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桃屋の創作テキスト置き場
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■Tina―僕の太陽―2■




 彼女の吐息が、僕の頬をかすめる。
 静かな静寂が部屋一帯を支配していて。
 僕は、一瞬何が起こったのか、理解出来ずにいた。
 そしてそのまま、小さく声を漏らす。
「――え?」
 柔らかな彼女の腕から開放され、するすると視線をあるべき場所――彼女の瞳へと移動させる。
「ティナ・・?」

 眼前に座る彼女は、とても綺麗だった。

「ティナ、何故・・・・?」
 僕は動けないままに問う。
 彼女は苦笑めいた、でもとても満足げな不思議な微笑みをたたえて、
「グレイ」
 僕の名前を呼んで、嬉しそうに、とても嬉しそうに僕の腕の中に滑り込んできた。
 胸の位置にある彼女の顔をなんとか正面から眺めようとしたが、ティナは離れる様子もなく、僕はすぐにそれを諦める。
 上から見下ろす格好になった。そのまま、僕は彼女を離さないように両腕の鎖の中に閉じ込める。
 
 彼女の頬に、朱が差しているのを見つけてしまった。



 もう僕は、壊れてしまいそうだ。



 心臓が高鳴る。
 気付かれたくないのに、でもしっかりと彼女の耳には届いてしまっているだろう。
 離したくない。
 このまま彼女を抱き締めたままでいたい。
 無理な願いなのは承知している。
 でも、僕は――

「グレイ」
 
 彼女の声が僕を呼ぶ。
 どこか真剣な、すこし切迫したような声だ。
「・・どうしたの?ティナ」
 僕の問いにも、彼女はすぐに口を開こうとはしない。
 しばらく考えるように瞼を閉じて、眉間にかすかにしわを寄せている。
「ティナ?」
「グレイは・・・」
 僕の言葉の語尾を打ち消すかのようにゆっくりと口を開く彼女。
 その声が、いつものそれとは異なっていた。
 僕は黙って、彼女の言葉の続きを待った。



「グレイは、人間になる気はない?」



 彼女の声だけが、耳に響いた。
 世界が一瞬、モノクロになる。
 黒い髪、黒いズボン、白いシャツの僕。
 金の髪、水色のブラウス、紺色のスカートの君。


 世界が、僕の視覚の中だけで再構成され、モノクロオムになる。


 いや、むしろそれは逆、なのだろうか。

「人間に、なる気はない?グレイ」
 ティナは僕を見上げ、しっかりと真摯な態度で僕の顔を覗き込んでくる。
 しかし――
「でも・・どうやって・・そんな方法、僕は知らない」
「調べたのよ」
 彼女はちょっと得意げに、どこかさびしそうに言った。


 彼女と同じように生き、老いて、死ぬことが出来る。
 考えただけで、頭の芯がとろけそうになるくらいの幸福だった。


「君と、ティナと一緒に生きられるのならどこへでも」
 そう、たとえ地獄だろうと。
 君がいるなら僕は後悔しない。
「ティナがいるなら」
 僕の言葉を黙って効いている彼女。
 そして彼女が、信じられない台詞を吐く。

「じゃあグレイ、私の事斬れるわね?」
「え?」
 意味がわからなかった。
「あなたが私を斬るのよ」
「・・・何故・・・」
 彼女はにっこりと笑って、
「それが人間になる方法なのよ」
 とだけいった。


 彼女の話を聞いた。
 強い眩暈を感じた。



 彼女はあらゆる手を尽くして、僕が人間になる方法を調べたのだという。
 いくつもの古文書を読み漁り、父親のコネまで使って、吸血鬼の情報を全て調べ上げたのだという。
 そして、一つの事例を発見する。
 昔、吸血鬼から人間になった男がいた、というのだ。
 
 僕はにわかには信じられなかった。
 信じたくなかった、というのが正しいかもしれない。

 
 その手段に、僕は激しく嫌悪したのだ。


「あなたが人間になれるなら、私は構わないわ」
「僕が構う。ティナ、僕はー」
「あなたになら、何をされても怖くないもの」
 僕の言葉を遮って、にっこりと微笑む。
 
「だめだよ、僕に君は殺せない」

 僕はうつむいて肩を振るわせた。


 吸血鬼が人間になる方法。
 それは、清らかな乙女の鮮血をその身に受ける、
 というものだった。
 そしてその乙女は、吸血鬼を心から愛する人間の乙女でなくてはならないのだ、と。


 要するに、愛する女を殺し、その返り血で人間へと転生する、といったところだろう。


 そんなこと、僕にはできない。
 そんなことをしてまで、人間になりたいとは思わない。

 君を失いたくないのだ。
 人間になりたいのではなく、君を失いたくないのだ。
 人間になることで、君を失うというのなら、それこそなんとも滑稽な話ではないか。

「でもね、私はあなたに太陽の輝きを見せてあげたいのよ」
「しかし・・」
「出来ない?」
「出来ないよ・・・」
 僕はうつむいたまま。
 彼女は僕を見上げたまま。
 結論が出るはずも無い。
 出せるわけが無い。

 君を放したくない。
 人間になればずっとそばにいられる。
 君を放したくない。
 人間になった時には、君はいない。

 絶望した。
 慣れきったはずなのに、絶望した。
 ティナ、彼女はいったいどこまで、僕の心の中で肥大するのだろう。
 抱えきれなくなりそうで、でもそれがいとおしくてしかたない。

「グレイは、私のこと好き?」
 いきなり投げかけられた、いささか幼い声に、僕ははっと顔をあげ、ゆっくりと答えてあげる。
「・・・好きだよ」
「私もあなたがすきよ」

 いつも聞いているはずの彼女の言葉に、背筋がぞくりと旋律する。
 手を伸ばしそうになるのを、必死におさえる。

「あなたが吸血鬼のままなら、私は一人で死ぬのね」

 彼女の言葉が、僕を突き刺す。
 ガラスの破片を、全身に突き立てられたような、いや・・


 心臓を、えぐられたような感覚。
 むしろ、本当にえぐられてしまったほうが幾分楽なんじゃないかと思えたほどだ。


「ティナ・・」
 僕は彼女の名前を呼ぶ。
 たったそれだけのことに、とても力を使った。
「でも、あなたもつらいんでしょう?」
 言って、僕の頬を優しく包む。
 初めて会った時から変わらない。
 こうされていると、僕は何も怖くなくなってしまう。


「あなたの子どもが欲しいわ」


 月明かりに照らされて、青白く輝く彼女の金髪、瞳、肌。
 なまめかしくさえ映る四肢。
 彼女は真剣な面持ちで言った。

「私のことを、抱いてちょうだい」

 泣きそうな声だった。
 でも彼女の瞳に涙は見て取れなかった。
「あなたと私が共に生きた、証拠がほしいの。
 あなたが私を愛してくれた証拠がほしいの。そうすれば」

 そうすれば、一人でも生きていける。
 いいえ、その子がいれば一人じゃない。

 私も、あなたも。


 彼女がそこまで言い終わると、部屋は再び静寂につつまれた。
 その部屋の窓際に、滑稽に佇む僕と、月明かりを浴びた女神の君。

 僕は考えることを放棄し、ただ彼女を想った。
 そして、きつく、彼女を抱き締めた。



 ◇



 夢のような夜だった。
 彼女の声が聞きたく、僕は何度も彼女をきつく抱き締めた。
 彼女の唇から発せられる僕の名前は、僕の中の毒を洗い流してくれるようで。

 月光を浴びた彼女は、さしずめ月の女神だ。
 彼女が消えてしまわぬように、
 僕はきつく、きつく、
 彼女を抱き締めた―――



 ◇



 隣で彼女が動く気配がした。
 どうやら眠ってしまったらしい。
 僕はまだ瞼を開けるのが嫌で、再び布団をひっぱり頭まですっぽりと隠す。

 気配だけで、彼女が着替えをしているのだ、という事が分かった。
 そして、着替えが終わったらしい彼女がこそこそとベッドに近づいてくる。
 いきなり、ぐい、とシーツが引っ張られ、ベッドから転げ落ちそうになる。
「あ・・・ごめん、グレイ」
「・・・・・・・・んん」
 彼女は申し訳なさそうに、恥ずかしそうにシーツを抜き取った。

 ―――ああ、そうか。

 ようやく僕は半分覚醒した頭で彼女の行動の答えを見つけ、いささか赤面する。

 カーテンの隙間から漏れてくる光が、窓辺に立った彼女と僕の頬を照らす。
「まさか・・・」
「どうしたの?」
 いまだベッドの上でごろごろしている僕とは対照的に、きっちり洋服を着込んでいる彼女。
 その彼女の表情が、何故か強張っていた。
「ティナ・・・?」
「グレイ、いい?」
「何が?」
 ティナは驚いたような、興奮したような、そんな表情で僕を見つめ、

 ――しゃっ!

 景気の良い音を立てて、彼女は一気にカーテンを開ける。
 部屋中に零れ落ちてくる、朝の太陽の光。

「あ・・!」
 僕は反射的に光を避けようと、顔を腕で覆い―――
「・・・・・・・・へ?」
 しばらくして、なんとも間の抜けた声を発した。

「グレイ!すごいわ!!」
 ティナが涙目になりながら頬を真っ赤に染めて微笑んでいる。
 僕はと言えば、一体何が起こったのか分からず、ただしばし呆然と自分の腕や窓やらを眺めていた。
 ようやく、掠れた声を絞り出す。
「火傷・・・してない・・ね」
 吸血鬼である僕は、太陽の光にあたると大火傷を被ってしまう。
 だから、いつも暗闇の、夜の世界で暮らしてきた。
 なのに、今僕が見ている自分の両手は、初めて見るものの様な色をしている。


 太陽の光に照らされて。


「グレイ!」
 彼女は窓際から僕の座るベッドまで一目散にかけてきて、僕の横に腰掛ける。
「まさか・・・」

 僕は自分の両手をしげしげと見つめ、窓から入り込む太陽の日差しを観て、やっと、やっとどういうことかを認識する。
「な・・なんで・・」
 呟いて脳をフル稼働させる。

 人間になるには、清らかな乙女の鮮血浴びなきゃいけないはずで・・・
 清らかな乙女の・・鮮血を・・・

 そこまで思案して、僕ははっと赤面する。
 そのままそろそろと彼女に視線を移すと、彼女も同じ考えに至ったのか、頬を真っ赤に染めて、上目遣いに僕に助けを求めてきた。

 ――まあ、その・・そういうこと・・・なんだろうなあ・・・




 僕は彼女を見つめた、
 彼女も僕を見つめた。
 そして静かに、僕は彼女の、ティナの唇に自分の唇を重ねる。
 
 部屋は太陽の光に反射して光り輝いていた。

 
 僕はティナを抱き締めた。
 彼女は声をあげて笑った。
 
 僕たちは、これからずっと一緒にいられるのだ―――

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