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桃屋の創作テキスト置き場
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■こんぺいとう 4  あくとあくたーず9 ■




「じゃ、行くか」
「うん」

 翌日、身支度を整え、千影が輝愛にバイクのメットを渡す。
「これ、かぶるの?」
「そ。だから馬の尻尾はほどいた方がいいな」
 言われて髪の毛を縛っていたゴムを外し、渡されたフルフェイスのメットを被ってみる。
「どお?」
「聞こえにくいし話しにくい」
「まあ、ちょっと我慢してくれや、な?」
 メットの中で大声で叫ぶ輝愛に、優しく微笑んで、千影は彼女を手招いた。
「あ、悪い、ヒップバック、お前がつけて」
「なんで?」
 自分の腰から外してヒップバックを渡すと、彼女はそれをしげしげと眺めて問い返す。
「二人乗りだから」
「?」
 言われるままに、理由は分からなかったが、自分の腰に巻き付ける。

 ブウォン
 と、景気の良いエンジンの音が低く響く。
「バイクなんか持ってたんだ」
「普段あんま乗ってないからなあ。見るの初めてだったか?」
 輝愛はこっくりと頷いて、黒地の光沢あるボディを撫でる。
「じゃあ、乗って」
「どこに?」
 自分のメットを被りながら言うと、彼女はさも不思議そうに問い掛けてくる。
「どこって、ココ」
 言って、自分がまたがった部分の後ろを、手でぱしんと叩く。
「え、そこ?そこに乗るの?」
「他に乗るとこないだろ」
「横にくっつく丸い奴じゃないのー!?」
「はあ?」
 半分パニックになりかかってる彼女の言っている意味が分からず、メットから唯一覗く目を顰めてみせる。
「大きいバイクの横にはついてるでしょ?もう一人乗れる変な奴」
「・・・・・お前が言ってるのって、もしかしてサイドカーの事?」
「多分それ」
 そう言う事かと納得し、しかし残念ながら千影のバイクにサイドカーはない。
「ああ、でっかいのとかには良く付けるけどなあ。これハーレーとか言え、883だし、あんまり付けねーだろ?」
「????」
 本気で混乱してる彼女に苦笑して、ぽんとメットの上から軽く頭を叩く。
「まあとにかく、二ケツしか方法が無いのだ。諦めろ」
「きっと死ぬ・・・」
 顔面蒼白になって、がっくりと首をうな垂れて、それでも仕方なく後ろにまたがる輝愛に、


「大丈夫だって。捕まってれば」
「じゃあ離したら?」
「そりゃあ、落ちるわ」
「やっぱりいやーー!」
 半べそかきながら、いやいやをする。

「泣くな!しばってやっから」
 言ってお互いの腰のベルトを繋ぐ。
「これで死ぬなら一蓮托生だ」
「死なない方向でお願いします」
 彼女が応えるなり、千影はエンジンをふかして地を蹴った。





「うわ―――ん」
「泣くな!」
「ひ―――ん」
「叫ぶな!」
「カワハシのうそつき――」
「はあ?」
 メット越しの大声の会話ではあるが、風にかき消されて、漸くお互いの耳に届く程度である。
 

 輝愛はよほどバイクが恐いのか、両手が白くなるまで力を込めて握り締め、千影の腰をこれでもか!と言わんばかりに抱き潰す勢いである。
 千影は、彼女に手袋を買うのを失念していた事に気付き、どこかの店で買ってやらねばと、冷静に考えていた。


「景色見てみろ。キレイだぞ」
「無理~!!」
 そんなに早く走っている訳ではないのに、この恐がりぶりに、微笑ましく思って、笑みが漏れた。
 

 これで『時間がないから急ぐ』なんて告げた日には、本気で泣き叫ぶだろうな、等と思いながら。
 

 途中見つけたコンビニで、バイクを止める。
 エンジンを切って腰のベルトを解いてやったが、一向に輝愛がバイクから降りる気配がない。
「どうした?」
 メットを取って顔を近づけ、彼女のメットも外してやる。
「トーイ?」
 うつむき加減の彼女の顎に手を沿えて、上を向かせてみると、
「あらら・・」
「う・・・・・うえ・・・・」
 しかめっ面にした瞳から、ぽろぽろと涙が零れ落ちた。
「ごめんごめん、この先はもっとゆっくり行くから泣くな!な?」
 まさか本気で泣くと思ってなかった千影は、可笑しいのと申し訳ないのと、それでも泣き顔を見るのは二回目だ、なんて懐かしいのとごっちゃになって、珍しく眉尻を下げて笑いを堪えた。
「カワハシのアホー」
「はい、そうです。だからごめん」
 指で涙を拭ってやると、ふてくされたまんまだったが、ようやく鼻をすん、とすすって、
「ご飯おごってね」
 と、 上目遣いで脅迫してきた。
「お安い御用です、お嬢様」
 笑いながら応えて、バイクにまたがったまんまの彼女を降ろしてやる。
 予想通り、足ががくがくになっていたので、また少し笑ってしまった。



 食料調達と手洗いを済ませ、彼女用の手袋も簡易ではあるが調達し、再びバイクにまたがる。
「・・・ゆっくりにしてね」
「はいはい」
 千影は苦笑して、彼女を座らせて、自分のベルトと再び繋いで固定する。


「あーあ、目が赤い」
「誰のせいよ」
 顔を覗き込んで苦笑すると、未だにふてくされた声が返ってくる。
「俺か?やっぱり」
 無言でこっくりとうなずく輝愛。
「機嫌直せ。可奈子にブスだって笑われるぞ」


 言って、輝愛の涙の跡が残るまぶたに、予告無しに一瞬だけ唇を落とした。


「え・・・・え・・・・・!?」
「ん?行くぞ」
 千影は口を開いてぱくぱくさせている輝愛にメットをかぶせ、自分も素早くメットを被ると、彼女の腕を自分の腰に回させて、再びエンジンをふかして地を蹴った。

 
 ―――何今の、何今の!?


 必死に千影にしがみ付きながら、輝愛は先ほどとは別の意味で早い鼓動が耳につく。


「カワハシ、今何した?」


 ぽつりと呟く声は、メット越しの彼には到底届かない。


 なんで?
 あたしが泣いてたから?
 そうだよね?


 耳が熱いのを誤魔化すように、さっきよりも強く、体を千影にくっつけた。
メット越しに見た景色は、移り変わりが速かったけど、遠くの空はゆっくりで、何だかとてもきれいだった。





 いつのまにかバイクが止まり、エンジンの音が消えていた。


「ついたよ、お姫様」


 そう言って、しがみ付いたままの輝愛の頭を、後ろ手に起用にぽん、と叩く。
 ようやく顔をあげると、メットを外した千影が振り返り、
「元気?」
 とだけ聞いた。
 
 輝愛はもそもそとメットを外すと、頭をプルプルと振って、髪の毛をなびかせた。
「外すから待ってろ」
「ん」
 繋いだベルトを解くと、千影は輝愛をバイクからおろす。
 先ほども思ったが、普段より今日の千影は過保護な気がする。
 おかしいのは昨日もそうだが、今日はなんだか爽やかに、妖しい。

「わ・・・キレイ・・・」

 眼下に広がる景色に、思わず声を漏らす。
「だろ?ここは変わんねえなあ」
 横に並んだ地影も、懐かしそうに目を細めた。
「ここからちょっと歩くんだ。歩けるか?」
「うん」
 振り返る千影に、輝愛はうなずいて、彼の後を追った。


 道路があった。
 眼下に広がるのは、緑深い山々。そして紅葉の終わってしまった木々。
 抜けるように蒼い空。
 そして、小高い丘にあったのは、



 小さな、墓。



「さっき買った食い物、、出してくれる?」
 言われるままに、輝愛は急いでヒップバックから、先ほどのコンビニで仕入れたカップの酒とお菓子を渡す。
「花は持って来れないからなあ、ま、アイツは酒好きだったから、良いかな」
 言いながら、一本目の酒の蓋を開けて、墓の上からたぷたぷとかけてやる。
 二本目は、そのまま置いてやって、お菓子も横にそえた。

「カワハシ・・・・」
「ん?」
 ようやく出せた声も、続きが言葉にならなかった。
 優しい表情で振り返る彼に、輝愛は両手をぎゅっと握り締める。

「トーイ」
 手をこまねいて、おいでおいでをしている。
 しかし、輝愛の足は動かなかった。
「それ・・・誰・・・」
 震える声で訊ねる。
 喉が渇くのは、乾燥しているからとか、そう言った類の原因ではない。


「可奈子だよ」


 いともあっさり、当然のように答える。
「うそ・・・」
「本当」
 苦笑するように微笑んで、輝愛の所まで戻ってくる。


「や・・」
「トーイ?」
「やだあ・・」
 そのまま、顔を覆って泣き出してしまった。
「・・なんで泣くんだよ」
「だって・・・知らなかった・・・」
 そりゃ、言ってないんだから他から吹き込まれない限り知らないだろうが。
 しかし、まさか泣くとは思っていなかったので、千影はいささか焦っていた。
「可奈子さんがもう居ないなんて、やだあ・・」
「はあ?」
 予想外の言葉に相好を崩し、彼女の前にしゃがみ込む。
「可奈子さん大好きなのに、やっと会えると思ったのに」
 しゃくりあげながら言葉を紡ぐ輝愛に、千影の表情が変わる。
「居ないなんてやだあ・・知りたくなかった・・」
 しゃくりあげる彼女に、千影は『まいったな』と呟いて笑った。
「ははは」
「何が可笑しいの」
「可奈子を知らないお前が、可奈子の為に泣くんだな」
「だって・・」
 馬鹿にされたと思ったのか、顔をあげて千影を睨みつける。
「だって、可奈子さんのお芝居、全部見たけど、大好きなんだもん」
 そう言って、またぼろぼろと泣き出した。
 彼にしてみれば、あの部屋のビデオを彼女が見ていた事に気付かなかった自分の失態であるのだが、それ以上に、今は目の前の彼女の泣きっ面をどうにかして止めたかった。

「泣くなって」
「やだ」
「俺が泣かしてるみたいじゃんか」
「うええ~」
 どうにもこうにも、そうそう泣き止む気配が無い輝愛に、千影は愛しいものでも見るように目を細めて、彼女を攫うように抱き上げた。


「この際その不細工な顔でいいや。見せてやれ」
「うへえ?酷い!」
 輝愛を担いで墓前に戻ると、立て膝になって、足の間に彼女を降ろす。


 そのまま輝愛はぺたん、と座り込んでしまった。
 彼女を見つめて一人微笑むと、千影は『可奈子』に話し掛ける。


「久しぶり・・・・・・・もう、何年だろうな・・・・・・」


 勿論、帰ってくる言葉も声も無い。
 ただ、高台特有の風が、終始吹いている。
「もう知ってるだろうが、これが今の看板娘だぞ。輝愛って言うんだ。若くて可愛いだろ?」
 言いつつ千影は、自分の首にしがみついたままの輝愛の腕を解いて、『可奈子』に顔を向けさせる。
 

 輝愛の肩は、未だに震えていた。


「お前は何でも人より一歩先に行くのが好きだったけど、死ぬのまで先行く必要は無かったんだぞ?生きてりゃ、面白い事もっと見れたのに。勿体無いなあ、なあ?トーイ」  

 千影の両腕を抱き込んで離さない輝愛に、彼は苦笑しながら続ける。

「生きてりゃ、今頃俺らは夫婦だったのかな?人生って、本当に分からんもんだね」

 自嘲気味に呟いた千影の言葉に、腕の中の輝愛が顔を上げる。
 彼は懐かしそうに微笑んで、


「そう、可奈子は俺の愛した女だよ」


 ひときわ強い風が、三人の間を吹き抜けた。

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