよ。『いーれーてー』って言ったって、追い返されるに決まってるじゃん」
 頭抱えながら彼女の袖を引っ張って、何とか思い留まらせようとする。
 カイ曰く。
 昨日の例との再会と、暗殺者に襲われた事の両方で、気になる事が出来たらしく、王宮敷地内の資料館やら図書館に行って調べたいのだ、と言う。
 まあ、「調べたい事」があって、「図書館」で調べるのは良いんだけどさ・・。
 入れる訳ないじゃん。王宮敷地内の国立の機密図書館に。
 街中にある普通に開放している国立図書館でいいじゃん、って言っても、「それじゃわかんないから意味ない」とか言われるし。
 頑張って色々たしなめる俺を、素晴らしい勢いで放置プレイにし、カイはぺたぺた歩いていくのだ。
「無理だってば。流れ者が入れる王宮なんて、少なくとも俺は聞いた事ないぞ!?」
 このセイン・ロードがいかに庶民に優しい国だったとしても、王宮にフリー入場出来ちゃったりするなら、最早それは「王宮」である意味など皆無だろう。
「平気だって。入れてて言えば入れるよ」
 その自信はどこから?
 もしやお前ってちょっとお馬鹿さん?
 あ、どっちかってーと天然?
 ふと見ると、カイは俺をより一層放置し、すたすたと門番の元にまで歩いて行ってしまっていた。
「カイー!?」
 彼女は俺の声など聞こえていないかの様に、門番と二言三言会話している。
 が、案の定胡散臭そうに眺められ、下っ端門番に追い払われてしまった。
「な?だから帰ろうってば」
 走り寄ってみるが、カイはまだ諦めた様子は無い、
「全く、失礼しちゃうわよね」
「いや、失礼なのお前だから」
「奥の手だよ~ん」
 カイは嬉しそうに左腕の袖をまくりあげ、肩口までを露わにする。
「・・・・今度は色仕掛けか?」
「まっさか」

 見ると、その腕には綺麗な細工の施された金色のブレスレットの様な、バングルの様な物。

「何コレ?」
「んふふ、見て驚け」
 カイはいたずら小僧の様に笑って、再び門の真正面に立ち、集まってきた警備兵や門番全員の視線を一身に受けたまま、凛とした張りのある声で。



「白魔術都市セイン・ロード王国、第三王位継承者、カイ・ドゥルーガ・セイン・ロードが今戻った!門を開けよ!」



「ね。こーゆー事なのよ」
 彼女は、こちらを振り返って苦笑した。

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