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桃屋の創作テキスト置き場
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■月鬼 第一話 ―三日月夜― ■




 生まれたのは、骸の只中だった。


 辺り一面の、骸、骸、骸、むくろ、むくろ。


 其れ以外に、何も無い、世界。


 真暗い闇に、槍状の三日月が怖ろしい程、鋭利に輝く。


 俺は裸足だった。


 衣も、襤褸切れの様だ。


 月明かりで、真暗い闇が、僅かに緩和される。


 骸は、赤か、黒か。


 其の、何れかの色であった。


 血塗れた赤か。
 焼け焦げた黒か。


 俺もどちらかの色に染まって居るのだろうか。


 頬に、ぱさりと一房、髪の毛が落ちる。
 そろそろと指で摘んで見る。


 赤だろうか。
 黒だろうか。





 三日月が映し出したのは、自身と同じ、黄金。







 轟!


 風を斬る音が耳に届くより早く、俺は身を翻す。
 僅か間合いの一歩外に、女が居た。

 美しい女が。
 女の衣は、赤く染まって居た。


 地に転がる、骸と同じ、赤だ。


「月鬼・・やはり・・・お前が」
 女は悲痛な表情で言う。

 俺は『月鬼』言う名前なのだろうか。それとも、


 ただ三日月の晩に現れた、ただの鬼なのか。


 そこではたと、俺は自身が何者であるかすら知らない事に気付く。
 名も、姿も、身分も、


 人間であるかさえも。


 女は俺の知らぬ俺を知って居る様だった。

「私を殺すか、鬼よ、さあ――」
 女は握っていた小柄を落とし、両手を大きく広げる。
「お前が鬼であるのならば、私を殺せ」
 美しい女は、其のまま少しずつ俺に近寄って来る。


 赤く染まった衣。

 流れる黒髪。

 この女も、骸と同じ色をして居る。

 俺は恐らく常人よりは三倍は長い爪で、女の胸を一突きにする。
 赤が飛び散る。


 俺自身も、その赤に染まる。
 漸く、周りの物全てと同じ色になれて、俺は妙に安堵する。


「―――愚かな」


 女がぎりっ、と奥歯を噛み締める。
「其れがお前の答えか!」
 何の事だか分からないが、何だか不愉快な気分になる。
 俺は女の胸に右腕を突き刺したまま、崩れ行く女の身体を支えて居た。


「愚かな、鬼よ!忘れたか!」
 女が吠える。
 額に浮かぶ雫は、苦悶の為か。
「私のこの血と引き換えに、私はお前を縛する!そう言った筈だ!忘れたのか!」
 女は、何時しか泣いていた。


「忘れたのか!月!」


 びくり、と俺の身体が跳ねる。


 女、女、女、おんな、おんな、

 このおんなは、

 そう、この女は、


 あやめ―――――


「・・・ああああああああああ!!」
「・・思い出したか・・・でも、もう・・遅い。お前は私の地で・・縛され、眠りに着く・・・」
 女はずるずると力を抜きながら、地に落ちて行く。
「あ・・・あ・・・・あ・・や・・・め・・・」
 ようやくそれだけを想い出したかの様に、呟く。
 女は、微笑んだ。


「お前一人では行かせぬ。共に眠ろう。月鬼よ―――」
 其処で俺は、意識を手放した。

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