桃屋の創作テキスト置き場
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■こんぺいとう 読み切り 砂糖菓子娘 ■
大きな子猫を拾った。
かなり大きな奴だ。
そいつは今、うちの家具の中で一番値の張るソファーベッドを陣取り早々に寝息を立て ている。
風呂上りで乾き切っていない髪の毛が、つらり、と光る。
同じシャンプーや石鹸を使っている筈なのに、どうしてこうも香りが違うのか、と、風呂上りの俺は自分とその拾った猫の匂いを嗅ぎ比べたほどだ。
甘い、香りがする。
この部屋に、似つかわしくない、甘い、香り。
名前も知らない。
素性も知らない。
ただ、吸い込まれるような瞳に惹かれて、連れて帰って来た。
そうしてソファーの上で丸まっているところを見ると、なかなかどうして、本物の猫の様である。
二本目の缶ビールを開けて、喉の奥に流し込む。
男物のTシャツを着せてはみたが、まるでワンピースのようなぶかぶかの状態になってしまった。
まあ、女物があるはずも無いのだから、致し方ないのだが。
小さい、小さい、猫。
拾ってくれ、と鳴いていた訳ではない。
俺が勝手に連れて帰って来たのだ。
ならば、この娘が自分で生きて行ける様になるまでの間は責任を持とう。
そう、思った。
例え、それがほんの僅かな間だったとしても。
「・・・・・何で拾っちまったのかなあ・・」
ビールを流し込みながら、俺は返事等返って来ないと分かってはいても呟いた。
放って置けば、面倒くさくなかった筈なのに。
ぼうっと、その大きくて小さい猫を眺めている。
その猫の娘は、身体を小さく丸めて寝ている。
丁度、雛鳥が卵の中にいる時のような格好に近いのだろうか?
等と考えてみる。
俺はのっそりと立ち上がって、子猫の側に歩み寄る。
顔に顔を近付けてみると、頬に涙の跡が残っているのが見えた。
・・・まあ、あれだけだばだば泣いてりゃ、仕方ないか・・・
と、雨の中、止め処なく涙を流していたこの娘の事を思い出して苦笑する。
「・・・う・・・」
子猫が、小さな声でうめいた。
そしてそのまま、閉ざしたままの両目から、また涙をぽろぽろと零した。
眉間にしわを寄せ、手が白くなるまで強く握り締めて。
痛そうな顔だった。
哀しそうな顔じゃない。
辛そうな顔でもない。
痛そうな、悲痛な顔だった。
子猫は眠ったまま涙を零し、ただ一言小さく呟いた。
「誰か・・・」
瞬間、俺は目を見開く。
その言葉を捕らえてしまったから。
その先に続く言葉が何であるか、容易に想像出来てしまったから。
「・・・・まいったね、こりゃ・・・」
軽い口調で言ってはみたが、表情まではそうはいかないだろう。
ここに誰もいなくて良かったと、心底思った。
この痛々しい子猫の娘が言いたいのはきっと、
『誰か、助けて』
ごくり、と唾を飲み込んだ。
この小さい子猫は、必死に生きてきたんだろう。
そして今、一歩間違えれば簡単に壊れてしまいそうな場所に居るのだ。
「・・・・・・泣くなよ」
俺は無骨な手で、そっと、出来る限り優しく子猫の涙を拭う。
しかし、すぐにおさまる訳も無く、俺自身も目の前のこの娘のような顔になりそうだった。
「・・・・・・泣くなよ」
俺の方が泣きそうな声だった。
頼むから泣くなよ。
俺にはどうしてやる事も出来ないよ。
でも―――
俺は涙を拭うのを諦めて、子猫を腕の中に閉じ込めた。
いくら泣いても、涙がこの腕の中から溢れる事が無いように、しっかりと。
何もしてやれない自分への、苛立ちからかも知れないし、そうでないかも知れない。
ただ、今は、この娘の涙が自分以外に晒されないように。
小さなこの子を、すっぽりと両腕の中に閉じ込めた。
「甘い・・・香りだ・・・」
この年位の女の子は、みんなこんな甘い香りがするんだろうか。
砂糖菓子みたいな。
ふわふわしたような甘い香り。
子猫は嫌がりもせず、むしろこちらの胸に顔を埋めるようにくっついて来た。
それを幸いに、俺は力を緩めなかった。
・・・ビール二本程度で、酔う訳は無いのに・・・
「まあ、酔ってるって事にしといた方が、いいか」
呟いて天井を仰ぎ見る。
せめてこの涙が本当に渇くまでは、決してこの腕の中から出してなるものか。
この砂糖菓子娘が、本当に泣き止むまで、俺の両腕の中に閉じ込めておきたい。
本気でそう思った。
「・・・・重症だなあ・・」
言って目を細める。
明日、この砂糖菓子娘が起きたら名前を聞こう。
いつかその時が来たら、この子が泣き止む時が来たら、
ちゃんと目を見て名前を呼んでやろう。
それまでは―――
「・・・砂糖菓子娘じゃ・・まずいしなあ・・な?」
腕の中の甘い香りの子猫に聞いてみるが、答えが返ってる筈も無い。
砂糖・・・糖・・・・糖衣錠・・・
「トーイ、かな」
また一人、ぽつりと言葉を唇に載せてみて苦笑する。
我ながら乙女ちっくで似合わない名前をつけたものだ。
でも、甘ったるい砂糖菓子娘は、糖衣錠の様に包まれているからこんなに甘い香りなのかも知れない。
そう考えると、まんざら悪い名前でもないだろう。
手探りでリモコンを探して電気を消す。
勿論砂糖菓子娘は腕に抱えたまま離さない。
―――離してなるものか。
とか、訳の分からない気合じみたものまで入っている始末だ。
明日になったら、名前を教えてくれ。
明日になったら、笑顔を見せてくれ。
そんな風に考えながら、俺も腕の中の大きくて小さな子猫の砂糖菓子娘を抱き締めて、眠りについた。
大きな子猫を拾った。
かなり大きな奴だ。
そいつは今、うちの家具の中で一番値の張るソファーベッドを陣取り早々に寝息を立て ている。
風呂上りで乾き切っていない髪の毛が、つらり、と光る。
同じシャンプーや石鹸を使っている筈なのに、どうしてこうも香りが違うのか、と、風呂上りの俺は自分とその拾った猫の匂いを嗅ぎ比べたほどだ。
甘い、香りがする。
この部屋に、似つかわしくない、甘い、香り。
名前も知らない。
素性も知らない。
ただ、吸い込まれるような瞳に惹かれて、連れて帰って来た。
そうしてソファーの上で丸まっているところを見ると、なかなかどうして、本物の猫の様である。
二本目の缶ビールを開けて、喉の奥に流し込む。
男物のTシャツを着せてはみたが、まるでワンピースのようなぶかぶかの状態になってしまった。
まあ、女物があるはずも無いのだから、致し方ないのだが。
小さい、小さい、猫。
拾ってくれ、と鳴いていた訳ではない。
俺が勝手に連れて帰って来たのだ。
ならば、この娘が自分で生きて行ける様になるまでの間は責任を持とう。
そう、思った。
例え、それがほんの僅かな間だったとしても。
「・・・・・何で拾っちまったのかなあ・・」
ビールを流し込みながら、俺は返事等返って来ないと分かってはいても呟いた。
放って置けば、面倒くさくなかった筈なのに。
ぼうっと、その大きくて小さい猫を眺めている。
その猫の娘は、身体を小さく丸めて寝ている。
丁度、雛鳥が卵の中にいる時のような格好に近いのだろうか?
等と考えてみる。
俺はのっそりと立ち上がって、子猫の側に歩み寄る。
顔に顔を近付けてみると、頬に涙の跡が残っているのが見えた。
・・・まあ、あれだけだばだば泣いてりゃ、仕方ないか・・・
と、雨の中、止め処なく涙を流していたこの娘の事を思い出して苦笑する。
「・・・う・・・」
子猫が、小さな声でうめいた。
そしてそのまま、閉ざしたままの両目から、また涙をぽろぽろと零した。
眉間にしわを寄せ、手が白くなるまで強く握り締めて。
痛そうな顔だった。
哀しそうな顔じゃない。
辛そうな顔でもない。
痛そうな、悲痛な顔だった。
子猫は眠ったまま涙を零し、ただ一言小さく呟いた。
「誰か・・・」
瞬間、俺は目を見開く。
その言葉を捕らえてしまったから。
その先に続く言葉が何であるか、容易に想像出来てしまったから。
「・・・・まいったね、こりゃ・・・」
軽い口調で言ってはみたが、表情まではそうはいかないだろう。
ここに誰もいなくて良かったと、心底思った。
この痛々しい子猫の娘が言いたいのはきっと、
『誰か、助けて』
ごくり、と唾を飲み込んだ。
この小さい子猫は、必死に生きてきたんだろう。
そして今、一歩間違えれば簡単に壊れてしまいそうな場所に居るのだ。
「・・・・・・泣くなよ」
俺は無骨な手で、そっと、出来る限り優しく子猫の涙を拭う。
しかし、すぐにおさまる訳も無く、俺自身も目の前のこの娘のような顔になりそうだった。
「・・・・・・泣くなよ」
俺の方が泣きそうな声だった。
頼むから泣くなよ。
俺にはどうしてやる事も出来ないよ。
でも―――
俺は涙を拭うのを諦めて、子猫を腕の中に閉じ込めた。
いくら泣いても、涙がこの腕の中から溢れる事が無いように、しっかりと。
何もしてやれない自分への、苛立ちからかも知れないし、そうでないかも知れない。
ただ、今は、この娘の涙が自分以外に晒されないように。
小さなこの子を、すっぽりと両腕の中に閉じ込めた。
「甘い・・・香りだ・・・」
この年位の女の子は、みんなこんな甘い香りがするんだろうか。
砂糖菓子みたいな。
ふわふわしたような甘い香り。
子猫は嫌がりもせず、むしろこちらの胸に顔を埋めるようにくっついて来た。
それを幸いに、俺は力を緩めなかった。
・・・ビール二本程度で、酔う訳は無いのに・・・
「まあ、酔ってるって事にしといた方が、いいか」
呟いて天井を仰ぎ見る。
せめてこの涙が本当に渇くまでは、決してこの腕の中から出してなるものか。
この砂糖菓子娘が、本当に泣き止むまで、俺の両腕の中に閉じ込めておきたい。
本気でそう思った。
「・・・・重症だなあ・・」
言って目を細める。
明日、この砂糖菓子娘が起きたら名前を聞こう。
いつかその時が来たら、この子が泣き止む時が来たら、
ちゃんと目を見て名前を呼んでやろう。
それまでは―――
「・・・砂糖菓子娘じゃ・・まずいしなあ・・な?」
腕の中の甘い香りの子猫に聞いてみるが、答えが返ってる筈も無い。
砂糖・・・糖・・・・糖衣錠・・・
「トーイ、かな」
また一人、ぽつりと言葉を唇に載せてみて苦笑する。
我ながら乙女ちっくで似合わない名前をつけたものだ。
でも、甘ったるい砂糖菓子娘は、糖衣錠の様に包まれているからこんなに甘い香りなのかも知れない。
そう考えると、まんざら悪い名前でもないだろう。
手探りでリモコンを探して電気を消す。
勿論砂糖菓子娘は腕に抱えたまま離さない。
―――離してなるものか。
とか、訳の分からない気合じみたものまで入っている始末だ。
明日になったら、名前を教えてくれ。
明日になったら、笑顔を見せてくれ。
そんな風に考えながら、俺も腕の中の大きくて小さな子猫の砂糖菓子娘を抱き締めて、眠りについた。
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