桃屋の創作テキスト置き場
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■髑髏城の七人-アオドクロ- 血潮の唄■
―――嗚呼、燃えて行く。
轟轟と音を立てて、柱が、屋根が、全てが燃えて行く。
私は、
私達は、あの御方の寝室に入り、
そして。
其処で舞うあの御方を、
地獄の業火の中、一振りの舞を、優雅に舞われるあの御方を見付ける。
◇
爆ぜる火の粉の中、静寂が、その場を支配して居た。
「光秀様に因る、御謀反(ごむほん)で御座います」
蘭丸が、苦し気に、苦々しく告げた。
「此れが」
――嗚呼、あの御方の声が聞こえる――
「此れが、天を目指した者への最後の仕打ちか」
雄雄(しく、凛凛しく。
拡がった静寂の中、水面に一滴の雫が落とされる様に。
「光秀め」
そう言うと、口を結び、何処か不思議な表情に成る。
自嘲的とか、そう言った類の物では、少なくとも、無い。と、思う。
私には、其れが全く理解出来無かった。
「殿!」
蘭丸の痛々しい叫び声が耳を突く。
「どうか、どうかこの蘭丸も共に!殿と共に!」
泣き叫ぶ、未だ幼さの抜け切らぬ細い体躯の人斬りに、あの御方は静かに一喝する。
「成らぬ」
「何故です!?」
「分からぬか」
「分かりませぬ!」
細い身体を震わせて、半狂乱の様に、子供の様に泣き叫ぶ。
今にも、あの御方に飛び掛りそうな勢いで。
其れを横に立つ“地”が、必死に抱えて止めて居る。
大粒の涙を止め処無く溢れさせて居る蘭丸に、あの御方は僅かに優しげに目を細め、
「蘭」
と一度だけ名を呼び、其の紅潮した頬に微かに触れ、“地”に視線を移す。
「“地”よ、やれ」
「―――は」
あの御方の言葉に、僅か一瞬躊躇(ためら)い、しかし直ぐに蘭丸の鳩尾に拳打を入れ、気絶させる。
“地”――、私と同じ、あの御方の、“影”―――。
「俺にも解かりかねます。何故、殿も御寵愛深きこの蘭丸、殿の道行きにお連れに成りませぬ」
“地”が、眉を顰めて。
苦痛の表情で。
「痴れ者が」
あの御方は、場にそぐわない様に、実に愉快そうに笑った。
「私を誰と心得る。私は織田信長ぞ」
「しかし!」
「地獄への」
“地”の言葉を、あの御方が遮る。
「地獄へ道行きなぞ一人で事足りる。供の者等要らぬ。地獄の鬼共に哂われようぞ」
そう言って、笑う。
蘭丸をその腕に抱いた“地”の表情には、絶望の色が濃い。
「わたくしが参りましょうぞ、殿」
初めて凍り付いて居た自らの四肢を解き放ち、唇に言葉を乗せる。
「わたくしが参りましょうぞ。その為の“影”で御座います」
跪き、頭を垂れて。
「この“人”が、殿の代わりに地獄へ、一足先に参ります」
“地”が、私を見る。
あの御方が、私を見る。
「この“人”が」
――貴方が存在しない世等、意味が無いから――
「ふふふはははははは」
あの御方が、“地”を、私を見遣って、矢張り愉快そうに笑う。
そして、
「愚かな――」
びくり、と身体が跳ねるのが、空気の振動で伝わって仕舞っただろうか。
「これが“時”なのだよ」
「―――は?」
「これが“時”と言うものなのだ」
「殿・・・?」
あの御方の言葉の真意が理解出来ぬのに、あの御方は其れすら可笑しそうに笑って居る。
「“地”よ、“人”よ、主等は私では無い」
慈愛に満ちた様な表情で。
しかしその言葉は私に突き刺さる。
あの御方の“影”である私に酷く突き刺さる。
「私は、織田信長は、私一人だ」
“地”は唇を噛んで、あの御方を見詰めていた。
私は、私はただ目を見開いて――
「見るが良い。織田信長最後の瞬間を。
しっかとその眼に焼き付けるが良い。
天は死なぬ。天は滅びぬ。我は天だ。
再びこの地に舞い戻ろう」
あの御方はそう言うと、
自らの腹を自らで、
天の字に、切り裂いた。
「殿!」
「殿!」
私と、“地”の声が重なる。
刹那――
あの御方の首が、
あの御方自らの手に縁って、
飛んだ。
轟轟と焔が勢いを増す。
柱が、全てが崩れて行く音が聞こえる。
燃えて居る。
本能寺が燃えて居る。
あの御方が
あの御方が燃えて仕舞(しま)う。
「あ・・ああ・・」
知らずに喉の奥から空気が漏れる。
もう私は瞬きすら忘れて仕舞った。
「あああああああああああ!!」
私は、天を突く様に絶叫した。
「殿!殿!嘘で御座いましょう殿!起きて下さいませ殿!殿!!」
あの御方に縋り付き、あの御方の血を全身で吸い、あの御方を緊く緊く抱いて。
「殿!」
轟轟と本能寺が燃えて行く。
あの御方が燃えて行く。
「“人”!此処も崩れる!早く!」
“地”が私の弛緩仕切った腕を掴む。
私とあの御方が引き離されて仕舞う。
「離せ・・・離せええええ!」
「馬鹿野郎!殿の想いを無碍にする気か!」
“地”が、私と蘭丸を抱えて、無理矢理に疾り出す。
轟轟と燃える。燃える。
燃え盛る焔の中、私は、確かにあの御方を見た気がした。
殿だ。
舞い戻って来て下さったのだ。
殿の御言葉通り、この地に舞い戻って来て下さったのだ。
其処で、私は意識を手放した――
◇
気付くと、其処は最早私の知る本能寺では無かった。
上体を起こし視線を横に落とすと、“地”と蘭丸が折り重なる様にして気を失って居た。
「・・・生き延びて仕舞ったと言うのか・・おめおめと、この私だけ・・」
――貴方の存在しないこの世等、生きて居ても仕方が無いのに――
「“人”」
何時の間に起き上がったのか、膝に蘭丸を抱えたまま、“地”が口を開く。
私と同じ、あの御方の顔で、私に話し掛ける。
「殿は俺達に『生きろ』と言ったのだよ」
「――馬鹿馬鹿しい」
同じ“影”で在りながら、“地”と相容れる事は無いのだろう、と思う。
“地”は既に、生きる意志を持った瞳で私を見て居る。
自らで自らを生きて行こうとして居る。
私は、
私は、“地”の様には成れぬ。成らぬ。
そして其のまま、私は歩き出した。
あの御方の血で深紅に染まった着物のまま、歩いた。
本能寺を、
殿を探して、歩いた。
「――殿――」
貴方の存在しないこの世で、私が生きて行く事に、一体何の意味が在るのか。
「――殿――」
貴方の其の雄雄しき声。
「――殿――」
貴方の其の精悍な面差し。
「――殿――」
貴方の其の気高き魄。
貴方が存在しないのなら、この世に最早意味等無い。
「殿――っ」
貴方以外に欲する物等、何一つ無いと言うのに。
貴方を失ってすら生きる事こそが、地獄であると言う事もあると言うのに。
どれ位、歩いたのだろうか。
そう言えば、何時からかずっと裸足だった様だ。
足は血みどろに成っている。
だが、其れすらも如何でも良い事でしか無い。
空に黒雲が拡がり、大粒の雫を落として泣き出す。
あっと言う間に其処彼処に水が溜まる。
ふっと其処に、殿の姿を見た気がした。
――嗚呼そうだ。殿はこの地におわせられるのだ――
ふらふらと覚束無い足取りで進む。
殿の元へ。
泥濘に足を捕られ、其のまま転倒する。
――殿はこの地におわせられるのだ――
そう想うだけで、頭の芯が蕩けて行く。
雨はもう、止んでいた。
倒れ伏して居たままであった私は、身を起こし、小さな水溜りを覗き込む。
其の中に在るのは、焼かれた一つのされこうべ。
見紛う筈が無い。あの御方の―――
私は眼が落ちる程にも目を見開いたまま、視線を泳がせた。
まさか。
あの御方の筈が無い。
あの御方はこの地に未だおわせられるのだ。
――では?
頭の中だけで問い掛けられる疑問符。
――では、あの御方は何処に?
震える手で土を掴む。
されこうべの水溜りを再び覗き込む。
水面に映し出されたのは、私の、
あの御方の、顔。
「―――其方に―――」
声が震え、手が震え、四肢が震える。
一度も流した事の無い涙が頬を伝う。
水面のあの御方の顔を見詰めて。
「其方におわせられましたか―――」
私は両手であの御方のされこうべを抱き、
両の眼で水面のあの御方の顔を見る。
何と素晴らしい。
今此処には確かにあの御方が居る――
私はされこうべを抱き、水面に手を差し伸べて、
「其方におわせられましたか、殿―――」
髑髏城の七人-アオドクロ- 血潮の唄 終わり
―――嗚呼、燃えて行く。
轟轟と音を立てて、柱が、屋根が、全てが燃えて行く。
私は、
私達は、あの御方の寝室に入り、
そして。
其処で舞うあの御方を、
地獄の業火の中、一振りの舞を、優雅に舞われるあの御方を見付ける。
◇
爆ぜる火の粉の中、静寂が、その場を支配して居た。
「光秀様に因る、御謀反(ごむほん)で御座います」
蘭丸が、苦し気に、苦々しく告げた。
「此れが」
――嗚呼、あの御方の声が聞こえる――
「此れが、天を目指した者への最後の仕打ちか」
雄雄(しく、凛凛しく。
拡がった静寂の中、水面に一滴の雫が落とされる様に。
「光秀め」
そう言うと、口を結び、何処か不思議な表情に成る。
自嘲的とか、そう言った類の物では、少なくとも、無い。と、思う。
私には、其れが全く理解出来無かった。
「殿!」
蘭丸の痛々しい叫び声が耳を突く。
「どうか、どうかこの蘭丸も共に!殿と共に!」
泣き叫ぶ、未だ幼さの抜け切らぬ細い体躯の人斬りに、あの御方は静かに一喝する。
「成らぬ」
「何故です!?」
「分からぬか」
「分かりませぬ!」
細い身体を震わせて、半狂乱の様に、子供の様に泣き叫ぶ。
今にも、あの御方に飛び掛りそうな勢いで。
其れを横に立つ“地”が、必死に抱えて止めて居る。
大粒の涙を止め処無く溢れさせて居る蘭丸に、あの御方は僅かに優しげに目を細め、
「蘭」
と一度だけ名を呼び、其の紅潮した頬に微かに触れ、“地”に視線を移す。
「“地”よ、やれ」
「―――は」
あの御方の言葉に、僅か一瞬躊躇(ためら)い、しかし直ぐに蘭丸の鳩尾に拳打を入れ、気絶させる。
“地”――、私と同じ、あの御方の、“影”―――。
「俺にも解かりかねます。何故、殿も御寵愛深きこの蘭丸、殿の道行きにお連れに成りませぬ」
“地”が、眉を顰めて。
苦痛の表情で。
「痴れ者が」
あの御方は、場にそぐわない様に、実に愉快そうに笑った。
「私を誰と心得る。私は織田信長ぞ」
「しかし!」
「地獄への」
“地”の言葉を、あの御方が遮る。
「地獄へ道行きなぞ一人で事足りる。供の者等要らぬ。地獄の鬼共に哂われようぞ」
そう言って、笑う。
蘭丸をその腕に抱いた“地”の表情には、絶望の色が濃い。
「わたくしが参りましょうぞ、殿」
初めて凍り付いて居た自らの四肢を解き放ち、唇に言葉を乗せる。
「わたくしが参りましょうぞ。その為の“影”で御座います」
跪き、頭を垂れて。
「この“人”が、殿の代わりに地獄へ、一足先に参ります」
“地”が、私を見る。
あの御方が、私を見る。
「この“人”が」
――貴方が存在しない世等、意味が無いから――
「ふふふはははははは」
あの御方が、“地”を、私を見遣って、矢張り愉快そうに笑う。
そして、
「愚かな――」
びくり、と身体が跳ねるのが、空気の振動で伝わって仕舞っただろうか。
「これが“時”なのだよ」
「―――は?」
「これが“時”と言うものなのだ」
「殿・・・?」
あの御方の言葉の真意が理解出来ぬのに、あの御方は其れすら可笑しそうに笑って居る。
「“地”よ、“人”よ、主等は私では無い」
慈愛に満ちた様な表情で。
しかしその言葉は私に突き刺さる。
あの御方の“影”である私に酷く突き刺さる。
「私は、織田信長は、私一人だ」
“地”は唇を噛んで、あの御方を見詰めていた。
私は、私はただ目を見開いて――
「見るが良い。織田信長最後の瞬間を。
しっかとその眼に焼き付けるが良い。
天は死なぬ。天は滅びぬ。我は天だ。
再びこの地に舞い戻ろう」
あの御方はそう言うと、
自らの腹を自らで、
天の字に、切り裂いた。
「殿!」
「殿!」
私と、“地”の声が重なる。
刹那――
あの御方の首が、
あの御方自らの手に縁って、
飛んだ。
轟轟と焔が勢いを増す。
柱が、全てが崩れて行く音が聞こえる。
燃えて居る。
本能寺が燃えて居る。
あの御方が
あの御方が燃えて仕舞(しま)う。
「あ・・ああ・・」
知らずに喉の奥から空気が漏れる。
もう私は瞬きすら忘れて仕舞った。
「あああああああああああ!!」
私は、天を突く様に絶叫した。
「殿!殿!嘘で御座いましょう殿!起きて下さいませ殿!殿!!」
あの御方に縋り付き、あの御方の血を全身で吸い、あの御方を緊く緊く抱いて。
「殿!」
轟轟と本能寺が燃えて行く。
あの御方が燃えて行く。
「“人”!此処も崩れる!早く!」
“地”が私の弛緩仕切った腕を掴む。
私とあの御方が引き離されて仕舞う。
「離せ・・・離せええええ!」
「馬鹿野郎!殿の想いを無碍にする気か!」
“地”が、私と蘭丸を抱えて、無理矢理に疾り出す。
轟轟と燃える。燃える。
燃え盛る焔の中、私は、確かにあの御方を見た気がした。
殿だ。
舞い戻って来て下さったのだ。
殿の御言葉通り、この地に舞い戻って来て下さったのだ。
其処で、私は意識を手放した――
◇
気付くと、其処は最早私の知る本能寺では無かった。
上体を起こし視線を横に落とすと、“地”と蘭丸が折り重なる様にして気を失って居た。
「・・・生き延びて仕舞ったと言うのか・・おめおめと、この私だけ・・」
――貴方の存在しないこの世等、生きて居ても仕方が無いのに――
「“人”」
何時の間に起き上がったのか、膝に蘭丸を抱えたまま、“地”が口を開く。
私と同じ、あの御方の顔で、私に話し掛ける。
「殿は俺達に『生きろ』と言ったのだよ」
「――馬鹿馬鹿しい」
同じ“影”で在りながら、“地”と相容れる事は無いのだろう、と思う。
“地”は既に、生きる意志を持った瞳で私を見て居る。
自らで自らを生きて行こうとして居る。
私は、
私は、“地”の様には成れぬ。成らぬ。
そして其のまま、私は歩き出した。
あの御方の血で深紅に染まった着物のまま、歩いた。
本能寺を、
殿を探して、歩いた。
「――殿――」
貴方の存在しないこの世で、私が生きて行く事に、一体何の意味が在るのか。
「――殿――」
貴方の其の雄雄しき声。
「――殿――」
貴方の其の精悍な面差し。
「――殿――」
貴方の其の気高き魄。
貴方が存在しないのなら、この世に最早意味等無い。
「殿――っ」
貴方以外に欲する物等、何一つ無いと言うのに。
貴方を失ってすら生きる事こそが、地獄であると言う事もあると言うのに。
どれ位、歩いたのだろうか。
そう言えば、何時からかずっと裸足だった様だ。
足は血みどろに成っている。
だが、其れすらも如何でも良い事でしか無い。
空に黒雲が拡がり、大粒の雫を落として泣き出す。
あっと言う間に其処彼処に水が溜まる。
ふっと其処に、殿の姿を見た気がした。
――嗚呼そうだ。殿はこの地におわせられるのだ――
ふらふらと覚束無い足取りで進む。
殿の元へ。
泥濘に足を捕られ、其のまま転倒する。
――殿はこの地におわせられるのだ――
そう想うだけで、頭の芯が蕩けて行く。
雨はもう、止んでいた。
倒れ伏して居たままであった私は、身を起こし、小さな水溜りを覗き込む。
其の中に在るのは、焼かれた一つのされこうべ。
見紛う筈が無い。あの御方の―――
私は眼が落ちる程にも目を見開いたまま、視線を泳がせた。
まさか。
あの御方の筈が無い。
あの御方はこの地に未だおわせられるのだ。
――では?
頭の中だけで問い掛けられる疑問符。
――では、あの御方は何処に?
震える手で土を掴む。
されこうべの水溜りを再び覗き込む。
水面に映し出されたのは、私の、
あの御方の、顔。
「―――其方に―――」
声が震え、手が震え、四肢が震える。
一度も流した事の無い涙が頬を伝う。
水面のあの御方の顔を見詰めて。
「其方におわせられましたか―――」
私は両手であの御方のされこうべを抱き、
両の眼で水面のあの御方の顔を見る。
何と素晴らしい。
今此処には確かにあの御方が居る――
私はされこうべを抱き、水面に手を差し伸べて、
「其方におわせられましたか、殿―――」
髑髏城の七人-アオドクロ- 血潮の唄 終わり
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