桃屋の創作テキスト置き場
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
■innocence ―序章― ■
風が吹き荒れていた。
草原である。
言い方を変えれば、荒野、と呼べなくも無い。
そう、これは必然。
どんなに偶然と思える事も、今このあたしが置かれている状況の中では、全て必然なのだ。
この吹きすさぶ風も、
怪しくなって行く雲行きも、
眼前に広がる草原も、
そこに現れた下級魔族の群れも。
そして、それに立ちはだかる彼も。
全ては仕組まれた必然。
逃れられないカイロス。
動き出したのだ。
全てが。
世界が。
音を立てて。
人知れず。
破滅への道標と共に――
◇
「黒龍炎(ブラド・ラグア)!」
あたしの放った一撃が、一匹の下級魔族(ヴァルジャ・デーモン)に直撃、肉薄する。
咆哮を上げる下級魔族。
しかし、まだ致命傷には至らない。
「水崩覇(アクア・ブラス)!」
シリウスが広範囲攻撃型の水系列の呪文を解き放つ。
槍状の放たれた水が、目標物全てを目指し、風を切る。
ざしゅざしゅずしゅ!
彼の放った一撃を、まともに食らう下級魔族達。
さすがに広範囲呪文を避ける術は持っていないようである。
しかし、下級と言えども魔族は魔族である。
その厚く覆われた皮膚は、普通の物理攻撃は受け付けないようになっている。
精霊媒体の物理呪文では、ダメージはほぼ皆無。
しかし、内側には物理攻撃でも効く!
「重雷轟陣(アレク・ヴォルド)!」
腰に仕込んだ短剣を抜き放ち、その剣に雷系列の術をかけ、地面に突き立てる。
「グシャアア!」
「ゴルギャアア!」
「シギャア!」
思い思いの断末魔の声を上げ、内側から四散していく下級魔族達。
水の呪文によって濡れ鼠になっていた状態に、電気が走ったとしたら・・
感電するのは、目に見えている。
勿論、普通の威力の術では力量不足。
あたしはちゃんと術を増幅させておき、尚且つアレンジを加えて剣を媒体に、奴らの体内に術が入り込むようにしたのだ。
それで、この様な見事な圧勝となった訳である。
――キンッ。
小さな音を立てて短剣を鞘にしまう。
前髪をかきあげて彼を振り返ると、やっと安堵したように小さく笑った。
「ナイスフォロー、ね。助かったわ。ありがとう」
「か弱い女の子一人で戦わせる訳に行かないでしょう。男として」
雲行きが本気で危うくなってきている。
そろそろ、一雨来るかもしれない。
「か弱い自覚はないんだけど?」
「そりゃそうだ。君は僕なんかより全然強い」
あたしは軽く眉をひそめて、右手の拳を彼に向かって放つ。
彼はひらりと身を翻して、片手でその拳を受け止める。
―パシ。
拳が掌にすっぽり包まれた瞬間、乾いた音がした。
――ぱた。
まぶたに冷たい物を感じて空を見上げる。
本格的に暗くなった空は、まだ日が昇っている筈の時間なのに、夜のような色をしていた。
その黒い雲から、ぽつりぽつりと大粒の雫が落ちて来る。
「――急ごう」
彼はそう言うと、間近に迫った待ち目掛けて走り出した。
あたしも無言でその後を追い、すぐに彼の右隣に並ぶ。
ぱたぱたと身体に落ちていた雨粒が、彼の横まで来た頃には感じなくなっていた。
「―?」
不審に思って瞳だけを動かして上を見てみると、無言でマントであたしの頭上を覆っていてくれた。
彼に視線を移しても、真っ直ぐ前を見ているだけである。
「・・か弱くないって、言ってるのに」
彼にも聞こえないくらい小さく呟いた。
まだ誰も気付く事の無い、複雑な想いを抱えながら。
恐らくその時のあたしの表情は、かなり険しかったに違いない――
◇
「取り合えず、『焔』に関する情報を集めた方がいいわね」
街まで走り付いて、商店街の軒先の屋根の下。
恐らく夕立だろう雨は、今が最盛期とばかりに勢いを増している。
「君は、どうして・・・」
彼が浮かない口調で、降りしきる雨を見つめながら言った。
「だって、焔に会いたいんでしょ?あなた」
ショルダーガードについた水滴を、無駄な抵抗と分かってはいても手で払った。
「それがどういう意味か、君は分かってるの?」
濡れたフードが煩わしいのか、ちょっとしかめっ面をして目深にかぶり直す。
いっそ、堂々と顔を出していた方が目立たないんじゃないだろうか、なんて無責任な考えが頭をよぎる。
まあ、禁忌をひけらかして歩くのは、どう考えても好まないらしい事は確かだった。
最も、堂々としていた所で虐げられているのは目に見えているのだから、懸命な措置、と言えるだろうが。
「意味なんかどうでもいいのよ。あなたが焔に会いたいなら、あたしはそれを実現させるまでよ」
白んできた空に、いい加減雨粒を落とすのは止めなさい。
なんて、心の中で思ってみたりして。
肩と肩とが触れ合っている距離。
これは、あたしと彼にとってはお互い近すぎる距離。
早く雨よあがって。
あたしをここから抜け出させて。
「君は、どうしてそんな事をするの?」
いつの間にか、フードの中の瞳があたしを捕らえていた。
「君にとっては、全く関係の無い事なのに、何故・・?」
あたしは一瞬彼の視線を捕らえ、すぐにまた空に目を移す。
そしてそのまま、彼の顔を見ないように言った。
「それが、あたしの仕事だから」
「・・・仕事?」
彼が眉をひそめ尋ねる。
「そう、仕事」
「それは一体・・・」
明確な答えを避けるあたしを、不審がる様な、訝しがるような雰囲気で眺める。
「やらなきゃいけないの」
あたしはわざと明るい声で言った。暗く、落ち込んでいたってどうしようもない話なのだ。
「それが決まりなの」
「決まり?決められているから僕と一緒に?」
「そうよ」
「じゃあ、君の意思は?」
こんな状況でも、あたしみたいな人間の心配すらしてしまう。
彼が、哀れに思えた。
あたしはわざとふふん、と鼻で笑って、
「あたしが人の指図だけで動くと思う?あなたに手を貸す、それがあたしには妥当に思えた。だから今、こうしてここにいるの」
「でも、君の自由は・・・」
「ローディア」
「え・・」
彼の言葉を遮って、あたしはあたしの名前を、声を張って口に出す。
「君、じゃなくてローディアよ。呼びにくかったら、ロードでもいいわ」
光が天かこぼれて来る。見上げると、いつ止んだのか、もう雨は残ってはいなかった。
「ね、シリウス」
あたしは彼の方を振り返り、にっこり笑って見せた。
髪の毛を濡らしていた雫が、振り返った瞬間宙に舞う。
その雫が太陽に反射してきらきら輝いていた。
――綺麗――
なんて、ガラにもなく思ったりして。
「これからはあたしがあなたの名前を呼んであげる。だから、あなたもあたしを名前で呼んで」
フードの中の真白い髪の毛を、さらり、と指でなぞる。
頼りなさげな瞳が、今にも泣き出しそうな色をたたえているような気がした。
あたしは彼の頬を両手で挟んで、
「ね、シリウス」
そう言って笑った。
彼は、そろそろと何か壊れ物にでも触るかのように、ゆっくりゆっくりと、あたしの手に触れて微かに微笑した。
「・・・ローディア・・・」
フードの中の瞳に、心配ないよ、と微笑んであげる。
それで彼が安心するのなら、あたしは何度だってこうして笑ってあげよう。
あたしは遥か地平線を眺めた。
さあ、悪夢の始まりだ―――
風が吹き荒れていた。
草原である。
言い方を変えれば、荒野、と呼べなくも無い。
そう、これは必然。
どんなに偶然と思える事も、今このあたしが置かれている状況の中では、全て必然なのだ。
この吹きすさぶ風も、
怪しくなって行く雲行きも、
眼前に広がる草原も、
そこに現れた下級魔族の群れも。
そして、それに立ちはだかる彼も。
全ては仕組まれた必然。
逃れられないカイロス。
動き出したのだ。
全てが。
世界が。
音を立てて。
人知れず。
破滅への道標と共に――
◇
「黒龍炎(ブラド・ラグア)!」
あたしの放った一撃が、一匹の下級魔族(ヴァルジャ・デーモン)に直撃、肉薄する。
咆哮を上げる下級魔族。
しかし、まだ致命傷には至らない。
「水崩覇(アクア・ブラス)!」
シリウスが広範囲攻撃型の水系列の呪文を解き放つ。
槍状の放たれた水が、目標物全てを目指し、風を切る。
ざしゅざしゅずしゅ!
彼の放った一撃を、まともに食らう下級魔族達。
さすがに広範囲呪文を避ける術は持っていないようである。
しかし、下級と言えども魔族は魔族である。
その厚く覆われた皮膚は、普通の物理攻撃は受け付けないようになっている。
精霊媒体の物理呪文では、ダメージはほぼ皆無。
しかし、内側には物理攻撃でも効く!
「重雷轟陣(アレク・ヴォルド)!」
腰に仕込んだ短剣を抜き放ち、その剣に雷系列の術をかけ、地面に突き立てる。
「グシャアア!」
「ゴルギャアア!」
「シギャア!」
思い思いの断末魔の声を上げ、内側から四散していく下級魔族達。
水の呪文によって濡れ鼠になっていた状態に、電気が走ったとしたら・・
感電するのは、目に見えている。
勿論、普通の威力の術では力量不足。
あたしはちゃんと術を増幅させておき、尚且つアレンジを加えて剣を媒体に、奴らの体内に術が入り込むようにしたのだ。
それで、この様な見事な圧勝となった訳である。
――キンッ。
小さな音を立てて短剣を鞘にしまう。
前髪をかきあげて彼を振り返ると、やっと安堵したように小さく笑った。
「ナイスフォロー、ね。助かったわ。ありがとう」
「か弱い女の子一人で戦わせる訳に行かないでしょう。男として」
雲行きが本気で危うくなってきている。
そろそろ、一雨来るかもしれない。
「か弱い自覚はないんだけど?」
「そりゃそうだ。君は僕なんかより全然強い」
あたしは軽く眉をひそめて、右手の拳を彼に向かって放つ。
彼はひらりと身を翻して、片手でその拳を受け止める。
―パシ。
拳が掌にすっぽり包まれた瞬間、乾いた音がした。
――ぱた。
まぶたに冷たい物を感じて空を見上げる。
本格的に暗くなった空は、まだ日が昇っている筈の時間なのに、夜のような色をしていた。
その黒い雲から、ぽつりぽつりと大粒の雫が落ちて来る。
「――急ごう」
彼はそう言うと、間近に迫った待ち目掛けて走り出した。
あたしも無言でその後を追い、すぐに彼の右隣に並ぶ。
ぱたぱたと身体に落ちていた雨粒が、彼の横まで来た頃には感じなくなっていた。
「―?」
不審に思って瞳だけを動かして上を見てみると、無言でマントであたしの頭上を覆っていてくれた。
彼に視線を移しても、真っ直ぐ前を見ているだけである。
「・・か弱くないって、言ってるのに」
彼にも聞こえないくらい小さく呟いた。
まだ誰も気付く事の無い、複雑な想いを抱えながら。
恐らくその時のあたしの表情は、かなり険しかったに違いない――
◇
「取り合えず、『焔』に関する情報を集めた方がいいわね」
街まで走り付いて、商店街の軒先の屋根の下。
恐らく夕立だろう雨は、今が最盛期とばかりに勢いを増している。
「君は、どうして・・・」
彼が浮かない口調で、降りしきる雨を見つめながら言った。
「だって、焔に会いたいんでしょ?あなた」
ショルダーガードについた水滴を、無駄な抵抗と分かってはいても手で払った。
「それがどういう意味か、君は分かってるの?」
濡れたフードが煩わしいのか、ちょっとしかめっ面をして目深にかぶり直す。
いっそ、堂々と顔を出していた方が目立たないんじゃないだろうか、なんて無責任な考えが頭をよぎる。
まあ、禁忌をひけらかして歩くのは、どう考えても好まないらしい事は確かだった。
最も、堂々としていた所で虐げられているのは目に見えているのだから、懸命な措置、と言えるだろうが。
「意味なんかどうでもいいのよ。あなたが焔に会いたいなら、あたしはそれを実現させるまでよ」
白んできた空に、いい加減雨粒を落とすのは止めなさい。
なんて、心の中で思ってみたりして。
肩と肩とが触れ合っている距離。
これは、あたしと彼にとってはお互い近すぎる距離。
早く雨よあがって。
あたしをここから抜け出させて。
「君は、どうしてそんな事をするの?」
いつの間にか、フードの中の瞳があたしを捕らえていた。
「君にとっては、全く関係の無い事なのに、何故・・?」
あたしは一瞬彼の視線を捕らえ、すぐにまた空に目を移す。
そしてそのまま、彼の顔を見ないように言った。
「それが、あたしの仕事だから」
「・・・仕事?」
彼が眉をひそめ尋ねる。
「そう、仕事」
「それは一体・・・」
明確な答えを避けるあたしを、不審がる様な、訝しがるような雰囲気で眺める。
「やらなきゃいけないの」
あたしはわざと明るい声で言った。暗く、落ち込んでいたってどうしようもない話なのだ。
「それが決まりなの」
「決まり?決められているから僕と一緒に?」
「そうよ」
「じゃあ、君の意思は?」
こんな状況でも、あたしみたいな人間の心配すらしてしまう。
彼が、哀れに思えた。
あたしはわざとふふん、と鼻で笑って、
「あたしが人の指図だけで動くと思う?あなたに手を貸す、それがあたしには妥当に思えた。だから今、こうしてここにいるの」
「でも、君の自由は・・・」
「ローディア」
「え・・」
彼の言葉を遮って、あたしはあたしの名前を、声を張って口に出す。
「君、じゃなくてローディアよ。呼びにくかったら、ロードでもいいわ」
光が天かこぼれて来る。見上げると、いつ止んだのか、もう雨は残ってはいなかった。
「ね、シリウス」
あたしは彼の方を振り返り、にっこり笑って見せた。
髪の毛を濡らしていた雫が、振り返った瞬間宙に舞う。
その雫が太陽に反射してきらきら輝いていた。
――綺麗――
なんて、ガラにもなく思ったりして。
「これからはあたしがあなたの名前を呼んであげる。だから、あなたもあたしを名前で呼んで」
フードの中の真白い髪の毛を、さらり、と指でなぞる。
頼りなさげな瞳が、今にも泣き出しそうな色をたたえているような気がした。
あたしは彼の頬を両手で挟んで、
「ね、シリウス」
そう言って笑った。
彼は、そろそろと何か壊れ物にでも触るかのように、ゆっくりゆっくりと、あたしの手に触れて微かに微笑した。
「・・・ローディア・・・」
フードの中の瞳に、心配ないよ、と微笑んであげる。
それで彼が安心するのなら、あたしは何度だってこうして笑ってあげよう。
あたしは遥か地平線を眺めた。
さあ、悪夢の始まりだ―――
PR
Comment
カテゴリー
最新記事
(02/24)
(02/24)
(02/24)
(02/24)
(02/24)
カレンダー
最新コメント
プロフィール
HN:
mamyo
性別:
非公開
ブログ内検索