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桃屋の創作テキスト置き場
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■神と交わりし者 4■




 祠の外で、勢いを増した風が音を立てる。
 時折殊更強い一陣の風が、木々を揺らす。
 巫女の体躯は、震えていた。

 巫女は、絶望した。

 自らの存在が、姉巫女を死に追いやったのだ、と。
 自分を責めた。
「姉様・・・・・」
 巫女は掠れた声で言葉を漏らし、その横で眠る男に目をやった。
 男の額からは、苦痛に伴う大量の汗の珠が浮かんでいる。
「蒼嶺・・・・・」
 巫女は静かに言葉を紡ぐ。
「お主にも・・・迷惑をかけたな・・」
 しかし、男からの言葉は返って来よう筈も無かった。
「すまぬ・・・」
 巫女は、その小さな細い手で、男の額の汗を拭った。

「私の存在が・・・姉様を死に追いやり、蒼嶺に傷を負わせた・・・この身に神の降りる事が如何程の事か・・・」
 
 巫女の手は、男の額の上で小刻みに震える。
 
「たった一人の人間すら守れ得ぬ私に、何故、水薙の神が降りようか・・・」

 かさかさと、外で風に揺すられ擦れた音を出す若芽達。
 守部も最早、巫女にかけるべき言葉を失い、ただ、美しき水薙の巫女を想う他無かった。

「・・・・もはや、この身の不在のみが、蒼嶺を救う術ならば・・・」

 巫女は、嗚咽した。
「私の存在等、一体何になろうか・・」
 巫女は、両の掌で顔を覆った。
 指の隙間から、涙が幾筋も溢れ出した。
 刹那―――
 巫女は、その両の手に何か温もりを感じた。

「巫女よ―――」
 
 それは、男の掌であった。
 男は静かに瞼を持ち上げ、巫女を見つめた。
「水薙の巫女よ、何故、泣く――?」
「私が・・・無力だから・・・」
 巫女は、男の大きな掌を掴み、縋るようにそう訴えた。
 男に取っては、初めて見る巫女の年相応の顔であったかも知れない。
「何故、無力と感じる?」
 男は、右手を巫女に奪われたまま、静かに問う。
 巫女は、溢れ来る雫を隠そうともせず、ただ男の手に縋り、小さく切れ切れに言葉を紡ぐ。
「姉様を・・・殺してしまった・・・お主にも、傷を負わせた・・・私は誰一人守れなかった・・故に」
 巫女は、泣いた。
「私の生くる意味等、最早何処かにあろうか」
 止まる事を知らぬ巫女の涙は、次々と頬を下り、顎から首を伝い、落ちて行く。
 男は、恐らく傷の痛みにだろう。僅かに眉を顰めたまま起き上がり、巫女の細い、小さき肩に手をかける。
「・・・ならば、俺と同じ様に死に逃げるか?」
「・・・・・・・・・・解らない・・・・・・・・・」
 巫女は、首を横に振った。
 男は、優しい眼差しで、巫女を見つめ、
「お前が人を生かしたいと言うのであれば、お前は死んではいけない」
 俯くままの巫女に、真っ直ぐに言葉を投げる。
「・・・・・何故?」
 巫女は、男の言葉にゆっくりと、その顔を上げる。
 男は、巫女に小さく微笑む。
「お前は俺を殺めなかった。俺も、お前を生かした」
 男の言葉を、ただ聴いている巫女。
 ただ、男が何を言わんとしているか、少し、解った気がした。

「――お前が死するならば、俺も死ぬ」

 巫女は、弾かれた様に言葉を紡いだ。
 何時しか、涙は止まっていた。
「・・何故お前が死なねばならぬ・・・?私が逝こうとも、お主は生き、生国へ帰れ」
 巫女は、男を咎めた。しかし男は、自嘲的に笑い、
「帰ろう国なぞとうに無きに等しい。産まれながらにこの蒼き瞳により虐げられて来た」
 少しだけ、僅かばかりに悲しそうな顔をして。
「お前と逝くならば、悔いの残ろう筈もあるまい」
 男は、むしろ愛しそうに目を細めて言った。
 本心だろう――
 巫女は思った。
 男が言う虐げられて来たと言う事実から察するに、恐らく、巫女が初めての人間だったのだ。
 男を、人間として対等に扱ったのは。
 故に、男は巫女とならば逝けると、
 巫女とならば、人として逝けると、
 そう言っているのだ。
「父も母も最早この世にもおらぬ身、何の躊躇いも産まれまい」
 男は、腰に仕込んであった護身用の短剣を、抜いた。
「俺が先に逝こう」
 微笑んで、短剣を自らの首筋にあてがい、
「後を追って来い」
 言って、とても美しく、微笑った―――
「・・・・・」
 巫女は言葉を発せられないでいた。

「・・・っ」
 巫女は無言のまま、男の持つ短剣の剣部分を徐に握っていた。
「・・・何を・・」
 男が驚愕の瞳で巫女を見る。
「・・・・」
 巫女は、答えない。
 巫女の手からは、握った剣を伝って、多くの鮮血が流れ落ちていた。
「――――止めよ」
 巫女は、一言だけそう、小さく呟いた。
「お前・・・っ!」
 男は至極慌てた様子で巫女の手を剣から引き離し、急いで自らの衣を裂き、その血まみれの手をきつく縛った。
「・・・・痛かろう」
 男の断定的な口調に、巫女は無言で頷く。
「自業自得だ。あんな物を素手で握れば、傷も出来よう。血も流れよう」
 男は憮然としたまま、淡々と言ったが、しかし巫女はその言葉が終わるか終わらぬ内に、くすり、と小さく声を上げた。
「・・・・・何が可笑しい?」
 男は、場違いと言えば場違いな巫女の態度に、訝しげな顔で問う。
 巫女は涙目を細めながら、
「それが、今し方死にに行こうとした者の言葉であるかと」
 そう言って、きつく縛られた手に触れた。
 まだ傷は開いており、熱かった。
 だがその熱が逆に、自らの生の象徴であるかの様で。

「事実、逝く気は、無かったのだろう?」
 巫女は笑ってそう言った。
 男は、片手で後ろ頭を掻いた。
「・・・見透かされていたか」
 男も、剣を鞘に収めて、苦笑した。
「お主の、その眼見れば解る事よ」
「お前も、もう逝く等とは言わせぬぞ」

 男はそう言って、再び巫女の肩に手を置いた。
 巫女は、男の瞳を、
 その蒼き瞳を見つめ、噛み締める様に頷いた。
「やっと、か・・」
 男は安堵のため息をつく。
「例え、価値が無かろうとも、共に生きよう。水薙の巫女よ」
 巫女は、無言で頷く。
「お前は俺に生きる道を諭してくれた。俺も、お前の生きる道を探さねば―――」
 そこまで言って、男はあからさまに苦笑する。
「・・・・最も、俺では役に立たぬやも知れぬがな」
 
 男は、巫女の細い背中を抱き締めた。

「共に、自らの生きるべき道を探そう」




 翌日、巫女と男は村を出た。
 二人の、長い、永い旅が始まった。

「そう言えば、まだお前の名を聞いてはいなかったな。教えて、くれるか?」
 男の言葉に、巫女は美しく微笑んだ。


「霞璃亜・・・・」


 巫女の名は、霞璃亜といった――――

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