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桃屋の創作テキスト置き場
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■紅■




 闇が、あった。
 深く、大きな、闇が。
 その只中に、俺は居た。
 そこに在る物は、戦慄、恐怖、驚愕、畏怖。
 ぐるぐると彼を支配しようとするそれらに。
 彼は吐き捨てる様に、小さく、呟く。
 
 ――もう、嫌だ
 
 紅い両手を見つめながら。
 彼の手は、血に染まっていた。
 洗っても、洗っても、落ちない。
 紅い、両手――

 ――嫌だ

 彼は苦悶の表情を浮かべながら、自らの肩を抱く。
 紅い、紅い、紅い。
 どこを見渡しても同じ色。紅の、紅だけの世界。
 動く筈の影は消え失せ、立ち尽くすのは自分。
 ただ、一人。


 ――嫌だ嫌だ嫌だ
 

 汗の雫が、顎を伝う。
 小刻みに震えているのが、自分でもはっきりと分かる。
 
 ――殺したかったんじゃない。
 
 殺したくない。
 もう殺したくない。
 大切な人を。
 大切だった人を。
 
 大切な、彼女を――


 ――もう、何もかも嫌だ――
 

 うずくまり、肩を抱く手に力を込める。
 しかし、いくら自分で自分を抱いてはみても、振るえは納まる筈も無かった。
 そして、又、動き出す。
 自らの意思に反して。
 哄笑が辺りを埋め尽くし、又、紅が広がって行く。
 でも、
 でも俺は――
 俺は泣いて――

 そう、泣いていて――



 ◇



「うあああああっ!!」
 叫んで、目を開ける。
 動悸が治まらず、何度も浅い呼吸を繰り返し、ごくり、と唾を飲み込む。
 ――最悪だ
 見たくない景色。
 しかし、何よりも鮮明な残像。
 畏怖だろうか。背徳だろうか。
 何がしかに押し潰されて行く自分。しかし、それも仕方の無い事なのか。
 自らの犯した、自らの罪だ。
 望むと望まざるとに関わらず。
 そう、俺の、俺自身の罪だ――

 大きく息を付くと、再びゆっくりとまばたきをする。
 身体中が、嫌な汗で濡れている。
 ――これも、罰なのかな、やっぱし・・・
 大切な人はもう作らない。そう決めた筈の自分の、自らによる裏切りに対する。
 起き上がろうと、上体を僅かに持ち上げた。
 瞬間、首筋に冷たい感触が走る。

「・・・・・・・・・・・・・をい」
 ジト目で、その元凶を睨み付ける。
「ん、目が覚めたか」
 彼が横たわるベッドに腰掛け、いつも通りに彼、ライナ・リュートの首筋に剣をあてがっている金髪の美女ー
 フェリス・エリスは、当然ながら悪びれた様子も無く、いつも通りの無表情な顔で言う。
「今日も清清しい目覚めだろう」
 言いつつ、朝っぱらから片手で持った団子をぱくつく。
「・・・・フェリス、お前、毎朝毎朝起き抜けの人の首に、剣突き付けるクセは人としてどうかと思うぞ・・・」
 ライナは疲れた声で、相棒に言う。
「ん、問題無い。この世界一の美貌を持つこの私が、わざわざ変態色情狂の部屋まで出向き、爽やかな目覚めを演出してやっているのだ。感謝しろ」
 相変わらず、表情の読めない仏頂面。
 会話をしながら、もさもさと最後に一個を口に含む。
 一見、いつも通りの何も変わらない朝。
 しかしライナは、彼女の僅かな表情の変化も見て取れた。
「・・・・何でそんなに不機嫌なんだよ?」
 言いつつ、何事も無かったかの様に欠伸をする。
 そう、悪夢なんて見なかった。とでも言う様に。
「不機嫌・・だと?この私が」
 フェリスは、片方の眉を僅かに跳ね上がらせる。
「なんかさ、そー見えるんだけど。どうした?団子があんま旨くなくて、アル中みたいに中毒発作でも起こしてるのか?」
 気だるそうないつもの口調で、いつも曖昧な笑みを浮かべながら、いつものくだらない冗談を言う。


 フェリスは、そんなライナを見つめながら、実際の所苛立っていた。
 ――この男は、何故いつもこうなのか。
 このふざけた発言も、取り繕う為の嘘の笑みも、私が気付かないとでも思っているのだろうか。
 自分一人で抱え込んで、一体何が変わると言うのか。
 しかし、この男は自分に弱みを見せる所か、今し方までしていた苦悶の表情さえ、無かったかの様に押し隠してしまっているではないか。
 フェリスは、ライナの虚勢に腹が立っていた。


「ライナ」
「んあ?」
 欠伸を繰り返す相棒に、フェリスは一瞬眼差しを強める。
 その表情を見て取ったのか、ライナはバツの悪そうな表情を見せたが、すぐにそっぽを向いてしまう。
 まるで、何事も無かったかの様に。
 全て、夢幻であるとでも言う様に。

 放って置けば。また眠れぬ夜を繰り返し、その度にうなされ、しかしそれをひた隠し、眠いだの昼寝させろだのとのたまい、又、口先だけで笑うのだろう。
 この男は。
 それを一番良く知っているからこそ、フェリスはこの相棒に腹を立てていた。


「そうだ。お前の言う通りだ。私は今機嫌が悪い。それもこれも全部、変態色情狂のおかげだ」
「・・・・・・・・・で?俺に何をさせたい訳?また名物団子のセットでも買って来いって事?」
 昨日、この辺りで一番と誉れ高い団子の老舗に、フェリスの命令で3時間も並ばされた事を思い出し、うんざりするライナ。
「いや、そんな事では無い。私は今とても面白い事を思い付いた」
 フェリスの目が、目標のライナを射抜く。
「・・・いや、出来ればそーゆーのは心の底から遠慮したいんだが・・・」
 言い淀むライナに、フェリスは
「黙れ。今から私が貴様の主人だ。さあ、ライナ犬!主人の前にひざまずけ!」
「って、何で俺が犬な訳?ついに人間以下に格下げ?」
「犬が嫌なら死体でも構わん。死体になってみるか?死体は聞き分けが良さそうだしな。
 ・・・うむ、では早速ー」 
 言ってフェリスは、ライナの額に剣を突き付ける。
「あー・・・っち、フェリス様・・おっしゃる通りにしますんで、どうかその剣をお納め下さい・・・」
「ん、初めから大人しくしていれば良いものを。手間を取らせるな」
 言って剣を鞘に収め。彼女の元にひざまずく様に促す。
「はあー」
 いきなりと言えばいきなり過ぎなフェリスの行動に、ライナはしぶしぶ重い腰を上げて、ベッドに座るフェリスの足元の床にひざまずく。
「・・・・一体何だってんだ・・・・こっちはただでさえ寝覚めが悪いってのに・・・・」


 ぶつくさ小さく文句を言うライナに、フェリスは無言で彼の首に、その腕を回した。


「・・・・・・・・・・・・・へ・・・??」
 間抜けな声を上げるライナ。
 しかしフェリスは離す所か、強く、彼を抱きしめる。
「フェ、フェリス・・さん?一体何がどうなって・・・・」
 事態が飲み込めずうろたえるライナ。
 犬とか言われてたのは、まさかこの為だったのか。
 自分を抱きしめる為に、フェリスが一芝居打ったと言う事なのだろうか。
 だが、一体何故―?
「・・・・・・・・・馬鹿者が・・・・・・・」
 小さく、彼女が呟く声が聞こえた。
 押し殺した様な、怒ったような、
 でも、少し、悲しそうな―。

「怖いか」

 瞬間、ビクっと身体が強張る。
 フェリスが何を言っているのか、直ぐに気付いてしまったから。

「怖いか、ライナ」

 フェリスのしなやかな金髪が、ライナの鼻をくすぐる。
 甘く、優しい香りに、ライナの肩が震えた。


「私は、怖くは無いぞ。怖い等とは、微塵も感じない」
「お前は何が怖い?」
「その力か?自分自身か?それともー」


 観念したのか、抑えていた物が溢れ出したのか、ライナはフェリスの背に腕を回し、
「――又、失ってしまう・・・」
 ライナは、涙を零さない様、歯を食いしばって声を絞り出した。
 フェリスは縋り付いて来るライナを優しく、それこそ優しく抱きしめ、彼の髪の毛を撫でる。
「失う?何を?」


 ――我ながら、意地の悪い質問だと思った。
 しかし、聞きたかったのだ。彼からの言葉が。
 ライナが何を想い、何を望み、何を恐れているか。
「大切な――全てを・・・・フェリス、お前を・・・」
 ゆっくりと、静かに言葉を紡ぐライナ。
 そう。もう嫌なんだ。
 大切な人。大切な人。大切な人。
 ライナがそう想う人が出来る度、ライナはその人を失って来た。
 俺が悪魔だから?
 俺が化け物だから?
 ライナは震えていた。

「ライナ」

 はっきりと、澄んだフェリスの声も。
 照れ隠しで出る悪口も。
 彼女のこの優しい香りも。
 ライナにしか分からない彼女の微かな微笑みも。
 

 ――今度はフェリスまで失うと言うのか――


 そんなのは、嫌だ。
 失う位ならいっそ、離れてー
 離れてても、失ってしまうよりは・・・

「大馬鹿者」
 フェリスの真っ直ぐな声が、ライナの思考を遮る。
「私は死なない。そう言った筈だ」
 少し怒った様な、それでいて、ライナにはとても心地よく響く声。
「お前は真性の大馬鹿者だからな。一度で分からないなら、何度でも言ってやる。
 いいか、私は死なない。
 お前では私を殺せない」
 染み込む様に、舞い降りてくる声。
 彼女の、大切な彼女の声。
 フェリスはきつく彼を抱きしめ、柔らかく髪を撫でながら。
「不安ならば聞けば良い。苦しければ言えば良い。寂しければ縋れば良い。
 私は何度でもお前に言ってやる。言葉にしてお前に伝えてやる。ライナ、お前に届くまで、何度でも何度でも言葉にしてやる」
 フェリスは腕の力を緩め、ライナの顔を見る。
 その紅い瞳を覗き込む。
 青い、蒼い、綺麗な目だ。
 ライナは思った。
 自分の、紅い、紅い瞳とは正反対の。
 濁らず、曇らず、淀まず。真を見据える、フェリスの、その瞼にそっと。
 そっと唇を寄せた。
「・・・・・・スケベめ・・・・」
 フェリスは赤くなって、目を逸らした。
 その仕草が愛しくて、ライナは再びフェリスの肩に頭をもたげた。
 彼女の瞳に寄り添っていれば、或いは失わずに済むのかも知れない。

「フェリス・・・」
「ん?」
 聞き取れない程の小さな声で。
「-ありがとう」
 返事は返って来なかった。
 その代わり、先程のお返しと言わんばかりに、ライナの頬に、
 涙の跡の付いた頬に、唇を落とし、
 頬を真っ赤に染めて
「お前の涙の味、共有してやろう。お前の涙にかけて、私はお前を守る」
 きっぱりと言い放つ彼女。
「女に守られるのが悔しかったら、お前も私を守ってみろ」
 そう言って、真っ赤なままの顔をぷい、と背ける。
 ・・・・・恥ずかしいなら、キスなんかしなきゃいいのに・・・
 フェリスの仕草に、苦笑しながら、ライナは立ち上がる。
 フェリスの金の髪の毛を一房手に取って、口づけをする。
「・・・・・・・必ず・・・」
 ライナがそう言うと、フェリスは例の、彼にしか分からない微笑を浮かべた。
僅かに開いた窓から、柔らかな日差しが振って来ていた。


「フェリス」
「ん」
「お前のおかげで俺はー」
 強い春の風が音を立てて過ぎ去る。
「待て、ライナ、声が風に掻き消されてー」
「俺はー」
 ライナはフェリスの耳元で呟くと、押し殺したような笑みでは無い、彼女の為だけの微笑をー。

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■コトノハ■


ー強く在れ、君よー

私はお前を守る。
私自身の何にかけても。
私は、君を守る。

だから、呼べ。
悲しければ、
苦しければ、
怖ろしければ、
私を呼べ。

お前の不安、焦り、憤り、恐怖、苦痛ー
全て私が背負ってやる。

だから、私を呼べ。

お前の声を、笑顔を守る為なら、
私は全てを尽くそう。

私はお前を守る。

だからお前も、

お前も、

私位は守れる様に。

お前を守る私位は守れる様に、

強く在れ。

強く在れ、ライナー

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■天使の羽根■




「じゃあ、ちょっと行って来るから」


 そう言って、行き先も告げないまま出て行ってしまった。

 ――もう、何なのよ一体!!

 折角の久々のお休みだって言うのに。
 しかも巡り合わせたかの様に、うまい事クリスマス・イヴにお休みが重なったって言うのに。
 あの人は、あたしの事なんててーんで無視して、さっさと一人、どこかへ消えてしまった。
「もう、ウィンの馬鹿っ!!」
 私は座っていたソファーにあった可愛いピンクのクッションを、今し方ウィンが出て行ったドアに向かって投げ付けた。

 ・・・そりゃあ、何かを期待してた訳じゃないけどさ・・・

 あたしに取っては、年に一回のイベントだとしても、ウィンにと取ってはいつもと変わらない日常なのかも知れないし。
「だからって、普通クリスマス・イヴに行き先も告げずにいなくなっちゃったりする訳~!?」
 まだ憤りが納まらない私は、自分で投げたハートのクッションに向かって呟く。

 ・・・ご飯くらい、一緒に食べたかったのになあ・・・

 ふうっ、と一つ小さくため息。
 あのウィン事だもの。
 朝からおめかしして、洋服選んで、お化粧して、うきうきしながら待ち合わせて恋人同士のデートvv
 ・・・なーんて贅沢は言わない。
 彼が、そーゆーのに疎いってのは、きっとあたしが一番良く知ってる筈だし。
 だから、いつも通りで全然良いから。いつものお店で、いつも通りにご飯食べれたら・・・
 なーんて思ってたのに。
 そんな、大して贅沢じゃない(と思う)乙女の切なる願いさえ、叶えてくれないって言うのかしら。
「・・・サンタクロースなんて、やっぱり居ないのね・・・ううう」
 泣きべそをかきながら、のそのそとクッションを拾いに行く。
 ウィンは一度出掛けたら、調べ物やら資料集めやら、食事やら何やらで、そうそう帰っては来ないのだ。
「仕方ないなあ~。不本意だけど、事務所のお掃除でもしよう」
 重たい腰を上げたのは、彼が出て行ってしばらく経ってからの事だった。


 近頃、仕事で外出続きで、ロクに掃除していなかった事務所を片付ける。
 しかし、働く手とは裏腹に、頭は彼の事ばかり。
 ウィンは今どこに居るんだろう。
 何をしているんだろう。
 ちょっとはあたしの事を、思い出してくれてるだろうか?
「・・・・まだかなあ・・・・」
 思い出したなら、早く帰って来て欲しいモンである。
 思い出さないなら、早くあたしの事を思い出して欲しい。
 我侭と言う無かれ。これが恋する乙女の心中なのだ。
 ーあと数時間。
 数時間でイヴが終わってしまう。
 仕事続きで、ロクに休めなかったから、疲れているだろうに。
 全く、仕事になると突っ走っちゃうんだから。少しは自分の事も気にかけてあげなきゃいけないのに。

 まあ、そーゆーウィンの真っ直ぐなトコ、大好きだけど。
 でも、やっぱり恋する乙女なミアちゃんとしては、イヴくらい、ちゃあんとお休みして欲しかったのだ。
「こんな事なら、最初からウィンに予約入れておけば良かったわ」
 イヴくらい、仕事休んで一緒に居て欲しいって。
 まあ、私の口からそんな大胆な発言が可能かは謎だけど・・

 でもでも。
 ウィンは頑張りすぎる。
 それが私は心配なのだ。
 あの一生懸命な所が、そのうち祟って来るんじゃないかと。
 彼の性格からして、手を抜くとか、おざなりにするって事は、まずないから。
 自分より、他人を優先して、それで苦しい思いをしている事もあるのを、知っているから。
 考えているうちに、彼の笑顔が浮かんできた。
 その笑顔が、優しくて。恋しくて。

 一人でぽつりと座り込んでるあたしの、寂しいクリスマス・イヴを、否が応にも現実を突き付けてくれちゃったりなんかしてさ。
 何か、何か涙まで浮かんできちゃったじゃない!!
 もう、あれもこれも全部ウィンのせいなんだからね!
 ウィンが泣かないから、あたしが今こうして代わりに泣いてあげてるんだから!
 我ながら訳の分からん理論を組み立て、涙を手で拭う。
 でもー
 でも、やっぱり。
「やっぱり心配だよ、ウィン・・・」
 好きな人が痛いのも、苦しいのも、辛いのも、嫌だよ。
「何が心配なんだい?」
「へ・・??ウ、ウィン!?」
 独り言に返答が返って来るなんて思ってなかったあたしは、驚き余ってソファーからずり落ちた。
 そんなあたしを見つめ、ウィンは微笑みながらコートを脱ぐ。
「遅くなってごめんね、ミア。大切な買い物があったから」
「大切な、買い物・・?」
 そんな話は聞いていなかった。と言うか、言ってくれなかったじゃない。
「わざわざ・・イヴに?」
 涙の跡を悟られまいと、あたしはちょっといたずらっぽく問う。
「そう。とても大切なお買い物。――ミア、手、出してみて」
「へ?」
「へじゃなくて手だよ。出して」

 彼は、戸惑うあたしを無視して、その大きな手で、あたしの両の掌を開く。
 彼の手から、あたしの両手に落とされた、小さな赤い、箱。
「何これ?」
「開けてごらん」
 ウィンは、楽しそうに微笑んだまま。
 言われるがままに、あたしは結んであったリボンをほどき、小さな箱を開ける。

 ・・・あ・・・・

「これって・・・」
「どう?気に入ってくれた?ミアにぴったりだと思ったんだ」
 ウィンが前屈みになって見つめる。私の両手の上には、可愛い、天使の羽根の形をしたネックレス。
「やっぱり、一人で探すのって難しかったよ。ミアも連れて行けば良かったね」
 苦笑しながら、「一人で買うのは、実は結構恥ずかしかった」と白状してくれたウィン。
「まさか、これ買う為にわざわざ・・?」
「う、んーまあ、そう言う事になっちゃうのかな?」
 何故かばつが悪そうに、目線をそらして頬を掻く。
「ウィンが一人でアクセサリーショップで選んだんでしょ?」
 彼がウィンドウの前で四苦八苦している姿を想像してしまい、吹き出してしまった。
「酷いなあミアは。やっぱり最初から連れて行けば良かった。そしたら・・」
「恥ずかしい思いもしなくて済んだし?」
「そう。それに、ミアを待たせて不安にさせちゃう事も無かっただろうし」
 ―え・・・それって・・・
 ウィンは優しく微笑んで、軽くあたしを引き寄せてから、指であたしの頬を拭ってくれた。

「跡、付いてるよ。涙の」
 やだ!ばれてないと思ったのに!!
 ・・・・・・流石ウィン。隠し事のつもりが全然隠れてなかったって事ね・・・
「ごめんね、黙って行ってしまって。お詫びと言っては何だけど、これから夕飯でも一緒に・・・」
「行く!行く!やったあ!そう言ってくれるの、実は待ってたんだから!!」
 彼が言い終わらないうちに、あたしはピョンピョン跳ね上がって喜ぶ。
 さっきまでのつまらなかった気持ちが嘘みたい。
 やっぱり、あたしはウィンが大好きなのだ、と実感する。
 彼の言葉一つで、こんなに元気になれちゃうんだから。


「では、参りましょうか」
 ウィンが、あたしを見て笑いながら、手を差し伸べてくれる。
「はい、参りましょう」
 あたしも乗じて、笑いながら彼の手を取った。

 小雪のちらつく中、足早に進むあたしとウィンを、
 ウィンがくれた天使の羽根が見守っていたー

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■Tina―僕の太陽―■





 ――大丈夫。
 
 
 僕の小さな友人が微笑んで言った。
 
 
 ――今にグレイだって市民権持てる時代になるわ。だから諦めちゃダメよ。


 そう言って、太陽の様に眩しく笑う。
 最も、僕は太陽をしっかりとこの眼に焼き付ける事は出来ないのだけど。


 ――そうすればグレイも若いお嫁さん貰える様になるから。だから元気出して!


 僕をまるで母親の様に叱りなだめる、僕の小さな君。


 ――大好きよ。


 まだ僅か四歳の君の真っ直ぐな言葉に、身体中の血が跳ね上がるのを感じた。


 ――大好きよ、グレイ。


 その君の言葉に、一体何度救われただろうか。


 ――大好きよ。


 そう言って笑う君の笑顔を抱きしめて、僕は又一人、今日も一人で眠りにつく。



 太陽が昇る頃。
 君が目を覚ます少し前。
 暗闇にしか生きられない僕は、
 今日も一人で、眠りにつく――――



 ◇



「グレイ!」

 最早聞き慣れた声が、薄い闇の広がる部屋に響く。
 慣れ親しんだ声。
 その声がこの部屋に聞こえるその瞬間を、僕はいつも心待ちにしている。
 暗い室内だと言うのに、灯りもともさずに一目散に僕に向かって駆けて来る影。

「グレイ!」

 もう一度僕の名前を呼んで、僕の腕の中に飛び込んでくる。


 窓から微かに入り込む月明かり。
 その僅かばかりの光に反射して、きらきらと輝く彼女の金髪。
 いっそ、青空の下で眺める事が出来たなら、それはどんな宝石よりも輝くのではないかと思える程だ。
 そして、僕は決して見ることの出来ないその光景を、眺められる数多くの人間が存在する事に、又少し嫉妬する。

「グレイ」

 さも嬉しそうに僕の胸にその頬を摺り寄せてくる彼女。
 僕にとっての、大切な、かけがえのない―――

「ティナ」

 ようやく僕は彼女の名前を唇に乗せる。
 僕の声に反応して、小さな君は首を持ち上げ、その大きな青い瞳でこの忌まわしい色をした目を見つめ、にっこりと微笑む。
 そしてそのまま背伸びをして、両頬にキスをくれる。

 ああ、もう背伸びだけで僕に届いてしまうのか。
 そう思うと、随分長い間彼女を見つめて来た気がした。

「大きくなったね」
「もう今年で19だもの。当然よ」
 
 未だに僕の腕の中がお気に入りの様で、一向に離れようとはしない彼女の耳に顔を寄せ、
「会いたかったよ」
「私もよ」
 声だけで微笑みをたたえていると分かる様な彼女。
 その彼女の細い腕が、僕の首に巻き付いてきて、僕は再び、きつく彼女を抱き締める。
 彼女の甘い芳香が、鼻腔をかすめた。

「髪、短くしたんだね」
 彼女の輝くブロンドに顔を埋めながら言う。
「何かと邪魔になっちゃって。それに」
 どうやら髪の毛に顔を埋められているのがくすぐったいのか、くすくす笑いながら。
「いつまでもツインテールって年でもないでしょう?」
「残念。ティナのツインテール可愛かったのに」
「やめてよ、もうあんなにちっちゃくないわ」

 
 彼女が居れば僕は幸せなのだ。
 ああ、このまま彼女を攫って行けたら、どんなにか幸せだろうか。



 ◇



 部屋のランプに火を灯し、彼女に紅茶の入ったマグカップを渡す。
 ホクホクとそれを受け取ると、一口啜って『はぁ』と小さく息をついた。

「本当に大きくなったね」
「去年も来たじゃない。そんなに変わらないわよ?」
 カップを両手で挟み、クッションの上にちょこんと座り込んでいる姿は、小さい頃の君と変わらない。
 感慨にふけっている僕に、『こっちの大学に留学したから、これからはいつでも会えるわ』と、やはりにこにこしながら言った。

「女の子は成長が早いからなあ。これからどんどん綺麗になっちゃうんだろうね」
 それはとても嬉しい筈なのに、どこか寂しい。
 手放したくないから、だろうか・・・。

「今はまだ綺麗じゃないみたいに聞こえるわね。これでもキャンパスではそこそこモテてるつもりなんだけど?」
 上目遣いに頬を膨らまして眉を寄せる仕草も、もう見慣れたものだ。
「そうか、じゃあティナもすぐにウェディングドレスを着てお嫁に行っちゃうのかなあ。何だか寂しいな」
「パパと同じ事言ってるわ」
 彼女は最近父親と顔を合わせる度に同じような事を言われ、まだ嫁がないでくれと泣き付かれているのだと言う。
「全く、まだまだ小さな妹がいるんだから、私の嫁ぎ先なんかより心配すべき事があるでしょう!って思う訳よ」
 ぷつぷつ小さく愚痴ともつかな愚痴をこぼす彼女を見つめながら、純白のウェディングドレス姿の彼女を想像してみる。
 今目の前にいる彼女が、ドレスを纏った姿を思い描いてみたのだが、その違和感の無さに、一瞬動揺すらしてしまった自分がいた。


 女の子は、本当に成長が早い。
 もうすぐ、この手から飛び立ってしまうのだろう。
 もう、小さかったあの頃とは違うのだから。
 願わくば、その日が一日でも遅い様にと祈ってしまう自分に、嫌気すら感じてしまいながら。
 彼女の幸せすらも願えない程に、僕は捕らわれてしまっている様だった。


「私は大きくなったけど、グレイはやっぱり変わらないのよね」
 何気なく言ったであろうその言葉が、グサリと刺さった。
「・・うん、僕はもう見た目で老いる事は無いからね。年は重ねているけれど、どれで死ぬ訳でも無いし」


 ――哀しかった。
 彼女と共に老いる事すら出来ないと言う事実が。
 同じ時間を共有しているように見えても、やはり僕は闇の世界の住人なのだ、と。



 また、彼女を失ったら、僕は一人だ。
 今までの様に、
 彼女と出会う前の様に、一人だ。
 
 一人が怖い訳では無かった。
 怖いのは、彼女を失う事だ。
 


 彼女を失う事が、僕の最も畏れている事だ。



「私も吸血鬼になれないのかしら」
「は?」
「だから、私もグレイと同じ、不老不死のヴァンパイアにはなれないのかしら」
 いつもの会話のいつもの調子でとんでもない事を口にする。
「・・・・・無理だよ。僕が血を吸ったって、それで仲間になる訳じゃない」
 それは前にも聞いたから分かってるんだけど。
 そう言って、彼女は真剣な顔で膝を抱えた。

「・・・どうして、吸血鬼になりたいの?不老不死になりたいのかい?」
 恐る恐る尋ねる僕に、彼女は当たり前の様な調子で答える。


「だって、そうすればグレイとずっと一緒にいられるじゃない」


 一瞬、言葉を失った。
 彼女が、僕と共に在る事を、さも当然の様に言ってくれたから。
 本来僕達は交わる事の無い存在。
 その僕を、ここまで純粋に無意識の中に住まわせてくれている彼女が、心から愛しくて。


 彼女に触れたいと、本気で思った。


「ちょ、やだ!グレイ、どうしたのよ?」
 彼女の慌てた声で引き戻される。
「どうしたの?どこか痛いの?」
 そう言って、心配そうな顔で僕の頬を両手で包んでくれる。
 彼女の瞳に映った自分を見て、初めて涙を流していた事に気付いた。
「全く、びっくりするじゃない。いきなり泣き出すんだもの」
「・・・・・・ごめん」
 彼女の手を、昔の様に掴んで頬から離れないようにした。

「・・・変わってないわね、あなた」
 そう言って、どこか嬉しそうに涙を拭ってくれる。

 変わってないのは、君もだね。
 昔も、こうやって僕の涙を拭ってくれた。



 僅かの間雲に隠されていた月が顔を出し、再び彼女のブロンドを輝かせる。
 太陽の下で、君を見てみたいと、本気で思う。

 もし僕が人としての生を与えられていたのなら、その願いも叶えられただろうに。
 僕に与えられている物は、実に不確かなものばかりだ。
 一つだけ確かな物は、今目の前にいる彼女の存在くらいのものだ。


「ティナ」
 僕は彼女の手を握り締めたまま。
「君と共に生きて行きたいな」
 涙声で、さぞや不恰好であろう僕の言葉に、彼女は面食らったように、でもどこか予想していたような、不思議な表情で僕を見つめている。
「どうしたら、いいんだろうね僕は」

 君をこちら側に連れてくるなんて出来ない。
 僕がそちら側に行く術なんて知らない。


「こんなにも、ティナが好きなのに――」
 

 言ってしまって、はっとした。
 絶対この胸の内を明かしてはいけないと、自分に誓っていたから。
 僕の想いは、彼女にとっての足枷にしかならないだろうから。
 そろそろと彼女に視線を戻そうと、心を決めて首を動かしかけて――


 ふわり。


 柔らかく、引き寄せられる。
 そして、彼女の唇が、僕のそれと重なった―――

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■Tina―僕の太陽―2■




 彼女の吐息が、僕の頬をかすめる。
 静かな静寂が部屋一帯を支配していて。
 僕は、一瞬何が起こったのか、理解出来ずにいた。
 そしてそのまま、小さく声を漏らす。
「――え?」
 柔らかな彼女の腕から開放され、するすると視線をあるべき場所――彼女の瞳へと移動させる。
「ティナ・・?」

 眼前に座る彼女は、とても綺麗だった。

「ティナ、何故・・・・?」
 僕は動けないままに問う。
 彼女は苦笑めいた、でもとても満足げな不思議な微笑みをたたえて、
「グレイ」
 僕の名前を呼んで、嬉しそうに、とても嬉しそうに僕の腕の中に滑り込んできた。
 胸の位置にある彼女の顔をなんとか正面から眺めようとしたが、ティナは離れる様子もなく、僕はすぐにそれを諦める。
 上から見下ろす格好になった。そのまま、僕は彼女を離さないように両腕の鎖の中に閉じ込める。
 
 彼女の頬に、朱が差しているのを見つけてしまった。



 もう僕は、壊れてしまいそうだ。



 心臓が高鳴る。
 気付かれたくないのに、でもしっかりと彼女の耳には届いてしまっているだろう。
 離したくない。
 このまま彼女を抱き締めたままでいたい。
 無理な願いなのは承知している。
 でも、僕は――

「グレイ」
 
 彼女の声が僕を呼ぶ。
 どこか真剣な、すこし切迫したような声だ。
「・・どうしたの?ティナ」
 僕の問いにも、彼女はすぐに口を開こうとはしない。
 しばらく考えるように瞼を閉じて、眉間にかすかにしわを寄せている。
「ティナ?」
「グレイは・・・」
 僕の言葉の語尾を打ち消すかのようにゆっくりと口を開く彼女。
 その声が、いつものそれとは異なっていた。
 僕は黙って、彼女の言葉の続きを待った。



「グレイは、人間になる気はない?」



 彼女の声だけが、耳に響いた。
 世界が一瞬、モノクロになる。
 黒い髪、黒いズボン、白いシャツの僕。
 金の髪、水色のブラウス、紺色のスカートの君。


 世界が、僕の視覚の中だけで再構成され、モノクロオムになる。


 いや、むしろそれは逆、なのだろうか。

「人間に、なる気はない?グレイ」
 ティナは僕を見上げ、しっかりと真摯な態度で僕の顔を覗き込んでくる。
 しかし――
「でも・・どうやって・・そんな方法、僕は知らない」
「調べたのよ」
 彼女はちょっと得意げに、どこかさびしそうに言った。


 彼女と同じように生き、老いて、死ぬことが出来る。
 考えただけで、頭の芯がとろけそうになるくらいの幸福だった。


「君と、ティナと一緒に生きられるのならどこへでも」
 そう、たとえ地獄だろうと。
 君がいるなら僕は後悔しない。
「ティナがいるなら」
 僕の言葉を黙って効いている彼女。
 そして彼女が、信じられない台詞を吐く。

「じゃあグレイ、私の事斬れるわね?」
「え?」
 意味がわからなかった。
「あなたが私を斬るのよ」
「・・・何故・・・」
 彼女はにっこりと笑って、
「それが人間になる方法なのよ」
 とだけいった。


 彼女の話を聞いた。
 強い眩暈を感じた。



 彼女はあらゆる手を尽くして、僕が人間になる方法を調べたのだという。
 いくつもの古文書を読み漁り、父親のコネまで使って、吸血鬼の情報を全て調べ上げたのだという。
 そして、一つの事例を発見する。
 昔、吸血鬼から人間になった男がいた、というのだ。
 
 僕はにわかには信じられなかった。
 信じたくなかった、というのが正しいかもしれない。

 
 その手段に、僕は激しく嫌悪したのだ。


「あなたが人間になれるなら、私は構わないわ」
「僕が構う。ティナ、僕はー」
「あなたになら、何をされても怖くないもの」
 僕の言葉を遮って、にっこりと微笑む。
 
「だめだよ、僕に君は殺せない」

 僕はうつむいて肩を振るわせた。


 吸血鬼が人間になる方法。
 それは、清らかな乙女の鮮血をその身に受ける、
 というものだった。
 そしてその乙女は、吸血鬼を心から愛する人間の乙女でなくてはならないのだ、と。


 要するに、愛する女を殺し、その返り血で人間へと転生する、といったところだろう。


 そんなこと、僕にはできない。
 そんなことをしてまで、人間になりたいとは思わない。

 君を失いたくないのだ。
 人間になりたいのではなく、君を失いたくないのだ。
 人間になることで、君を失うというのなら、それこそなんとも滑稽な話ではないか。

「でもね、私はあなたに太陽の輝きを見せてあげたいのよ」
「しかし・・」
「出来ない?」
「出来ないよ・・・」
 僕はうつむいたまま。
 彼女は僕を見上げたまま。
 結論が出るはずも無い。
 出せるわけが無い。

 君を放したくない。
 人間になればずっとそばにいられる。
 君を放したくない。
 人間になった時には、君はいない。

 絶望した。
 慣れきったはずなのに、絶望した。
 ティナ、彼女はいったいどこまで、僕の心の中で肥大するのだろう。
 抱えきれなくなりそうで、でもそれがいとおしくてしかたない。

「グレイは、私のこと好き?」
 いきなり投げかけられた、いささか幼い声に、僕ははっと顔をあげ、ゆっくりと答えてあげる。
「・・・好きだよ」
「私もあなたがすきよ」

 いつも聞いているはずの彼女の言葉に、背筋がぞくりと旋律する。
 手を伸ばしそうになるのを、必死におさえる。

「あなたが吸血鬼のままなら、私は一人で死ぬのね」

 彼女の言葉が、僕を突き刺す。
 ガラスの破片を、全身に突き立てられたような、いや・・


 心臓を、えぐられたような感覚。
 むしろ、本当にえぐられてしまったほうが幾分楽なんじゃないかと思えたほどだ。


「ティナ・・」
 僕は彼女の名前を呼ぶ。
 たったそれだけのことに、とても力を使った。
「でも、あなたもつらいんでしょう?」
 言って、僕の頬を優しく包む。
 初めて会った時から変わらない。
 こうされていると、僕は何も怖くなくなってしまう。


「あなたの子どもが欲しいわ」


 月明かりに照らされて、青白く輝く彼女の金髪、瞳、肌。
 なまめかしくさえ映る四肢。
 彼女は真剣な面持ちで言った。

「私のことを、抱いてちょうだい」

 泣きそうな声だった。
 でも彼女の瞳に涙は見て取れなかった。
「あなたと私が共に生きた、証拠がほしいの。
 あなたが私を愛してくれた証拠がほしいの。そうすれば」

 そうすれば、一人でも生きていける。
 いいえ、その子がいれば一人じゃない。

 私も、あなたも。


 彼女がそこまで言い終わると、部屋は再び静寂につつまれた。
 その部屋の窓際に、滑稽に佇む僕と、月明かりを浴びた女神の君。

 僕は考えることを放棄し、ただ彼女を想った。
 そして、きつく、彼女を抱き締めた。



 ◇



 夢のような夜だった。
 彼女の声が聞きたく、僕は何度も彼女をきつく抱き締めた。
 彼女の唇から発せられる僕の名前は、僕の中の毒を洗い流してくれるようで。

 月光を浴びた彼女は、さしずめ月の女神だ。
 彼女が消えてしまわぬように、
 僕はきつく、きつく、
 彼女を抱き締めた―――



 ◇



 隣で彼女が動く気配がした。
 どうやら眠ってしまったらしい。
 僕はまだ瞼を開けるのが嫌で、再び布団をひっぱり頭まですっぽりと隠す。

 気配だけで、彼女が着替えをしているのだ、という事が分かった。
 そして、着替えが終わったらしい彼女がこそこそとベッドに近づいてくる。
 いきなり、ぐい、とシーツが引っ張られ、ベッドから転げ落ちそうになる。
「あ・・・ごめん、グレイ」
「・・・・・・・・んん」
 彼女は申し訳なさそうに、恥ずかしそうにシーツを抜き取った。

 ―――ああ、そうか。

 ようやく僕は半分覚醒した頭で彼女の行動の答えを見つけ、いささか赤面する。

 カーテンの隙間から漏れてくる光が、窓辺に立った彼女と僕の頬を照らす。
「まさか・・・」
「どうしたの?」
 いまだベッドの上でごろごろしている僕とは対照的に、きっちり洋服を着込んでいる彼女。
 その彼女の表情が、何故か強張っていた。
「ティナ・・・?」
「グレイ、いい?」
「何が?」
 ティナは驚いたような、興奮したような、そんな表情で僕を見つめ、

 ――しゃっ!

 景気の良い音を立てて、彼女は一気にカーテンを開ける。
 部屋中に零れ落ちてくる、朝の太陽の光。

「あ・・!」
 僕は反射的に光を避けようと、顔を腕で覆い―――
「・・・・・・・・へ?」
 しばらくして、なんとも間の抜けた声を発した。

「グレイ!すごいわ!!」
 ティナが涙目になりながら頬を真っ赤に染めて微笑んでいる。
 僕はと言えば、一体何が起こったのか分からず、ただしばし呆然と自分の腕や窓やらを眺めていた。
 ようやく、掠れた声を絞り出す。
「火傷・・・してない・・ね」
 吸血鬼である僕は、太陽の光にあたると大火傷を被ってしまう。
 だから、いつも暗闇の、夜の世界で暮らしてきた。
 なのに、今僕が見ている自分の両手は、初めて見るものの様な色をしている。


 太陽の光に照らされて。


「グレイ!」
 彼女は窓際から僕の座るベッドまで一目散にかけてきて、僕の横に腰掛ける。
「まさか・・・」

 僕は自分の両手をしげしげと見つめ、窓から入り込む太陽の日差しを観て、やっと、やっとどういうことかを認識する。
「な・・なんで・・」
 呟いて脳をフル稼働させる。

 人間になるには、清らかな乙女の鮮血浴びなきゃいけないはずで・・・
 清らかな乙女の・・鮮血を・・・

 そこまで思案して、僕ははっと赤面する。
 そのままそろそろと彼女に視線を移すと、彼女も同じ考えに至ったのか、頬を真っ赤に染めて、上目遣いに僕に助けを求めてきた。

 ――まあ、その・・そういうこと・・・なんだろうなあ・・・




 僕は彼女を見つめた、
 彼女も僕を見つめた。
 そして静かに、僕は彼女の、ティナの唇に自分の唇を重ねる。
 
 部屋は太陽の光に反射して光り輝いていた。

 
 僕はティナを抱き締めた。
 彼女は声をあげて笑った。
 
 僕たちは、これからずっと一緒にいられるのだ―――

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