桃屋の創作テキスト置き場
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■Tina―僕の太陽―■
――大丈夫。
僕の小さな友人が微笑んで言った。
――今にグレイだって市民権持てる時代になるわ。だから諦めちゃダメよ。
そう言って、太陽の様に眩しく笑う。
最も、僕は太陽をしっかりとこの眼に焼き付ける事は出来ないのだけど。
――そうすればグレイも若いお嫁さん貰える様になるから。だから元気出して!
僕をまるで母親の様に叱りなだめる、僕の小さな君。
――大好きよ。
まだ僅か四歳の君の真っ直ぐな言葉に、身体中の血が跳ね上がるのを感じた。
――大好きよ、グレイ。
その君の言葉に、一体何度救われただろうか。
――大好きよ。
そう言って笑う君の笑顔を抱きしめて、僕は又一人、今日も一人で眠りにつく。
太陽が昇る頃。
君が目を覚ます少し前。
暗闇にしか生きられない僕は、
今日も一人で、眠りにつく――――
◇
「グレイ!」
最早聞き慣れた声が、薄い闇の広がる部屋に響く。
慣れ親しんだ声。
その声がこの部屋に聞こえるその瞬間を、僕はいつも心待ちにしている。
暗い室内だと言うのに、灯りもともさずに一目散に僕に向かって駆けて来る影。
「グレイ!」
もう一度僕の名前を呼んで、僕の腕の中に飛び込んでくる。
窓から微かに入り込む月明かり。
その僅かばかりの光に反射して、きらきらと輝く彼女の金髪。
いっそ、青空の下で眺める事が出来たなら、それはどんな宝石よりも輝くのではないかと思える程だ。
そして、僕は決して見ることの出来ないその光景を、眺められる数多くの人間が存在する事に、又少し嫉妬する。
「グレイ」
さも嬉しそうに僕の胸にその頬を摺り寄せてくる彼女。
僕にとっての、大切な、かけがえのない―――
「ティナ」
ようやく僕は彼女の名前を唇に乗せる。
僕の声に反応して、小さな君は首を持ち上げ、その大きな青い瞳でこの忌まわしい色をした目を見つめ、にっこりと微笑む。
そしてそのまま背伸びをして、両頬にキスをくれる。
ああ、もう背伸びだけで僕に届いてしまうのか。
そう思うと、随分長い間彼女を見つめて来た気がした。
「大きくなったね」
「もう今年で19だもの。当然よ」
未だに僕の腕の中がお気に入りの様で、一向に離れようとはしない彼女の耳に顔を寄せ、
「会いたかったよ」
「私もよ」
声だけで微笑みをたたえていると分かる様な彼女。
その彼女の細い腕が、僕の首に巻き付いてきて、僕は再び、きつく彼女を抱き締める。
彼女の甘い芳香が、鼻腔をかすめた。
「髪、短くしたんだね」
彼女の輝くブロンドに顔を埋めながら言う。
「何かと邪魔になっちゃって。それに」
どうやら髪の毛に顔を埋められているのがくすぐったいのか、くすくす笑いながら。
「いつまでもツインテールって年でもないでしょう?」
「残念。ティナのツインテール可愛かったのに」
「やめてよ、もうあんなにちっちゃくないわ」
彼女が居れば僕は幸せなのだ。
ああ、このまま彼女を攫って行けたら、どんなにか幸せだろうか。
◇
部屋のランプに火を灯し、彼女に紅茶の入ったマグカップを渡す。
ホクホクとそれを受け取ると、一口啜って『はぁ』と小さく息をついた。
「本当に大きくなったね」
「去年も来たじゃない。そんなに変わらないわよ?」
カップを両手で挟み、クッションの上にちょこんと座り込んでいる姿は、小さい頃の君と変わらない。
感慨にふけっている僕に、『こっちの大学に留学したから、これからはいつでも会えるわ』と、やはりにこにこしながら言った。
「女の子は成長が早いからなあ。これからどんどん綺麗になっちゃうんだろうね」
それはとても嬉しい筈なのに、どこか寂しい。
手放したくないから、だろうか・・・。
「今はまだ綺麗じゃないみたいに聞こえるわね。これでもキャンパスではそこそこモテてるつもりなんだけど?」
上目遣いに頬を膨らまして眉を寄せる仕草も、もう見慣れたものだ。
「そうか、じゃあティナもすぐにウェディングドレスを着てお嫁に行っちゃうのかなあ。何だか寂しいな」
「パパと同じ事言ってるわ」
彼女は最近父親と顔を合わせる度に同じような事を言われ、まだ嫁がないでくれと泣き付かれているのだと言う。
「全く、まだまだ小さな妹がいるんだから、私の嫁ぎ先なんかより心配すべき事があるでしょう!って思う訳よ」
ぷつぷつ小さく愚痴ともつかな愚痴をこぼす彼女を見つめながら、純白のウェディングドレス姿の彼女を想像してみる。
今目の前にいる彼女が、ドレスを纏った姿を思い描いてみたのだが、その違和感の無さに、一瞬動揺すらしてしまった自分がいた。
女の子は、本当に成長が早い。
もうすぐ、この手から飛び立ってしまうのだろう。
もう、小さかったあの頃とは違うのだから。
願わくば、その日が一日でも遅い様にと祈ってしまう自分に、嫌気すら感じてしまいながら。
彼女の幸せすらも願えない程に、僕は捕らわれてしまっている様だった。
「私は大きくなったけど、グレイはやっぱり変わらないのよね」
何気なく言ったであろうその言葉が、グサリと刺さった。
「・・うん、僕はもう見た目で老いる事は無いからね。年は重ねているけれど、どれで死ぬ訳でも無いし」
――哀しかった。
彼女と共に老いる事すら出来ないと言う事実が。
同じ時間を共有しているように見えても、やはり僕は闇の世界の住人なのだ、と。
また、彼女を失ったら、僕は一人だ。
今までの様に、
彼女と出会う前の様に、一人だ。
一人が怖い訳では無かった。
怖いのは、彼女を失う事だ。
彼女を失う事が、僕の最も畏れている事だ。
「私も吸血鬼になれないのかしら」
「は?」
「だから、私もグレイと同じ、不老不死のヴァンパイアにはなれないのかしら」
いつもの会話のいつもの調子でとんでもない事を口にする。
「・・・・・無理だよ。僕が血を吸ったって、それで仲間になる訳じゃない」
それは前にも聞いたから分かってるんだけど。
そう言って、彼女は真剣な顔で膝を抱えた。
「・・・どうして、吸血鬼になりたいの?不老不死になりたいのかい?」
恐る恐る尋ねる僕に、彼女は当たり前の様な調子で答える。
「だって、そうすればグレイとずっと一緒にいられるじゃない」
一瞬、言葉を失った。
彼女が、僕と共に在る事を、さも当然の様に言ってくれたから。
本来僕達は交わる事の無い存在。
その僕を、ここまで純粋に無意識の中に住まわせてくれている彼女が、心から愛しくて。
彼女に触れたいと、本気で思った。
「ちょ、やだ!グレイ、どうしたのよ?」
彼女の慌てた声で引き戻される。
「どうしたの?どこか痛いの?」
そう言って、心配そうな顔で僕の頬を両手で包んでくれる。
彼女の瞳に映った自分を見て、初めて涙を流していた事に気付いた。
「全く、びっくりするじゃない。いきなり泣き出すんだもの」
「・・・・・・ごめん」
彼女の手を、昔の様に掴んで頬から離れないようにした。
「・・・変わってないわね、あなた」
そう言って、どこか嬉しそうに涙を拭ってくれる。
変わってないのは、君もだね。
昔も、こうやって僕の涙を拭ってくれた。
僅かの間雲に隠されていた月が顔を出し、再び彼女のブロンドを輝かせる。
太陽の下で、君を見てみたいと、本気で思う。
もし僕が人としての生を与えられていたのなら、その願いも叶えられただろうに。
僕に与えられている物は、実に不確かなものばかりだ。
一つだけ確かな物は、今目の前にいる彼女の存在くらいのものだ。
「ティナ」
僕は彼女の手を握り締めたまま。
「君と共に生きて行きたいな」
涙声で、さぞや不恰好であろう僕の言葉に、彼女は面食らったように、でもどこか予想していたような、不思議な表情で僕を見つめている。
「どうしたら、いいんだろうね僕は」
君をこちら側に連れてくるなんて出来ない。
僕がそちら側に行く術なんて知らない。
「こんなにも、ティナが好きなのに――」
言ってしまって、はっとした。
絶対この胸の内を明かしてはいけないと、自分に誓っていたから。
僕の想いは、彼女にとっての足枷にしかならないだろうから。
そろそろと彼女に視線を戻そうと、心を決めて首を動かしかけて――
ふわり。
柔らかく、引き寄せられる。
そして、彼女の唇が、僕のそれと重なった―――
――大丈夫。
僕の小さな友人が微笑んで言った。
――今にグレイだって市民権持てる時代になるわ。だから諦めちゃダメよ。
そう言って、太陽の様に眩しく笑う。
最も、僕は太陽をしっかりとこの眼に焼き付ける事は出来ないのだけど。
――そうすればグレイも若いお嫁さん貰える様になるから。だから元気出して!
僕をまるで母親の様に叱りなだめる、僕の小さな君。
――大好きよ。
まだ僅か四歳の君の真っ直ぐな言葉に、身体中の血が跳ね上がるのを感じた。
――大好きよ、グレイ。
その君の言葉に、一体何度救われただろうか。
――大好きよ。
そう言って笑う君の笑顔を抱きしめて、僕は又一人、今日も一人で眠りにつく。
太陽が昇る頃。
君が目を覚ます少し前。
暗闇にしか生きられない僕は、
今日も一人で、眠りにつく――――
◇
「グレイ!」
最早聞き慣れた声が、薄い闇の広がる部屋に響く。
慣れ親しんだ声。
その声がこの部屋に聞こえるその瞬間を、僕はいつも心待ちにしている。
暗い室内だと言うのに、灯りもともさずに一目散に僕に向かって駆けて来る影。
「グレイ!」
もう一度僕の名前を呼んで、僕の腕の中に飛び込んでくる。
窓から微かに入り込む月明かり。
その僅かばかりの光に反射して、きらきらと輝く彼女の金髪。
いっそ、青空の下で眺める事が出来たなら、それはどんな宝石よりも輝くのではないかと思える程だ。
そして、僕は決して見ることの出来ないその光景を、眺められる数多くの人間が存在する事に、又少し嫉妬する。
「グレイ」
さも嬉しそうに僕の胸にその頬を摺り寄せてくる彼女。
僕にとっての、大切な、かけがえのない―――
「ティナ」
ようやく僕は彼女の名前を唇に乗せる。
僕の声に反応して、小さな君は首を持ち上げ、その大きな青い瞳でこの忌まわしい色をした目を見つめ、にっこりと微笑む。
そしてそのまま背伸びをして、両頬にキスをくれる。
ああ、もう背伸びだけで僕に届いてしまうのか。
そう思うと、随分長い間彼女を見つめて来た気がした。
「大きくなったね」
「もう今年で19だもの。当然よ」
未だに僕の腕の中がお気に入りの様で、一向に離れようとはしない彼女の耳に顔を寄せ、
「会いたかったよ」
「私もよ」
声だけで微笑みをたたえていると分かる様な彼女。
その彼女の細い腕が、僕の首に巻き付いてきて、僕は再び、きつく彼女を抱き締める。
彼女の甘い芳香が、鼻腔をかすめた。
「髪、短くしたんだね」
彼女の輝くブロンドに顔を埋めながら言う。
「何かと邪魔になっちゃって。それに」
どうやら髪の毛に顔を埋められているのがくすぐったいのか、くすくす笑いながら。
「いつまでもツインテールって年でもないでしょう?」
「残念。ティナのツインテール可愛かったのに」
「やめてよ、もうあんなにちっちゃくないわ」
彼女が居れば僕は幸せなのだ。
ああ、このまま彼女を攫って行けたら、どんなにか幸せだろうか。
◇
部屋のランプに火を灯し、彼女に紅茶の入ったマグカップを渡す。
ホクホクとそれを受け取ると、一口啜って『はぁ』と小さく息をついた。
「本当に大きくなったね」
「去年も来たじゃない。そんなに変わらないわよ?」
カップを両手で挟み、クッションの上にちょこんと座り込んでいる姿は、小さい頃の君と変わらない。
感慨にふけっている僕に、『こっちの大学に留学したから、これからはいつでも会えるわ』と、やはりにこにこしながら言った。
「女の子は成長が早いからなあ。これからどんどん綺麗になっちゃうんだろうね」
それはとても嬉しい筈なのに、どこか寂しい。
手放したくないから、だろうか・・・。
「今はまだ綺麗じゃないみたいに聞こえるわね。これでもキャンパスではそこそこモテてるつもりなんだけど?」
上目遣いに頬を膨らまして眉を寄せる仕草も、もう見慣れたものだ。
「そうか、じゃあティナもすぐにウェディングドレスを着てお嫁に行っちゃうのかなあ。何だか寂しいな」
「パパと同じ事言ってるわ」
彼女は最近父親と顔を合わせる度に同じような事を言われ、まだ嫁がないでくれと泣き付かれているのだと言う。
「全く、まだまだ小さな妹がいるんだから、私の嫁ぎ先なんかより心配すべき事があるでしょう!って思う訳よ」
ぷつぷつ小さく愚痴ともつかな愚痴をこぼす彼女を見つめながら、純白のウェディングドレス姿の彼女を想像してみる。
今目の前にいる彼女が、ドレスを纏った姿を思い描いてみたのだが、その違和感の無さに、一瞬動揺すらしてしまった自分がいた。
女の子は、本当に成長が早い。
もうすぐ、この手から飛び立ってしまうのだろう。
もう、小さかったあの頃とは違うのだから。
願わくば、その日が一日でも遅い様にと祈ってしまう自分に、嫌気すら感じてしまいながら。
彼女の幸せすらも願えない程に、僕は捕らわれてしまっている様だった。
「私は大きくなったけど、グレイはやっぱり変わらないのよね」
何気なく言ったであろうその言葉が、グサリと刺さった。
「・・うん、僕はもう見た目で老いる事は無いからね。年は重ねているけれど、どれで死ぬ訳でも無いし」
――哀しかった。
彼女と共に老いる事すら出来ないと言う事実が。
同じ時間を共有しているように見えても、やはり僕は闇の世界の住人なのだ、と。
また、彼女を失ったら、僕は一人だ。
今までの様に、
彼女と出会う前の様に、一人だ。
一人が怖い訳では無かった。
怖いのは、彼女を失う事だ。
彼女を失う事が、僕の最も畏れている事だ。
「私も吸血鬼になれないのかしら」
「は?」
「だから、私もグレイと同じ、不老不死のヴァンパイアにはなれないのかしら」
いつもの会話のいつもの調子でとんでもない事を口にする。
「・・・・・無理だよ。僕が血を吸ったって、それで仲間になる訳じゃない」
それは前にも聞いたから分かってるんだけど。
そう言って、彼女は真剣な顔で膝を抱えた。
「・・・どうして、吸血鬼になりたいの?不老不死になりたいのかい?」
恐る恐る尋ねる僕に、彼女は当たり前の様な調子で答える。
「だって、そうすればグレイとずっと一緒にいられるじゃない」
一瞬、言葉を失った。
彼女が、僕と共に在る事を、さも当然の様に言ってくれたから。
本来僕達は交わる事の無い存在。
その僕を、ここまで純粋に無意識の中に住まわせてくれている彼女が、心から愛しくて。
彼女に触れたいと、本気で思った。
「ちょ、やだ!グレイ、どうしたのよ?」
彼女の慌てた声で引き戻される。
「どうしたの?どこか痛いの?」
そう言って、心配そうな顔で僕の頬を両手で包んでくれる。
彼女の瞳に映った自分を見て、初めて涙を流していた事に気付いた。
「全く、びっくりするじゃない。いきなり泣き出すんだもの」
「・・・・・・ごめん」
彼女の手を、昔の様に掴んで頬から離れないようにした。
「・・・変わってないわね、あなた」
そう言って、どこか嬉しそうに涙を拭ってくれる。
変わってないのは、君もだね。
昔も、こうやって僕の涙を拭ってくれた。
僅かの間雲に隠されていた月が顔を出し、再び彼女のブロンドを輝かせる。
太陽の下で、君を見てみたいと、本気で思う。
もし僕が人としての生を与えられていたのなら、その願いも叶えられただろうに。
僕に与えられている物は、実に不確かなものばかりだ。
一つだけ確かな物は、今目の前にいる彼女の存在くらいのものだ。
「ティナ」
僕は彼女の手を握り締めたまま。
「君と共に生きて行きたいな」
涙声で、さぞや不恰好であろう僕の言葉に、彼女は面食らったように、でもどこか予想していたような、不思議な表情で僕を見つめている。
「どうしたら、いいんだろうね僕は」
君をこちら側に連れてくるなんて出来ない。
僕がそちら側に行く術なんて知らない。
「こんなにも、ティナが好きなのに――」
言ってしまって、はっとした。
絶対この胸の内を明かしてはいけないと、自分に誓っていたから。
僕の想いは、彼女にとっての足枷にしかならないだろうから。
そろそろと彼女に視線を戻そうと、心を決めて首を動かしかけて――
ふわり。
柔らかく、引き寄せられる。
そして、彼女の唇が、僕のそれと重なった―――
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