桃屋の創作テキスト置き場
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■月鬼 第三話 ―光る森― ■
例の二人は、着物を木の枝にかけ、乾くのを待っている所であった。
最も、お互い異性同志と言う事もあり、さすがに下穿き一枚、などと言う姿では無かったが。
つばめは髪の毛を縛っていた朱色の紐を解き、手で布を絞る様に、髪の毛の水滴を絞っている。
蒼志は辺りの小枝を拾い集め、小さな火を起し終えた所だった。
「つばめ殿は、何をされている方なんですか」
「何って?」
蒼志に顔も向けずに、一心不乱に着物の水を搾り出しながら、辛うじて声を返す。
「まあ、平たく言えば職です」
蒼志は何やら口の中でぷつぷつと呟き、木の幹に立て掛けて置いた錫杖を手に取り、地面に垂直に突き刺した。
「職って言われても・・・って、あんた何してんの」
漸く振り返り、彼の動きを見るなり、彼女は怪訝そうな顔になる。
「見て分かりませんか」
「変な棒地面に刺して、楽しい?」
つばめは錫杖を地面に突き刺している蒼志を上から下まで眺めた後、不審がるような目線を投げる。
蒼志は、彼女のあまりに見たままそのものな言葉に、やはりか、と苦笑した。
「楽しくてやっている訳ではありませんよ」
「じゃあ頭が可笑しくなったのか」
またも間髪入れずに突っ込まれ、一瞬頭を抱えそうになる。
「可笑しくもなっていません。これは、そう、結界です」
「結界?」
つばめが声を一段低くして問い返す。
蒼志も幾分声を抑えて、「そうです」とだけ答えた。
つばめは彼の起してくれた焚き火のお陰で乾いた着物に再び袖を通し、火を抱える様に蒼志の向かいにあぐらをかいて座り込んだ。
「・・・・せめて足は閉じなさい」
「喧しい奴だな」
目のやり所に窮した蒼志は、ため息をつくように彼女に告げ、彼女は不満をたれながらも、両足を両腕で抱え込む様に座り直した。
「・・・何から隠れてる」
「何か、です」
つばめは自分が馬鹿にされていると思ったのか、むっとした表情になる。
その彼女に蒼志は再び苦笑し、真剣な面差しで続けた。
「あなたが先程連れて来た、『何か』から隠れているのです」
「連れて来た訳じゃない。勝手に着いて来た」
異論を唱える彼女に、しかし彼は両断する。
「それでも同じ事なんですよ」
そうはっきり言い切られ、つばめは面白く無さそうに拳を握り締めた。
「・・・今日が、初めてではないでしょう?」
蒼志がつばめをひたり、と見据えて。
「・・・」
「アレに襲われた、もしくは追われたのは、今日が初めてと言う訳ではないでしょう?」
ぱちぱちと、火の粉の爆ぜる音だけが、夜の帳の下りかけた一帯に響いた。
彼女は目を見開いたまま、
「・・・・何でお前に分かる・・」
と、小さく呟いた。
そして、その後の言葉を続けられないでいる。
「アレはあなたを知っていた。だから、そう思っただけです」
つばめは面白くなさそうに眉間のしわを濃くする。
そのまま蒼志を見詰め、「さあ話せ」とでも言うように、彼を見据えた。
彼もまた、真剣な面差しをそのままに、よく通る質の声を落として、
「今宵は、何かが起こります」
迷いも無く、そう言い放つ蒼志。
つばめは、不審げな表情を崩さぬまま、しかしわずかに腰を浮かしかけた。
「・・なんでそんな事が分かる」
「これでも一応仏に仕える者の端くれです。神託、と言うと大袈裟ですが、――そう、虫の知らせ、とでも言いましょうか」
「何だって同じだ」
彼女は不機嫌そうに言うと、再び腰を降ろした。
辺りはもう暗い。
山の中は、空気が冷えるのが恐ろしく早い。
昼間は暖かい位だったのに、今では火に当たっているのに背筋がぞくりとする様だ。
無意識の内に、彼女は自分の腕に爪を立てていた。
「恐らくは」
そんな彼女を見ていないかの様に、彼は言葉を続ける。
朗朗とした口調は、この夜の帳の降りた闇の中では、恐ろしくすら響く。
「あなたにも、関係があるかも知れません」
ひたり、と、彼女を見据えて。
「・・・・・何・・?」
「あなたにも、これから起こる『何か』に関わりがある、そう言っているのです」
「何で、あたしが・・」
ごくりと唾を飲み込む音が、耳にやけに大きく届いた。
「気付いているのでしょう?あなたも。つばめ殿自身も、何か起こるであろうと」
彼女は苦虫を噛み潰したような顔になり、勢い良くその場に立ち上がると、激昂するように低い声を絞り出す。
「なんでお前に分かる!?あたしも知らないことを、何故さも知ってるうように言う?あたしは何も知らない!関係ないだろう!」
奥歯をかみ締めたままの彼女の表情は、それこそ不愉快そのものだ。
しかし蒼志は静かに一喝する。
「しかし、あなたが関わるのは目に見えているし、それを感づいているから、あなたも不安なのでしょう?」
つばめが二の句を告げられないでいると、蒼志の表情が一段厳しくなる。
しかし、その睨み合いは、僅かで終わる。
蒼志は弾かれるように空を見上げ、
「・・・まさか・・」
空を見上げたまま、そう僅かに呟く。
「どうした」
明らかに狼狽した様な彼に、つばめも同じ方向に目線を向ける。
そこに映ったのは、徐々に消えていく月。
「・・・なんだあれ・・」
つばめが、掠れる声をやっと縛りだして問う。
「さあ・・なんとも、しかし」
蒼志はそう言ってすっ、と目を細め、しゃらん、と手にした杓杖で、ある一点を指し示す。
そこには、ぼう、と浮かぶ様に淡く、怪しげな光を放つ一帯。
「森が、光ってるのか?」
「あの一帯に、何かがある事だけは確かなようです」
蒼志はつばめを見詰め、
「行きましょう」
「分かった」
そうして、二人は漆黒の闇の中、怪しげな光を放つ場へ急いだ。
空に浮かぶ月は、徐々に黒い影に覆い隠されていく。
まるで、月が闇に食われるかのように。
例の二人は、着物を木の枝にかけ、乾くのを待っている所であった。
最も、お互い異性同志と言う事もあり、さすがに下穿き一枚、などと言う姿では無かったが。
つばめは髪の毛を縛っていた朱色の紐を解き、手で布を絞る様に、髪の毛の水滴を絞っている。
蒼志は辺りの小枝を拾い集め、小さな火を起し終えた所だった。
「つばめ殿は、何をされている方なんですか」
「何って?」
蒼志に顔も向けずに、一心不乱に着物の水を搾り出しながら、辛うじて声を返す。
「まあ、平たく言えば職です」
蒼志は何やら口の中でぷつぷつと呟き、木の幹に立て掛けて置いた錫杖を手に取り、地面に垂直に突き刺した。
「職って言われても・・・って、あんた何してんの」
漸く振り返り、彼の動きを見るなり、彼女は怪訝そうな顔になる。
「見て分かりませんか」
「変な棒地面に刺して、楽しい?」
つばめは錫杖を地面に突き刺している蒼志を上から下まで眺めた後、不審がるような目線を投げる。
蒼志は、彼女のあまりに見たままそのものな言葉に、やはりか、と苦笑した。
「楽しくてやっている訳ではありませんよ」
「じゃあ頭が可笑しくなったのか」
またも間髪入れずに突っ込まれ、一瞬頭を抱えそうになる。
「可笑しくもなっていません。これは、そう、結界です」
「結界?」
つばめが声を一段低くして問い返す。
蒼志も幾分声を抑えて、「そうです」とだけ答えた。
つばめは彼の起してくれた焚き火のお陰で乾いた着物に再び袖を通し、火を抱える様に蒼志の向かいにあぐらをかいて座り込んだ。
「・・・・せめて足は閉じなさい」
「喧しい奴だな」
目のやり所に窮した蒼志は、ため息をつくように彼女に告げ、彼女は不満をたれながらも、両足を両腕で抱え込む様に座り直した。
「・・・何から隠れてる」
「何か、です」
つばめは自分が馬鹿にされていると思ったのか、むっとした表情になる。
その彼女に蒼志は再び苦笑し、真剣な面差しで続けた。
「あなたが先程連れて来た、『何か』から隠れているのです」
「連れて来た訳じゃない。勝手に着いて来た」
異論を唱える彼女に、しかし彼は両断する。
「それでも同じ事なんですよ」
そうはっきり言い切られ、つばめは面白く無さそうに拳を握り締めた。
「・・・今日が、初めてではないでしょう?」
蒼志がつばめをひたり、と見据えて。
「・・・」
「アレに襲われた、もしくは追われたのは、今日が初めてと言う訳ではないでしょう?」
ぱちぱちと、火の粉の爆ぜる音だけが、夜の帳の下りかけた一帯に響いた。
彼女は目を見開いたまま、
「・・・・何でお前に分かる・・」
と、小さく呟いた。
そして、その後の言葉を続けられないでいる。
「アレはあなたを知っていた。だから、そう思っただけです」
つばめは面白くなさそうに眉間のしわを濃くする。
そのまま蒼志を見詰め、「さあ話せ」とでも言うように、彼を見据えた。
彼もまた、真剣な面差しをそのままに、よく通る質の声を落として、
「今宵は、何かが起こります」
迷いも無く、そう言い放つ蒼志。
つばめは、不審げな表情を崩さぬまま、しかしわずかに腰を浮かしかけた。
「・・なんでそんな事が分かる」
「これでも一応仏に仕える者の端くれです。神託、と言うと大袈裟ですが、――そう、虫の知らせ、とでも言いましょうか」
「何だって同じだ」
彼女は不機嫌そうに言うと、再び腰を降ろした。
辺りはもう暗い。
山の中は、空気が冷えるのが恐ろしく早い。
昼間は暖かい位だったのに、今では火に当たっているのに背筋がぞくりとする様だ。
無意識の内に、彼女は自分の腕に爪を立てていた。
「恐らくは」
そんな彼女を見ていないかの様に、彼は言葉を続ける。
朗朗とした口調は、この夜の帳の降りた闇の中では、恐ろしくすら響く。
「あなたにも、関係があるかも知れません」
ひたり、と、彼女を見据えて。
「・・・・・何・・?」
「あなたにも、これから起こる『何か』に関わりがある、そう言っているのです」
「何で、あたしが・・」
ごくりと唾を飲み込む音が、耳にやけに大きく届いた。
「気付いているのでしょう?あなたも。つばめ殿自身も、何か起こるであろうと」
彼女は苦虫を噛み潰したような顔になり、勢い良くその場に立ち上がると、激昂するように低い声を絞り出す。
「なんでお前に分かる!?あたしも知らないことを、何故さも知ってるうように言う?あたしは何も知らない!関係ないだろう!」
奥歯をかみ締めたままの彼女の表情は、それこそ不愉快そのものだ。
しかし蒼志は静かに一喝する。
「しかし、あなたが関わるのは目に見えているし、それを感づいているから、あなたも不安なのでしょう?」
つばめが二の句を告げられないでいると、蒼志の表情が一段厳しくなる。
しかし、その睨み合いは、僅かで終わる。
蒼志は弾かれるように空を見上げ、
「・・・まさか・・」
空を見上げたまま、そう僅かに呟く。
「どうした」
明らかに狼狽した様な彼に、つばめも同じ方向に目線を向ける。
そこに映ったのは、徐々に消えていく月。
「・・・なんだあれ・・」
つばめが、掠れる声をやっと縛りだして問う。
「さあ・・なんとも、しかし」
蒼志はそう言ってすっ、と目を細め、しゃらん、と手にした杓杖で、ある一点を指し示す。
そこには、ぼう、と浮かぶ様に淡く、怪しげな光を放つ一帯。
「森が、光ってるのか?」
「あの一帯に、何かがある事だけは確かなようです」
蒼志はつばめを見詰め、
「行きましょう」
「分かった」
そうして、二人は漆黒の闇の中、怪しげな光を放つ場へ急いだ。
空に浮かぶ月は、徐々に黒い影に覆い隠されていく。
まるで、月が闇に食われるかのように。
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