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桃屋の創作テキスト置き場
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■こんぺいとう5  ウェディング!! 5 ■




「おはよーござーまーす」
「はよーす」


 いつもの感じで、徐々に集まってきたメンバー達。
 実力派女優と、売れっ子演出家の結婚式は、さながら業界のパーティーのような顔ぶれである。

 所謂一種の社交界的な要素も多く含んだこの場で、皆、個々に挨拶周りやら、久々に合う俳優仲間に近況報告やらなにやらで、忙しい。
 披露宴の受付が始まり、会場に通される。
 流石一流ホテルの一番良い宴会場なだけ、広さも何もかも申し分ない。
 当然、報道陣やらも控えており、お呼ばれした人間達は、半分仕事のようなものでもあるのだ。
 今時珍しく、中継が入る結婚式なので、その規模もでかい。
 メイクと着替えを終わらせて、ようやく部屋から出た輝愛だったが、その辺り一面の、一種異様さに気おされていた。
「か・・・帰りたいんですけど」
「大丈夫よ、誰も取って食ったりしないわよ」

 ・・・多分ね。

 へこたれる輝愛に微笑み、珠子は心の中だけで付け加える。

「最近ちかちゃん、暴走気味だものねえ。それよりも茜ちゃんも気になるところだし、まあここは安パイの大ちゃんと一緒がいいかなあ」
 ぽそぽそと、輝愛の横で呟く珠子に、当の本人の輝愛は首をかしげる。
「あんぱいって、何ですか?」
「ん?安全な牌ってことよ。牌ってのは、マージャンの牌ね」
 思わず苦笑しながら答えると、珠子は目ざとく、ようやくラウンジから戻ってきた旦那を見つける。
「紅ちゃーん、遅い遅ーい」
「悪い」
 深紅のロングドレスに、ピンヒールを物ともせず、旦那の下へ駆け寄る珠子。
「た、たまこさーん」
 慣れないヒールにふら付きつつ、輝愛も何とかその後を追う。

 ・・ひー、この靴走りにくいよー。

 若干よろよろしつつも、チームメンバーが固まっている場所までたどり着き、挨拶をする。
「お、おはようございます」
「おはよ・・って、あれ、輝愛ちゃん?」
「うわーマジで!変わるもんだなー」
 誉めているのか居ないのか、勇也と修太郎が目を見開く。
「変ですか?」
「んにゃ、かわゆいかわゆい」
「うん。可愛い」
 勇也は、珍しくふわふわに巻かれておろされている輝愛の髪の毛を、珍しそうに眺め、
「そーゆーのもいいんじゃん?たまには」
「はあ、だと良いんですが」
「まあ、珠子さんがやりそうな事だよな。ってか、多分普通に男ウケよさげな予感」
 修太郎は、いわゆるお嬢様テイストに仕上げられた輝愛を見て、感嘆ともなんともいい難いため息をつく。
「珠子さんのツボ、ドストライクの仕上がりだもんな」
 要するに、ふりふり、ふわふわ、もこもこ。可愛いものをこよなく愛する珠子の手にかかり、輝愛も髪の毛は巻かれてふわふわ、メイクも清純お嬢様テイストに仕上げられている。
 その上、普段絶対着る機会の無いような、シックなブルーグリーンのドレスに身を包んでおり、いつものジャージと、行き帰りのカジュアルなデニム姿位しか見た事のないメンバーにとっては、目の前の輝愛はある種珍しくて仕方ない出で立ちなのだ。

「お疲れ、珠子。悪いな」
「ちかちゃん、それよりどうよこの出来!このあたしの好みどんぴしゃ!可愛いでしょ可愛いでしょ!!」
 紅龍より遅れて到着した千影は、珠子に声をかけるや否や、興奮気味の彼女に引っ張られる。
「ほら、輝愛ちゃん、おいで」
 輝愛も珠子にひっぱられ、ヒールでよろけつつ、ついてゆく。
「ほら、どうよ。素敵でしょ?可愛いでしょ?食っちゃだめよ?」
「・・・・食うか、こんなとこで」
 呆れて答える千影に、珠子はにやりといつもの悪い笑顔を浮かべ、
「こんなとこじなきゃ、食っちゃう気なのね。あらやーだー怖いこわーい」
「珠子さん、何言ってるんですか!輝愛ちゃんに失礼でしょ!」
 ようやく割って入ってきた茜が、物凄い剣幕で珠子をまくし立てる。
「あらら茜ちゃん、先にご挨拶でしょ?お・は・よ・う」
「おは、おはようございマス・・」

 意地悪珠子にかかっては、後輩なんぞは思うままである。

「で、輝愛ちゃん見た?どう?惚れ直したでしょ」
「お・・おかげさまで・・」
 顔を赤く染めて口ごもる茜を、にやけて嬉しそうに眺める悪徳珠子。
「そんくらいで止めといてあげてくださいよ、茜くんが地味に哀れなんで」
 苦笑しつつ珠子を止めに入る大輔。
 チームメンバーの中で唯一の和装である。
 最も、チームに所属してはいるものの、本業は日本舞踊であり、茶道やら華道やら、和に精通しているお家柄なので、紋付袴もしっくりきている。
 地味に哀れと言われた山下茜は、肩につく長さの髪の毛をいつもの様に後ろで束ね、ダークグレーのスーツを着ている。
「そろそろ行くか」
 社長が、まとまりそうもない団員達を眺めて肩を落とす。
 このまま放って置けば、披露宴が終了するまでこのままここで何だかんだとやっていそうな勢いだったからだ。

「あ、カワハシ・・」
「ん?」

 遠慮がちにかけられた声に振り向く千影。
 その視線の先には、ヒールのおかげで若干いつもより背の高くなった、娘分。
「あのね、あたしお金もってきてなくて・・」
「へ?何で?金お前いらないだろ」
「でも、お祝いで包むお金・・・」
 その事かとようやく的を射たりな表情をして、
「まとめて二人分包んであるから、心配すんな」
 と、ふわふわ巻き毛になった娘分の頭に手を伸ばしかけて、やめた。
「?」
 首をかしげる輝愛に、
「いや、せっかくのくるくる、崩れたら勿体無いしな」
 そう言うと、千影はさっさと受付に向かってしまった。


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■こんぺいとう5  ウェディング!! 6 ■




 立食スタイルで良かったと、心の隅で安堵しながら、
 輝愛は場内に流れる司会のアナウンスに、視線を動かした。
「では、大変長らくお待たせいたしました。新郎新婦のご入場です」
 朗々と響く、有名男性フリーアナウンサーの台詞と共に、重厚な扉が開かれ、その奥から新郎新婦が現れる。

 純白のウェディングドレスに身を包んだ、美しい大先輩女優と、
 グレーの礼服に身を包んだ、こちらも大先輩の演出家。

 幸せそうに微笑む新婦と、少し恥ずかしそうにしている新郎。
 周りの人々の誰もが、笑顔を浮かべ、二人に心からの拍手を送っている。

 ここは、幸せの宿る場所なのだ。
 そう、輝愛は思った。

 こんなに、幸せな場所が、あるんだ、と。
 ここにいる、こんなたくさんの人が、皆笑顔なんだ。
 ・・・すごいな。
 お芝居をやらせてもらえるようになって、お客様が笑顔で帰ってもらえるのが嬉しくて、 その感覚に、ちょっと似てる気がした。

 あたしにも、そのうち結婚する人とか出来るのかな・・・
 そう思って、その前にまず誰かと付き合わなきゃいけないじゃん。
 って事に気付いて。
 そうすると、もうなんだか別次元の出来事の様な気がした。
 
「・・・・無理っぽいな」
 少しだけ、少しだけだけど、自分の境遇を考えてみたり。
 普通に高校生だったら、同級生の友達みたいに、きゃあきゃあ言えたりしたのかな?
 誰がかっこいいとか、誰が好きだとか。
 いや、それはないかも。
 だって、あたしはあたしだし。
 それに。
 今あたしが高校生だったら、カワハシと一緒にいれないんだもん。
 だとしたら、絶対今のまんまでいい。
「結婚は、来世の夢にとっとこう、うん」


 新郎新婦が世話になったプロデューサーが乾杯の音頭を取り、会食が始まる。
 各々、好きなようにこの空間を楽しんでいる。

 輝愛は、チームのメンバー以外にさして親しい人間が居るわけでもない。
 花と言うにはおこがましいけど、この素晴らしく美味しそうな料理を堪能したいし、壁の花に立候補しようと、少しだけ背中をもたれかけさせる。
 少し離れたところから眺める会場内の景色も、やはり幸せに満ちていて、何だか嬉しくなった。
「あ、いたいた、輝愛ちゃん」
「ほ?」
 つい今しがたまで、皿の上に鎮座していたローストビーフをほおばった輝愛に声がかかる。
 頑張って何とか口の中に詰め込んで、近くにあったテーブルにグラスと食器を置く。
「大輔さん?どしたんですか?」
「いや、一人紹介しとこうと思って」
 もごもご口を動かす輝愛に、タイミング悪かった?と微笑む大輔と、その背後の男性。
 こちらも同様に苦笑している。
「・・んぐ。だ、だいじょぶです。今ローストビーフは胃袋へ収めました。大変おいしゅうございました」
 そう言って敬礼する輝愛に、大輔の後ろの男は声をあげて笑う。
「あはははは、それは良かった。胃袋も喜んでいることでしょう」
「そりゃあもう」
 へんな子ー、と、ひいひい笑いながらも挨拶をしてくる。
「晃です、よろしくね、えっと」
「輝愛です。よろしくです、あきらさん」

 年の頃なら輝愛より少々上だろう。
 もしかしたら、まだ成人していないくらいかも知れない。
 ふわふわとした栗色の髪の毛に、人懐こいころんとした瞳の、可愛らしい印象の男性だ。
 背も輝愛よりは高いが、ずば抜けて大きな印象はない。
 どちらかと言えば細身の、すらりとした体躯の持ち主で、声も、男性的と言うよりは、中世的な気配である。

「晃くんね、最近仕事は結構お芝居ばっかだから知ってるかな?若手の期待の星だよん」
「あはは、だってさ。ってかオイラ、芸歴長いのに未だに若手のまんまなの」
 屈託無く笑う表情に、輝愛も一緒に微笑む。
 大輔は妹分と弟分を意味ありげに見つめ、
「そのうち、輝愛ちゃんも仕事で晃くんと一緒になると思うよ?」
「そうなんですか?」
「僕も初耳だけど?大輔兄さん」
 きょとんとする二人に、大輔は、ああ、この二人は表情が似ているなぁ
 なんてまったり考えながら、
「ま、この業界、広いようで案外狭いしね」
 くつくつと笑う大輔に、二人は未だにきょとんとしたままだった。
「まあでも、もし本当にお仕事で会ったら、宜しくね」
「こちらこそです」
「ま、僕のメインのお仕事は、音楽なので、役者だなんておこがましくて言えないけれど」
 ふわふわと微笑む晃に、輝愛もつられて微笑む。
 その表情が気に入ったのか、晃は若干輝愛に顔を寄せ、
「うん、でも本当に一緒に仕事できたら嬉しい。その時はぜひよろしく。で、ついでに友達になってよ輝愛ちゃん。オイラ同年代の友達少ないの」
「はい、勿論こちらこそです。あたしなんぞ、友達どころか知り合いすらもすんごい少ないです。駆け出しなので」
 今更ながらに握手を交わす二人に、大輔が声をかける。
「ごめんね、ちょっと外してもいいかな?お世話になった大先輩がいらしてるみたいで、挨拶に行って来る」
「はい、いってらっしゃいです」
「じゃあ、大輔兄さん、しばらく輝愛ちゃんエスコートしとくね」
 何だか本当の兄弟みたいになってしまっている感のある三人は、長兄役の大輔を見送る。
「輝愛ちゃんのエスコート役は?一人で来たんじゃないよね?」
 輝愛に向き直る晃に、彼女は少し首をかしげ、
 見渡せる範囲すべてを、ゆっくりぐるっと見回してみても、そこに彼女が求める人影は見つからない。
「・・・いないかも」
「そうなんだ。じゃあ見つかるまでは、くっついておいで。僕も一人じゃ寂しいし」
 やさしく笑う晃に、輝愛は少しほっとする。
 同級生とか、学校の先輩とか、そんな距離感に近いかも。
 ちょびっと安心。
 
 会場がざわついて来て、何やら会場内の視線が前に集中している。
 しかしその割りに、その注目されているスペースはがらんと空いていて、何だか妙な雰囲気だ。
「あれ?今からなんかやるみたい。輝愛ちゃん、もちょっと見える位置に行こう」
 言われて初めて辺りを見回す輝愛。

 そういえば、カワハシだけじゃなく、社長や勇也さんもいない。
 大輔さんやアリスさんはいるけど・・・
 皆、どこいっちゃったんだろう。

 肩を落とす輝愛に、晃は前方で何か始まりそうな気配を察知し、来客でごった返す会場内を、新郎新婦に近づくように歩き出す。
 司会者が何やら話をしているけれど、肝心の主役のはずの、新郎が見当たらない。
 新婦がいないのなら、お色直しだろうが、新婦は自席に腰掛けており、見当たらないのは新郎だけだ。
「旦那さん、どこいっちゃったんだろうね?」
 晃が左横の輝愛に声をかける。慣れないヒールでよろけていた為、左腕を貸し出したのだ。
 輝愛は、『わからない』と言う様に、ぷるぷると首を横に振った。

 そこに、いきなり素っ頓狂な声がスピーカーから流れ出した。
『あ~れ~、たぁすけてぇ~』


 ざわつく会場をくるりと見回すと、出入り口の大きなドアの前で、さっきまで姿が見えなかった新郎が、なぜかマイクを片手に、怪しい軍団に羽交い絞めにされ、件の台詞を、のろのろと発していた。
「なに、あれ・・」
「さあ・・」
 丁度腕を組んだ格好のまま、輝愛と晃は呆然と立ち尽くす。
 周りからは、笑い声や、待ってました!などの掛け声がかかったりしている。

 待ってました?
 何を?
 混乱する輝愛に、より一層それを増長させる人物の声が、スピーカーから響いてきた。

『さて、とりあえず、このアホ面な新郎を殺しちゃうぞ』
「・・・・え、しゃちょ・・?」
 声の出所を発見するより前に、さらに聞きなれた声が耳に届く。
『だな。いつも無茶苦茶な演出するしな』
 ようやく輝愛が声の出所を発見すると、そこにはやはりと言うかなんと言うか、想像通りのメンツが揃っていた。
 社長に、カワハシに、珠子さんと勇也さんに、それに何度か客演で一緒にお仕事させてもらった、アクションの上手い先輩方。

「なにする気?」
「さあ」
  
 晃と輝愛は、同じようなはの字眉毛で、事の成り行きを見守る。


『たすけてー、愛しい嫁さんに色んな事する前に、死にたくなぁ~い』
『泣けー、わめけー。今まで後輩をいじめた報いを受けるがいい~』
『色んな事って何だ、変態演出家め~』
 マイク片手に、そりゃもう棒読みも棒読みな、ひどい台詞で、『よよよ』と泣き崩れる新郎に、
 これまたいつもとはかけ離れてへたくそな台詞回しで、千影が新郎の頭を踏みつける真似をする。
 紅龍が真顔で、いつの間に付け替えたのか、新郎の首に鎮座している、安いゴムひも製のお笑い用の様な蝶ネクタイを、新郎の首から伸ばしては離し、びよんびよん顔に当てている。

 ・・・痛くはなさそうだけど、なんて無礼な
 
 輝愛は自分の口が丸明きになっているのにも気付かず、助けを請うような眼差しで、隣の晃を見上げる。
「ああ、大丈夫だよ。これ、多分余興」
「余興?」
「そう、おもしろいはずだから、見ててごらん」
 先の展開が読めたらしい晃は、満面の笑みで輝愛に促す。
「新婦さんのほうは、何回かいづちともアクションチームとも共演している人だし、殺陣も上手いよ」
 なぜここで、殺陣の話になるのかと、輝愛が首をかしげる。
 そこで朗々と響いたのが、新婦の声である。

『あんた達、ちょっいとお待ち!』
 こちらもいつの間にやらマイクを片手に立ち上がっている。
『そんな四十路間近の変態ドエロなクソ演出家でも、とりあえず一応私の旦那!そして金づる!』
 新婦の台詞に、皆どっと笑う。
『今まで散々可愛がってやった後輩どもに、好き勝手される覚えは無いわぃ!』
『なんだとー、今まで後輩いびりしか趣味がなかった極悪女優め!』
『憂さ晴らしに新郎はやっつけちゃるぜ』
『旦那も旦那で、こんな鬼嫁やめとけよ』
 口々に罵詈雑言を浴びせかける千影や紅龍に、新婦はドレスのスカート部分を引っつかむと、まるで早換えの様に、オーバースカートが取れ、タイトなミニスカートになる。

『三十路後半の先輩のお色気なんかにゃ、負けないぞー』
『うっさい千影!そしてその一味!とりあえず』

 そこまでまくし立てると、恐らくここが舞台だったらさぞ見栄えがするだろう角度で、言い放つ。
『ぶっ潰す』

 新婦の一言を合図に、悪役的な立場のチームの面々や、先輩方が新婦に飛び掛っていく。
 そこから先は流れるように見事な殺陣で、
 それこそ一つの芝居を見ている様な感覚だった。

 漫画の様に無様にぶっ飛ばされたりしまくったあと、
 新婦はへろへろな新郎を片手でぐいっと持ち上げる真似をしてみせると、
『ふん、雑魚が』
 と、憎たらしい程の笑みを浮かべる。

『やられたー』
『撤収~』
『恐ろしい嫁だー』
『本気で色んなトコが痛ぇー』
『羨ましくなんかねえー』


 口々に適当に失礼な事をほざくと、敵役は手近なドアから逃げていった。
 会場は、笑い声と、拍手とでごちゃ混ぜだ。


「ふわぁ」
 思いもかけず、声が漏れてしまい、輝愛は隣の晃を見上げる。
「面白かったでしょ」
 言う晃も、笑いすぎて目尻に涙が溜まっている。
 輝愛はこっくりと頷いて、千影達がはけていったドアを、呆然と見つめた。

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■こんぺいとう5  ウェディング!! 7 ■




 本来なら、新郎新婦の役回りが逆なバージョンは、稀にあるらしい。
 要するに、若干おふざけな余興なのだが、新婦がさらわれ、新郎が助けてめでたしめでたしな、ありがちなストーリーのやつだ。
 しかし、今回は新婦が力ずくで新郎を奪取するという、しかも後で聞いたら、その為だけに、殺陣の稽古や、社長紅龍の本気の殺陣返しまでしていたと言うから、結婚式自体が初めてだった輝愛が面食らうのも仕方が無い。

「某ヒーローショーメインなプロダクションの俳優同士の結婚式なんぞ、花嫁のお色直しのエスコート役が、親父さんでもお袋さんでもなく、そのプロダクションの看板ヒーローだったことだってあるぞ」
 新郎がそのヒーローの、いわゆる『中身』をやっていたらしく、ケーキカットすら、そのヒーローが使う剣タイプの武器でやったとか。
 そこまで来ると、新郎新婦が主役なのか、ヒーローメインなステージなのか、いささか分からなくなった。と、千影は笑った。

 ようやく戻ってきた千影は、輝愛にジャケットを渡し、ネクタイを結び直す。
「川橋さん、お久しぶりです」
 輝愛に左腕を貸していた晃は、千影にその役目を返しながら、挨拶をする。
「を、晃。悪いな、コイツ」
 受け取ったジャケットを羽織りつつ、晃に笑顔を向ける。
 輝愛が口を開きかけたところで、また遠くで千影を呼ぶ声がかかる。
「はいはい、ったく人使いが荒い・・悪い、もう少しちょっと待ってろ、な」
 一瞬だけ娘分に顔を近づけて言うと、晃に簡単に挨拶をすると、また小走りで離れていった。
 微かに眉尻を下げてしまった輝愛に、晃は携帯を出して微笑む。
「アドレス、聞いてもいい?」
「あ、はい、こちらこそ」
 慌てて、普段持たないような小さなパーティーバックから携帯電話を取り出し、晃とアドレスと電話番号を交換する。
 自分で買ったわけではない携帯電話だが、一年も経てばそこそこ使えるようになる。
 もともと機械にはひどく疎いのだが、何かあったらどうするだの、仕事でいるだろうだのと説き伏せられ、高いから嫌だと断ると、じゃあ自分で払わないならいいだろと、半ば強引に千影から買い与えられてしまった。
 色は可愛らしくピンクを選んでくれたらしいが、同世代の女の子のように、ストラップやらはついておらず、まあシンプルな状態の携帯ではあるのだが。
 晃は輝愛の顔を、今一度見つめると、
「ねえ輝愛ちゃん、オイラのお仕事は歌なんだけどもさ」
「はい」
「もし良かったら、今度プロモに出てよ」
「えええ?」
 思いもかけない晃の発言に、輝愛は自分でも目玉が落っこちるんじゃないかと言うほど目を見開く。
「ああ、もちろんちゃんとオファーするけど、オファー来たら、もし良かったら考えてみてね。オレの曲のイメージに合うと思うから、あなた」
「ああああ、ありがとうございます」
 そう言って差し出された晃の手を、若干呆けたままで握り返した。
 じゃあ、申し訳ないけど、実はこの後ラジオの仕事があるから、と、晃はまだ戻らぬ千影を気にしつつ、本当にすまなさそうに帰っていった。

 近くに誰もいなくなると、なんだかちょっと肌寒いような気がする。
 そう言えば、上着も持っていないし、靴は普段履かないような様なヒールでちょっと疲れたし、着ているドレスはキャミソールワンピースだし、ボレロはなんだか素材はよく分からないけど透けてる奴で、きらきらしててすごく綺麗だけど、お世辞にもあったかくなんてないし。
 あんまり冷房がきつくなさそうな壁際に寄りかかろうと、踵を返した瞬間、ぼすっ、と言う音と共に、何かにぶつかる。
「き、輝愛ちゃん」
 ぶつかられた主、茜は、ぶつかられた主が輝愛である事に気付くと、途端に頬を染める。
 自分の肩を抱くようにしている彼女に、茜は自分のジャケットを脱ぐと、悪いからと断る輝愛の肩に、半ば無理やりかけてやる。
 その様子をわずかに離れた所で見つけた大輔は、「あらら、こわい」と呟くと、後輩を命の危険から救わなきゃと、苦笑しながら二人に近づいて行く。
「輝愛ちゃん、お疲れ様。今日は一段と可愛いね。ね、茜」
「か・・可愛いですよ、はい」
 晃は帰っちゃった?と聞く大輔に、お仕事だって言ってましたと答える輝愛。
 その後ろで、赤面した頬を腕で隠す茜。
「ああ、晃最近徐々に忙しくなってるからね」
 出口では、新郎新婦が来客のお見送りをしている。
 各自にお礼の品を手渡し、会話を交わす上、来客数が半端ではないので、一向に会場内の人数が減る気配はない。
 まだしばらくゆっくりしてても大丈夫な様だ。

「輝愛ちゃん」
 茜が声をかける。ようやく顔の朱も引いたようだ。
「はい?」
 輝愛が振り向くと、普段と違って、可愛らしく巻かれた髪の毛がふわん、となびく。
「実はさ、この後橋本さんやらと飲みに行くんだけど、一緒にどう?」
「え」
 茜の突然な誘いに、どうしていいか分からず、一瞬固まる。
「茜、輝愛ちゃんまだ未成年だよ」
「大丈夫ですって、お酒飲まなくていいんだし、ご飯美味しいとこだし、橋本さんの彼女も来るって言うし」
 茜は輝愛の両肩を手で掴んで、
「たまには息抜きがてら、どう?せっかくそんなに可愛い格好してるんだし、そのまま帰るのもったいないよ」
 大輔はどうしたもんかと逡巡している。
 可愛い後輩の恋路を邪魔したくは無いけれど、命は救ってやらないといけないだろうとも思うし。
 また、可愛い妹分も、守ってやったほうがいいかもしれないし。
 最も、この妹分が、目の前で自分を誘う男性の、本意を読み取っているのか怪しいところではあるが。
「大輔さんも一緒に来ませんか?」
「羽織袴で居酒屋行けって?カンベンしてよ」
 そこまでして輝愛を誘いたいのか、大輔は苦笑する。
「でも、カワハシに聞いてみないと」
「メール入れとけば大丈夫でしょ。子供じゃないんだし」
 千影の名前を出すと、いささか不機嫌になった茜は、輝愛の肩を抱き寄せ、方向転換させようとする。

 瞬間、輝愛の両肩が若干強張った様に引きつる。
 大輔を、困った様な顔で見上げる。
「うーん、ちょっと貸して」
 大輔も困った様な顔のまま、茜から輝愛をするりと奪い返す。
「大輔さん、何スか」
「待ちなさいって、茜ちゃん」
 若干怒気を孕んだ後輩の台詞に、左手で「待て」と制して、輝愛の身体の硬直が、薄らいで行くのを確認すると、
「茜ちゃん。今日はカンベンしてあげて」
「何でですか、俺は輝愛ちゃん誘ってるんですよ」
 さっき大輔さんもどうですかと、社交辞令で言ったのは、彼の中でもう無かった事になっているらしい。

「理由分からない様じゃ、余計だめ。僕が大丈夫なのは、絶対に『ない』から。頭で理解してなくても、本能で分かってる」
「・・・・何の話ですか?」
 いきなり抽象的になった大輔に、訝しげな顔をする茜。
「だから、分からないんじゃだめだって。まだ生まれてないんだから、外側から勝手に殻破って引っ張り出したら、死んでしまう」

 さっきから、ちらちらと三人を遠巻きに見てる人間が増えた。
 見ようによっては、三角関係の痴話喧嘩にでも見えるのだろうか。
 その割りに、中心にいるであろう輝愛が、全く理解していないような表情なのだが。
「大輔さんの話、よく分かんないです・・輝愛ちゃん、行こう」
 憮然とした表情のまま、輝愛の腕を掴むと、ぐいと引き寄せる。
「きゃ」
 バランスを崩した彼女が、茜の懐に倒れこむと、茜はそのまま彼女を抱え込んだ。

「茜、喧嘩売る相手が違うよ」
「売ってないですよ」

 大輔が、いよいよ真顔になる。
 険悪な空気が流れる。輝愛はどうしていいか分からず、目線を走らせた。
 再び、腕が引っ張られる。倒れこんだ先の懐は、懐かしい香りだった。

「・・・・遅くなって悪かったな、帰るか」
 いつもより幾分柔らかい声が振ってくる。
 輝愛は、もう大分長い事会ってなかった気がするその人のシャツを、無言で掴んだ。
 声の主、千影は、輝愛の肩に掛けられたジャケットを取ると、代わりに珠子から持たされたカシミヤのシャンパンゴールドカラーのストールで、輝愛の肩をすっぽり包んで、縛ってしまう。
 さながら、上半身は袋詰めされたような格好になる。
「悪いな、大輔」
「いいえ、お待ちしてましたとも」
 ようやくいつも通りの柔和な笑みに戻った大輔が、肩を落とす。
「茜、コレ、返すな。うちのが、悪い」
「・・・・・いえ」
 ジャケットを茜に返す千影。受け取る茜の表情は、明るくない。
 無理もない。千影の言葉に隠された真意を、汲み取ってのことである。
 年の功より亀の甲か。明らかに不機嫌になった茜に対して、当の千影は、いつも通りである。
「じゃあ、輝愛ちゃん、茜ちゃん、またね。川橋さん、お疲れ様です。お先失礼します」
「おお、お疲れ」
 懐から扇子を取り出して自分の肩をぽんぽんと叩くと、大輔は踵を返す。
「・・お疲れ様でした」
「ん、お疲れ」
 勇也達の呼ぶ声に、茜もしぶしぶ去っていく。
 ようやく残された二人は、しばらくぼうっとしていた。

「・・・・大丈夫か?」
「・・え?あ、うん」
 言われていまだに千影のジャケットを掴んだままだった事に気付いて、ようやく手を緩める。
 支えを失ったかの様に、膝が笑った様になり、崩れ落ちそうになる。
「おっと」
 片手でそれを抱えると、そのまま立ち上がらせた。
「悪い」
「え・・なにが?」
「いや、色々」
 輝愛は、目の前でやや気遣った表情でいる千影を見上げ、ようやく、一つ大きく息を吐いた。
「・・へへ、慣れない靴とか雰囲気で、気疲れしちゃったみたいかも」
「ん、帰ろう、な」
 それだけが理由でないのは明白だが、千影は優しく微笑むと、駐車場へ向かった。
 助手席に輝愛を乗せると、引き出物やらは後部座席へ投げ込んだ。
 自分も運転席に乗り込み、シートベルトを締めて、エンジンをかける。
「疲れただろ」
「だいじょぶ。それより、運転平気?お酒のんでない?」
「ああ、うっかり車だったから、乾杯すらソフトドリンクでしたよ、残念ながら」
 心底がっかりしたように、下唇をとがらせて言う千影に、少しだけ笑う。
「・・・ようやく少し笑ったな」
「え」
 そんな変な顔してた自覚はないけれど、と、輝愛は両手で両頬を押さえる。
「夜景、見て帰るか。横浜の夜景、綺麗だぞ」
 珍しい事を言うと、千影は車を発進させた。

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■こんぺいとう 読み切り  砂糖菓子娘 ■




 大きな子猫を拾った。
 かなり大きな奴だ。
 そいつは今、うちの家具の中で一番値の張るソファーベッドを陣取り早々に寝息を立て ている。
 風呂上りで乾き切っていない髪の毛が、つらり、と光る。
 同じシャンプーや石鹸を使っている筈なのに、どうしてこうも香りが違うのか、と、風呂上りの俺は自分とその拾った猫の匂いを嗅ぎ比べたほどだ。

 甘い、香りがする。

 この部屋に、似つかわしくない、甘い、香り。

 名前も知らない。
 素性も知らない。
 ただ、吸い込まれるような瞳に惹かれて、連れて帰って来た。
 そうしてソファーの上で丸まっているところを見ると、なかなかどうして、本物の猫の様である。


 二本目の缶ビールを開けて、喉の奥に流し込む。
 男物のTシャツを着せてはみたが、まるでワンピースのようなぶかぶかの状態になってしまった。
 まあ、女物があるはずも無いのだから、致し方ないのだが。
 
 小さい、小さい、猫。
 拾ってくれ、と鳴いていた訳ではない。
 俺が勝手に連れて帰って来たのだ。
 ならば、この娘が自分で生きて行ける様になるまでの間は責任を持とう。
 そう、思った。


 例え、それがほんの僅かな間だったとしても。


「・・・・・何で拾っちまったのかなあ・・」
 ビールを流し込みながら、俺は返事等返って来ないと分かってはいても呟いた。
 放って置けば、面倒くさくなかった筈なのに。
 
 ぼうっと、その大きくて小さい猫を眺めている。
 その猫の娘は、身体を小さく丸めて寝ている。
 丁度、雛鳥が卵の中にいる時のような格好に近いのだろうか?
 等と考えてみる。

 俺はのっそりと立ち上がって、子猫の側に歩み寄る。
 顔に顔を近付けてみると、頬に涙の跡が残っているのが見えた。

 ・・・まあ、あれだけだばだば泣いてりゃ、仕方ないか・・・
 と、雨の中、止め処なく涙を流していたこの娘の事を思い出して苦笑する。


「・・・う・・・」
 子猫が、小さな声でうめいた。
 そしてそのまま、閉ざしたままの両目から、また涙をぽろぽろと零した。
 眉間にしわを寄せ、手が白くなるまで強く握り締めて。

 痛そうな顔だった。

 哀しそうな顔じゃない。
 辛そうな顔でもない。


 痛そうな、悲痛な顔だった。


 子猫は眠ったまま涙を零し、ただ一言小さく呟いた。
「誰か・・・」
 瞬間、俺は目を見開く。
 その言葉を捕らえてしまったから。
 その先に続く言葉が何であるか、容易に想像出来てしまったから。
「・・・・まいったね、こりゃ・・・」
 軽い口調で言ってはみたが、表情まではそうはいかないだろう。
 ここに誰もいなくて良かったと、心底思った。
 この痛々しい子猫の娘が言いたいのはきっと、

『誰か、助けて』

 ごくり、と唾を飲み込んだ。
 この小さい子猫は、必死に生きてきたんだろう。
 そして今、一歩間違えれば簡単に壊れてしまいそうな場所に居るのだ。
 


「・・・・・・泣くなよ」
 俺は無骨な手で、そっと、出来る限り優しく子猫の涙を拭う。
 しかし、すぐにおさまる訳も無く、俺自身も目の前のこの娘のような顔になりそうだった。

「・・・・・・泣くなよ」
 俺の方が泣きそうな声だった。
 頼むから泣くなよ。
 俺にはどうしてやる事も出来ないよ。
 でも―――


 俺は涙を拭うのを諦めて、子猫を腕の中に閉じ込めた。
 いくら泣いても、涙がこの腕の中から溢れる事が無いように、しっかりと。
 何もしてやれない自分への、苛立ちからかも知れないし、そうでないかも知れない。
 ただ、今は、この娘の涙が自分以外に晒されないように。


 小さなこの子を、すっぽりと両腕の中に閉じ込めた。


「甘い・・・香りだ・・・」
 この年位の女の子は、みんなこんな甘い香りがするんだろうか。
 砂糖菓子みたいな。
 ふわふわしたような甘い香り。

 子猫は嫌がりもせず、むしろこちらの胸に顔を埋めるようにくっついて来た。
 それを幸いに、俺は力を緩めなかった。

 ・・・ビール二本程度で、酔う訳は無いのに・・・
「まあ、酔ってるって事にしといた方が、いいか」
 呟いて天井を仰ぎ見る。

 せめてこの涙が本当に渇くまでは、決してこの腕の中から出してなるものか。
 この砂糖菓子娘が、本当に泣き止むまで、俺の両腕の中に閉じ込めておきたい。
 本気でそう思った。

「・・・・重症だなあ・・」
 言って目を細める。
 明日、この砂糖菓子娘が起きたら名前を聞こう。
 いつかその時が来たら、この子が泣き止む時が来たら、
 ちゃんと目を見て名前を呼んでやろう。
 それまでは―――


「・・・砂糖菓子娘じゃ・・まずいしなあ・・な?」
 腕の中の甘い香りの子猫に聞いてみるが、答えが返ってる筈も無い。
 砂糖・・・糖・・・・糖衣錠・・・
「トーイ、かな」
 また一人、ぽつりと言葉を唇に載せてみて苦笑する。
 我ながら乙女ちっくで似合わない名前をつけたものだ。
 でも、甘ったるい砂糖菓子娘は、糖衣錠の様に包まれているからこんなに甘い香りなのかも知れない。
 そう考えると、まんざら悪い名前でもないだろう。

 手探りでリモコンを探して電気を消す。
 勿論砂糖菓子娘は腕に抱えたまま離さない。
 
 ―――離してなるものか。
 とか、訳の分からない気合じみたものまで入っている始末だ。
 
 
 明日になったら、名前を教えてくれ。
 明日になったら、笑顔を見せてくれ。


 そんな風に考えながら、俺も腕の中の大きくて小さな子猫の砂糖菓子娘を抱き締めて、眠りについた。




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■こんぺいとう 読み切り  ないしょないしょ ■




 ―――今日こそ、寝ないで頑張って見ようと思う。


 妙に不細工な顔でふん!と隠れて気合を入れているあたし。
 あてがわれたリビングの、日中はソファーとして使っている、夜である今はベッドに早代わり!な一石二鳥のソファーベッドとやらの上で、カワハシにバレないように、小さく握りこぶしを作ってみる。
 当のカワハシと言えば、本日二本目の缶ビールを片手に、煙草くわえながらテレビをのほほんとご鑑賞中である。
 ちなみに、毎日晩酌と言うか、必ずお酒飲むカワハシに、『飲みすぎ』と言って、一日缶ビール二本まで!と決めたのはほかならぬあたしだったりする。ついでに、煙草も一日一箱にしてみた。
 本人は不満ぶーぶーだったけど、何だかんだで守ってくれてるみたい。
 
 時刻は午後11時半。
 朝早起きなあたしは、普段ならそろそろお休みなさいな時間なんだけど、今日は明日お休みなの分かってるし、それに何より、あたしは今ここで寝ちゃう訳には行かないのだ。
 これには深い訳があって。
 時を遡る事幾年月・・・って、そこまで昔ではないんだけど。


 あたしがカワハシに拾われて、この家に来て初めて分かった病気。
 それ即ち夢遊病。

 
 ばあちゃんと二人で独身寮に住み込みで働いていた時は、ばあちゃんはあたしなんかより早寝早起きの人だったし、ついでに言うと地震くらいじゃ起きないような人だったので、この家に来てカワハシに発見されるまで、あたしは自らがかかっている病について、全然知らなかったのだ。
 ただ夜中部屋の中を徘徊するだけならまだ良いんだけど(・・まあそれもどうかと思うんだけど)、ベッドで寝ているカワハシに突っ込んでいくらしく(カワハシ談)。
 なんでだろう。ベッドで寝たいのかな?あたし。
 別にこのソファーでも何の不満も無いつもりなんだけど。
 
 で、夜毎あたしがベッドにタックルしてくるおかげで、被害者のカワハシは寝不足なんだとさ。
 ・・・申し訳ないとは思ってるけど。でもでもでも、どうしたらいいのか皆目見当がつかない。
  
 ってことで思いついたのが今日のこの作戦。
 名付けて、『限界まで起きてれば、夜中徘徊する体力も無くなるでしょう作戦』
 ・・・・まあ要するに、夜起きれるだけ限界まで起きてれば、恐らくぐっすり熟睡しちゃって、夜中むやみやたらに動き回るって事も無いかな? なんて考えてみたんだけど。
 ・・・実際は、まあ、やってみないとわかんないんだけど・・・。


 あたしがへちょん、と座ってるソファーベッドに寄りかかってるカワハシの肩に、背後から顎を乗せて、彼が見ているテレビを一緒に眺める事にした。
 彼はいきなりあたしがくっ付いてきたのに驚いたのか、顔をこちらに向けると、表情だけで「どうした?」と聞いてくる。
 あたしは肩に顎を乗せたまま、ぷるぷると首を左右に振って、そのままテレビ画面を眺めていた。
 カワハシは、「子供は寝る時間だぞ」と言って、左腕で左肩に乗ったあたしの頭を、器用にぽんぽん撫でた。

「今日は寝ちゃいけないの。そう決めたの」
「何で」
 ビールを流し込みながら、仰向けになるような格好で目線を合わせてくる。
「だって、ずっと起きてたら、いつもよりすごく眠たくなるでしょ?」
「ふむ」
「そしたらいざ寝たら熟睡でしょ?」
「まあなあ」
「そしたら夜中歩いてタックルする元気、なくなるかも知れないでしょ」
 にひっ、と笑うあたしに、カワハシは一瞬目を、さして大きくない切れ長の目を見開いて、困惑したような顔になる。
 ・・・あれ?あたし変な事言ったっけ・・?

「・・・・カワハシ?」
 身じろぎしないでいる彼の、例の瞳を覗き込む。
 と、何故か視線を逸らされてしまった。
「?」
「いや・・何でもないけど・・・そーゆーコトね・・・」
 彼は自分一人にしか聞こえない位の小さな声で、何か考えているみたいな顔で頷いて、何故かは分からないけど、自分の後ろ頭をくしゃ、とかきむしった。



 そしてしばし時間が経過して―――



「・・・く・・・んむ・・・・・」
 変な声出しながら必死に睡魔に耐えるあたしと、それを横で呆れ顔で眺めているカワハシ。
「・・・・・いい加減寝れば?」
「ま・・・まだまだ・・・」
 やっぱり眠い・・・。
 でもでも、こんくらいじゃまだ夜中タックルしちゃうかも知れないし・・・。
 もうちょっと頑張らねば。
「目、半分どっか行ってるぞ」
 カワハシが眉尻を下げながら、あたしの目尻をにょーんと引っ張る。
「・・・・んむ~・・・」
 ああもうダメかも。 
 でも、これだけ頑張って起きてたんだから、今日はベッドタックルしないで済みそう・・・かな?
「もういいから寝ろって。な?」
 何かいつもより優しい声でカワハシが言う。

 ・・・・そっか、あたしに付き合ってたら彼も寝れないんだ。

 何でか一緒に付き合って起きててくれる彼に、申し訳なさも感じたので、あたしはやっと眠りにつく事にした。
「・・・・・・・・・・おやすみなさひ・・・」
 言うが早いか、あたしは頭をぽふっ、と枕に委ねて倒れ込む。
 ああ~お布団だ~
 と思うや否や、瞼がするりと落ちて来て、頑張っても半分くらいしか開かなくなってしまう。
 意識がだんだん遠くなって、ふわふわと気持ち良くなって行って。
 
 なにかが、かおに、さわってきが・・した・・・。

 でもそれすらも、確認する余力は無くて。
 あたしの意識は深く落ちて行った――






 
「・・・・・・トーイ?」
 自分が寄りかかっているソファーベッドで、小さな寝息を立て始めた娘分に、かすれる位の小さな声をかけてみる。
 当然ではあるが、返事はなし。
「寝た・・・・・かな?」
 念の為、顔の近くに手を、持っていってみる。
 しばらくそのままにしてみたが、娘はそのまま「すぴょすぴょ」言ってるだけである。
「ったく、変なこと考えるなよなあ」
 起きていられるだけ起きてるなんて、よくそんな訳の分からない事を思いつくものだと、いささか感心したりする。
 俺は気にしてないって言ったのに、本人はやはり後ろめたいんだろうか?
 だとしたら、俺はあんまり良くない事をしてるって事になるんだけど。
「だからってなあ・・」
 女の子を、こんな年端も行かないちっちゃな娘を、ソファーで寝かせるのはどうかと思うわけだ。
 だからと言って、もう一台ベッドを置くスペースなんて家には無いし。
 まあ無駄にでかいベッドが好きで、一人モンの俺がダブルベッド買ってる時点で間違っているんだろうけど・・・。
 ぽりぽり頬をかきながら。
 それにしても――

「いろいろ足りないなあ、お前は」
 苦笑して頬をそおっと撫でる。
 くすぐったかったのか、眉間に変なしわを寄せて寝返りをうった。
「普通は見ず知らずの一人モンの男の家になんか、住み込まないぞ?」
 最も、その見ず知らずの少女を連れて帰って来たのは自分自身だけど。
 
 男親ってのは、こんな心持になるのだろうか、と思い、懇意にしている喫茶店のマスターそれとなく聞いてみたことがあった。
 彼が言うに、俺の感覚と親の感覚は近しいものがあるらしいが、別物だと言われてしまった。
 まあ、本当の娘ではないし、たかだか29の俺が一夜にして17の子持ちになってしまったのだ。
 本物の親のそれと違っていたとしても、仕方ないだろう。
   
 そう答えると、マスターはいつも浮かべている柔和な笑みをちょっとくずして、若干いたずらっぽく笑った。

 そのあとのマスターの言った台詞が、妙に頭に引っかかりはしたが、敢えて気にしないそぶりをした。
 あの人にだけは、誰も勝てた試しがないからな。
 まあ、珠子みたいな特殊な例を除けばだけど・・。


 
「よ・・・っと」
 小さく声を漏らして、ソファーで眠る娘を抱える。
 毎晩、こうして運んでるなんてばれたら、怒られるだろうなあ、やっぱり。
 怒られるだけで済めばいいけど・・。
 
 だからと言って、最初からベッドを明け渡す程俺は優しくは無い。
 と言うか、ガラのでかい俺ではこの簡易ベッドでは色々はみ出てしまう。この子のサイズなら、ぴったりではあるのだが、だからと言って、本当にソファーで寝起きさせるのも考え物だ。
 だったら面倒くさいから、一緒くたに寝ちまえ。
 
 それだけの事だ。
 その理論が、通用するのは多分自分自身以外に無いのだろうが。
 
 そろそろと、慎重に持ち上げる。
 最も、コイツは生半可なことじゃ起きないから、無駄な心配は毎回杞憂に終わるのだが。
 やっと普通に立ち上がれて、歩き出そうとした刹那――



「アンパンマン!!カビはえてる!!」



 一体全体どこまで愉快指数の高い夢を見ていたのか、常人には理解しがたい寝言(?)を叫んで飛び起きる。
 俺は自分が今どんな状況にいるのかすっかり失念し、腕の中の彼女を抱き上げたままふき出した。
「ぷ」
「かわはしぃ?」
 まだ幾分寝ぼけ眼である。
 こしこしと手で目をこすって、再びこちらに視線を向けて、興奮気味に、
「すごい夢見ちゃった!アンパンマンがね、かびはえててあたし顔食べれなかったの!しかもその赤かびが妙にリアルで・・」
 でっかいめん玉を見開いて、目の前の俺に矢継ぎ早に話し掛ける。
 
 お前は本当はいくつなんだ。
 なんなんだアンパンマンって。
 
 そこまで普通に心の中で突っ込んで、ようやっと俺は冷や汗を垂らす。


 ―――あ、やばい―――

 
 腕の中の年齢査証疑惑のある娘は、未だに赤かびだかの話をしているが、やがて、

「でね、そのまま飛んで・・・・って・・・あれ?」
 今になってようやく気付いたらしく、俺の顔と地面とを見比べている。
「・・・・浮いてる?」
 お前のその鈍さに拍手。
 じゃなくて。
「・・・・・あー・・・・・」
 俺は気まずい声で引きつりながら顔をそむけようとするが、柔らかい小さな両手に頬を挟まれ、無理やり顔の方向を変えられてしまう。
「いや、あのな、トーイ、これは・・」
 どうやってこの場を逃れようかと、彼女を抱えたままの何ともおかしな格好で、脳みそをフル回転させる。
 が、彼女の言葉の方が早かった。

「あたしなんで浮いてるの?」

 ・・・・・
 ・・・・・
「は?」
 質問の意味が良く理解できずに、俺は1オクターブひっくり返った声で訪ねる。
「なんで浮いてるの?」
「そりゃ、俺が抱えてるからじゃねえ?」
 弁解も言い訳も全て忘れて、ごくごく普通に返事をしている自分が居た。
 ある意味コイツの鈍さには驚きを通り越して驚愕だ。
「じゃ、何で抱えてるの?」
「そりゃ・・・」
 言いかけて口篭もる。
 疑念を抱く事に慣れていないこの娘は、きょとんとしたまま俺を見つめる。
 その目に覗き込まれると、内にひそめた全てが発露してしまいそうで、後ろめたくなる。
「そろそろ・・・・寝ようかと・・・」
 彼女を降ろすタイミングを一向に逃してしまったまま、目線だけをしきりに泳がせつつ、平静を装ってみる。
「寝るの?」
「・・ん・ああ」
 心なしか返事も可笑しい。口の中がにわかに渇く。
 あからさまに可笑しい態度の俺を僅かばかりの間、顔を近づけて眺めて呟く。


「あ、分かっちゃったあたしってば」


 彼女の言葉に、刹那的に四肢がびくりと跳ねる。
 冷や汗を垂れ流す俺の両腕に抱えられたまま、何故か嬉しそうなにやけたような顔になる。
 強いて言えば、「いひひひ」とか言いそうなちょっと小憎たらしい顔だ。
「・・・・・なにが・・?」
「んふふふふ」
 彼女は目を細めて笑う。残念な事に、「いひひひ」ではなかったらしい。

「ぬいぐるみだね」
「は?」
「ぬいぐるみだっこだね」
「はあ?」
 ・・・・神様、コイツの脳みそを理解する翻訳装置を下さい・・・。
 俺は困惑した顔のまま、ものすごい勢いで頭を回転させるが、全く持って理解不能である。
 助けて。
 
 いい加減理解しない俺に頬をふくらませ、

「だーかーらー、一人で寝るのが寂しいから、ぬいぐるみの代わりにあたし抱っこして寝るんでしょ?」

 ・・・・・・何という幼稚な・・・もとい素敵な想像力。
 悪いが俺には百年経ってもそんな考えは思いつかない。
「そうだよねー。この家ぬいぐるみないもんね。あとはクッションかあたしくらいしかないもんね」
 しかも一人で納得してるし。
「そしたらもしかして!?」
 ぴょこんと首に腕を巻きつけてきて、
「毎晩カワハシのせいだったの?毎晩カワハシがさみしんぼになって、ぬいぐるみ代わりにあたしの事抱えてたの?」
 ・・・ああもう、ままよ。
「ソウカモネ」
 遠い方向を眺めつつ、もうどうにでもしてくれ状態に陥った俺は、片言のような台詞を吐く。
「そっかー良かったーあたし病気じゃなかったんだー」
 なんか・・・逆に座りが悪い気がしないでもないんだが・・・
 普通に怒られたりする方が寝覚めがいいって言うか・・・。
 まあ、自業自得なんだろうけど。
「仕方ないなあ。カワハシもまだぬいぐるみが恋しいお年頃なのね♪」
 待ってくれ。
 お前と一緒にするな。
 と言うより、ぬいぐるみが恋しかった記憶なんてガキの時分から皆無だ。



「で、運んでよ」
「へ?」
「運んでよ」
「どこに」
「寝るんでしょ?」
「はあ」
 さも当然の様な口調で言う娘と、未だにこの娘の脳内に追いつかない俺。
「一緒に寝るんでしょ?だったら寝床にこのままれっつごー!」
 いつものあの満面の笑顔で。
 それよりも寝床って何よ、ベッドだろう。とか、
 レッツゴーってお前どうなのよ。とか、
 本来この状況で自らベッドに行こうなんて言う娘は、そうそういないぞ、とか、
 こいつは自分に身の危険が降りかかってるとか思わないんだろうか、とか。

 一瞬でものすごいたくさんのそんなことが頭を巡った。
 
 こいつは何でこんなに俺を信用しているのだろうか、とか。
 もしかしたら、全然信用なんかされてないのかもしれないけど。

 何だかどうしていいかわからなくなって、やっと視線を戻してみる。
 そこには、さっきと同じ笑顔のままでこちらを伺っている輝愛がいた。

「寝ないの?」
「寝るよ」
「じゃあ寝ようよ」


 信用されているって事が、こんなに幸せで、同時に責任のあるものだとは思わなかった。
 俺は内心の照れ隠しも含めて、例のベッドに娘を軽く放り投げた。
「ひどーい、やさしくなーい」
 娘は尻から綺麗に着地して、口をとんがらせた。
「ほれ、子供は寝る時間だぞ」
「ぬいぐるみほしいカワハシも子供でしょ」
 布団に包まりながら、ふくれっつらを作ってくれる。

「違いねえな」

 苦笑して、瞼を閉じる。
 右腕の上に、彼女の重みを感じている。
 
 信頼されていると言うのは、なんと幸せなことだろうか。
 なんと嬉しいことだろうか。
 そして同時に、それに対する責任のなんと重いことか。
 
「こんなんじゃ、出したくなったとしても、そうそう手も出せやしないな」
 俺の呟きを何と勘違いしたのか、わざわざ布団から俺の左腕を外にほうり出してくれた。
 ・・・・
 ・・・・
 違う。 
 明らかに違う。
 むしろ面白すぎる。勘弁してくれ。
 こんなのを、普通に真顔でやられるから、こっちとしてはたまったもんじゃない。
 邪気が抜かれる様な気すらしてくる。


「まあだまだ先は長いやねえ・・」
 呟いて、少し温もりを引き寄せる。

 そしてそのまま、眠りにつく。
 こういう責任なら、悪くは無い―――



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