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桃屋の創作テキスト置き場
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■こんぺいとう 読み切り  ないしょないしょ ■




 ―――今日こそ、寝ないで頑張って見ようと思う。


 妙に不細工な顔でふん!と隠れて気合を入れているあたし。
 あてがわれたリビングの、日中はソファーとして使っている、夜である今はベッドに早代わり!な一石二鳥のソファーベッドとやらの上で、カワハシにバレないように、小さく握りこぶしを作ってみる。
 当のカワハシと言えば、本日二本目の缶ビールを片手に、煙草くわえながらテレビをのほほんとご鑑賞中である。
 ちなみに、毎日晩酌と言うか、必ずお酒飲むカワハシに、『飲みすぎ』と言って、一日缶ビール二本まで!と決めたのはほかならぬあたしだったりする。ついでに、煙草も一日一箱にしてみた。
 本人は不満ぶーぶーだったけど、何だかんだで守ってくれてるみたい。
 
 時刻は午後11時半。
 朝早起きなあたしは、普段ならそろそろお休みなさいな時間なんだけど、今日は明日お休みなの分かってるし、それに何より、あたしは今ここで寝ちゃう訳には行かないのだ。
 これには深い訳があって。
 時を遡る事幾年月・・・って、そこまで昔ではないんだけど。


 あたしがカワハシに拾われて、この家に来て初めて分かった病気。
 それ即ち夢遊病。

 
 ばあちゃんと二人で独身寮に住み込みで働いていた時は、ばあちゃんはあたしなんかより早寝早起きの人だったし、ついでに言うと地震くらいじゃ起きないような人だったので、この家に来てカワハシに発見されるまで、あたしは自らがかかっている病について、全然知らなかったのだ。
 ただ夜中部屋の中を徘徊するだけならまだ良いんだけど(・・まあそれもどうかと思うんだけど)、ベッドで寝ているカワハシに突っ込んでいくらしく(カワハシ談)。
 なんでだろう。ベッドで寝たいのかな?あたし。
 別にこのソファーでも何の不満も無いつもりなんだけど。
 
 で、夜毎あたしがベッドにタックルしてくるおかげで、被害者のカワハシは寝不足なんだとさ。
 ・・・申し訳ないとは思ってるけど。でもでもでも、どうしたらいいのか皆目見当がつかない。
  
 ってことで思いついたのが今日のこの作戦。
 名付けて、『限界まで起きてれば、夜中徘徊する体力も無くなるでしょう作戦』
 ・・・・まあ要するに、夜起きれるだけ限界まで起きてれば、恐らくぐっすり熟睡しちゃって、夜中むやみやたらに動き回るって事も無いかな? なんて考えてみたんだけど。
 ・・・実際は、まあ、やってみないとわかんないんだけど・・・。


 あたしがへちょん、と座ってるソファーベッドに寄りかかってるカワハシの肩に、背後から顎を乗せて、彼が見ているテレビを一緒に眺める事にした。
 彼はいきなりあたしがくっ付いてきたのに驚いたのか、顔をこちらに向けると、表情だけで「どうした?」と聞いてくる。
 あたしは肩に顎を乗せたまま、ぷるぷると首を左右に振って、そのままテレビ画面を眺めていた。
 カワハシは、「子供は寝る時間だぞ」と言って、左腕で左肩に乗ったあたしの頭を、器用にぽんぽん撫でた。

「今日は寝ちゃいけないの。そう決めたの」
「何で」
 ビールを流し込みながら、仰向けになるような格好で目線を合わせてくる。
「だって、ずっと起きてたら、いつもよりすごく眠たくなるでしょ?」
「ふむ」
「そしたらいざ寝たら熟睡でしょ?」
「まあなあ」
「そしたら夜中歩いてタックルする元気、なくなるかも知れないでしょ」
 にひっ、と笑うあたしに、カワハシは一瞬目を、さして大きくない切れ長の目を見開いて、困惑したような顔になる。
 ・・・あれ?あたし変な事言ったっけ・・?

「・・・・カワハシ?」
 身じろぎしないでいる彼の、例の瞳を覗き込む。
 と、何故か視線を逸らされてしまった。
「?」
「いや・・何でもないけど・・・そーゆーコトね・・・」
 彼は自分一人にしか聞こえない位の小さな声で、何か考えているみたいな顔で頷いて、何故かは分からないけど、自分の後ろ頭をくしゃ、とかきむしった。



 そしてしばし時間が経過して―――



「・・・く・・・んむ・・・・・」
 変な声出しながら必死に睡魔に耐えるあたしと、それを横で呆れ顔で眺めているカワハシ。
「・・・・・いい加減寝れば?」
「ま・・・まだまだ・・・」
 やっぱり眠い・・・。
 でもでも、こんくらいじゃまだ夜中タックルしちゃうかも知れないし・・・。
 もうちょっと頑張らねば。
「目、半分どっか行ってるぞ」
 カワハシが眉尻を下げながら、あたしの目尻をにょーんと引っ張る。
「・・・・んむ~・・・」
 ああもうダメかも。 
 でも、これだけ頑張って起きてたんだから、今日はベッドタックルしないで済みそう・・・かな?
「もういいから寝ろって。な?」
 何かいつもより優しい声でカワハシが言う。

 ・・・・そっか、あたしに付き合ってたら彼も寝れないんだ。

 何でか一緒に付き合って起きててくれる彼に、申し訳なさも感じたので、あたしはやっと眠りにつく事にした。
「・・・・・・・・・・おやすみなさひ・・・」
 言うが早いか、あたしは頭をぽふっ、と枕に委ねて倒れ込む。
 ああ~お布団だ~
 と思うや否や、瞼がするりと落ちて来て、頑張っても半分くらいしか開かなくなってしまう。
 意識がだんだん遠くなって、ふわふわと気持ち良くなって行って。
 
 なにかが、かおに、さわってきが・・した・・・。

 でもそれすらも、確認する余力は無くて。
 あたしの意識は深く落ちて行った――






 
「・・・・・・トーイ?」
 自分が寄りかかっているソファーベッドで、小さな寝息を立て始めた娘分に、かすれる位の小さな声をかけてみる。
 当然ではあるが、返事はなし。
「寝た・・・・・かな?」
 念の為、顔の近くに手を、持っていってみる。
 しばらくそのままにしてみたが、娘はそのまま「すぴょすぴょ」言ってるだけである。
「ったく、変なこと考えるなよなあ」
 起きていられるだけ起きてるなんて、よくそんな訳の分からない事を思いつくものだと、いささか感心したりする。
 俺は気にしてないって言ったのに、本人はやはり後ろめたいんだろうか?
 だとしたら、俺はあんまり良くない事をしてるって事になるんだけど。
「だからってなあ・・」
 女の子を、こんな年端も行かないちっちゃな娘を、ソファーで寝かせるのはどうかと思うわけだ。
 だからと言って、もう一台ベッドを置くスペースなんて家には無いし。
 まあ無駄にでかいベッドが好きで、一人モンの俺がダブルベッド買ってる時点で間違っているんだろうけど・・・。
 ぽりぽり頬をかきながら。
 それにしても――

「いろいろ足りないなあ、お前は」
 苦笑して頬をそおっと撫でる。
 くすぐったかったのか、眉間に変なしわを寄せて寝返りをうった。
「普通は見ず知らずの一人モンの男の家になんか、住み込まないぞ?」
 最も、その見ず知らずの少女を連れて帰って来たのは自分自身だけど。
 
 男親ってのは、こんな心持になるのだろうか、と思い、懇意にしている喫茶店のマスターそれとなく聞いてみたことがあった。
 彼が言うに、俺の感覚と親の感覚は近しいものがあるらしいが、別物だと言われてしまった。
 まあ、本当の娘ではないし、たかだか29の俺が一夜にして17の子持ちになってしまったのだ。
 本物の親のそれと違っていたとしても、仕方ないだろう。
   
 そう答えると、マスターはいつも浮かべている柔和な笑みをちょっとくずして、若干いたずらっぽく笑った。

 そのあとのマスターの言った台詞が、妙に頭に引っかかりはしたが、敢えて気にしないそぶりをした。
 あの人にだけは、誰も勝てた試しがないからな。
 まあ、珠子みたいな特殊な例を除けばだけど・・。


 
「よ・・・っと」
 小さく声を漏らして、ソファーで眠る娘を抱える。
 毎晩、こうして運んでるなんてばれたら、怒られるだろうなあ、やっぱり。
 怒られるだけで済めばいいけど・・。
 
 だからと言って、最初からベッドを明け渡す程俺は優しくは無い。
 と言うか、ガラのでかい俺ではこの簡易ベッドでは色々はみ出てしまう。この子のサイズなら、ぴったりではあるのだが、だからと言って、本当にソファーで寝起きさせるのも考え物だ。
 だったら面倒くさいから、一緒くたに寝ちまえ。
 
 それだけの事だ。
 その理論が、通用するのは多分自分自身以外に無いのだろうが。
 
 そろそろと、慎重に持ち上げる。
 最も、コイツは生半可なことじゃ起きないから、無駄な心配は毎回杞憂に終わるのだが。
 やっと普通に立ち上がれて、歩き出そうとした刹那――



「アンパンマン!!カビはえてる!!」



 一体全体どこまで愉快指数の高い夢を見ていたのか、常人には理解しがたい寝言(?)を叫んで飛び起きる。
 俺は自分が今どんな状況にいるのかすっかり失念し、腕の中の彼女を抱き上げたままふき出した。
「ぷ」
「かわはしぃ?」
 まだ幾分寝ぼけ眼である。
 こしこしと手で目をこすって、再びこちらに視線を向けて、興奮気味に、
「すごい夢見ちゃった!アンパンマンがね、かびはえててあたし顔食べれなかったの!しかもその赤かびが妙にリアルで・・」
 でっかいめん玉を見開いて、目の前の俺に矢継ぎ早に話し掛ける。
 
 お前は本当はいくつなんだ。
 なんなんだアンパンマンって。
 
 そこまで普通に心の中で突っ込んで、ようやっと俺は冷や汗を垂らす。


 ―――あ、やばい―――

 
 腕の中の年齢査証疑惑のある娘は、未だに赤かびだかの話をしているが、やがて、

「でね、そのまま飛んで・・・・って・・・あれ?」
 今になってようやく気付いたらしく、俺の顔と地面とを見比べている。
「・・・・浮いてる?」
 お前のその鈍さに拍手。
 じゃなくて。
「・・・・・あー・・・・・」
 俺は気まずい声で引きつりながら顔をそむけようとするが、柔らかい小さな両手に頬を挟まれ、無理やり顔の方向を変えられてしまう。
「いや、あのな、トーイ、これは・・」
 どうやってこの場を逃れようかと、彼女を抱えたままの何ともおかしな格好で、脳みそをフル回転させる。
 が、彼女の言葉の方が早かった。

「あたしなんで浮いてるの?」

 ・・・・・
 ・・・・・
「は?」
 質問の意味が良く理解できずに、俺は1オクターブひっくり返った声で訪ねる。
「なんで浮いてるの?」
「そりゃ、俺が抱えてるからじゃねえ?」
 弁解も言い訳も全て忘れて、ごくごく普通に返事をしている自分が居た。
 ある意味コイツの鈍さには驚きを通り越して驚愕だ。
「じゃ、何で抱えてるの?」
「そりゃ・・・」
 言いかけて口篭もる。
 疑念を抱く事に慣れていないこの娘は、きょとんとしたまま俺を見つめる。
 その目に覗き込まれると、内にひそめた全てが発露してしまいそうで、後ろめたくなる。
「そろそろ・・・・寝ようかと・・・」
 彼女を降ろすタイミングを一向に逃してしまったまま、目線だけをしきりに泳がせつつ、平静を装ってみる。
「寝るの?」
「・・ん・ああ」
 心なしか返事も可笑しい。口の中がにわかに渇く。
 あからさまに可笑しい態度の俺を僅かばかりの間、顔を近づけて眺めて呟く。


「あ、分かっちゃったあたしってば」


 彼女の言葉に、刹那的に四肢がびくりと跳ねる。
 冷や汗を垂れ流す俺の両腕に抱えられたまま、何故か嬉しそうなにやけたような顔になる。
 強いて言えば、「いひひひ」とか言いそうなちょっと小憎たらしい顔だ。
「・・・・・なにが・・?」
「んふふふふ」
 彼女は目を細めて笑う。残念な事に、「いひひひ」ではなかったらしい。

「ぬいぐるみだね」
「は?」
「ぬいぐるみだっこだね」
「はあ?」
 ・・・・神様、コイツの脳みそを理解する翻訳装置を下さい・・・。
 俺は困惑した顔のまま、ものすごい勢いで頭を回転させるが、全く持って理解不能である。
 助けて。
 
 いい加減理解しない俺に頬をふくらませ、

「だーかーらー、一人で寝るのが寂しいから、ぬいぐるみの代わりにあたし抱っこして寝るんでしょ?」

 ・・・・・・何という幼稚な・・・もとい素敵な想像力。
 悪いが俺には百年経ってもそんな考えは思いつかない。
「そうだよねー。この家ぬいぐるみないもんね。あとはクッションかあたしくらいしかないもんね」
 しかも一人で納得してるし。
「そしたらもしかして!?」
 ぴょこんと首に腕を巻きつけてきて、
「毎晩カワハシのせいだったの?毎晩カワハシがさみしんぼになって、ぬいぐるみ代わりにあたしの事抱えてたの?」
 ・・・ああもう、ままよ。
「ソウカモネ」
 遠い方向を眺めつつ、もうどうにでもしてくれ状態に陥った俺は、片言のような台詞を吐く。
「そっかー良かったーあたし病気じゃなかったんだー」
 なんか・・・逆に座りが悪い気がしないでもないんだが・・・
 普通に怒られたりする方が寝覚めがいいって言うか・・・。
 まあ、自業自得なんだろうけど。
「仕方ないなあ。カワハシもまだぬいぐるみが恋しいお年頃なのね♪」
 待ってくれ。
 お前と一緒にするな。
 と言うより、ぬいぐるみが恋しかった記憶なんてガキの時分から皆無だ。



「で、運んでよ」
「へ?」
「運んでよ」
「どこに」
「寝るんでしょ?」
「はあ」
 さも当然の様な口調で言う娘と、未だにこの娘の脳内に追いつかない俺。
「一緒に寝るんでしょ?だったら寝床にこのままれっつごー!」
 いつものあの満面の笑顔で。
 それよりも寝床って何よ、ベッドだろう。とか、
 レッツゴーってお前どうなのよ。とか、
 本来この状況で自らベッドに行こうなんて言う娘は、そうそういないぞ、とか、
 こいつは自分に身の危険が降りかかってるとか思わないんだろうか、とか。

 一瞬でものすごいたくさんのそんなことが頭を巡った。
 
 こいつは何でこんなに俺を信用しているのだろうか、とか。
 もしかしたら、全然信用なんかされてないのかもしれないけど。

 何だかどうしていいかわからなくなって、やっと視線を戻してみる。
 そこには、さっきと同じ笑顔のままでこちらを伺っている輝愛がいた。

「寝ないの?」
「寝るよ」
「じゃあ寝ようよ」


 信用されているって事が、こんなに幸せで、同時に責任のあるものだとは思わなかった。
 俺は内心の照れ隠しも含めて、例のベッドに娘を軽く放り投げた。
「ひどーい、やさしくなーい」
 娘は尻から綺麗に着地して、口をとんがらせた。
「ほれ、子供は寝る時間だぞ」
「ぬいぐるみほしいカワハシも子供でしょ」
 布団に包まりながら、ふくれっつらを作ってくれる。

「違いねえな」

 苦笑して、瞼を閉じる。
 右腕の上に、彼女の重みを感じている。
 
 信頼されていると言うのは、なんと幸せなことだろうか。
 なんと嬉しいことだろうか。
 そして同時に、それに対する責任のなんと重いことか。
 
「こんなんじゃ、出したくなったとしても、そうそう手も出せやしないな」
 俺の呟きを何と勘違いしたのか、わざわざ布団から俺の左腕を外にほうり出してくれた。
 ・・・・
 ・・・・
 違う。 
 明らかに違う。
 むしろ面白すぎる。勘弁してくれ。
 こんなのを、普通に真顔でやられるから、こっちとしてはたまったもんじゃない。
 邪気が抜かれる様な気すらしてくる。


「まあだまだ先は長いやねえ・・」
 呟いて、少し温もりを引き寄せる。

 そしてそのまま、眠りにつく。
 こういう責任なら、悪くは無い―――



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