忍者ブログ
桃屋の創作テキスト置き場
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

■innocence  ―始動―  ■



 それは、丁度あたしが食堂で軽いおやつをしている時だった。

「あの、ちょっとすいませーん」

 食堂の入り口付近で、頼りなさげな声が小さく響いた。
 しかし、店内の喧騒に掻き消され、その声に振り向く者は皆無である。
 当のあたしですら、比較的陣取った席がドアに近かったのと、このエルフ並に出来のよろしい耳のおかげで、その声を拾う事が出来ただけの事である。

「あの~」

 尚も呼びかけを続けている様子である。
 背は若干高めだろうか。目深にかぶったフードが、怪しさを素敵にかもしだしている。
 声からして、まだ若い男だろう事は容易に想像出来た。
 腰に差した長剣が、その本人の不安げな態度とはあまりに不釣合いで、何とも滑稽に映る。
 あたしは呆れながら、クリームチーズサンドの最後の一カケを口に放り込んだ。

「仕方ない」
 しばらくそうして突っ立っていた怪しいフードの男は、肩をすくめる様にして呟いた後、いきなり腰の剣をすらりと抜き放ち、あたしの方につかつかと歩み寄り、
「あの、ちょっと手伝って下さい」
「は?」
「宜しくお願いしますね」
 返事も聞かずに、あたしは腕を掴まれ、椅子から無理やり立ち上がらせられる。
「ちょっと!」
「黙って」
 いきなりフードの奥から鋭い眼光で睨まれ、一瞬言葉を失う。
 その瞬間を見計らってか、はたまたただの偶然なのか、男は抜き放った剣を手近にいたウエイトレスに向け、口を開く。



「あー、この女の子殺しますよ」



 ―――ざわっ。

 店内が一瞬にして緊迫した空気になる。
 まあ、その割りにこの男の口調に、緊張感や気迫と言った類の言葉は当てはまらないが。
「ひっ・・・」
 剣を首筋にぴたりとあてがわれた可愛そうなウエイトレスは、小刻みに震えながら立ち尽くす。
「あの、このお嬢さん助けたかったら、お金下さい」
 妙に間の抜けたにこにこ顔で店内を見回す。
 この状況でこんな態度と言うのは、逆に気味が悪いもんである。


「言う事聞いて下さいね~。じゃないと・・」
 耳元で男がまだ何やら話している。
 店内に居た剣士風の男や、魔道士風のおっさんらが、静かに臨戦態勢に入る中、
 あろう事か、男はあたしをびしっ!と指差し、
「皆さんも聞いた事あるでしょ?『狂戦士・焔』の話は。この人がその『焔』ですよ。逆らうと、皆殺しになっちゃいますよ」
 などとのたまいやがった。
「あんた!何ふざけた事言ってんのよ!?」
 食って掛かるあたしを尻目に、男は相も変わらずやる気があるんだか無いんだか分からない声音で、
「どうします?店内の皆さん。この人、強いですよ?」
 そう言って、フードの奥から覗く瞳を、ぬらりと光らせた。

 きーさーまあああ!!
 
 あたしが怒りに震えているのをよそに、店内は先ほどの喧騒とは違った意味で騒がしくなる。


「おいおいおい、本当にあんな小娘が『焔』なのか?」
 待てコラ。誰が小娘だ。
「しかし、緋色の髪の奴なんて、そうそう見た事ねえ!」
 今見てるだろ、くそったれ。
「焔って言えば、あの『白銀』に次いで邪悪だって話じゃねーか!」
 誰が邪悪だ誰が!!
「もしもあの女が本当に『焔』なら・・・」
 だとしたら、何だってーのよ?ああ?


 ―――むかむかむかむかむか。


「いやー、口から出任せ、嘘も方便。素敵に皆動揺してくれるもんだ」
 のほほんとあたしの耳元で、恐らくあたしには聞こえない様なボリュームで呟いたのだろうが。
 しっかあああし。
 あたしの耳の出来の良さは半端ではない。


 ―――ぷち。

 我慢していた何かが、音を立てて切れた。

 ―ふっ。

 あたしは一人額に血管浮かび上がらせながら、うつむき加減で手を微かに動かす。
 そして、店内の無駄な喧騒をよそに、そのまま小さくぷつぷつと、普通の人間が聞いたら意味不明な言葉を呟いていた。
 早い話が、攻撃呪文を。


「炸裂噴陣(ブラド・ディスガッシュ)!」


 きゅどどどごどどどどごごご!!

 派手な音を立てて、店内が吹っ飛ぶ。
 最もこの術、見た目と音は派手だが、人間本体にはそんなに影響は無い。
 ないったらない。
 きっと平気。
 だって皆現に生きてるし。

 店内を見回すと、もうもうと立ち込める煙の中、
「ううう」
 だの、
「さすが、噂に名高い焔」
 だの、
「コイツが本気を出したらひとたまりも・・」
 だの、何だかんだ呻いている声が聞こえなくも無いが、それはきっと風の精霊さんのいたずらに違いない。


「さっきから黙って聞いてりゃ、人を極悪非道呼ばわりとは失礼千万ね!悪いのはこの男でしょ!?」
 
 腰に手を当てて、自慢の良く通る声で、何故かズタクソになった店内に向かって怒鳴り倒す。
「どうにかするってんなら、この男を・・・」
 言って例の怪しいフード男を指差そうと振り向くと、あろう事か、今のあたしの呪文で吹っ飛んで、綺麗に意識を失っている。

「うそーーー!」

 あたしは頭を抱えて叫んだ。
 悪事の張本人が気絶してて、今元気にぴんぴんしてるのはあたしだけで、しかもあたしも呪文で店は崩壊寸前で、皆あたしを睨んでて―――

「あああ、あたしが悪いんじゃないわよ!?」
 叫びつつ気絶してる男の頬をばっちんばっちん叩いて起こす。
「・・ん・・・・ぎゃーーーーー!」
 意識の戻った男は、あたしの顔を見るなり顔面蒼白になって絶叫し、
「あああ!やはり本物の『焔』!呪文も印も無いまま術を発動させるなんて!」
 なーんて、ものすごい大声で怯えまくってたりする。
 いやいや、呪文も唱えたし、印も結んでたよ。密かにやってたから気付かなかっただけで。
 なんて、どうでもいい突っ込みを内心入れてみたりする。
 しかしこの男、動揺しているのか、頭打っておかしくなっちゃたのか、或いは――


「皆さん!」
 あたしと男を遠巻きに、恐怖の色をたたえた瞳で眺めていた人たちに、いきなり振り向き、
「僕はこの焔に脅されてやったんです!」
 そう言って、男はフードを取らずとも分かるくらいだばだばと涙を流してひざまずいた。


「何!?」
「やっぱりその女が!?」
「見るからに悪人っぽいしな」
「その女の差し金か!」
 口々に好き勝手言いたい事言ってくれる人たち。ついでに言うと、さっきよりも恐怖の色が濃くなっている。

 ―――まてまてまて!一体どうしろってのよ!

「焔はお怒りです!死にたくなければ、金品を差し出すべきです!」
 蒼白になりながら、何故か皆を説得し始める男。
 それを聞き、やはり殺されるよりは、と、あたしの足元に金目の物が積まれて行く。
 しっかし、冷静になって聞いてみると、この男の言葉、支離滅裂もいい所である。理論破綻してるし。
 が、混乱した人間にはそれは伝わらない。

「い・・命ばかりは・・」
 そう言って、最後の金貨がじゃら、と足元に落とされた瞬間、


「眠誘術(スリルスピア)」

 いつの間に印を結んだのか、男が術を開放する。
 途端に、目の前に居た人々がばたばたと倒れ伏し、寝息を立て始める。

「これでよし、と」
 呟いてあたしの足元に積まれた金貨やらを、どこから取り出したのか、麻の裏打ち布の袋に無造作に突っ込んでいく。
 そしてそのまま店内を出て行く。

「ちょ・・ちょっと!」
 呆気に取られていたあたしは、一歩遅れて男の後を追った。











「待てって言ってるのが分かんないの!?」
 すたすたと勝手に歩いていってしまう男の後を、走って追いかける。
「あんた、一体どーゆーつもりよ!?」
「つもりとは?」
 別段歩を緩めるでもなく、男は自分のペースで歩きながら、フードの奥の瞳をこちらに向ける。
「あたしを焔呼ばわりして、悪事の片棒担がせて、挙句の果てにお宝は全部あんたが持って行っちゃうっての!?」
 あたしより20cm位高い男の足に合わせるには、どうしてもあたしが早足にならねばならない。
 ちなみに、文句があるうちの最後が本音だって言うのは秘密。
「あ、お金欲しかった?」
「それもあるけどそうじゃなくて!」
 あたしは素直に認めつつ食って掛かる。
 あくまでのほほんとはぐらかそうとする男の袖を掴んで、無理やり立ち止まらせる。
 気付くと、いつの間にやら繁華街から離れ、裏道のそのまた奥にある原っぱまでやって来ていた。


 あたしは男を見上げて、険しい表情で言う。
「あたしが焔だって、何でそんな事言ったの」
「まずかったですか」
「当たり前でしょう?」
 苦笑して頬をかく男に、あたしは改めて眉間にしわを寄せる。

「『焔』ですなんて言われて喜ぶ奴なんて、そうそういないわよ」
「すいません。でも、もしかしたら本物かも、と思って」
 その髪の毛と瞳の色が。
 男はちっとも申し訳ないと思ってない様な口調で言った。

 しかし―――


「・・・あたしが、本物の焔だったら、どうしてたって言うのよ?」
 あたしの問いに、男はやはり僅かに覗く唇に薄い笑みをたたえたまま、
「それはあなたには関係の無い事」
 そう言って、唇だけでにこりと笑った。


「とにかく!」
 あたしは再びいつもの調子に戻って、男に向かって手を差し出す。


「分け前、よこしなさい」


 くっきりすっぱり言ってのけたあたしに、フードの奥の瞳が、明らかに苦笑した。

 そして、「仕方ない」と言う様に肩をすくめ、例の袋を開けるためにしゃがみこむ。
 それに習って、あたしも一緒に男の向かいに座り込んだ。
 きらり、と、太陽に反射して一瞬何かが光った気がした。

「――?」

 男は下を向いて、戦利品の仕分けをしている。
 あたしは何故か、
 何故か男のフードに手を伸ばし――

 許可も得ずに、男のフードを剥ぎ取った。


「――あっ!」
 
 男が驚きの声を上げてフードを押さえようとするが、時既に遅し、である。
 あたしが剥ぎ取ったフードは、手の中で風にはためき、男の頭髪が風に攫われる。



 一瞬、目を疑った。




 風にたなびく、真白い頭髪。




 初めて見る色だった。

 男の色素の薄い瞳が、初めて目にするその整った顔立ちが、一瞬にして歪む。
 そう、まるで、見られてはいけない禁忌が解き放たれてしまったかの様に。


「・・・・あたしの緋色の髪と目も珍しいらしいけど、あんたのは別格ね」
 男の動揺をよそに、あたしはまじまじとその髪の毛と瞳に見入る。

「・・・驚かないね」
「十分驚いてるわよ。こんな珍しい色」
「そうじゃなくて・・」

 ―――分かってる。
 男が何を言おうとしているのか。
 
 この色は、「魔に魅入られた者」への称号とも言うべき色。
 皆に忌み嫌われる、色。
 それは、この色を持つ者が、強大な魔力を誇る事と、もう一つ。
 その力が、世界すら滅ぼしうる力であると言う事。
 それは、その強大な魔力の暴走により、実現されてしまう悪夢。

 それ故に、「魔に魅入られた者」は、生れ落ちたその瞬間に、闇に葬り去られるのがこの世界の「絶対」である
 この色を保持したまま、生きている人間など、いるはずがないのだ。

「あなた、強いでしょ」
「・・・・・どうかな」
 最早口調すら変わっている。
 最も、こちらが本来のこの男なのだろうが。
 悲痛な面持ちである。どこか、寂しささえ見えそうな瞳で。
「焔を探しているの?」
「・・・・」
「焔を見つけたらどうするの?」
「・・・・」

 はぐらかされてる。
 でも、それも最初から分かっていた事だ。

 生れ落ちた瞬間に消されるはずの「白」の保持者が、生きて目の前にいる。
 と言う事は―――


 あたしは静かに苦笑して、唾を飲み込み、口を開く。


「あなたには焔が必要なのね」

 男が目を見開いた。
 何も答えなかったが、あたしにはその男の反応だけで十分だった。

 男が何を目的にしているか、分かってしまったから。
 しかし――



「一緒に行ってあげるわ」

 男の顔を無理やり持ち上げて、同じ目線にしてその視線を絡め取る。

「あたしが一緒に行ってあげるわ」

 微笑んでやったりとか、慰めてやったりとか、そんな事は一切せずに。
 ただ、真っ直ぐに男の目を見て。

「でも・・」
 男が口を開きかけるが、それを制して言う。
「分け前、もらったしね。それに」
「・・・それに?」
 問いかける男に、今度はあたしが口をつぐんだ。
 男もそれ以上聞こうとはしなかった。



 あたしの運命。
 あたしの使命。
 信じていなかった。
 信じなかった。
 でも、目の前にこの男が存在するならば―――


 あたしはもう一度、駄目押しの様に男に向かって言う。



「このあたしが、一緒に居てあげるわ」



 睨む位の目つきだったかも知れない。
 ただ、あたしはこいつを見つけてしまった。
 離れる訳には、行かない。

「君は一体・・・」
「返事は?」
 何か言いたげな男の言葉を遮って。

「へ・ん・じ・は?」
 畳み掛ける様に、含み聞かせる様に、しっかりと。




「――――――はい」
 力にごり押しされて、訳が分からぬまま返事をする男。
「よし」
 言ってあたしは右腕の甲部分を、男の胸にとん、と軽く当てて、



「ローディアよ」
「シリウスだ」


 ――天空に輝く白刃の、シリウス、ね。
 何とも皮肉な名前だ。

 そんな事を思いながら、あたしは立ち上がった。

「動き出した・・・かしら?」
 誰にも聞こえないように、小さく呟いた。





 これがあたし達の出会いだった―――

拍手[0回]

PR
Comment
color
name
subject
mail
url
comment
pass   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
material by Sky Ruins  /  ACROSS+
忍者ブログ [PR]
カレンダー
10 2024/11 12
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
最新コメント
プロフィール
HN:
mamyo
性別:
非公開
ブログ内検索
バーコード