桃屋の創作テキスト置き場
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■こんぺいとう 4 あくとあくたーず10 ■
人気の無い辺り一帯。
風に揺れる、背の低い草花。
憎らしい位に、澄み渡った青空。
その中に響く、微かな、泣き声。
◇
腕を抱き込まれたまま、どれ位経ったのだろう。
ようやくすすり泣き程度に収まった、腕の中の娘は、しかし未だに千影の両腕を欠片も離そうとはしない。
後ろから羽交い絞めにしている様な格好のまま、地面に腰を下ろした千影は、改めて自らの腕の中の彼女を抱き締め、髪の毛に頬を押し当てた。
「俺さ、アイツの事、大好きだったんだ」
ぽつりと、しかししっかりとした声で千影は口を開く。
「出会ったのは、今のお前くらいの時。アイツが珠子と同じ、一歳年上で、妙に世話焼きたがるクセに、何も出来なくて」
懐かしそうに、話す声。
顔を見ずとも、微笑んで、目を細めているのが手に取るように分かるような、優しい声。
「結局俺が世話焼くハメになって、そのまま猫みたいに懐かれて。で、俺もアイツを離したくないと、思った、と」
千影の言葉を、ただ無言で聞く輝愛。
どうやら、もう涙は止まったようだった。
「まだ今みたいに食っていくのがラクじゃなかった頃でさ。珠子や紅龍や勇也たちと、毎日貧乏暮らしで。
―――でも、ただ、ただ楽しかったんだ」
「・・・ねぇ」
「ん?」
黙りこくっていた彼女が、僅かに声を漏らす。
千影は唇が輝愛の頬に着く位に顔を寄せ、優しい声音で問い返す。
「・・・ううん、何でもない」
何か言いかけて、しかし頭を振ってその言葉を飲み込んだ輝愛に、彼女には見えないだろうと、彼は今まで見せた事の無い様な優しい目をする。
『ただ、ただ楽しかったんだ』
ねぇ、今より?今より楽しかった?
昔に戻りたいって、思ってるの?
可奈子さんが居た、昔に。
あたしじゃなく、可奈子さんが居た―――
無意識に、輝愛は千影の腕を強く握った。
それに応えるように、千影も更に身体を寄せ、彼女を深く抱え込む。
「・・・本当に好きで、仕方なかった。
アイツが死んで、しばらくは抜け殻になってたしな」
それももう、大分昔の事になっちまったけど、と、どこか自嘲的に笑う。
顔を上げれば、目の前にある、愛した女の墓。
・・おっかしいよな、人生なんて。あると思ったものが、一瞬にして無くなって。
あるはず無いと思ったものが、いつの間にか自らと共にある。
「・・・不思議だよなぁ・・本来なら、居るはずの可奈子が居なくて、居ないはずのトーイが居るんだもんなぁ」
でも、今、コイツが居て・・・
「今でも」
千影の思考を遮る様に、輝愛が口を開く。
「今でも、可奈子さんを好き?」
いつの間にか腕の戒めを解いた彼女が、背中を向けたまま問いかける。
ちょうど彼女の頭越しに見える墓石に、いや、墓石の主に問いかけられている様な、おかしな錯覚を覚えながら。
「―――うん」
「だったら、何で!?」
墓石に、可奈子に向かって、苦笑しながら頷いた千影に、輝愛は振り返る。
「ならどうして、あたしがここに居るの?」
「・・・トーイ?」
あまりにいつもと違う調子の彼女に、千影は僅かに不安になって手を伸ばすが、輝愛は立ち上がるや後ずさりして、それを交わしてしまう。
「あたしは・・可奈子さんじゃ、ないのに・・なんで」
「トーイ、違う、聞けって」
「あたし可奈子さんになれないよ?代わりになんかなれないのに」
じりじりと後ろに下がっていく輝愛。
そのまま行けば墓石で、その僅か先は、崖だ。
「なんで、あのひとじゃないあたしが、カワハシの横にいるの?」
混乱した輝愛は、恐らく自分で何を言っているかも分かっていない様で。
彼女は、あと数歩で足場が無くなるなんて事も、きっと忘却の彼方な筈で。
―――また、目の前で死なれたら、どうする?
想像も出来ないような言葉が、千影の脳裏に浮かんだ。
・・それこそ、冗談じゃねえ。二度とごめんだ!
千影は急いで立ち上がり、彼女に手を伸ばす。
「あたしだって・・」
輝愛の言葉が終わる前に、千影の手が届き、
慌てた様子で、目に涙を浮かべた輝愛を、きつく抱き締める。
彼の腕の中で、か細い声で呟いた。
「あたしだって、すきな人と一緒にいたいだけなのに」
輝愛の言葉に、一瞬面食らったように目を見開き、赤く染まった顔を隠すように、天を仰ぎ見る。
「なぁ、よく聞けって。俺はお前を可奈子の代わりにしようだなんて、これっぽっちも思ってねーぞ?」
「ぽっちも?」
「ぽっちも」
恐る恐る顔を上げたその瞳から、ぽろりと一粒、頬に線が描かれた。
「泣くなって」
くしゃ、と相好を崩して、乱暴に娘の涙を手で拭う。
彼の表情が珍しかったのか、きょとんとした顔のまま固まる輝愛。
全くコロコロ変わる表情だと苦笑しながら、言葉を続ける。
「さっきのは、思い出・・・そう、昔話みたいなもんだ」
「でも、カワハシは可奈子さんが好きなんでしょ?」
『だったら』と言いかける彼女に、千影はいささか呆れた様な声で、
「じゃあお前、死んだらなんもかんも終わりか?お前の父ちゃんや母ちゃんや、こないだまで居てくれた婆ちゃんはどーなんだ」
「・・・あ」
「だろ?」
「うん」
千影は眉尻を落として笑う。
「今日は、そう、確かめに来たんだ」
「たしかめる?」
目の前の輝愛と、少し離れた所にいる、可奈子を交互に見て。
・・きっと、アイツだったら、墓石の上で足組んで、面白そうにこっちを見てるだろう。
なんて思いながら。
「俺は、一生分の恋愛を可奈子に使っちまった気がするんだ。
だから、お前に対する気持ちがなんなのか・・・」
・・ああ、ほらきっと今も、ちょっと意地悪いくらいに笑ってるんだ、アイツは。
「でもやっぱりそうだったんだなあ、そうだそうだ」
「????」
一人合点している千影について行けず、目をぱちぱちしている輝愛。
「そうだよなー、結局、そーなんだろーなー」
言いながら、バイクを置いた場所に向かって歩き出してしまう千影。
「ちょ・・カワハシー!?」
あっけにとられつつも、急いで彼を追う。
風で足元の雑草が揺れる。
「最初から、分かってた事じゃないか」
「だから、何が!?」
追いついた輝愛が不満そうに口を尖がらせると、彼は青空のもと、ようやく振り返って、
「俺はお前が愛しいって事だよ、輝愛」
◇
しばらく、そのまま立ち尽くしていた。
メットをかぶる為に、珍しくポニーテールにしなかった髪の毛を風に弄ばれながら。
まさか、今言った言葉の意味が分からなかった訳でもあるまいが、こうも長い事沈黙が続くと、微妙に居心地が悪いもの事実だ。
気まずくなって目線をそらしたままで居たが、どうにも長い沈黙に耐えかねて、千影は再び振り向いて口を開きかけて、
絶句した。
「う・・」
「・・・お前」
「うえ・・」
「ちょ、ちょい待てお前」
「うえ~」
「ななな、何でまた泣くんだ!?なんもしてないだろ!?」
三度、しかもいきなり泣き出した輝愛に、今度こそどうしていいか分からずに、彼女の前にしゃがみ込む。
「な・・え」
「はあ?」
「なまえー」
ここまで来ると、最早本当に親子である。
最も、娘分の精神年齢が、大分低いような気もするが。
「名前・・・」
―――ああ、そうか、名前か。
「まいったな・・」
いつかその時が来たら、この子が泣き止む時が来たら、
ちゃんと目を見て名前を呼んでやろう。
そう、思ってたのに。
まさかその名前を呼んだせいで、泣き止むどころか、余計に泣かせてしまうなんて。
「保護者失格だな」
「う」
こっくり頷く輝愛のまぶたを、手で覆う。
「あーあーあーもー。そんなにだばだば泣いてたら、体中の水分無くなって死んじゃうぞ」
「え?うそ?」
驚いて上げられたその顔に、もう零れ落ちる涙は見て取れない。
「本当。それに、目腫れちゃうだろ。とっとと冷やさなきゃ」
「・・・明日怒られる?」
「そうだな」
怒られるのは、多分俺なんだろうけど。
そう心で付け足しておく。
「じゃあ、冷やす」
「だな、行くか」
言って、手を差し出す。
輝愛がその手を取った瞬間、強い力で引き寄せられ、一瞬のうちに再び千影の腕に抱き止められる。
「ねえ、さっきの、愛しいって」
「・・・うん」
目を閉じたまま、彼女の声を聞く。
まさか、そう来るとは思ってなかったから、穏やかな気持ちで。
「どーゆー意味?」
「・・・・・・は?」
大分長い時間、かかったように思う。
ただ一言、「は?」と言う答えを返すだけなのに。
「え・・輝愛さん、その質問はいったいどーゆー・・」
「だから、意味が分かりませんと言ったのよ?」
千影は、軽く眩暈のする頭を振って、再びようやく口を開く。
「・・・・・・・・・・・・・ですので、僕は君が大事だと、愛しいと、詳しく言うと、離す予定は無いぞと、そんな意味で言ったんですが」
まさか自分の告白を、自分で解説するハメになるとは思わなかった。
こんなの、告白そのものより恥ずかしいじゃないか。
まさか何かの罰ゲームなのか。
そう思わずには居られないくらい、情けない気持ちでいっぱいな千影に、輝愛は
「あたしもカワハシ大事よ」
「・・・輝愛」
もういいや、コイツの天然は今に始まった事じゃないし。
そう自分に言い聞かせて、彼女の頬に手をかけて、少し上を向かせて。
そのまま自分の顔を近づけて行って。
もう少しで唇が重なると思って、目を閉じた瞬間、
ぎゅむ。
「・・・・・・・あの」
「ちゅーはだめ」
両手で千影の口を塞ぐ輝愛の目は、真剣そのものだ。
僅かにも、「恥ずかしがって」とか、「頬を赤らめて」とか、そー言う類のものは無い。
「なんで!?」
思わず声を荒げて、口にかぶせられた手をどける。
だって、だめって・・・・
ずっと我慢して(気づいたのは最近だけど)
やっと伝えて(ちゃんと伝わってなかったけど)
アイツも応えてくれたのに!?
「だって、可奈子さんの事好きでしょ?だからダメよ」
「・・は?だからそれは解決したのでは・・それにお前も俺を・・」
「カワハシ大事よ。珠子さんもありすさんも、社長も大輔おにいちゃんも、みんな」
・・・・・ちょっと待て。
「俺はあいつらと同じ次元なのかー!?」
「なによー不満なの?」
「不満大有りだとも!!!」
コイツの言う「大事」はオトモダチレベルか!?
俺の意味とぜんぜん違うのか!?
「俺の気持ちはどうなるー!?俺はお前を恋愛対象として・・」
「恋愛使い果たしたんでしょ?」
「それはそーだけど、でもやっぱりそーだったんだって言ったじゃ・・」
「ん~~??でも好きなのは可奈子さんなんでしょ?」
がっくりと、膝をついた。
本気で、コイツは分かってないんだなと思うと、悲しいとかより、情けなくなってきた。
「もー、わがままねー」
どっちが。
俺よりも、お前の脳みその構造の方がわがままだろうが。
だいたい、「好きだ」って言わなきゃ伝わらないって、アリなんだろうか。
可奈子よりも、お前がって言わなきゃ、いけないんだろうか。
でも、それは、そう、出来ないんだ。俺には。
可奈子は可奈子で、輝愛は輝愛なんだから、
比べてどっちがなんて、言えないのに。
でも。
「好きだよ」
「あたしも」
「どんくらい?」
「珠子さんや社長やみんなの中で、一番好き」
「あ、そ」
ひとつ大きく息を吐いて、立ち上がって、膝についたほこりを叩き落とす。
「・・・なんかどっと疲れた」
「なんで?」
「お前のせいだろ」
首をかしげている彼女を放って、先に歩き出す。
「ほれ、帰るぞー輝愛」
「はーい」
呼ばれて小走りに走り出す。
彼の手にしがみ付いて、「ねえねえ」と声をかける。
「んー?」
手を引かれて立ち止まった千影の首に手をかけて、
「ほっぺならしたげる」
声がするより早く、彼女の唇が頬に触れた。
その感触が柔らかくて、柄にも無くうれしくなったり、でもやっぱし煮え切らないものも残ったりで。
「はい、おしまい」
微笑んで首から離した手を片手で掴んで、奪うように口付けた。
「・・・・あー!ダメって言ったのに!」
「知るか!どーせ芝居で浩春とも俺とも毎日するだろーが」
「お芝居と普段は違うんですー!」
「入れなかっただけ感謝しろー」
「何を?」
「秘密」
舌を、
なんて、言ったら殴られそうだから、言わないけど。
バイクにまたがって、ベルトでお互いを固定して。
メットをかぶって、くぐもったような声で、背中越しに宣戦布告。
「いつか、覚えてろよ」
「なにを?」
「何倍にもして返してやる」
「だから、何を?」
「さあな」
輝愛がしがみ付くのを合図に、千影は地面を蹴る。
背中の彼女が、ずっとこのままなら良いのにと思う気持ちと、早く大人になれば良いのにという、相反する気持ちを、同じぐらい胸に抱えながら。
人気の無い辺り一帯。
風に揺れる、背の低い草花。
憎らしい位に、澄み渡った青空。
その中に響く、微かな、泣き声。
◇
腕を抱き込まれたまま、どれ位経ったのだろう。
ようやくすすり泣き程度に収まった、腕の中の娘は、しかし未だに千影の両腕を欠片も離そうとはしない。
後ろから羽交い絞めにしている様な格好のまま、地面に腰を下ろした千影は、改めて自らの腕の中の彼女を抱き締め、髪の毛に頬を押し当てた。
「俺さ、アイツの事、大好きだったんだ」
ぽつりと、しかししっかりとした声で千影は口を開く。
「出会ったのは、今のお前くらいの時。アイツが珠子と同じ、一歳年上で、妙に世話焼きたがるクセに、何も出来なくて」
懐かしそうに、話す声。
顔を見ずとも、微笑んで、目を細めているのが手に取るように分かるような、優しい声。
「結局俺が世話焼くハメになって、そのまま猫みたいに懐かれて。で、俺もアイツを離したくないと、思った、と」
千影の言葉を、ただ無言で聞く輝愛。
どうやら、もう涙は止まったようだった。
「まだ今みたいに食っていくのがラクじゃなかった頃でさ。珠子や紅龍や勇也たちと、毎日貧乏暮らしで。
―――でも、ただ、ただ楽しかったんだ」
「・・・ねぇ」
「ん?」
黙りこくっていた彼女が、僅かに声を漏らす。
千影は唇が輝愛の頬に着く位に顔を寄せ、優しい声音で問い返す。
「・・・ううん、何でもない」
何か言いかけて、しかし頭を振ってその言葉を飲み込んだ輝愛に、彼女には見えないだろうと、彼は今まで見せた事の無い様な優しい目をする。
『ただ、ただ楽しかったんだ』
ねぇ、今より?今より楽しかった?
昔に戻りたいって、思ってるの?
可奈子さんが居た、昔に。
あたしじゃなく、可奈子さんが居た―――
無意識に、輝愛は千影の腕を強く握った。
それに応えるように、千影も更に身体を寄せ、彼女を深く抱え込む。
「・・・本当に好きで、仕方なかった。
アイツが死んで、しばらくは抜け殻になってたしな」
それももう、大分昔の事になっちまったけど、と、どこか自嘲的に笑う。
顔を上げれば、目の前にある、愛した女の墓。
・・おっかしいよな、人生なんて。あると思ったものが、一瞬にして無くなって。
あるはず無いと思ったものが、いつの間にか自らと共にある。
「・・・不思議だよなぁ・・本来なら、居るはずの可奈子が居なくて、居ないはずのトーイが居るんだもんなぁ」
でも、今、コイツが居て・・・
「今でも」
千影の思考を遮る様に、輝愛が口を開く。
「今でも、可奈子さんを好き?」
いつの間にか腕の戒めを解いた彼女が、背中を向けたまま問いかける。
ちょうど彼女の頭越しに見える墓石に、いや、墓石の主に問いかけられている様な、おかしな錯覚を覚えながら。
「―――うん」
「だったら、何で!?」
墓石に、可奈子に向かって、苦笑しながら頷いた千影に、輝愛は振り返る。
「ならどうして、あたしがここに居るの?」
「・・・トーイ?」
あまりにいつもと違う調子の彼女に、千影は僅かに不安になって手を伸ばすが、輝愛は立ち上がるや後ずさりして、それを交わしてしまう。
「あたしは・・可奈子さんじゃ、ないのに・・なんで」
「トーイ、違う、聞けって」
「あたし可奈子さんになれないよ?代わりになんかなれないのに」
じりじりと後ろに下がっていく輝愛。
そのまま行けば墓石で、その僅か先は、崖だ。
「なんで、あのひとじゃないあたしが、カワハシの横にいるの?」
混乱した輝愛は、恐らく自分で何を言っているかも分かっていない様で。
彼女は、あと数歩で足場が無くなるなんて事も、きっと忘却の彼方な筈で。
―――また、目の前で死なれたら、どうする?
想像も出来ないような言葉が、千影の脳裏に浮かんだ。
・・それこそ、冗談じゃねえ。二度とごめんだ!
千影は急いで立ち上がり、彼女に手を伸ばす。
「あたしだって・・」
輝愛の言葉が終わる前に、千影の手が届き、
慌てた様子で、目に涙を浮かべた輝愛を、きつく抱き締める。
彼の腕の中で、か細い声で呟いた。
「あたしだって、すきな人と一緒にいたいだけなのに」
輝愛の言葉に、一瞬面食らったように目を見開き、赤く染まった顔を隠すように、天を仰ぎ見る。
「なぁ、よく聞けって。俺はお前を可奈子の代わりにしようだなんて、これっぽっちも思ってねーぞ?」
「ぽっちも?」
「ぽっちも」
恐る恐る顔を上げたその瞳から、ぽろりと一粒、頬に線が描かれた。
「泣くなって」
くしゃ、と相好を崩して、乱暴に娘の涙を手で拭う。
彼の表情が珍しかったのか、きょとんとした顔のまま固まる輝愛。
全くコロコロ変わる表情だと苦笑しながら、言葉を続ける。
「さっきのは、思い出・・・そう、昔話みたいなもんだ」
「でも、カワハシは可奈子さんが好きなんでしょ?」
『だったら』と言いかける彼女に、千影はいささか呆れた様な声で、
「じゃあお前、死んだらなんもかんも終わりか?お前の父ちゃんや母ちゃんや、こないだまで居てくれた婆ちゃんはどーなんだ」
「・・・あ」
「だろ?」
「うん」
千影は眉尻を落として笑う。
「今日は、そう、確かめに来たんだ」
「たしかめる?」
目の前の輝愛と、少し離れた所にいる、可奈子を交互に見て。
・・きっと、アイツだったら、墓石の上で足組んで、面白そうにこっちを見てるだろう。
なんて思いながら。
「俺は、一生分の恋愛を可奈子に使っちまった気がするんだ。
だから、お前に対する気持ちがなんなのか・・・」
・・ああ、ほらきっと今も、ちょっと意地悪いくらいに笑ってるんだ、アイツは。
「でもやっぱりそうだったんだなあ、そうだそうだ」
「????」
一人合点している千影について行けず、目をぱちぱちしている輝愛。
「そうだよなー、結局、そーなんだろーなー」
言いながら、バイクを置いた場所に向かって歩き出してしまう千影。
「ちょ・・カワハシー!?」
あっけにとられつつも、急いで彼を追う。
風で足元の雑草が揺れる。
「最初から、分かってた事じゃないか」
「だから、何が!?」
追いついた輝愛が不満そうに口を尖がらせると、彼は青空のもと、ようやく振り返って、
「俺はお前が愛しいって事だよ、輝愛」
◇
しばらく、そのまま立ち尽くしていた。
メットをかぶる為に、珍しくポニーテールにしなかった髪の毛を風に弄ばれながら。
まさか、今言った言葉の意味が分からなかった訳でもあるまいが、こうも長い事沈黙が続くと、微妙に居心地が悪いもの事実だ。
気まずくなって目線をそらしたままで居たが、どうにも長い沈黙に耐えかねて、千影は再び振り向いて口を開きかけて、
絶句した。
「う・・」
「・・・お前」
「うえ・・」
「ちょ、ちょい待てお前」
「うえ~」
「ななな、何でまた泣くんだ!?なんもしてないだろ!?」
三度、しかもいきなり泣き出した輝愛に、今度こそどうしていいか分からずに、彼女の前にしゃがみ込む。
「な・・え」
「はあ?」
「なまえー」
ここまで来ると、最早本当に親子である。
最も、娘分の精神年齢が、大分低いような気もするが。
「名前・・・」
―――ああ、そうか、名前か。
「まいったな・・」
いつかその時が来たら、この子が泣き止む時が来たら、
ちゃんと目を見て名前を呼んでやろう。
そう、思ってたのに。
まさかその名前を呼んだせいで、泣き止むどころか、余計に泣かせてしまうなんて。
「保護者失格だな」
「う」
こっくり頷く輝愛のまぶたを、手で覆う。
「あーあーあーもー。そんなにだばだば泣いてたら、体中の水分無くなって死んじゃうぞ」
「え?うそ?」
驚いて上げられたその顔に、もう零れ落ちる涙は見て取れない。
「本当。それに、目腫れちゃうだろ。とっとと冷やさなきゃ」
「・・・明日怒られる?」
「そうだな」
怒られるのは、多分俺なんだろうけど。
そう心で付け足しておく。
「じゃあ、冷やす」
「だな、行くか」
言って、手を差し出す。
輝愛がその手を取った瞬間、強い力で引き寄せられ、一瞬のうちに再び千影の腕に抱き止められる。
「ねえ、さっきの、愛しいって」
「・・・うん」
目を閉じたまま、彼女の声を聞く。
まさか、そう来るとは思ってなかったから、穏やかな気持ちで。
「どーゆー意味?」
「・・・・・・は?」
大分長い時間、かかったように思う。
ただ一言、「は?」と言う答えを返すだけなのに。
「え・・輝愛さん、その質問はいったいどーゆー・・」
「だから、意味が分かりませんと言ったのよ?」
千影は、軽く眩暈のする頭を振って、再びようやく口を開く。
「・・・・・・・・・・・・・ですので、僕は君が大事だと、愛しいと、詳しく言うと、離す予定は無いぞと、そんな意味で言ったんですが」
まさか自分の告白を、自分で解説するハメになるとは思わなかった。
こんなの、告白そのものより恥ずかしいじゃないか。
まさか何かの罰ゲームなのか。
そう思わずには居られないくらい、情けない気持ちでいっぱいな千影に、輝愛は
「あたしもカワハシ大事よ」
「・・・輝愛」
もういいや、コイツの天然は今に始まった事じゃないし。
そう自分に言い聞かせて、彼女の頬に手をかけて、少し上を向かせて。
そのまま自分の顔を近づけて行って。
もう少しで唇が重なると思って、目を閉じた瞬間、
ぎゅむ。
「・・・・・・・あの」
「ちゅーはだめ」
両手で千影の口を塞ぐ輝愛の目は、真剣そのものだ。
僅かにも、「恥ずかしがって」とか、「頬を赤らめて」とか、そー言う類のものは無い。
「なんで!?」
思わず声を荒げて、口にかぶせられた手をどける。
だって、だめって・・・・
ずっと我慢して(気づいたのは最近だけど)
やっと伝えて(ちゃんと伝わってなかったけど)
アイツも応えてくれたのに!?
「だって、可奈子さんの事好きでしょ?だからダメよ」
「・・は?だからそれは解決したのでは・・それにお前も俺を・・」
「カワハシ大事よ。珠子さんもありすさんも、社長も大輔おにいちゃんも、みんな」
・・・・・ちょっと待て。
「俺はあいつらと同じ次元なのかー!?」
「なによー不満なの?」
「不満大有りだとも!!!」
コイツの言う「大事」はオトモダチレベルか!?
俺の意味とぜんぜん違うのか!?
「俺の気持ちはどうなるー!?俺はお前を恋愛対象として・・」
「恋愛使い果たしたんでしょ?」
「それはそーだけど、でもやっぱりそーだったんだって言ったじゃ・・」
「ん~~??でも好きなのは可奈子さんなんでしょ?」
がっくりと、膝をついた。
本気で、コイツは分かってないんだなと思うと、悲しいとかより、情けなくなってきた。
「もー、わがままねー」
どっちが。
俺よりも、お前の脳みその構造の方がわがままだろうが。
だいたい、「好きだ」って言わなきゃ伝わらないって、アリなんだろうか。
可奈子よりも、お前がって言わなきゃ、いけないんだろうか。
でも、それは、そう、出来ないんだ。俺には。
可奈子は可奈子で、輝愛は輝愛なんだから、
比べてどっちがなんて、言えないのに。
でも。
「好きだよ」
「あたしも」
「どんくらい?」
「珠子さんや社長やみんなの中で、一番好き」
「あ、そ」
ひとつ大きく息を吐いて、立ち上がって、膝についたほこりを叩き落とす。
「・・・なんかどっと疲れた」
「なんで?」
「お前のせいだろ」
首をかしげている彼女を放って、先に歩き出す。
「ほれ、帰るぞー輝愛」
「はーい」
呼ばれて小走りに走り出す。
彼の手にしがみ付いて、「ねえねえ」と声をかける。
「んー?」
手を引かれて立ち止まった千影の首に手をかけて、
「ほっぺならしたげる」
声がするより早く、彼女の唇が頬に触れた。
その感触が柔らかくて、柄にも無くうれしくなったり、でもやっぱし煮え切らないものも残ったりで。
「はい、おしまい」
微笑んで首から離した手を片手で掴んで、奪うように口付けた。
「・・・・あー!ダメって言ったのに!」
「知るか!どーせ芝居で浩春とも俺とも毎日するだろーが」
「お芝居と普段は違うんですー!」
「入れなかっただけ感謝しろー」
「何を?」
「秘密」
舌を、
なんて、言ったら殴られそうだから、言わないけど。
バイクにまたがって、ベルトでお互いを固定して。
メットをかぶって、くぐもったような声で、背中越しに宣戦布告。
「いつか、覚えてろよ」
「なにを?」
「何倍にもして返してやる」
「だから、何を?」
「さあな」
輝愛がしがみ付くのを合図に、千影は地面を蹴る。
背中の彼女が、ずっとこのままなら良いのにと思う気持ちと、早く大人になれば良いのにという、相反する気持ちを、同じぐらい胸に抱えながら。
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