桃屋の創作テキスト置き場
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■こんぺいとう5 ウェディング!! 7 ■
本来なら、新郎新婦の役回りが逆なバージョンは、稀にあるらしい。
要するに、若干おふざけな余興なのだが、新婦がさらわれ、新郎が助けてめでたしめでたしな、ありがちなストーリーのやつだ。
しかし、今回は新婦が力ずくで新郎を奪取するという、しかも後で聞いたら、その為だけに、殺陣の稽古や、社長紅龍の本気の殺陣返しまでしていたと言うから、結婚式自体が初めてだった輝愛が面食らうのも仕方が無い。
「某ヒーローショーメインなプロダクションの俳優同士の結婚式なんぞ、花嫁のお色直しのエスコート役が、親父さんでもお袋さんでもなく、そのプロダクションの看板ヒーローだったことだってあるぞ」
新郎がそのヒーローの、いわゆる『中身』をやっていたらしく、ケーキカットすら、そのヒーローが使う剣タイプの武器でやったとか。
そこまで来ると、新郎新婦が主役なのか、ヒーローメインなステージなのか、いささか分からなくなった。と、千影は笑った。
ようやく戻ってきた千影は、輝愛にジャケットを渡し、ネクタイを結び直す。
「川橋さん、お久しぶりです」
輝愛に左腕を貸していた晃は、千影にその役目を返しながら、挨拶をする。
「を、晃。悪いな、コイツ」
受け取ったジャケットを羽織りつつ、晃に笑顔を向ける。
輝愛が口を開きかけたところで、また遠くで千影を呼ぶ声がかかる。
「はいはい、ったく人使いが荒い・・悪い、もう少しちょっと待ってろ、な」
一瞬だけ娘分に顔を近づけて言うと、晃に簡単に挨拶をすると、また小走りで離れていった。
微かに眉尻を下げてしまった輝愛に、晃は携帯を出して微笑む。
「アドレス、聞いてもいい?」
「あ、はい、こちらこそ」
慌てて、普段持たないような小さなパーティーバックから携帯電話を取り出し、晃とアドレスと電話番号を交換する。
自分で買ったわけではない携帯電話だが、一年も経てばそこそこ使えるようになる。
もともと機械にはひどく疎いのだが、何かあったらどうするだの、仕事でいるだろうだのと説き伏せられ、高いから嫌だと断ると、じゃあ自分で払わないならいいだろと、半ば強引に千影から買い与えられてしまった。
色は可愛らしくピンクを選んでくれたらしいが、同世代の女の子のように、ストラップやらはついておらず、まあシンプルな状態の携帯ではあるのだが。
晃は輝愛の顔を、今一度見つめると、
「ねえ輝愛ちゃん、オイラのお仕事は歌なんだけどもさ」
「はい」
「もし良かったら、今度プロモに出てよ」
「えええ?」
思いもかけない晃の発言に、輝愛は自分でも目玉が落っこちるんじゃないかと言うほど目を見開く。
「ああ、もちろんちゃんとオファーするけど、オファー来たら、もし良かったら考えてみてね。オレの曲のイメージに合うと思うから、あなた」
「ああああ、ありがとうございます」
そう言って差し出された晃の手を、若干呆けたままで握り返した。
じゃあ、申し訳ないけど、実はこの後ラジオの仕事があるから、と、晃はまだ戻らぬ千影を気にしつつ、本当にすまなさそうに帰っていった。
近くに誰もいなくなると、なんだかちょっと肌寒いような気がする。
そう言えば、上着も持っていないし、靴は普段履かないような様なヒールでちょっと疲れたし、着ているドレスはキャミソールワンピースだし、ボレロはなんだか素材はよく分からないけど透けてる奴で、きらきらしててすごく綺麗だけど、お世辞にもあったかくなんてないし。
あんまり冷房がきつくなさそうな壁際に寄りかかろうと、踵を返した瞬間、ぼすっ、と言う音と共に、何かにぶつかる。
「き、輝愛ちゃん」
ぶつかられた主、茜は、ぶつかられた主が輝愛である事に気付くと、途端に頬を染める。
自分の肩を抱くようにしている彼女に、茜は自分のジャケットを脱ぐと、悪いからと断る輝愛の肩に、半ば無理やりかけてやる。
その様子をわずかに離れた所で見つけた大輔は、「あらら、こわい」と呟くと、後輩を命の危険から救わなきゃと、苦笑しながら二人に近づいて行く。
「輝愛ちゃん、お疲れ様。今日は一段と可愛いね。ね、茜」
「か・・可愛いですよ、はい」
晃は帰っちゃった?と聞く大輔に、お仕事だって言ってましたと答える輝愛。
その後ろで、赤面した頬を腕で隠す茜。
「ああ、晃最近徐々に忙しくなってるからね」
出口では、新郎新婦が来客のお見送りをしている。
各自にお礼の品を手渡し、会話を交わす上、来客数が半端ではないので、一向に会場内の人数が減る気配はない。
まだしばらくゆっくりしてても大丈夫な様だ。
「輝愛ちゃん」
茜が声をかける。ようやく顔の朱も引いたようだ。
「はい?」
輝愛が振り向くと、普段と違って、可愛らしく巻かれた髪の毛がふわん、となびく。
「実はさ、この後橋本さんやらと飲みに行くんだけど、一緒にどう?」
「え」
茜の突然な誘いに、どうしていいか分からず、一瞬固まる。
「茜、輝愛ちゃんまだ未成年だよ」
「大丈夫ですって、お酒飲まなくていいんだし、ご飯美味しいとこだし、橋本さんの彼女も来るって言うし」
茜は輝愛の両肩を手で掴んで、
「たまには息抜きがてら、どう?せっかくそんなに可愛い格好してるんだし、そのまま帰るのもったいないよ」
大輔はどうしたもんかと逡巡している。
可愛い後輩の恋路を邪魔したくは無いけれど、命は救ってやらないといけないだろうとも思うし。
また、可愛い妹分も、守ってやったほうがいいかもしれないし。
最も、この妹分が、目の前で自分を誘う男性の、本意を読み取っているのか怪しいところではあるが。
「大輔さんも一緒に来ませんか?」
「羽織袴で居酒屋行けって?カンベンしてよ」
そこまでして輝愛を誘いたいのか、大輔は苦笑する。
「でも、カワハシに聞いてみないと」
「メール入れとけば大丈夫でしょ。子供じゃないんだし」
千影の名前を出すと、いささか不機嫌になった茜は、輝愛の肩を抱き寄せ、方向転換させようとする。
瞬間、輝愛の両肩が若干強張った様に引きつる。
大輔を、困った様な顔で見上げる。
「うーん、ちょっと貸して」
大輔も困った様な顔のまま、茜から輝愛をするりと奪い返す。
「大輔さん、何スか」
「待ちなさいって、茜ちゃん」
若干怒気を孕んだ後輩の台詞に、左手で「待て」と制して、輝愛の身体の硬直が、薄らいで行くのを確認すると、
「茜ちゃん。今日はカンベンしてあげて」
「何でですか、俺は輝愛ちゃん誘ってるんですよ」
さっき大輔さんもどうですかと、社交辞令で言ったのは、彼の中でもう無かった事になっているらしい。
「理由分からない様じゃ、余計だめ。僕が大丈夫なのは、絶対に『ない』から。頭で理解してなくても、本能で分かってる」
「・・・・何の話ですか?」
いきなり抽象的になった大輔に、訝しげな顔をする茜。
「だから、分からないんじゃだめだって。まだ生まれてないんだから、外側から勝手に殻破って引っ張り出したら、死んでしまう」
さっきから、ちらちらと三人を遠巻きに見てる人間が増えた。
見ようによっては、三角関係の痴話喧嘩にでも見えるのだろうか。
その割りに、中心にいるであろう輝愛が、全く理解していないような表情なのだが。
「大輔さんの話、よく分かんないです・・輝愛ちゃん、行こう」
憮然とした表情のまま、輝愛の腕を掴むと、ぐいと引き寄せる。
「きゃ」
バランスを崩した彼女が、茜の懐に倒れこむと、茜はそのまま彼女を抱え込んだ。
「茜、喧嘩売る相手が違うよ」
「売ってないですよ」
大輔が、いよいよ真顔になる。
険悪な空気が流れる。輝愛はどうしていいか分からず、目線を走らせた。
再び、腕が引っ張られる。倒れこんだ先の懐は、懐かしい香りだった。
「・・・・遅くなって悪かったな、帰るか」
いつもより幾分柔らかい声が振ってくる。
輝愛は、もう大分長い事会ってなかった気がするその人のシャツを、無言で掴んだ。
声の主、千影は、輝愛の肩に掛けられたジャケットを取ると、代わりに珠子から持たされたカシミヤのシャンパンゴールドカラーのストールで、輝愛の肩をすっぽり包んで、縛ってしまう。
さながら、上半身は袋詰めされたような格好になる。
「悪いな、大輔」
「いいえ、お待ちしてましたとも」
ようやくいつも通りの柔和な笑みに戻った大輔が、肩を落とす。
「茜、コレ、返すな。うちのが、悪い」
「・・・・・いえ」
ジャケットを茜に返す千影。受け取る茜の表情は、明るくない。
無理もない。千影の言葉に隠された真意を、汲み取ってのことである。
年の功より亀の甲か。明らかに不機嫌になった茜に対して、当の千影は、いつも通りである。
「じゃあ、輝愛ちゃん、茜ちゃん、またね。川橋さん、お疲れ様です。お先失礼します」
「おお、お疲れ」
懐から扇子を取り出して自分の肩をぽんぽんと叩くと、大輔は踵を返す。
「・・お疲れ様でした」
「ん、お疲れ」
勇也達の呼ぶ声に、茜もしぶしぶ去っていく。
ようやく残された二人は、しばらくぼうっとしていた。
「・・・・大丈夫か?」
「・・え?あ、うん」
言われていまだに千影のジャケットを掴んだままだった事に気付いて、ようやく手を緩める。
支えを失ったかの様に、膝が笑った様になり、崩れ落ちそうになる。
「おっと」
片手でそれを抱えると、そのまま立ち上がらせた。
「悪い」
「え・・なにが?」
「いや、色々」
輝愛は、目の前でやや気遣った表情でいる千影を見上げ、ようやく、一つ大きく息を吐いた。
「・・へへ、慣れない靴とか雰囲気で、気疲れしちゃったみたいかも」
「ん、帰ろう、な」
それだけが理由でないのは明白だが、千影は優しく微笑むと、駐車場へ向かった。
助手席に輝愛を乗せると、引き出物やらは後部座席へ投げ込んだ。
自分も運転席に乗り込み、シートベルトを締めて、エンジンをかける。
「疲れただろ」
「だいじょぶ。それより、運転平気?お酒のんでない?」
「ああ、うっかり車だったから、乾杯すらソフトドリンクでしたよ、残念ながら」
心底がっかりしたように、下唇をとがらせて言う千影に、少しだけ笑う。
「・・・ようやく少し笑ったな」
「え」
そんな変な顔してた自覚はないけれど、と、輝愛は両手で両頬を押さえる。
「夜景、見て帰るか。横浜の夜景、綺麗だぞ」
珍しい事を言うと、千影は車を発進させた。
本来なら、新郎新婦の役回りが逆なバージョンは、稀にあるらしい。
要するに、若干おふざけな余興なのだが、新婦がさらわれ、新郎が助けてめでたしめでたしな、ありがちなストーリーのやつだ。
しかし、今回は新婦が力ずくで新郎を奪取するという、しかも後で聞いたら、その為だけに、殺陣の稽古や、社長紅龍の本気の殺陣返しまでしていたと言うから、結婚式自体が初めてだった輝愛が面食らうのも仕方が無い。
「某ヒーローショーメインなプロダクションの俳優同士の結婚式なんぞ、花嫁のお色直しのエスコート役が、親父さんでもお袋さんでもなく、そのプロダクションの看板ヒーローだったことだってあるぞ」
新郎がそのヒーローの、いわゆる『中身』をやっていたらしく、ケーキカットすら、そのヒーローが使う剣タイプの武器でやったとか。
そこまで来ると、新郎新婦が主役なのか、ヒーローメインなステージなのか、いささか分からなくなった。と、千影は笑った。
ようやく戻ってきた千影は、輝愛にジャケットを渡し、ネクタイを結び直す。
「川橋さん、お久しぶりです」
輝愛に左腕を貸していた晃は、千影にその役目を返しながら、挨拶をする。
「を、晃。悪いな、コイツ」
受け取ったジャケットを羽織りつつ、晃に笑顔を向ける。
輝愛が口を開きかけたところで、また遠くで千影を呼ぶ声がかかる。
「はいはい、ったく人使いが荒い・・悪い、もう少しちょっと待ってろ、な」
一瞬だけ娘分に顔を近づけて言うと、晃に簡単に挨拶をすると、また小走りで離れていった。
微かに眉尻を下げてしまった輝愛に、晃は携帯を出して微笑む。
「アドレス、聞いてもいい?」
「あ、はい、こちらこそ」
慌てて、普段持たないような小さなパーティーバックから携帯電話を取り出し、晃とアドレスと電話番号を交換する。
自分で買ったわけではない携帯電話だが、一年も経てばそこそこ使えるようになる。
もともと機械にはひどく疎いのだが、何かあったらどうするだの、仕事でいるだろうだのと説き伏せられ、高いから嫌だと断ると、じゃあ自分で払わないならいいだろと、半ば強引に千影から買い与えられてしまった。
色は可愛らしくピンクを選んでくれたらしいが、同世代の女の子のように、ストラップやらはついておらず、まあシンプルな状態の携帯ではあるのだが。
晃は輝愛の顔を、今一度見つめると、
「ねえ輝愛ちゃん、オイラのお仕事は歌なんだけどもさ」
「はい」
「もし良かったら、今度プロモに出てよ」
「えええ?」
思いもかけない晃の発言に、輝愛は自分でも目玉が落っこちるんじゃないかと言うほど目を見開く。
「ああ、もちろんちゃんとオファーするけど、オファー来たら、もし良かったら考えてみてね。オレの曲のイメージに合うと思うから、あなた」
「ああああ、ありがとうございます」
そう言って差し出された晃の手を、若干呆けたままで握り返した。
じゃあ、申し訳ないけど、実はこの後ラジオの仕事があるから、と、晃はまだ戻らぬ千影を気にしつつ、本当にすまなさそうに帰っていった。
近くに誰もいなくなると、なんだかちょっと肌寒いような気がする。
そう言えば、上着も持っていないし、靴は普段履かないような様なヒールでちょっと疲れたし、着ているドレスはキャミソールワンピースだし、ボレロはなんだか素材はよく分からないけど透けてる奴で、きらきらしててすごく綺麗だけど、お世辞にもあったかくなんてないし。
あんまり冷房がきつくなさそうな壁際に寄りかかろうと、踵を返した瞬間、ぼすっ、と言う音と共に、何かにぶつかる。
「き、輝愛ちゃん」
ぶつかられた主、茜は、ぶつかられた主が輝愛である事に気付くと、途端に頬を染める。
自分の肩を抱くようにしている彼女に、茜は自分のジャケットを脱ぐと、悪いからと断る輝愛の肩に、半ば無理やりかけてやる。
その様子をわずかに離れた所で見つけた大輔は、「あらら、こわい」と呟くと、後輩を命の危険から救わなきゃと、苦笑しながら二人に近づいて行く。
「輝愛ちゃん、お疲れ様。今日は一段と可愛いね。ね、茜」
「か・・可愛いですよ、はい」
晃は帰っちゃった?と聞く大輔に、お仕事だって言ってましたと答える輝愛。
その後ろで、赤面した頬を腕で隠す茜。
「ああ、晃最近徐々に忙しくなってるからね」
出口では、新郎新婦が来客のお見送りをしている。
各自にお礼の品を手渡し、会話を交わす上、来客数が半端ではないので、一向に会場内の人数が減る気配はない。
まだしばらくゆっくりしてても大丈夫な様だ。
「輝愛ちゃん」
茜が声をかける。ようやく顔の朱も引いたようだ。
「はい?」
輝愛が振り向くと、普段と違って、可愛らしく巻かれた髪の毛がふわん、となびく。
「実はさ、この後橋本さんやらと飲みに行くんだけど、一緒にどう?」
「え」
茜の突然な誘いに、どうしていいか分からず、一瞬固まる。
「茜、輝愛ちゃんまだ未成年だよ」
「大丈夫ですって、お酒飲まなくていいんだし、ご飯美味しいとこだし、橋本さんの彼女も来るって言うし」
茜は輝愛の両肩を手で掴んで、
「たまには息抜きがてら、どう?せっかくそんなに可愛い格好してるんだし、そのまま帰るのもったいないよ」
大輔はどうしたもんかと逡巡している。
可愛い後輩の恋路を邪魔したくは無いけれど、命は救ってやらないといけないだろうとも思うし。
また、可愛い妹分も、守ってやったほうがいいかもしれないし。
最も、この妹分が、目の前で自分を誘う男性の、本意を読み取っているのか怪しいところではあるが。
「大輔さんも一緒に来ませんか?」
「羽織袴で居酒屋行けって?カンベンしてよ」
そこまでして輝愛を誘いたいのか、大輔は苦笑する。
「でも、カワハシに聞いてみないと」
「メール入れとけば大丈夫でしょ。子供じゃないんだし」
千影の名前を出すと、いささか不機嫌になった茜は、輝愛の肩を抱き寄せ、方向転換させようとする。
瞬間、輝愛の両肩が若干強張った様に引きつる。
大輔を、困った様な顔で見上げる。
「うーん、ちょっと貸して」
大輔も困った様な顔のまま、茜から輝愛をするりと奪い返す。
「大輔さん、何スか」
「待ちなさいって、茜ちゃん」
若干怒気を孕んだ後輩の台詞に、左手で「待て」と制して、輝愛の身体の硬直が、薄らいで行くのを確認すると、
「茜ちゃん。今日はカンベンしてあげて」
「何でですか、俺は輝愛ちゃん誘ってるんですよ」
さっき大輔さんもどうですかと、社交辞令で言ったのは、彼の中でもう無かった事になっているらしい。
「理由分からない様じゃ、余計だめ。僕が大丈夫なのは、絶対に『ない』から。頭で理解してなくても、本能で分かってる」
「・・・・何の話ですか?」
いきなり抽象的になった大輔に、訝しげな顔をする茜。
「だから、分からないんじゃだめだって。まだ生まれてないんだから、外側から勝手に殻破って引っ張り出したら、死んでしまう」
さっきから、ちらちらと三人を遠巻きに見てる人間が増えた。
見ようによっては、三角関係の痴話喧嘩にでも見えるのだろうか。
その割りに、中心にいるであろう輝愛が、全く理解していないような表情なのだが。
「大輔さんの話、よく分かんないです・・輝愛ちゃん、行こう」
憮然とした表情のまま、輝愛の腕を掴むと、ぐいと引き寄せる。
「きゃ」
バランスを崩した彼女が、茜の懐に倒れこむと、茜はそのまま彼女を抱え込んだ。
「茜、喧嘩売る相手が違うよ」
「売ってないですよ」
大輔が、いよいよ真顔になる。
険悪な空気が流れる。輝愛はどうしていいか分からず、目線を走らせた。
再び、腕が引っ張られる。倒れこんだ先の懐は、懐かしい香りだった。
「・・・・遅くなって悪かったな、帰るか」
いつもより幾分柔らかい声が振ってくる。
輝愛は、もう大分長い事会ってなかった気がするその人のシャツを、無言で掴んだ。
声の主、千影は、輝愛の肩に掛けられたジャケットを取ると、代わりに珠子から持たされたカシミヤのシャンパンゴールドカラーのストールで、輝愛の肩をすっぽり包んで、縛ってしまう。
さながら、上半身は袋詰めされたような格好になる。
「悪いな、大輔」
「いいえ、お待ちしてましたとも」
ようやくいつも通りの柔和な笑みに戻った大輔が、肩を落とす。
「茜、コレ、返すな。うちのが、悪い」
「・・・・・いえ」
ジャケットを茜に返す千影。受け取る茜の表情は、明るくない。
無理もない。千影の言葉に隠された真意を、汲み取ってのことである。
年の功より亀の甲か。明らかに不機嫌になった茜に対して、当の千影は、いつも通りである。
「じゃあ、輝愛ちゃん、茜ちゃん、またね。川橋さん、お疲れ様です。お先失礼します」
「おお、お疲れ」
懐から扇子を取り出して自分の肩をぽんぽんと叩くと、大輔は踵を返す。
「・・お疲れ様でした」
「ん、お疲れ」
勇也達の呼ぶ声に、茜もしぶしぶ去っていく。
ようやく残された二人は、しばらくぼうっとしていた。
「・・・・大丈夫か?」
「・・え?あ、うん」
言われていまだに千影のジャケットを掴んだままだった事に気付いて、ようやく手を緩める。
支えを失ったかの様に、膝が笑った様になり、崩れ落ちそうになる。
「おっと」
片手でそれを抱えると、そのまま立ち上がらせた。
「悪い」
「え・・なにが?」
「いや、色々」
輝愛は、目の前でやや気遣った表情でいる千影を見上げ、ようやく、一つ大きく息を吐いた。
「・・へへ、慣れない靴とか雰囲気で、気疲れしちゃったみたいかも」
「ん、帰ろう、な」
それだけが理由でないのは明白だが、千影は優しく微笑むと、駐車場へ向かった。
助手席に輝愛を乗せると、引き出物やらは後部座席へ投げ込んだ。
自分も運転席に乗り込み、シートベルトを締めて、エンジンをかける。
「疲れただろ」
「だいじょぶ。それより、運転平気?お酒のんでない?」
「ああ、うっかり車だったから、乾杯すらソフトドリンクでしたよ、残念ながら」
心底がっかりしたように、下唇をとがらせて言う千影に、少しだけ笑う。
「・・・ようやく少し笑ったな」
「え」
そんな変な顔してた自覚はないけれど、と、輝愛は両手で両頬を押さえる。
「夜景、見て帰るか。横浜の夜景、綺麗だぞ」
珍しい事を言うと、千影は車を発進させた。
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