桃屋の創作テキスト置き場
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■月鬼 第六話 ―出会い― ■
「いい加減起きる気はありませんか?」
気持ち良くまどろんでいた所で、無粋にも男の澄んだ声が耳に落ちてくる。
その感覚に眉を顰め、つばめはいよいよ薄目を開けた。
「・・・・なんだ・・・・蒼志めか・・」
ぼそりと搾り出すように呟いた声に、僅かに見えた丹精な顔は苦笑する。
「蒼志『め』とは何ですか、失敬な」
苦笑する美しい男の顔が、ようやく薄ぼんやりと輪郭を形成し、つばめの視界に色が戻って来る。
その男の顔がやけに近いのと、何故か逆光を受けた状態になっていて、
微かに回転を始めた頭で、それを訝しがる。
「・・・なんで・・・?」
とりあえずつばめはそう呟いたものの、その先が続かなかった。
蒼志は一瞬安堵した様に目を細めると、僅かに唇の端を吊り上げ、
「で、つばめ殿。いつまで私の膝をお貸しすれば良いですか?」
「は?」
言われた言葉の意味を飲み込めなかったつばめは、間の抜けた声を出す。
「ですから、あなたはいつまで私の膝枕で寛ぎたいですか?とお聞きしているのですよ」
まるでそれこそからかう口調で言った蒼志に、つばめはいよいよ自分の置かれている状況を理解した様だ。
即ち、膝を貸している蒼志に、仰向けで彼に膝枕をされている自分。
そうすれば、彼の顔がやけに自分の顔に近いのも、彼の顔が逆光で見にくくなっているのも、納得がいく。
「・・・もう結構だ」
悔しそうにつばめは呟き、上体を一気に引き起こす。
が、いきなり急激に動いた為か、目の前から一瞬世界が消え去り、元の通り、再び蒼志の膝に倒れ込みそうになる。
蒼志は倒れかけたつばめの肩を抱き、支えると、呆れた様に耳元で言う。
「昨日、あれだけ血を流したんです。癒しの術を施したとは言え、失った血までは戻りませんよ」
「・・・・・そっか、すっかり忘れてた」
白い顔で蒼志の着物を掴むつばめは、そこでようやく思考が全て繋がった。
周りを見渡すと、昨日自分が気を失った場所とは少し離れたらしく、血の匂いなどは残っていなかった。
「かなり強い術をかけましたが、疲労自体は消せません。難しい話かもしれませんが、出来るだけ無理はしないで下さい」
最も、つばめ殿は言っても聞かないでしょうけどね。
蒼志は、彼女の肩を抱いたまま、困ったようにそう続けた。
「助かった。ありがとう」
小さくそう腕の中で呟いた彼女に、蒼志は意外そうな顔を作る。
「驚きました」
「何が」
「つばめ殿にも、礼を述べる能力があったんですね」
「をい」
さも不機嫌そうに顔をしかめたつばめに、冗談ですと笑いながら。
「よっと」
つばめはようやく蒼志の膝から離れると、起き上がり背伸びをする。
空を見上げると、昨晩の恐ろしい出来事が、まるで夢絵空事のようにさえ思えた。
「蒼志」
「何です」
声をかけたつばめは、しかしその先を僅かに逡巡して、もう一度、男の名前を呼んだ。
「・・・蒼志」
「あれは、まさしく鬼です」
ついばめはふと、視線を動かす。
風の流れ以外に揺らいだ何かを、僅かだが捉えたからだ。
「・・何だ、あれ」
蒼志からゆっくり離れると、つばめは立ち上がる。
「つばめ殿?」
蒼志が未だ若干ふらつくつばめの肩を抱くように、立ち上がる。
「どうしました?」
「あれ・・・・」
つばめが見つめる先に、蒼志も視線を這わせる。
「鬼、か?」
「いや、人・・のようですね」
二人の視線の先に、おそらく人の形をしたものが転がっている。
「見てくる」
「あ、つばめ殿!」
蒼志が言い終わるより早く、つばめは小走りに駆け寄る。
「蒼志ー」
つばめはしゃがみこんで彼を振り返る
一歩遅れて辿り着いた蒼志は、彼女の足元に転がる人とおぼしきものを、僅かに半眼になって見つめた。
・・・考えすぎ・・・か
彼女に気づかれぬように息を吐く。
「蒼志、生きてるぞ、こいつ」
つばめは、ぼろぼろの布切れに包まれたそれを、何の躊躇いもなく自分に引き寄せ、抱きかかえるような格好になる。
「つばめ殿、あなたには警戒心というものが欠落している」
眉をひそめて言うが、当の本人は全く意に介さない様子で
「助けられるか?蒼志」
そう、真面目な顔で彼を見上げる。
蒼志は一つ小さくため息をつくと、その布切れに包まれた人間を観察する。
・・・・牙もない、鬼である印もない・・・
昨晩の鬼の奇襲に、巻き込まれた者である・・か
つばめに気づかれぬ様に観察を終え、懐から護符を取り出す。
最も、鬼相手だとするならば、癒しの護符は逆に毒になる。
どちらにせよ、それではっきりする事だ。
蒼志は、ようやくそのぼろきれが若い男である事を認識した。
「こいつ、きったない顔だな」
つばめは言いながら、自らの持っていた布切れで男の顔についた泥やら、血やらを拭ってやる。
男が僅かに身じろぎする。
蒼志は、取り出した護符をかざし、印を口の中で唱える。
空気が振動し、男に癒しの術がかけられる。
僅かの後、ぼろきれの男は、ようやく、重たい瞼を動かした。
「蒼志、目が開いた!おい、お前、聞こえるか?どこが痛い?名前は?」
矢継ぎ早に質問を投げるつばめを見た男は、
もう一度ゆっくりと瞬きをし、小さな声で呟いた。
「ユエ」
「ユエ」
それが、ぼろきれの男の名前だった。
「いい加減起きる気はありませんか?」
気持ち良くまどろんでいた所で、無粋にも男の澄んだ声が耳に落ちてくる。
その感覚に眉を顰め、つばめはいよいよ薄目を開けた。
「・・・・なんだ・・・・蒼志めか・・」
ぼそりと搾り出すように呟いた声に、僅かに見えた丹精な顔は苦笑する。
「蒼志『め』とは何ですか、失敬な」
苦笑する美しい男の顔が、ようやく薄ぼんやりと輪郭を形成し、つばめの視界に色が戻って来る。
その男の顔がやけに近いのと、何故か逆光を受けた状態になっていて、
微かに回転を始めた頭で、それを訝しがる。
「・・・なんで・・・?」
とりあえずつばめはそう呟いたものの、その先が続かなかった。
蒼志は一瞬安堵した様に目を細めると、僅かに唇の端を吊り上げ、
「で、つばめ殿。いつまで私の膝をお貸しすれば良いですか?」
「は?」
言われた言葉の意味を飲み込めなかったつばめは、間の抜けた声を出す。
「ですから、あなたはいつまで私の膝枕で寛ぎたいですか?とお聞きしているのですよ」
まるでそれこそからかう口調で言った蒼志に、つばめはいよいよ自分の置かれている状況を理解した様だ。
即ち、膝を貸している蒼志に、仰向けで彼に膝枕をされている自分。
そうすれば、彼の顔がやけに自分の顔に近いのも、彼の顔が逆光で見にくくなっているのも、納得がいく。
「・・・もう結構だ」
悔しそうにつばめは呟き、上体を一気に引き起こす。
が、いきなり急激に動いた為か、目の前から一瞬世界が消え去り、元の通り、再び蒼志の膝に倒れ込みそうになる。
蒼志は倒れかけたつばめの肩を抱き、支えると、呆れた様に耳元で言う。
「昨日、あれだけ血を流したんです。癒しの術を施したとは言え、失った血までは戻りませんよ」
「・・・・・そっか、すっかり忘れてた」
白い顔で蒼志の着物を掴むつばめは、そこでようやく思考が全て繋がった。
周りを見渡すと、昨日自分が気を失った場所とは少し離れたらしく、血の匂いなどは残っていなかった。
「かなり強い術をかけましたが、疲労自体は消せません。難しい話かもしれませんが、出来るだけ無理はしないで下さい」
最も、つばめ殿は言っても聞かないでしょうけどね。
蒼志は、彼女の肩を抱いたまま、困ったようにそう続けた。
「助かった。ありがとう」
小さくそう腕の中で呟いた彼女に、蒼志は意外そうな顔を作る。
「驚きました」
「何が」
「つばめ殿にも、礼を述べる能力があったんですね」
「をい」
さも不機嫌そうに顔をしかめたつばめに、冗談ですと笑いながら。
「よっと」
つばめはようやく蒼志の膝から離れると、起き上がり背伸びをする。
空を見上げると、昨晩の恐ろしい出来事が、まるで夢絵空事のようにさえ思えた。
「蒼志」
「何です」
声をかけたつばめは、しかしその先を僅かに逡巡して、もう一度、男の名前を呼んだ。
「・・・蒼志」
「あれは、まさしく鬼です」
ついばめはふと、視線を動かす。
風の流れ以外に揺らいだ何かを、僅かだが捉えたからだ。
「・・何だ、あれ」
蒼志からゆっくり離れると、つばめは立ち上がる。
「つばめ殿?」
蒼志が未だ若干ふらつくつばめの肩を抱くように、立ち上がる。
「どうしました?」
「あれ・・・・」
つばめが見つめる先に、蒼志も視線を這わせる。
「鬼、か?」
「いや、人・・のようですね」
二人の視線の先に、おそらく人の形をしたものが転がっている。
「見てくる」
「あ、つばめ殿!」
蒼志が言い終わるより早く、つばめは小走りに駆け寄る。
「蒼志ー」
つばめはしゃがみこんで彼を振り返る
一歩遅れて辿り着いた蒼志は、彼女の足元に転がる人とおぼしきものを、僅かに半眼になって見つめた。
・・・考えすぎ・・・か
彼女に気づかれぬように息を吐く。
「蒼志、生きてるぞ、こいつ」
つばめは、ぼろぼろの布切れに包まれたそれを、何の躊躇いもなく自分に引き寄せ、抱きかかえるような格好になる。
「つばめ殿、あなたには警戒心というものが欠落している」
眉をひそめて言うが、当の本人は全く意に介さない様子で
「助けられるか?蒼志」
そう、真面目な顔で彼を見上げる。
蒼志は一つ小さくため息をつくと、その布切れに包まれた人間を観察する。
・・・・牙もない、鬼である印もない・・・
昨晩の鬼の奇襲に、巻き込まれた者である・・か
つばめに気づかれぬ様に観察を終え、懐から護符を取り出す。
最も、鬼相手だとするならば、癒しの護符は逆に毒になる。
どちらにせよ、それではっきりする事だ。
蒼志は、ようやくそのぼろきれが若い男である事を認識した。
「こいつ、きったない顔だな」
つばめは言いながら、自らの持っていた布切れで男の顔についた泥やら、血やらを拭ってやる。
男が僅かに身じろぎする。
蒼志は、取り出した護符をかざし、印を口の中で唱える。
空気が振動し、男に癒しの術がかけられる。
僅かの後、ぼろきれの男は、ようやく、重たい瞼を動かした。
「蒼志、目が開いた!おい、お前、聞こえるか?どこが痛い?名前は?」
矢継ぎ早に質問を投げるつばめを見た男は、
もう一度ゆっくりと瞬きをし、小さな声で呟いた。
「ユエ」
「ユエ」
それが、ぼろきれの男の名前だった。
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■BGM PROLOGUE 1■
俺は奴を追っていた。
「だからどーした」とか、「あっそう」とか言われちゃうと、話が続かなくなるので却下ね。
夜も更けてきた。ここは森の中である。
そうそうこの追いかけっこを長引かせる訳には行かないのだ。
どこぞの野党の群れに、この俺が見付かってしまったら・・・・
―――考えただけで寒気が走るわい!!
そう、小柄な身体つきに、年よりは幼く見られがちな顔。栗色のみつあみをたなびかせて走る俺。
野党の様なごろつき連中には、格好の「上玉」である。
俗に言う、「可愛い」タイプなのだ。
とても不本意ではあるが、事実なので致し方ない。
しかも、不幸な事に、この辺り一帯は、例によってごろつき共の巣になっているらしい。
そんな危険な森からは、一刻も早く抜け出したい所なのだが。
「・・・くっそー、見付からん」
声を殺し、足音を忍ばせつつも、イライラした俺はついグチをこぼす。
そう遠くへは行っていないはずだ。
奴を見付けられないと、俺は死活問題なのだ。
瞬間―――
ガサっ、と向かいの茂みが微かにゆれる。
「そこかあああああっ!!」
叫んで一気に身を躍らせる。
腰に仕込んだ短剣を抜き放ち、茂みに向かって一気に放つ!
ザシュ!
よっしゃ!手応えアリ!
これで、俺の命は繋がれた。
やっと、やっと奴を仕留めたのだ。
「どーれどれ」
顔がにやけるのを抑え切れず、颯爽と茂みに向かう。
―が、
「ふざけんじゃねえ!このアマ!!」
「え゛!?」
俺は何がなんだか分からず、抗議の声をあげる暇こそすら無く。
茂みの奥から現れた、屈強な男の拳で、俺は宙を舞っていた。
「なっ、な!?」
なんで茂みの中に野党が!?
よくよく目を凝らしてみれば、俺の放ったナイフは、一人の野党の肩にしっかり刺さってる。
うわっ・・・・ちっくしょー、奴を取り逃がした所か、一番会いたくない相手に出くわしてしまった。
俺は内心ほぞを噛む。
焦る気持ちばかりが先走って、目標の「気」すら見失っていたのだ。
しかし、となると俺が追っていた奴は―――
「あああああああ!!」
茂みの奥から出てきた野党の手にぶら下がっている、一羽の野うさぎ。
「俺の晩飯が―――!!」
・・・・・・意地汚いと言う無かれ。
育ち盛りの俺としては、丸々一日飯にありつけなかったのだ。金がなくて(涙)
野うさぎ一羽とて、貴重な食料なのである。
「てめーら、よくも俺のウサコを―――!!」
殴られた左のほっぺたさすりつつ、野党共に向かってびしいっ!と指を刺す。
「へっ、このチビ何訳のわからねー事抜かしてやがんだ?」
「この傷の例はしっかりとさせてもらうぜ」
そう言って、バラバラと出てくる野党たち。
その数、ざっと二十人・・・。
はっきり言おう。
二十人如きである。俺の魔術にかかればこんな数・・・・
こんな数・・・・
―――無理だ―――
今の俺は空腹で、火炎球一発くらいしか出せそうに無い。
よしんば、奴らのど真ん中に命中したとて、一気に全員を叩くのは無理である。
しかし、剣術には心得の乏しい俺としては、剣でこの大男共に勝つ術は無い。
い・・・いきなりピンチ!
全身が冷や汗で覆われる。
仕方なく、最後の力振り絞り、印を結び始めるが、野党の一人がぽつりと、
「・・・おい、コイツ結構可愛い顔してるじゃねーか」
と抜かしやがった。
ホラ来た!来たよ全く!!
可愛い子見るとすぐコレだ!俺は不本意極まりないとゆーのに。
「このまま殺しちまうには、ちょいとばかり勿体ねー気もするなあ」
ギトギトに禿げ上がった頭の野党その一は、いやらしい笑みを浮かべる。
「おい、コイツには身体で払ってもらおうぜ!」
野党その一の意見に、そのニが賛同する。
まて―――!!じょーだんじゃね――――!!
俺にそんな趣味はねえ――!!
結んでた印を完成させ、一気に奴らのど真ん中に放つ!
「ぎゃああああ!」
悲鳴が、辺りにこだまする。
―が、今の一撃だけでは到底倒しきれていない!
となれば、この煙に紛れて逃げるのみ。
「あ、待ちやがれ!」
と言われて待つ馬鹿が居たら、見てみたいモンである。
力の限り俺は疾走する。
が、大男たちの足は以外に速く、俺はあっと言う間に囲まれてしまう。
「どちくしょー!」
逃げ場が無くなった俺は、考えもなしに手近にあった一本の木によじ登る。
「バカめ、逃げ道がないぜ」
あざけ笑いながら、後ろをついて登ってくる野党その一。
心許ない枝を伝っててっぺんまで辿り着き、何とか残った力で空中浮遊の印を結び始める。
しかし。
俺が思ったよりも枝が弱かったのか、はたまた俺が重かったのか。
足場にしていた枝が、ぽっくりと折れた。
「うそ――!!」
泣き叫びつつ、地面にまっ逆さま。
・・・・・あー、俺ここで死ぬんだ・・・・さよならかーちゃん・・・
ありがと・・産んでくれて・・とうちゃーん・・・
錯乱したまま、よく分からないこの世の最後を親に告げ、
眼前まで迫った地面に、諦めて目を閉じる。
もーすぐガツンってゆーしょーげきが・・
しょーげきが・・・・
ふわり。
しょーげきが。
しない。
何か、やわっこいものの包まれてる気分。
あー、そうか。一気に死ぬと、痛みすらないんだなあ・・・。
とか思って俺はそっと目を開く。
きっとそこには、お花畑が・・・
お花畑が、無い。
「・・・・・・・・へ?」
俺の視界に飛び込んできたのは、風になびくブロンド。
なにこれ?
状況が理解出来ず、しぱしぱと瞬きを繰り返す。
ようやっと、俺は事態を把握する。
風にたなびくブロンドの長髪。
恐らく、にっこりと微笑んでやれば、世の女はコロリと落ちそうな程の端整な顔立ち。
そして、ターコイズブルーの双眼。
落下してくる俺を、衝撃の少なくなるように空中で受け止め、優しく着地してくれた彼。
そのブロンドの男は、俺に小さく一つ微笑むと、そっと俺を地面に降ろし、
俺と野党の間に立った。
俺は俗に言う「守られているお姫様」状態である。
―――って事は・・・?
この兄ちゃん、助けてくれる気なのかしら・・・?
「・・・止めた方が良いんでない?相手、軽く2ダース以上いるぜ?」
俺は兄ちゃんの背後から呟く。
しかし、その呟きに兄ちゃんは一瞥もくれず。
「こんな女の子一人に、随分と大層なお相手だな」
凛と通る、男にしては少々高めな声で、彼が吠える。
「どこの馬の骨かしらねえが、すっこんでな!」
「なめやがって!俺たちはそのおじょーちゃんに用があるんだ!」
いつも通り、記憶してる単語数の著しく少ない野党が、お決まりの台詞を吐く。
しかし頭は悪いが、コイツら数が数である。
兄ちゃん一人でやり合うつもりならば、並の剣士ならば唯では済まない。
―が、この兄ちゃん、事態が分かっているのか否か。
「―――やーれやれ。口で言っても分からん悪い子にはオシオキだな」
聞き様によっては、どこかキモイ台詞を吐きつつ、すらり、と腰の剣を抜く。
「ちくしょう、やっちまえ!!」
―――かくして。
兄ちゃん対野党共の戦いの火蓋が、切って落とされたのだった。
そして―――
戦いの幕は、実にあっっっさりと引かれた。
ちょいと目をやれば、累々たる野党共の死体・・・・あ、呻いてる。まだ生きてるらしい。
もはや、「強い」としか形容出来ない自分が、実にもどかしいのだが。
この兄ちゃんの動きは、圧倒の一言だった。
野党の一吠えと共に、飛び出してきた四人を横凪ぎに一閃する。
そのまま一足飛びに踏み込んで、五人目。
返す刀で一人、また一人。
そのまま上体を捻らせ、背後に迫った一人を逆袈裟。
受身を取って地面を転がり、その足で下から切り上げる!
――以下略――
・・・と言うか、見えなかったのだ。ここまでしか。
もはや尋常な速さではない。
その間俺は、ただただぽーっと、兄ちゃんの勇姿を眺めていただけだった。
・・・・楽チンである。
意識を戻すと、兄ちゃんは剣を鞘に収め、こちらへ歩いて来ていた。
「大丈夫だった?」
汗の珠一つ浮いちゃいない顔で、優しく俺を見つめる。
・・・・綺麗な色してるなあ・・・
俺は差し伸べられた手を取る事すら忘れ、相手にもかまけず、その透明なターコイズブルーに魅入っていた。
「・・・・・・あの、顔に何かついてたりします?」
訝しげな顔で尋ねる兄ちゃん。
「え、ええ?いや、そのえっと・・・」
いきなり彼の声で現実に引き戻され、しどろもどろになる。
「――大丈夫・・?」
心配げな顔で俺を覗き込み、そっと、頬に手を伸ばす。
え、え??何!?
右のほっぺに、あったかくて柔らかい感触。
「かわいそうに」
兄ちゃんが俺のほっぺたをなでなでしながら、沈痛な面持ちで呟く。
いや、何かちょっと・・・これは・・・
恥ずい!!
もかかかかか、と顔を染めた俺に、兄ちゃんは更に一言。
「怖くて腰が抜けてしまったのかな?取り合えず、ここからは離れてどこか―――」
言いつつ、俺の手を取り、立ち上がらせようと引っ張る。
瞬間。
ぐぎゅるりるりる―――。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
我慢の限界を超えた腹の虫が、盛大に自己主張を始めたのだった。
俺は奴を追っていた。
「だからどーした」とか、「あっそう」とか言われちゃうと、話が続かなくなるので却下ね。
夜も更けてきた。ここは森の中である。
そうそうこの追いかけっこを長引かせる訳には行かないのだ。
どこぞの野党の群れに、この俺が見付かってしまったら・・・・
―――考えただけで寒気が走るわい!!
そう、小柄な身体つきに、年よりは幼く見られがちな顔。栗色のみつあみをたなびかせて走る俺。
野党の様なごろつき連中には、格好の「上玉」である。
俗に言う、「可愛い」タイプなのだ。
とても不本意ではあるが、事実なので致し方ない。
しかも、不幸な事に、この辺り一帯は、例によってごろつき共の巣になっているらしい。
そんな危険な森からは、一刻も早く抜け出したい所なのだが。
「・・・くっそー、見付からん」
声を殺し、足音を忍ばせつつも、イライラした俺はついグチをこぼす。
そう遠くへは行っていないはずだ。
奴を見付けられないと、俺は死活問題なのだ。
瞬間―――
ガサっ、と向かいの茂みが微かにゆれる。
「そこかあああああっ!!」
叫んで一気に身を躍らせる。
腰に仕込んだ短剣を抜き放ち、茂みに向かって一気に放つ!
ザシュ!
よっしゃ!手応えアリ!
これで、俺の命は繋がれた。
やっと、やっと奴を仕留めたのだ。
「どーれどれ」
顔がにやけるのを抑え切れず、颯爽と茂みに向かう。
―が、
「ふざけんじゃねえ!このアマ!!」
「え゛!?」
俺は何がなんだか分からず、抗議の声をあげる暇こそすら無く。
茂みの奥から現れた、屈強な男の拳で、俺は宙を舞っていた。
「なっ、な!?」
なんで茂みの中に野党が!?
よくよく目を凝らしてみれば、俺の放ったナイフは、一人の野党の肩にしっかり刺さってる。
うわっ・・・・ちっくしょー、奴を取り逃がした所か、一番会いたくない相手に出くわしてしまった。
俺は内心ほぞを噛む。
焦る気持ちばかりが先走って、目標の「気」すら見失っていたのだ。
しかし、となると俺が追っていた奴は―――
「あああああああ!!」
茂みの奥から出てきた野党の手にぶら下がっている、一羽の野うさぎ。
「俺の晩飯が―――!!」
・・・・・・意地汚いと言う無かれ。
育ち盛りの俺としては、丸々一日飯にありつけなかったのだ。金がなくて(涙)
野うさぎ一羽とて、貴重な食料なのである。
「てめーら、よくも俺のウサコを―――!!」
殴られた左のほっぺたさすりつつ、野党共に向かってびしいっ!と指を刺す。
「へっ、このチビ何訳のわからねー事抜かしてやがんだ?」
「この傷の例はしっかりとさせてもらうぜ」
そう言って、バラバラと出てくる野党たち。
その数、ざっと二十人・・・。
はっきり言おう。
二十人如きである。俺の魔術にかかればこんな数・・・・
こんな数・・・・
―――無理だ―――
今の俺は空腹で、火炎球一発くらいしか出せそうに無い。
よしんば、奴らのど真ん中に命中したとて、一気に全員を叩くのは無理である。
しかし、剣術には心得の乏しい俺としては、剣でこの大男共に勝つ術は無い。
い・・・いきなりピンチ!
全身が冷や汗で覆われる。
仕方なく、最後の力振り絞り、印を結び始めるが、野党の一人がぽつりと、
「・・・おい、コイツ結構可愛い顔してるじゃねーか」
と抜かしやがった。
ホラ来た!来たよ全く!!
可愛い子見るとすぐコレだ!俺は不本意極まりないとゆーのに。
「このまま殺しちまうには、ちょいとばかり勿体ねー気もするなあ」
ギトギトに禿げ上がった頭の野党その一は、いやらしい笑みを浮かべる。
「おい、コイツには身体で払ってもらおうぜ!」
野党その一の意見に、そのニが賛同する。
まて―――!!じょーだんじゃね――――!!
俺にそんな趣味はねえ――!!
結んでた印を完成させ、一気に奴らのど真ん中に放つ!
「ぎゃああああ!」
悲鳴が、辺りにこだまする。
―が、今の一撃だけでは到底倒しきれていない!
となれば、この煙に紛れて逃げるのみ。
「あ、待ちやがれ!」
と言われて待つ馬鹿が居たら、見てみたいモンである。
力の限り俺は疾走する。
が、大男たちの足は以外に速く、俺はあっと言う間に囲まれてしまう。
「どちくしょー!」
逃げ場が無くなった俺は、考えもなしに手近にあった一本の木によじ登る。
「バカめ、逃げ道がないぜ」
あざけ笑いながら、後ろをついて登ってくる野党その一。
心許ない枝を伝っててっぺんまで辿り着き、何とか残った力で空中浮遊の印を結び始める。
しかし。
俺が思ったよりも枝が弱かったのか、はたまた俺が重かったのか。
足場にしていた枝が、ぽっくりと折れた。
「うそ――!!」
泣き叫びつつ、地面にまっ逆さま。
・・・・・あー、俺ここで死ぬんだ・・・・さよならかーちゃん・・・
ありがと・・産んでくれて・・とうちゃーん・・・
錯乱したまま、よく分からないこの世の最後を親に告げ、
眼前まで迫った地面に、諦めて目を閉じる。
もーすぐガツンってゆーしょーげきが・・
しょーげきが・・・・
ふわり。
しょーげきが。
しない。
何か、やわっこいものの包まれてる気分。
あー、そうか。一気に死ぬと、痛みすらないんだなあ・・・。
とか思って俺はそっと目を開く。
きっとそこには、お花畑が・・・
お花畑が、無い。
「・・・・・・・・へ?」
俺の視界に飛び込んできたのは、風になびくブロンド。
なにこれ?
状況が理解出来ず、しぱしぱと瞬きを繰り返す。
ようやっと、俺は事態を把握する。
風にたなびくブロンドの長髪。
恐らく、にっこりと微笑んでやれば、世の女はコロリと落ちそうな程の端整な顔立ち。
そして、ターコイズブルーの双眼。
落下してくる俺を、衝撃の少なくなるように空中で受け止め、優しく着地してくれた彼。
そのブロンドの男は、俺に小さく一つ微笑むと、そっと俺を地面に降ろし、
俺と野党の間に立った。
俺は俗に言う「守られているお姫様」状態である。
―――って事は・・・?
この兄ちゃん、助けてくれる気なのかしら・・・?
「・・・止めた方が良いんでない?相手、軽く2ダース以上いるぜ?」
俺は兄ちゃんの背後から呟く。
しかし、その呟きに兄ちゃんは一瞥もくれず。
「こんな女の子一人に、随分と大層なお相手だな」
凛と通る、男にしては少々高めな声で、彼が吠える。
「どこの馬の骨かしらねえが、すっこんでな!」
「なめやがって!俺たちはそのおじょーちゃんに用があるんだ!」
いつも通り、記憶してる単語数の著しく少ない野党が、お決まりの台詞を吐く。
しかし頭は悪いが、コイツら数が数である。
兄ちゃん一人でやり合うつもりならば、並の剣士ならば唯では済まない。
―が、この兄ちゃん、事態が分かっているのか否か。
「―――やーれやれ。口で言っても分からん悪い子にはオシオキだな」
聞き様によっては、どこかキモイ台詞を吐きつつ、すらり、と腰の剣を抜く。
「ちくしょう、やっちまえ!!」
―――かくして。
兄ちゃん対野党共の戦いの火蓋が、切って落とされたのだった。
そして―――
戦いの幕は、実にあっっっさりと引かれた。
ちょいと目をやれば、累々たる野党共の死体・・・・あ、呻いてる。まだ生きてるらしい。
もはや、「強い」としか形容出来ない自分が、実にもどかしいのだが。
この兄ちゃんの動きは、圧倒の一言だった。
野党の一吠えと共に、飛び出してきた四人を横凪ぎに一閃する。
そのまま一足飛びに踏み込んで、五人目。
返す刀で一人、また一人。
そのまま上体を捻らせ、背後に迫った一人を逆袈裟。
受身を取って地面を転がり、その足で下から切り上げる!
――以下略――
・・・と言うか、見えなかったのだ。ここまでしか。
もはや尋常な速さではない。
その間俺は、ただただぽーっと、兄ちゃんの勇姿を眺めていただけだった。
・・・・楽チンである。
意識を戻すと、兄ちゃんは剣を鞘に収め、こちらへ歩いて来ていた。
「大丈夫だった?」
汗の珠一つ浮いちゃいない顔で、優しく俺を見つめる。
・・・・綺麗な色してるなあ・・・
俺は差し伸べられた手を取る事すら忘れ、相手にもかまけず、その透明なターコイズブルーに魅入っていた。
「・・・・・・あの、顔に何かついてたりします?」
訝しげな顔で尋ねる兄ちゃん。
「え、ええ?いや、そのえっと・・・」
いきなり彼の声で現実に引き戻され、しどろもどろになる。
「――大丈夫・・?」
心配げな顔で俺を覗き込み、そっと、頬に手を伸ばす。
え、え??何!?
右のほっぺに、あったかくて柔らかい感触。
「かわいそうに」
兄ちゃんが俺のほっぺたをなでなでしながら、沈痛な面持ちで呟く。
いや、何かちょっと・・・これは・・・
恥ずい!!
もかかかかか、と顔を染めた俺に、兄ちゃんは更に一言。
「怖くて腰が抜けてしまったのかな?取り合えず、ここからは離れてどこか―――」
言いつつ、俺の手を取り、立ち上がらせようと引っ張る。
瞬間。
ぐぎゅるりるりる―――。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
我慢の限界を超えた腹の虫が、盛大に自己主張を始めたのだった。
■BGM PROLOGUE 2■
「―――で、君は何であんなのに襲われてたのかな?」
取り合えず森を出て、街道沿いにある小さな宿。
どこの宿も同じような造りだが、この宿も例に漏れず、一階が食堂。客室は二階より上である。
その食堂の一番奥の席に陣取って、やおら兄ちゃんが口を開く。
・・・ウサギなんぞを追っかけてた奴が、何で飯代払えるんだ?と思うかも知れんが。
そこはそれ、飯も宿も兄ちゃんのオゴリ、と言うことで話はついてるのだ。
「えーっと・・・」
正直に襲われてた理由を言えばいいのかも知れんが、
『ウサギと間違えて野党に剣当てちゃったら、怒っちゃったんですよ♪えへ♪』
とかほざいた日には、無償で助けてくれた挙句、飯まで奢ってくれた兄ちゃん、怒り出すかも知れないし・・・。
「・・・ほら、俺の身体が目当てだったんじゃない?」
何が悲しゅうてこんな発言せにゃいかんのか分からんが、事実、奴らが「身体で払え!」とかゆーやり取りしてたのは事実だし。
いらん真実告げない為にも、俺は一人、涙を飲む。
「君、俺って言葉遣いは・・・・まあいいけど。
でも、やっぱりそうなのかー・・・・良かったね、間に合って」
運ばれてきたアイスティーをすすりつつ、安心した様に言う。
「間に合う・・・・って、何が?」
腹の虫が大合唱している俺は、運ばれてきた料理をいそいそと口に運ぶ。
うん、味はなかなか悪くないようである。
「何って、貞操が」
ぴき。
何の事はなしに言う兄ちゃん。一瞬俺が凍りついたのは内緒。
・・・しっかし、綺麗な顔してるとは言え、やっぱし男なんだなあ・・・
発言が全くオブラートに包まれていない所を見ると。
「で、君名前は?」
いきなり兄ちゃんが口を開く。
そう言えば、まだお互い名乗ってもいなかった事を思い出す。
「ルカ・ウェザードだ」
「カイ・ドゥルーガ。宜しく」
言って軽く微笑み、手を伸ばして俺の口の横についたらしい、食べこぼしのトマトソースを指ですくう。
「可愛らしい名前なんだね」
言ってカイは、その指をぺろっと舐めた。
「ぎゃ――――っ!!」
「ど・・どしたの、ルカ」
俺のいきなりな叫び声に、椅子から転げ落ちそうになるカイ。
「お前!んなエロっちー事すんなよな!」
「エロっちい、って何が?」
「こーしただろほっぺ触ってぺろって!」
きょとんとするカイに、ジェスチャーを交えながら叫ぶ。
コイツにやられてもちっとも嬉しくね――!!
「あー、ルカは可愛いなあって思ったら。ついね、つい」
言って再びにっこりと微笑む。
「だ――!その女オトす為の様な微笑みもやめろ――!!」
「あら失礼な。ルカの様なオコチャマには手は出しませんよ」
「俺はオコチャマじゃねえ!」
「食べこぼしが子供のし・る・し」
「うが―――!お前もう里へ帰れ―――!!」
―――どうにもこうにも賑やかな夕食は、
結局、俺の惨敗で終わったのだった・・・・。
一日空けて翌日。
俺は何故か、
何故か。
カイと並んで街道を歩いていた。
・・・・・・・あ・・・・・頭イタ・・・・
好ましくない状況に、一人、現実逃避を試みる。
あの後。
優雅な(?)夕食を終え、食後のミルクティーで俺が落ち着きを取り戻した頃。
カイはいきなり俺を家まで送る、とかぬかしやがったのだ。
無論。
一瞬で断った。
間髪入れず断った。
怒鳴りつつ断った。
逆ギレして断った。
――――――負けた・・・・・。
カイは、あんな危険な目に逢った俺を野放しにはしておけない、とか何とか理屈をこねていたが。
正直、心の底から遠慮したいもんである。
こちとら、行く先決めずにふらふら修行の旅と称しての一人旅である。
家に帰る気など、さらさら無い。
と、しこたま説得して、まあ、家まで送り届けるってのはなくなったんだが。
「どうした?ルカ。えらく浮かない顔してるけど?」
こっちの内心をよそに、まあ、えらく軽快な足取りしちゃって。
結局、又襲われでもしたらコトだってんで、せめて次の街に着くまでとゆー、まあ期間限定の二人旅ではあるのだが・・・・。
「・・・・・・・・・何でもない・・・カイは元気そうでいいねえ・・・・」
俺の皮肉をものともせず、ゆっくりと街道を行く彼。
昨日の無償での人助けや、宿代まで出してくれた人の良さ。
歩調が、恐らく俺に合わせてくれているんだろう速度な所を見ると、下心あっての二人旅、と言う訳ではなさそうなのだが。
何が悲しゅーて、十七にもなって護衛付けて歩かにゃいかんのだろう・・・。
みんな世間が悪いんだ・・・・(涙)
「隣のスフィルス王国まで、約二週間か。短い間だけど宜しくね、ルカ」
「――――――――――――よろしく」
にっこり微笑みをたたえるカイと、対照的な俺。
そんな二人を、お日様がぽかぽか照らすのだった。
―――ちっとも短くなんかないやい。
「あ、そう言えばカイっていくつなんだ?俺と大して変わらなそーだけど」
落ち込んでても仕方ないので、世間話を始める俺。
見たところ、せいぜい行ってても二十歳そこそこって所だろう。とか思いつつ。
「はっはっは、ルカ、レディに年を聞くのは失礼ってもんだよ」
「誰がレディだコラ」
「私」
「死ね。いっぺんで良いから」
こいつ、俺をからかって楽しんでるらしい。
何とゆー悪趣味なコトか。
「そーゆールカこそ、何歳?」
「十七」
「え゛」
あっさりさっぱり端的に答えた俺の言葉に、カイはしばし絶句する。
「・・・・何だよ・・・何か問題あるのか?」
「う――わ―――やっば――・・・」
問う俺を無視して、あさっての方向を見つめつつぽりぽりと頬を掻く彼。
そしておずおずと口を開き、
「えっと私の年はですね、十六なんですが・・・・」
「え゛」
言われて今度は俺が固まる。
「いやー、どうにもこうにもちっちゃくて可愛いから、てっきり年下だとばっかり」
「いやー、どうにもこうにもでっかくてフケてるから、てっきり年上だとばっかり」
二人の呟きが重なる。
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
「ちょい待ち、カイ。誰がチビだって?」
「ルカこそ、フケてるって誰のコトかなあ?あん?」
額に青スジおっ立てつつ、おでこ同士ぶつけ合いながら睨み合う。
「ちっちゃいのも可愛いのも事実!どーみても年下にしか見えなかったんだから仕方ないっしょ!」
「う――が――!!ちっこいとかかわいーとか言うな――!」
頭抱えて絶叫する俺。
好き好んでちっこい訳じゃないのだ。
「でも可愛いんだし」
「・・・・嬉しくない」
言いつつカイにチョップを繰り出す。
それをするりと避けながら、カイは顔を険しくする。
「ルカ」
真剣な声で呼び止められる。
間髪入れずにカイの腕が俺の腰に回り、ぎゅっ、と力を込める。
「え?え?」
状況が把握できずにうろたえる俺を無視し、カイは耳元でささやく。
「目、閉じて」
俺を抱く腕の力が増し、カイが俺より低く身を屈めて――
ぎゃー!
いきなりですか!?
俺襲われてる!?
じたばたもがく俺に、しかしカイは――
ゴオオッ!!
轟音と共にカイが跳ぶ。
腕に俺を抱えたままで。
「なっ!?」
辺りにはもうもうたる爆炎。
これは・・・火炎球!一体誰が!?
トンっ、と軽い音を立ててカイが着地する。
先程の爆炎が収まってゆく只中に、それは居た。
「―――誰からのご招待かね?」
カイは面白くもなさそうにそれに向かって口を開く。
「これはこれは。なかなかカンが良くていらっしゃる――」
煙の奥から現れたのは、愉快なピエロの様な格好をした一人の男。
―――ヤバイ。
俺は気付いていた。
辺りから、小鳥のさえずりも、風が木々を揺らす音すらも、消え失せていた事を――。
「カイ・ドゥルーガ様に、ご伝言がございまして」
そのピエロは、事もあろうにぷっかりと宙に浮いたまま、慇懃に礼をする。
「伝言?」
いぶかしげな声で問うカイ。手には既に剣を抜いている。
「アヤマチニハ シヲ ジヒハコントンノフチ スグカエレ イトシキ ウツシゴヨ
――以上でございます」
ピエロは淡々と言葉を紡ぐと、にやり、と微笑む。
奴の言葉に、カイの肩を少し、揺れた気がした。
「・・・・そう。で、その伝言を私が無視したら?」
カイが俺を自らの後ろにかばいながら。
「その場合も言付けられておりましたな」
ピエロは白々しく「そう言えば」と言って続ける。
「シタガワヌバアイ ソノクビモッテ キカンセヨ、と」
にいっ、と大きく笑みを形どる黒い唇。
俺は小さな声でカイに呟く。
「――強いぞ、アレ。見た目は愉快だけど」
「分かってる。ここ一帯が奴の結界の中みたいだしね」
どうやら、カイも気付いていたらしい。
だからと言って、事態が好転する要素は一つもないのだが。
「あれ、魔族じゃん?どーするよ?」
「決まってるでしょ。私はルカを送り届けにゃいかんのだから」
「頼んでないって」
「とにかく!」
言って、カイが疾る。
ピエロに向かって。
――勝てるのか・・?俺たちで?
俺は、急ぎ印を結びつつ、既に小さくなったカイの背中を見つめる。
顎を、雫が濡らして行くのを、嫌と言うほど鮮明に感じていた――。
「―――で、君は何であんなのに襲われてたのかな?」
取り合えず森を出て、街道沿いにある小さな宿。
どこの宿も同じような造りだが、この宿も例に漏れず、一階が食堂。客室は二階より上である。
その食堂の一番奥の席に陣取って、やおら兄ちゃんが口を開く。
・・・ウサギなんぞを追っかけてた奴が、何で飯代払えるんだ?と思うかも知れんが。
そこはそれ、飯も宿も兄ちゃんのオゴリ、と言うことで話はついてるのだ。
「えーっと・・・」
正直に襲われてた理由を言えばいいのかも知れんが、
『ウサギと間違えて野党に剣当てちゃったら、怒っちゃったんですよ♪えへ♪』
とかほざいた日には、無償で助けてくれた挙句、飯まで奢ってくれた兄ちゃん、怒り出すかも知れないし・・・。
「・・・ほら、俺の身体が目当てだったんじゃない?」
何が悲しゅうてこんな発言せにゃいかんのか分からんが、事実、奴らが「身体で払え!」とかゆーやり取りしてたのは事実だし。
いらん真実告げない為にも、俺は一人、涙を飲む。
「君、俺って言葉遣いは・・・・まあいいけど。
でも、やっぱりそうなのかー・・・・良かったね、間に合って」
運ばれてきたアイスティーをすすりつつ、安心した様に言う。
「間に合う・・・・って、何が?」
腹の虫が大合唱している俺は、運ばれてきた料理をいそいそと口に運ぶ。
うん、味はなかなか悪くないようである。
「何って、貞操が」
ぴき。
何の事はなしに言う兄ちゃん。一瞬俺が凍りついたのは内緒。
・・・しっかし、綺麗な顔してるとは言え、やっぱし男なんだなあ・・・
発言が全くオブラートに包まれていない所を見ると。
「で、君名前は?」
いきなり兄ちゃんが口を開く。
そう言えば、まだお互い名乗ってもいなかった事を思い出す。
「ルカ・ウェザードだ」
「カイ・ドゥルーガ。宜しく」
言って軽く微笑み、手を伸ばして俺の口の横についたらしい、食べこぼしのトマトソースを指ですくう。
「可愛らしい名前なんだね」
言ってカイは、その指をぺろっと舐めた。
「ぎゃ――――っ!!」
「ど・・どしたの、ルカ」
俺のいきなりな叫び声に、椅子から転げ落ちそうになるカイ。
「お前!んなエロっちー事すんなよな!」
「エロっちい、って何が?」
「こーしただろほっぺ触ってぺろって!」
きょとんとするカイに、ジェスチャーを交えながら叫ぶ。
コイツにやられてもちっとも嬉しくね――!!
「あー、ルカは可愛いなあって思ったら。ついね、つい」
言って再びにっこりと微笑む。
「だ――!その女オトす為の様な微笑みもやめろ――!!」
「あら失礼な。ルカの様なオコチャマには手は出しませんよ」
「俺はオコチャマじゃねえ!」
「食べこぼしが子供のし・る・し」
「うが―――!お前もう里へ帰れ―――!!」
―――どうにもこうにも賑やかな夕食は、
結局、俺の惨敗で終わったのだった・・・・。
一日空けて翌日。
俺は何故か、
何故か。
カイと並んで街道を歩いていた。
・・・・・・・あ・・・・・頭イタ・・・・
好ましくない状況に、一人、現実逃避を試みる。
あの後。
優雅な(?)夕食を終え、食後のミルクティーで俺が落ち着きを取り戻した頃。
カイはいきなり俺を家まで送る、とかぬかしやがったのだ。
無論。
一瞬で断った。
間髪入れず断った。
怒鳴りつつ断った。
逆ギレして断った。
――――――負けた・・・・・。
カイは、あんな危険な目に逢った俺を野放しにはしておけない、とか何とか理屈をこねていたが。
正直、心の底から遠慮したいもんである。
こちとら、行く先決めずにふらふら修行の旅と称しての一人旅である。
家に帰る気など、さらさら無い。
と、しこたま説得して、まあ、家まで送り届けるってのはなくなったんだが。
「どうした?ルカ。えらく浮かない顔してるけど?」
こっちの内心をよそに、まあ、えらく軽快な足取りしちゃって。
結局、又襲われでもしたらコトだってんで、せめて次の街に着くまでとゆー、まあ期間限定の二人旅ではあるのだが・・・・。
「・・・・・・・・・何でもない・・・カイは元気そうでいいねえ・・・・」
俺の皮肉をものともせず、ゆっくりと街道を行く彼。
昨日の無償での人助けや、宿代まで出してくれた人の良さ。
歩調が、恐らく俺に合わせてくれているんだろう速度な所を見ると、下心あっての二人旅、と言う訳ではなさそうなのだが。
何が悲しゅーて、十七にもなって護衛付けて歩かにゃいかんのだろう・・・。
みんな世間が悪いんだ・・・・(涙)
「隣のスフィルス王国まで、約二週間か。短い間だけど宜しくね、ルカ」
「――――――――――――よろしく」
にっこり微笑みをたたえるカイと、対照的な俺。
そんな二人を、お日様がぽかぽか照らすのだった。
―――ちっとも短くなんかないやい。
「あ、そう言えばカイっていくつなんだ?俺と大して変わらなそーだけど」
落ち込んでても仕方ないので、世間話を始める俺。
見たところ、せいぜい行ってても二十歳そこそこって所だろう。とか思いつつ。
「はっはっは、ルカ、レディに年を聞くのは失礼ってもんだよ」
「誰がレディだコラ」
「私」
「死ね。いっぺんで良いから」
こいつ、俺をからかって楽しんでるらしい。
何とゆー悪趣味なコトか。
「そーゆールカこそ、何歳?」
「十七」
「え゛」
あっさりさっぱり端的に答えた俺の言葉に、カイはしばし絶句する。
「・・・・何だよ・・・何か問題あるのか?」
「う――わ―――やっば――・・・」
問う俺を無視して、あさっての方向を見つめつつぽりぽりと頬を掻く彼。
そしておずおずと口を開き、
「えっと私の年はですね、十六なんですが・・・・」
「え゛」
言われて今度は俺が固まる。
「いやー、どうにもこうにもちっちゃくて可愛いから、てっきり年下だとばっかり」
「いやー、どうにもこうにもでっかくてフケてるから、てっきり年上だとばっかり」
二人の呟きが重なる。
・・・・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・・・・
「ちょい待ち、カイ。誰がチビだって?」
「ルカこそ、フケてるって誰のコトかなあ?あん?」
額に青スジおっ立てつつ、おでこ同士ぶつけ合いながら睨み合う。
「ちっちゃいのも可愛いのも事実!どーみても年下にしか見えなかったんだから仕方ないっしょ!」
「う――が――!!ちっこいとかかわいーとか言うな――!」
頭抱えて絶叫する俺。
好き好んでちっこい訳じゃないのだ。
「でも可愛いんだし」
「・・・・嬉しくない」
言いつつカイにチョップを繰り出す。
それをするりと避けながら、カイは顔を険しくする。
「ルカ」
真剣な声で呼び止められる。
間髪入れずにカイの腕が俺の腰に回り、ぎゅっ、と力を込める。
「え?え?」
状況が把握できずにうろたえる俺を無視し、カイは耳元でささやく。
「目、閉じて」
俺を抱く腕の力が増し、カイが俺より低く身を屈めて――
ぎゃー!
いきなりですか!?
俺襲われてる!?
じたばたもがく俺に、しかしカイは――
ゴオオッ!!
轟音と共にカイが跳ぶ。
腕に俺を抱えたままで。
「なっ!?」
辺りにはもうもうたる爆炎。
これは・・・火炎球!一体誰が!?
トンっ、と軽い音を立ててカイが着地する。
先程の爆炎が収まってゆく只中に、それは居た。
「―――誰からのご招待かね?」
カイは面白くもなさそうにそれに向かって口を開く。
「これはこれは。なかなかカンが良くていらっしゃる――」
煙の奥から現れたのは、愉快なピエロの様な格好をした一人の男。
―――ヤバイ。
俺は気付いていた。
辺りから、小鳥のさえずりも、風が木々を揺らす音すらも、消え失せていた事を――。
「カイ・ドゥルーガ様に、ご伝言がございまして」
そのピエロは、事もあろうにぷっかりと宙に浮いたまま、慇懃に礼をする。
「伝言?」
いぶかしげな声で問うカイ。手には既に剣を抜いている。
「アヤマチニハ シヲ ジヒハコントンノフチ スグカエレ イトシキ ウツシゴヨ
――以上でございます」
ピエロは淡々と言葉を紡ぐと、にやり、と微笑む。
奴の言葉に、カイの肩を少し、揺れた気がした。
「・・・・そう。で、その伝言を私が無視したら?」
カイが俺を自らの後ろにかばいながら。
「その場合も言付けられておりましたな」
ピエロは白々しく「そう言えば」と言って続ける。
「シタガワヌバアイ ソノクビモッテ キカンセヨ、と」
にいっ、と大きく笑みを形どる黒い唇。
俺は小さな声でカイに呟く。
「――強いぞ、アレ。見た目は愉快だけど」
「分かってる。ここ一帯が奴の結界の中みたいだしね」
どうやら、カイも気付いていたらしい。
だからと言って、事態が好転する要素は一つもないのだが。
「あれ、魔族じゃん?どーするよ?」
「決まってるでしょ。私はルカを送り届けにゃいかんのだから」
「頼んでないって」
「とにかく!」
言って、カイが疾る。
ピエロに向かって。
――勝てるのか・・?俺たちで?
俺は、急ぎ印を結びつつ、既に小さくなったカイの背中を見つめる。
顎を、雫が濡らして行くのを、嫌と言うほど鮮明に感じていた――。
■BGM PROLOGUE 3■
カイが疾る!
ピエロに向かって。
っイイイイイイイイインッ!
カイの剣が、奴のカギ爪とぶつかり、空気を震わせる。
彼の剣で、ピエロの爪が折れ、地面に突き刺さる。
刹那、踏み込むカイ。
しかし―――
次の瞬間、退いたのは彼の方だった。肩口から、一筋の血を流して。
「甘くみられたものですね」
ピエロが実にこの場にそぐわない、嬉々とした声で言う。
カイに打ち折られた筈のカギ爪は、その折られた痕跡すら残さず綺麗に復活していた。
「・・・・なかなか素敵に反則技だねえ」
恐らく、カギ爪にやられたのだろう。
頬からも一筋の血を流し、カイは間合いを取る。
「でも、何回もそのだまし打ちみたいなのが、効くかな?」
ちゃきっ、と音を立てて、剣を構え直す。
「―ふむ、ではこういうのは如何ですか?」
ピエロがそう言うと、虚空から黒いつぶてが現れ、奴の横にわだかまる。
バジュ!
嫌な音を立てて、カイが今の今まで立っていた地面に、そのつぶてが突き刺さる。
何の事は無しに四散したが、人体にこれを食らったらどうなるかなんて、試してみる気など更々無い。
「黒龍炎!(ブラド・ラグア)」
俺は結んでいた印を解放する。
黒い龍を象った闇、としか呼べない代物が、ピエロに向かって突き進む。
「ちいっ!」
こちらの動きに気付いたか、大きく後ろへ跳び退る。
「邪魔立ては無用でございますよ、お連れの方」
「けっ、黙って見ていられる程、気が長くはないもんでね」
「困りましたね――」
ピエロはそう言うと、低い呻き声の様な呪を風に乗せる。
めきめきめきっ!!
虚空が裂け、そこから現れたのは、数匹の下等魔族(ヴァルジャ・デーモン)。
「お連れ様のお相手は、こちらでございますよ」
にっこりと、またもや場にそぐわない笑みで。
ピエロの腕の一振りを合図に、ヴァルジャ・デーモン達は、一斉に咆哮をあげる。
げ。
「全部俺が相手すんのかよ!?」
抗議の声を上げるも空しく。ヴァルジャ・デーモン達は俺を追う。
ジュボ!!
「ぎゃー!!」
叫びつつ、放たれた炎のをことごとく避ける。
奴らは、頭の出来が少々宜しくないせいか、連携プレーとかそういった事はしてこない。
それは有難いのだが――。
ジュ!
ジュボ!
ボウっ!
・・・・・・・頭悪い分、「数打ちゃ当たる」戦法で来るのだ。
勘弁してくれ、頼むから・・。
面倒だが、一匹ずつ仕留めていく他なさそうである。
―しょーがねーな、いっちょやるか。
気合入れなおして、印を結びつつ走る。
勿論、散発的に繰り出される炎の矢を避ける事も忘れない。
ここで忘れたら丸こげである。
そんなお間抜けな死に方だけは勘弁したいもんである。
「影地縫術!(シャドウ・スナップ)」
俺の叫びと共に、ヴァルジャ・デーモンの影から、一条の鞭が召還され、影の主である本体を縛りつける。
これで取り合えずは身動きは出来ないはずである。
ゴボア!!
・・・・・・・まあ炎の矢は放ちまくってるけど・・・・
冷気の呪文を纏わり着かせた剣で、その矢のことごとくを打ち落としているので、さして問題は無い。
こっちとしては一気にカタをつけたかったりするのだが・・・
・・・後ろにいるカイにも当たっちゃいそうだから、やめとこ・・。
思い直して、各個撃破用に印を結ぶ。
「黒化塵!(ブラド・ガッシュ)」
「璃翔波!(グラド・ウィンド)」
「赤龍炎!(ドラグ・フレア)」
取り合えず、ばしばし印を結び、次々とヴァルジャ・デーモン達に肉薄させて行く。
・・・詳しい描写は、まあお食事中の人に怒られそうなんで割愛するけど・・・。
「―ちいっ!」
ピエロが、自らの不利を悟ったのか、先程の黒いつぶてをこちらへ投げる。
びぢばぢばぢっ!!
その殆どを避け、地面に落ちてゆく。
ばぢゅ!
避け切れなかった一個が俺のわき腹を薙いだ。
「うげ!」
目をやってみると、炭化した様にズタボロになった上着。
・・・・そっか、こうなる訳ね。
洋服掠めただけで良かった・・・
「黒化塵!(ブラド・ガッシュ)」
結び終わった印を開放し、ヴァルジャ・デーモンの最後の一匹が事切れたのは、この時だった。
っぎ!ぎぃんっ!!
カイの振るう剣と、ピエロの爪とが、空気を軋ませる様な音を立てる。
爪が折れ飛び、その度にすぐ再生する。
折れた刹那、踏み込んだとて、再生した爪の餌食になるのがオチである。
「どうなされました?カイ様?」
クスクスと笑みを漏らしつつ、ピエロが言う。
カイの身体の至る所には、折れ飛んだ爪で付いたのであろう無数の小さな傷。
―――まずいなあ。
致命傷には程遠い。放っておけば治るレベルの傷である。
しかし、痛みは集中力を奪う。
彼が一瞬のミスを犯せば、それはすぐに死に直結するだろう。
――どうしよっかなあ。
何もただぼーっと二人のやり取りを眺めていた訳ではないのだ。
俺も、カイの援護をしようとさっきから隙を狙っているのではあるが・・・
――早すぎるよ、お前ら・・・
いかんせん、目で追うのがやっとなのだ。
こんな状態で術ぶっ放して、間違ってカイに当てちゃったりしようもんなら。
『あ、ごめーん♪間違っちゃった♪』
では済む問題ではない。
うーむ。
そこでふと、俺はある疑問に思い当たった。
・・・そーいや、何でこんな結界なんか張ったんだ・・・?
別にこんな広い街道で、結界張らにゃ戦うスペースが無いって訳でもないのに。
もしくは――
俺達以外の人間に、見られると困るとか?
何でかは知らないけど。
「―よしっ」
無駄かも知れないが、やってみる価値はありそうである。
上手くいったら儲けモンだしな。
ちゅどーん!
どかーん!
じゅぼ!
俺が放った攻撃呪文が、そこかしこに肉薄する。
結界の楔となるものが何か分からない以上、手当たり次第である。
万が一にでも、これで楔が壊れてくれれば、結界も解かれる。
「なっ、貴様、何を!?」
いきなりトチ狂った様に呪文をあらぬ方向へ連打する俺に、ピエロが焦った様に叫ぶ。
しかし、俺はあっさりと無視をかまし、
「カイ!もうちょいそいつの相手してろ!上手く行けばこっから出られるかも知れねーぞ!!」
「くっ、貴様!」
俺の声に、焦りの色を大きくする。
やはり、何故かは分からないが、結界を解かれてはマズイらしい。
「カイ、今まで通り切り付けまくっててー」
「・・・了解」
俺の言葉に、一瞬間を置いたがにやり、と笑って答える彼。
よしよし、頑張ってくれたまへ。
俺は尚も呪文を至る所にたたっ込む!!
ちゅどーん!!
がびしょーん!!
辺りにはもうもうたる爆炎が充満する。
奴もカイも、もはやシルエットの様にしか確認する事は出来ない。
――よし。
俺は印を結び、両手を地面にたんっ、と着け、術を発動させる。
「いい加減にしろ!小娘!」
ピエロは叫び、俺目掛けてつぶてを放つ。
狙いは正確!!
しかし――
ばぢゅばぢゅばぢゅ!
当てが外れ、つぶては地面に吸収される。
「何!?この距離で外す等――」
俺は刹那、奴の背に向かって術を開放する。
ピエロが驚愕の声を上げる暇こそすら無く。
バシュ!
俺の放った術で、奴の腹には大きな風穴が開いていた。
「い・・・何時の間に・・?」
憎悪の眼差しを向け、こちらへと振り返るピエロ。
刹那、
ざんっ!
気合一閃。
カイの剣が、ピエロの肢体を真っ二つに断ち割っていた。
ぱしゅあっ。
果物か何かを床に叩きつけたような、妙にみずみずしい音と共に、ピエロの身体は虚空へと散った。
んっふっふ。
どうやら上手く行った様である。
あの時、俺は放った術の煙に紛れて、奴の背後まで高速飛行の術で回りこんだのだ。
奴が俺だと思っていたのは、煙の中で召還した土人形―ゴーレム―だったのだ。
それに気付かず、ゴーレムにつぶてを放ち、背後から来た俺にやられた、とゆー訳である。
・・・考えてみると、なかなか間抜けな話ではあるが。
「・・・終わった・・かな?」
肩で荒い呼吸を繰り返すカイが、しばらくして口を開く。
辺りに目をやると、先程と同じ、お日様ぽかぽかの街道に、俺達二人は佇んでいた。
カイが疾る!
ピエロに向かって。
っイイイイイイイイインッ!
カイの剣が、奴のカギ爪とぶつかり、空気を震わせる。
彼の剣で、ピエロの爪が折れ、地面に突き刺さる。
刹那、踏み込むカイ。
しかし―――
次の瞬間、退いたのは彼の方だった。肩口から、一筋の血を流して。
「甘くみられたものですね」
ピエロが実にこの場にそぐわない、嬉々とした声で言う。
カイに打ち折られた筈のカギ爪は、その折られた痕跡すら残さず綺麗に復活していた。
「・・・・なかなか素敵に反則技だねえ」
恐らく、カギ爪にやられたのだろう。
頬からも一筋の血を流し、カイは間合いを取る。
「でも、何回もそのだまし打ちみたいなのが、効くかな?」
ちゃきっ、と音を立てて、剣を構え直す。
「―ふむ、ではこういうのは如何ですか?」
ピエロがそう言うと、虚空から黒いつぶてが現れ、奴の横にわだかまる。
バジュ!
嫌な音を立てて、カイが今の今まで立っていた地面に、そのつぶてが突き刺さる。
何の事は無しに四散したが、人体にこれを食らったらどうなるかなんて、試してみる気など更々無い。
「黒龍炎!(ブラド・ラグア)」
俺は結んでいた印を解放する。
黒い龍を象った闇、としか呼べない代物が、ピエロに向かって突き進む。
「ちいっ!」
こちらの動きに気付いたか、大きく後ろへ跳び退る。
「邪魔立ては無用でございますよ、お連れの方」
「けっ、黙って見ていられる程、気が長くはないもんでね」
「困りましたね――」
ピエロはそう言うと、低い呻き声の様な呪を風に乗せる。
めきめきめきっ!!
虚空が裂け、そこから現れたのは、数匹の下等魔族(ヴァルジャ・デーモン)。
「お連れ様のお相手は、こちらでございますよ」
にっこりと、またもや場にそぐわない笑みで。
ピエロの腕の一振りを合図に、ヴァルジャ・デーモン達は、一斉に咆哮をあげる。
げ。
「全部俺が相手すんのかよ!?」
抗議の声を上げるも空しく。ヴァルジャ・デーモン達は俺を追う。
ジュボ!!
「ぎゃー!!」
叫びつつ、放たれた炎のをことごとく避ける。
奴らは、頭の出来が少々宜しくないせいか、連携プレーとかそういった事はしてこない。
それは有難いのだが――。
ジュ!
ジュボ!
ボウっ!
・・・・・・・頭悪い分、「数打ちゃ当たる」戦法で来るのだ。
勘弁してくれ、頼むから・・。
面倒だが、一匹ずつ仕留めていく他なさそうである。
―しょーがねーな、いっちょやるか。
気合入れなおして、印を結びつつ走る。
勿論、散発的に繰り出される炎の矢を避ける事も忘れない。
ここで忘れたら丸こげである。
そんなお間抜けな死に方だけは勘弁したいもんである。
「影地縫術!(シャドウ・スナップ)」
俺の叫びと共に、ヴァルジャ・デーモンの影から、一条の鞭が召還され、影の主である本体を縛りつける。
これで取り合えずは身動きは出来ないはずである。
ゴボア!!
・・・・・・・まあ炎の矢は放ちまくってるけど・・・・
冷気の呪文を纏わり着かせた剣で、その矢のことごとくを打ち落としているので、さして問題は無い。
こっちとしては一気にカタをつけたかったりするのだが・・・
・・・後ろにいるカイにも当たっちゃいそうだから、やめとこ・・。
思い直して、各個撃破用に印を結ぶ。
「黒化塵!(ブラド・ガッシュ)」
「璃翔波!(グラド・ウィンド)」
「赤龍炎!(ドラグ・フレア)」
取り合えず、ばしばし印を結び、次々とヴァルジャ・デーモン達に肉薄させて行く。
・・・詳しい描写は、まあお食事中の人に怒られそうなんで割愛するけど・・・。
「―ちいっ!」
ピエロが、自らの不利を悟ったのか、先程の黒いつぶてをこちらへ投げる。
びぢばぢばぢっ!!
その殆どを避け、地面に落ちてゆく。
ばぢゅ!
避け切れなかった一個が俺のわき腹を薙いだ。
「うげ!」
目をやってみると、炭化した様にズタボロになった上着。
・・・・そっか、こうなる訳ね。
洋服掠めただけで良かった・・・
「黒化塵!(ブラド・ガッシュ)」
結び終わった印を開放し、ヴァルジャ・デーモンの最後の一匹が事切れたのは、この時だった。
っぎ!ぎぃんっ!!
カイの振るう剣と、ピエロの爪とが、空気を軋ませる様な音を立てる。
爪が折れ飛び、その度にすぐ再生する。
折れた刹那、踏み込んだとて、再生した爪の餌食になるのがオチである。
「どうなされました?カイ様?」
クスクスと笑みを漏らしつつ、ピエロが言う。
カイの身体の至る所には、折れ飛んだ爪で付いたのであろう無数の小さな傷。
―――まずいなあ。
致命傷には程遠い。放っておけば治るレベルの傷である。
しかし、痛みは集中力を奪う。
彼が一瞬のミスを犯せば、それはすぐに死に直結するだろう。
――どうしよっかなあ。
何もただぼーっと二人のやり取りを眺めていた訳ではないのだ。
俺も、カイの援護をしようとさっきから隙を狙っているのではあるが・・・
――早すぎるよ、お前ら・・・
いかんせん、目で追うのがやっとなのだ。
こんな状態で術ぶっ放して、間違ってカイに当てちゃったりしようもんなら。
『あ、ごめーん♪間違っちゃった♪』
では済む問題ではない。
うーむ。
そこでふと、俺はある疑問に思い当たった。
・・・そーいや、何でこんな結界なんか張ったんだ・・・?
別にこんな広い街道で、結界張らにゃ戦うスペースが無いって訳でもないのに。
もしくは――
俺達以外の人間に、見られると困るとか?
何でかは知らないけど。
「―よしっ」
無駄かも知れないが、やってみる価値はありそうである。
上手くいったら儲けモンだしな。
ちゅどーん!
どかーん!
じゅぼ!
俺が放った攻撃呪文が、そこかしこに肉薄する。
結界の楔となるものが何か分からない以上、手当たり次第である。
万が一にでも、これで楔が壊れてくれれば、結界も解かれる。
「なっ、貴様、何を!?」
いきなりトチ狂った様に呪文をあらぬ方向へ連打する俺に、ピエロが焦った様に叫ぶ。
しかし、俺はあっさりと無視をかまし、
「カイ!もうちょいそいつの相手してろ!上手く行けばこっから出られるかも知れねーぞ!!」
「くっ、貴様!」
俺の声に、焦りの色を大きくする。
やはり、何故かは分からないが、結界を解かれてはマズイらしい。
「カイ、今まで通り切り付けまくっててー」
「・・・了解」
俺の言葉に、一瞬間を置いたがにやり、と笑って答える彼。
よしよし、頑張ってくれたまへ。
俺は尚も呪文を至る所にたたっ込む!!
ちゅどーん!!
がびしょーん!!
辺りにはもうもうたる爆炎が充満する。
奴もカイも、もはやシルエットの様にしか確認する事は出来ない。
――よし。
俺は印を結び、両手を地面にたんっ、と着け、術を発動させる。
「いい加減にしろ!小娘!」
ピエロは叫び、俺目掛けてつぶてを放つ。
狙いは正確!!
しかし――
ばぢゅばぢゅばぢゅ!
当てが外れ、つぶては地面に吸収される。
「何!?この距離で外す等――」
俺は刹那、奴の背に向かって術を開放する。
ピエロが驚愕の声を上げる暇こそすら無く。
バシュ!
俺の放った術で、奴の腹には大きな風穴が開いていた。
「い・・・何時の間に・・?」
憎悪の眼差しを向け、こちらへと振り返るピエロ。
刹那、
ざんっ!
気合一閃。
カイの剣が、ピエロの肢体を真っ二つに断ち割っていた。
ぱしゅあっ。
果物か何かを床に叩きつけたような、妙にみずみずしい音と共に、ピエロの身体は虚空へと散った。
んっふっふ。
どうやら上手く行った様である。
あの時、俺は放った術の煙に紛れて、奴の背後まで高速飛行の術で回りこんだのだ。
奴が俺だと思っていたのは、煙の中で召還した土人形―ゴーレム―だったのだ。
それに気付かず、ゴーレムにつぶてを放ち、背後から来た俺にやられた、とゆー訳である。
・・・考えてみると、なかなか間抜けな話ではあるが。
「・・・終わった・・かな?」
肩で荒い呼吸を繰り返すカイが、しばらくして口を開く。
辺りに目をやると、先程と同じ、お日様ぽかぽかの街道に、俺達二人は佇んでいた。
■BGM PROLOGUE 4■
「ルカって、結構強いんだ。守る必要なかったみたいだね」
苦笑しながら言うカイ。
街道からちょっと外れた草原。とゆーか原っぱ。
こんな晴れた日には、ひなたぼっこが最適である。
現に、何人かはここでぶらぶらしている。
「だーかーら、最初から護衛なんかいらないって言ってただろうが」
思わず声を大にして言う。
「でも、あの時なんで野党なんかにやられそうになってたの?」
「え゛、いやその、えっと・・・」
「何よ?」
「・・・・・・・・・・・・・・腹が・・・減ってて・・・・・・・えへ♪」
「・・・・・・・・・」
冷たい一陣の風が、俺達の間を通り抜ける。
「おつかれ」
「あああ!だから!世の中詮索しない方が良いことってあるよな!!」
明らかに眉間をぴくぴくさせてるカイに、半泣きになりながら縋りつく。
「まあいいけどね。でも、私としてはかなりショックなんだよなあ」
「何が?俺が内緒にしてたのがそんなに気に障ったのか!?」
まさか、飯代返せ、とか言わねーよな?
とか不安がよぎるが、あえて考えない事にした。
「いや、さっきのピエロよ」
「――ああ、あれか」
沈んだ様な口調で言うカイ。
そう言えば―
「なあ、アイツが言ってた『過ちには死を』とか何とかって、何なんだ?」
俺の問いに、しかしカイは少し哀しそうな顔をして、
「―――さあ、何だろうね」
そう呟くと、すっと腰を降ろしてしまった。
何とは無しに、それ以上聞いちゃいけない気がして、俺は言葉を続けられなかった。
「それにしても、こーんなめんこいお嬢ちゃんに助けられるとはね・・・あーあ」
座り込んでふてくされたように言い放つカイ。
しかし――――
「ちょいまち、カイ。誰がめんこいお嬢さんだって?」
こめかみの辺りを痙攣させつつ言う俺。
「あ、そっか。可愛いって言われるの嫌なんだよね?ゴメン」
「そーでなくて!」
「じゃ、何?」
明らかに、『何なんだコイツ』とゆー顔で俺を見る。
「だ・か・ら!誰がお嬢ちゃんだ?誰が!!」
渾身の力を込めて怒鳴る俺に、カイはあっさりさっぱりきっぱりと、
「何言ってんの?あんたよ、あ・ん・た♪」
にっっこし笑って俺を指差す。
―ぷち。
「だああああ!!俺は女じゃねええー!!」
「あっはっは。その冗談面白くないよ。ルカ」
平然とした口調で返される。
―ムカムカムカ。
「信じろ!ってゆーか嘘ついたって仕方ないだろ!?」
額に血管浮き上がらせつつ叫ぶ。
「んもー、だからつまんないってば。そーゆーギャグは」
カイは『はいはいはいはい』と言って手をぱたぱたさせる。
もはや俺の顔なんざ見ちゃいない。
ちくしょー!
「カイ、手貸せ!」
「え゛、何すんの?」
半泣きになりながら、カイの腕をやおらがしいっ、と鷲掴みにし、そのまま一気に引き寄せて、
ぺた。
「――え・・?」
カイの目が点になっている。
「な・・・なんで?」
「何でもクソもねーだろ。いいか?俺は男なの」
言いつつ恨めしげにカイを見上げる。(どーせ俺の方が小さいですよ)
俺はカイの手を放す。しかし、凍りついたように彼の手は動かなかった。
・・・・俺の胸の上から。
「・・・・・・・・・うそだあ」
「嘘じゃねーよ。お前今俺の胸触ってるだろが」
触られっぱなしで、多少気恥ずかしいが。
これ以外に納得してもらう手立てを思いつかなかったのだから、致し方ない。
カイは手を放す所か、わさわさわさわさっ、と俺の身体を触りまくる。
そして、しばらくして気が済んだのか、オズオズと俺を見つめ、
「・・・・男装?」
「男」
「・・・・オカマ?」
「だから男だってば」
「手術失敗したとか?」
「何のだよ!?」
「まだ発展途上とか・・」
「男だって言ってんだろ!?いい加減にしろよ!」
さすがに俺もブチ切れ、がなり倒す。
「ひどい・・・」
「え?」
「ルカひどーい!!」
いきなり叫びだしたカイを、唖然と見つめる俺。
「私の夢はどうなるのー!?」
「はあ?夢?」
「ルカと一緒にお風呂入ったり、同じベッドで仲良く寝たりしたかったのにー!」
待て。問題あるだろ、それは。
さめざめと泣くカイを、半ば呆れ顔で眺めつつも、俺はやらにゃいかん事を思い出す。
「カイ、打ちひしがれるのは後にして、とっとと服脱げ」
「・・・・・・は?」
ぽかんとするカイの腕を引っ掴んで、服を剥ぎ取ろうとする。
「ぎゃ!何すんの?ヘンタイ!」
「アホ!傷の手当てしてやるって言ってるんだよ!」
じたばたともがくカイを一喝する。
しかし、カイはさあっ、と顔を赤らめて、大人しくなる所か、激しく逃げようと暴れる。
「バカ!遊んでるんじゃねーんだ!いいからとっとと脱げ!お前なんか襲わねーよ!」
額に怒りマーク浮かべつつ、カイを怒鳴る。
しかし、当のカイは、あまつさえ涙なんぞ浮かべていやいやをする。
「む・・・・無理!ルカが男だってゆー時点で、そんなの無理!」
「ばーか、何そんなに嫌がってんだ?同じ男同士じゃねえか」
「ほら!今の台詞!絶対ルカじゃ無理だって!聞いて!お願い!」
「いいから大人しくしてろって!」
言って、カイの腕を掴もうと手を伸ばす。しかし、身体をひねられ、避けられる。
負けてなるかと手を伸ばし―
むにゅ。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
「え゛???」
何今の・・・・・
さあっ、と、血の気が引いていくのが自分でも分かる。
逆に、カイは顔に血液が集中したように真っ赤になってる。
「ま・・・まさか・・お前・・・」
くらくらする頭を抱えて、掠れた声を搾り出す。
俺の右手の下には、俺より高い位置のカイの胸板。
じゃなくて・・・・
胸板じゃなくて・・・・
だらだらと汗が顎を伝う。
「お前・・・女・・・?」
絶望的な顔で問う俺に、涙浮かべて頷くカイ。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
「ぎゃ―――――!!!」
俺は絶叫する。
「うわーん、ルカのスケベー!!」
涙ぼろぼろ零しながら、バカバカ殴ってくるカイ。
「し・・仕方ないだろ、知らなかったんだから!」
「だからやだって言ったのに~!!」
「と・・とにかく!!」
俺はどかっ、と地面に座り込む。
顔が真っ赤なのは隠しようも無いので仕方ない。
目線をカイから逸らせつつ、正座して彼、もとい彼女に告げる。
「・・・悪かった。でも、手当てはさせてくれ。じゃないと気が収まらん」
「・・・・」
ぐずっ、と鼻を鳴らして、カイもしゃがみ込む。
「・・・・・・・・・おうよ」
そう言って、背中を向けて地べたにちょこん、と座った。
「―おっし、これでいいだろ」
カイの治療を終えて、一つ大きく伸びをする俺。
「痛いトコ、ないだろ?」
俺の問いに、体中わきわき動かして確認するカイ。
「ん、平気。ありがと」
未だ恥ずかしいのか、許してもらえないのか、こっちを向いてはくれず、背中との会話だが。
「ルカ」
「ん?」
いきなりがばっ、とこちらを振り向いたかと思うと、いきなり、
むに。
カイはしかめっ面のまま、俺の頬をつねる。
―ほお?
ぶに。
奥義。
やられたらやりかえす。
俺も同様にしてカイの頬をつねる。
しばしの沈黙。
どちらとも無く、ふ、と息を付く。
まあ・・・今回は俺が折れてやる!
後ろめたい気持ちも・・・・・無いこともないし・・・
にっ、と意地悪く笑って。
開いてる方の腕で、カイの後ろ頭を引き寄せる。
つねってた方の手も放して、抱き寄せる。
「取り合えず、俺は男。お前は女。な?」
腕の中で、無言でこくこくと頷くブロンドの長髪。
「ま、そーゆー事だ。悪かったな」
何がそーゆー事なのか自分でも分からんが、カイはまたこくこくと頷く。
俺はぱっ、とカイを腕から開放し、立ち上がる。
「んじゃ、行くか」
「行くって、どこに?」
あ、そっか。
「俺は適当に歩くだけ。街道沿いにな」
「行き当たりばったり・・・」
「悪かったな!って、でも俺ら、こうなった以上、連立って旅する理由ないんだよな」
洋服に着いたホコリをぽんぽん叩きつつ言う。
「あ、そっか。そう・・だよね」
言って、一つ息を吐くカイ。
俺は、一瞬戸惑いながらも、カイに手を差し伸べる。
「・・・?」
カイは、訳が分からん、と言った顔で、俺と手を交互にきょときょと見つめる。
・・・・言わせるのかよ、男に。
俺は内心テレと何だかんだとごっちゃになった感情でふてくされつつも、カイから視線を外して小さい声で言う。
「・・・・行くか?一緒に」
これで困った顔されたらどうしよう。
今になって後悔の念が襲ってきた。
――が。
「うん!」
言って、俺の思考回路が理解する前に、カイは手を取った。
「行こう。一緒に」
ああ、そうか。
ここからか。
今日までのにわかコンビじゃなくて。
本当の二人旅は。
「行こう。一緒に」
俺は、カイと同じ台詞を言った。
日も傾きかけている。
そろそろ今日の宿を探さなくちゃならない。
野宿だけはごめんだ。
美味しい飯食って、暖かい風呂入って、ふかふかの布団で。
こいつと、もっと話をしよう。
初めてお互いを知った今日から。
「一緒に」
かみ締めるように言った俺の呟きが聞こえたのか、カイは、眩しく笑った。
「ルカって、結構強いんだ。守る必要なかったみたいだね」
苦笑しながら言うカイ。
街道からちょっと外れた草原。とゆーか原っぱ。
こんな晴れた日には、ひなたぼっこが最適である。
現に、何人かはここでぶらぶらしている。
「だーかーら、最初から護衛なんかいらないって言ってただろうが」
思わず声を大にして言う。
「でも、あの時なんで野党なんかにやられそうになってたの?」
「え゛、いやその、えっと・・・」
「何よ?」
「・・・・・・・・・・・・・・腹が・・・減ってて・・・・・・・えへ♪」
「・・・・・・・・・」
冷たい一陣の風が、俺達の間を通り抜ける。
「おつかれ」
「あああ!だから!世の中詮索しない方が良いことってあるよな!!」
明らかに眉間をぴくぴくさせてるカイに、半泣きになりながら縋りつく。
「まあいいけどね。でも、私としてはかなりショックなんだよなあ」
「何が?俺が内緒にしてたのがそんなに気に障ったのか!?」
まさか、飯代返せ、とか言わねーよな?
とか不安がよぎるが、あえて考えない事にした。
「いや、さっきのピエロよ」
「――ああ、あれか」
沈んだ様な口調で言うカイ。
そう言えば―
「なあ、アイツが言ってた『過ちには死を』とか何とかって、何なんだ?」
俺の問いに、しかしカイは少し哀しそうな顔をして、
「―――さあ、何だろうね」
そう呟くと、すっと腰を降ろしてしまった。
何とは無しに、それ以上聞いちゃいけない気がして、俺は言葉を続けられなかった。
「それにしても、こーんなめんこいお嬢ちゃんに助けられるとはね・・・あーあ」
座り込んでふてくされたように言い放つカイ。
しかし――――
「ちょいまち、カイ。誰がめんこいお嬢さんだって?」
こめかみの辺りを痙攣させつつ言う俺。
「あ、そっか。可愛いって言われるの嫌なんだよね?ゴメン」
「そーでなくて!」
「じゃ、何?」
明らかに、『何なんだコイツ』とゆー顔で俺を見る。
「だ・か・ら!誰がお嬢ちゃんだ?誰が!!」
渾身の力を込めて怒鳴る俺に、カイはあっさりさっぱりきっぱりと、
「何言ってんの?あんたよ、あ・ん・た♪」
にっっこし笑って俺を指差す。
―ぷち。
「だああああ!!俺は女じゃねええー!!」
「あっはっは。その冗談面白くないよ。ルカ」
平然とした口調で返される。
―ムカムカムカ。
「信じろ!ってゆーか嘘ついたって仕方ないだろ!?」
額に血管浮き上がらせつつ叫ぶ。
「んもー、だからつまんないってば。そーゆーギャグは」
カイは『はいはいはいはい』と言って手をぱたぱたさせる。
もはや俺の顔なんざ見ちゃいない。
ちくしょー!
「カイ、手貸せ!」
「え゛、何すんの?」
半泣きになりながら、カイの腕をやおらがしいっ、と鷲掴みにし、そのまま一気に引き寄せて、
ぺた。
「――え・・?」
カイの目が点になっている。
「な・・・なんで?」
「何でもクソもねーだろ。いいか?俺は男なの」
言いつつ恨めしげにカイを見上げる。(どーせ俺の方が小さいですよ)
俺はカイの手を放す。しかし、凍りついたように彼の手は動かなかった。
・・・・俺の胸の上から。
「・・・・・・・・・うそだあ」
「嘘じゃねーよ。お前今俺の胸触ってるだろが」
触られっぱなしで、多少気恥ずかしいが。
これ以外に納得してもらう手立てを思いつかなかったのだから、致し方ない。
カイは手を放す所か、わさわさわさわさっ、と俺の身体を触りまくる。
そして、しばらくして気が済んだのか、オズオズと俺を見つめ、
「・・・・男装?」
「男」
「・・・・オカマ?」
「だから男だってば」
「手術失敗したとか?」
「何のだよ!?」
「まだ発展途上とか・・」
「男だって言ってんだろ!?いい加減にしろよ!」
さすがに俺もブチ切れ、がなり倒す。
「ひどい・・・」
「え?」
「ルカひどーい!!」
いきなり叫びだしたカイを、唖然と見つめる俺。
「私の夢はどうなるのー!?」
「はあ?夢?」
「ルカと一緒にお風呂入ったり、同じベッドで仲良く寝たりしたかったのにー!」
待て。問題あるだろ、それは。
さめざめと泣くカイを、半ば呆れ顔で眺めつつも、俺はやらにゃいかん事を思い出す。
「カイ、打ちひしがれるのは後にして、とっとと服脱げ」
「・・・・・・は?」
ぽかんとするカイの腕を引っ掴んで、服を剥ぎ取ろうとする。
「ぎゃ!何すんの?ヘンタイ!」
「アホ!傷の手当てしてやるって言ってるんだよ!」
じたばたともがくカイを一喝する。
しかし、カイはさあっ、と顔を赤らめて、大人しくなる所か、激しく逃げようと暴れる。
「バカ!遊んでるんじゃねーんだ!いいからとっとと脱げ!お前なんか襲わねーよ!」
額に怒りマーク浮かべつつ、カイを怒鳴る。
しかし、当のカイは、あまつさえ涙なんぞ浮かべていやいやをする。
「む・・・・無理!ルカが男だってゆー時点で、そんなの無理!」
「ばーか、何そんなに嫌がってんだ?同じ男同士じゃねえか」
「ほら!今の台詞!絶対ルカじゃ無理だって!聞いて!お願い!」
「いいから大人しくしてろって!」
言って、カイの腕を掴もうと手を伸ばす。しかし、身体をひねられ、避けられる。
負けてなるかと手を伸ばし―
むにゅ。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
「え゛???」
何今の・・・・・
さあっ、と、血の気が引いていくのが自分でも分かる。
逆に、カイは顔に血液が集中したように真っ赤になってる。
「ま・・・まさか・・お前・・・」
くらくらする頭を抱えて、掠れた声を搾り出す。
俺の右手の下には、俺より高い位置のカイの胸板。
じゃなくて・・・・
胸板じゃなくて・・・・
だらだらと汗が顎を伝う。
「お前・・・女・・・?」
絶望的な顔で問う俺に、涙浮かべて頷くカイ。
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
・・・・・・・・・・
「ぎゃ―――――!!!」
俺は絶叫する。
「うわーん、ルカのスケベー!!」
涙ぼろぼろ零しながら、バカバカ殴ってくるカイ。
「し・・仕方ないだろ、知らなかったんだから!」
「だからやだって言ったのに~!!」
「と・・とにかく!!」
俺はどかっ、と地面に座り込む。
顔が真っ赤なのは隠しようも無いので仕方ない。
目線をカイから逸らせつつ、正座して彼、もとい彼女に告げる。
「・・・悪かった。でも、手当てはさせてくれ。じゃないと気が収まらん」
「・・・・」
ぐずっ、と鼻を鳴らして、カイもしゃがみ込む。
「・・・・・・・・・おうよ」
そう言って、背中を向けて地べたにちょこん、と座った。
「―おっし、これでいいだろ」
カイの治療を終えて、一つ大きく伸びをする俺。
「痛いトコ、ないだろ?」
俺の問いに、体中わきわき動かして確認するカイ。
「ん、平気。ありがと」
未だ恥ずかしいのか、許してもらえないのか、こっちを向いてはくれず、背中との会話だが。
「ルカ」
「ん?」
いきなりがばっ、とこちらを振り向いたかと思うと、いきなり、
むに。
カイはしかめっ面のまま、俺の頬をつねる。
―ほお?
ぶに。
奥義。
やられたらやりかえす。
俺も同様にしてカイの頬をつねる。
しばしの沈黙。
どちらとも無く、ふ、と息を付く。
まあ・・・今回は俺が折れてやる!
後ろめたい気持ちも・・・・・無いこともないし・・・
にっ、と意地悪く笑って。
開いてる方の腕で、カイの後ろ頭を引き寄せる。
つねってた方の手も放して、抱き寄せる。
「取り合えず、俺は男。お前は女。な?」
腕の中で、無言でこくこくと頷くブロンドの長髪。
「ま、そーゆー事だ。悪かったな」
何がそーゆー事なのか自分でも分からんが、カイはまたこくこくと頷く。
俺はぱっ、とカイを腕から開放し、立ち上がる。
「んじゃ、行くか」
「行くって、どこに?」
あ、そっか。
「俺は適当に歩くだけ。街道沿いにな」
「行き当たりばったり・・・」
「悪かったな!って、でも俺ら、こうなった以上、連立って旅する理由ないんだよな」
洋服に着いたホコリをぽんぽん叩きつつ言う。
「あ、そっか。そう・・だよね」
言って、一つ息を吐くカイ。
俺は、一瞬戸惑いながらも、カイに手を差し伸べる。
「・・・?」
カイは、訳が分からん、と言った顔で、俺と手を交互にきょときょと見つめる。
・・・・言わせるのかよ、男に。
俺は内心テレと何だかんだとごっちゃになった感情でふてくされつつも、カイから視線を外して小さい声で言う。
「・・・・行くか?一緒に」
これで困った顔されたらどうしよう。
今になって後悔の念が襲ってきた。
――が。
「うん!」
言って、俺の思考回路が理解する前に、カイは手を取った。
「行こう。一緒に」
ああ、そうか。
ここからか。
今日までのにわかコンビじゃなくて。
本当の二人旅は。
「行こう。一緒に」
俺は、カイと同じ台詞を言った。
日も傾きかけている。
そろそろ今日の宿を探さなくちゃならない。
野宿だけはごめんだ。
美味しい飯食って、暖かい風呂入って、ふかふかの布団で。
こいつと、もっと話をしよう。
初めてお互いを知った今日から。
「一緒に」
かみ締めるように言った俺の呟きが聞こえたのか、カイは、眩しく笑った。
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