桃屋の創作テキスト置き場
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■こんぺいとう 4 あくとあくたーず12■
楽屋を出て、歩き出した輝愛の足は、徐々に早くなっていた。
―――会わなきゃ。
何故そう思ったのかは分からないけど。
ただ、唐突に。
会いたいと思ったのだ。
毎日毎日、いつでも彼は隣に居たのに。
何故今、あの人の顔がこんなにも見たいんだろう。
もう幕が開く。
客入れはとっくに終わってる。
皆、開始のベル待つ様な状態の中。
ああ、間に合わない。
もう、緞帳が上がってしまう。
その前に、一瞬でいいのに。
歯噛みすらしながら、輝愛は走っていた。
あと少し。
あの人がスタンバイしている場所まで、あとほんの少し。
「!」
目線でその目的の人物をようやく捕らえた。
それでもまだ、二人の間には、結構な距離がある。
―――時間切れだ。
輝愛の出番より、千影の出番の方が早い。
こんな自分ごときのわがままで、まさか幕開けを遅らせる訳には行かない。
それに、自分も今回は袖から出る訳ではないし、もうそろそろ、さすがスタンバイに戻らないと間に合わない。
せっかく、こんな近くまで来てるのに。
眉尻を落とし、自分の位置に戻ろうとした時だった。
「・・・え?」
ふいに、呼ばれた気がして、振り向く。
囁かれたはずの声の主は、自分の周り近くにはどこにも見当たらなくて、
ただ、辿り着きたかったあの人の視線は、確かに輝愛を捕らえていた。
そして、いつもの様に、少し苦笑した様に、微笑んだ。
どくんと、血管が一気に太さを増したような気がした。
そのまま大急ぎで、自分のスタンバイ位置まで走る。
・・・・なにこれ、なにこれ・・・・
何もされたわけじゃない。
ただ、いつもみたく笑ってくれただけなのに。
・・・どうしよ・・・・・
輝愛は、混乱する自分の両の頬を、自らの平手でぱちんっ、と叩いた。
『大丈夫』
そう、言われた気がした。
瞬時にオレンジ色のまろやかな空気に包まれた気がして、今までの色んな、原因が分からない不安なんかが、すうっと、身体になじんだ気がした。
不思議と、落ち着いた。
つい今しがたまでの自分が、まるで遠い日の自分であるかの様に。
会場にいる観客の心音が聞こえそうな程、耳が澄んで。
アナウンスが入り、暗転、開演を知らせるブザーが鳴る。
緞帳が上がり、きっかけの音と共に、舞台上にライトがたかれる。
冒頭のシーン。
有住と橋本、呉に紅龍が出ている。
そこへ、千影が現れる。
もう、それこそ何度も稽古で見てきた風景。
だからだろうか、何故だか分からないけど、懐かしい様な感じがした。
オープニングから次のシーンへもうすぐ切り替わる。
自分の出番が近付く。
舞台の上では、音響のボリュームが上がっていく。
大きな音と共に、ガツンと衝撃を覚える様なタイミングで暗転し、場面が切り替わる。
板付きで大輔がいる。
すぐに、自分の出番になり、一回、ぽんとジャンプして出て行く。
あの、さっきの不思議な空気が、未だに自分に纏わりついている気がする。
自分自身を、俯瞰で見ている様な、何とも表現しがたい不思議な感覚だ。
舞台上には大輔と自分の二人きり。
それもすぐに、大掛かりな殺陣のシーンになっていく。
アクションチームの単独公演と名が付く以上、殺陣がメインになってくる。
普段の芝居の倍はある殺陣シーンの数に、最初は覚えきれるかどうか、本気で青くなったものだ。
――でも、大丈夫。今なら、多分、そう言える。
普段の輝愛では、見ることが出来ない瞳の色で、大きく、息を吸った。
◇
衣装替えが多いメンバーは、大変そうだと、心の中で合掌しながら。
何とか一幕の幕が下り、僅かばかりの休憩時間。
最も、休憩できるのは観客だけで、出演者は着替えやらに大慌てだが。
それでも皆慣れたもので、衣装のまま、必ず一本はタバコをふかしているが。
「高梨さん、お水」
「あ、ありがとうございます」
床山助手の若い女性スタッフが、ペットボトルを差し出してくれる。
そう言えば、まだ一回も水飲んでなかった。
ここはありがたく頂戴する事にして喉を鳴らすと、鏡の中の自分を見る。
普段のふにゃけた顔より、メイクも手伝ってか、鋭い顔な様な気がする。
周りで慌しく動くスタッフを眺める。
彼らの力で、舞台が動いている。
自分のせいで、無駄にする訳には行かない。
今回の公演は、普段メインを張ってる人間より、チーム内の若手を前面に押し出している。
座長の千影は別として、本来なら珠子や紅龍、勇也や、客演で主演を張るような俳優達がやる筈の役を、輝愛をはじめ、有住や大輔なんかが配役されている。
――失敗になんか、出来ない。
ぶるっと、身震いする。
今更ながら、すごく緊張してきてしまった。
「どうしよ・・」
二幕は、勿論クライマックスに向けての殺陣もさることながら、主軸は、やはり物語だ。
千影と、有住、大輔、そして自分が、動かす話だ。
いよいよその答えにぶつかって、ぞっとする。
「高梨さん、スタンバイお願いします」
「はい」
考えに浸る時間もないまま、再び、幕が開く。
どうしよう、頭が混乱してきた・・
喉を一回鳴らす。隣では、一緒に板付きで出る大輔が、既にスタンバイ位置にいた。
「・・・平気?」
小声で聞いてくる大輔に、無言で頷く。
・・・とにかく、今は自分を消そう。つばめだけに集中しよう。
自分の下手な頭で考えたって、どうせ短時間に答えなんか出ないんだから。
だったら、今はこの目の前の、素晴らしく現実からかけ離れた、世界に身を委ねよう。
「行くよ」
更に小声で手を出してきた大輔に、今度は輝愛は、ちゃんと、微笑んで頷いた。
◇
演出の笹林は、初日恒例の場所、普通に一般の客席で、舞台を見つめていた。
初日以降は、PAの横だったり、舞台袖だったりするが、まあ、よほどでない限りほぼ全ての舞台を見ている。
その上で、毎回駄目出しやら、演出変更が入ったりもする。
彼にとっても、今回の舞台は大きな賭けだ。
本来通りに、看板役者揃えてやる方が、どれだけ楽な事か。
自分で決めた癖に、自分で弱音吐いてやがると、舞台眺めながらにやりと笑った。
大輔は、やはりここ以外での舞台経験や、幼少からの舞の経験が生きている。
――コイツは、大当たり配役だな、田淵の。
隣の席の観客にバレないように、ほくそ笑む。
有住は、まだまだ伸びしろがある。若いだけに、吸収も早い。
最初は、本気で最初から最後まで女形、しかもかなり『女性らしい』役と言うので、不安がってたけども。
「大輔にやらせちゃ、面白くないもんな」
ふふん、と言う顔で、愛おしそうに舞台を見つめる。
その顔を、世の女性陣に見せてやれば、すぐにでも落ちる奴なんかかなり居そうなもんなのに。
以前から仲の良い俳優に言われた台詞だ。
最も、実際問題としてそうしてないから、未だに独身な訳だが。
さて、千影は、まあ、問題ない。
自分の演出意図を一番良く理解して、体現してくれる、貴重な役者の一人である。こいつがブレる様な時は、余程危険な状態だろうというのも、とっくに分かってる。
言い方悪いが、千影は放置で問題なし。
・・・さて
その横の、小娘を見る。
まあ、最初にこの小娘を見せられた時にゃ、正直どうしようかと思った。
殺陣やったこと無いとか、そんな可愛いレベルじゃなかったから。
養成所卒業させてから来いとも思ったが、考えてみりゃ、このチーム内で、実際そういう学校を出た人間なんか、居ただろうか。
せいぜい、芸大出がいるくらいで、最初は皆ずぶの素人だった。
どうにも最近この業界に漬かり切ってて、そんな事も忘れてた。
そう気づくと、目の前の小娘が、そりゃあ面白い素材に見えたもんだ。
こいつ、生かすも殺すも、うち次第か、腕が鳴るじゃねえか。
そう思った瞬間の身震いを、未だに鮮明に覚えてる。
もうすぐクライマックスのシーンだ。
前回の公演から、大きく変更を入れたのは、ココだけだ。
話の筋を、ココだけ、前回と正反対にした。
何故か?
今回の主役達には、こちらのエンディングが合ってるはずだから。
そう思うと、今は亡き前回のヒロインの女優が思い出される。
「勿体無い、ほんとに」
でも、いつまでもぶら下がってはいられない。
それを、打ち砕けるかは、あの小娘次第だ。
「期待してるぞー、お嬢さん」
いつも通り、愛おしそうな表情のまま舞台へ、呟いた。
クライマックスだ。
輝愛扮するつばめと、千影扮する月鬼が、怒涛の音響と風の渦の中にいる。
蒼志役の大輔は、二人とは若干離れた位置での芝居になる。
観客の視線は、舞台中央の二人へ向かう。
『俺が全部持って行く!お前如きに欠片も渡してたまるか』
『くそったれ!お前だけでいく気か!』
目を開けるのもキツイくらいの風を起こす中、二人の声が劇場中に響く。
『つばめ殿!』
『蒼志、巻き込まれる!お前は走れ!』
『何を無茶な!あなただけ置いていく訳には行かない!』
バックに流れる音が上がる。
照明が、まばゆく光る。
千影が、舞台のど真ん中で、悔しいくらいに小気味いい顔をする。
『全ては俺で始まり、故に俺で終わる。終わらせる』
『ふざけんな!』
輝愛の、一際大きな声が響く。
一瞬、世界が沈黙する。
笹林は、そこでぎょっとした。
笹林だけではないだろう。
恐らく、輝愛が見えている連中は、内心笹林と同じ心持ちだっただろう。
輝愛は、千影、要するに『月鬼』に、最高潮に怒鳴るはずのシーンで。
泣いていた。
『全て・・お前一人で・・終わると思うなよ、馬鹿が』
台詞は、そのままだ。
バックの音を落とす演出にしといて、本気でよかったと、笹林はぐったりする。
『お前が居なくなったら・・・あたしが、寂しいだろうが』
最初の演出で、泣け泣けいくら言っても泣かなかったから、変えてやったってのに。
本番にかますとは、まあ恐れ多い奴だ。
「説教決定」
言う笹林の顔は、言葉とは裏腹に、嬉しそうな表情だった。
『ならば、俺の全て、つばめ、お前に渡す、受け取れ』
『いやだっ!』
月鬼の言葉の意味を理解して、拒絶するつばめ。
その姿に、本当に、本当に幸せそうに、刹那的な微笑を浮かべると、
月鬼は、涙でぐちゃぐちゃになったつばめの頬を、傷で血まみれになった、ぼろぼろの手で触れると、
最初で最後、つばめの口を、静かに塞いだ。
轟音が鳴り響き、光が弾け飛ぶ。
思わず、観客が目を背ける程だ。
音と光が止み、エピローグになる。
生き残ったのは、蒼志と、つばめ、だけだった。
しかし、つばめにもう涙はない。
一人で、しんと、立っていた。
暗転する。
輝愛が、気付くと、世界は拍手の海だった。
楽屋を出て、歩き出した輝愛の足は、徐々に早くなっていた。
―――会わなきゃ。
何故そう思ったのかは分からないけど。
ただ、唐突に。
会いたいと思ったのだ。
毎日毎日、いつでも彼は隣に居たのに。
何故今、あの人の顔がこんなにも見たいんだろう。
もう幕が開く。
客入れはとっくに終わってる。
皆、開始のベル待つ様な状態の中。
ああ、間に合わない。
もう、緞帳が上がってしまう。
その前に、一瞬でいいのに。
歯噛みすらしながら、輝愛は走っていた。
あと少し。
あの人がスタンバイしている場所まで、あとほんの少し。
「!」
目線でその目的の人物をようやく捕らえた。
それでもまだ、二人の間には、結構な距離がある。
―――時間切れだ。
輝愛の出番より、千影の出番の方が早い。
こんな自分ごときのわがままで、まさか幕開けを遅らせる訳には行かない。
それに、自分も今回は袖から出る訳ではないし、もうそろそろ、さすがスタンバイに戻らないと間に合わない。
せっかく、こんな近くまで来てるのに。
眉尻を落とし、自分の位置に戻ろうとした時だった。
「・・・え?」
ふいに、呼ばれた気がして、振り向く。
囁かれたはずの声の主は、自分の周り近くにはどこにも見当たらなくて、
ただ、辿り着きたかったあの人の視線は、確かに輝愛を捕らえていた。
そして、いつもの様に、少し苦笑した様に、微笑んだ。
どくんと、血管が一気に太さを増したような気がした。
そのまま大急ぎで、自分のスタンバイ位置まで走る。
・・・・なにこれ、なにこれ・・・・
何もされたわけじゃない。
ただ、いつもみたく笑ってくれただけなのに。
・・・どうしよ・・・・・
輝愛は、混乱する自分の両の頬を、自らの平手でぱちんっ、と叩いた。
『大丈夫』
そう、言われた気がした。
瞬時にオレンジ色のまろやかな空気に包まれた気がして、今までの色んな、原因が分からない不安なんかが、すうっと、身体になじんだ気がした。
不思議と、落ち着いた。
つい今しがたまでの自分が、まるで遠い日の自分であるかの様に。
会場にいる観客の心音が聞こえそうな程、耳が澄んで。
アナウンスが入り、暗転、開演を知らせるブザーが鳴る。
緞帳が上がり、きっかけの音と共に、舞台上にライトがたかれる。
冒頭のシーン。
有住と橋本、呉に紅龍が出ている。
そこへ、千影が現れる。
もう、それこそ何度も稽古で見てきた風景。
だからだろうか、何故だか分からないけど、懐かしい様な感じがした。
オープニングから次のシーンへもうすぐ切り替わる。
自分の出番が近付く。
舞台の上では、音響のボリュームが上がっていく。
大きな音と共に、ガツンと衝撃を覚える様なタイミングで暗転し、場面が切り替わる。
板付きで大輔がいる。
すぐに、自分の出番になり、一回、ぽんとジャンプして出て行く。
あの、さっきの不思議な空気が、未だに自分に纏わりついている気がする。
自分自身を、俯瞰で見ている様な、何とも表現しがたい不思議な感覚だ。
舞台上には大輔と自分の二人きり。
それもすぐに、大掛かりな殺陣のシーンになっていく。
アクションチームの単独公演と名が付く以上、殺陣がメインになってくる。
普段の芝居の倍はある殺陣シーンの数に、最初は覚えきれるかどうか、本気で青くなったものだ。
――でも、大丈夫。今なら、多分、そう言える。
普段の輝愛では、見ることが出来ない瞳の色で、大きく、息を吸った。
◇
衣装替えが多いメンバーは、大変そうだと、心の中で合掌しながら。
何とか一幕の幕が下り、僅かばかりの休憩時間。
最も、休憩できるのは観客だけで、出演者は着替えやらに大慌てだが。
それでも皆慣れたもので、衣装のまま、必ず一本はタバコをふかしているが。
「高梨さん、お水」
「あ、ありがとうございます」
床山助手の若い女性スタッフが、ペットボトルを差し出してくれる。
そう言えば、まだ一回も水飲んでなかった。
ここはありがたく頂戴する事にして喉を鳴らすと、鏡の中の自分を見る。
普段のふにゃけた顔より、メイクも手伝ってか、鋭い顔な様な気がする。
周りで慌しく動くスタッフを眺める。
彼らの力で、舞台が動いている。
自分のせいで、無駄にする訳には行かない。
今回の公演は、普段メインを張ってる人間より、チーム内の若手を前面に押し出している。
座長の千影は別として、本来なら珠子や紅龍、勇也や、客演で主演を張るような俳優達がやる筈の役を、輝愛をはじめ、有住や大輔なんかが配役されている。
――失敗になんか、出来ない。
ぶるっと、身震いする。
今更ながら、すごく緊張してきてしまった。
「どうしよ・・」
二幕は、勿論クライマックスに向けての殺陣もさることながら、主軸は、やはり物語だ。
千影と、有住、大輔、そして自分が、動かす話だ。
いよいよその答えにぶつかって、ぞっとする。
「高梨さん、スタンバイお願いします」
「はい」
考えに浸る時間もないまま、再び、幕が開く。
どうしよう、頭が混乱してきた・・
喉を一回鳴らす。隣では、一緒に板付きで出る大輔が、既にスタンバイ位置にいた。
「・・・平気?」
小声で聞いてくる大輔に、無言で頷く。
・・・とにかく、今は自分を消そう。つばめだけに集中しよう。
自分の下手な頭で考えたって、どうせ短時間に答えなんか出ないんだから。
だったら、今はこの目の前の、素晴らしく現実からかけ離れた、世界に身を委ねよう。
「行くよ」
更に小声で手を出してきた大輔に、今度は輝愛は、ちゃんと、微笑んで頷いた。
◇
演出の笹林は、初日恒例の場所、普通に一般の客席で、舞台を見つめていた。
初日以降は、PAの横だったり、舞台袖だったりするが、まあ、よほどでない限りほぼ全ての舞台を見ている。
その上で、毎回駄目出しやら、演出変更が入ったりもする。
彼にとっても、今回の舞台は大きな賭けだ。
本来通りに、看板役者揃えてやる方が、どれだけ楽な事か。
自分で決めた癖に、自分で弱音吐いてやがると、舞台眺めながらにやりと笑った。
大輔は、やはりここ以外での舞台経験や、幼少からの舞の経験が生きている。
――コイツは、大当たり配役だな、田淵の。
隣の席の観客にバレないように、ほくそ笑む。
有住は、まだまだ伸びしろがある。若いだけに、吸収も早い。
最初は、本気で最初から最後まで女形、しかもかなり『女性らしい』役と言うので、不安がってたけども。
「大輔にやらせちゃ、面白くないもんな」
ふふん、と言う顔で、愛おしそうに舞台を見つめる。
その顔を、世の女性陣に見せてやれば、すぐにでも落ちる奴なんかかなり居そうなもんなのに。
以前から仲の良い俳優に言われた台詞だ。
最も、実際問題としてそうしてないから、未だに独身な訳だが。
さて、千影は、まあ、問題ない。
自分の演出意図を一番良く理解して、体現してくれる、貴重な役者の一人である。こいつがブレる様な時は、余程危険な状態だろうというのも、とっくに分かってる。
言い方悪いが、千影は放置で問題なし。
・・・さて
その横の、小娘を見る。
まあ、最初にこの小娘を見せられた時にゃ、正直どうしようかと思った。
殺陣やったこと無いとか、そんな可愛いレベルじゃなかったから。
養成所卒業させてから来いとも思ったが、考えてみりゃ、このチーム内で、実際そういう学校を出た人間なんか、居ただろうか。
せいぜい、芸大出がいるくらいで、最初は皆ずぶの素人だった。
どうにも最近この業界に漬かり切ってて、そんな事も忘れてた。
そう気づくと、目の前の小娘が、そりゃあ面白い素材に見えたもんだ。
こいつ、生かすも殺すも、うち次第か、腕が鳴るじゃねえか。
そう思った瞬間の身震いを、未だに鮮明に覚えてる。
もうすぐクライマックスのシーンだ。
前回の公演から、大きく変更を入れたのは、ココだけだ。
話の筋を、ココだけ、前回と正反対にした。
何故か?
今回の主役達には、こちらのエンディングが合ってるはずだから。
そう思うと、今は亡き前回のヒロインの女優が思い出される。
「勿体無い、ほんとに」
でも、いつまでもぶら下がってはいられない。
それを、打ち砕けるかは、あの小娘次第だ。
「期待してるぞー、お嬢さん」
いつも通り、愛おしそうな表情のまま舞台へ、呟いた。
クライマックスだ。
輝愛扮するつばめと、千影扮する月鬼が、怒涛の音響と風の渦の中にいる。
蒼志役の大輔は、二人とは若干離れた位置での芝居になる。
観客の視線は、舞台中央の二人へ向かう。
『俺が全部持って行く!お前如きに欠片も渡してたまるか』
『くそったれ!お前だけでいく気か!』
目を開けるのもキツイくらいの風を起こす中、二人の声が劇場中に響く。
『つばめ殿!』
『蒼志、巻き込まれる!お前は走れ!』
『何を無茶な!あなただけ置いていく訳には行かない!』
バックに流れる音が上がる。
照明が、まばゆく光る。
千影が、舞台のど真ん中で、悔しいくらいに小気味いい顔をする。
『全ては俺で始まり、故に俺で終わる。終わらせる』
『ふざけんな!』
輝愛の、一際大きな声が響く。
一瞬、世界が沈黙する。
笹林は、そこでぎょっとした。
笹林だけではないだろう。
恐らく、輝愛が見えている連中は、内心笹林と同じ心持ちだっただろう。
輝愛は、千影、要するに『月鬼』に、最高潮に怒鳴るはずのシーンで。
泣いていた。
『全て・・お前一人で・・終わると思うなよ、馬鹿が』
台詞は、そのままだ。
バックの音を落とす演出にしといて、本気でよかったと、笹林はぐったりする。
『お前が居なくなったら・・・あたしが、寂しいだろうが』
最初の演出で、泣け泣けいくら言っても泣かなかったから、変えてやったってのに。
本番にかますとは、まあ恐れ多い奴だ。
「説教決定」
言う笹林の顔は、言葉とは裏腹に、嬉しそうな表情だった。
『ならば、俺の全て、つばめ、お前に渡す、受け取れ』
『いやだっ!』
月鬼の言葉の意味を理解して、拒絶するつばめ。
その姿に、本当に、本当に幸せそうに、刹那的な微笑を浮かべると、
月鬼は、涙でぐちゃぐちゃになったつばめの頬を、傷で血まみれになった、ぼろぼろの手で触れると、
最初で最後、つばめの口を、静かに塞いだ。
轟音が鳴り響き、光が弾け飛ぶ。
思わず、観客が目を背ける程だ。
音と光が止み、エピローグになる。
生き残ったのは、蒼志と、つばめ、だけだった。
しかし、つばめにもう涙はない。
一人で、しんと、立っていた。
暗転する。
輝愛が、気付くと、世界は拍手の海だった。
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■こんぺいとう5 ウェディング!! 1 ■
「早く起きすぎたかぁ・・・」
とある連休の初日の朝。
公演舞台が終わったばかりで、しばらくの休みだ。
当然、公演以外でも仕事はあるが、今日明日は連休で、久々に惰眠を貪ってやる!
と昨日のうちから息巻いていた千影だったのだが。
ベッドから起き上がり、洗顔を済ませてキッチンへ向かい、素晴らしく丁度いいタイミングで手渡されたコーヒーをすすりながら、千影は一人で呟いた。
「いつもどおりでしょ?」
新聞を、これまた素晴らしいタイミングで手渡しつつ、輝愛が答える。
「いや、せっかくの休みなのに、もうちょっとゆっくりでも良かったなーって」
「でも、お友達の結婚式でしょ」
言われて、はた、とカレンダーに目をやる。
「え・・・・そうだったっけ・・・?」
「ちょっと、カワハシ?」
未だ僅かに寝ぼけ眼をこすりながら、カレンダーに顔を近付ける。
そこには、はっきりくっきりと赤い文字で、『結婚式に無理やり参加させられる』と書いてあった。
「・・・まさかとは思うけど、忘れてたとか言う?」
「聞いて驚け。そのまさかだ」
「もー!」
呆れる輝愛だったが、呼ばれている披露宴の開始時刻は15時なので、別に遅刻しそうな訳でもないのだが。
「あ、スーツださなきゃ」
「昨日カワハシが寝た後に、ちゃんと出しときました」
「祝儀袋とふくさ」
「こないだクローゼットから発掘しときました」
今更言い出す千影に、しかし輝愛は呆れ顔ながらも、準備したものを指差す。
なかなかどうして、大変良くできた娘分のおかげで、特に今から買いに走るものは無さそうだ、と、安堵のため息をつく。
「まったく、たまにちょこっと大胆に抜けてる時あるよね、カワハシ」
「疲れてんの」
悪びれる様子も無い彼に、しかしそれも最もなので、彼女は苦笑するのだった。
「招待状と、ご祝儀袋ね。中身は自分で入れてね。で、ふくさそこね。スーツはそこのハンガーにかけてあるブラックのやつでしょ?で、アイロンかけたワイシャツはそっちのハンガー。何色がいいか分かんなかったからね、色んなの出てるから選んでね。ネクタイは白でいいのかな?他のもそこにかけてあるから。で、靴は磨いといたから玄関に出てるやつね。あとはカワハシの身一つよ」
「誠に有難うございます。お嬢様」
ははあ、と頭を大きく垂れて大袈裟に礼を述べながら、届いてからロクに目も通していなかった招待状を眺める。
本来なら、招待状に同封されているハガキで、出席の有無を通知するのだが、今回に限っては、アクションチームのほぼ全員が『強制参加』状態になっており、有無を言わさず『参加』扱いになると言われていたので、別段、詳しく内容を把握していなかったのだ。
輝愛に限っては、まだ面識がないのと、入団して間もない事もあり、強制参加にはなっていないのだが。
今回の新郎新婦は、千影本人もチーム全体にもとても深く縁のある二人で、新郎は演出家、新婦は女優。
新郎の方は、チームの仕事でも、そのほかの舞台の仕事でも、しょっちゅう顔を合わせる大学時代からの先輩で、新婦のほうも、そこかしこの舞台で見かける実力派であり、業界関係者も注目するカップルの挙式なのである。
「あれま、直筆?」
目を落とした招待状には、今まで気づかなかった、直筆のメッセージが。
呟いて、久しぶりに見る先輩の字を目で追って、
「うげ」
かえるがつぶされたような声を出す。
「ん?どしたの?」
招待状を持ったまま固まってしまった千影を、下から覗き込む輝愛。
「・・・・・トーイ、お前、今日、暇?」
「うん。大掃除しようと思って。丁度いいことに怠け者カワハシが出かけるし」
若干、最後の方に気になる台詞があったが、今の千影にそこを突っ込む余裕は、最早皆無だった。
「今何時!?」
「え?11時ちょっと過ぎたとこ」
答える輝愛の台詞に、千影の顔がさあっ、と青くなって行く。
「取り合えず、着替えろ!即効!」
「へ?え?なんで?」
「いいから早く!!!!」
怒鳴って、自分も大急ぎで先ほど指し示されたスーツ一式などをかばんに詰め込み始める。
「ちょちょちょ、何が起こったの?」
「今からだぞ!?」
「はあ?」
完全に顔色を失って、蒼白になった千影が、若干寝癖の残る頭を抱えながら、
「今から服買って靴買って髪の毛いじってメイクして!?」
「カワハシ化粧するの?」
「馬鹿、仕事でもないのにするかよ」
「じゃあなんで」
圧倒的に、事態を把握する術を与えられないまま圧されまくってる輝愛が、目を見開いて唖然としたまま、何とか口を動かす。
「お前だよ!」
「はあ?」
千影はバッグに整髪料やら財布やら祝儀袋やら、取り合えず突っ込みながら、
「お前も行かなきゃいけなくなったの!」
「どこに」
何でわかんねぇんだこいつ
と言う顔で、千影が怒鳴る。
「結婚式!!!」
「早く起きすぎたかぁ・・・」
とある連休の初日の朝。
公演舞台が終わったばかりで、しばらくの休みだ。
当然、公演以外でも仕事はあるが、今日明日は連休で、久々に惰眠を貪ってやる!
と昨日のうちから息巻いていた千影だったのだが。
ベッドから起き上がり、洗顔を済ませてキッチンへ向かい、素晴らしく丁度いいタイミングで手渡されたコーヒーをすすりながら、千影は一人で呟いた。
「いつもどおりでしょ?」
新聞を、これまた素晴らしいタイミングで手渡しつつ、輝愛が答える。
「いや、せっかくの休みなのに、もうちょっとゆっくりでも良かったなーって」
「でも、お友達の結婚式でしょ」
言われて、はた、とカレンダーに目をやる。
「え・・・・そうだったっけ・・・?」
「ちょっと、カワハシ?」
未だ僅かに寝ぼけ眼をこすりながら、カレンダーに顔を近付ける。
そこには、はっきりくっきりと赤い文字で、『結婚式に無理やり参加させられる』と書いてあった。
「・・・まさかとは思うけど、忘れてたとか言う?」
「聞いて驚け。そのまさかだ」
「もー!」
呆れる輝愛だったが、呼ばれている披露宴の開始時刻は15時なので、別に遅刻しそうな訳でもないのだが。
「あ、スーツださなきゃ」
「昨日カワハシが寝た後に、ちゃんと出しときました」
「祝儀袋とふくさ」
「こないだクローゼットから発掘しときました」
今更言い出す千影に、しかし輝愛は呆れ顔ながらも、準備したものを指差す。
なかなかどうして、大変良くできた娘分のおかげで、特に今から買いに走るものは無さそうだ、と、安堵のため息をつく。
「まったく、たまにちょこっと大胆に抜けてる時あるよね、カワハシ」
「疲れてんの」
悪びれる様子も無い彼に、しかしそれも最もなので、彼女は苦笑するのだった。
「招待状と、ご祝儀袋ね。中身は自分で入れてね。で、ふくさそこね。スーツはそこのハンガーにかけてあるブラックのやつでしょ?で、アイロンかけたワイシャツはそっちのハンガー。何色がいいか分かんなかったからね、色んなの出てるから選んでね。ネクタイは白でいいのかな?他のもそこにかけてあるから。で、靴は磨いといたから玄関に出てるやつね。あとはカワハシの身一つよ」
「誠に有難うございます。お嬢様」
ははあ、と頭を大きく垂れて大袈裟に礼を述べながら、届いてからロクに目も通していなかった招待状を眺める。
本来なら、招待状に同封されているハガキで、出席の有無を通知するのだが、今回に限っては、アクションチームのほぼ全員が『強制参加』状態になっており、有無を言わさず『参加』扱いになると言われていたので、別段、詳しく内容を把握していなかったのだ。
輝愛に限っては、まだ面識がないのと、入団して間もない事もあり、強制参加にはなっていないのだが。
今回の新郎新婦は、千影本人もチーム全体にもとても深く縁のある二人で、新郎は演出家、新婦は女優。
新郎の方は、チームの仕事でも、そのほかの舞台の仕事でも、しょっちゅう顔を合わせる大学時代からの先輩で、新婦のほうも、そこかしこの舞台で見かける実力派であり、業界関係者も注目するカップルの挙式なのである。
「あれま、直筆?」
目を落とした招待状には、今まで気づかなかった、直筆のメッセージが。
呟いて、久しぶりに見る先輩の字を目で追って、
「うげ」
かえるがつぶされたような声を出す。
「ん?どしたの?」
招待状を持ったまま固まってしまった千影を、下から覗き込む輝愛。
「・・・・・トーイ、お前、今日、暇?」
「うん。大掃除しようと思って。丁度いいことに怠け者カワハシが出かけるし」
若干、最後の方に気になる台詞があったが、今の千影にそこを突っ込む余裕は、最早皆無だった。
「今何時!?」
「え?11時ちょっと過ぎたとこ」
答える輝愛の台詞に、千影の顔がさあっ、と青くなって行く。
「取り合えず、着替えろ!即効!」
「へ?え?なんで?」
「いいから早く!!!!」
怒鳴って、自分も大急ぎで先ほど指し示されたスーツ一式などをかばんに詰め込み始める。
「ちょちょちょ、何が起こったの?」
「今からだぞ!?」
「はあ?」
完全に顔色を失って、蒼白になった千影が、若干寝癖の残る頭を抱えながら、
「今から服買って靴買って髪の毛いじってメイクして!?」
「カワハシ化粧するの?」
「馬鹿、仕事でもないのにするかよ」
「じゃあなんで」
圧倒的に、事態を把握する術を与えられないまま圧されまくってる輝愛が、目を見開いて唖然としたまま、何とか口を動かす。
「お前だよ!」
「はあ?」
千影はバッグに整髪料やら財布やら祝儀袋やら、取り合えず突っ込みながら、
「お前も行かなきゃいけなくなったの!」
「どこに」
何でわかんねぇんだこいつ
と言う顔で、千影が怒鳴る。
「結婚式!!!」
■こんぺいとう5 ウェディング!! 2 ■
「はいはいもしもし・・あら、ちかちゃん?」
「そうそう、俺俺」
二回目のコールが鳴り終わらないうちに、珠子の声が電話口から聞こえてくる。
早々に出てくれて感謝するが、それでも彼にはその2コールすら長く感じた。
「どしたのちかちゃん。まだ披露宴まで時間あるでしょ?」
「その事で相談、もとい頼みが」
業界関係者が多く招待されており、チーム全員強制参加と来れば、当然、珠子も出席者である。
「どしたの?えらく焦り気味じゃない?珍しい事」
「面倒くさいから率直に言う。悪い、化粧してやってくれ」
輝愛の腕を掴みつつ、かばんを引っ掛けた方の手で携帯を握り、殆どダッシュしながら、彼は彼の姉貴分に懇願する。
「・・・・・・やぁだ、ちかちゃんに化粧したら気持ち悪いじゃない」
「ちっがーーう!!」
思わず急ぎまくってるのを忘れ、立ち止まって携帯に向かって怒鳴る。
「なによーぅ、おこんないでよー」
電話の向こうで、むすくたれてる声が聞こえるが、余裕の無い千影に取っては、それこそ取るに足らない事だ。
「俺じゃねえ。トーイだトーイ」
「輝愛ちゃん?いいけど、なんで?」
千影は事の次第を珠子に即効で告げる。
勿論、先ほど止まった足も、今は駐車場に向かって動いている。
「おっけ、そーゆー事なら了解よ。会場のメイクルームでやったげる」
「悪い、今度なんか奢るわ」
車の後部座席にかばんをぶち込み、助手席に娘分を投げ入れて、自分も運転席に乗り込む。
「ドレスも貸そうか?枚数ならあるわよ?」
有り難い珠子の申し出に、しかし千影は一瞬の逡巡する隙もなく、
「だめ!」
「あら、なんでよ?」
問いかける珠子に、一瞬目線を隣に座っている輝愛に向けた後、
「お前のじゃ、露出高すぎ。以上!」
言うだけ言って、とっとと電源ボタンを押して、通話を終了させてしまう。
そして大急ぎでエンジンをかけ、車を発進させた。
「・・・・くっくっく」
珠子は、通話の終わった携帯を握り締めたまま、お気に入りのクッションを抱きかかえた状態で、腹を抱えて笑っていた。
「聞いてるこっちが、恥ずかしいわ」
あのちかちゃんが、あんなに言うなんてねえ。
自分よりも大分大きく成長してしまった弟分の、珍しくも初々しい姿に、目を細める。
「すっかり父親の意見だったけど、それ以外の主観も強そうね」
『露出が多いから、だめ』だなんて、今までの千影からは想像もできない台詞だった。
珠子は立ち上がって、一つ伸びをする。
メイクボックスに、自分用に用意したもの以外に、必要なものを追加して、微笑んだ。
「変わってきたんじゃない?それも、かなりいい方向に、ね」
「何がだ?」
「んーん、何でもないわ」
妻のおかしな行動には慣れ親しんでいる夫紅龍だが、普段より嬉しそうな彼女に微笑みながら問いかける。
彼女も、笑顔のままで答える。
「ただね、ちょっと微笑ましかったのよ」
そう言うと、ああ、と的を居たりな表情になった紅龍は、手にしていたマグカップのコーヒーを一口すすりながら、
「ちかの奴か」
「そゆこと」
もう一つのマグカップを、目に涙を浮かべて笑う妻に渡すと、夫は若干懐かしそうな口調で、
「あいつも、まーあ、青くなっちゃって」
その台詞に、愛しい夫に淹れてもらったコーヒーを飲みながら、妻はまたひとしきり笑った。
「ここは一つ、お姉ちゃんが磨いてあげなきゃね」
―――ちかちゃんがびっくりして、惚れ直すくらいに、ね。
そう心の中だけで呟いて、夫に寄りかかって、また笑った。
◇
「あのぅ・・」
助手席に投げ込まれ、何も理解出来ていないままの娘分は、シートベルト握り締めながら、情けない声を出す。
「一体全体、何がなにやら・・・」
横でハンドルを握る千影は、ようやく一息ついたのか、信号で止まった際に、例の招待状を彼女に手渡す。
「読んでみ」
「えっと」
受け取って、中身を読む。
そこにはごくありふれた、結婚式のお誘いの文章。
別段、特に変わったところは無い。
直筆のメッセージだって、ちょっとマメな人間だったら、やってもおかしくは無い。
ただ、読み進めたその内容が、普通のそれとは、若干、かけ離れ気味だったりもするのだが。
『千影君、元気?この度、残念な事に結婚する事になっちまいました。で、前々から見せろって言ってた、お宅の娘、絶対連れて来いよ?
10代のぴちぴちなんだろ?お披露目しろよな。このメッセージを無視すると、この先の千影君のお仕事に多大な影響を与える事になっちゃうぞ☆(うけけ)』
『川ちゃんお久しぶり!馬鹿旦那がごめんね!でも私もかわいい女の子見たいので、是非つれて来なさい~♪連れて来ないと、嫌がらせしちゃうぞ!じゃあね』
「・・・・・・・・・えーっと」
「読んだだろ?」
「はあ、一応」
しかし、なんともテンションの高い文章である。
新郎は40ちょい前、新婦も30代真ん中だと言っていたので、お互い大分、元気な人なんだろうか。
「これ、ただのギャグとかじゃない?別にあたしがいなくても・・」
「甘い!!!」
彼女の言葉を遮って、千影は眉間にしわを寄せて、頬に冷や汗垂れ流しつつ、ハンドルを力一杯握り締める。
「アイツ・・あの先輩は、あの珠子も足元にも及ばないレベルでの恐ろしさ・・・しかも嫁になるやつもやつで、一緒になって後輩をいびるのが大好きっちゅー、最悪なやつらなんだ」
なんか、すごいことになってるなあ・・
と思いつつ、千影のこんな焦って、もしくは若干脅えている姿なんぞ見るのは初めてで、輝愛は場違いになんだかちょっと嬉しかった。
「なので」
気を取り直したように千影は言葉を続ける。
「俺はまだまだ死にたくないし、食いっぱぐれるのも勘弁なんで、頼むぞ、トーイ」
「うえ・うえええええ!?」
彼は、華麗にハンドルをさばきながら、
「恥かくわけにも、かかせる訳にもいかん。ってことで」
「ってことで・・・・?」
いつになく真剣な目の千影に、輝愛は身を引いて引きつった顔で答える。
「お前を、いい女にせにゃならん」
「はいはいもしもし・・あら、ちかちゃん?」
「そうそう、俺俺」
二回目のコールが鳴り終わらないうちに、珠子の声が電話口から聞こえてくる。
早々に出てくれて感謝するが、それでも彼にはその2コールすら長く感じた。
「どしたのちかちゃん。まだ披露宴まで時間あるでしょ?」
「その事で相談、もとい頼みが」
業界関係者が多く招待されており、チーム全員強制参加と来れば、当然、珠子も出席者である。
「どしたの?えらく焦り気味じゃない?珍しい事」
「面倒くさいから率直に言う。悪い、化粧してやってくれ」
輝愛の腕を掴みつつ、かばんを引っ掛けた方の手で携帯を握り、殆どダッシュしながら、彼は彼の姉貴分に懇願する。
「・・・・・・やぁだ、ちかちゃんに化粧したら気持ち悪いじゃない」
「ちっがーーう!!」
思わず急ぎまくってるのを忘れ、立ち止まって携帯に向かって怒鳴る。
「なによーぅ、おこんないでよー」
電話の向こうで、むすくたれてる声が聞こえるが、余裕の無い千影に取っては、それこそ取るに足らない事だ。
「俺じゃねえ。トーイだトーイ」
「輝愛ちゃん?いいけど、なんで?」
千影は事の次第を珠子に即効で告げる。
勿論、先ほど止まった足も、今は駐車場に向かって動いている。
「おっけ、そーゆー事なら了解よ。会場のメイクルームでやったげる」
「悪い、今度なんか奢るわ」
車の後部座席にかばんをぶち込み、助手席に娘分を投げ入れて、自分も運転席に乗り込む。
「ドレスも貸そうか?枚数ならあるわよ?」
有り難い珠子の申し出に、しかし千影は一瞬の逡巡する隙もなく、
「だめ!」
「あら、なんでよ?」
問いかける珠子に、一瞬目線を隣に座っている輝愛に向けた後、
「お前のじゃ、露出高すぎ。以上!」
言うだけ言って、とっとと電源ボタンを押して、通話を終了させてしまう。
そして大急ぎでエンジンをかけ、車を発進させた。
「・・・・くっくっく」
珠子は、通話の終わった携帯を握り締めたまま、お気に入りのクッションを抱きかかえた状態で、腹を抱えて笑っていた。
「聞いてるこっちが、恥ずかしいわ」
あのちかちゃんが、あんなに言うなんてねえ。
自分よりも大分大きく成長してしまった弟分の、珍しくも初々しい姿に、目を細める。
「すっかり父親の意見だったけど、それ以外の主観も強そうね」
『露出が多いから、だめ』だなんて、今までの千影からは想像もできない台詞だった。
珠子は立ち上がって、一つ伸びをする。
メイクボックスに、自分用に用意したもの以外に、必要なものを追加して、微笑んだ。
「変わってきたんじゃない?それも、かなりいい方向に、ね」
「何がだ?」
「んーん、何でもないわ」
妻のおかしな行動には慣れ親しんでいる夫紅龍だが、普段より嬉しそうな彼女に微笑みながら問いかける。
彼女も、笑顔のままで答える。
「ただね、ちょっと微笑ましかったのよ」
そう言うと、ああ、と的を居たりな表情になった紅龍は、手にしていたマグカップのコーヒーを一口すすりながら、
「ちかの奴か」
「そゆこと」
もう一つのマグカップを、目に涙を浮かべて笑う妻に渡すと、夫は若干懐かしそうな口調で、
「あいつも、まーあ、青くなっちゃって」
その台詞に、愛しい夫に淹れてもらったコーヒーを飲みながら、妻はまたひとしきり笑った。
「ここは一つ、お姉ちゃんが磨いてあげなきゃね」
―――ちかちゃんがびっくりして、惚れ直すくらいに、ね。
そう心の中だけで呟いて、夫に寄りかかって、また笑った。
◇
「あのぅ・・」
助手席に投げ込まれ、何も理解出来ていないままの娘分は、シートベルト握り締めながら、情けない声を出す。
「一体全体、何がなにやら・・・」
横でハンドルを握る千影は、ようやく一息ついたのか、信号で止まった際に、例の招待状を彼女に手渡す。
「読んでみ」
「えっと」
受け取って、中身を読む。
そこにはごくありふれた、結婚式のお誘いの文章。
別段、特に変わったところは無い。
直筆のメッセージだって、ちょっとマメな人間だったら、やってもおかしくは無い。
ただ、読み進めたその内容が、普通のそれとは、若干、かけ離れ気味だったりもするのだが。
『千影君、元気?この度、残念な事に結婚する事になっちまいました。で、前々から見せろって言ってた、お宅の娘、絶対連れて来いよ?
10代のぴちぴちなんだろ?お披露目しろよな。このメッセージを無視すると、この先の千影君のお仕事に多大な影響を与える事になっちゃうぞ☆(うけけ)』
『川ちゃんお久しぶり!馬鹿旦那がごめんね!でも私もかわいい女の子見たいので、是非つれて来なさい~♪連れて来ないと、嫌がらせしちゃうぞ!じゃあね』
「・・・・・・・・・えーっと」
「読んだだろ?」
「はあ、一応」
しかし、なんともテンションの高い文章である。
新郎は40ちょい前、新婦も30代真ん中だと言っていたので、お互い大分、元気な人なんだろうか。
「これ、ただのギャグとかじゃない?別にあたしがいなくても・・」
「甘い!!!」
彼女の言葉を遮って、千影は眉間にしわを寄せて、頬に冷や汗垂れ流しつつ、ハンドルを力一杯握り締める。
「アイツ・・あの先輩は、あの珠子も足元にも及ばないレベルでの恐ろしさ・・・しかも嫁になるやつもやつで、一緒になって後輩をいびるのが大好きっちゅー、最悪なやつらなんだ」
なんか、すごいことになってるなあ・・
と思いつつ、千影のこんな焦って、もしくは若干脅えている姿なんぞ見るのは初めてで、輝愛は場違いになんだかちょっと嬉しかった。
「なので」
気を取り直したように千影は言葉を続ける。
「俺はまだまだ死にたくないし、食いっぱぐれるのも勘弁なんで、頼むぞ、トーイ」
「うえ・うえええええ!?」
彼は、華麗にハンドルをさばきながら、
「恥かくわけにも、かかせる訳にもいかん。ってことで」
「ってことで・・・・?」
いつになく真剣な目の千影に、輝愛は身を引いて引きつった顔で答える。
「お前を、いい女にせにゃならん」
■こんぺいとう5 ウェディング!! 3 ■
フィッティングルームの前で、千影は頭を抱えていた。
「・・・・・・・・お前さあ」
「はい~」
呼ばれた輝愛も、疲れたような声である。
もう既に、何着目の試着だろうか。
輝愛としては、状況もよく分からず、出来ればとっとと終わらせるか、どちらかと言うとなかったことにして、帰りたいくらいなのだが。
しかし、フィッティングルームの前で待機する、千影のOKが出ないのだ。
「これなんぞいかが」
なかば投げやり気味に、カーテンをシャッ、と開く。
「お前、スカートにあわねぇなあ」
「そんなしみじみ言われても」
半眼で言う彼に、そこまで言われると、若干悲しくなってくるのだが。
「大体、似合わないのばっかり選びすぎ」
と、彼女が適当に選んで試着し、没になった洋服の山を見た。
「だって、スカートなんて、中学の制服でしか着た事ないし・・・」
しょんぼりうなだれる輝愛。
実際なら、高校に通っている年齢ではあるが、千影と出会う前の彼女は、経済的に進学を選ぶ余裕はなかった。
高校で制服着てたら、多少はスカートに抵抗感ないかも知れないけど。
心の中で、ちょっぴり愚痴を零してみたり。
「トーイね、セットアップ似合わねぇな」
「結婚式のお洋服なんか、分かんないよー。いかなくてもいいでしょー」
「だめ。俺が殺される。火あぶりもしくは八つ裂きで」
「うえええ」
二人が、はたから見ると漫才の様な会話を交わしていると、
店員が見かねたのか、声をかける。
「いかがですか?」
「いかがもなんも、だめだそうです」
答える輝愛に、千影は悪びれもせず、
「だって似合わねーんだもん」
店員も苦笑して、
「お肌の色と、お洋服が合ってないご様子でしたので、何着かお持ちしましたよ。あと、お客様の雰囲気ですと、セットアップよりも、こういった感じのものがお似合いになるんじゃないかしら」
千影とおよそ同い年くらいに見える店員の女性は、にっこりと微笑んで、千影にピックアップして来た洋服を差し出す。
どうやら、先ほどからの二人の会話を聞いて、気を利かせてくれたらしい。
「を、これ着て」
渡されたドレスの中から、千影が気に入ったらしい一枚を抜き取る。
「ひ!こんな高いの無理!」
断ろうと、青ざめて店員に差し出すが、千影は聞いていない。
「こちらはお色もシックで上品ですし、ラインも綺麗に出ますよ。お素材も上質なものですし、なにより、お似合いになると思いますけど」
「だそうだ。お似合いになるそうだから、取り合えず着ろ」
「ででででも」
一枚の、ブルーグリーンのドレスを渡されて、冷や汗をたらす輝愛。
・・・・やだよーこんな高いの。払えないよー・・・
「五月蝿い。早くしろ。時間がねえ。それとも」
千影は半眼になって凄むと、輝愛にぐっと顔を近付けて、
「一人で出来ないなら脱がせてやるけど?どうする?」
「ひ、一人で出来ます!!!」
千影の据わった目を本気と取ったのか、青くなったまま大急ぎでカーテンを閉める輝愛。
彼の横では、店員がくすくす笑っている。
「可愛らしい恋人さんですね」
「だといいんですけどね」
と、肩を落として苦笑する。
お洋服に合う小物もお持ちしましょうか
と言う店員の言葉を二つ返事で承諾し、
バックと靴、アクセサリーを一式頼む。
しばらくすると、目の前のカーテンがおずおずと開かれた。
「無理です隊長」
「なんだ隊長って。いいから首から下見せろ」
カーテンから首だけを出して、泣きそうになっている娘分に、情け容赦ない父親分。
「だから無理ですってば!こんなの恥ずかしい!死ねる!」
「死んでも生き返らせてやるから見せろ」
「ひどーい」
半泣きの彼女を無視して、千影はカーテンを開ける。
一瞬、言葉が出なかった。
「とてもお似合いですよ」
店員の言葉で、はっと我に返り、
「さっきのより、大分マシ」
と頷いた。
「ミニスカートいや・・はずかしい・・」
半べそになりながら、ドレスの裾を押さえる娘を無視して、千影は店員に向き直り、何か話している。
輝愛は観念した様に、今着てきた自分の服に着替えるため、本日何回目か分からないくらい開け閉めしたカーテンを、再び閉めた。
娘分が着替えをしている間に、千影は店員が用意してくれた小物類すべてを合わせて、とっとと会計を済ませた。
さすがはデザイナーズブランド。頭の先から足の先まで一箇所で揃ったのは有り難い。
ようやく腕時計に目をやると、時間は何とか間に合いそうだった。
「お待たせ致しました」
「どーもー」
微笑みながら、かなり大きなショッパーを渡された千影は、フィッティングルームから出てきた輝愛を引っつかんで、すたすたと店を出て行く。
「あうー、カワハシー」
「ん?どした?」
殆ど抱えられている状態の輝愛は、なぜかその異様に大きな紙袋を見て、
「・・・・何故にそんなに大きいの・・・そして全部でいくらだったの・・・」
「は?何で?」
きょとんとする彼に、彼女は脅えたように肩をすくませて、
「だって、袋が絶対大きいんだもん・・・」
「ああ、だって一式頭から足まで買ったし」
「全部・・・・・・・・・・」
意識が軽く遠のく位の金額になっていることは明白で、輝愛は青ざめる。
・・・・だって、ドレス一枚であの値段だよ・・?全部って、なにそれいくらたすけて・・・
「ぜんぶでいくらだったの?分割払いとかでいい?一括じゃあたし払えないよぅ・・・」
「値段聞くと、お前泣くかも知んないから、やめとけ」
「ひー」
既に半分以上泣いている娘分を抱えたまま、再び助手席に放り込んで、一路、珠子が待つホテルを目指す。
助手席で死に掛けている娘分に、シートベルトをしてやりながら、
「気にするな。お前の為じゃなくて、ほぼ俺のためなんだから」
「でも、着るのはあたしでしょ?」
不安そうに上目遣いで問い返す。
その仕草が妙に子供っぽくて、千影は苦笑する。
「じゃあ、貢物ってことで」
「はあ?」
「買ってやるって、言ってんの」
エンジンをかけ、駐車場から出ようと、バックミラーとサイドミラーを交互に目で追う千影に、輝愛は首をかしげる。
「なんで?」
「んー、なんでって言われてもなぁ。必要だし」
「でも・・」
買ってもらう理由なんて、ないのに。
そう一人呟いて、シートベルトを握り締める。
その様子を見て、再び苦笑して、彼は左手で優しく彼女の髪の毛を撫でた。
「案外似合うかも知れんぞ」
「まっさか」
答えてため息つく彼女に、心の中だけで言葉を紡ぐ。
必要なのは最もだけど、それ以上に俺が買ってやりたかったんだよ。
だってたまには見たいじゃないか、可愛い娘分の、可愛い姿。
口が裂けても、本人には言えないけど。
未だに妙に遠慮深すぎるこの年頃の娘は、こんな事でもない限り、自分からの贈り物を受け取りはしないかも知れないから。
だとしたら、それを理由に、今までの分ちょっとまとめてしまったって、悪くは無いだろ?
「要するに、俺のためな訳だ」
そう呟きながら、アクセルを踏んだ。
フィッティングルームの前で、千影は頭を抱えていた。
「・・・・・・・・お前さあ」
「はい~」
呼ばれた輝愛も、疲れたような声である。
もう既に、何着目の試着だろうか。
輝愛としては、状況もよく分からず、出来ればとっとと終わらせるか、どちらかと言うとなかったことにして、帰りたいくらいなのだが。
しかし、フィッティングルームの前で待機する、千影のOKが出ないのだ。
「これなんぞいかが」
なかば投げやり気味に、カーテンをシャッ、と開く。
「お前、スカートにあわねぇなあ」
「そんなしみじみ言われても」
半眼で言う彼に、そこまで言われると、若干悲しくなってくるのだが。
「大体、似合わないのばっかり選びすぎ」
と、彼女が適当に選んで試着し、没になった洋服の山を見た。
「だって、スカートなんて、中学の制服でしか着た事ないし・・・」
しょんぼりうなだれる輝愛。
実際なら、高校に通っている年齢ではあるが、千影と出会う前の彼女は、経済的に進学を選ぶ余裕はなかった。
高校で制服着てたら、多少はスカートに抵抗感ないかも知れないけど。
心の中で、ちょっぴり愚痴を零してみたり。
「トーイね、セットアップ似合わねぇな」
「結婚式のお洋服なんか、分かんないよー。いかなくてもいいでしょー」
「だめ。俺が殺される。火あぶりもしくは八つ裂きで」
「うえええ」
二人が、はたから見ると漫才の様な会話を交わしていると、
店員が見かねたのか、声をかける。
「いかがですか?」
「いかがもなんも、だめだそうです」
答える輝愛に、千影は悪びれもせず、
「だって似合わねーんだもん」
店員も苦笑して、
「お肌の色と、お洋服が合ってないご様子でしたので、何着かお持ちしましたよ。あと、お客様の雰囲気ですと、セットアップよりも、こういった感じのものがお似合いになるんじゃないかしら」
千影とおよそ同い年くらいに見える店員の女性は、にっこりと微笑んで、千影にピックアップして来た洋服を差し出す。
どうやら、先ほどからの二人の会話を聞いて、気を利かせてくれたらしい。
「を、これ着て」
渡されたドレスの中から、千影が気に入ったらしい一枚を抜き取る。
「ひ!こんな高いの無理!」
断ろうと、青ざめて店員に差し出すが、千影は聞いていない。
「こちらはお色もシックで上品ですし、ラインも綺麗に出ますよ。お素材も上質なものですし、なにより、お似合いになると思いますけど」
「だそうだ。お似合いになるそうだから、取り合えず着ろ」
「ででででも」
一枚の、ブルーグリーンのドレスを渡されて、冷や汗をたらす輝愛。
・・・・やだよーこんな高いの。払えないよー・・・
「五月蝿い。早くしろ。時間がねえ。それとも」
千影は半眼になって凄むと、輝愛にぐっと顔を近付けて、
「一人で出来ないなら脱がせてやるけど?どうする?」
「ひ、一人で出来ます!!!」
千影の据わった目を本気と取ったのか、青くなったまま大急ぎでカーテンを閉める輝愛。
彼の横では、店員がくすくす笑っている。
「可愛らしい恋人さんですね」
「だといいんですけどね」
と、肩を落として苦笑する。
お洋服に合う小物もお持ちしましょうか
と言う店員の言葉を二つ返事で承諾し、
バックと靴、アクセサリーを一式頼む。
しばらくすると、目の前のカーテンがおずおずと開かれた。
「無理です隊長」
「なんだ隊長って。いいから首から下見せろ」
カーテンから首だけを出して、泣きそうになっている娘分に、情け容赦ない父親分。
「だから無理ですってば!こんなの恥ずかしい!死ねる!」
「死んでも生き返らせてやるから見せろ」
「ひどーい」
半泣きの彼女を無視して、千影はカーテンを開ける。
一瞬、言葉が出なかった。
「とてもお似合いですよ」
店員の言葉で、はっと我に返り、
「さっきのより、大分マシ」
と頷いた。
「ミニスカートいや・・はずかしい・・」
半べそになりながら、ドレスの裾を押さえる娘を無視して、千影は店員に向き直り、何か話している。
輝愛は観念した様に、今着てきた自分の服に着替えるため、本日何回目か分からないくらい開け閉めしたカーテンを、再び閉めた。
娘分が着替えをしている間に、千影は店員が用意してくれた小物類すべてを合わせて、とっとと会計を済ませた。
さすがはデザイナーズブランド。頭の先から足の先まで一箇所で揃ったのは有り難い。
ようやく腕時計に目をやると、時間は何とか間に合いそうだった。
「お待たせ致しました」
「どーもー」
微笑みながら、かなり大きなショッパーを渡された千影は、フィッティングルームから出てきた輝愛を引っつかんで、すたすたと店を出て行く。
「あうー、カワハシー」
「ん?どした?」
殆ど抱えられている状態の輝愛は、なぜかその異様に大きな紙袋を見て、
「・・・・何故にそんなに大きいの・・・そして全部でいくらだったの・・・」
「は?何で?」
きょとんとする彼に、彼女は脅えたように肩をすくませて、
「だって、袋が絶対大きいんだもん・・・」
「ああ、だって一式頭から足まで買ったし」
「全部・・・・・・・・・・」
意識が軽く遠のく位の金額になっていることは明白で、輝愛は青ざめる。
・・・・だって、ドレス一枚であの値段だよ・・?全部って、なにそれいくらたすけて・・・
「ぜんぶでいくらだったの?分割払いとかでいい?一括じゃあたし払えないよぅ・・・」
「値段聞くと、お前泣くかも知んないから、やめとけ」
「ひー」
既に半分以上泣いている娘分を抱えたまま、再び助手席に放り込んで、一路、珠子が待つホテルを目指す。
助手席で死に掛けている娘分に、シートベルトをしてやりながら、
「気にするな。お前の為じゃなくて、ほぼ俺のためなんだから」
「でも、着るのはあたしでしょ?」
不安そうに上目遣いで問い返す。
その仕草が妙に子供っぽくて、千影は苦笑する。
「じゃあ、貢物ってことで」
「はあ?」
「買ってやるって、言ってんの」
エンジンをかけ、駐車場から出ようと、バックミラーとサイドミラーを交互に目で追う千影に、輝愛は首をかしげる。
「なんで?」
「んー、なんでって言われてもなぁ。必要だし」
「でも・・」
買ってもらう理由なんて、ないのに。
そう一人呟いて、シートベルトを握り締める。
その様子を見て、再び苦笑して、彼は左手で優しく彼女の髪の毛を撫でた。
「案外似合うかも知れんぞ」
「まっさか」
答えてため息つく彼女に、心の中だけで言葉を紡ぐ。
必要なのは最もだけど、それ以上に俺が買ってやりたかったんだよ。
だってたまには見たいじゃないか、可愛い娘分の、可愛い姿。
口が裂けても、本人には言えないけど。
未だに妙に遠慮深すぎるこの年頃の娘は、こんな事でもない限り、自分からの贈り物を受け取りはしないかも知れないから。
だとしたら、それを理由に、今までの分ちょっとまとめてしまったって、悪くは無いだろ?
「要するに、俺のためな訳だ」
そう呟きながら、アクセルを踏んだ。
■こんぺいとう5 ウェディング!! 4 ■
「あら、思ったより余裕な時間で登場ね」
ホテルに到着し、車を地下の駐車場に預け、またまた輝愛と自分の荷物と、追加さっき購入したフルセットを抱えて、千影は珠子の待つ部屋へ向かった。
結構な勢いで珠子からメールで指定された部屋へ向かうと、丁度良く珠子と紅龍が立っているのが見えた。
「悪い、本気で頭から全部頼むわ」
言うが早いか、千影は珠子に、例のフルセットの紙袋を手渡すと、両膝に手をついて、大きくため息をつく。
「あらあら、お疲れねちかちゃん。時間あるから大丈夫よ」
クスクス笑う珠子は、既に深紅のドレスに身を包んでいる。
「おはよう、輝愛ちゃん。いきなりでびっくりしたよね」
それこそ本当の保護者の様な顔で、紅龍が輝愛に苦笑する。
「未だに脳みそ追いついてないですよぅ」
情けない声で、千影に小脇に抱えられたまましょぼくれる輝愛に、紅龍は再び苦笑しながら、
「まあ、珠子とちかのためにちょっと我慢してあげて」
「はあ」
「うちのかみさん、輝愛ちゃんをメイクできるの、喜んでたからさ」
「・・・恐れ入ります」
この場合の『恐れ入る』は、それこそ色んな意味での『恐れ入る』な訳だ。
「まあ、あの魔女みたいな顔で乙女回路搭載されちゃってるからさ、我慢してやって」
「をとめかいろ・・・」
素面でやたら素敵指数の高い台詞を吐くあたり、やはり社長は社長だなあと、輝愛は改めて実感する。
しっかし、あたしには搭載されてなさげだなあ、をとめかいろ・・・・
思案する輝愛の腕に、魔女珠子はそれこそ嬉しそうに手を添えると、
「で?いつまでいるわけ?覗く気?着替えを?このうら若き乙女の着替えを?返答次第ではあっさり殺すわよ?」
と、嫌みったらしく目の前の男二人に言い放つ。
旦那は心得たもので、
「お前で見飽きてるからいい」
と言うが早いか、背を向けてロビーラウンジのある方向に歩き出す。
「で?ちかちゃんは?」
半眼で見据えられると、いささか寝癖の残った髪の毛をくしゃりとやると、
「心の底から遠慮致します」
と息を吐くと、「俺も着替えなきゃいけねーなあ」などと呟きつつ、紅龍が歩く後ろを面倒くさそうについて行った。
「輝愛ちゃん、べっぴんさんにしたげるからね!」
「恐れ入ります」
紙袋抱えて、お辞儀をする彼女に、すっかり母親だか姉だか気分の珠子は微笑む。
輝愛の言う「恐れ入ります」は、それこそ色んな意味での「恐れ入る」である。
室内に入り、紙袋を置くと、珠子に促された椅子に腰掛ける。
珠子は珠子で、早速千影の戦利品の物色を始めたかと思うと、ドレスをハンガーにかけ、小物類のパッケージやらをひっぺがし、鏡の傍にある小さめのテーブルに鎮座させていった。
そして、自分の荷物の中からメイクボックスを引っ張り出し、たんたんっと軽い音を立てて、小瓶などを並べていく。
「軽くパックしましょか」
「はあ」
されるがままになっている輝愛は、取り合えず前髪を七三のようにピンでとめ、額を全開にされたかと思うと、使いきりタイプの美容液パックを顔に乗せられ、会話が難しい状態にさせられる。
「時間少ないから、じっくりやってあげられないのが残念だけどね、やるとやらないとじゃ、出来が違うのよ~」
珠子は嬉しそうに微笑みながら、ジェイソン状態になった輝愛の横で、支度をしている。
その珠子をこっそり眺めつつ、輝愛は小さく気づかれないようにため息をついた。
・・・お葬式にしか、縁が無かったからなぁ・・・
彼女の両親は、彼女が2歳の頃、自動車事故で亡くなっている。
そのときの葬儀の様子は、ほとんど覚えてなどいないけれど、大好きなばあちゃんが泣いて、泣いて、泣いてたのだけは覚えてた。
そのあとちょっとして、ずっと具合の良くなかったじいちゃんが亡くなって。
それで、最後はばあちゃんだ。
結婚式には縁がなかったけれども、今までの人生でお葬式には縁があった。
『見送る側の人間』なんて、言われた事もあったっけ。
そう言う運命の人間なんだって。
それがかなりショックだったりもしたな。
結婚式って、どんな空気なんだろう・・・
「輝愛ちゃん?」
不安げな顔で覗き込まれて、はっとする。
「どしたの?具合での悪い?」
「あ、違います、ぼーっとしちゃって。大丈夫です」
「そお・・?」
「はい、これ、はじめてマスクしました。ひやひやできもちくて、寝そうになりました」
えへへへと、申し訳なそうに笑う輝愛に、珠子はそれ以上問いはしなかった。
「お化粧、しよっか。ちかちゃんがびっくりするくらい、綺麗にしちゃおうね」
微笑む珠子に、輝愛も眉尻を下げて頷いた。
「あら、思ったより余裕な時間で登場ね」
ホテルに到着し、車を地下の駐車場に預け、またまた輝愛と自分の荷物と、追加さっき購入したフルセットを抱えて、千影は珠子の待つ部屋へ向かった。
結構な勢いで珠子からメールで指定された部屋へ向かうと、丁度良く珠子と紅龍が立っているのが見えた。
「悪い、本気で頭から全部頼むわ」
言うが早いか、千影は珠子に、例のフルセットの紙袋を手渡すと、両膝に手をついて、大きくため息をつく。
「あらあら、お疲れねちかちゃん。時間あるから大丈夫よ」
クスクス笑う珠子は、既に深紅のドレスに身を包んでいる。
「おはよう、輝愛ちゃん。いきなりでびっくりしたよね」
それこそ本当の保護者の様な顔で、紅龍が輝愛に苦笑する。
「未だに脳みそ追いついてないですよぅ」
情けない声で、千影に小脇に抱えられたまましょぼくれる輝愛に、紅龍は再び苦笑しながら、
「まあ、珠子とちかのためにちょっと我慢してあげて」
「はあ」
「うちのかみさん、輝愛ちゃんをメイクできるの、喜んでたからさ」
「・・・恐れ入ります」
この場合の『恐れ入る』は、それこそ色んな意味での『恐れ入る』な訳だ。
「まあ、あの魔女みたいな顔で乙女回路搭載されちゃってるからさ、我慢してやって」
「をとめかいろ・・・」
素面でやたら素敵指数の高い台詞を吐くあたり、やはり社長は社長だなあと、輝愛は改めて実感する。
しっかし、あたしには搭載されてなさげだなあ、をとめかいろ・・・・
思案する輝愛の腕に、魔女珠子はそれこそ嬉しそうに手を添えると、
「で?いつまでいるわけ?覗く気?着替えを?このうら若き乙女の着替えを?返答次第ではあっさり殺すわよ?」
と、嫌みったらしく目の前の男二人に言い放つ。
旦那は心得たもので、
「お前で見飽きてるからいい」
と言うが早いか、背を向けてロビーラウンジのある方向に歩き出す。
「で?ちかちゃんは?」
半眼で見据えられると、いささか寝癖の残った髪の毛をくしゃりとやると、
「心の底から遠慮致します」
と息を吐くと、「俺も着替えなきゃいけねーなあ」などと呟きつつ、紅龍が歩く後ろを面倒くさそうについて行った。
「輝愛ちゃん、べっぴんさんにしたげるからね!」
「恐れ入ります」
紙袋抱えて、お辞儀をする彼女に、すっかり母親だか姉だか気分の珠子は微笑む。
輝愛の言う「恐れ入ります」は、それこそ色んな意味での「恐れ入る」である。
室内に入り、紙袋を置くと、珠子に促された椅子に腰掛ける。
珠子は珠子で、早速千影の戦利品の物色を始めたかと思うと、ドレスをハンガーにかけ、小物類のパッケージやらをひっぺがし、鏡の傍にある小さめのテーブルに鎮座させていった。
そして、自分の荷物の中からメイクボックスを引っ張り出し、たんたんっと軽い音を立てて、小瓶などを並べていく。
「軽くパックしましょか」
「はあ」
されるがままになっている輝愛は、取り合えず前髪を七三のようにピンでとめ、額を全開にされたかと思うと、使いきりタイプの美容液パックを顔に乗せられ、会話が難しい状態にさせられる。
「時間少ないから、じっくりやってあげられないのが残念だけどね、やるとやらないとじゃ、出来が違うのよ~」
珠子は嬉しそうに微笑みながら、ジェイソン状態になった輝愛の横で、支度をしている。
その珠子をこっそり眺めつつ、輝愛は小さく気づかれないようにため息をついた。
・・・お葬式にしか、縁が無かったからなぁ・・・
彼女の両親は、彼女が2歳の頃、自動車事故で亡くなっている。
そのときの葬儀の様子は、ほとんど覚えてなどいないけれど、大好きなばあちゃんが泣いて、泣いて、泣いてたのだけは覚えてた。
そのあとちょっとして、ずっと具合の良くなかったじいちゃんが亡くなって。
それで、最後はばあちゃんだ。
結婚式には縁がなかったけれども、今までの人生でお葬式には縁があった。
『見送る側の人間』なんて、言われた事もあったっけ。
そう言う運命の人間なんだって。
それがかなりショックだったりもしたな。
結婚式って、どんな空気なんだろう・・・
「輝愛ちゃん?」
不安げな顔で覗き込まれて、はっとする。
「どしたの?具合での悪い?」
「あ、違います、ぼーっとしちゃって。大丈夫です」
「そお・・?」
「はい、これ、はじめてマスクしました。ひやひやできもちくて、寝そうになりました」
えへへへと、申し訳なそうに笑う輝愛に、珠子はそれ以上問いはしなかった。
「お化粧、しよっか。ちかちゃんがびっくりするくらい、綺麗にしちゃおうね」
微笑む珠子に、輝愛も眉尻を下げて頷いた。
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