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桃屋の創作テキスト置き場
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■BGM 2  ー愛し子の 墓辺吹く風 静かなれー  1■




 ―――小春日和である。
 午後になってもお日様は、ぽかぽかと街道を照らし続けている。
 俺達は、よーやっと見付けた街道沿いの飯屋で、遅い昼食を取っていた。
 店の女将・・・・って言うよりは「店のおばちゃん」と、「隣の店のおばちゃん」が、世間話なんぞしとる。
 しごく、平和な風景である。
 そのおばちゃん達の話し声をBGMに、俺はチキンソテーをレタスと一緒にパンに挟み、口に運ぶ。
「おばちゃーん、レモネードおかわり♪」
 サーモンフライをくわえつつ、店のおばちゃんに「にっこり」微笑み、知ってか知らずか、その笑顔で数多の女をオトしてる(と思う)俺の二月前からの旅の連れ。
 ―――カイ・ドゥルーガ。
 長身痩躯。眉目秀麗な容姿にプラスして、スゴ腕の剣の使い手であり、俺の命の恩人だったりもする。
 明らかにデカくて色気は無いが、悲しいかな、正真正銘のオンナノコである。
 ・・・・言っておくが、別にヒガんでる訳ではないぞ。
 念のため。

 ちなみに、スフィルス王国まで2週間で着く筈だったのに、何故未だにこんなトコでぶらついているかと言うと、
 ・・・まあ、早い話が路銀が底をついちゃったりしちゃった訳で。
 で、路銀稼ぐのにちょこちょこ仕事をこなしていたら、何時の間にやら二月も経ってしまった、とまあ、こーゆーオチである。

「はいよ、お待たせ。美人さん」
 おばちゃんは人の良さそうな笑みを浮かべつつ、カイにグラスを差し出す。
「こっちのちっこい美人さんにもサービスね」
 言っても一つグラスをよこす。
 ホクホクとそれを受け取る俺。
 ―――が。
「・・・待てぃ!!誰がちっこい美人じゃ!?」
 一瞬聞き流しそうになった自分を悔いつつも、おばちゃんに食って掛かる。
 しかし、おばちゃんは何食わぬ顔で、
「あらやだ、ちっこいのにでっかい声だねえ」
「そうなんですよ、でも色気が無くて・・・」
 カイが調子を合わせて苦笑いする。
 待て、コラ。
「そうかい、あんたみたいな美人さんがちっこいののお守りじゃ、大変だろうよ」
 ・・・・・・
 カイとおばちゃんは、俺の存在を亡き者にして、話を勝手に進めていく。
 
 ちくしょう。
 今に見ておれ。
 すぐにカイの背丈なんか抜かしちゃる!!・・・・・・・・・多分・・・・・。
 俺は不満気な顔で、付け合せのピクルスをガリガリ噛み砕いた。
「あんたら、スフィルス王国に行く気だったのかい?」
 おばちゃんの声で、はっ、と我に返る。
 オゴリのレモネードをこくこく飲み下し、
「――何かマズイの?スフィルス王国」
「まずいって言うかさ、観光づもりなら止めといた方がいいよ」
「何で?」
 俺は相変わらずストロー咥えつつ話をする。
 他の客は放っといていいのだろうか、と思ったが、昼時を過ぎていた為、店には俺とカイ以外の客は見当たらなかった。
「あそこの王様がさ、一昨日亡くなっちまったらしくて。国中あげての大騒ぎさ。行っても満足に観光なんか出来ないだろうよ」
 ため息をつきつつ、「良い王様だったのにねえ」と、少し寂しそうに呟いた。

 ―――カランッ

「あら、いらっしゃいませー」
 新たな客が入って来て、おばちゃんはそっちに向かう。
「とりあえず、お守り、頑張りなね」
 と、カイに向かってカラカラ笑いながら。
 ・・・・・ちっ・・・・・・・・
 俺は明らかに不機嫌な顔で、残りのレモネードをずぞぞぞぞ、と飲み下した。
「わざと言ってる訳じゃないんだから。ね?」
 と、俺の表情に気付いたカイが、指の背でこつん、と額をつついたのだった。

 
 勘定終えて、又ぷらぷらと街道を歩き、分岐点までやって来た俺とカイ。
「・・・どうすっかね」
 誰にとも無くぽつり、と呟く。
 分岐点には、ごくごくありがちな立て札。

 北東:スフィルス王国  ゲートまで4日
 北西:セイン・ロード王国  ゲートまで2日
 西:グランゾード共和国  ゲートまで12日

 ちろちろと目で追って、やおら声を上げる。
「うっし」
 俺は力強くぽんっ、と手を打って
「セイン・ロードにしよう」
 と断言するが、カイは何やら気乗りしない顔である。
「・・どした?カイ」
「いや、セイン・ロード、行くの?」
 どーにもこーにも、何だか煮え切らない感じである。
 いつもなら、俺の言う事には二つ返事でOKするのになあ。
 珍しくカイが不満を露わにしている。
 或いは、この顔を見るのは、俺は初めてではなかろうか。
 ―――何て、変なトコにちょっと感動してみたり。
 いやいや、そうじゃないだろうよ、俺。

「何でヤなの?」
「だって、ヤなんだもん」
「お前それ訳わかんねーよ」
「他のトコがいい~」
 何故かふて腐れて、頬をむう、と膨らませる。
 ――――あ、結構変な顔。

「他は遠いから嫌だ。セイン・ロードが一番近いし」
「近いし?」
 オウム返しに首を傾げて聞いてくるカイ。
 俺は一つにやり、と笑って、
「それに、どうあってもセイン・ロードに行く事になるぜ?」
 いたずらっぽく笑う俺に、カイは微かに眉を顰める。
「――なんで?」
 ふっ、まだまだ甘い。
 カイが俺の性格把握するには、もうしばし時間が必要な様である。
「何でって、こーするからだよ!」
 言うが早いか、俺は全力で走り出す。
 勿論、セイン・ロードに向かう街道を、だ。
「・・・え゛?あ゛!?うそ!ルカずるーい!!」
 はっ、と我に返って叫ぶカイ。
 しかし、俺は止まらない。
「ほれほれ、追いついてみろ!」
 言いつつてけてけと走る。
 これでカイが着いて来てくんなかったら、笑いモンだし、かなーり切なかったりするのだが。
 あいつの性格じゃ、なんだかんだ言ってもきっと後を追って来てくれるはずなのだ。
 いつもそうだった様に、カイは苦笑しながら俺の後を――――
 俺の後を―――
 ・・・・・・・・
 ・・・・何か自信なくなってきたかも・・・・
 ちょいとばかし不安になって、歩を緩めて肩越しに振り返る。
 豆粒大になったカイが、仕方ない、とでも言うように肩をすくめ、ちょこちょこちょこっ、と走り出すのが見えた。
 ほら、やっぱし着いて来た。
 ・・・・・
 ・・・・・良かった。ホント良かった。
 着いて来てくんなかったらどうしようかと、本気で焦ったのは内緒。

 俺は、カイの姿に安堵して息を吐くと、ゆっくりと歩き出した。
 カイの足なら、幾分もせずに追いつくだろう。
 
 ――でも、いつもよりちょっとだけゆっくり歩こう。

 なんて、ガラにも無いこと思っちゃったりしながら。
「ルーカー!待ってよーう」
 背後で聞こえるカイの苦笑交じりの声に、俺は振り返って笑う。
「やーだよーだ。早く追いつけ!」
 そして又、微笑みをたたえたまま、ゆっくりゆっくりと歩き出すのだった。
 早く、一秒でも早く、カイが横に並んで、一緒に歩いてくれるのを心待ちにしながら。

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■BGM 2  ー愛し子の 墓辺吹く風 静かなれー  2■




 ―――こくんっ。
 喉を鳴らして、あからさまに唾を飲み込む。
 俺、ルカ・ウェザードは、相棒の様子に、オズオズと口を開く。
「・・・カイ・・・さん?」
 ・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・
「あの、カイさん?」
 俺は本日数度目かの台詞を口にする。
「―――あ、ごめん。何か言った?」
 ・・・・コレである。
 何か、カイの様子がどーもおかしいのだ。
 俺に思い当たる節は無いのだが(多分)
 どーも元気がないと言うか、気落ちしていると言うか。
 とにかく、何かおかしいのだ。
「どうした?具合悪いのか?腹減ったのか?何かあったのか?」
 呆け気味のカイを見上げて、俺は矢継ぎ早に質問する。


 ―――夕暮れである。
 長く、このまま永遠に続くかの様に見える街道の、その先に、太陽が沈み始めている。
 建物、と言うか人工物が少ないここを、その朱色の太陽に照らされて、さながら辺り一面をオレンジ一色の絵画の如く染め上げる。


「どーしたんだ?昨日辺りから、変だぞ?お前」
「そお・・?」
 曖昧に苦笑する。
 俺は釈然としないまま、無言で歩を進めた。
 ―――このままのペースで行けば、明日の昼前にはセインロード入りだ。


「セイン・ロードはね」
 黙りこくってたカイが、いきなり口を開く。
 顔を見上げてみたが、カイは真っ直ぐに前を向いたままで、視線は絡まなかった。
「私の、母国なの」


 感情の、読み取れない声だった。
 何かを、抑えている様な。


「そっか・・・」
 それ以外に何と答えていいか分からず、俺は右手で後ろ頭をぽりぽりと掻いた。
「母国なのに、何で帰りたくないんだ?」
「母国だから、帰りたくなかったの」
 カイのその言葉に、俺は何も言えなくなってしまった。

 ―――こいつ、自分の事話したがらないからなあ・・
 一緒に旅をする様になって、二月。
 それ以前のカイを、俺は何も知らない。
 聞くのもどうかと思ったし、聞かれたくない事もあるだろうし。
 そう思って気にしないで居たのだが。
 ・・・・自分から話してくれるの、待つしかないじゃないか・・・
 ちょっとふくれつつ、今日の宿を目指したのだった。



「ねえ、ルカ」
「ん?何だ?」
 場所は変わって、ここは今夜の宿の俺の部屋である。
 あの後、どうにも気まずい夕食を終え、お互いにお互いの部屋に戻ったのだが。
 つい先ほど、カイが紅茶を飲みに俺の部屋を訪れたのだ。
 俺が寝る前に必ず紅茶を飲む事を知ってから、二人で夜中のミニ茶会を行うのが、最近の習慣になっていた。
「一つ、聞いてもいい?」
「何だよ、急に改まって」
 俺はカイのお気に入りの猫のイラストの描いてあるカップに、なみなみを紅茶を注いでやる。
 寝酒ならぬ寝紅茶である。
 本当は砂糖を入れた方がリラックスするらしいのだが、俺はストレート派である。
 それに習ってか、カイも砂糖を加えずにそのまま飲んでいる。
「いい?」
「ん、ああ」
「ちゃんと答えてね?」
「分かった」
「嘘ついたり、答えないってゆーの、ナシね?」
「分かったってば」
 何だか、妙に周りくどい奴である。
 こんな聞き方、された事ない。
 何か含みを持った感じである。
「じゃ、聞くよ?」
「分かったって!」
 カイの周りくどすぎな口調に、少々げんなしつつ、紅茶を口に含む。


「ルカ、私の事好き?」

 
 ぶぼっ

 俺はいきなり過ぎなカイの発言に、口に含んだばかりの紅茶を威勢良くぶちまける。
「な?な?」
「答えて。ルカ」
 吹き出した紅茶で口の周りをびしゃびしゃにしてる俺に、カイは静かに続ける。
「あたしの事、好き?」
「いや、あの、それは・・」
 顔が瞬時に朱に染まり、口の中が乾いて行くのが自分でもはっきりと分かる。
 俺はしどろもどろになりながら、何とか言葉を探し当てる。
 ―――カイが昨日から変だったのって、コレと関係してんのかなあ・・
 何て、ちょっと自惚れてみたりもしつつ。
「き・・・・きらいなわけ、ないだろうが・・」
「じゃあ、好き?」
 呂律が回らなくなっている俺の答えに、カイはあっさりとトドメを刺す。
 う゛う゛う゛・・・・・
 どうしろと言うのだ。
 どう答えろと言うのだ。
 ってか、そんな物言いされたら男は過大な期待をするぞ?
 いいのか?
 いいんだな?
「・・・男は時と場合によっちゃ、誰だって良い場合があるんだぞ?お前意味分かって言ってるのか?」
 俺とて一介のただの男の子である。
 据え膳食わぬは何とやら、とは良く言ったものだが。
 多少なりとも、恋愛感情ではなくとも好意を持っている相手に、
 しかも、こんな美人さんに言い寄られたら。
 どうなるか―――
 ・・・推して知るべし、である。
「いやいや、そーゆー色事ちっくな意味じゃなくて」
 カイはパタパタ手を振って否定する。
「・・・じゃ、何だよ?」
 いささか不機嫌になりつつも、カイを見つめる。
 カイは、うつむき加減のまま、静かに口を開く。

「―――私がどんな人間でも、嫌いにならないでくれる?」

「・・・・・何だよ、それ」
「私がどんな人間でも、嫌いにならないでくれる?」
 カイは、全く同じ台詞を吐いた。
 その顔が、いつものそれとは異なっていた。
 まるで、何かを恐れているような、怯えている様な。
 よしんば、俺がカイを嫌ったりしたとしても(まあ、そんな事は無いだろうけど)こんなにまで恐れ怯える必要は無いのではないだろうか?
 カイは一点を見つめたまま、身じろぎすらしないでいる。
 固く握られた両の手が、力を込めすぎていささか白くなっている。
 それがとても痛々しい。

「バカカイ」
「・・・馬鹿はないでしょ、馬鹿は。人が真剣に聞いてるのに」
 カイが僅かに目を細める。
 このまま、泣くんじゃないか、って思う位に。
「・・・嫌いになんか、ならないよ」
 ぽつりと、唇に乗せる。
 カイが安心するなら、何度でも言ってやろう。
 そう思った。
 こっぱずかしかったけど、カイが満足するまで、何度でも言ってやろう。
 そう、思った。
「―――俺が、お前の事、嫌いになるはず、ないだろうが。馬鹿」
 言って、カイの額をこつん、とつついて笑った。
 少しではあったが、静かに笑ってくれた。
 そしてやおら立ち上がり、
『んー』と伸びをして、
「ありがと」
 とだけ、背中で言った。
 もしかして、照れてたりするんだろうか?
 とか思って苦笑したが、逆に面と向かって言われてたら、こっちが照れてしまっただろうから、有難いのだが。

「・・・よっし、良いこと思った!」
「ん?何だ?」
 カイは振り返って俺を見つめ、にまっ、と何かを企んだように笑う。
 そうやら、いつもの調子に戻ってきたようである。
「そろそろ寝ようか」
「・・・そうだな」
 カイのご機嫌な理由が分からず、釈然としないまま、ベッドにごろり、ところがる。
「あ、ちょっと待っててルカ」
「んあ?」
 言うが早いか、ぱたぱたと部屋を出て行ってしまう。
 ・・・・何なんだ一体・・・
 俺は何か言い知れぬ一抹の不安を抱きながら、布団に潜り込む。

 ―――ばたんっ。

「おまたせ」
 にこにこした声で、カイが再び部屋に戻ってきた。
「だからお前は何を企んで・・・」
 かったるく言葉を発して、彼女の姿を目に留めて。
 
 ――――――絶句した。

「・・・・・」
「ん・どしたの?ルカ」
 いや・・・どしたのじゃなくて・・・
「お前、その格好は何事だ・・?」
 頬を引きつらせつつ、掠れた声を搾り出す。
「えっへへへへー」
 いやだから、えへへでもなくて。
 俺は頭を抱える。
 カイは恐らく一回自分の部屋に戻ったのだろう。
 ありとあらゆる自らの荷物を抱え、あまつさえちゃーんと宿支給の寝巻きに着替えていた。
「ふう」
 カイは一つ息を吐いて、ドアにカギをかけ、俺の部屋の隅に置いてある俺の荷物の横に、自分が抱えてきた荷物をどさっとおろす。
 そして、許可も得ずに俺の寝転がってるベッドにちょこん、と腰を下ろし、髪の毛をみつあみにし始める。
「あの・・・カイさん?」
「んー?」
「何あの荷物?ってゆーかどーゆー事?」
 同じベッドの上に起き上がり、髪の毛を必死にあみあみしてるカイに問う。

「寝るの」
「そりゃ分かってる」
「じゃ、聞く必要ないでしょ」
「そーじゃなくて」
「じゃあ何なのよーう」
 髪の毛を編み終わり、ゆるゆるおさげに寝巻き姿のカイが、ぷう、と頬を膨らませて振り返る。
「何なのよじゃないだろ!ここは俺の部屋。カイの部屋は隣。お分かり?」
「うん」
「オッケー、それじゃ俺は寝るから。バイバイおやすみまた明日ー」
 言って現実から逃げ、再び布団に潜り込む。
 ―――と。
 ごそごそごそ。
 一緒に布団に潜ってくるカイ。
 ・・・・・・・まて。
「・・・カイさん、何してるの?」
 布団の中で引きつりながら笑う。
 しかし、カイは、それこそにっこりと微笑んで、世にも恐ろしい台詞を吐く。


「ん、私もここで寝る」


 ・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・
 静寂が、一帯を支配する。
 俺は、わずかの間気を失っていたらしい。
 そう、今のは幻聴である。
 幻聴で・・・
 ・・・
「だーーー!!アホかお前!!」
「アホじゃないよ」
 怒鳴る俺に、しれっ、と言うカイ。
「お前女だろ?俺男だぞ?」
「そんなの知ってる」
 むてくされてむーっとしているカイ。
 いや、そうしたいのはこっちだってば。
 泣きそうになりながら、俺は言う。
「・・・・・・どーゆー意味か、分かってるんだろうな?コラ」
 半眼になってスゴむ俺に、カイはぷいっ、と顔を背けたかと思うと、いきなりぐいっ、と腕を引っ張る。
「うぅわ!」
 不意打ちを食らった俺は、まともに元居た位置にあえなくバランスを崩して倒れ込む。
 目の前には、カイの顔。
 ―――う゛。
 何か気まずくなって視線を泳がせる。
「いっしょにねんねしましょ」
 言ってぽんぽん子供をあやすみたいに手で叩く。
「・・・・カイ、お前なあ・・・」
 呆れて言う俺に、カイはいきなりぎゅっ、と俺の寝巻きをつかんで、


「―――――――――― 一人で寝るのが怖い」


 その一言に、俺の身体が一瞬強張る。
 ・・・・・・なるほどね、そーゆー事か。
 だったら最初から言えっての。
 全く、手のかかるお嬢様である。
 苦笑して彼女の手をほどかせる。
「―――分かったよ」
 降参して俺ものそのそと布団をかけ直す。
 俺が納得したのが分かると、カイは少し眉を顰めたままだったが、にっこりと微笑んだ。
「うでまくら、したげるね♪」
 嬉しそうにそう言って、俺の頭を抱える。
 ・・・腕枕ってゆーよりは抱き枕にされてる・・・
 そう思い、半眼を見開いて、
 ――――う゛!!
 俺の目線の先。
「やばい!カイ!逆!むしろ逆!な?そうしよう。これはいけない。これはマズイ!」
 焦ってカイの腕の中から逃れ、逆にカイの頭を抱える。
 ・・・はあ、焦った。
 あんなもん目の前にあって寝れるかい!!
 腕枕と言うよりは抱き枕。
 俺の目線の先に来るものが何か、想像してみるとよろしい。

「一緒に寝てやるから、早く寝ろ」
「ん」
 俺のちょっとひっくり返っちゃった声に、くすぐったそうに微笑むと、カイは俺の腕の中で落ち着いたように目を閉じた―――

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■BGM 2  ー愛し子の 墓辺吹く風 静かなれー  3■




 月明かりが、窓から差し込んでくる。
 おかげで、ランプの灯は消したにも関わらず、部屋の中は結構な明るさがある。
 これで月見酒、なんて洒落込めるんなら、まあ良いんだろうが。

 例のお姫様は、しばらくすると規則的に寝息を立て始めた。
 俺は、ぼけっと天井を見上げながら。


 ――――――眠れん。


 一体自分は今、どんな顔をしているんだろう。
 とか考えて苦笑しつつも。
 ・・・・・・この状況、何とかなんないもんかね・・・
 俺の右の腕枕にすっぽり収まり、あまつさえ寝巻きをしっかり掴んだままのカイを、半ば恨めしく思いながら眺める。

「お前はそれでいいだろうけどさあ・・・」
 半眼のままぽつりと呟く。
 カイのおさげを右手で弄びつつ、再び苦笑をこぼす。

「―――何て顔して寝てんだよ」
 カイの眉間にはしっかりくっきりとシワが刻まれており、お世辞にも『安らかな寝顔』だなんて言えないようなご面相だ。
 俺は自由な左手で、眉間のシワをうにうにと揉み解してやる。
「んな顔して寝たら、折角の美人がブスになっちゃうぞ」
 しばらくカイの顔で遊んでいると、寝返りよろしく俺の胸の辺りに引っ付いてきた。
 石鹸と混ざって、甘い彼女の香りが鼻をくすぐる。
 これくらいは役得だろうと、そろそろと抱きしめてみたりして。
 改めて抱きしめてみて、その細さにいささか驚いた。

 ・・・・・・こいつ、こんなにちっちゃかったっけ?
 初めて会った時、事もあろうに俺をお姫様抱っこしてのけた奴である。
 こんなに頼りないなんて、拍子抜けである。
 ・・そっか、お前もやっぱし女の子なんだよなあ・・・
 妙に納得してる自分が可笑しかった。
 思い切り強く抱いたら、折れたりして・・・
 なんて考えが頭をよぎって、急いで腕の力を緩めた。
 そしてそのまま、幾分もしないで、俺もまた、深い眠りの中へと落ちていった。
 小さい頃の妹に、ちょっと似てるかな?
 なんておぼろげに思いながら。



 ちゅんちゅん・・・ちちち・・・・
 寝ぼけ頭の俺の耳に、何やら小鳥さんたちのさえずりが届く。
 ・・・・あー、もー朝か・・・
 やっとこさその考えに居たって、のろのろの重いまぶたを持ち上げる。
 ・・・・・・・?
 一瞬、疑問符が頭をよぎる。
 ・・・・なにこれ?
 窓から差し込んだ朝の日差しに反射して、きらきらと光っている。
 寝ぼけ眼のまま、腕の上に乗っかったそれをわさわさ触ってみる。
 やわっこい。
 ああ、ひとのあたまか。
 ・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・

『しゃ―――――――!!』

 俺は声にならない悲鳴を上げ、一気に覚醒する。
 ・・・わ、忘れてた・・・
 カイだよ、カイ。
 昨晩、事もあろうにココで寝やがったんだ。コイツは。
 びっくらした・・・
 ちらりと窓から外の気配をうかがってみる。
 お日様の具合から、起きるのに早い、とゆー事もなさそうである。
 俺は空いている左手でカイを揺する。
「ほれ、起きれ。朝だぞ」
「・・・・・・んー・・・・・」
 手でまぶたをこしこしして、うっすら目を開けるカイ。
 ・・・・低血圧なのかしら?寝起きが悪いトコを見ると。
 しばらくすると、やっとこさちゃんと目を開け、
「・・・・・・・・・・・・・・おはよお」
 と、幾分ロレツの回らない口で言った。

「ほれ、いつまでも寝てんな。とっとと着替えて飯食いに行こうぜ」
 言うが早いか身を起こし、寝巻きを脱いで着替える。
「・・・わーを、朝から大胆ねえ・・襲って欲しい?」
 未だに枕を抱えたまま、ベッドの上に腰掛けたままで言う。
「ほざけ!お前も着替えろよ。俺腹へってるんだから」
 言いつつ髪の毛をとかし、みつあみにして行く。
 カイは仕方なさそうに立ち上がり、のそのそを寝巻きを脱ごうと―――

「ぎゃー!待て!落ち着け!」
 慌てて叫んでカイの寝巻きを掴む俺に、当の本人は不思議そうに
「何?着替えろって言ったの、ルカでしょ」
 いや、そーなんだけど。
 そーでなくて。
「あほ!せめて自分の部屋行って着替えるとかしろ!」
「めんどい」
 ・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・
 ・・・・・ぬわあ。
 俺はカイの屈強かつ、図太い神経に合掌しつつ、急いで部屋を出る。
「着替えたら下の食堂に降りて来いよ!じゃ、先行くから」
 言って後ろ手にドアを閉め、階下の食堂に向かう。
 ・・・・ったく、俺を一体なんだとおもってるんだ。あのムスメは・・・
 朝っぱらから動揺させないで欲しいもんである。
 心臓がいくつあっても足りゃしない。
「あーあ、不毛・・」
 誰にとも無く呟いた一言が、通りがかった宿主のおっちゃんに聞こえたらしく、苦笑して無言でぽん、と肩を叩かれた。
 ・・・・・・・・せつない・・・・・・・・


 カイが食堂に降りてきたのは、俺があらかた注文を終え、テーブルにレシスソーダが運ばれてきた頃だった。
「遅くなっちゃった?」
 言いつつ腰掛け、食堂のおばちゃんに適当に注文をするカイ。
「んにゃ、そんなに遅くないよ」
 俺は答えてレシスソーダを一口。
 柑橘系の爽やかな香りが広がる。
 どうやら、俺の荷物までまとめてきてくれた様である。
 朝食を取ったら、わざわざ部屋に戻らず、そのまま宿を後に出来るように、である。
「悪いな」
「ん?」
「荷物」
 どうしたの?と、笑顔だけで尋ねてくるカイから、何でか視線を外しつつ、足元に置かれた荷物達を指差す。
「あ、これの事か。気にしないで」
 さっぱりと答えて、早速運ばれてきた料理を皿に盛る。
 いそいそとサラダを口に運ぶ姿を眺めながら、ぽつり、と口を開く。 

「――いつでもいから」
「は?」
 俺いつもよりの低いトーン声に、レタスサラダを咥えながらきょとん、とする。
「いつでもいいから、言いたくなったら、言えよ」
 テーブルに視線を落とし、いつもより真面目な声で言う。
 カイは、口の中の物をこくん、と飲み下して
「ん」
 とだけ、小さく答えた。
 その頬に、微かに朱が差してるのを見つけてしまって、どうにもバツが悪くなって、俺はちょっと上ずった声で言う。
「とにかく、朝飯食っちまおう。な」
 俺の言葉に、彼女はにっこりと微笑った。
 いつも以上に、綺麗に見えた、ってのは、恥ずかしいから言わないけど。


 勘定終えて宿を出て、一路、セイン・ロードのメインゲート目指して進み始める。
「ルカ」
「ん?」
 歩きながら、こっちを振り返らずに声だけで会話する。
「もうちょっと、待ってね」
 風が吹いて、カイのブロンドをたなびかせる。
 太陽の光が反射して、きらきらと輝く。
「その時が来たら、ちゃんと言うよ」
 後ろ向きのままのカイ。
 でも、昨日までのよそよそしさは、少なくとも感じ取れなかった。
「ん、俺は寛大だからな。待っててやるよ」
 言って、カイが振り返らないと分かっててもにっ、と笑ってやった。
「なにそれー?ルカが寛大だったら、私なんか天使じゃない」
 笑いながら、振り向いた。
 一瞬、目を奪われるほどに。
「何だとコラ。お前が天使?勘弁してくれよな」
「ルカより似合うと思うよ」
 言って、また笑った。
 ああ、綺麗だな。
 本気で、掛け値なしにそう思った。
 ・・・・・重症だ・・・・
「ん?どしたの?」
 眉間の辺りをひくつかせてる俺の顔を、首を傾げて覗き込んで来る。
「いや、なんでもない」
「へーんなの」
 肩をすくませてぱたぱたと歩を進める。

 ・・・ん?・・
 俺は何かの違和感を感じ、しばし思案して
「カイ」
「ん?」
 彼女を呼び止め、その真正面に立つ。
「何?」
 ほぼ同じ高さのカイの目を見据えて―――
 ん?
 同じ高さ?
 あ、これか、違和感の原因は。
「ふふふふ」
 知らず知らず含み笑いが漏れる。
 俺の態度に、何か危険なものを感じたのか、カイは頬を引きつらせている。
「・・・どしたの?病気?」
 後ずさりながらそんな事を言う。
「いや、気にすんな。ほら、行こうぜ」
 言ってカイを手招きする。
「・・・ルカ変」
「いいから!行こう」
 俺はカイの背後に回り込み、背中を押し始める。
「わ、ちょっと!」
 カイの抗議もなんのそのである。
 
「もうちょっとな」
「何が?」
「分かんなくて良いよ」
 俺が嬉しそうに言ったのが伝わったのか、カイは首を傾げつつもにっこりした。
「へんなのー」

 もうちょっと、お前を越して、お前に見上げてもらうまでもうちょっとだ。
 そうしないと、俺はカイの前で男の子になれないから。
 早くお前に「男」に見られるようにならないとな。
 そうでないと。
 そうでないと、昨日みたいなことがしょっちゅうあったら、俺は安眠出来ないし。心臓いくつあっても足りないし。

「ルカ?」
 俺の腕にぶら下がって俺の顔を見上げるカイ。
「待ってろな」
「よくわかんないけど分かった」
 訳も分からないまま頷くカイの手を取って、俺達はぽてぽてと歩みを進めるのだった。
 

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■BGM 2  ―愛し子の 墓辺吹く風 静かなれー  4■




 澄み渡る青空。
 風に揺らぐ木々のざわめき。
 どこからか聞こえる鳥のさえずり。


 俺は胸いっぱいに朝の空気を吸い込み、伸びをする。

「い~い天気だなあ」

 遠く迄見渡せる小高い丘の様な場所。
 勿論、街道ではあるのだが、その絶景に酔いしれ、休憩しつつ風景を眺めている人も少なくない。


 その人達の横をゆっくりとした歩調ですり抜けて行く。
 遠く、眼下に広がる広大な街並み。



 白魔術都市、『聖なる道標(セイン・ロード)』は、もうすぐそこだ―――





 ◇





 ようやくメインゲートまでやって来た俺とカイ。
 カイの機嫌も直っていたし、俺は結構ウキウキで歩を進めていたのだが。
 メインゲート付近に、やけに警備兵の数が多い事に気付き、一瞬首を傾げる。
「なんだあ?」
 その異様とも言える過剰警備に、いささか間の抜けた声を漏らす。
 しかも、入国審査待ちの旅人達の列。
 吟遊詩人だろう若い男性。
 おそらく行商だろうか、大きな荷物を背負っている初老の女性。
 腰に剣を携えた流れの剣士。
 
 しかし――
 どうも一般人の多さが目に付く。
 明らかに食堂なんかやってそうな夫婦や、物見遊山風なカップル、一目で農業やってる夫妻と分かるような人達まで。
 
「何か、あるのか?」
 俺は隣に佇む美人オカマの相棒、もとい、『ちょっと男っぽいけど、実は女の子なのよ』なカイに問いかける。

 カイはしばしの間、手を顎に持って行き思案して、
「あー」
 と言ってにわかに顔をしかめた。
「何だよ」
「そっかー、アレか。すっかり忘れてた・・・・」

 言いつつ暗い表情に変わって行き、そろそろと俺に視線を移すと、恐る恐る口を開き、
「・・・・やっぱり、やめない?ココ・・」
「何で」
「色々とメンドイと言うか、何と言うか、自由がなくなると言うか・・」
 だんだん台詞が尻つぼみになって行き、最後は殆ど聞き取れない位である。


 俺は無言でカイを見つめる。
 カイも無言で俺を見つめる。


 しばしの沈黙が流れた後――


「・・・・・分かったよ・・・私が悪かったですよ・・・」
 涙流しつつがっくりと首をうなだれたのは、カイの方だった。


「で、結局この人の多さって?」
 再び問いに戻る俺。
 カイが一人で納得してしまって、一人置いてきぼりな俺は、唇をとんがらせる。
 彼女はこちらを振り返り、
「大丈夫。ラクに入れるようにしたげる♪」

 とう言うと、さっきの不安げな顔はどこへやら。
 何故かそれこそにっっこりと微笑んだのだった。







 そしてしばしの間―――




  
 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・をい」
「さ、準備OK~♪」
 ご機嫌に言うカイと、おでこに怒りマーク乗せて眉間にシワ寄せる俺。
「ダメよルカ。もっと可愛い顔して。はい良いお顔~」
 クスクスと意地の悪い笑みを浮かべつつ、俺の頬に手を置いて赤ん坊をあやすように言う。
「・・・・お前なあ・・・」
 俺はひきつった顔のまま、疲れた声で問う。
「何で俺がこんな格好せにゃならんのだ」
「その方が早く入れるから」
 俺のブチ切れ寸前な問いに、いともあっさりすっぱり答えて下さる。


「お前が着りゃ良いだろ!こんな服!!」


 怒鳴って俺はひらひらの裾を持ち上げた。

「似合うんだから、気にしないの」
「俺は気にするし!」
「あー、何か何も聞こえないかも~」
「そーゆー逃げ方かよ!?」
 
 ・・・・・・・くっそー・・・・・



 何が悲しゅーてこんな格好せにゃならんのだ。
 故郷のかーちゃんに指さして笑われる・・・。


 ―――そう。
 俺が今身に纏っているのは、明らかに女物の、ふりふりした可愛いピンクのワンピース。
 髪の毛もご丁寧にカイによっていじられており、どこからどう見ても『可愛らしいお嬢さん』になっている。

 何故自分で自分の事を『可愛らしい』なんて形容しなきゃならんのかとも思うが、この服に着替えてからわずかしか経過していないのに、もう三人にもナンパされたのだ。

 毎回、カイが追っ払ってくれたけど。
 けど。


 ―――――不毛。

 明らかに機嫌の悪い俺の腕を取り、入国待ちの列を無視して『関係者以外立ち入り禁止』と書かれたドアに勝手に入って行く。
「バカ、お前目玉あるだろ?」
 焦ってカイの腕を引っ張るが、当の本人はお構いなしである。

「おい、ここは一般人は入室禁止だぞ」

 案の定、警備兵の詰め所だったらしいこの部屋。
 入ってすぐに一人の警備兵に声をかけられる。

「ほら、カイ、早く戻ろうぜ」
 小声でひそひろ彼女に耳打ちをする俺を、いともあっさり無視をして、部屋中に聞こえる声量で喋り出す。


「ここのトップは誰?グラウヅ?レイニード?それとも別の誰か?」


 数人居合わせた警備兵は、『こいつ何者だ?』と言う目でカイを眺めている。



「こいつらの上司は俺だが、何か用か」
 声がしたのは、俺達二人の背後からだった。
「交代時間になってもやってこない部下を叱り飛ばしに来たんだが、どうやらお客さんらしいな」
 慌てて声のする方向に振り返る。
 そこに佇んでいたのは、がっしりとした体躯の、四十代半ばの男。
 深紅の頭髪を後ろに流し、鋭い眼光をより一層際立たせている。
 恐らく左官であろう階級章が、一瞬光に反射して輝く。



 ・・・・・・い・・・一触即発・・かなあ・・・・

 
 俺は眼前のこの男を見上げ、頬を引きつらせる。
 ―――が。

「久しぶりグラウヅ。元気してた?」
「これはこれは・・・・まさかお戻りになられているとは」
「戻る予定は無かったんだけどね」
 いきなり世間話を始める二人。
 状況が飲み込めない俺と数人の警備兵達は、ぽかんとその様子を眺めている。
 その様子に感づいた彼は、いささか大きな声で叱咤を飛ばした。

「ほら、お前ら、とっとと持ち場へ行かんか!」
「は・・はいっ!」

 一喝されて大急ぎでバラバラとドアから出て行く警備兵達。
 残されたのは、俺とカイ、そして目の前の―――

「ルカ」
 いきなり名前を呼ばれてハッとする。
「こちら、市街警備担当のグラウヅ少佐。少佐、これ、連れのルカ」
「宜しく、ルカ殿」
 お互いに激烈簡単な紹介が成され、差し伸べられた大きな手を握り返す。
「これはこれは、可愛らしいご婦人ですな」
「でしょ♪私のお気に入りのお嬢さんなのよ♪」
 
 ふりひらドレスを着た俺を、愛しい娘でも見るかの様な眼差しで微笑むグラウヅ少佐。
 いかつい顔とか裏腹に、案外温和そうな人なのかも知れないな。
「お似合いですな、そのドレス」
「・・・・・・・はあ、恐れ入ります・・・・・・・・」

 ―――これ以外にどう答えろと言うのだ。


「いや、このお連れのお方が女性で本当に良かった」
「は?何でですか?」
 満足げに頷く少佐に、俺は顔を上げる。
「このグラウヅ、カイ殿を小さき頃より存じ上げておりますのでな。どこか娘に近い感情なのでしょうが」
 言って少し恥ずかしげに後ろ頭を掻く。
「しかし、もし万が一お連れの方が男性であった場合、このグラウヅ、瞬時にたたっ斬っておりましたぞ」
 言って腰の剣を抜き放ち、危険な笑みを浮かべる。


 ・・・・・訂正しよう。
 ちっとも温和ではない。


「―――って事で、しばらくここいらでお世話になる事になると思うけど」
「は、お気をつけて」
 カイに向かってビシっ、と最敬礼をする少佐。
 しかしカイはその姿にクスリと声を漏らして、
「気をつけなくても良い様にするのが、あなた方のお勤めでしょう?」
「ご最も」
 言って二人は笑い合う。

 そしてカイは、普段男性が女性にする様に、ピッとした姿勢で俺に手を差し伸べ、エスコートする意思を見せる。
「参りましょう」
 言って、にっこりと微笑んだ。
 その目は、あくまでも『淑女らしくね』と言っていて。
 俺は一瞬躊躇したが、ここで男だとばれて少佐に斬られる事を考えると、にっこり笑ってカイの腕に自分の腕を絡ませる。

「参りましょうか」

「行ってらっしゃいませ」


 腕を組んでゲート内に踏み出す俺達二人を、少佐はしばらくの間最敬礼で見送ってくれた。


「ね、簡単だったでしょ」
「・・・まあな」

 聞きたいことは山のようにあるのだが、今はグラウヅ少佐の目の届かない所まで行くのと、この姿をどうにかするのが先決である。



 俺とカイは、未だに男女立場逆転のまま、傍目には仲むつまじく手を取り合って歩いて行くのだった―――

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■BGM 2  ―愛し子の 墓辺吹く風 静かなれ―  5■




 ―――カイが居ない。
 別に喧嘩をした訳じゃないし、一緒に旅をするのを止めた訳でもない。
 ただ、今俺の横にカイが居ない。


 何だか、不思議だった。
 たった二ヶ月前に出会って、一緒に旅をするようになって。
 その時から、俺の横にはいつもカイが居た。
 それが当たり前になっていた。
「・・・・んな訳ねーのにな」
 ぽつりとこぼす。


 帰ってくるのは分かっている。
 夕方、宿で落ち合おうと言って、早めに宿の手配をしたのはカイ。
 それまでの間は自由行動ね。
 そう言って、どこかへ足早に消えてしまったのだ。

「どこいったんだろ・・」
 気にならないと言えば嘘になる。
 いや、実際気になっているのだ。


 セイン・ロードはカイの母国。
 ならば、会いたい人間の一人や二人居るのが当然だろう。
 しかし、どうもそーゆー風には見えなかったのも事実。
 会いたい人間の元にわくわくして向かう―――
 とてもそんな風には見えなかったのだ。
 どちらかと言うと、行きたくないけれど、行かねばならない、と言った様な。


 だからこそ、俺は彼女がどこへ向かったのか気になって仕方無いのだ。
 帰ってきて、話してくれるだろうか。
 それともまだ、カイの言う「その時」ではないから、言ってはくれないのだろうか。

 
 ・・・・・
 ・・・・・
「・・・・・早くお日様隠れないかなあ・・・」
 一人、沈み行く太陽に、「もっと早く!」と願をかける、おかしな俺がいた。











 お日様も徐々に隠れ出し、辺りが暗くなり始め、俺はいそいそと例の宿へ向かう。
「俺とカイ、どっちが早く着くかな」
 足取りが軽くなるのは否定しない。
 何でかは分からないが、事実なので致し方ない。


 道を曲がろうと、身を翻した瞬間―――



 ちゅどどごどごごどどっ!!



「な、なんだあ?」
 突如上がった爆炎に、その方向へと目を移す。
「おいおいおい、近いじゃねーか」
 言うが早いか俺は急ぎ走り出す。
 目測よりも幾分現場は近かったらしく、数分走るうちに焦げ臭い臭いと共に、まだ煙の燻っている地面とご対面した。


 ――くん
 俺は鼻を鳴らす。
「・・・魔術の炎で爆発させたってカンジだな、こりゃ」
 未だざわつく野次馬達を押しのけながら、俺は現場の中心部に向かう。


 そこには、見るからに悪そうな男三人と、それに立ちはだかるように立つ男一人、そしてその影で腰を抜かして震えている女が一人。
 まあ、野党共にからまれた彼女を守ろうと、彼氏が術ぶっ放した、とか、そんなとこだろう。
 要するに、痴情のもつれとかゆーやつである。
「走ってきて損したかも」
 俺は小さく呟くと、ひょいと野党の一人の後ろに回り込み、奴らが気付く間もなく順々に手刀を打ち込んで行く。

「げ」
「ぐわ」
「げふ」

 思い思いの声を上げながら、地面にばたばたと倒れ伏していく野党さん達。
「ほれ、早く逃げな」
 言いつつ未だに座り込んでいる彼女に手を貸し、立ち上がらせて服のホコリをはらってやる。
「彼氏も、役人が来て大事になる前に、彼女連れて逃げた方が・・・」
 俺が最後まで言い終わらないうちに、女の方はさっさと一目散に逃げ出してしまった。

 ・・・・・・・
 ・・・・・・・
 ・・・えっーと。

「・・・いいの?お宅の彼女、逃げちゃったけど?」
 俺はぽりぽり頬をかきながら、例の彼氏とおぼしき男を見上げる(どーせ俺は小さいですよ!)
「んー、まあ仕方ないでしょ」
 答えてこちらに視線を落とす男。


 ―――うはあ
 俺は思わず心の中で感嘆符を漏らす。
 目の前に佇むこの男、かなりの長身である。恐らくは俺と頭一個近く違うんではなかろうか。
 栗色の頭髪、切れ長の目には、意識せずとも漂う色香すら見える。
 年の頃なら二十歳前後といったところか。
 声をかければ女の子の一人や二人や十人くらい、すぐにでもひっかかりそうな容姿の持ち主である。
「仕方ないって・・自分の彼女ほっぽっちゃう訳?」
 俺は呆れながら男の後ろに回りこみ、気絶している野党三人を道の端っこに寄せる。
 道行く人の邪魔にならないように、との配慮である。
 うん、やっぱり俺ってば結構偉い子なのだ。

「だってあれ、俺の女じゃないし」
 ものすごい台詞を吐きつつ、俺に手を貸す。
「んじゃ、行きずりでからまれた彼女助けようとしたクチか?」
 だとしたら、コイツは野党三人すら倒せない力の持ち主、と言う事になる。
 厄介事に首突っ込む位なら、まあソレ相応の力持ってて欲しいもんではあるが。
 俺が一人思案していると、男は再びとんでもない事をさらりと言い放つ。

「いや、なんかさ可愛かったから。お茶でも如何ですかって誘ったら、いきなり悲鳴上げられてさあ」
「・・・はあ」
「そしたらあいつら三人が出て来て」
「・・・・・・・はあ」
「彼女に先に目を付けたのは自分達だって言い出してさ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・」



 俺は今猛烈に後悔していた。
 コイツ自身もナンパだったなんて・・・・・。
「あ・・あああああ」
 俺は疲れた声で首をかくん、とうなだれた。
「全く、せっかく誘ったのに、嫌になっちゃうよね」
「・・・・・・・・・・・・・・・・そうね」
 俺は人知れず、時間を無駄に使ってしまった事に涙しながら、適当に相槌を打つのだった。



「それはそうと――」
 刹那、男の声音が変わる。
 するりと手を伸ばし、俺の右腕をがっちりと掴み、
「何だよ!?」
 いきなりの事に抗議するが、相手の力が想像以上に強く、振り解けなかった。


「君、結構可愛いね」
 言うなりものすごい力で引き寄せ、左腕で俺の右腕を掴んだまま、空いた右腕で俺の腰をがっちりと羽交い絞めにする。

「ぎゃ―――!!待て!落ち着け!早まるな!!」
 血相変えて必死にじたばたもがく俺を、小さく一つの苦笑で済ませて。
「待たない。落ち着かない。早まってみよう」
「みよう、じゃねえ!」
 足を必死に踏ん張り、腕の中から逃げようとするのだが敵わない。
「逃がした魚より、目の前の魚の方が好みだ」
 にやり、と笑って迫ってくる。
 コイツ、さっきの彼女にもこんな感じだったのか!?
 だとしたら、悲鳴上げて逃げていった理由も分かるってなもんである。

「俺は男だあああ!」
「またまたそんな」
「嘘じゃねえ~!」
 もがきつつ、空いている方の手で急ぎ印を結び、発動させる。


「炸裂噴陣(ブラド・ディスガッシュ)!」


 きゅどどごごどどどどど!


 凄まじい轟音と共に、足元の地面そのものが天高く吹き上がる。
 最もこの術、音と煙がすごいだけで、実質人間に出る被害は少ない。
 要するに、コケ脅かしの術なのだが。
 追記するならば、魔力増幅をかけたり、もともとキャパシティの高い奴が本気で発動させたりすると、殺傷能力も出てくる。
 今俺が使ったのは、術を少々アレンジして、殺傷能力を極端に落としたものである。


 ――ぴゅう。
 男が口笛を吹く。
 今の爆炎で、俺はようやっと男の腕から逃れていた。
「すごいね、魔道士?」
「まあな」
 感嘆する男に、そっけなく答える俺。
 そこに、


「あ、やっぱりルカだった!」
 走りながらやってくる一つの影。
「カイ!」
 俺は声の主を見つけると、途端に眉間のしわを解除し、彼女に駆け寄る。
「爆発の中心地に来たら、やっぱり居た」
 言いながら苦笑する彼女。
 まあ、俺の性格を把握しているのはあり難いが、何にでも首を突っ込むと思われている感があるのが何とも。
 ―――じゃなくて。
「カイ、どうでもいいけど早く帰ろう」
「何で?何かあったの?」
 首をかしげるカイを尻目に、俺は彼女の腕を掴み、
「あの背後にいる男、ヘンタイだから、とっとと逃げるぞ」
 言うが早いか歩き出そうとする。


 ―――が。
「後ろの男って・・・」
 そう言ってカイが振り返り、

 硬直した。

「・・・・どした?カイ?」
 ぴたりと足を止め、呆然と佇む彼女の顔を覗き込む。
 が、その視線に俺は映っていない様だ。
「カイ?」
 男がカイを名前を呟く。
「あ・・」
 カイが眼を見開き、二の句を続けるより早く、男はふわり、と彼女を抱き上げ――


「ああああ!貴様!何しやがる!」
 食って掛かる俺はナチュラルに無視されて、男はさも嬉しげに強くカイを抱き締めた。
 
 ぎゃ―――!!
 カイが変態の魔の手に!!

「カイ、会いたかった」
 あろう事か。
 あろう事か男は、抱き上げたカイを見つめ、
「愛してるよ」
 言うなり奴はカイの頬やらおでこやらそこかしこに、キスの雨を降らせた。


「何なんだお前――!!」
 俺がこぶし握り締め叫ぶと、カイは慌ててこちらを見て、
「待ってルカ!怒っちゃダメ!」
「阿呆!この状況で冷静でいろってのが無理な話なんだよ!」
 むかむかしながら腕まくりしつつ、のしのしと歩み寄る。


「違うの!」
「何が!」
 必死の大声と、切れかけの大声の押収。




「これ、私の兄ちゃんなの!!」



 ・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・
「はい?」
「だから、この人、私の兄貴なの」
「・・・・えーっと」
「オニイサン?」
「そう、おにいさん」
「あ・・・そう・・・」
 何だかやり場の無い怒りを抱えたまま、俺は意気消沈するしかなかった。
 ・・・何だかなあ・・・



「カイ、こちらは?」
 カイの『オニイサン』が、こちらに視線を向けて問う。
「あ、こっちは――」
 彼の腕の中から滑り降り、二人の間に立って、
「旅の連れのルカ。兄貴のレイ」
 カイは、グラウヅ少佐の時同様、激烈簡単にお互いを紹介する。
「・・・・・はあ」
「ルカちゃんね、宜しく」
 魂が半分抜けたように返事をする俺に対し、レイとやらは営業スマイル宜しく、それこそにっこりと微笑し、俺の手を取り、その甲に軽く口づけた。
「げ!」
「兄貴、ルカは男だよ、一応」
「一応って何だよ一応って」
「あ、気にしないで♪」
 口論する俺達を止めるように会話に入り込み、ひらひらと手を振るレイ。
「気にしないでって・・・まさか・・」
 俺は嫌な汗を背中に感じながら、震えた声で問う。
「そ、そのまさか」
 当のレイは、にっこりと笑ったまま続ける。



「俺、バイだから♪」



 ―――やっぱり。
 真っ青になって引きつる俺に、レイは器用にウィンクを飛ばしてくれた。
 俺の意識が、遠くに浪漫飛行しかけた事は、追記しておくべきなのだろうか―――

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