桃屋の創作テキスト置き場
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■こんぺいとう5 ウェディング!! 6 ■
立食スタイルで良かったと、心の隅で安堵しながら、
輝愛は場内に流れる司会のアナウンスに、視線を動かした。
「では、大変長らくお待たせいたしました。新郎新婦のご入場です」
朗々と響く、有名男性フリーアナウンサーの台詞と共に、重厚な扉が開かれ、その奥から新郎新婦が現れる。
純白のウェディングドレスに身を包んだ、美しい大先輩女優と、
グレーの礼服に身を包んだ、こちらも大先輩の演出家。
幸せそうに微笑む新婦と、少し恥ずかしそうにしている新郎。
周りの人々の誰もが、笑顔を浮かべ、二人に心からの拍手を送っている。
ここは、幸せの宿る場所なのだ。
そう、輝愛は思った。
こんなに、幸せな場所が、あるんだ、と。
ここにいる、こんなたくさんの人が、皆笑顔なんだ。
・・・すごいな。
お芝居をやらせてもらえるようになって、お客様が笑顔で帰ってもらえるのが嬉しくて、 その感覚に、ちょっと似てる気がした。
あたしにも、そのうち結婚する人とか出来るのかな・・・
そう思って、その前にまず誰かと付き合わなきゃいけないじゃん。
って事に気付いて。
そうすると、もうなんだか別次元の出来事の様な気がした。
「・・・・無理っぽいな」
少しだけ、少しだけだけど、自分の境遇を考えてみたり。
普通に高校生だったら、同級生の友達みたいに、きゃあきゃあ言えたりしたのかな?
誰がかっこいいとか、誰が好きだとか。
いや、それはないかも。
だって、あたしはあたしだし。
それに。
今あたしが高校生だったら、カワハシと一緒にいれないんだもん。
だとしたら、絶対今のまんまでいい。
「結婚は、来世の夢にとっとこう、うん」
新郎新婦が世話になったプロデューサーが乾杯の音頭を取り、会食が始まる。
各々、好きなようにこの空間を楽しんでいる。
輝愛は、チームのメンバー以外にさして親しい人間が居るわけでもない。
花と言うにはおこがましいけど、この素晴らしく美味しそうな料理を堪能したいし、壁の花に立候補しようと、少しだけ背中をもたれかけさせる。
少し離れたところから眺める会場内の景色も、やはり幸せに満ちていて、何だか嬉しくなった。
「あ、いたいた、輝愛ちゃん」
「ほ?」
つい今しがたまで、皿の上に鎮座していたローストビーフをほおばった輝愛に声がかかる。
頑張って何とか口の中に詰め込んで、近くにあったテーブルにグラスと食器を置く。
「大輔さん?どしたんですか?」
「いや、一人紹介しとこうと思って」
もごもご口を動かす輝愛に、タイミング悪かった?と微笑む大輔と、その背後の男性。
こちらも同様に苦笑している。
「・・んぐ。だ、だいじょぶです。今ローストビーフは胃袋へ収めました。大変おいしゅうございました」
そう言って敬礼する輝愛に、大輔の後ろの男は声をあげて笑う。
「あはははは、それは良かった。胃袋も喜んでいることでしょう」
「そりゃあもう」
へんな子ー、と、ひいひい笑いながらも挨拶をしてくる。
「晃です、よろしくね、えっと」
「輝愛です。よろしくです、あきらさん」
年の頃なら輝愛より少々上だろう。
もしかしたら、まだ成人していないくらいかも知れない。
ふわふわとした栗色の髪の毛に、人懐こいころんとした瞳の、可愛らしい印象の男性だ。
背も輝愛よりは高いが、ずば抜けて大きな印象はない。
どちらかと言えば細身の、すらりとした体躯の持ち主で、声も、男性的と言うよりは、中世的な気配である。
「晃くんね、最近仕事は結構お芝居ばっかだから知ってるかな?若手の期待の星だよん」
「あはは、だってさ。ってかオイラ、芸歴長いのに未だに若手のまんまなの」
屈託無く笑う表情に、輝愛も一緒に微笑む。
大輔は妹分と弟分を意味ありげに見つめ、
「そのうち、輝愛ちゃんも仕事で晃くんと一緒になると思うよ?」
「そうなんですか?」
「僕も初耳だけど?大輔兄さん」
きょとんとする二人に、大輔は、ああ、この二人は表情が似ているなぁ
なんてまったり考えながら、
「ま、この業界、広いようで案外狭いしね」
くつくつと笑う大輔に、二人は未だにきょとんとしたままだった。
「まあでも、もし本当にお仕事で会ったら、宜しくね」
「こちらこそです」
「ま、僕のメインのお仕事は、音楽なので、役者だなんておこがましくて言えないけれど」
ふわふわと微笑む晃に、輝愛もつられて微笑む。
その表情が気に入ったのか、晃は若干輝愛に顔を寄せ、
「うん、でも本当に一緒に仕事できたら嬉しい。その時はぜひよろしく。で、ついでに友達になってよ輝愛ちゃん。オイラ同年代の友達少ないの」
「はい、勿論こちらこそです。あたしなんぞ、友達どころか知り合いすらもすんごい少ないです。駆け出しなので」
今更ながらに握手を交わす二人に、大輔が声をかける。
「ごめんね、ちょっと外してもいいかな?お世話になった大先輩がいらしてるみたいで、挨拶に行って来る」
「はい、いってらっしゃいです」
「じゃあ、大輔兄さん、しばらく輝愛ちゃんエスコートしとくね」
何だか本当の兄弟みたいになってしまっている感のある三人は、長兄役の大輔を見送る。
「輝愛ちゃんのエスコート役は?一人で来たんじゃないよね?」
輝愛に向き直る晃に、彼女は少し首をかしげ、
見渡せる範囲すべてを、ゆっくりぐるっと見回してみても、そこに彼女が求める人影は見つからない。
「・・・いないかも」
「そうなんだ。じゃあ見つかるまでは、くっついておいで。僕も一人じゃ寂しいし」
やさしく笑う晃に、輝愛は少しほっとする。
同級生とか、学校の先輩とか、そんな距離感に近いかも。
ちょびっと安心。
会場がざわついて来て、何やら会場内の視線が前に集中している。
しかしその割りに、その注目されているスペースはがらんと空いていて、何だか妙な雰囲気だ。
「あれ?今からなんかやるみたい。輝愛ちゃん、もちょっと見える位置に行こう」
言われて初めて辺りを見回す輝愛。
そういえば、カワハシだけじゃなく、社長や勇也さんもいない。
大輔さんやアリスさんはいるけど・・・
皆、どこいっちゃったんだろう。
肩を落とす輝愛に、晃は前方で何か始まりそうな気配を察知し、来客でごった返す会場内を、新郎新婦に近づくように歩き出す。
司会者が何やら話をしているけれど、肝心の主役のはずの、新郎が見当たらない。
新婦がいないのなら、お色直しだろうが、新婦は自席に腰掛けており、見当たらないのは新郎だけだ。
「旦那さん、どこいっちゃったんだろうね?」
晃が左横の輝愛に声をかける。慣れないヒールでよろけていた為、左腕を貸し出したのだ。
輝愛は、『わからない』と言う様に、ぷるぷると首を横に振った。
そこに、いきなり素っ頓狂な声がスピーカーから流れ出した。
『あ~れ~、たぁすけてぇ~』
ざわつく会場をくるりと見回すと、出入り口の大きなドアの前で、さっきまで姿が見えなかった新郎が、なぜかマイクを片手に、怪しい軍団に羽交い絞めにされ、件の台詞を、のろのろと発していた。
「なに、あれ・・」
「さあ・・」
丁度腕を組んだ格好のまま、輝愛と晃は呆然と立ち尽くす。
周りからは、笑い声や、待ってました!などの掛け声がかかったりしている。
待ってました?
何を?
混乱する輝愛に、より一層それを増長させる人物の声が、スピーカーから響いてきた。
『さて、とりあえず、このアホ面な新郎を殺しちゃうぞ』
「・・・・え、しゃちょ・・?」
声の出所を発見するより前に、さらに聞きなれた声が耳に届く。
『だな。いつも無茶苦茶な演出するしな』
ようやく輝愛が声の出所を発見すると、そこにはやはりと言うかなんと言うか、想像通りのメンツが揃っていた。
社長に、カワハシに、珠子さんと勇也さんに、それに何度か客演で一緒にお仕事させてもらった、アクションの上手い先輩方。
「なにする気?」
「さあ」
晃と輝愛は、同じようなはの字眉毛で、事の成り行きを見守る。
『たすけてー、愛しい嫁さんに色んな事する前に、死にたくなぁ~い』
『泣けー、わめけー。今まで後輩をいじめた報いを受けるがいい~』
『色んな事って何だ、変態演出家め~』
マイク片手に、そりゃもう棒読みも棒読みな、ひどい台詞で、『よよよ』と泣き崩れる新郎に、
これまたいつもとはかけ離れてへたくそな台詞回しで、千影が新郎の頭を踏みつける真似をする。
紅龍が真顔で、いつの間に付け替えたのか、新郎の首に鎮座している、安いゴムひも製のお笑い用の様な蝶ネクタイを、新郎の首から伸ばしては離し、びよんびよん顔に当てている。
・・・痛くはなさそうだけど、なんて無礼な
輝愛は自分の口が丸明きになっているのにも気付かず、助けを請うような眼差しで、隣の晃を見上げる。
「ああ、大丈夫だよ。これ、多分余興」
「余興?」
「そう、おもしろいはずだから、見ててごらん」
先の展開が読めたらしい晃は、満面の笑みで輝愛に促す。
「新婦さんのほうは、何回かいづちともアクションチームとも共演している人だし、殺陣も上手いよ」
なぜここで、殺陣の話になるのかと、輝愛が首をかしげる。
そこで朗々と響いたのが、新婦の声である。
『あんた達、ちょっいとお待ち!』
こちらもいつの間にやらマイクを片手に立ち上がっている。
『そんな四十路間近の変態ドエロなクソ演出家でも、とりあえず一応私の旦那!そして金づる!』
新婦の台詞に、皆どっと笑う。
『今まで散々可愛がってやった後輩どもに、好き勝手される覚えは無いわぃ!』
『なんだとー、今まで後輩いびりしか趣味がなかった極悪女優め!』
『憂さ晴らしに新郎はやっつけちゃるぜ』
『旦那も旦那で、こんな鬼嫁やめとけよ』
口々に罵詈雑言を浴びせかける千影や紅龍に、新婦はドレスのスカート部分を引っつかむと、まるで早換えの様に、オーバースカートが取れ、タイトなミニスカートになる。
『三十路後半の先輩のお色気なんかにゃ、負けないぞー』
『うっさい千影!そしてその一味!とりあえず』
そこまでまくし立てると、恐らくここが舞台だったらさぞ見栄えがするだろう角度で、言い放つ。
『ぶっ潰す』
新婦の一言を合図に、悪役的な立場のチームの面々や、先輩方が新婦に飛び掛っていく。
そこから先は流れるように見事な殺陣で、
それこそ一つの芝居を見ている様な感覚だった。
漫画の様に無様にぶっ飛ばされたりしまくったあと、
新婦はへろへろな新郎を片手でぐいっと持ち上げる真似をしてみせると、
『ふん、雑魚が』
と、憎たらしい程の笑みを浮かべる。
『やられたー』
『撤収~』
『恐ろしい嫁だー』
『本気で色んなトコが痛ぇー』
『羨ましくなんかねえー』
口々に適当に失礼な事をほざくと、敵役は手近なドアから逃げていった。
会場は、笑い声と、拍手とでごちゃ混ぜだ。
「ふわぁ」
思いもかけず、声が漏れてしまい、輝愛は隣の晃を見上げる。
「面白かったでしょ」
言う晃も、笑いすぎて目尻に涙が溜まっている。
輝愛はこっくりと頷いて、千影達がはけていったドアを、呆然と見つめた。
立食スタイルで良かったと、心の隅で安堵しながら、
輝愛は場内に流れる司会のアナウンスに、視線を動かした。
「では、大変長らくお待たせいたしました。新郎新婦のご入場です」
朗々と響く、有名男性フリーアナウンサーの台詞と共に、重厚な扉が開かれ、その奥から新郎新婦が現れる。
純白のウェディングドレスに身を包んだ、美しい大先輩女優と、
グレーの礼服に身を包んだ、こちらも大先輩の演出家。
幸せそうに微笑む新婦と、少し恥ずかしそうにしている新郎。
周りの人々の誰もが、笑顔を浮かべ、二人に心からの拍手を送っている。
ここは、幸せの宿る場所なのだ。
そう、輝愛は思った。
こんなに、幸せな場所が、あるんだ、と。
ここにいる、こんなたくさんの人が、皆笑顔なんだ。
・・・すごいな。
お芝居をやらせてもらえるようになって、お客様が笑顔で帰ってもらえるのが嬉しくて、 その感覚に、ちょっと似てる気がした。
あたしにも、そのうち結婚する人とか出来るのかな・・・
そう思って、その前にまず誰かと付き合わなきゃいけないじゃん。
って事に気付いて。
そうすると、もうなんだか別次元の出来事の様な気がした。
「・・・・無理っぽいな」
少しだけ、少しだけだけど、自分の境遇を考えてみたり。
普通に高校生だったら、同級生の友達みたいに、きゃあきゃあ言えたりしたのかな?
誰がかっこいいとか、誰が好きだとか。
いや、それはないかも。
だって、あたしはあたしだし。
それに。
今あたしが高校生だったら、カワハシと一緒にいれないんだもん。
だとしたら、絶対今のまんまでいい。
「結婚は、来世の夢にとっとこう、うん」
新郎新婦が世話になったプロデューサーが乾杯の音頭を取り、会食が始まる。
各々、好きなようにこの空間を楽しんでいる。
輝愛は、チームのメンバー以外にさして親しい人間が居るわけでもない。
花と言うにはおこがましいけど、この素晴らしく美味しそうな料理を堪能したいし、壁の花に立候補しようと、少しだけ背中をもたれかけさせる。
少し離れたところから眺める会場内の景色も、やはり幸せに満ちていて、何だか嬉しくなった。
「あ、いたいた、輝愛ちゃん」
「ほ?」
つい今しがたまで、皿の上に鎮座していたローストビーフをほおばった輝愛に声がかかる。
頑張って何とか口の中に詰め込んで、近くにあったテーブルにグラスと食器を置く。
「大輔さん?どしたんですか?」
「いや、一人紹介しとこうと思って」
もごもご口を動かす輝愛に、タイミング悪かった?と微笑む大輔と、その背後の男性。
こちらも同様に苦笑している。
「・・んぐ。だ、だいじょぶです。今ローストビーフは胃袋へ収めました。大変おいしゅうございました」
そう言って敬礼する輝愛に、大輔の後ろの男は声をあげて笑う。
「あはははは、それは良かった。胃袋も喜んでいることでしょう」
「そりゃあもう」
へんな子ー、と、ひいひい笑いながらも挨拶をしてくる。
「晃です、よろしくね、えっと」
「輝愛です。よろしくです、あきらさん」
年の頃なら輝愛より少々上だろう。
もしかしたら、まだ成人していないくらいかも知れない。
ふわふわとした栗色の髪の毛に、人懐こいころんとした瞳の、可愛らしい印象の男性だ。
背も輝愛よりは高いが、ずば抜けて大きな印象はない。
どちらかと言えば細身の、すらりとした体躯の持ち主で、声も、男性的と言うよりは、中世的な気配である。
「晃くんね、最近仕事は結構お芝居ばっかだから知ってるかな?若手の期待の星だよん」
「あはは、だってさ。ってかオイラ、芸歴長いのに未だに若手のまんまなの」
屈託無く笑う表情に、輝愛も一緒に微笑む。
大輔は妹分と弟分を意味ありげに見つめ、
「そのうち、輝愛ちゃんも仕事で晃くんと一緒になると思うよ?」
「そうなんですか?」
「僕も初耳だけど?大輔兄さん」
きょとんとする二人に、大輔は、ああ、この二人は表情が似ているなぁ
なんてまったり考えながら、
「ま、この業界、広いようで案外狭いしね」
くつくつと笑う大輔に、二人は未だにきょとんとしたままだった。
「まあでも、もし本当にお仕事で会ったら、宜しくね」
「こちらこそです」
「ま、僕のメインのお仕事は、音楽なので、役者だなんておこがましくて言えないけれど」
ふわふわと微笑む晃に、輝愛もつられて微笑む。
その表情が気に入ったのか、晃は若干輝愛に顔を寄せ、
「うん、でも本当に一緒に仕事できたら嬉しい。その時はぜひよろしく。で、ついでに友達になってよ輝愛ちゃん。オイラ同年代の友達少ないの」
「はい、勿論こちらこそです。あたしなんぞ、友達どころか知り合いすらもすんごい少ないです。駆け出しなので」
今更ながらに握手を交わす二人に、大輔が声をかける。
「ごめんね、ちょっと外してもいいかな?お世話になった大先輩がいらしてるみたいで、挨拶に行って来る」
「はい、いってらっしゃいです」
「じゃあ、大輔兄さん、しばらく輝愛ちゃんエスコートしとくね」
何だか本当の兄弟みたいになってしまっている感のある三人は、長兄役の大輔を見送る。
「輝愛ちゃんのエスコート役は?一人で来たんじゃないよね?」
輝愛に向き直る晃に、彼女は少し首をかしげ、
見渡せる範囲すべてを、ゆっくりぐるっと見回してみても、そこに彼女が求める人影は見つからない。
「・・・いないかも」
「そうなんだ。じゃあ見つかるまでは、くっついておいで。僕も一人じゃ寂しいし」
やさしく笑う晃に、輝愛は少しほっとする。
同級生とか、学校の先輩とか、そんな距離感に近いかも。
ちょびっと安心。
会場がざわついて来て、何やら会場内の視線が前に集中している。
しかしその割りに、その注目されているスペースはがらんと空いていて、何だか妙な雰囲気だ。
「あれ?今からなんかやるみたい。輝愛ちゃん、もちょっと見える位置に行こう」
言われて初めて辺りを見回す輝愛。
そういえば、カワハシだけじゃなく、社長や勇也さんもいない。
大輔さんやアリスさんはいるけど・・・
皆、どこいっちゃったんだろう。
肩を落とす輝愛に、晃は前方で何か始まりそうな気配を察知し、来客でごった返す会場内を、新郎新婦に近づくように歩き出す。
司会者が何やら話をしているけれど、肝心の主役のはずの、新郎が見当たらない。
新婦がいないのなら、お色直しだろうが、新婦は自席に腰掛けており、見当たらないのは新郎だけだ。
「旦那さん、どこいっちゃったんだろうね?」
晃が左横の輝愛に声をかける。慣れないヒールでよろけていた為、左腕を貸し出したのだ。
輝愛は、『わからない』と言う様に、ぷるぷると首を横に振った。
そこに、いきなり素っ頓狂な声がスピーカーから流れ出した。
『あ~れ~、たぁすけてぇ~』
ざわつく会場をくるりと見回すと、出入り口の大きなドアの前で、さっきまで姿が見えなかった新郎が、なぜかマイクを片手に、怪しい軍団に羽交い絞めにされ、件の台詞を、のろのろと発していた。
「なに、あれ・・」
「さあ・・」
丁度腕を組んだ格好のまま、輝愛と晃は呆然と立ち尽くす。
周りからは、笑い声や、待ってました!などの掛け声がかかったりしている。
待ってました?
何を?
混乱する輝愛に、より一層それを増長させる人物の声が、スピーカーから響いてきた。
『さて、とりあえず、このアホ面な新郎を殺しちゃうぞ』
「・・・・え、しゃちょ・・?」
声の出所を発見するより前に、さらに聞きなれた声が耳に届く。
『だな。いつも無茶苦茶な演出するしな』
ようやく輝愛が声の出所を発見すると、そこにはやはりと言うかなんと言うか、想像通りのメンツが揃っていた。
社長に、カワハシに、珠子さんと勇也さんに、それに何度か客演で一緒にお仕事させてもらった、アクションの上手い先輩方。
「なにする気?」
「さあ」
晃と輝愛は、同じようなはの字眉毛で、事の成り行きを見守る。
『たすけてー、愛しい嫁さんに色んな事する前に、死にたくなぁ~い』
『泣けー、わめけー。今まで後輩をいじめた報いを受けるがいい~』
『色んな事って何だ、変態演出家め~』
マイク片手に、そりゃもう棒読みも棒読みな、ひどい台詞で、『よよよ』と泣き崩れる新郎に、
これまたいつもとはかけ離れてへたくそな台詞回しで、千影が新郎の頭を踏みつける真似をする。
紅龍が真顔で、いつの間に付け替えたのか、新郎の首に鎮座している、安いゴムひも製のお笑い用の様な蝶ネクタイを、新郎の首から伸ばしては離し、びよんびよん顔に当てている。
・・・痛くはなさそうだけど、なんて無礼な
輝愛は自分の口が丸明きになっているのにも気付かず、助けを請うような眼差しで、隣の晃を見上げる。
「ああ、大丈夫だよ。これ、多分余興」
「余興?」
「そう、おもしろいはずだから、見ててごらん」
先の展開が読めたらしい晃は、満面の笑みで輝愛に促す。
「新婦さんのほうは、何回かいづちともアクションチームとも共演している人だし、殺陣も上手いよ」
なぜここで、殺陣の話になるのかと、輝愛が首をかしげる。
そこで朗々と響いたのが、新婦の声である。
『あんた達、ちょっいとお待ち!』
こちらもいつの間にやらマイクを片手に立ち上がっている。
『そんな四十路間近の変態ドエロなクソ演出家でも、とりあえず一応私の旦那!そして金づる!』
新婦の台詞に、皆どっと笑う。
『今まで散々可愛がってやった後輩どもに、好き勝手される覚えは無いわぃ!』
『なんだとー、今まで後輩いびりしか趣味がなかった極悪女優め!』
『憂さ晴らしに新郎はやっつけちゃるぜ』
『旦那も旦那で、こんな鬼嫁やめとけよ』
口々に罵詈雑言を浴びせかける千影や紅龍に、新婦はドレスのスカート部分を引っつかむと、まるで早換えの様に、オーバースカートが取れ、タイトなミニスカートになる。
『三十路後半の先輩のお色気なんかにゃ、負けないぞー』
『うっさい千影!そしてその一味!とりあえず』
そこまでまくし立てると、恐らくここが舞台だったらさぞ見栄えがするだろう角度で、言い放つ。
『ぶっ潰す』
新婦の一言を合図に、悪役的な立場のチームの面々や、先輩方が新婦に飛び掛っていく。
そこから先は流れるように見事な殺陣で、
それこそ一つの芝居を見ている様な感覚だった。
漫画の様に無様にぶっ飛ばされたりしまくったあと、
新婦はへろへろな新郎を片手でぐいっと持ち上げる真似をしてみせると、
『ふん、雑魚が』
と、憎たらしい程の笑みを浮かべる。
『やられたー』
『撤収~』
『恐ろしい嫁だー』
『本気で色んなトコが痛ぇー』
『羨ましくなんかねえー』
口々に適当に失礼な事をほざくと、敵役は手近なドアから逃げていった。
会場は、笑い声と、拍手とでごちゃ混ぜだ。
「ふわぁ」
思いもかけず、声が漏れてしまい、輝愛は隣の晃を見上げる。
「面白かったでしょ」
言う晃も、笑いすぎて目尻に涙が溜まっている。
輝愛はこっくりと頷いて、千影達がはけていったドアを、呆然と見つめた。
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■こんぺいとう5 ウェディング!! 7 ■
本来なら、新郎新婦の役回りが逆なバージョンは、稀にあるらしい。
要するに、若干おふざけな余興なのだが、新婦がさらわれ、新郎が助けてめでたしめでたしな、ありがちなストーリーのやつだ。
しかし、今回は新婦が力ずくで新郎を奪取するという、しかも後で聞いたら、その為だけに、殺陣の稽古や、社長紅龍の本気の殺陣返しまでしていたと言うから、結婚式自体が初めてだった輝愛が面食らうのも仕方が無い。
「某ヒーローショーメインなプロダクションの俳優同士の結婚式なんぞ、花嫁のお色直しのエスコート役が、親父さんでもお袋さんでもなく、そのプロダクションの看板ヒーローだったことだってあるぞ」
新郎がそのヒーローの、いわゆる『中身』をやっていたらしく、ケーキカットすら、そのヒーローが使う剣タイプの武器でやったとか。
そこまで来ると、新郎新婦が主役なのか、ヒーローメインなステージなのか、いささか分からなくなった。と、千影は笑った。
ようやく戻ってきた千影は、輝愛にジャケットを渡し、ネクタイを結び直す。
「川橋さん、お久しぶりです」
輝愛に左腕を貸していた晃は、千影にその役目を返しながら、挨拶をする。
「を、晃。悪いな、コイツ」
受け取ったジャケットを羽織りつつ、晃に笑顔を向ける。
輝愛が口を開きかけたところで、また遠くで千影を呼ぶ声がかかる。
「はいはい、ったく人使いが荒い・・悪い、もう少しちょっと待ってろ、な」
一瞬だけ娘分に顔を近づけて言うと、晃に簡単に挨拶をすると、また小走りで離れていった。
微かに眉尻を下げてしまった輝愛に、晃は携帯を出して微笑む。
「アドレス、聞いてもいい?」
「あ、はい、こちらこそ」
慌てて、普段持たないような小さなパーティーバックから携帯電話を取り出し、晃とアドレスと電話番号を交換する。
自分で買ったわけではない携帯電話だが、一年も経てばそこそこ使えるようになる。
もともと機械にはひどく疎いのだが、何かあったらどうするだの、仕事でいるだろうだのと説き伏せられ、高いから嫌だと断ると、じゃあ自分で払わないならいいだろと、半ば強引に千影から買い与えられてしまった。
色は可愛らしくピンクを選んでくれたらしいが、同世代の女の子のように、ストラップやらはついておらず、まあシンプルな状態の携帯ではあるのだが。
晃は輝愛の顔を、今一度見つめると、
「ねえ輝愛ちゃん、オイラのお仕事は歌なんだけどもさ」
「はい」
「もし良かったら、今度プロモに出てよ」
「えええ?」
思いもかけない晃の発言に、輝愛は自分でも目玉が落っこちるんじゃないかと言うほど目を見開く。
「ああ、もちろんちゃんとオファーするけど、オファー来たら、もし良かったら考えてみてね。オレの曲のイメージに合うと思うから、あなた」
「ああああ、ありがとうございます」
そう言って差し出された晃の手を、若干呆けたままで握り返した。
じゃあ、申し訳ないけど、実はこの後ラジオの仕事があるから、と、晃はまだ戻らぬ千影を気にしつつ、本当にすまなさそうに帰っていった。
近くに誰もいなくなると、なんだかちょっと肌寒いような気がする。
そう言えば、上着も持っていないし、靴は普段履かないような様なヒールでちょっと疲れたし、着ているドレスはキャミソールワンピースだし、ボレロはなんだか素材はよく分からないけど透けてる奴で、きらきらしててすごく綺麗だけど、お世辞にもあったかくなんてないし。
あんまり冷房がきつくなさそうな壁際に寄りかかろうと、踵を返した瞬間、ぼすっ、と言う音と共に、何かにぶつかる。
「き、輝愛ちゃん」
ぶつかられた主、茜は、ぶつかられた主が輝愛である事に気付くと、途端に頬を染める。
自分の肩を抱くようにしている彼女に、茜は自分のジャケットを脱ぐと、悪いからと断る輝愛の肩に、半ば無理やりかけてやる。
その様子をわずかに離れた所で見つけた大輔は、「あらら、こわい」と呟くと、後輩を命の危険から救わなきゃと、苦笑しながら二人に近づいて行く。
「輝愛ちゃん、お疲れ様。今日は一段と可愛いね。ね、茜」
「か・・可愛いですよ、はい」
晃は帰っちゃった?と聞く大輔に、お仕事だって言ってましたと答える輝愛。
その後ろで、赤面した頬を腕で隠す茜。
「ああ、晃最近徐々に忙しくなってるからね」
出口では、新郎新婦が来客のお見送りをしている。
各自にお礼の品を手渡し、会話を交わす上、来客数が半端ではないので、一向に会場内の人数が減る気配はない。
まだしばらくゆっくりしてても大丈夫な様だ。
「輝愛ちゃん」
茜が声をかける。ようやく顔の朱も引いたようだ。
「はい?」
輝愛が振り向くと、普段と違って、可愛らしく巻かれた髪の毛がふわん、となびく。
「実はさ、この後橋本さんやらと飲みに行くんだけど、一緒にどう?」
「え」
茜の突然な誘いに、どうしていいか分からず、一瞬固まる。
「茜、輝愛ちゃんまだ未成年だよ」
「大丈夫ですって、お酒飲まなくていいんだし、ご飯美味しいとこだし、橋本さんの彼女も来るって言うし」
茜は輝愛の両肩を手で掴んで、
「たまには息抜きがてら、どう?せっかくそんなに可愛い格好してるんだし、そのまま帰るのもったいないよ」
大輔はどうしたもんかと逡巡している。
可愛い後輩の恋路を邪魔したくは無いけれど、命は救ってやらないといけないだろうとも思うし。
また、可愛い妹分も、守ってやったほうがいいかもしれないし。
最も、この妹分が、目の前で自分を誘う男性の、本意を読み取っているのか怪しいところではあるが。
「大輔さんも一緒に来ませんか?」
「羽織袴で居酒屋行けって?カンベンしてよ」
そこまでして輝愛を誘いたいのか、大輔は苦笑する。
「でも、カワハシに聞いてみないと」
「メール入れとけば大丈夫でしょ。子供じゃないんだし」
千影の名前を出すと、いささか不機嫌になった茜は、輝愛の肩を抱き寄せ、方向転換させようとする。
瞬間、輝愛の両肩が若干強張った様に引きつる。
大輔を、困った様な顔で見上げる。
「うーん、ちょっと貸して」
大輔も困った様な顔のまま、茜から輝愛をするりと奪い返す。
「大輔さん、何スか」
「待ちなさいって、茜ちゃん」
若干怒気を孕んだ後輩の台詞に、左手で「待て」と制して、輝愛の身体の硬直が、薄らいで行くのを確認すると、
「茜ちゃん。今日はカンベンしてあげて」
「何でですか、俺は輝愛ちゃん誘ってるんですよ」
さっき大輔さんもどうですかと、社交辞令で言ったのは、彼の中でもう無かった事になっているらしい。
「理由分からない様じゃ、余計だめ。僕が大丈夫なのは、絶対に『ない』から。頭で理解してなくても、本能で分かってる」
「・・・・何の話ですか?」
いきなり抽象的になった大輔に、訝しげな顔をする茜。
「だから、分からないんじゃだめだって。まだ生まれてないんだから、外側から勝手に殻破って引っ張り出したら、死んでしまう」
さっきから、ちらちらと三人を遠巻きに見てる人間が増えた。
見ようによっては、三角関係の痴話喧嘩にでも見えるのだろうか。
その割りに、中心にいるであろう輝愛が、全く理解していないような表情なのだが。
「大輔さんの話、よく分かんないです・・輝愛ちゃん、行こう」
憮然とした表情のまま、輝愛の腕を掴むと、ぐいと引き寄せる。
「きゃ」
バランスを崩した彼女が、茜の懐に倒れこむと、茜はそのまま彼女を抱え込んだ。
「茜、喧嘩売る相手が違うよ」
「売ってないですよ」
大輔が、いよいよ真顔になる。
険悪な空気が流れる。輝愛はどうしていいか分からず、目線を走らせた。
再び、腕が引っ張られる。倒れこんだ先の懐は、懐かしい香りだった。
「・・・・遅くなって悪かったな、帰るか」
いつもより幾分柔らかい声が振ってくる。
輝愛は、もう大分長い事会ってなかった気がするその人のシャツを、無言で掴んだ。
声の主、千影は、輝愛の肩に掛けられたジャケットを取ると、代わりに珠子から持たされたカシミヤのシャンパンゴールドカラーのストールで、輝愛の肩をすっぽり包んで、縛ってしまう。
さながら、上半身は袋詰めされたような格好になる。
「悪いな、大輔」
「いいえ、お待ちしてましたとも」
ようやくいつも通りの柔和な笑みに戻った大輔が、肩を落とす。
「茜、コレ、返すな。うちのが、悪い」
「・・・・・いえ」
ジャケットを茜に返す千影。受け取る茜の表情は、明るくない。
無理もない。千影の言葉に隠された真意を、汲み取ってのことである。
年の功より亀の甲か。明らかに不機嫌になった茜に対して、当の千影は、いつも通りである。
「じゃあ、輝愛ちゃん、茜ちゃん、またね。川橋さん、お疲れ様です。お先失礼します」
「おお、お疲れ」
懐から扇子を取り出して自分の肩をぽんぽんと叩くと、大輔は踵を返す。
「・・お疲れ様でした」
「ん、お疲れ」
勇也達の呼ぶ声に、茜もしぶしぶ去っていく。
ようやく残された二人は、しばらくぼうっとしていた。
「・・・・大丈夫か?」
「・・え?あ、うん」
言われていまだに千影のジャケットを掴んだままだった事に気付いて、ようやく手を緩める。
支えを失ったかの様に、膝が笑った様になり、崩れ落ちそうになる。
「おっと」
片手でそれを抱えると、そのまま立ち上がらせた。
「悪い」
「え・・なにが?」
「いや、色々」
輝愛は、目の前でやや気遣った表情でいる千影を見上げ、ようやく、一つ大きく息を吐いた。
「・・へへ、慣れない靴とか雰囲気で、気疲れしちゃったみたいかも」
「ん、帰ろう、な」
それだけが理由でないのは明白だが、千影は優しく微笑むと、駐車場へ向かった。
助手席に輝愛を乗せると、引き出物やらは後部座席へ投げ込んだ。
自分も運転席に乗り込み、シートベルトを締めて、エンジンをかける。
「疲れただろ」
「だいじょぶ。それより、運転平気?お酒のんでない?」
「ああ、うっかり車だったから、乾杯すらソフトドリンクでしたよ、残念ながら」
心底がっかりしたように、下唇をとがらせて言う千影に、少しだけ笑う。
「・・・ようやく少し笑ったな」
「え」
そんな変な顔してた自覚はないけれど、と、輝愛は両手で両頬を押さえる。
「夜景、見て帰るか。横浜の夜景、綺麗だぞ」
珍しい事を言うと、千影は車を発進させた。
本来なら、新郎新婦の役回りが逆なバージョンは、稀にあるらしい。
要するに、若干おふざけな余興なのだが、新婦がさらわれ、新郎が助けてめでたしめでたしな、ありがちなストーリーのやつだ。
しかし、今回は新婦が力ずくで新郎を奪取するという、しかも後で聞いたら、その為だけに、殺陣の稽古や、社長紅龍の本気の殺陣返しまでしていたと言うから、結婚式自体が初めてだった輝愛が面食らうのも仕方が無い。
「某ヒーローショーメインなプロダクションの俳優同士の結婚式なんぞ、花嫁のお色直しのエスコート役が、親父さんでもお袋さんでもなく、そのプロダクションの看板ヒーローだったことだってあるぞ」
新郎がそのヒーローの、いわゆる『中身』をやっていたらしく、ケーキカットすら、そのヒーローが使う剣タイプの武器でやったとか。
そこまで来ると、新郎新婦が主役なのか、ヒーローメインなステージなのか、いささか分からなくなった。と、千影は笑った。
ようやく戻ってきた千影は、輝愛にジャケットを渡し、ネクタイを結び直す。
「川橋さん、お久しぶりです」
輝愛に左腕を貸していた晃は、千影にその役目を返しながら、挨拶をする。
「を、晃。悪いな、コイツ」
受け取ったジャケットを羽織りつつ、晃に笑顔を向ける。
輝愛が口を開きかけたところで、また遠くで千影を呼ぶ声がかかる。
「はいはい、ったく人使いが荒い・・悪い、もう少しちょっと待ってろ、な」
一瞬だけ娘分に顔を近づけて言うと、晃に簡単に挨拶をすると、また小走りで離れていった。
微かに眉尻を下げてしまった輝愛に、晃は携帯を出して微笑む。
「アドレス、聞いてもいい?」
「あ、はい、こちらこそ」
慌てて、普段持たないような小さなパーティーバックから携帯電話を取り出し、晃とアドレスと電話番号を交換する。
自分で買ったわけではない携帯電話だが、一年も経てばそこそこ使えるようになる。
もともと機械にはひどく疎いのだが、何かあったらどうするだの、仕事でいるだろうだのと説き伏せられ、高いから嫌だと断ると、じゃあ自分で払わないならいいだろと、半ば強引に千影から買い与えられてしまった。
色は可愛らしくピンクを選んでくれたらしいが、同世代の女の子のように、ストラップやらはついておらず、まあシンプルな状態の携帯ではあるのだが。
晃は輝愛の顔を、今一度見つめると、
「ねえ輝愛ちゃん、オイラのお仕事は歌なんだけどもさ」
「はい」
「もし良かったら、今度プロモに出てよ」
「えええ?」
思いもかけない晃の発言に、輝愛は自分でも目玉が落っこちるんじゃないかと言うほど目を見開く。
「ああ、もちろんちゃんとオファーするけど、オファー来たら、もし良かったら考えてみてね。オレの曲のイメージに合うと思うから、あなた」
「ああああ、ありがとうございます」
そう言って差し出された晃の手を、若干呆けたままで握り返した。
じゃあ、申し訳ないけど、実はこの後ラジオの仕事があるから、と、晃はまだ戻らぬ千影を気にしつつ、本当にすまなさそうに帰っていった。
近くに誰もいなくなると、なんだかちょっと肌寒いような気がする。
そう言えば、上着も持っていないし、靴は普段履かないような様なヒールでちょっと疲れたし、着ているドレスはキャミソールワンピースだし、ボレロはなんだか素材はよく分からないけど透けてる奴で、きらきらしててすごく綺麗だけど、お世辞にもあったかくなんてないし。
あんまり冷房がきつくなさそうな壁際に寄りかかろうと、踵を返した瞬間、ぼすっ、と言う音と共に、何かにぶつかる。
「き、輝愛ちゃん」
ぶつかられた主、茜は、ぶつかられた主が輝愛である事に気付くと、途端に頬を染める。
自分の肩を抱くようにしている彼女に、茜は自分のジャケットを脱ぐと、悪いからと断る輝愛の肩に、半ば無理やりかけてやる。
その様子をわずかに離れた所で見つけた大輔は、「あらら、こわい」と呟くと、後輩を命の危険から救わなきゃと、苦笑しながら二人に近づいて行く。
「輝愛ちゃん、お疲れ様。今日は一段と可愛いね。ね、茜」
「か・・可愛いですよ、はい」
晃は帰っちゃった?と聞く大輔に、お仕事だって言ってましたと答える輝愛。
その後ろで、赤面した頬を腕で隠す茜。
「ああ、晃最近徐々に忙しくなってるからね」
出口では、新郎新婦が来客のお見送りをしている。
各自にお礼の品を手渡し、会話を交わす上、来客数が半端ではないので、一向に会場内の人数が減る気配はない。
まだしばらくゆっくりしてても大丈夫な様だ。
「輝愛ちゃん」
茜が声をかける。ようやく顔の朱も引いたようだ。
「はい?」
輝愛が振り向くと、普段と違って、可愛らしく巻かれた髪の毛がふわん、となびく。
「実はさ、この後橋本さんやらと飲みに行くんだけど、一緒にどう?」
「え」
茜の突然な誘いに、どうしていいか分からず、一瞬固まる。
「茜、輝愛ちゃんまだ未成年だよ」
「大丈夫ですって、お酒飲まなくていいんだし、ご飯美味しいとこだし、橋本さんの彼女も来るって言うし」
茜は輝愛の両肩を手で掴んで、
「たまには息抜きがてら、どう?せっかくそんなに可愛い格好してるんだし、そのまま帰るのもったいないよ」
大輔はどうしたもんかと逡巡している。
可愛い後輩の恋路を邪魔したくは無いけれど、命は救ってやらないといけないだろうとも思うし。
また、可愛い妹分も、守ってやったほうがいいかもしれないし。
最も、この妹分が、目の前で自分を誘う男性の、本意を読み取っているのか怪しいところではあるが。
「大輔さんも一緒に来ませんか?」
「羽織袴で居酒屋行けって?カンベンしてよ」
そこまでして輝愛を誘いたいのか、大輔は苦笑する。
「でも、カワハシに聞いてみないと」
「メール入れとけば大丈夫でしょ。子供じゃないんだし」
千影の名前を出すと、いささか不機嫌になった茜は、輝愛の肩を抱き寄せ、方向転換させようとする。
瞬間、輝愛の両肩が若干強張った様に引きつる。
大輔を、困った様な顔で見上げる。
「うーん、ちょっと貸して」
大輔も困った様な顔のまま、茜から輝愛をするりと奪い返す。
「大輔さん、何スか」
「待ちなさいって、茜ちゃん」
若干怒気を孕んだ後輩の台詞に、左手で「待て」と制して、輝愛の身体の硬直が、薄らいで行くのを確認すると、
「茜ちゃん。今日はカンベンしてあげて」
「何でですか、俺は輝愛ちゃん誘ってるんですよ」
さっき大輔さんもどうですかと、社交辞令で言ったのは、彼の中でもう無かった事になっているらしい。
「理由分からない様じゃ、余計だめ。僕が大丈夫なのは、絶対に『ない』から。頭で理解してなくても、本能で分かってる」
「・・・・何の話ですか?」
いきなり抽象的になった大輔に、訝しげな顔をする茜。
「だから、分からないんじゃだめだって。まだ生まれてないんだから、外側から勝手に殻破って引っ張り出したら、死んでしまう」
さっきから、ちらちらと三人を遠巻きに見てる人間が増えた。
見ようによっては、三角関係の痴話喧嘩にでも見えるのだろうか。
その割りに、中心にいるであろう輝愛が、全く理解していないような表情なのだが。
「大輔さんの話、よく分かんないです・・輝愛ちゃん、行こう」
憮然とした表情のまま、輝愛の腕を掴むと、ぐいと引き寄せる。
「きゃ」
バランスを崩した彼女が、茜の懐に倒れこむと、茜はそのまま彼女を抱え込んだ。
「茜、喧嘩売る相手が違うよ」
「売ってないですよ」
大輔が、いよいよ真顔になる。
険悪な空気が流れる。輝愛はどうしていいか分からず、目線を走らせた。
再び、腕が引っ張られる。倒れこんだ先の懐は、懐かしい香りだった。
「・・・・遅くなって悪かったな、帰るか」
いつもより幾分柔らかい声が振ってくる。
輝愛は、もう大分長い事会ってなかった気がするその人のシャツを、無言で掴んだ。
声の主、千影は、輝愛の肩に掛けられたジャケットを取ると、代わりに珠子から持たされたカシミヤのシャンパンゴールドカラーのストールで、輝愛の肩をすっぽり包んで、縛ってしまう。
さながら、上半身は袋詰めされたような格好になる。
「悪いな、大輔」
「いいえ、お待ちしてましたとも」
ようやくいつも通りの柔和な笑みに戻った大輔が、肩を落とす。
「茜、コレ、返すな。うちのが、悪い」
「・・・・・いえ」
ジャケットを茜に返す千影。受け取る茜の表情は、明るくない。
無理もない。千影の言葉に隠された真意を、汲み取ってのことである。
年の功より亀の甲か。明らかに不機嫌になった茜に対して、当の千影は、いつも通りである。
「じゃあ、輝愛ちゃん、茜ちゃん、またね。川橋さん、お疲れ様です。お先失礼します」
「おお、お疲れ」
懐から扇子を取り出して自分の肩をぽんぽんと叩くと、大輔は踵を返す。
「・・お疲れ様でした」
「ん、お疲れ」
勇也達の呼ぶ声に、茜もしぶしぶ去っていく。
ようやく残された二人は、しばらくぼうっとしていた。
「・・・・大丈夫か?」
「・・え?あ、うん」
言われていまだに千影のジャケットを掴んだままだった事に気付いて、ようやく手を緩める。
支えを失ったかの様に、膝が笑った様になり、崩れ落ちそうになる。
「おっと」
片手でそれを抱えると、そのまま立ち上がらせた。
「悪い」
「え・・なにが?」
「いや、色々」
輝愛は、目の前でやや気遣った表情でいる千影を見上げ、ようやく、一つ大きく息を吐いた。
「・・へへ、慣れない靴とか雰囲気で、気疲れしちゃったみたいかも」
「ん、帰ろう、な」
それだけが理由でないのは明白だが、千影は優しく微笑むと、駐車場へ向かった。
助手席に輝愛を乗せると、引き出物やらは後部座席へ投げ込んだ。
自分も運転席に乗り込み、シートベルトを締めて、エンジンをかける。
「疲れただろ」
「だいじょぶ。それより、運転平気?お酒のんでない?」
「ああ、うっかり車だったから、乾杯すらソフトドリンクでしたよ、残念ながら」
心底がっかりしたように、下唇をとがらせて言う千影に、少しだけ笑う。
「・・・ようやく少し笑ったな」
「え」
そんな変な顔してた自覚はないけれど、と、輝愛は両手で両頬を押さえる。
「夜景、見て帰るか。横浜の夜景、綺麗だぞ」
珍しい事を言うと、千影は車を発進させた。
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