桃屋の創作テキスト置き場
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■こんぺいとう 4 あくとあくたーず8 ■
「明日、可奈子に会いに行く」
食卓につくなり、『いただきます』より何より先に、そう告げられた。
「あ、そう」
「うん」
それ以上何を言えばいいのか分からず、黙ったままでいた。
妙な沈黙の中、電話の呼び出し音が鳴る。
沈黙を破るためか、大急ぎで電話に手を伸ばす。
「はい、もしもし・・」
『あ、輝愛ちゃん?』
「珠子さん?」
電話の相手は、珠子だった。
普段なら用事があれば千影の携帯にかけて来るのだが、今日は自宅からなのか、家の電話にかけて来ている。
「どうかしたんですか?」
『いやーねー輝愛ちゃんってば!何にも無きゃ電話もしちゃいけないの?私哀しい!』
珠子の言葉に、思わず苦笑する。
要するに、特に用事は無いらしい。
「珠子?」
「そう」
何時の間にか食事を始めていた千影に訊ねられ、受話器を押さえて答える。
「暇だな、アイツも」
言って、苦笑しつつ、箸を進める。
『二人とも、明日のお休みは空いてるのかしら?』
「明日?」
言われて思わず千影に視線を走らせる。
『あら、都合悪い?』
「いえ、あたしは平気ですけど、カワハシが・・」
『ちかちゃんが?』
「はい、可奈子さんの所に行くって」
電話の向こうで、がたん、と大きな音がした。
恐らく、珠子が座っていた椅子から、凄い勢いで立ち上がりでもしたのだろう。
『・・・輝愛ちゃん、ちかちゃんがそう言ったの・・・?』
「はい」
何だか言ってはいけない事だったのかと、声を顰めて答える。
『ダメよ』
「え?」
『絶対に一人で行かせたらダメよ!?』
「え、な、なんで・・」
『なんでもよ!良い事輝愛ちゃん?出来るなら止めて頂戴。でもそれが無理なら』
珠子の物凄い剣幕に、受話器を握り締めたまま、喉をこくりと鳴らす。
『あなたも着いていって頂戴』
「は?あたしがですか?」
『そう。お願い』
「でも・・」
珠子のいつになく真剣で、その上切羽詰ったような口調に、事の次第が全く分からない輝愛は動揺を隠せない。
受話器と千影を交互に不安そうに見つめて、小さな声で、
「カワハシぃ・・」
と呟いた。
千影は苦笑して椅子から立ち上がり、輝愛の後ろから受話器を受け取る。
「こら、馬鹿珠子。多分お前は先走り」
漸く受話器が千影の手に渡った事で安堵したのと、逆に珠子の真意が分からないままだった事への不安で、輝愛は会話を続ける千影の背中を見詰めていた。
「だーいじょーぶだって!分かってるって!」
苦笑したような声のまま、恐らく珠子をなだめている千影。
その表情を盗み見て、笑っている事を確認して、少しだけほっとする。
「ん?―――ああ、分かってるって。んな事しねーっつーの。ガキじゃあるまいし。―――え―――ああ、うん―――はいはい。――ああ、そのつもりだよ」
珠子の口調も穏やかになったのか、先ほどは漏れていた受話器からの声も、もう聞こえなくなっていた。
「はいはい、いつまでもうるさい・・・いやいや、嘘ですすいません――ああ、じゃあ――――――悪いな、いつも」
耳から受話器を離して、小さく息を吐いて、受話器を戻す。
「いつまでもおせっかいな姉貴分だ」
そう言って、椅子に戻りながら笑った。
「愛されてる証拠だね」
「全くだ」
何故だか久しぶりに見た気がする彼の笑顔に、輝愛の顔もほころぶ。
食事の続きを始めて、幾分経って、千影が思い出したように一言告げた。
「あ、明日お前も行くんだぞ」
「へ?」
「可奈子んとこ」
「ほ?」
あまりに唐突に、しかも当たり前のように言われて、思わず筑前煮をぽろりと取り落とす。
「寒いから、ちゃんと着込めよ。あと、スカート禁止な」
「・・・言われなくても、スカートなんて持ってないもん」
「そうだっけか?まあいいや」
そう言って、カレイの煮付けを口に運ぶ。
輝愛は何だか、今日一日の千影の態度のあまりの変化に、狐につままれたような
感覚のまま、口の中のご飯を飲み下した。
◇
「ジーンズにジャケットじゃ寒い?」
「寒い」
「じゃあぷらすマフラー」
「足りない」
「ぷらすもこもこセーターにブーツ」
「微妙」
「もう服もってなーい!」
その日の夜。
明日何を着ていくかでもめている。
もっとも、何処に行くかも聞かされていない状態で、「服選べ」って言われても無理がある。
と、被害者の彼女は思っていたのだが。
「俺のだとでかいけど、寒いよりマシだろ。上着貸してやる」
「下は?」
「何お前、下着まで借りるつもり?」
あからさまに芝居と分かるような大袈裟な動きで驚愕してみせる千影に、
「ちがーう!」
と頬をふくらませる。
その様子を見て、彼はおかしそうに笑うだけだ。
彼女にしてみれば、どうも釈然としないものが残っているのだが。
輝愛の表情に気付いたのか、千影はぽんぽんと彼女の頭を優しく撫でる。
「?」
「バイクで行くから、風が強いし、ちょっと山の上だ。だから寒くない格好にしろって言ってるんだよ」
「分かった・・」
そんな風に珍しく優しく微笑まれたら、許してやらない訳に行かないじゃない。
全部計算してたとしたら、嫌だけどさ。
心の中で一人ごちて、再び洋服選びに入る。
「これとこれとこの上着に、これ巻いて、ブーツはいて、おなかと背中にカイロ貼る!」
「上等」
やっと選び終わった服を並べるきあに、優しい目で答える。
彼を下から覗き込んで、手で顔をはさむ。
「トーイ?」
「・・・元気ない」
いきなり言い当てられて、苦笑する。
「カワハシ何だか元気ない。今日のカワハシ、いつも以上におかしいよ」
彼女の鋭さには舌を巻くが、いささか気にかかる言葉も吐かれた。
「・・・お前ね、いつも以上ってどーゆー事よ」
「そのまんま」
「あ、そ」
笑いを狙ってとか、そう言った類では無いのは分かってはいるけれども、こうも間髪居れずに答えられると、こちらは苦笑するしか、もう残された手立ては無いのだ。
「元気になるために、明日出かけるんだよ」
「そうなの?」
「そうなの」
答えてやると、不安そうな表情を吹き飛ばし、嬉しそうに微笑んだ。
風呂上りでおろした髪の毛が、一緒に揺れている。
別段美人ではないし、子供っぽい顔つきではあるのだが、
今の彼女は、美しく見えた。
「・・・もうダメだ。俺の脳も目も老衰だ」
「年寄りだもんね」
大袈裟に悲しんだら、再び間髪居れずに情け容赦ない突っ込みをくれて、本日何度目か分からない苦笑を強いられる。
ベッドサイドに腰掛けて、足をぷらぷらさせるのがお気に入りらしい彼女は、今日も例に漏れず両足を交互にぷらぷらさせている。
その輝愛の髪の毛をさらりと撫でて、
「一個、お願いがあるんだけど」
「どしたの?」
真剣な、でも少し脅えたような声に驚いて、目の前に立っている千影を見上げた。
「聞いてくれる?」
「いいよ。何?」
『お願い』の内容も聞かずに、よくもまあ簡単に『いいよ』なんて言えるものだと思いながら、しかし他の人間にまでそう簡単に答えるんじゃないぞ、とも思いつつ、ゆっくりと口を開く。
「寝たい」
「はいどーぞ」
答えるなり、するりとベッドの奥側ーー彼女の定位置に移動する。
「あともう一個」
「二個目のお願いだね。嘘つきだ」
くすくすと笑いながら、『なあに?』と見上げてくる。
「抱き締めたい」
「・・・・え?」
思いもかけない台詞に、珍しく彼女の動きが止まる。
目を見開いて見詰めて、後の言葉が続けられないで居る。
「抱き締めたい。抱き締めて眠りたい」
「カワハシが・・・・?」
「そう」
穏やかに、でもはっきりと頷く。
「あたしを?」
「そう」
答えた後も、きょとんとして、首をかしげたままだったが、漸くぱちくりとまばたきをしたかと思うと、笑った。
「いいよ。はい」
言って、両腕をまっすぐ差し出す。
小さい子供が『抱っこして』という仕草のように。
その動きが、実年齢とは妙にアンバランスなのが妙に可愛らしくて、千影は目を細めたあと、静かにベッドに膝をついて、彼女に近寄る。
「お前、やっぱり変だよ」
「あたしが?カワハシじゃなくて?」
「お前が」
彼女の頬を指先でするりとなぞって、そのまま肩に手を乗せる。
その間も、輝愛は千影から目を逸らさずに居た。
「珍しいな」
「え?」
「ちょっと、顔が赤い気がする」
言われて口をとんがらせる。
「だって、何かカワハシがオヤジくさいんだもん」
「げ、どこが?汗くさいってこと?」
「違う違う」
彼女は狼狽する千影のまえでぷるぷると首をふり、
「何かね、あたしが知らない顔してるから、変な感じなの」
「大人の男って事ですか?」
「ってゆーか、えろおやじ?」
三度間髪入れずの突っ込みに、がくっと頭をうな垂れる。
でもまあ、それでもいいかとも思う。
「そう、実はエロオヤジ」
「やっぱし!」
そうニヤリと笑って答えて、彼女もひとしきり、珍しく声を出して笑う。
しかし、彼女の肩に置かれた手はそのまま。
距離も離れるどころか、縮めていて。
「カ・・・カワハシ、やっぱちょっとストップ・・」
「ん?」
頬を染めて顔を背ける輝愛に、聞こえないふりをする。
「やっぱり恥ずかしい」
「いつもと同じだろ」
毎日同じベッドで寝ているんだから。
と言いつつも、ああ、自分は大人失格だな、と思う。
その間も、徐々に彼女との隙間を詰めて行く。
「いつもと、なんか違う」
彼女の反論には答えずに、膝で歩いて進んで行く。
背中に壁が当り、逃げ場が無くなった輝愛が、初めて見せるような赤い顔で見上げている。
「・・・馬鹿だな、逆効果だっつーの」
「へ?」
「こっちの話」
言うが早いか、千影は左肩に置いた右手を輝愛の背中に滑り込ませ、反対側の右肩を抱く。
体育座りみたいな格好になった彼女の両足の膝の裏から、左手を突っ込んで、お姫様抱っこの要領で持ち上げる。
「ひ!」
いきなり宙に浮いた事への驚きか、はたまたそれ以外の何かでか、輝愛は小さく声をあげる。
そのまま優しくベッドに横たわらせ、改めて覆い被さるように抱き締めた。
「カワハシ・・・?」
輝愛の声に、応えずにその分腕に力を込める。
漸く緊張がほぐれて来たのか、大分経って輝愛の体の力が抜けていくのが分かった。
「大丈夫。何もしない」
「・・・うん」
「今のところ」
「それどーゆー・・」
付け足した言葉に反応して、輝愛が不審げな声を出す。
彼女の顔が目に見えるようで、千影はくつくつと喉を鳴らして、そのまま輝愛の首筋に顔を埋めた。
「ひゃ!」
輝愛がくすぐったかったのか、変な声をあげる。
「どーした?」
「な・・なんかした?」
「まだしてない」
「まだって何よまだって!」
心無し声が震えている気がして、再び喉を鳴らす。
彼女の首筋に、唇を落とした。
「な・・なんかした!?」
「ちょっと吸ったくらいでは、したうちにはいらない」
しれっと応えて、再び顔を埋める。
「カワハシ信用できない・・」
泣きそうな声のまま、『もう!』と小さく叫んで、両腕を千影の背中に回す。
「早く寝なさい!」
そう言って、ぎゅうっと力を込める彼女に、千影は顔が見えてないのをいい事に、これ以上にないくらい嬉しそうに微笑んで、目を閉じた。
「明日、可奈子に会いに行く」
食卓につくなり、『いただきます』より何より先に、そう告げられた。
「あ、そう」
「うん」
それ以上何を言えばいいのか分からず、黙ったままでいた。
妙な沈黙の中、電話の呼び出し音が鳴る。
沈黙を破るためか、大急ぎで電話に手を伸ばす。
「はい、もしもし・・」
『あ、輝愛ちゃん?』
「珠子さん?」
電話の相手は、珠子だった。
普段なら用事があれば千影の携帯にかけて来るのだが、今日は自宅からなのか、家の電話にかけて来ている。
「どうかしたんですか?」
『いやーねー輝愛ちゃんってば!何にも無きゃ電話もしちゃいけないの?私哀しい!』
珠子の言葉に、思わず苦笑する。
要するに、特に用事は無いらしい。
「珠子?」
「そう」
何時の間にか食事を始めていた千影に訊ねられ、受話器を押さえて答える。
「暇だな、アイツも」
言って、苦笑しつつ、箸を進める。
『二人とも、明日のお休みは空いてるのかしら?』
「明日?」
言われて思わず千影に視線を走らせる。
『あら、都合悪い?』
「いえ、あたしは平気ですけど、カワハシが・・」
『ちかちゃんが?』
「はい、可奈子さんの所に行くって」
電話の向こうで、がたん、と大きな音がした。
恐らく、珠子が座っていた椅子から、凄い勢いで立ち上がりでもしたのだろう。
『・・・輝愛ちゃん、ちかちゃんがそう言ったの・・・?』
「はい」
何だか言ってはいけない事だったのかと、声を顰めて答える。
『ダメよ』
「え?」
『絶対に一人で行かせたらダメよ!?』
「え、な、なんで・・」
『なんでもよ!良い事輝愛ちゃん?出来るなら止めて頂戴。でもそれが無理なら』
珠子の物凄い剣幕に、受話器を握り締めたまま、喉をこくりと鳴らす。
『あなたも着いていって頂戴』
「は?あたしがですか?」
『そう。お願い』
「でも・・」
珠子のいつになく真剣で、その上切羽詰ったような口調に、事の次第が全く分からない輝愛は動揺を隠せない。
受話器と千影を交互に不安そうに見つめて、小さな声で、
「カワハシぃ・・」
と呟いた。
千影は苦笑して椅子から立ち上がり、輝愛の後ろから受話器を受け取る。
「こら、馬鹿珠子。多分お前は先走り」
漸く受話器が千影の手に渡った事で安堵したのと、逆に珠子の真意が分からないままだった事への不安で、輝愛は会話を続ける千影の背中を見詰めていた。
「だーいじょーぶだって!分かってるって!」
苦笑したような声のまま、恐らく珠子をなだめている千影。
その表情を盗み見て、笑っている事を確認して、少しだけほっとする。
「ん?―――ああ、分かってるって。んな事しねーっつーの。ガキじゃあるまいし。―――え―――ああ、うん―――はいはい。――ああ、そのつもりだよ」
珠子の口調も穏やかになったのか、先ほどは漏れていた受話器からの声も、もう聞こえなくなっていた。
「はいはい、いつまでもうるさい・・・いやいや、嘘ですすいません――ああ、じゃあ――――――悪いな、いつも」
耳から受話器を離して、小さく息を吐いて、受話器を戻す。
「いつまでもおせっかいな姉貴分だ」
そう言って、椅子に戻りながら笑った。
「愛されてる証拠だね」
「全くだ」
何故だか久しぶりに見た気がする彼の笑顔に、輝愛の顔もほころぶ。
食事の続きを始めて、幾分経って、千影が思い出したように一言告げた。
「あ、明日お前も行くんだぞ」
「へ?」
「可奈子んとこ」
「ほ?」
あまりに唐突に、しかも当たり前のように言われて、思わず筑前煮をぽろりと取り落とす。
「寒いから、ちゃんと着込めよ。あと、スカート禁止な」
「・・・言われなくても、スカートなんて持ってないもん」
「そうだっけか?まあいいや」
そう言って、カレイの煮付けを口に運ぶ。
輝愛は何だか、今日一日の千影の態度のあまりの変化に、狐につままれたような
感覚のまま、口の中のご飯を飲み下した。
◇
「ジーンズにジャケットじゃ寒い?」
「寒い」
「じゃあぷらすマフラー」
「足りない」
「ぷらすもこもこセーターにブーツ」
「微妙」
「もう服もってなーい!」
その日の夜。
明日何を着ていくかでもめている。
もっとも、何処に行くかも聞かされていない状態で、「服選べ」って言われても無理がある。
と、被害者の彼女は思っていたのだが。
「俺のだとでかいけど、寒いよりマシだろ。上着貸してやる」
「下は?」
「何お前、下着まで借りるつもり?」
あからさまに芝居と分かるような大袈裟な動きで驚愕してみせる千影に、
「ちがーう!」
と頬をふくらませる。
その様子を見て、彼はおかしそうに笑うだけだ。
彼女にしてみれば、どうも釈然としないものが残っているのだが。
輝愛の表情に気付いたのか、千影はぽんぽんと彼女の頭を優しく撫でる。
「?」
「バイクで行くから、風が強いし、ちょっと山の上だ。だから寒くない格好にしろって言ってるんだよ」
「分かった・・」
そんな風に珍しく優しく微笑まれたら、許してやらない訳に行かないじゃない。
全部計算してたとしたら、嫌だけどさ。
心の中で一人ごちて、再び洋服選びに入る。
「これとこれとこの上着に、これ巻いて、ブーツはいて、おなかと背中にカイロ貼る!」
「上等」
やっと選び終わった服を並べるきあに、優しい目で答える。
彼を下から覗き込んで、手で顔をはさむ。
「トーイ?」
「・・・元気ない」
いきなり言い当てられて、苦笑する。
「カワハシ何だか元気ない。今日のカワハシ、いつも以上におかしいよ」
彼女の鋭さには舌を巻くが、いささか気にかかる言葉も吐かれた。
「・・・お前ね、いつも以上ってどーゆー事よ」
「そのまんま」
「あ、そ」
笑いを狙ってとか、そう言った類では無いのは分かってはいるけれども、こうも間髪居れずに答えられると、こちらは苦笑するしか、もう残された手立ては無いのだ。
「元気になるために、明日出かけるんだよ」
「そうなの?」
「そうなの」
答えてやると、不安そうな表情を吹き飛ばし、嬉しそうに微笑んだ。
風呂上りでおろした髪の毛が、一緒に揺れている。
別段美人ではないし、子供っぽい顔つきではあるのだが、
今の彼女は、美しく見えた。
「・・・もうダメだ。俺の脳も目も老衰だ」
「年寄りだもんね」
大袈裟に悲しんだら、再び間髪居れずに情け容赦ない突っ込みをくれて、本日何度目か分からない苦笑を強いられる。
ベッドサイドに腰掛けて、足をぷらぷらさせるのがお気に入りらしい彼女は、今日も例に漏れず両足を交互にぷらぷらさせている。
その輝愛の髪の毛をさらりと撫でて、
「一個、お願いがあるんだけど」
「どしたの?」
真剣な、でも少し脅えたような声に驚いて、目の前に立っている千影を見上げた。
「聞いてくれる?」
「いいよ。何?」
『お願い』の内容も聞かずに、よくもまあ簡単に『いいよ』なんて言えるものだと思いながら、しかし他の人間にまでそう簡単に答えるんじゃないぞ、とも思いつつ、ゆっくりと口を開く。
「寝たい」
「はいどーぞ」
答えるなり、するりとベッドの奥側ーー彼女の定位置に移動する。
「あともう一個」
「二個目のお願いだね。嘘つきだ」
くすくすと笑いながら、『なあに?』と見上げてくる。
「抱き締めたい」
「・・・・え?」
思いもかけない台詞に、珍しく彼女の動きが止まる。
目を見開いて見詰めて、後の言葉が続けられないで居る。
「抱き締めたい。抱き締めて眠りたい」
「カワハシが・・・・?」
「そう」
穏やかに、でもはっきりと頷く。
「あたしを?」
「そう」
答えた後も、きょとんとして、首をかしげたままだったが、漸くぱちくりとまばたきをしたかと思うと、笑った。
「いいよ。はい」
言って、両腕をまっすぐ差し出す。
小さい子供が『抱っこして』という仕草のように。
その動きが、実年齢とは妙にアンバランスなのが妙に可愛らしくて、千影は目を細めたあと、静かにベッドに膝をついて、彼女に近寄る。
「お前、やっぱり変だよ」
「あたしが?カワハシじゃなくて?」
「お前が」
彼女の頬を指先でするりとなぞって、そのまま肩に手を乗せる。
その間も、輝愛は千影から目を逸らさずに居た。
「珍しいな」
「え?」
「ちょっと、顔が赤い気がする」
言われて口をとんがらせる。
「だって、何かカワハシがオヤジくさいんだもん」
「げ、どこが?汗くさいってこと?」
「違う違う」
彼女は狼狽する千影のまえでぷるぷると首をふり、
「何かね、あたしが知らない顔してるから、変な感じなの」
「大人の男って事ですか?」
「ってゆーか、えろおやじ?」
三度間髪入れずの突っ込みに、がくっと頭をうな垂れる。
でもまあ、それでもいいかとも思う。
「そう、実はエロオヤジ」
「やっぱし!」
そうニヤリと笑って答えて、彼女もひとしきり、珍しく声を出して笑う。
しかし、彼女の肩に置かれた手はそのまま。
距離も離れるどころか、縮めていて。
「カ・・・カワハシ、やっぱちょっとストップ・・」
「ん?」
頬を染めて顔を背ける輝愛に、聞こえないふりをする。
「やっぱり恥ずかしい」
「いつもと同じだろ」
毎日同じベッドで寝ているんだから。
と言いつつも、ああ、自分は大人失格だな、と思う。
その間も、徐々に彼女との隙間を詰めて行く。
「いつもと、なんか違う」
彼女の反論には答えずに、膝で歩いて進んで行く。
背中に壁が当り、逃げ場が無くなった輝愛が、初めて見せるような赤い顔で見上げている。
「・・・馬鹿だな、逆効果だっつーの」
「へ?」
「こっちの話」
言うが早いか、千影は左肩に置いた右手を輝愛の背中に滑り込ませ、反対側の右肩を抱く。
体育座りみたいな格好になった彼女の両足の膝の裏から、左手を突っ込んで、お姫様抱っこの要領で持ち上げる。
「ひ!」
いきなり宙に浮いた事への驚きか、はたまたそれ以外の何かでか、輝愛は小さく声をあげる。
そのまま優しくベッドに横たわらせ、改めて覆い被さるように抱き締めた。
「カワハシ・・・?」
輝愛の声に、応えずにその分腕に力を込める。
漸く緊張がほぐれて来たのか、大分経って輝愛の体の力が抜けていくのが分かった。
「大丈夫。何もしない」
「・・・うん」
「今のところ」
「それどーゆー・・」
付け足した言葉に反応して、輝愛が不審げな声を出す。
彼女の顔が目に見えるようで、千影はくつくつと喉を鳴らして、そのまま輝愛の首筋に顔を埋めた。
「ひゃ!」
輝愛がくすぐったかったのか、変な声をあげる。
「どーした?」
「な・・なんかした?」
「まだしてない」
「まだって何よまだって!」
心無し声が震えている気がして、再び喉を鳴らす。
彼女の首筋に、唇を落とした。
「な・・なんかした!?」
「ちょっと吸ったくらいでは、したうちにはいらない」
しれっと応えて、再び顔を埋める。
「カワハシ信用できない・・」
泣きそうな声のまま、『もう!』と小さく叫んで、両腕を千影の背中に回す。
「早く寝なさい!」
そう言って、ぎゅうっと力を込める彼女に、千影は顔が見えてないのをいい事に、これ以上にないくらい嬉しそうに微笑んで、目を閉じた。
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