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桃屋の創作テキスト置き場
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■神と交わりし者■




 水の流れる音が、聞こえている。
 薪のくべられた炎は、より一層その激しさを増し、まだ微かに薄暗さの残る辺り一面を、金色の一枚の絵画の如く染め上げる。
 
 巫女は、いつもの様に水の流れの比較的緩やかな所で禊をしていた。
 その顔には、幾分の疲労が見て取れる。
 一昨日、祠の中央部ー水薙の神を祀る祭壇の前で、巫女の内に水薙の神が降り立ったのだ。
 その場に居合わせた姉巫女や長老の神官は、我が目を疑い、後にようやっと、微かな声を絞り出した。



 小さな村である。
 巫女が水薙の神と交わった、等と言う噂は、洩らさぬ様努めても、一刻の内には皆の知る所となった。
 皆は、巫女と水薙の神が交わった事を手放しに喜んだ。
 名も無き小さき村の一介の巫女が、大いなる神を内に宿したのである。
 これが騒がぬ筈もない。
 村は、歓喜の声に埋まった。
 
 人々は、口々に水薙の神と交わった巫女を誉め、崇め、奉った。
 しかし、当の巫女は自らの行った事の重大さを、よくは理解していなかった。
 それをするには、巫女はまだ幼く、世界に対して無知であった。
「姉様、私のした事が、何故こうも皆を騒がせるのですか」
 巫女は、まだ幼さの抜け切らぬあどけない顔で、姉巫女に尋ねた。
「・・・お前は、我らが崇めし水神、水薙の神を交わったのだよ。我らが村に神が降りた。皆は、その事を讃えておるのじゃ」
 巫女は、首をかしげ、それが一体如何程の事であろうか、と言った表情で立ち上がった。
「姉様、私禊に行って参ります」
 そう言って、一つ会釈して巫女は祠を出た。
 その小さき背には、姉巫女の視線が注がれていた。




 巫女は、透き通る冷水の中、静かに言霊を唱える。
 その腕、額に入れられた呪眼の入れ墨が、水飛沫と共に反射し、白い肌をより一層輝かせる。
 巫女は、小さな声で歌を歌いながらその長い髪を梳いた。
 若干十三歳の幼い娘である。
 巫女と言う立場とは言え、自らの身形が気にならぬ筈も無い。
 小さな紅の唇から零れ落ちる言の葉に、風が凪ぐ。
 刹那、一時前までは愉しげに口ずさんでいた歌が、止まった。
 今迄とは打って変わり、真剣な、巫女本来の表情で。
「・・・・・何かが・・・来る」
 そう呟き、空を見上げた。
 確実に藍から薄水に明けて行く空。いつも通りに透き通っている。
 しかし、何かがいつも異なっていた。
 「気」が、いつものそれと異なっていたのだ。
 刹那、背後で動く一つの、影ー
「何者!」
 巫女は凛とした声を張り上げ、辺りに気配を走らせる。
 ごく僅かな静寂が、その場を包み込む。
 巫女は、その視線を向けるべき場所へと移した。
 気配が、交錯する。
 瞳を、僅かに細め、巫女はそれと対峙する。
「・・・・何者だ」
 巫女は、微動だにせぬままに眼前に佇む男に問う。
 男は、答えぬままである。
「何者だ」
 巫女は、再び同じ問いを男に投げかけた。

「・・・・我が名は、蒼嶺」
 男は、ゆっくりと口を開いた。
「その蒼嶺が、一体何の用だ」
 巫女は一歩、後退した。
 男の放つ言い知れぬ重みを含んだ「気」に当てられたのだ。
 男は、抜き身の剣を右手にぶら下げたまま、じりじりと巫女に詰め寄って来る。
 そして、男は静かに吠えた。
「神をその身に宿らせし、水薙の巫女の御霊を頂きに、参上仕った」
 男は顔色一つ変える事無く、淡々と言葉を放った。
「言え!何故我が御霊を欲するか!」
 巫女の頬を、一筋の冷や汗が伝って行った。
 その間にも、男はゆっくりとではあるが着実に歩を進めている。
 そして、未だ魂の篭らぬ様な顔で言葉を紡ぐ。
「無論、その御霊持て、我が生国の巫女に、水薙の神、宿らせるまで」
 男は、哂った。
 その笑みに含まれていたのは、狂気ともう一つ、何がしかの感情。
 巫女には、そのもう一つの感情を読み取る事が出来なかった。
 故に、巫女の身体は冷たく緊張していた。
「・・・・覚悟」
 蒼嶺が静かな声音で吠える。
 巫女は弾かれた様に、咄嗟に言霊を唱え、印を結ぶ。
 呪眼の入れ墨が、微かに淡い光を放つ。
 巫女の能力である。本来その場に存在し得ないモノを、この地に呼び寄せ具現させる力。
 巫女は自らの腕に力を収束させる。
 刹那、二人の影が交差する。
「なっ・・!!」
 驚愕の声を上げたのは、男の方であった。
「眠れ」
 一言そう言い放つと、素手で受けた剣をひねって男から奪い、同時にみぞおちに手刀を放つ。
「・・・ぐっ」
 男は言葉無く崩れ落ちた。
 巫女は剣を投げ捨て、崩れて来た男の身体を両腕で支える。
 しかし、細い巫女の腕では支え切れず、そのままずるずると地面に座り込んだ。
 巫女は、男が正常に呼吸をしている事を確かめ、小さく呟く。
「何故・・・誰からの命でこの様な・・・」
 未だ険しい表情のまま、男に視線を落とす。
 その顔には、策に失敗した罪悪感、絶望感等は少なくとも見て取れなかった。
 むしろ、安堵の表情である。
 全てから開放された、母の腕で眠る様な安堵の。
「・・・・?」
 巫女は首を傾ぐ。
 安堵の表情を浮かべるべきは、この男ではなくむしろ自身なのでは無かろうか。
 巫女は汗で湿った男の額を撫で上げた。
「傷・・・」
 男の身体、その至る所に存在する古い傷跡に目を落として。
 長年、徐々に蓄積されて行った筈の、言葉無き傷跡である。
 これが、この男の叫びに聞こえた気がした。
 まだ若干幼さの残る端整な面差しである。
 或いは、十三の巫女と、然したる違いは無いかも知れない。
「・・・・死にに来たのか・・蒼嶺よ・・・?」
 そう言って、男の背を撫ぜる巫女の背後で、ようやっと昇り切った柔らかな朝の日差しが、二人を包んでいた。

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■神と交わりし者 2■




 男が目を覚ましたのは、それから半刻程経過した後であった。

「・・・・う・・」
 小さく身動ぎして起き上がる。
 その表情には、絶望と驚愕の色が濃い。
 巫女は、男の額から外した布を冷水で絞っていた所であった。
「やっと気付いたか」
 巫女はまるで何事の無かったかの様に男に微笑いかけた。

「何故、何故俺は生き永らえている!?」
 男は酷く憤慨した様子で巫女を問い質した。
 恐らく、強く掴まれた肩の痛みにだろう。巫女は一瞬顔を顰めたが、そのまま静かに言葉を紡いだ。
「分からぬ訳でも無かろうに。私がお主を生かした。ただ、それだけの事だ」
 男を、男の瞳を見つめて、言った。
 男は微かに巫女から視線を逸らせて巫女に詰め寄った。
「ならば問う。何故俺を生かした?」
 巫女は苦笑した。
「私にはお主を殺める事が出来なかっただけの事じゃ」
「何・・・?」
 男はあからさまに動揺の色を濃くした。
 巫女は再び苦笑した。
「殺生は、好まぬ。例え、我が身に害を成す者であったとてな。
 それにー」
 
 巫女は視線を逸らしていた男の顎に右手を寄せ、無理やりにその顔を向けさせ対峙する。
「あれが、お前の真の心であったとは思えぬが?」
「な、何を言う!あれは!」
 男は顎に当てられた掌を振り解き、憤怒の声を上げる。
 しかし、僅かにではあるがその声が震えている。
 巫女は、男の瞳をただ真っ直ぐに見据えた。
「ならば問う。お前のその傷、何故のものか」
「・・・・・・・」
 男は答える事が出来なかった。ただ巫女の肩を掴んでいるその両手に力を込める他無かった。


「死に急ぐ事は無かろう、蒼嶺よ」


巫女のその言葉に、しかし男は語調を荒立て、
「お前に何が分かる!?生れ落ちたその刹那より虐げられ、嘲られ、疎ましがられる苦痛が!」
 捲し立てる男に、巫女は静かに一喝する。

「分からぬさ」
 冷たく放たれた巫女の言葉に、男はびくり、と身を竦めた。
「お主の痛みはお主にしか分からぬ。逆に、私の想いはお主には分からぬ」
 巫女は、冷水できつく絞った布で、未だ汗の引かぬ男の額を拭いてやる。
「道理ではないか?蒼嶺よ」
 屈託の無い、何も恐れぬ様な笑顔であった。
 男は、自らの内を知らぬままに曝け出した様な気分になり、バツが悪そうに眉を顰めた。
「・・・しかし、俺はただ、死んで手柄をと・・・」
 消え入りそうな小声で言うと、男はがっくりと床に膝を着いた。巫女のか細い肩に腕を回し、微かにその体躯を震わせた。
 巫女は、目を細めて男の首に腕を回した。
「辛かったか」
 巫女の誰にともない様に呟かれた言葉に、男は腕の力を込めて縋り付いた。
 そして無言で、頷いた。
「心細かったか」
 男が、巫女の背を貪る様に掻き抱く。
 幼子が母に、絶対の母に縋るかの様にも見えた。
「居ろ。お主が望むのであれば」
 巫女は男の艶やかな髪を撫ぜながら、再び、小さく呟いたのだった。



 風が、啼いておる・・・
 姉巫女は、自らの祠の中、座禅を組んだまま。
 外を緩やかに流れている風の色に、目をやった。
 何故じゃ・・・・
 姉巫女は、激しい嫉妬を内に抱えていた。
 しかし、それに姉巫女は気付いてはいなかったが。
 それ故、姉巫女の思考は徐々に良からぬ方向へと向かって行く。
 何故、あの娘に可能な事が、この私には出来ぬと言われるか・・・
 姉巫女は、何時しか、自らが眺め、清めていた風の色にも目をくれないでいた。
 私には、神と交われぬとでも言うのか・・・
 姉巫女の嫉妬は、何時しか妹巫女への憎悪へと摩り替わって行った。
 あやつが居なくなりさえすれば、或いは・・?
 神の寄る「器」が無くなりさえすれば、もしくは自らにも神が降り立つのではなかろうか。
 そんな風にさえ考えた。
「あの巫女さえ、この地に存在して居なければ」
 姉巫女は、狂気を含んだ笑みを浮かべていた。
「あの巫女さえ、消えてしまえば」
 クスクスと、場にそぐわない愉しげな笑い声を漏らす。
 姉巫女の気は、既にかつてのそれでは無くなっていた。
「あの巫女さえ・・・・」
 姉巫女の顔には、嫌らしい憎悪の笑みが。
 同時に、無邪気な子供の様な笑みが。
 自らそうと知る事のないまま、姉巫女の顔にべったりと張り付いていた。

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■神と交わりし者 3■




 巫女は、自らの祠から少し離れた所で、ざわついた守部の気を鎮めていた。
 
 ・・・・・そう騒ぐな。
 ・・・・・浄化の印を結ぶから。

 巫女は、守部達にそう呼び掛けていた。
 自然界に住まう守部達は、何がしかの不穏な「気」が巫女に近づきつつある、と。
 何度もそう叫んでいた。
 早くせぬと、何やら災厄な事態が襲うやも知れぬ、と。
 何度もそう叫んでいた。
 巫女は、そう騒ぐ守部達を鎮めるのに、神経を集中させていた。
 しかし、いかにまだ幼いと言えども、やはり一介の巫女である。
 守部以外の「気」が近づいて来たのであれば、それを読み取り、その存在に気付く事等、造作も無かった。
 姉巫女は、足音すら立てずにすらり、と巫女の背後に立った。
 しかし、足音を忍ばせてあったとて、気を絶っていた訳では無い。
 巫女は、やはりすぐさま姉巫女の存在に気付き、振り返って声をかけた。


「姉様、どうなされました?」
 振り返って問う巫女に、しかし姉巫女は答えようとする素振りすら見せない。
「姉様?」
 巫女は、自らの言葉に僅かにでも反応しない姉巫女に、再び声をかけた。
 よほど訝しげな顔でもしていただろうか?
 姉巫女は苦笑めいた微笑みを漏らした為、巫女は首を傾いでそんな事を考えた。
 無論、姉巫女の本心がどこにあるかも知らずに、である。
「姉様・・・・・?」
 巫女が、再びそう呟いた。
 刹那、巫女は息を飲む。
 姉巫女の、その手に握られている物が、何であるかを理解してしまった為である。
「姉様・・・・」
 巫女は掠れた声を絞り出し、やっとの事でそれだけを言う。
 姉巫女が手にしていたのは、あの蒼嶺が先程巫女を襲った剣であった。
 ・・・・倒れ来る蒼嶺に意識を持っていかれ、剣は蒼嶺の手を抜け落ちて後、失念していた。
 巫女は、内心ほぞを噛んだ。
 あの剣で・・・・
「何を・・・なさるおつもりですか・・・」
 いくら血が繋がっているとは言え、姉巫女のその不安定な「気」から察するに、恐らく自らの身は危険であろう事が、簡単に予測出来た。
 ・・・・お前達が騒いでいたのはこれか?守部達よ・・・
 巫女は僅かずつではあるが後退して行く。
 姉巫女は、場違いに微笑みを湛えた美しい顔で、抜き身の剣をぶら下げてよろよろと歩を進める。

 
 顎を、一滴、水滴が転がり落ちる。
 寒気が、した。

 
 外気が冷えて来た訳ではない。
 姉巫女の放つ不安定な「気」に、巫女自身が飲み込まれんとするのを避け、そこから感じ取った姉巫女の意識そのものの温度である。
 もはや、自らの慕い、敬った姉巫女の面影は、少なくとも見ては取れなかった。
「姉様・・・・お止め下さい」
 巫女はずりずりと後退しながら、必死に姉巫女に懇願する。
 自らの魂が惜しいとか、そんな事はこの最中、実は全く頭をよぎる事すら無かった。
 ただ、姉巫女の御霊が穢れるのを、必死に避けたがっていたのだ。
「姉様、お止め下さい」
 ここになって、巫女は初めて姉巫女の瞳を凝視した。
 その栗色の眩き瞳には、最早かつても色は欠片も残ってはおらず。
 その事実が、巫女を窮地に追いやる。
 巫女に、神の巫女である彼女に、殺生等考えも及ばなかった。
 元来、優しき心持つ娘である。
 自らを差し出してでも、姉巫女を救いたかった。


「姉様」
 巫女の足が、止まった。
 流れの速い、川岸ぎりぎりまで辿り着いてしまっていた。
「お前さえ、のうなってしまえば・・・・」
 姉巫女は、悲しみの眼を向ける巫女に、むしろゆったりと言葉を紡ぐ。
「のうなってしまいさえすれば・・・」
 その顔には、歓喜の表情。
 姉巫女は、微笑みながら。
 巫女に向かい、その鋭い剣を振り翳す。
 

 最早、ここまでか・・・
 

 巫女が哀しげに目を細め、両の瞼を閉じた瞬間―――
 剣が、虚空を斬る音を微かに耳に届く。
 そして、肉を引き千切るような鈍い、耳を背けたくなる様な音。

「ぐっあぁ!」
 
 呻き声が、上がった。
 搾り出すように、歯を食いしばっても漏れてしまったであろう声。

 巫女は、自らが発したものではないその声に、急いでその瞳を見開く。
 その大きな眼に映ったのは、剣を持ったまま返り血を浴び呆然として立ち尽くしている姉巫女。


 そして――
 そして、その姉巫女と自らの間に立ちはだかり、ゆっくりと崩れ落ちて行く、一人の、男―――
「え・・・・」
 巫女は、一瞬自らの眼前で起きている出来事を理解出来なかった。
 いや、むしろ理解は刹那、していたのだろう。
 したくなかった、と言う方が適切かも知れない。
 巫女は、自らの前に立ち、その体躯で剣を受け止めた男が、ゆっくりと崩れ落ちるのを。
 ただ、
 ただ、立ち尽くしたまま、見つめていた。
 

 巫女は動けなかった。
 動かなかったのではない。
 動けなかったのだ。


「蒼・・嶺・・?」
 巫女は、転がり落ちる水滴が、顎を濡らすのには目もくれないで。
「蒼嶺・・・・・・」
 ただ、名前を呼んだ。
 崩れ落ちたまま、最早動きを忘れたようにうずくまる男の名前を。
「蒼嶺っ!」
 巫女の声は、震えていた。

「姉様!何と言う事を!」
 姉巫女は、依然呆然と立ち尽くすのみである。
「何故蒼嶺を?何と言う事を仕出かして下さったのですか」
 瞳に、涙を浮かべながら。
「蒼嶺に、一体何の咎があろうと言うのですか!」
 巫女の声は、澄んだ空気の中、響き渡る。
「姉様・・・何をされたか、ご自身で分かっておいでですか・・っ!?」
 巫女の激昂に、姉巫女は、ようやっと失っていた言葉を取り戻す。

「何故・・・じゃ」
 姉巫女は混乱していた。
 自らが殺めようと思っていたのは、眼前にいまだ佇むこの妹巫女であって。
 今ここに倒れ伏している男では無かった筈なのに。
 なのに、何故・・・・
 姉巫女は、返り血の雨を全身に受け、白かった衣服をその朱に染めて尚、動くことが出来なかった。
 その右手に握られた剣が、
 そこに倒れ伏す男の剣が。
 異様に、その重さを増した様に感じて、僅かではあるがよろめいた。
 姉巫女は、ここまで来てようやっと、正気を取り戻した。
 或いは、それでは遅すぎたのかも知れないが。

「・・・そうか・・・私に神の降りよう筈が、無かったのじゃ」
 姉巫女はそう呟くと、微かに微笑んだ。
「お前に神の降りよう筈も、理解したぞ」
 再び、そう誰にとも無く呟くと、姉巫女は妹巫女に、かつてのその慈愛に満ちた瞳で微笑みかけた。
「・・・・っ」
 巫女は、涙で喉を詰まらせ、発しようとした言葉すら出て来なかった。
 姉巫女は踵を返し、一人、流れの急な河に足を進めた。
「姉様!」
 巫女の悲痛な叫びに、姉巫女は小さく自嘲的な笑みを浮かべ、今し方男を斬った血まみれのその剣で。

 自らの喉を、一突きにした―――

「姉様!!」
 巫女は、叫んだ。
 しかし、巫女の声は既に遅く、河の流れは姉巫女の肢体を飲み込み、一気に巫女の前から姉巫女を奪い去った。

「・・・・・・・消え・・・た・・・・」
 巫女はそう呟いた。
 姉巫女の「気」が、今や完全に途絶えたのである。
 それは即ち、姉巫女の死を意味していた。

「蒼嶺・・・」
 巫女は男の名を呼んだ。
 しかし、男から声は返って来る筈も無く。
 聞こえるのは、僅かに繰り返される息遣いだけである。
「蒼嶺・・!」
 巫女は言霊を唱えた。
 その掌から、微かな淡い光が漏れ広がる。
 男の傷は、その光によって少しずつではあるが、確実に癒えて行く。
 

 巫女の瞳からは、止め処なく涙が溢れ出していた―――

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■神と交わりし者 4■




 祠の外で、勢いを増した風が音を立てる。
 時折殊更強い一陣の風が、木々を揺らす。
 巫女の体躯は、震えていた。

 巫女は、絶望した。

 自らの存在が、姉巫女を死に追いやったのだ、と。
 自分を責めた。
「姉様・・・・・」
 巫女は掠れた声で言葉を漏らし、その横で眠る男に目をやった。
 男の額からは、苦痛に伴う大量の汗の珠が浮かんでいる。
「蒼嶺・・・・・」
 巫女は静かに言葉を紡ぐ。
「お主にも・・・迷惑をかけたな・・」
 しかし、男からの言葉は返って来よう筈も無かった。
「すまぬ・・・」
 巫女は、その小さな細い手で、男の額の汗を拭った。

「私の存在が・・・姉様を死に追いやり、蒼嶺に傷を負わせた・・・この身に神の降りる事が如何程の事か・・・」
 
 巫女の手は、男の額の上で小刻みに震える。
 
「たった一人の人間すら守れ得ぬ私に、何故、水薙の神が降りようか・・・」

 かさかさと、外で風に揺すられ擦れた音を出す若芽達。
 守部も最早、巫女にかけるべき言葉を失い、ただ、美しき水薙の巫女を想う他無かった。

「・・・・もはや、この身の不在のみが、蒼嶺を救う術ならば・・・」

 巫女は、嗚咽した。
「私の存在等、一体何になろうか・・」
 巫女は、両の掌で顔を覆った。
 指の隙間から、涙が幾筋も溢れ出した。
 刹那―――
 巫女は、その両の手に何か温もりを感じた。

「巫女よ―――」
 
 それは、男の掌であった。
 男は静かに瞼を持ち上げ、巫女を見つめた。
「水薙の巫女よ、何故、泣く――?」
「私が・・・無力だから・・・」
 巫女は、男の大きな掌を掴み、縋るようにそう訴えた。
 男に取っては、初めて見る巫女の年相応の顔であったかも知れない。
「何故、無力と感じる?」
 男は、右手を巫女に奪われたまま、静かに問う。
 巫女は、溢れ来る雫を隠そうともせず、ただ男の手に縋り、小さく切れ切れに言葉を紡ぐ。
「姉様を・・・殺してしまった・・・お主にも、傷を負わせた・・・私は誰一人守れなかった・・故に」
 巫女は、泣いた。
「私の生くる意味等、最早何処かにあろうか」
 止まる事を知らぬ巫女の涙は、次々と頬を下り、顎から首を伝い、落ちて行く。
 男は、恐らく傷の痛みにだろう。僅かに眉を顰めたまま起き上がり、巫女の細い、小さき肩に手をかける。
「・・・ならば、俺と同じ様に死に逃げるか?」
「・・・・・・・・・・解らない・・・・・・・・・」
 巫女は、首を横に振った。
 男は、優しい眼差しで、巫女を見つめ、
「お前が人を生かしたいと言うのであれば、お前は死んではいけない」
 俯くままの巫女に、真っ直ぐに言葉を投げる。
「・・・・・何故?」
 巫女は、男の言葉にゆっくりと、その顔を上げる。
 男は、巫女に小さく微笑む。
「お前は俺を殺めなかった。俺も、お前を生かした」
 男の言葉を、ただ聴いている巫女。
 ただ、男が何を言わんとしているか、少し、解った気がした。

「――お前が死するならば、俺も死ぬ」

 巫女は、弾かれた様に言葉を紡いだ。
 何時しか、涙は止まっていた。
「・・何故お前が死なねばならぬ・・・?私が逝こうとも、お主は生き、生国へ帰れ」
 巫女は、男を咎めた。しかし男は、自嘲的に笑い、
「帰ろう国なぞとうに無きに等しい。産まれながらにこの蒼き瞳により虐げられて来た」
 少しだけ、僅かばかりに悲しそうな顔をして。
「お前と逝くならば、悔いの残ろう筈もあるまい」
 男は、むしろ愛しそうに目を細めて言った。
 本心だろう――
 巫女は思った。
 男が言う虐げられて来たと言う事実から察するに、恐らく、巫女が初めての人間だったのだ。
 男を、人間として対等に扱ったのは。
 故に、男は巫女とならば逝けると、
 巫女とならば、人として逝けると、
 そう言っているのだ。
「父も母も最早この世にもおらぬ身、何の躊躇いも産まれまい」
 男は、腰に仕込んであった護身用の短剣を、抜いた。
「俺が先に逝こう」
 微笑んで、短剣を自らの首筋にあてがい、
「後を追って来い」
 言って、とても美しく、微笑った―――
「・・・・・」
 巫女は言葉を発せられないでいた。

「・・・っ」
 巫女は無言のまま、男の持つ短剣の剣部分を徐に握っていた。
「・・・何を・・」
 男が驚愕の瞳で巫女を見る。
「・・・・」
 巫女は、答えない。
 巫女の手からは、握った剣を伝って、多くの鮮血が流れ落ちていた。
「――――止めよ」
 巫女は、一言だけそう、小さく呟いた。
「お前・・・っ!」
 男は至極慌てた様子で巫女の手を剣から引き離し、急いで自らの衣を裂き、その血まみれの手をきつく縛った。
「・・・・痛かろう」
 男の断定的な口調に、巫女は無言で頷く。
「自業自得だ。あんな物を素手で握れば、傷も出来よう。血も流れよう」
 男は憮然としたまま、淡々と言ったが、しかし巫女はその言葉が終わるか終わらぬ内に、くすり、と小さく声を上げた。
「・・・・・何が可笑しい?」
 男は、場違いと言えば場違いな巫女の態度に、訝しげな顔で問う。
 巫女は涙目を細めながら、
「それが、今し方死にに行こうとした者の言葉であるかと」
 そう言って、きつく縛られた手に触れた。
 まだ傷は開いており、熱かった。
 だがその熱が逆に、自らの生の象徴であるかの様で。

「事実、逝く気は、無かったのだろう?」
 巫女は笑ってそう言った。
 男は、片手で後ろ頭を掻いた。
「・・・見透かされていたか」
 男も、剣を鞘に収めて、苦笑した。
「お主の、その眼見れば解る事よ」
「お前も、もう逝く等とは言わせぬぞ」

 男はそう言って、再び巫女の肩に手を置いた。
 巫女は、男の瞳を、
 その蒼き瞳を見つめ、噛み締める様に頷いた。
「やっと、か・・」
 男は安堵のため息をつく。
「例え、価値が無かろうとも、共に生きよう。水薙の巫女よ」
 巫女は、無言で頷く。
「お前は俺に生きる道を諭してくれた。俺も、お前の生きる道を探さねば―――」
 そこまで言って、男はあからさまに苦笑する。
「・・・・最も、俺では役に立たぬやも知れぬがな」
 
 男は、巫女の細い背中を抱き締めた。

「共に、自らの生きるべき道を探そう」




 翌日、巫女と男は村を出た。
 二人の、長い、永い旅が始まった。

「そう言えば、まだお前の名を聞いてはいなかったな。教えて、くれるか?」
 男の言葉に、巫女は美しく微笑んだ。


「霞璃亜・・・・」


 巫女の名は、霞璃亜といった――――

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