桃屋の創作テキスト置き場
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■こんぺいとう5 ウェディング!! 6 ■
立食スタイルで良かったと、心の隅で安堵しながら、
輝愛は場内に流れる司会のアナウンスに、視線を動かした。
「では、大変長らくお待たせいたしました。新郎新婦のご入場です」
朗々と響く、有名男性フリーアナウンサーの台詞と共に、重厚な扉が開かれ、その奥から新郎新婦が現れる。
純白のウェディングドレスに身を包んだ、美しい大先輩女優と、
グレーの礼服に身を包んだ、こちらも大先輩の演出家。
幸せそうに微笑む新婦と、少し恥ずかしそうにしている新郎。
周りの人々の誰もが、笑顔を浮かべ、二人に心からの拍手を送っている。
ここは、幸せの宿る場所なのだ。
そう、輝愛は思った。
こんなに、幸せな場所が、あるんだ、と。
ここにいる、こんなたくさんの人が、皆笑顔なんだ。
・・・すごいな。
お芝居をやらせてもらえるようになって、お客様が笑顔で帰ってもらえるのが嬉しくて、 その感覚に、ちょっと似てる気がした。
あたしにも、そのうち結婚する人とか出来るのかな・・・
そう思って、その前にまず誰かと付き合わなきゃいけないじゃん。
って事に気付いて。
そうすると、もうなんだか別次元の出来事の様な気がした。
「・・・・無理っぽいな」
少しだけ、少しだけだけど、自分の境遇を考えてみたり。
普通に高校生だったら、同級生の友達みたいに、きゃあきゃあ言えたりしたのかな?
誰がかっこいいとか、誰が好きだとか。
いや、それはないかも。
だって、あたしはあたしだし。
それに。
今あたしが高校生だったら、カワハシと一緒にいれないんだもん。
だとしたら、絶対今のまんまでいい。
「結婚は、来世の夢にとっとこう、うん」
新郎新婦が世話になったプロデューサーが乾杯の音頭を取り、会食が始まる。
各々、好きなようにこの空間を楽しんでいる。
輝愛は、チームのメンバー以外にさして親しい人間が居るわけでもない。
花と言うにはおこがましいけど、この素晴らしく美味しそうな料理を堪能したいし、壁の花に立候補しようと、少しだけ背中をもたれかけさせる。
少し離れたところから眺める会場内の景色も、やはり幸せに満ちていて、何だか嬉しくなった。
「あ、いたいた、輝愛ちゃん」
「ほ?」
つい今しがたまで、皿の上に鎮座していたローストビーフをほおばった輝愛に声がかかる。
頑張って何とか口の中に詰め込んで、近くにあったテーブルにグラスと食器を置く。
「大輔さん?どしたんですか?」
「いや、一人紹介しとこうと思って」
もごもご口を動かす輝愛に、タイミング悪かった?と微笑む大輔と、その背後の男性。
こちらも同様に苦笑している。
「・・んぐ。だ、だいじょぶです。今ローストビーフは胃袋へ収めました。大変おいしゅうございました」
そう言って敬礼する輝愛に、大輔の後ろの男は声をあげて笑う。
「あはははは、それは良かった。胃袋も喜んでいることでしょう」
「そりゃあもう」
へんな子ー、と、ひいひい笑いながらも挨拶をしてくる。
「晃です、よろしくね、えっと」
「輝愛です。よろしくです、あきらさん」
年の頃なら輝愛より少々上だろう。
もしかしたら、まだ成人していないくらいかも知れない。
ふわふわとした栗色の髪の毛に、人懐こいころんとした瞳の、可愛らしい印象の男性だ。
背も輝愛よりは高いが、ずば抜けて大きな印象はない。
どちらかと言えば細身の、すらりとした体躯の持ち主で、声も、男性的と言うよりは、中世的な気配である。
「晃くんね、最近仕事は結構お芝居ばっかだから知ってるかな?若手の期待の星だよん」
「あはは、だってさ。ってかオイラ、芸歴長いのに未だに若手のまんまなの」
屈託無く笑う表情に、輝愛も一緒に微笑む。
大輔は妹分と弟分を意味ありげに見つめ、
「そのうち、輝愛ちゃんも仕事で晃くんと一緒になると思うよ?」
「そうなんですか?」
「僕も初耳だけど?大輔兄さん」
きょとんとする二人に、大輔は、ああ、この二人は表情が似ているなぁ
なんてまったり考えながら、
「ま、この業界、広いようで案外狭いしね」
くつくつと笑う大輔に、二人は未だにきょとんとしたままだった。
「まあでも、もし本当にお仕事で会ったら、宜しくね」
「こちらこそです」
「ま、僕のメインのお仕事は、音楽なので、役者だなんておこがましくて言えないけれど」
ふわふわと微笑む晃に、輝愛もつられて微笑む。
その表情が気に入ったのか、晃は若干輝愛に顔を寄せ、
「うん、でも本当に一緒に仕事できたら嬉しい。その時はぜひよろしく。で、ついでに友達になってよ輝愛ちゃん。オイラ同年代の友達少ないの」
「はい、勿論こちらこそです。あたしなんぞ、友達どころか知り合いすらもすんごい少ないです。駆け出しなので」
今更ながらに握手を交わす二人に、大輔が声をかける。
「ごめんね、ちょっと外してもいいかな?お世話になった大先輩がいらしてるみたいで、挨拶に行って来る」
「はい、いってらっしゃいです」
「じゃあ、大輔兄さん、しばらく輝愛ちゃんエスコートしとくね」
何だか本当の兄弟みたいになってしまっている感のある三人は、長兄役の大輔を見送る。
「輝愛ちゃんのエスコート役は?一人で来たんじゃないよね?」
輝愛に向き直る晃に、彼女は少し首をかしげ、
見渡せる範囲すべてを、ゆっくりぐるっと見回してみても、そこに彼女が求める人影は見つからない。
「・・・いないかも」
「そうなんだ。じゃあ見つかるまでは、くっついておいで。僕も一人じゃ寂しいし」
やさしく笑う晃に、輝愛は少しほっとする。
同級生とか、学校の先輩とか、そんな距離感に近いかも。
ちょびっと安心。
会場がざわついて来て、何やら会場内の視線が前に集中している。
しかしその割りに、その注目されているスペースはがらんと空いていて、何だか妙な雰囲気だ。
「あれ?今からなんかやるみたい。輝愛ちゃん、もちょっと見える位置に行こう」
言われて初めて辺りを見回す輝愛。
そういえば、カワハシだけじゃなく、社長や勇也さんもいない。
大輔さんやアリスさんはいるけど・・・
皆、どこいっちゃったんだろう。
肩を落とす輝愛に、晃は前方で何か始まりそうな気配を察知し、来客でごった返す会場内を、新郎新婦に近づくように歩き出す。
司会者が何やら話をしているけれど、肝心の主役のはずの、新郎が見当たらない。
新婦がいないのなら、お色直しだろうが、新婦は自席に腰掛けており、見当たらないのは新郎だけだ。
「旦那さん、どこいっちゃったんだろうね?」
晃が左横の輝愛に声をかける。慣れないヒールでよろけていた為、左腕を貸し出したのだ。
輝愛は、『わからない』と言う様に、ぷるぷると首を横に振った。
そこに、いきなり素っ頓狂な声がスピーカーから流れ出した。
『あ~れ~、たぁすけてぇ~』
ざわつく会場をくるりと見回すと、出入り口の大きなドアの前で、さっきまで姿が見えなかった新郎が、なぜかマイクを片手に、怪しい軍団に羽交い絞めにされ、件の台詞を、のろのろと発していた。
「なに、あれ・・」
「さあ・・」
丁度腕を組んだ格好のまま、輝愛と晃は呆然と立ち尽くす。
周りからは、笑い声や、待ってました!などの掛け声がかかったりしている。
待ってました?
何を?
混乱する輝愛に、より一層それを増長させる人物の声が、スピーカーから響いてきた。
『さて、とりあえず、このアホ面な新郎を殺しちゃうぞ』
「・・・・え、しゃちょ・・?」
声の出所を発見するより前に、さらに聞きなれた声が耳に届く。
『だな。いつも無茶苦茶な演出するしな』
ようやく輝愛が声の出所を発見すると、そこにはやはりと言うかなんと言うか、想像通りのメンツが揃っていた。
社長に、カワハシに、珠子さんと勇也さんに、それに何度か客演で一緒にお仕事させてもらった、アクションの上手い先輩方。
「なにする気?」
「さあ」
晃と輝愛は、同じようなはの字眉毛で、事の成り行きを見守る。
『たすけてー、愛しい嫁さんに色んな事する前に、死にたくなぁ~い』
『泣けー、わめけー。今まで後輩をいじめた報いを受けるがいい~』
『色んな事って何だ、変態演出家め~』
マイク片手に、そりゃもう棒読みも棒読みな、ひどい台詞で、『よよよ』と泣き崩れる新郎に、
これまたいつもとはかけ離れてへたくそな台詞回しで、千影が新郎の頭を踏みつける真似をする。
紅龍が真顔で、いつの間に付け替えたのか、新郎の首に鎮座している、安いゴムひも製のお笑い用の様な蝶ネクタイを、新郎の首から伸ばしては離し、びよんびよん顔に当てている。
・・・痛くはなさそうだけど、なんて無礼な
輝愛は自分の口が丸明きになっているのにも気付かず、助けを請うような眼差しで、隣の晃を見上げる。
「ああ、大丈夫だよ。これ、多分余興」
「余興?」
「そう、おもしろいはずだから、見ててごらん」
先の展開が読めたらしい晃は、満面の笑みで輝愛に促す。
「新婦さんのほうは、何回かいづちともアクションチームとも共演している人だし、殺陣も上手いよ」
なぜここで、殺陣の話になるのかと、輝愛が首をかしげる。
そこで朗々と響いたのが、新婦の声である。
『あんた達、ちょっいとお待ち!』
こちらもいつの間にやらマイクを片手に立ち上がっている。
『そんな四十路間近の変態ドエロなクソ演出家でも、とりあえず一応私の旦那!そして金づる!』
新婦の台詞に、皆どっと笑う。
『今まで散々可愛がってやった後輩どもに、好き勝手される覚えは無いわぃ!』
『なんだとー、今まで後輩いびりしか趣味がなかった極悪女優め!』
『憂さ晴らしに新郎はやっつけちゃるぜ』
『旦那も旦那で、こんな鬼嫁やめとけよ』
口々に罵詈雑言を浴びせかける千影や紅龍に、新婦はドレスのスカート部分を引っつかむと、まるで早換えの様に、オーバースカートが取れ、タイトなミニスカートになる。
『三十路後半の先輩のお色気なんかにゃ、負けないぞー』
『うっさい千影!そしてその一味!とりあえず』
そこまでまくし立てると、恐らくここが舞台だったらさぞ見栄えがするだろう角度で、言い放つ。
『ぶっ潰す』
新婦の一言を合図に、悪役的な立場のチームの面々や、先輩方が新婦に飛び掛っていく。
そこから先は流れるように見事な殺陣で、
それこそ一つの芝居を見ている様な感覚だった。
漫画の様に無様にぶっ飛ばされたりしまくったあと、
新婦はへろへろな新郎を片手でぐいっと持ち上げる真似をしてみせると、
『ふん、雑魚が』
と、憎たらしい程の笑みを浮かべる。
『やられたー』
『撤収~』
『恐ろしい嫁だー』
『本気で色んなトコが痛ぇー』
『羨ましくなんかねえー』
口々に適当に失礼な事をほざくと、敵役は手近なドアから逃げていった。
会場は、笑い声と、拍手とでごちゃ混ぜだ。
「ふわぁ」
思いもかけず、声が漏れてしまい、輝愛は隣の晃を見上げる。
「面白かったでしょ」
言う晃も、笑いすぎて目尻に涙が溜まっている。
輝愛はこっくりと頷いて、千影達がはけていったドアを、呆然と見つめた。
立食スタイルで良かったと、心の隅で安堵しながら、
輝愛は場内に流れる司会のアナウンスに、視線を動かした。
「では、大変長らくお待たせいたしました。新郎新婦のご入場です」
朗々と響く、有名男性フリーアナウンサーの台詞と共に、重厚な扉が開かれ、その奥から新郎新婦が現れる。
純白のウェディングドレスに身を包んだ、美しい大先輩女優と、
グレーの礼服に身を包んだ、こちらも大先輩の演出家。
幸せそうに微笑む新婦と、少し恥ずかしそうにしている新郎。
周りの人々の誰もが、笑顔を浮かべ、二人に心からの拍手を送っている。
ここは、幸せの宿る場所なのだ。
そう、輝愛は思った。
こんなに、幸せな場所が、あるんだ、と。
ここにいる、こんなたくさんの人が、皆笑顔なんだ。
・・・すごいな。
お芝居をやらせてもらえるようになって、お客様が笑顔で帰ってもらえるのが嬉しくて、 その感覚に、ちょっと似てる気がした。
あたしにも、そのうち結婚する人とか出来るのかな・・・
そう思って、その前にまず誰かと付き合わなきゃいけないじゃん。
って事に気付いて。
そうすると、もうなんだか別次元の出来事の様な気がした。
「・・・・無理っぽいな」
少しだけ、少しだけだけど、自分の境遇を考えてみたり。
普通に高校生だったら、同級生の友達みたいに、きゃあきゃあ言えたりしたのかな?
誰がかっこいいとか、誰が好きだとか。
いや、それはないかも。
だって、あたしはあたしだし。
それに。
今あたしが高校生だったら、カワハシと一緒にいれないんだもん。
だとしたら、絶対今のまんまでいい。
「結婚は、来世の夢にとっとこう、うん」
新郎新婦が世話になったプロデューサーが乾杯の音頭を取り、会食が始まる。
各々、好きなようにこの空間を楽しんでいる。
輝愛は、チームのメンバー以外にさして親しい人間が居るわけでもない。
花と言うにはおこがましいけど、この素晴らしく美味しそうな料理を堪能したいし、壁の花に立候補しようと、少しだけ背中をもたれかけさせる。
少し離れたところから眺める会場内の景色も、やはり幸せに満ちていて、何だか嬉しくなった。
「あ、いたいた、輝愛ちゃん」
「ほ?」
つい今しがたまで、皿の上に鎮座していたローストビーフをほおばった輝愛に声がかかる。
頑張って何とか口の中に詰め込んで、近くにあったテーブルにグラスと食器を置く。
「大輔さん?どしたんですか?」
「いや、一人紹介しとこうと思って」
もごもご口を動かす輝愛に、タイミング悪かった?と微笑む大輔と、その背後の男性。
こちらも同様に苦笑している。
「・・んぐ。だ、だいじょぶです。今ローストビーフは胃袋へ収めました。大変おいしゅうございました」
そう言って敬礼する輝愛に、大輔の後ろの男は声をあげて笑う。
「あはははは、それは良かった。胃袋も喜んでいることでしょう」
「そりゃあもう」
へんな子ー、と、ひいひい笑いながらも挨拶をしてくる。
「晃です、よろしくね、えっと」
「輝愛です。よろしくです、あきらさん」
年の頃なら輝愛より少々上だろう。
もしかしたら、まだ成人していないくらいかも知れない。
ふわふわとした栗色の髪の毛に、人懐こいころんとした瞳の、可愛らしい印象の男性だ。
背も輝愛よりは高いが、ずば抜けて大きな印象はない。
どちらかと言えば細身の、すらりとした体躯の持ち主で、声も、男性的と言うよりは、中世的な気配である。
「晃くんね、最近仕事は結構お芝居ばっかだから知ってるかな?若手の期待の星だよん」
「あはは、だってさ。ってかオイラ、芸歴長いのに未だに若手のまんまなの」
屈託無く笑う表情に、輝愛も一緒に微笑む。
大輔は妹分と弟分を意味ありげに見つめ、
「そのうち、輝愛ちゃんも仕事で晃くんと一緒になると思うよ?」
「そうなんですか?」
「僕も初耳だけど?大輔兄さん」
きょとんとする二人に、大輔は、ああ、この二人は表情が似ているなぁ
なんてまったり考えながら、
「ま、この業界、広いようで案外狭いしね」
くつくつと笑う大輔に、二人は未だにきょとんとしたままだった。
「まあでも、もし本当にお仕事で会ったら、宜しくね」
「こちらこそです」
「ま、僕のメインのお仕事は、音楽なので、役者だなんておこがましくて言えないけれど」
ふわふわと微笑む晃に、輝愛もつられて微笑む。
その表情が気に入ったのか、晃は若干輝愛に顔を寄せ、
「うん、でも本当に一緒に仕事できたら嬉しい。その時はぜひよろしく。で、ついでに友達になってよ輝愛ちゃん。オイラ同年代の友達少ないの」
「はい、勿論こちらこそです。あたしなんぞ、友達どころか知り合いすらもすんごい少ないです。駆け出しなので」
今更ながらに握手を交わす二人に、大輔が声をかける。
「ごめんね、ちょっと外してもいいかな?お世話になった大先輩がいらしてるみたいで、挨拶に行って来る」
「はい、いってらっしゃいです」
「じゃあ、大輔兄さん、しばらく輝愛ちゃんエスコートしとくね」
何だか本当の兄弟みたいになってしまっている感のある三人は、長兄役の大輔を見送る。
「輝愛ちゃんのエスコート役は?一人で来たんじゃないよね?」
輝愛に向き直る晃に、彼女は少し首をかしげ、
見渡せる範囲すべてを、ゆっくりぐるっと見回してみても、そこに彼女が求める人影は見つからない。
「・・・いないかも」
「そうなんだ。じゃあ見つかるまでは、くっついておいで。僕も一人じゃ寂しいし」
やさしく笑う晃に、輝愛は少しほっとする。
同級生とか、学校の先輩とか、そんな距離感に近いかも。
ちょびっと安心。
会場がざわついて来て、何やら会場内の視線が前に集中している。
しかしその割りに、その注目されているスペースはがらんと空いていて、何だか妙な雰囲気だ。
「あれ?今からなんかやるみたい。輝愛ちゃん、もちょっと見える位置に行こう」
言われて初めて辺りを見回す輝愛。
そういえば、カワハシだけじゃなく、社長や勇也さんもいない。
大輔さんやアリスさんはいるけど・・・
皆、どこいっちゃったんだろう。
肩を落とす輝愛に、晃は前方で何か始まりそうな気配を察知し、来客でごった返す会場内を、新郎新婦に近づくように歩き出す。
司会者が何やら話をしているけれど、肝心の主役のはずの、新郎が見当たらない。
新婦がいないのなら、お色直しだろうが、新婦は自席に腰掛けており、見当たらないのは新郎だけだ。
「旦那さん、どこいっちゃったんだろうね?」
晃が左横の輝愛に声をかける。慣れないヒールでよろけていた為、左腕を貸し出したのだ。
輝愛は、『わからない』と言う様に、ぷるぷると首を横に振った。
そこに、いきなり素っ頓狂な声がスピーカーから流れ出した。
『あ~れ~、たぁすけてぇ~』
ざわつく会場をくるりと見回すと、出入り口の大きなドアの前で、さっきまで姿が見えなかった新郎が、なぜかマイクを片手に、怪しい軍団に羽交い絞めにされ、件の台詞を、のろのろと発していた。
「なに、あれ・・」
「さあ・・」
丁度腕を組んだ格好のまま、輝愛と晃は呆然と立ち尽くす。
周りからは、笑い声や、待ってました!などの掛け声がかかったりしている。
待ってました?
何を?
混乱する輝愛に、より一層それを増長させる人物の声が、スピーカーから響いてきた。
『さて、とりあえず、このアホ面な新郎を殺しちゃうぞ』
「・・・・え、しゃちょ・・?」
声の出所を発見するより前に、さらに聞きなれた声が耳に届く。
『だな。いつも無茶苦茶な演出するしな』
ようやく輝愛が声の出所を発見すると、そこにはやはりと言うかなんと言うか、想像通りのメンツが揃っていた。
社長に、カワハシに、珠子さんと勇也さんに、それに何度か客演で一緒にお仕事させてもらった、アクションの上手い先輩方。
「なにする気?」
「さあ」
晃と輝愛は、同じようなはの字眉毛で、事の成り行きを見守る。
『たすけてー、愛しい嫁さんに色んな事する前に、死にたくなぁ~い』
『泣けー、わめけー。今まで後輩をいじめた報いを受けるがいい~』
『色んな事って何だ、変態演出家め~』
マイク片手に、そりゃもう棒読みも棒読みな、ひどい台詞で、『よよよ』と泣き崩れる新郎に、
これまたいつもとはかけ離れてへたくそな台詞回しで、千影が新郎の頭を踏みつける真似をする。
紅龍が真顔で、いつの間に付け替えたのか、新郎の首に鎮座している、安いゴムひも製のお笑い用の様な蝶ネクタイを、新郎の首から伸ばしては離し、びよんびよん顔に当てている。
・・・痛くはなさそうだけど、なんて無礼な
輝愛は自分の口が丸明きになっているのにも気付かず、助けを請うような眼差しで、隣の晃を見上げる。
「ああ、大丈夫だよ。これ、多分余興」
「余興?」
「そう、おもしろいはずだから、見ててごらん」
先の展開が読めたらしい晃は、満面の笑みで輝愛に促す。
「新婦さんのほうは、何回かいづちともアクションチームとも共演している人だし、殺陣も上手いよ」
なぜここで、殺陣の話になるのかと、輝愛が首をかしげる。
そこで朗々と響いたのが、新婦の声である。
『あんた達、ちょっいとお待ち!』
こちらもいつの間にやらマイクを片手に立ち上がっている。
『そんな四十路間近の変態ドエロなクソ演出家でも、とりあえず一応私の旦那!そして金づる!』
新婦の台詞に、皆どっと笑う。
『今まで散々可愛がってやった後輩どもに、好き勝手される覚えは無いわぃ!』
『なんだとー、今まで後輩いびりしか趣味がなかった極悪女優め!』
『憂さ晴らしに新郎はやっつけちゃるぜ』
『旦那も旦那で、こんな鬼嫁やめとけよ』
口々に罵詈雑言を浴びせかける千影や紅龍に、新婦はドレスのスカート部分を引っつかむと、まるで早換えの様に、オーバースカートが取れ、タイトなミニスカートになる。
『三十路後半の先輩のお色気なんかにゃ、負けないぞー』
『うっさい千影!そしてその一味!とりあえず』
そこまでまくし立てると、恐らくここが舞台だったらさぞ見栄えがするだろう角度で、言い放つ。
『ぶっ潰す』
新婦の一言を合図に、悪役的な立場のチームの面々や、先輩方が新婦に飛び掛っていく。
そこから先は流れるように見事な殺陣で、
それこそ一つの芝居を見ている様な感覚だった。
漫画の様に無様にぶっ飛ばされたりしまくったあと、
新婦はへろへろな新郎を片手でぐいっと持ち上げる真似をしてみせると、
『ふん、雑魚が』
と、憎たらしい程の笑みを浮かべる。
『やられたー』
『撤収~』
『恐ろしい嫁だー』
『本気で色んなトコが痛ぇー』
『羨ましくなんかねえー』
口々に適当に失礼な事をほざくと、敵役は手近なドアから逃げていった。
会場は、笑い声と、拍手とでごちゃ混ぜだ。
「ふわぁ」
思いもかけず、声が漏れてしまい、輝愛は隣の晃を見上げる。
「面白かったでしょ」
言う晃も、笑いすぎて目尻に涙が溜まっている。
輝愛はこっくりと頷いて、千影達がはけていったドアを、呆然と見つめた。
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