桃屋の創作テキスト置き場
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■君の意味と僕の意味 ■
ああ、どうしよう。 これは、これはきっと。 紛れもない―――
◇
「ルカー」
少し離れた場所から、彼女が俺を呼ぶ。
緑小高い丘の上、抜けんばかりの青空の下。
彼女の長い金髪が、日の光に照らされて、透けるように輝いている。
風に弄ばれた金髪を片手で押さえながら、いい加減足を止めたままだった俺に近寄り、鼻の頭を人差し指でちょこん、と小突いた。
「遅いぞー」
「お前が早いんだよ」
どうやらカイは何かを見つけたようで、先ほどから俺をせかす。
俺にはまだその「彼女が見つけたもの」が見つけられず、ただただカイに急かされるばかりである。
『早く早く』と俺の周りでちょこちょこ動く姿。
こんな仕草は、年相応で、いささか見た目や凛とした時とのギャップに唖然とさせられたりする。
俺も視力には自信があるのだが、カイには到底及ばない。
まるで野生だなとかつてからかったら、そりゃ仕方ないでしょと笑って言った。
『だって、エルフの血が流れてるからね』
そう、あっさりと言い放った。
普通だったら、何をふざけた事をと思うかもしれないが、その時俺は、彼女なら有り得ると、本気で思ったものだ。
輝く金髪も、美しく整った顔立ちも、抜きん出ている身体能力も。
「ルカ?」
彼女の声で、我に返り、目を合わせる。
下から覗き込まれて、彼女の顔に俺の影が落ちる。
「どしたの?」
「ん?」
無言のままでいたのを不審がられたのか、カイが僅かに眉をひそめる。
―――言えやしません。見とれてたなんて。
「なんでもねえよ」
「変なのー」
肩を落としたように微笑んで、
『そうそう、やっと着いたよ』と、俺の背中を押す。
「だからー、さっきからお前はいったい何を騒いで・・」
「ふふふー見てのお楽しみ」
カイは言うと、俺の手を取り引き寄せて歩き出す。
僅かに歩みを進めると、一瞬にして、世界が変わった。
「うわ・・!」
「すごい綺麗、ね?」
思わず声を漏らすほどの、美しい景色。
遠くに映る、未だ雪の溶け切らぬ山々の峰。
その前方に、深くい青緑を湛えた、広大な湖。
木々は青く茂り、湖面に太陽が反射して、きらきらと無数に光を放つ。
時折風が吹いて、水面を揺らし、木々や花々を踊らせ、雲を連れて来ては連れて行く。
見渡す限り、一面の碧、だ。
俺達はしばらく言葉を失い、その場に立ち尽くしたままになっていた。
彼女は俺の手を握ったままだったし、二人の体は寄り添うようにくっ付いたまま。
二人で、この景色に酔いしれて。
「・・・・・うわ!」
ぼすっと言う音と共に、俺は草っぱらの上に尻餅をつく。
どれ位経ったのだろうか。
あまりに景色ばかりに見とれすぎて、平衡感覚すら失って、情けないことにそのままこの有様だ。
「大丈夫?」
「おー、尻の骨が痛いけど」
「それは一大事だわ」
半眼になって尻をさすると、大げさに彼女は心配するふりをして、笑う。
ああ、これが――
「あ、ねえルカちょっと待ってて?」
「んあ?」
「ちょっとだけ!」
「おい、カイ?」
返事をし終わるより早く、再び何かを見つけたらしい彼女は、尻餅をついたままの俺を置き去り、とことこと小走りに走っていった。
「ふー」
四肢の力を抜いて、そのままごろんと寝転がる。
青く輝く芝生の、良い香りが備考を掠める。
そのまま大きく深呼吸。
綺麗な空気を思いっきり吸い込んで、流れる雲を目で追って。
「・・・・のどかー」
「ルカの顔が?」
思わずぼそっとつぶやいた台詞に、いつのまに戻ってきたのか、カイが後を引き継いだ。
「ルカ、はい口あけて」
「は?」
問い返すより早く、彼女は俺の口に何かを突っ込む。
「・・・・うへ、あっまい」
「なんかね、なんとか砂糖を使った焼き菓子だって」
横に座って、その「何とか焼き菓子」を口に入れる彼女。
「何だよ、そのなんとか砂糖って」
「ここらへんの名産品で、疲れが取れやすいんだって。しかもおいしい」
カイの説明を聞きながら、口の中身を飲み込む。
確かに、別段特異的な味では無いが、美味いし、後を引く。
「・・・もいっこくれ」
「はいはい」
寝転がった状態のまま、わずかに首だけ持ち上げて、口を空けると、カイはなんのためらいも無く指でつまんだ菓子を俺の口に放り込む。
・・・まあ、いささか餌付けされてる鳥の気分も・・しないでもないが。
そのまま、しばらく二人ともぼーっとしてて。
横でカイは「何とか焼き菓子」をパクついてたりはしてたけども。
「なんかさ」
「うん?」
「平和だよな」
話すとはなしに、言葉が落ちてゆく。
「・・・そうだねえ」
カイはそう言うと、少し空を仰ぎ見て、僅かに肩を落として、
「どこかで戦争やいざこざが起きてるのも、嘘みたいだよね」
そう言って、少し悲しそうに目を閉じた。
俺は、何て言っていいか分からなくて、起き上がって無言のまま、彼女の髪の毛を指で梳いた。
「・・・なあ、カイ」
「んー?」
俺の指に、髪の毛の一房を取られたまま、彼女が振り返る。
その彼女の頬に触れて、ゆっくりと顔を近付けて行って。
目の前にある、ターコイズブルーの瞳と目が合って、はっと我に返る。
「あ・・・いや、その・・・・・・うがー!」
大急ぎで頬から手を離して、両手で彼女の頭を抱き込む。
カイは、ただ大人しく腕の中にいて、俺は内心すんごい動揺してたりして。
勝手なことして怒ってたらどうしようとか、嫌われたらどうしようとか、逆に考えると、もうちょっとだったのにとか、抵抗されなかったよなとか。
でもぶっちゃけ、カイは意味が分かってたんだろうかとか。
顔を赤く染めているのを見られたくないので、腕に力をこめる。
「ぎゃーつぶれるー」
「・・・・・・・すまん」
金髪にほっぺたくっ付けて、辛うじて声に出す。
「くるしー」
カイの声に、恐る恐る力を緩める。
「はー、空気ばんざい」
僅かに顔を上気させて、はーと息をする。
俺の腕の輪の中に留まったまま、今度は彼女の手が俺の両頬をぱちんと挟む。
「いてっ」
「キスしたかったの?」
「うへ?」
あまりに直球な問いかけに、引いたはずの熱がまた一気に上昇する。
「どうなの?」
「いや・・・あの・・・・」
顔が動かせないように手で挟まれて、俺はとうとう観念して、
「・・・・・・・・はい、すいません」
これ以上に無いくらい、きっとユデダコみたいなんだろうなあ、俺。
初恋でもなけりゃファーストキスなんて遠い昔なのに、情けないとは思うけど。
「何で謝るの?悪い事してないのに」
「いや、しようとはしたから」
ここまで来ると、もう万歳降参である。
素っ裸見られるよりも、恥ずかしいかも知れない弁明、釈明。
しかし、カイはそんな俺を気にする風でも無く、
「したいなら、すればよかったのに。はい」
と言うと、彼女の真意を確認する間も与えられぬまま、
カイの顔が近付いて来て、一瞬、柔らかい感触が唇に触れた。
「―――――え・・え?」
「ん?何?」
「今・・・・っ?」
一人で手で口を覆って、混乱してる俺に、立ち上がって尻やら足に付いた草を掃ってるカイ。
「そろそろ行こう」
「・・・・・・・・」
手を差し出すカイに、下を向いたままその手を取って、立ち上がる。
「カイ、お前、その・・」
「ん?どしたの?」
「いや、あの、・・キス・・」
まともにカイの顔が見れなくて、情けない事に目をそらしたままの俺に、彼女は空恐ろしい台詞を吐いた。
「ああ、キスなら毎日のように兄貴や父様にされてたから、慣れてるから気にしないで良いよー」
「あ、そうなの、それなら・・って、え?何だって?」
思わず顔を上げて声を荒げる俺に、しかしカイは、
「だから、毎朝毎晩のように兄貴も父様も『愛の証』とか言って抱きしめたりキスされたりは日常茶飯事だってって事」
「なにー!?あのくそ親父とくそ兄貴めー!」
何かもう、嬉しいんだかむかつくんだか訳が分からなくなったまま叫ぶ。
「ちょ、何で怒ってるの!?」
「なんででもじゃ!」
してもらえたのは嬉しいけど、奴らは許せん!
男心として当然だろう!うがー!
「もー、ルカのおこりんぼ」
「うるさいわぃ!」
苦笑する彼女に、俺は歩みを止めて振り返り、
「もっかい」
言うなり、彼女の頬を手で挟んで、今度は自分から。
さっきよりも長い時間、そうしていて。
風で彼女の髪の毛がなびいたのを合図に、ゆっくりと唇を離す。
目の前には、いつも通りの彼女。
赤いのは、俺だけ。
「ルカもキス好きって知らなかった。これからは毎日しよっか?」
「いい!死んでしまう!!」
彼女の無邪気な悪魔の台詞を背中に、俺はだすだすと歩き出す。
――ああ、神様。
あんまりに酷いと思いませんか?
当面の敵は、あのバカ父兄と、彼女のこの鈍さだなんて・・・。
不毛だ。
「何で怒ってるの?」
「秘密だ!」
「へんなの」
言えるか!
お前が・・・・好きだからだなんて。
◆
そう、紛れも無くこれは、恋なのだ――
ああ、どうしよう。 これは、これはきっと。 紛れもない―――
◇
「ルカー」
少し離れた場所から、彼女が俺を呼ぶ。
緑小高い丘の上、抜けんばかりの青空の下。
彼女の長い金髪が、日の光に照らされて、透けるように輝いている。
風に弄ばれた金髪を片手で押さえながら、いい加減足を止めたままだった俺に近寄り、鼻の頭を人差し指でちょこん、と小突いた。
「遅いぞー」
「お前が早いんだよ」
どうやらカイは何かを見つけたようで、先ほどから俺をせかす。
俺にはまだその「彼女が見つけたもの」が見つけられず、ただただカイに急かされるばかりである。
『早く早く』と俺の周りでちょこちょこ動く姿。
こんな仕草は、年相応で、いささか見た目や凛とした時とのギャップに唖然とさせられたりする。
俺も視力には自信があるのだが、カイには到底及ばない。
まるで野生だなとかつてからかったら、そりゃ仕方ないでしょと笑って言った。
『だって、エルフの血が流れてるからね』
そう、あっさりと言い放った。
普通だったら、何をふざけた事をと思うかもしれないが、その時俺は、彼女なら有り得ると、本気で思ったものだ。
輝く金髪も、美しく整った顔立ちも、抜きん出ている身体能力も。
「ルカ?」
彼女の声で、我に返り、目を合わせる。
下から覗き込まれて、彼女の顔に俺の影が落ちる。
「どしたの?」
「ん?」
無言のままでいたのを不審がられたのか、カイが僅かに眉をひそめる。
―――言えやしません。見とれてたなんて。
「なんでもねえよ」
「変なのー」
肩を落としたように微笑んで、
『そうそう、やっと着いたよ』と、俺の背中を押す。
「だからー、さっきからお前はいったい何を騒いで・・」
「ふふふー見てのお楽しみ」
カイは言うと、俺の手を取り引き寄せて歩き出す。
僅かに歩みを進めると、一瞬にして、世界が変わった。
「うわ・・!」
「すごい綺麗、ね?」
思わず声を漏らすほどの、美しい景色。
遠くに映る、未だ雪の溶け切らぬ山々の峰。
その前方に、深くい青緑を湛えた、広大な湖。
木々は青く茂り、湖面に太陽が反射して、きらきらと無数に光を放つ。
時折風が吹いて、水面を揺らし、木々や花々を踊らせ、雲を連れて来ては連れて行く。
見渡す限り、一面の碧、だ。
俺達はしばらく言葉を失い、その場に立ち尽くしたままになっていた。
彼女は俺の手を握ったままだったし、二人の体は寄り添うようにくっ付いたまま。
二人で、この景色に酔いしれて。
「・・・・・うわ!」
ぼすっと言う音と共に、俺は草っぱらの上に尻餅をつく。
どれ位経ったのだろうか。
あまりに景色ばかりに見とれすぎて、平衡感覚すら失って、情けないことにそのままこの有様だ。
「大丈夫?」
「おー、尻の骨が痛いけど」
「それは一大事だわ」
半眼になって尻をさすると、大げさに彼女は心配するふりをして、笑う。
ああ、これが――
「あ、ねえルカちょっと待ってて?」
「んあ?」
「ちょっとだけ!」
「おい、カイ?」
返事をし終わるより早く、再び何かを見つけたらしい彼女は、尻餅をついたままの俺を置き去り、とことこと小走りに走っていった。
「ふー」
四肢の力を抜いて、そのままごろんと寝転がる。
青く輝く芝生の、良い香りが備考を掠める。
そのまま大きく深呼吸。
綺麗な空気を思いっきり吸い込んで、流れる雲を目で追って。
「・・・・のどかー」
「ルカの顔が?」
思わずぼそっとつぶやいた台詞に、いつのまに戻ってきたのか、カイが後を引き継いだ。
「ルカ、はい口あけて」
「は?」
問い返すより早く、彼女は俺の口に何かを突っ込む。
「・・・・うへ、あっまい」
「なんかね、なんとか砂糖を使った焼き菓子だって」
横に座って、その「何とか焼き菓子」を口に入れる彼女。
「何だよ、そのなんとか砂糖って」
「ここらへんの名産品で、疲れが取れやすいんだって。しかもおいしい」
カイの説明を聞きながら、口の中身を飲み込む。
確かに、別段特異的な味では無いが、美味いし、後を引く。
「・・・もいっこくれ」
「はいはい」
寝転がった状態のまま、わずかに首だけ持ち上げて、口を空けると、カイはなんのためらいも無く指でつまんだ菓子を俺の口に放り込む。
・・・まあ、いささか餌付けされてる鳥の気分も・・しないでもないが。
そのまま、しばらく二人ともぼーっとしてて。
横でカイは「何とか焼き菓子」をパクついてたりはしてたけども。
「なんかさ」
「うん?」
「平和だよな」
話すとはなしに、言葉が落ちてゆく。
「・・・そうだねえ」
カイはそう言うと、少し空を仰ぎ見て、僅かに肩を落として、
「どこかで戦争やいざこざが起きてるのも、嘘みたいだよね」
そう言って、少し悲しそうに目を閉じた。
俺は、何て言っていいか分からなくて、起き上がって無言のまま、彼女の髪の毛を指で梳いた。
「・・・なあ、カイ」
「んー?」
俺の指に、髪の毛の一房を取られたまま、彼女が振り返る。
その彼女の頬に触れて、ゆっくりと顔を近付けて行って。
目の前にある、ターコイズブルーの瞳と目が合って、はっと我に返る。
「あ・・・いや、その・・・・・・うがー!」
大急ぎで頬から手を離して、両手で彼女の頭を抱き込む。
カイは、ただ大人しく腕の中にいて、俺は内心すんごい動揺してたりして。
勝手なことして怒ってたらどうしようとか、嫌われたらどうしようとか、逆に考えると、もうちょっとだったのにとか、抵抗されなかったよなとか。
でもぶっちゃけ、カイは意味が分かってたんだろうかとか。
顔を赤く染めているのを見られたくないので、腕に力をこめる。
「ぎゃーつぶれるー」
「・・・・・・・すまん」
金髪にほっぺたくっ付けて、辛うじて声に出す。
「くるしー」
カイの声に、恐る恐る力を緩める。
「はー、空気ばんざい」
僅かに顔を上気させて、はーと息をする。
俺の腕の輪の中に留まったまま、今度は彼女の手が俺の両頬をぱちんと挟む。
「いてっ」
「キスしたかったの?」
「うへ?」
あまりに直球な問いかけに、引いたはずの熱がまた一気に上昇する。
「どうなの?」
「いや・・・あの・・・・」
顔が動かせないように手で挟まれて、俺はとうとう観念して、
「・・・・・・・・はい、すいません」
これ以上に無いくらい、きっとユデダコみたいなんだろうなあ、俺。
初恋でもなけりゃファーストキスなんて遠い昔なのに、情けないとは思うけど。
「何で謝るの?悪い事してないのに」
「いや、しようとはしたから」
ここまで来ると、もう万歳降参である。
素っ裸見られるよりも、恥ずかしいかも知れない弁明、釈明。
しかし、カイはそんな俺を気にする風でも無く、
「したいなら、すればよかったのに。はい」
と言うと、彼女の真意を確認する間も与えられぬまま、
カイの顔が近付いて来て、一瞬、柔らかい感触が唇に触れた。
「―――――え・・え?」
「ん?何?」
「今・・・・っ?」
一人で手で口を覆って、混乱してる俺に、立ち上がって尻やら足に付いた草を掃ってるカイ。
「そろそろ行こう」
「・・・・・・・・」
手を差し出すカイに、下を向いたままその手を取って、立ち上がる。
「カイ、お前、その・・」
「ん?どしたの?」
「いや、あの、・・キス・・」
まともにカイの顔が見れなくて、情けない事に目をそらしたままの俺に、彼女は空恐ろしい台詞を吐いた。
「ああ、キスなら毎日のように兄貴や父様にされてたから、慣れてるから気にしないで良いよー」
「あ、そうなの、それなら・・って、え?何だって?」
思わず顔を上げて声を荒げる俺に、しかしカイは、
「だから、毎朝毎晩のように兄貴も父様も『愛の証』とか言って抱きしめたりキスされたりは日常茶飯事だってって事」
「なにー!?あのくそ親父とくそ兄貴めー!」
何かもう、嬉しいんだかむかつくんだか訳が分からなくなったまま叫ぶ。
「ちょ、何で怒ってるの!?」
「なんででもじゃ!」
してもらえたのは嬉しいけど、奴らは許せん!
男心として当然だろう!うがー!
「もー、ルカのおこりんぼ」
「うるさいわぃ!」
苦笑する彼女に、俺は歩みを止めて振り返り、
「もっかい」
言うなり、彼女の頬を手で挟んで、今度は自分から。
さっきよりも長い時間、そうしていて。
風で彼女の髪の毛がなびいたのを合図に、ゆっくりと唇を離す。
目の前には、いつも通りの彼女。
赤いのは、俺だけ。
「ルカもキス好きって知らなかった。これからは毎日しよっか?」
「いい!死んでしまう!!」
彼女の無邪気な悪魔の台詞を背中に、俺はだすだすと歩き出す。
――ああ、神様。
あんまりに酷いと思いませんか?
当面の敵は、あのバカ父兄と、彼女のこの鈍さだなんて・・・。
不毛だ。
「何で怒ってるの?」
「秘密だ!」
「へんなの」
言えるか!
お前が・・・・好きだからだなんて。
◆
そう、紛れも無くこれは、恋なのだ――
PR
■キャパシティ■
「ねえルカ」
並んで歩いていると、いきなり彼女が口を開いた。
「何だよ」
俺はいつものように彼女の横を歩きながら、ようやく同じくらいの目線になった彼女を見る。
彼女は自慢の金髪の美しい長髪を風にまかせ、いたずらっぽく微笑んだ。
「あたしと出会えて嬉しい?」
「はっ!?」
予想だにしなかった問いかけに、思わずかえるのような声を出す。
「あたしと出会えて、嬉しい?」
答えられなかった俺を許そうとせずに、彼女は同じ台詞を唇に乗せる。
いきなりな問いかけと、そんなもんわざわざ聞かなくたって分かるだろうという思いと、恥ずかしいのとがごっちゃになって、俺は頬を染めたままそっぽを向く。
「ねえ、ルカ?」
覗き込まれたら、もう降参。
「・・・・・そりゃ、そーだろ」
「ん?」
さっきより朱が走っているのを感じた頬に、落ち着け!と自分で唱えながら。
「お前に出会えて、嬉しいよ、俺は」
「よかった」
辛うじて掠れるのを免れた程度の音量で、俺はぼそぼそと早口に呟く。
耳元でその声を拾った彼女は、嬉しそうに微笑んだ。
「なんで」
「ん?」
「なんでわざわざンな事聞くんだよ?」
聞かなくたって、俺の心なんかとっくにお見通しのくせに。
後ろの言葉は、飲み込んで。
「言葉はね」
数歩先を歩いていた彼女が振り返って言う。
「言葉は、たまには形にしてもらいたがってるもんよ」
後ろ歩きのまま、逆光になった彼女が続ける。
「ついでに、あたしもそれのご相伴に預かりたいなーとかも思うわけですよ」
「―――っ!」
・・・・あああ、今日もまた反則技を使われて。
俺が勝てる日なんて、恐らくずっと無いんだ。
なんて思っちゃったりして。
でも、目の前で微笑む女神みたいな彼女にだったら、それで本望だったりもする。
「ちっくしょー」
「どしたの?」
ふて腐れる俺を不思議そうな瞳で覗き込む。
「何か俺だけ損した気がする」
「そお?」
言うなり彼女は俺の手を引いて、唇を耳に寄せる。
「あたしも、ルカと出会えて幸せだから」
―――ほら、またやられた。
そろそろ俺の許容量も、キャパオーバーになりそうだなんて考えつつ、
彼女の髪の毛を指でするりと梳いた。
「ねえルカ」
並んで歩いていると、いきなり彼女が口を開いた。
「何だよ」
俺はいつものように彼女の横を歩きながら、ようやく同じくらいの目線になった彼女を見る。
彼女は自慢の金髪の美しい長髪を風にまかせ、いたずらっぽく微笑んだ。
「あたしと出会えて嬉しい?」
「はっ!?」
予想だにしなかった問いかけに、思わずかえるのような声を出す。
「あたしと出会えて、嬉しい?」
答えられなかった俺を許そうとせずに、彼女は同じ台詞を唇に乗せる。
いきなりな問いかけと、そんなもんわざわざ聞かなくたって分かるだろうという思いと、恥ずかしいのとがごっちゃになって、俺は頬を染めたままそっぽを向く。
「ねえ、ルカ?」
覗き込まれたら、もう降参。
「・・・・・そりゃ、そーだろ」
「ん?」
さっきより朱が走っているのを感じた頬に、落ち着け!と自分で唱えながら。
「お前に出会えて、嬉しいよ、俺は」
「よかった」
辛うじて掠れるのを免れた程度の音量で、俺はぼそぼそと早口に呟く。
耳元でその声を拾った彼女は、嬉しそうに微笑んだ。
「なんで」
「ん?」
「なんでわざわざンな事聞くんだよ?」
聞かなくたって、俺の心なんかとっくにお見通しのくせに。
後ろの言葉は、飲み込んで。
「言葉はね」
数歩先を歩いていた彼女が振り返って言う。
「言葉は、たまには形にしてもらいたがってるもんよ」
後ろ歩きのまま、逆光になった彼女が続ける。
「ついでに、あたしもそれのご相伴に預かりたいなーとかも思うわけですよ」
「―――っ!」
・・・・あああ、今日もまた反則技を使われて。
俺が勝てる日なんて、恐らくずっと無いんだ。
なんて思っちゃったりして。
でも、目の前で微笑む女神みたいな彼女にだったら、それで本望だったりもする。
「ちっくしょー」
「どしたの?」
ふて腐れる俺を不思議そうな瞳で覗き込む。
「何か俺だけ損した気がする」
「そお?」
言うなり彼女は俺の手を引いて、唇を耳に寄せる。
「あたしも、ルカと出会えて幸せだから」
―――ほら、またやられた。
そろそろ俺の許容量も、キャパオーバーになりそうだなんて考えつつ、
彼女の髪の毛を指でするりと梳いた。
■こんぺいとう PROLOGUE ―輝愛side―■
雨だ。
今日も又、雨だ。
湿気が多いからだろうか、気温の割りに寒さは感じない。
最も、今のあたしにちゃんと働いている五感なんて無いのかもしれない。
濃い水蒸気が、霧の様に漂って、辺り一面をどこか幻想的にさえ霞ませる。
涙は、もう、出なかった。
出ていたとしても、このどしゃぶりの中では分かるまい。
―――キィ
座っているブランコが、降りしきる雨の中、小さく、泣いた。
15年前のあの日も、雨だったと言う。
10日前のその日も、雨だった。
ざあざあと、水滴が地面に落ちる音だけが聞こえる。
小さな児童公園の一角にある、二つしかないブランコの一つに座ったまま、あたしはぐしゃぐしゃになった地面を眺めていた。
15年前、両親が死んだ。
車がスリップして、その事故で二人とも帰らぬ人となった。
10日前、ばあちゃんが死んだ。
両親を亡くして以来、ずっと親代わりだった。
独身寮の管理人をやりながら、あたしを中学まで卒業させてくれた。
そのばあちゃんが死んだ。
あたしには身内が居なくなった。
独身寮からも出て行かねばならなくなり、職を探すしかなくなった。
でも、たかが中卒に、世間は冷たかった。
ばあちゃんが残してくれた貯金も、葬式やらで殆ど無くなってしまった。
今日泊まる宿を探すお金も、最早あたしには残っていなかった。
15年前のあの日。
10日前のあの日。
その日は共に、こんな雨の日だった。
雨はあたしから何もかも奪っていく。
だから、
だから、雨は嫌いだった。
そして、今日も又、雨。
もう失うモノなんて何も無くなってしまったと言うのに。
やっぱり、雨は嫌いだった。
遠くから聞こえる足音。
誰かが家路を急いでいるのだろう。
無理も無い。
こんな天気の中でのうのうと歩いていられるのは、カタツムリくらいのもんだろう。
あたしは顔を上げるのも面倒くさくなって、ただぼーっと、ぬかるんだ地面を眺め続けた。
大嫌いな雨。
大嫌いな雨。
ふいに気付くと、足音が無くなっていた。
そんなに長い間呆けていたのだろうか。
でもそれも、どうでも良い事だ。
そう思ってまた、ブランコを少し揺らした。
―――キィ
ブランコはあたしの為に泣いてくれているみたいで、少し嬉しくなった。
涙の乾き果てたあたしは、もう泣き方すら忘れてしまったのだろうか。
ふいに月が見たくなった。
こんな雨の中、月も何もあったもんじゃないだろうが、今のあたしのぼやけた視界なら、公園の外灯の明かりがぼやけて月に見えるかも知れない。
そう思って、ふと顔を上げた。
視線が、交差した。
一人、男が立っていた。
面白くなさそうな顔であたしを見つめ、煙草をふかしていた。
男が口を開いた。
「何してんだ」
「雨やどり」
考える前に口が動いていた。
男を呆けた瞳で眺めたまま。
男の感情は読み取れない。
男は、僅かに眉をひそめ、呆れた声で言う。
「・・・雨やどれてねーじゃん」
傘も差さずに呆けていたあたしを半眼で見つめる。
あたしは答えなかった。
そしてしばらく男とあたしは会話をした。
あたしにとってはどうでもいい会話。
「親はどうした」
「家はどこだ」
「ここで何してる」
そんな、どうでもいい話。
あたしはただ、降りしきる雨に嫌悪していた。
男の声を聞きながら、このままここに居れば風邪でも引いて、肺炎にでもなって。
そしたらばあちゃんと両親に会えるかな。
なんて考えてた。
雨の音と、男の声。
あたしはもう、答えなかった。
答えたくなかった。
これ以上、傷をえぐらないで欲しかった。
だから、答えなかった。
これ以上、何も失うモノなんて無いはずなのに―――
男は明らかに不機嫌になっていた。
眉間にシワを寄せ、口を閉じた。
「―――来い」
男は怒気をはらんだ声で言った。
そしてあたしは、この雨の中、名前すら失った――――
雨だ。
今日も又、雨だ。
湿気が多いからだろうか、気温の割りに寒さは感じない。
最も、今のあたしにちゃんと働いている五感なんて無いのかもしれない。
濃い水蒸気が、霧の様に漂って、辺り一面をどこか幻想的にさえ霞ませる。
涙は、もう、出なかった。
出ていたとしても、このどしゃぶりの中では分かるまい。
―――キィ
座っているブランコが、降りしきる雨の中、小さく、泣いた。
15年前のあの日も、雨だったと言う。
10日前のその日も、雨だった。
ざあざあと、水滴が地面に落ちる音だけが聞こえる。
小さな児童公園の一角にある、二つしかないブランコの一つに座ったまま、あたしはぐしゃぐしゃになった地面を眺めていた。
15年前、両親が死んだ。
車がスリップして、その事故で二人とも帰らぬ人となった。
10日前、ばあちゃんが死んだ。
両親を亡くして以来、ずっと親代わりだった。
独身寮の管理人をやりながら、あたしを中学まで卒業させてくれた。
そのばあちゃんが死んだ。
あたしには身内が居なくなった。
独身寮からも出て行かねばならなくなり、職を探すしかなくなった。
でも、たかが中卒に、世間は冷たかった。
ばあちゃんが残してくれた貯金も、葬式やらで殆ど無くなってしまった。
今日泊まる宿を探すお金も、最早あたしには残っていなかった。
15年前のあの日。
10日前のあの日。
その日は共に、こんな雨の日だった。
雨はあたしから何もかも奪っていく。
だから、
だから、雨は嫌いだった。
そして、今日も又、雨。
もう失うモノなんて何も無くなってしまったと言うのに。
やっぱり、雨は嫌いだった。
遠くから聞こえる足音。
誰かが家路を急いでいるのだろう。
無理も無い。
こんな天気の中でのうのうと歩いていられるのは、カタツムリくらいのもんだろう。
あたしは顔を上げるのも面倒くさくなって、ただぼーっと、ぬかるんだ地面を眺め続けた。
大嫌いな雨。
大嫌いな雨。
ふいに気付くと、足音が無くなっていた。
そんなに長い間呆けていたのだろうか。
でもそれも、どうでも良い事だ。
そう思ってまた、ブランコを少し揺らした。
―――キィ
ブランコはあたしの為に泣いてくれているみたいで、少し嬉しくなった。
涙の乾き果てたあたしは、もう泣き方すら忘れてしまったのだろうか。
ふいに月が見たくなった。
こんな雨の中、月も何もあったもんじゃないだろうが、今のあたしのぼやけた視界なら、公園の外灯の明かりがぼやけて月に見えるかも知れない。
そう思って、ふと顔を上げた。
視線が、交差した。
一人、男が立っていた。
面白くなさそうな顔であたしを見つめ、煙草をふかしていた。
男が口を開いた。
「何してんだ」
「雨やどり」
考える前に口が動いていた。
男を呆けた瞳で眺めたまま。
男の感情は読み取れない。
男は、僅かに眉をひそめ、呆れた声で言う。
「・・・雨やどれてねーじゃん」
傘も差さずに呆けていたあたしを半眼で見つめる。
あたしは答えなかった。
そしてしばらく男とあたしは会話をした。
あたしにとってはどうでもいい会話。
「親はどうした」
「家はどこだ」
「ここで何してる」
そんな、どうでもいい話。
あたしはただ、降りしきる雨に嫌悪していた。
男の声を聞きながら、このままここに居れば風邪でも引いて、肺炎にでもなって。
そしたらばあちゃんと両親に会えるかな。
なんて考えてた。
雨の音と、男の声。
あたしはもう、答えなかった。
答えたくなかった。
これ以上、傷をえぐらないで欲しかった。
だから、答えなかった。
これ以上、何も失うモノなんて無いはずなのに―――
男は明らかに不機嫌になっていた。
眉間にシワを寄せ、口を閉じた。
「―――来い」
男は怒気をはらんだ声で言った。
そしてあたしは、この雨の中、名前すら失った――――
■こんぺいとう PROLOGUE -千影sideー■
―――うざったい。
雨は苦手だ。
嫌いと言う訳ではないけれど、靴に水が滲みるし、傘を持つのは面倒だし。
やはり、苦手だ。
深夜である。
明かりの灯っている窓はもう殆ど見受けられない。
それでも、腹が減ってはなんとやら。
夜食を買いに、近くのコンビニまで足を伸ばした。
尻のポケットに財布を一つ。
片手でビニール傘を差し、くわえ煙草でいつも通り、近道の小さな公園を抜ける。
―――と。
――――キィ
小さく音がした。
傘をずらして、音のした方向に視線を向ける。
ブランコに座ったままぼーっとしている奴がいる。
俺は曇りかけた眼鏡越しに目を細める。
どうやら子供の様だ。
・・・・何やってんだかね、こんな夜中に。
声をかけようとも思わず、俺はのそのそとコンビニへと向かった。
適当に食い物と酒と煙草を買い込んで、再び雨の中に踏み出す。
もう地面はびしゃびしゃになり、水溜りになっている。
「・・・スニーカーやめて雪駄にして正解だったな」
コンビニのビニール袋を引っさげ、ジーンズにTシャツに雪駄と言う、何だかよく分からない格好のまま、俺はまたのろのろと帰り道を歩んだ。
何故か、頭からはあのガキの残像が消えなかった。
――――まだ居やがるよ、あのガキ
行きと同じく近道の公園を抜けようとした。
先ほど見掛けた子供が、いまだ同じ場所に留まっていた。
よくよく見れば、傘の一つも差してはいない。
何故かひどくそのガキが気にかかった。
・・・・・・放置して、翌日遺体で発見、なんてのはいくらなんでも寝覚めが悪いしなあ・・・・
がしがしと頭をかいて、仕方なく、その子供の方へ向かって歩を進める。
――――キィ
小さく、悲しげな声でブランコが泣いた。
俺はそのガキからちょっとばかり距離を置いた場所に立ち、煙草に火をつけ、くわえる。
しばらく、そのまま眺めていた。
ふと、ガキが頭を上げる。
目が合った。
その両目からは、止め処なく涙が溢れている。
一瞬、ほんの一瞬息を飲んだが、すぐに俺は口を開く。
「何してんだ」
「雨やどり」
俺の問いに、何の感情も込めずに答える。
しかし―――
「・・・・雨やどれてねーじゃん」
傘も差さず、ぬれねずみになっているそのガキを、俺は呆れてまじまじと見つめる。
・・・・・・・ちょいと可笑しな奴だったのかなあ・・・
早くも後悔したりもしたが、そこはそれ、声をかけた俺の落ち度だ。
「親はどうした?」
「死んだよ」
又しても二の句が続けられない様な、さっぱりとした答え。
「家はどこだ?」
「もうなくなっちゃったよ」
・・・・・・・オイオイオイ。
こいつはマジでヤバイお子様かも・・・
頬に一筋冷や汗が伝う。
「――――ここで、何してる?」
その問いに、今まで感情を悟らせなかったその表情が、わずかに動いた。
「・・・・・・雨やどり」
苦痛の、表情だ。
―――ああ、だからか。こいつがこんなに気にかかったのは。
俺はわずかの間、まぶたを閉じる。
絶望した、瞳だ。
苦痛な、悲痛な、瞳だ。
俺はこの眼をよく知っている。
だから、こんなに気になってしまったんだ。
「・・・・ほんと、やんなるぜ全く」
呟いてがしがし頭をかく。
目の前にいる、年端もいかないコイツに、ひどく腹を立てている自分が居た。
―――お前の中での世の中は、それだけで終わっちまうのかよ。
そんなのは、
そんなのは、許さない。
死に逃げようとしている奴は、皆同じ顔をしている。
そしてこのガキもまた然り、だ。
生きたくても、生きられない人間なんて、この世界には、はいて捨てるほどいるのに。
俺はムカムカする思いを抑えもせずに言った。
「――――――来い」
そう、一言だけ言って。
俺はガキをひょいと抱えて歩き出した。
ビニール傘は、邪魔だから公園のゴミ箱に捨てた。
傘の代わりに、このか細いガキを抱えて。
俺は家路を辿った。
少なくとも、抗議の声は聞こえてこなかった。
それが、唯一の救いであり、非難でもあった。
ちなみに、俺がそのガキが女の子だって気付いたのは、帰宅してそいつを風呂に突っ込もうとした時だった。
・・・・・あーあ・・・
―――うざったい。
雨は苦手だ。
嫌いと言う訳ではないけれど、靴に水が滲みるし、傘を持つのは面倒だし。
やはり、苦手だ。
深夜である。
明かりの灯っている窓はもう殆ど見受けられない。
それでも、腹が減ってはなんとやら。
夜食を買いに、近くのコンビニまで足を伸ばした。
尻のポケットに財布を一つ。
片手でビニール傘を差し、くわえ煙草でいつも通り、近道の小さな公園を抜ける。
―――と。
――――キィ
小さく音がした。
傘をずらして、音のした方向に視線を向ける。
ブランコに座ったままぼーっとしている奴がいる。
俺は曇りかけた眼鏡越しに目を細める。
どうやら子供の様だ。
・・・・何やってんだかね、こんな夜中に。
声をかけようとも思わず、俺はのそのそとコンビニへと向かった。
適当に食い物と酒と煙草を買い込んで、再び雨の中に踏み出す。
もう地面はびしゃびしゃになり、水溜りになっている。
「・・・スニーカーやめて雪駄にして正解だったな」
コンビニのビニール袋を引っさげ、ジーンズにTシャツに雪駄と言う、何だかよく分からない格好のまま、俺はまたのろのろと帰り道を歩んだ。
何故か、頭からはあのガキの残像が消えなかった。
――――まだ居やがるよ、あのガキ
行きと同じく近道の公園を抜けようとした。
先ほど見掛けた子供が、いまだ同じ場所に留まっていた。
よくよく見れば、傘の一つも差してはいない。
何故かひどくそのガキが気にかかった。
・・・・・・放置して、翌日遺体で発見、なんてのはいくらなんでも寝覚めが悪いしなあ・・・・
がしがしと頭をかいて、仕方なく、その子供の方へ向かって歩を進める。
――――キィ
小さく、悲しげな声でブランコが泣いた。
俺はそのガキからちょっとばかり距離を置いた場所に立ち、煙草に火をつけ、くわえる。
しばらく、そのまま眺めていた。
ふと、ガキが頭を上げる。
目が合った。
その両目からは、止め処なく涙が溢れている。
一瞬、ほんの一瞬息を飲んだが、すぐに俺は口を開く。
「何してんだ」
「雨やどり」
俺の問いに、何の感情も込めずに答える。
しかし―――
「・・・・雨やどれてねーじゃん」
傘も差さず、ぬれねずみになっているそのガキを、俺は呆れてまじまじと見つめる。
・・・・・・・ちょいと可笑しな奴だったのかなあ・・・
早くも後悔したりもしたが、そこはそれ、声をかけた俺の落ち度だ。
「親はどうした?」
「死んだよ」
又しても二の句が続けられない様な、さっぱりとした答え。
「家はどこだ?」
「もうなくなっちゃったよ」
・・・・・・・オイオイオイ。
こいつはマジでヤバイお子様かも・・・
頬に一筋冷や汗が伝う。
「――――ここで、何してる?」
その問いに、今まで感情を悟らせなかったその表情が、わずかに動いた。
「・・・・・・雨やどり」
苦痛の、表情だ。
―――ああ、だからか。こいつがこんなに気にかかったのは。
俺はわずかの間、まぶたを閉じる。
絶望した、瞳だ。
苦痛な、悲痛な、瞳だ。
俺はこの眼をよく知っている。
だから、こんなに気になってしまったんだ。
「・・・・ほんと、やんなるぜ全く」
呟いてがしがし頭をかく。
目の前にいる、年端もいかないコイツに、ひどく腹を立てている自分が居た。
―――お前の中での世の中は、それだけで終わっちまうのかよ。
そんなのは、
そんなのは、許さない。
死に逃げようとしている奴は、皆同じ顔をしている。
そしてこのガキもまた然り、だ。
生きたくても、生きられない人間なんて、この世界には、はいて捨てるほどいるのに。
俺はムカムカする思いを抑えもせずに言った。
「――――――来い」
そう、一言だけ言って。
俺はガキをひょいと抱えて歩き出した。
ビニール傘は、邪魔だから公園のゴミ箱に捨てた。
傘の代わりに、このか細いガキを抱えて。
俺は家路を辿った。
少なくとも、抗議の声は聞こえてこなかった。
それが、唯一の救いであり、非難でもあった。
ちなみに、俺がそのガキが女の子だって気付いたのは、帰宅してそいつを風呂に突っ込もうとした時だった。
・・・・・あーあ・・・
■こんぺいとう 2 ―おもちゃのトーイ― 1 ■
「ひいっ!」
時計を見るなり、小さく、しかし心の中では絶叫する彼女。
がばっ、と威勢良くベッドの上に身を起こす。
「っつ!」
はっとして隣を伺う。
どうやら今の自分の叫び声でも起きないらしい。
ふうと一息小さくついて、ベッドから抜け出し伸びを一つ。
大急ぎで着替えと洗顔を済ませ、髪をポニーテールに結い上げつつ、早くもお馴染みになったヒヨコ柄のエプロンを身に着ける。
そこでもう一度時計に目をやる。
「・・・・あ、一時間見間違えてた」
・・・・・
・・・・・
・・・・・まあ、毎朝の事ではあるのだが。
家中のカーテンを開け放ち、朝の日差しを部屋いっぱいに満たす。
洗濯機を回し、換気扇をつけ、キッチンの窓を開ける。
ガスコンロにやかんを乗せてお湯を沸かしつつ、手早く朝食のおかずを何品か用意する。
そこまで来てふっと一息。
彼女一人しか起きていない時間。
唯一、彼女一人で一息つける瞬間である。
沸いたお湯でティーパックの紅茶を煎れ、やっと椅子に腰掛ける。
高梨輝愛(たかなし きあ)、十七歳。
身寄りが亡くなり、お金も底をつき、途方に暮れて「死んじゃおうかな」なんて思案していた所を「拾われた」のである。
この家に来て早一週間。
やっと彼の生活ペースにも慣れ、家の中の物、置き場所なんかを把握した。
お茶をすすりつつ、新聞に目を落とす。
・・・・そろそろ起こさねば。
輝愛は「よっこいしょ」と、いささかババクサイ掛け声と共に席を立ち上がり、先ほどまで自らも寝ていた寝室のドアを開けようと、ドアノブに手をかけ―――
ごっ!!!
いきなり開いたドアが、彼女の顔面を強打した。
「いいいっ!!」
本気で涙を流してうずくまる。
「・・鼻血出たらどうすんのよ」
だばだば涙を流しつつ、事の元凶に抗議する。
輝愛の眼前に、半眼のままたたずむ一人の男。
彼は謝罪するでもなく、輝愛を押しのけて洗面所へと消えていく。
しばらくして、やっと覚醒したような顔でキッチンに顔を出す。
「・・・・・・食い物の匂いがする」
―――動物か、アンタは。
内心ツッコミを入れていた輝愛の手から、ホットコーヒーの入ったマグカップを受け取り、先ほど輝愛が腰掛けていた椅子に座る。
「トーイ」
輝愛が「何?」と言って振り向くと、彼は自分で立ち上がらずに、マグカップを持っていない方の手でおいでおいでをしている。
その手招きに応じて近づくと、いきなり鼻をむぎゅ、と押さえられた。
「ふが!何ふんろよ」
「鼻血は?」
どうやら、先ほどのドアとの激突した事を言っているらしい。
しかし、その表情は少なくとも「心配している」顔ではない。
「――出てません。おかげさまで」
輝愛は、彼に盛大なあかんべをした。
「低い鼻がそれ以上低くなったら、可愛そうを通り越して悲惨だからな」
にやっ、と意地悪く笑ってコーヒーを流し込む。
輝愛の口が、への字に曲がったのは、言うまでも無い。
輝愛を「トーイ」と呼ぶ彼。
川橋千影(かわはし ちかげ)。
中肉中背と言うには、やや背が高い感があり、身体つきもがっしりしている。
美形とは言いがたい、男っぽい顔つき。
人工的な金がかった髪の毛。
愛用はTシャツにジャージと言う、明らかにやる気の見えない男である。
この男が、輝愛の「拾い主」なのだ。
・・・それにしても「トーイ」ってのはさあ・・・
おかずを温めなおしながら肩を落とす。
彼女の事を何故「トーイ」と呼ぶのか。
簡単である。
「おもちゃ」扱いなのだ。
・・・・・おもちゃは勘弁してほしいなあ・・・
少々ふて腐れながら、テーブルに朝食を用意していく。
彼女が何回抗議しても、千影は彼女を「トーイ」と呼び続けた。
そのうち、抗議するのも馬鹿らしくなって、今ではその呼び名に慣れてしまっている。
「トーイ」
千影がお茶碗を片手においでおいでをしている。
一緒に座って朝食を食べろと言う事らしい。
輝愛が席につくと、千影は少し眉をひそめたように苦笑した。
彼が拾ったおもちゃ(トーイ)。
彼のもとに来てから、輝愛は、名前すら亡くした―――
「ひいっ!」
時計を見るなり、小さく、しかし心の中では絶叫する彼女。
がばっ、と威勢良くベッドの上に身を起こす。
「っつ!」
はっとして隣を伺う。
どうやら今の自分の叫び声でも起きないらしい。
ふうと一息小さくついて、ベッドから抜け出し伸びを一つ。
大急ぎで着替えと洗顔を済ませ、髪をポニーテールに結い上げつつ、早くもお馴染みになったヒヨコ柄のエプロンを身に着ける。
そこでもう一度時計に目をやる。
「・・・・あ、一時間見間違えてた」
・・・・・
・・・・・
・・・・・まあ、毎朝の事ではあるのだが。
家中のカーテンを開け放ち、朝の日差しを部屋いっぱいに満たす。
洗濯機を回し、換気扇をつけ、キッチンの窓を開ける。
ガスコンロにやかんを乗せてお湯を沸かしつつ、手早く朝食のおかずを何品か用意する。
そこまで来てふっと一息。
彼女一人しか起きていない時間。
唯一、彼女一人で一息つける瞬間である。
沸いたお湯でティーパックの紅茶を煎れ、やっと椅子に腰掛ける。
高梨輝愛(たかなし きあ)、十七歳。
身寄りが亡くなり、お金も底をつき、途方に暮れて「死んじゃおうかな」なんて思案していた所を「拾われた」のである。
この家に来て早一週間。
やっと彼の生活ペースにも慣れ、家の中の物、置き場所なんかを把握した。
お茶をすすりつつ、新聞に目を落とす。
・・・・そろそろ起こさねば。
輝愛は「よっこいしょ」と、いささかババクサイ掛け声と共に席を立ち上がり、先ほどまで自らも寝ていた寝室のドアを開けようと、ドアノブに手をかけ―――
ごっ!!!
いきなり開いたドアが、彼女の顔面を強打した。
「いいいっ!!」
本気で涙を流してうずくまる。
「・・鼻血出たらどうすんのよ」
だばだば涙を流しつつ、事の元凶に抗議する。
輝愛の眼前に、半眼のままたたずむ一人の男。
彼は謝罪するでもなく、輝愛を押しのけて洗面所へと消えていく。
しばらくして、やっと覚醒したような顔でキッチンに顔を出す。
「・・・・・・食い物の匂いがする」
―――動物か、アンタは。
内心ツッコミを入れていた輝愛の手から、ホットコーヒーの入ったマグカップを受け取り、先ほど輝愛が腰掛けていた椅子に座る。
「トーイ」
輝愛が「何?」と言って振り向くと、彼は自分で立ち上がらずに、マグカップを持っていない方の手でおいでおいでをしている。
その手招きに応じて近づくと、いきなり鼻をむぎゅ、と押さえられた。
「ふが!何ふんろよ」
「鼻血は?」
どうやら、先ほどのドアとの激突した事を言っているらしい。
しかし、その表情は少なくとも「心配している」顔ではない。
「――出てません。おかげさまで」
輝愛は、彼に盛大なあかんべをした。
「低い鼻がそれ以上低くなったら、可愛そうを通り越して悲惨だからな」
にやっ、と意地悪く笑ってコーヒーを流し込む。
輝愛の口が、への字に曲がったのは、言うまでも無い。
輝愛を「トーイ」と呼ぶ彼。
川橋千影(かわはし ちかげ)。
中肉中背と言うには、やや背が高い感があり、身体つきもがっしりしている。
美形とは言いがたい、男っぽい顔つき。
人工的な金がかった髪の毛。
愛用はTシャツにジャージと言う、明らかにやる気の見えない男である。
この男が、輝愛の「拾い主」なのだ。
・・・それにしても「トーイ」ってのはさあ・・・
おかずを温めなおしながら肩を落とす。
彼女の事を何故「トーイ」と呼ぶのか。
簡単である。
「おもちゃ」扱いなのだ。
・・・・・おもちゃは勘弁してほしいなあ・・・
少々ふて腐れながら、テーブルに朝食を用意していく。
彼女が何回抗議しても、千影は彼女を「トーイ」と呼び続けた。
そのうち、抗議するのも馬鹿らしくなって、今ではその呼び名に慣れてしまっている。
「トーイ」
千影がお茶碗を片手においでおいでをしている。
一緒に座って朝食を食べろと言う事らしい。
輝愛が席につくと、千影は少し眉をひそめたように苦笑した。
彼が拾ったおもちゃ(トーイ)。
彼のもとに来てから、輝愛は、名前すら亡くした―――
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