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桃屋の創作テキスト置き場
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■BGM 2  ー愛し子の 墓辺吹く風 静かなれー  2■




 ―――こくんっ。
 喉を鳴らして、あからさまに唾を飲み込む。
 俺、ルカ・ウェザードは、相棒の様子に、オズオズと口を開く。
「・・・カイ・・・さん?」
 ・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・
「あの、カイさん?」
 俺は本日数度目かの台詞を口にする。
「―――あ、ごめん。何か言った?」
 ・・・・コレである。
 何か、カイの様子がどーもおかしいのだ。
 俺に思い当たる節は無いのだが(多分)
 どーも元気がないと言うか、気落ちしていると言うか。
 とにかく、何かおかしいのだ。
「どうした?具合悪いのか?腹減ったのか?何かあったのか?」
 呆け気味のカイを見上げて、俺は矢継ぎ早に質問する。


 ―――夕暮れである。
 長く、このまま永遠に続くかの様に見える街道の、その先に、太陽が沈み始めている。
 建物、と言うか人工物が少ないここを、その朱色の太陽に照らされて、さながら辺り一面をオレンジ一色の絵画の如く染め上げる。


「どーしたんだ?昨日辺りから、変だぞ?お前」
「そお・・?」
 曖昧に苦笑する。
 俺は釈然としないまま、無言で歩を進めた。
 ―――このままのペースで行けば、明日の昼前にはセインロード入りだ。


「セイン・ロードはね」
 黙りこくってたカイが、いきなり口を開く。
 顔を見上げてみたが、カイは真っ直ぐに前を向いたままで、視線は絡まなかった。
「私の、母国なの」


 感情の、読み取れない声だった。
 何かを、抑えている様な。


「そっか・・・」
 それ以外に何と答えていいか分からず、俺は右手で後ろ頭をぽりぽりと掻いた。
「母国なのに、何で帰りたくないんだ?」
「母国だから、帰りたくなかったの」
 カイのその言葉に、俺は何も言えなくなってしまった。

 ―――こいつ、自分の事話したがらないからなあ・・
 一緒に旅をする様になって、二月。
 それ以前のカイを、俺は何も知らない。
 聞くのもどうかと思ったし、聞かれたくない事もあるだろうし。
 そう思って気にしないで居たのだが。
 ・・・・自分から話してくれるの、待つしかないじゃないか・・・
 ちょっとふくれつつ、今日の宿を目指したのだった。



「ねえ、ルカ」
「ん?何だ?」
 場所は変わって、ここは今夜の宿の俺の部屋である。
 あの後、どうにも気まずい夕食を終え、お互いにお互いの部屋に戻ったのだが。
 つい先ほど、カイが紅茶を飲みに俺の部屋を訪れたのだ。
 俺が寝る前に必ず紅茶を飲む事を知ってから、二人で夜中のミニ茶会を行うのが、最近の習慣になっていた。
「一つ、聞いてもいい?」
「何だよ、急に改まって」
 俺はカイのお気に入りの猫のイラストの描いてあるカップに、なみなみを紅茶を注いでやる。
 寝酒ならぬ寝紅茶である。
 本当は砂糖を入れた方がリラックスするらしいのだが、俺はストレート派である。
 それに習ってか、カイも砂糖を加えずにそのまま飲んでいる。
「いい?」
「ん、ああ」
「ちゃんと答えてね?」
「分かった」
「嘘ついたり、答えないってゆーの、ナシね?」
「分かったってば」
 何だか、妙に周りくどい奴である。
 こんな聞き方、された事ない。
 何か含みを持った感じである。
「じゃ、聞くよ?」
「分かったって!」
 カイの周りくどすぎな口調に、少々げんなしつつ、紅茶を口に含む。


「ルカ、私の事好き?」

 
 ぶぼっ

 俺はいきなり過ぎなカイの発言に、口に含んだばかりの紅茶を威勢良くぶちまける。
「な?な?」
「答えて。ルカ」
 吹き出した紅茶で口の周りをびしゃびしゃにしてる俺に、カイは静かに続ける。
「あたしの事、好き?」
「いや、あの、それは・・」
 顔が瞬時に朱に染まり、口の中が乾いて行くのが自分でもはっきりと分かる。
 俺はしどろもどろになりながら、何とか言葉を探し当てる。
 ―――カイが昨日から変だったのって、コレと関係してんのかなあ・・
 何て、ちょっと自惚れてみたりもしつつ。
「き・・・・きらいなわけ、ないだろうが・・」
「じゃあ、好き?」
 呂律が回らなくなっている俺の答えに、カイはあっさりとトドメを刺す。
 う゛う゛う゛・・・・・
 どうしろと言うのだ。
 どう答えろと言うのだ。
 ってか、そんな物言いされたら男は過大な期待をするぞ?
 いいのか?
 いいんだな?
「・・・男は時と場合によっちゃ、誰だって良い場合があるんだぞ?お前意味分かって言ってるのか?」
 俺とて一介のただの男の子である。
 据え膳食わぬは何とやら、とは良く言ったものだが。
 多少なりとも、恋愛感情ではなくとも好意を持っている相手に、
 しかも、こんな美人さんに言い寄られたら。
 どうなるか―――
 ・・・推して知るべし、である。
「いやいや、そーゆー色事ちっくな意味じゃなくて」
 カイはパタパタ手を振って否定する。
「・・・じゃ、何だよ?」
 いささか不機嫌になりつつも、カイを見つめる。
 カイは、うつむき加減のまま、静かに口を開く。

「―――私がどんな人間でも、嫌いにならないでくれる?」

「・・・・・何だよ、それ」
「私がどんな人間でも、嫌いにならないでくれる?」
 カイは、全く同じ台詞を吐いた。
 その顔が、いつものそれとは異なっていた。
 まるで、何かを恐れているような、怯えている様な。
 よしんば、俺がカイを嫌ったりしたとしても(まあ、そんな事は無いだろうけど)こんなにまで恐れ怯える必要は無いのではないだろうか?
 カイは一点を見つめたまま、身じろぎすらしないでいる。
 固く握られた両の手が、力を込めすぎていささか白くなっている。
 それがとても痛々しい。

「バカカイ」
「・・・馬鹿はないでしょ、馬鹿は。人が真剣に聞いてるのに」
 カイが僅かに目を細める。
 このまま、泣くんじゃないか、って思う位に。
「・・・嫌いになんか、ならないよ」
 ぽつりと、唇に乗せる。
 カイが安心するなら、何度でも言ってやろう。
 そう思った。
 こっぱずかしかったけど、カイが満足するまで、何度でも言ってやろう。
 そう、思った。
「―――俺が、お前の事、嫌いになるはず、ないだろうが。馬鹿」
 言って、カイの額をこつん、とつついて笑った。
 少しではあったが、静かに笑ってくれた。
 そしてやおら立ち上がり、
『んー』と伸びをして、
「ありがと」
 とだけ、背中で言った。
 もしかして、照れてたりするんだろうか?
 とか思って苦笑したが、逆に面と向かって言われてたら、こっちが照れてしまっただろうから、有難いのだが。

「・・・よっし、良いこと思った!」
「ん?何だ?」
 カイは振り返って俺を見つめ、にまっ、と何かを企んだように笑う。
 そうやら、いつもの調子に戻ってきたようである。
「そろそろ寝ようか」
「・・・そうだな」
 カイのご機嫌な理由が分からず、釈然としないまま、ベッドにごろり、ところがる。
「あ、ちょっと待っててルカ」
「んあ?」
 言うが早いか、ぱたぱたと部屋を出て行ってしまう。
 ・・・・何なんだ一体・・・
 俺は何か言い知れぬ一抹の不安を抱きながら、布団に潜り込む。

 ―――ばたんっ。

「おまたせ」
 にこにこした声で、カイが再び部屋に戻ってきた。
「だからお前は何を企んで・・・」
 かったるく言葉を発して、彼女の姿を目に留めて。
 
 ――――――絶句した。

「・・・・・」
「ん・どしたの?ルカ」
 いや・・・どしたのじゃなくて・・・
「お前、その格好は何事だ・・?」
 頬を引きつらせつつ、掠れた声を搾り出す。
「えっへへへへー」
 いやだから、えへへでもなくて。
 俺は頭を抱える。
 カイは恐らく一回自分の部屋に戻ったのだろう。
 ありとあらゆる自らの荷物を抱え、あまつさえちゃーんと宿支給の寝巻きに着替えていた。
「ふう」
 カイは一つ息を吐いて、ドアにカギをかけ、俺の部屋の隅に置いてある俺の荷物の横に、自分が抱えてきた荷物をどさっとおろす。
 そして、許可も得ずに俺の寝転がってるベッドにちょこん、と腰を下ろし、髪の毛をみつあみにし始める。
「あの・・・カイさん?」
「んー?」
「何あの荷物?ってゆーかどーゆー事?」
 同じベッドの上に起き上がり、髪の毛を必死にあみあみしてるカイに問う。

「寝るの」
「そりゃ分かってる」
「じゃ、聞く必要ないでしょ」
「そーじゃなくて」
「じゃあ何なのよーう」
 髪の毛を編み終わり、ゆるゆるおさげに寝巻き姿のカイが、ぷう、と頬を膨らませて振り返る。
「何なのよじゃないだろ!ここは俺の部屋。カイの部屋は隣。お分かり?」
「うん」
「オッケー、それじゃ俺は寝るから。バイバイおやすみまた明日ー」
 言って現実から逃げ、再び布団に潜り込む。
 ―――と。
 ごそごそごそ。
 一緒に布団に潜ってくるカイ。
 ・・・・・・・まて。
「・・・カイさん、何してるの?」
 布団の中で引きつりながら笑う。
 しかし、カイは、それこそにっこりと微笑んで、世にも恐ろしい台詞を吐く。


「ん、私もここで寝る」


 ・・・・・・・・・・・・
 ・・・・・・・・・・・・
 静寂が、一帯を支配する。
 俺は、わずかの間気を失っていたらしい。
 そう、今のは幻聴である。
 幻聴で・・・
 ・・・
「だーーー!!アホかお前!!」
「アホじゃないよ」
 怒鳴る俺に、しれっ、と言うカイ。
「お前女だろ?俺男だぞ?」
「そんなの知ってる」
 むてくされてむーっとしているカイ。
 いや、そうしたいのはこっちだってば。
 泣きそうになりながら、俺は言う。
「・・・・・・どーゆー意味か、分かってるんだろうな?コラ」
 半眼になってスゴむ俺に、カイはぷいっ、と顔を背けたかと思うと、いきなりぐいっ、と腕を引っ張る。
「うぅわ!」
 不意打ちを食らった俺は、まともに元居た位置にあえなくバランスを崩して倒れ込む。
 目の前には、カイの顔。
 ―――う゛。
 何か気まずくなって視線を泳がせる。
「いっしょにねんねしましょ」
 言ってぽんぽん子供をあやすみたいに手で叩く。
「・・・・カイ、お前なあ・・・」
 呆れて言う俺に、カイはいきなりぎゅっ、と俺の寝巻きをつかんで、


「―――――――――― 一人で寝るのが怖い」


 その一言に、俺の身体が一瞬強張る。
 ・・・・・・なるほどね、そーゆー事か。
 だったら最初から言えっての。
 全く、手のかかるお嬢様である。
 苦笑して彼女の手をほどかせる。
「―――分かったよ」
 降参して俺ものそのそと布団をかけ直す。
 俺が納得したのが分かると、カイは少し眉を顰めたままだったが、にっこりと微笑んだ。
「うでまくら、したげるね♪」
 嬉しそうにそう言って、俺の頭を抱える。
 ・・・腕枕ってゆーよりは抱き枕にされてる・・・
 そう思い、半眼を見開いて、
 ――――う゛!!
 俺の目線の先。
「やばい!カイ!逆!むしろ逆!な?そうしよう。これはいけない。これはマズイ!」
 焦ってカイの腕の中から逃れ、逆にカイの頭を抱える。
 ・・・はあ、焦った。
 あんなもん目の前にあって寝れるかい!!
 腕枕と言うよりは抱き枕。
 俺の目線の先に来るものが何か、想像してみるとよろしい。

「一緒に寝てやるから、早く寝ろ」
「ん」
 俺のちょっとひっくり返っちゃった声に、くすぐったそうに微笑むと、カイは俺の腕の中で落ち着いたように目を閉じた―――

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