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桃屋の創作テキスト置き場
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■BGM 2  ー愛し子の 墓辺吹く風 静かなれー  15■




「イリスは元々、今のカイ様のように美しいブロンド、碧眼の、生まれながらの『姫巫女』だったのは、ご存知ですか?」


 ・・・姫巫女・・・


「おや、その事を聞きたかったのではないのですか?」
 グレイは苦笑した様な、少し不思議な表情を作って見せた。

「姫巫女、白巫女とも呼ばれますが。その巫女はつまり、白魔術都市の礎となる力。セイン・ロード王国の、直系の女性にだけに引き継がれる力です」


 俺は、国王の台詞を思い出す。
 イリスの力。
 白魔術都市の礎であり、
 その血が、魔を滅する力を持つ者。

 
 その血で、白魔術都市が、堕ちる、事。



「私の家は王室の御殿医でしてね。父が亡くなってからは、僕がその役目を引き継ぎました。生まれつき病弱だったイリスを、昔から診察していまして」

 どこか、自嘲的な口調ですらある。
 思い、出しているのだろうか。


 愛しい、愛した人間の事を―――。


「そのか弱く、美しい女性を、まあ、守りたいと、思う様になった」
 それが、馴れ初めってやつですかね。
 そう言って、手で、顔を拭った。


 俺は、想像してみる。
 父親が亡くなったと聞かされた時の感覚に、愛しい人を重ね合わせて。

 ああ、俺だったら、こいつみたいに振舞えないかもしれないと、思う。
 例えば、今目の前で、カイが・・・。

 きっと、そう、狂ってしまう。
 大切な人を亡くしたら、その悲しみ、苦しみで。


「・・・・カイが、栗色の髪の毛だったんだってな・・・」


 俺の声は、震えてはいなかっただろうか。


 グレイは、一瞬遠い目をした。
 様に、見えた。

「あれは、そう・・・・咎、でしょうね」


「と、が・・?」

 俺が問いただす暇も与えず、グレイは立ち上がり、
「これで、話はおしまいです。僕は、そろそろ仕事に戻らないと」

 彼は振り返って、
「ルカさん、出来るなら、早めにこの国から離れた方が良い。僕は、あなたが気に入ってしまったので」

 では。と言い残し、グレイは風呂場から立ち去って行った。



 俺は、一人残された湯船に、頭まで一回ざぶん、と潜る。
 
 ・・・・何のことだ。
 何で、離れる必要がある?


 俺はある一つの考えに至ると、一つ深呼吸をして、風呂場を立ち去った。











 俺は、カイと共に、国王の一歩後ろを、脇を固める形で歩いていた。
 これが、ここでの俺の仕事。
 要するに、国王の護衛だ。

 何故、王女が護衛に混ざっているのかは、甚だ疑問ではあるのだが。

「三日後、式典がある」
「・・・式典?」
 後ろを振り返りもせず言い放つ国王の言葉に、俺は聞き返す。
「ああ、二年に一回開催される。白魔術都市の式典・・・まあ、祭りの様なものだ」
「ふーん」
 
 国王と二人きりの密談を知らないカイの前だ。
 お互い、初めての様な口調で会話を交わす。

 そうか、今年が、その年に当たるわけか。
 カイの妹が、殺された、その式典が。

 だから、カイはここに戻りたくなかったんだな。

 
「カイ」
「はい、父上」

 他の者の目があるからか、国王もカイも、『お外用』の言葉遣い、立ち居振る舞いである。
 慣れていない俺だけ、若干ドキドキしてしまう。


「お前には、巫女をやってもらわねばならん」

「・・・・・」


 閉口するカイに、国王は俺に向けて話しかける。
「祭りには、巫女がつきものでな。カイが居なければ、うちの妻にやってもらう事になっていたんだが。本来であれば、この子の仕事だ」
「なるほど」
「祭りで、一番危険な役割だ。ウェザード、今更で申し訳ないが」

 そこまで言って、執務室に到着する。

 国王は、俺とカイ以外の家来を下がらせ、室内には俺たちだけになった。
 彼は、彼専用の椅子に腰掛け、机上に置いてある眼鏡をかけると、鋭いまでの眼光で俺を見つめ、

「狙われるのは、私ではない」
「はあ?」

 あまりにあっさり告げられ、思わず間抜けな声を出す。

「この子、カイが、狙われている」
「ちょ、どーゆー・・」

 叫びかけて、はたと気付く。


 イリスが、魔族に殺された、二年前の式典。
 白魔術都市の、直系の女児に受け継がれる力。
 その血が、魔を滅する力そのもの。

 ああ、考えるまでもない。

 今年は、カイの番になってしまう。


「ウェザードよ」
「何だよ」
「カイは、いい子だ」
「はあ?」

 いきなり、話がそらされ、頬杖ついたやる気ない姿のいつもの国王にシフトチェンジした様子に、俺は相好を崩す。

「この子は、いい子だ。親の私が言うのも何だが」
 カイを見つめながら、愛おしそうな口調で。
「・・・・」

「離れないで、やってくれるか」


 国王は、カイの近くに歩み寄ると、小さな赤ん坊を慈しむ様に、彼女の頭を撫ぜる。


「ただし・・・・」
「ん?」


「ただーし!!結婚しろとかそーゆー意味ではない!!断じてない!!ってゆーかむしろ手でも握ろうもんならコロス!!この王である俺が、権力実力その他もろもろ全部行使して貴様をコロース!!」
「だーーー!!どやかましーー!!!」

 カイを力いっぱい抱きしめながら、俺を心行くまで足蹴にし、騒ぎを聞きつけたレイに押さえつけられるまで、俺たちは本気で大喧嘩をかましていたのだった。










「ルカちゃん」
「げ、レイ・・・おうぢ・・・」


 満面の笑みで俺に近づいて来たのは、レイ。
 本来であれば、呼び捨て上等なのだが、王宮内で、しかも他の人間がもっさり居たりする中で、一国の王子様を呼び捨てにする度胸は、俺には無い。
 まったく無い。残念ながら、まだ命が惜しい。


「うちの可愛い妹君、やるって?」
「ああ、やるみたいだけど」

 そう答えると、レイは『そっか』と、微かに残念そうに微笑む。

「本当はさ、やらせたくない訳だよ、お兄ちゃんとしては」
「・・・」

 そりゃあ、そうなんだろうと、思う。
 一人、妹を亡くしている訳だし、
 もう一人の妹すら、危険な目に、わざわざ遭わせなきゃいけないなんて、
 俺だったとしたって、嫌だ。


 実家に居る、姉妹を、俺は思い出す。
  
 ああ、姉貴と妹は元気にしているだろうか。
 親父を亡くした後、一瞬も俺たち兄弟に、弱い部分を見せず、気丈にしている母親は、元気だろうか。
 俺がレイやリューディス、国王の様に、家族を危険な場所に、引き出さなければならないとしたら。


 ああ、だったら、自分が代わる方が、よっぽどましだ。


「・・・・そうか」
「ん・どったの、ルカちゃん」


 俺の顔を覗き込むレイに、ちっ、と心の中でだけ舌打ちしつつ。


「レイ王子、俺って、やっぱし男らしくない?」
「うん。十分女らしくて可愛いよ」
「・・・・・」


 悔しいけど、仕方ない。
 最善を取るべきなのだ。
 俺の仕事は、護衛なんだから。

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