桃屋の創作テキスト置き場
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■こんぺいとう 4 あくとあくたーず7 ■
休みが出来た。
丸一日の休みなんて、いったいいつぶりだろう?
千影はそう思いながら、話を聞いていた。
芝居の稽古も、もう佳境である。
この馴染みある稽古場での稽古も、先週で最後になった。
ゲネプロも終了し、あとは明後日からの本番を待つばかりなのだが。
劇場の仕込みの関係上、明日は出演者はお休みと言う事になったのだ。
劇場側の最終調整上日程が取れずに、やむ無く仕込みが一日分延期になったらしい。その為の、言わば無駄な空き時間が発生してしまったのだ。
最も、稽古する場所がなければ、稽古のし様も無いのも、事実なのだ。
勿論、役者以外のスタッフは、総出で劇場入りをし、明後日からの 舞台に備えるのだが。
と言う訳で、それこそ久方ぶりの休暇が、思いもかけずに舞い込んできた形になった。
「・・・帰るぞ」
「あい」
千影の気の抜けたような声に、輝愛が訳の分からない単語で返事をする。
そのままちょこちょこと小走りにかけて来て、彼の横に並ぶと、今まで会話をしていたスタッフに手を振って挨拶をした。
千影は「おつかれさま」と言って笑うと、いつもより、ややゆっくりと歩き出した。
「久しぶりのお休みだね」
「あー」
「何しようかなー、あ、布団干そうかな。晴れるといいなあ」
「ん」
「それにお掃除もしなきゃだし」
やりたい事を指折り数える彼女の横で、のそのそと気の無い返事を繰り返す。
「んもー、カワハシってば!」
「んあ?」
怒られて初めて目線を彼女に向ける。
その頬は、ぷくっとふくらんでおり、眉間に皺を寄せてはいるが、失礼な話、ちっとも怖くも何とも無い。
「全然上の空。話聞いてた?」
「おー聞いてた」
あっさり言い放つ千影に、しかし彼女はすかさず、
「じゃああたしが何て言ったか言ってみ?」
「・・・・」
思わず口篭もる千影。
「ほれ、やっぱし聞いてないじゃん」
「聞いてないんじゃないぞ。聞いてたけど、素通りしてただけだ」
開き直ったというか、さも当然のように反論されて、輝愛は呆れたように肩を落とす。
「それじゃあ余計タチ悪いってば」
改札を抜け、ホームに降り立つと、すぐさま電車が滑り込んでくる。
時間帯が珍しく通勤通学のラッシュとかぶってしまい、見慣れぬ満員電車に二人とも僅かにため息を吐いた。
乗り慣れた会社員達が次々と乗り込み、二人はようやく最後になって無理やり体を車内に閉じ込める。
「潰れるなよ」
「潰さないでよ」
車内と言う事もあって、小声で嫌味を言い合う。
ドアに背中をへばりつかせて何とか立っている状態の娘分に、千影はこの混雑の中、器用に体を動かして、彼女の肩を抱き込んで、自分の腕でクッションを作ってやる。
それで漸く呼吸が出来るようになったのか、輝愛は千影の胸に頬をくっ付けて、「はぁ」と息を吐いた。
瞬間、カーブに差し掛かったのか大きく揺れる。
千影は思わず力を込めて、彼女を抱き締めた。
「・・生きてるか?」
「・・えへへ」
耳元で問い掛けると、首を動かせないのか、目だけで見上げて、小さく笑う。
彼女が何故笑ったのか分からずに、いぶかしげな顔をすると、表情から伝わったの
だろうか、逆に耳元で囁かれた。
「あったかいから、いいの」
「―――え?」
聞き取るのも難しいくらいの小声に、目を見開いて声を漏らす。
「カワハシがあったかいから、平気」
どきりと、胸が跳ねた。
これだけ密着していて、しかも彼女の頬は自分の胸にくっつけられていて。
恐らく今のも聞こえてしまっただろう。
喉が鳴る。
不覚にも、目が泳いだ。
そんな事を気にしていないのか、気付いていないのか(恐らく後者だろうが)、娘分は嬉しそうに自分の腕の中で身を預けて来る。
・・・勘弁してくれ
空いた片方の手で顔半分を覆って、千影はドアに頭ごともたれかかった。
やっと、それこそやっと解放されて、逃げるように電車から降りる。
よほど車内が苦しかったのか、輝愛はほっぺたを真っ赤にしていた。
「毎日乗ってる人は偉いねぇ」
「本当にな」
毎日通勤の混雑に当たらない時間に乗れていた事を幸せに思ったのか、二人で同じ感想を述べる。
「帰ってご飯にしよ」
そう言って、いつもの様に千影の手に自分の指を絡ませる。
「!」
しかし、彼女の手が手が触れた途端、勢い良く、振り払われた。
「・・・・・・あ」
思わず勝手に動いてしまった手と、目の前で呆然と立ち尽くしている彼女を交互に見つめ、バツが悪そうにそのまま歩き出す。
「・・帰るぞ」
「あ・・うん」
輝愛は、その後は手を繋ごうとしなかった。
千影も、両手を自分の上着のポケットに突っ込んだまま、家路を急いだ。
◇
「・・はあ」
本日何度目かのため息である。
台所では娘分が甲斐甲斐しくも晩飯の支度をしてくれている。
自分はと言うと、同じ部屋に居ずらくて、物置代わりにしている部屋で、暖房もつけずに煙草をくわえている。
輝愛が滅多に入らない、彼のプライベートな空間だ。
壁際に沿って置かれた棚には、今まで出演してきた舞台のビデオやDVD、彼の集めた映画や本の類が、それこそ山ほど詰め込まれている。
その棚の、一番端にある、小さなアルバム。
何年かぶりに手に取って、ぱらぱらとめくってみる。
まだ若かったころの自分達が、馬鹿みたいな顔で映っている写真たちが居た。
思わず目を細めて、ページをめくる。
最後のページで、手が止まる。
懐かしそうに、でも僅かに寂しそうに、千影は一枚の写真を見つめた。
7、8年程前。
まだ自分が若干22歳頃、大学を卒業したばかり頃の、アクションチームのチームメンバーで撮影した集合写真だ。
集合といっても、珠子に紅龍、勇也と自分と、もう一人しか映っていない。
「可奈子・・」
写真のその人に、話し掛けるように呟く。
皆二十歳を出たくらいの若年だった。
珠子の横には紅龍が、今みたいに寄り添っていて、勇也なんて、まだ高校生だった。 なんて思い出して、微笑んだ。
可奈子の横で、嬉しそうに笑っているのは、昔の、自分だ。
自分の横で、これ以上に無いくらい微笑んでいるのも、昔の、可奈子だ。
「今のままじゃ、ダメだよなあ、やっぱり」
そう呟くが、当然帰ってくる言葉は、無い。
「行く、か・・」
言って、煙草を吸い込む。
「皆、老けたよな・・」
言って、アルバムを閉じた。
「ご飯できたよー」
と、娘分の、いや、輝愛の声が聞こえる。
老けてないのは、お前だけだな。
そう、心の中で付け足して、千影は部屋を後にした。
休みが出来た。
丸一日の休みなんて、いったいいつぶりだろう?
千影はそう思いながら、話を聞いていた。
芝居の稽古も、もう佳境である。
この馴染みある稽古場での稽古も、先週で最後になった。
ゲネプロも終了し、あとは明後日からの本番を待つばかりなのだが。
劇場の仕込みの関係上、明日は出演者はお休みと言う事になったのだ。
劇場側の最終調整上日程が取れずに、やむ無く仕込みが一日分延期になったらしい。その為の、言わば無駄な空き時間が発生してしまったのだ。
最も、稽古する場所がなければ、稽古のし様も無いのも、事実なのだ。
勿論、役者以外のスタッフは、総出で劇場入りをし、明後日からの 舞台に備えるのだが。
と言う訳で、それこそ久方ぶりの休暇が、思いもかけずに舞い込んできた形になった。
「・・・帰るぞ」
「あい」
千影の気の抜けたような声に、輝愛が訳の分からない単語で返事をする。
そのままちょこちょこと小走りにかけて来て、彼の横に並ぶと、今まで会話をしていたスタッフに手を振って挨拶をした。
千影は「おつかれさま」と言って笑うと、いつもより、ややゆっくりと歩き出した。
「久しぶりのお休みだね」
「あー」
「何しようかなー、あ、布団干そうかな。晴れるといいなあ」
「ん」
「それにお掃除もしなきゃだし」
やりたい事を指折り数える彼女の横で、のそのそと気の無い返事を繰り返す。
「んもー、カワハシってば!」
「んあ?」
怒られて初めて目線を彼女に向ける。
その頬は、ぷくっとふくらんでおり、眉間に皺を寄せてはいるが、失礼な話、ちっとも怖くも何とも無い。
「全然上の空。話聞いてた?」
「おー聞いてた」
あっさり言い放つ千影に、しかし彼女はすかさず、
「じゃああたしが何て言ったか言ってみ?」
「・・・・」
思わず口篭もる千影。
「ほれ、やっぱし聞いてないじゃん」
「聞いてないんじゃないぞ。聞いてたけど、素通りしてただけだ」
開き直ったというか、さも当然のように反論されて、輝愛は呆れたように肩を落とす。
「それじゃあ余計タチ悪いってば」
改札を抜け、ホームに降り立つと、すぐさま電車が滑り込んでくる。
時間帯が珍しく通勤通学のラッシュとかぶってしまい、見慣れぬ満員電車に二人とも僅かにため息を吐いた。
乗り慣れた会社員達が次々と乗り込み、二人はようやく最後になって無理やり体を車内に閉じ込める。
「潰れるなよ」
「潰さないでよ」
車内と言う事もあって、小声で嫌味を言い合う。
ドアに背中をへばりつかせて何とか立っている状態の娘分に、千影はこの混雑の中、器用に体を動かして、彼女の肩を抱き込んで、自分の腕でクッションを作ってやる。
それで漸く呼吸が出来るようになったのか、輝愛は千影の胸に頬をくっ付けて、「はぁ」と息を吐いた。
瞬間、カーブに差し掛かったのか大きく揺れる。
千影は思わず力を込めて、彼女を抱き締めた。
「・・生きてるか?」
「・・えへへ」
耳元で問い掛けると、首を動かせないのか、目だけで見上げて、小さく笑う。
彼女が何故笑ったのか分からずに、いぶかしげな顔をすると、表情から伝わったの
だろうか、逆に耳元で囁かれた。
「あったかいから、いいの」
「―――え?」
聞き取るのも難しいくらいの小声に、目を見開いて声を漏らす。
「カワハシがあったかいから、平気」
どきりと、胸が跳ねた。
これだけ密着していて、しかも彼女の頬は自分の胸にくっつけられていて。
恐らく今のも聞こえてしまっただろう。
喉が鳴る。
不覚にも、目が泳いだ。
そんな事を気にしていないのか、気付いていないのか(恐らく後者だろうが)、娘分は嬉しそうに自分の腕の中で身を預けて来る。
・・・勘弁してくれ
空いた片方の手で顔半分を覆って、千影はドアに頭ごともたれかかった。
やっと、それこそやっと解放されて、逃げるように電車から降りる。
よほど車内が苦しかったのか、輝愛はほっぺたを真っ赤にしていた。
「毎日乗ってる人は偉いねぇ」
「本当にな」
毎日通勤の混雑に当たらない時間に乗れていた事を幸せに思ったのか、二人で同じ感想を述べる。
「帰ってご飯にしよ」
そう言って、いつもの様に千影の手に自分の指を絡ませる。
「!」
しかし、彼女の手が手が触れた途端、勢い良く、振り払われた。
「・・・・・・あ」
思わず勝手に動いてしまった手と、目の前で呆然と立ち尽くしている彼女を交互に見つめ、バツが悪そうにそのまま歩き出す。
「・・帰るぞ」
「あ・・うん」
輝愛は、その後は手を繋ごうとしなかった。
千影も、両手を自分の上着のポケットに突っ込んだまま、家路を急いだ。
◇
「・・はあ」
本日何度目かのため息である。
台所では娘分が甲斐甲斐しくも晩飯の支度をしてくれている。
自分はと言うと、同じ部屋に居ずらくて、物置代わりにしている部屋で、暖房もつけずに煙草をくわえている。
輝愛が滅多に入らない、彼のプライベートな空間だ。
壁際に沿って置かれた棚には、今まで出演してきた舞台のビデオやDVD、彼の集めた映画や本の類が、それこそ山ほど詰め込まれている。
その棚の、一番端にある、小さなアルバム。
何年かぶりに手に取って、ぱらぱらとめくってみる。
まだ若かったころの自分達が、馬鹿みたいな顔で映っている写真たちが居た。
思わず目を細めて、ページをめくる。
最後のページで、手が止まる。
懐かしそうに、でも僅かに寂しそうに、千影は一枚の写真を見つめた。
7、8年程前。
まだ自分が若干22歳頃、大学を卒業したばかり頃の、アクションチームのチームメンバーで撮影した集合写真だ。
集合といっても、珠子に紅龍、勇也と自分と、もう一人しか映っていない。
「可奈子・・」
写真のその人に、話し掛けるように呟く。
皆二十歳を出たくらいの若年だった。
珠子の横には紅龍が、今みたいに寄り添っていて、勇也なんて、まだ高校生だった。 なんて思い出して、微笑んだ。
可奈子の横で、嬉しそうに笑っているのは、昔の、自分だ。
自分の横で、これ以上に無いくらい微笑んでいるのも、昔の、可奈子だ。
「今のままじゃ、ダメだよなあ、やっぱり」
そう呟くが、当然帰ってくる言葉は、無い。
「行く、か・・」
言って、煙草を吸い込む。
「皆、老けたよな・・」
言って、アルバムを閉じた。
「ご飯できたよー」
と、娘分の、いや、輝愛の声が聞こえる。
老けてないのは、お前だけだな。
そう、心の中で付け足して、千影は部屋を後にした。
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