桃屋の創作テキスト置き場
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■こんぺいとう 4 あくとあくたーず5 ■
千影は少々、いや、大分ぐったりしていた。
別に稽古が物凄くハードで寝る時間が無いとか、殺陣練習で満身創痍とか、そう言った類では無いのだが。
ようやく帰宅し、愛しいソファーベッドに身を預けたまま、煙草を咥えたままで、例の台本をめくる。
立ち稽古に入ったのに、台詞を未だに覚えていない訳では無い。
勿論自身の台詞など、とっくの昔に完璧に頭に入っているし、数多くの切っ掛けは、自分自身が出ていないシーンのものですら記憶している程だ。
しかし、全部のシーンの台詞を暗記して、その各役者の動きまでマスターしたかと言われれば、それは否、だ。
最も、そんな事は必要ないのだから、本来気にする必要は無いのだが。
「今日は・・・ここか」
胡座をかいた膝の上に台本を置き、最近邪魔になって来た髪の毛を適当に一つに束ねる。
一回二つに束ねたことがあったのだが、何故か輝愛の猛反対にあったのだ。
自分的には、なかなか上手く結べたと思っていたのだが、彼女の反対の理由は、そんな事では無かったらしい。
千影は風呂上りで火照った頭を冷やすかのように、冷蔵庫にあったビールを流し込んだ。
「かーわーはーすぃー」
パタパタとスリッパの音が聞こえ、すぐに娘分の輝愛の姿が現れる。
髪の毛を乾かすのもそこそこに、手首をうにうに回しながら、千影の横に座り込む。
「宜しくお願い致す」
言って、ぺこりと頭を下げるその仕草が、可愛らしいのだが、それが逆に無償に癇に障る。
千影はタオルを輝愛の頭に乗せ、わしわしと荒っぽく水気を拭くと、そのまま彼女の肩に腕を置いて台本をめくった。
そう、彼はこの娘の台詞合わせに、この所毎晩付き合わされているのである。
最も、輝愛と千影は絡みも多いから、自分と彼女のシーンの芝居を練習する分には、ある意味願ったりなのだが、全く関係無い役の芝居までやらねばならず、ここのところは少々お疲れ気味な千影なのであった。
その上、輝愛の芝居がどうやっても初演の可奈子とダブって見えてしまい、それだまた千影の気に障るのだ。
輝愛は可奈子では無いのだから、どうと言う事は無いのだろうが、頭では分かっていても、そうそう簡単には行かないらしい。
千影は、人肌が恋しい子供の様に輝愛の頭に自分の頭をくっ付け、台詞を読み始める。
輝愛は一瞬少し驚いた様に目だけで彼を眺めたが、すぐに自分の台詞になり、慌てて続けた。
一回軽く台詞を合わせ、今日稽古で付けられた動きの確認の為、立ち稽古に移る。
最も、二人とも風呂上りで、千影はTシャツにジャージ、輝愛はキャミソールにセットのパンツ、仲良く首にはタオルと言うスタイルなので、ちっとも様にはなっていないが。
『何だ・・・お前』
『私は、あやめ』
『あやめ・・・?』
今日演出から指示された動きを再現する輝愛。
対して他人に付けられた演出であるはずなのに、それこそそのままに体現してみせる千影。
この自宅稽古を始めて分かった事だが、千影は他の役者のコピーが恐ろしく天才的であると言う事だ。
輝愛にとっても、勿論現場での代役やコピー役としても、文句の付け様が無かった。
だからと言って、彼自身の芝居が誰かの模倣か、と言うと、そうでもない。
芝居をする為にいる人間のようだ、輝愛は思ったが、本人がそれについては何故か照れがあるらしく、言葉にして伝えてもはぐらかされるだけだった。
『あやめが、何の用だ』
『お前に、私の記憶を』
『は?』
『私の記憶を、渡そう』
ここは有住と輝愛の二人だけのシーンである。
当然千影が演じているのは有住の役だから、女役である。
このまさに、それこそ男臭い男が、女形の動きをしていると考えると、空恐ろしいものがあるが、その違和感すら感じさせない位、千影は女形の、有住の役をこなす。当の相手役の輝愛も、千影がこの役だったのかと錯覚しそうになる程、彼の芝居は完璧に有住だった。
『さあ、この雫をお飲み。さすれば――』
千影が輝愛に近付き、彼女の顎に手をかけた瞬間、彼女はつばめから輝愛に立ち戻り、きょろんとした瞳で彼を揺さぶる。
「ここ!ここ、演出変わったの。えっと・・・コレ!」
輝愛は慌てて自分の台本をめくり、書き込みを千影に指し示す。
「どれどれ」
輝愛から台本を受け取って、書き込みを読み進める。
最初は『ふんふん』頷いていたが、やがて表情が厳しくなり、眉間に明らかに皺が寄る。
「・・・どしたの?」
おずおずと声をかける輝愛に、しかし千影は答えない。
その台本の一点を、睨み付けたままである。
「おーいカワハシ?かわちゃん?にーちゃん、アニキ、ちかちゃん?」
無言のままの千影に、ありとあらゆる呼び方で呼びかける輝愛。
最後の『ちかちゃん』に僅かに反応し、やっとこさ顔を上げた彼は、例の厳しい表情のままで、
「お前、これ、やるの・・・」
と、疲れたように声を絞り出した。
「これって、どれ」
輝愛は千影の腕の下から首を突っ込み、自分の台本に目を落とす。
「どれ」
ちょうどヘッドロックされているような体勢のまま、上目遣いに問い掛ける。
千影はわざと視線を外して、
「・・だから、キスシーン」
「あ、それか」
ようやく我が的を射たり、と輝愛はにこっ、と笑って、そのまま普通に『やるよー』と答えた。
「そう、それでね、聞きたい事があるですよ」
「・・・何ですよ」
壁際に置いてある、腰の高さ位までのチェストに腰掛けると、彼女は足をぷらぷらさせて、
「鼻はどうしたら良いの?」
「は?」
「鼻がキスするとぶつかると思うんだけど、どうやってへこますの?アリスさんに聞いたら、なんか頭抱えて次に笹林さんに怒鳴ってただけで、結局わかんない」
彼女の質問に、千影が固まる。
ぎこちない動きで残りのビールを飲み込むと、本気で悩んだ結果、ようやく口を開く。
「・・・・キスシーンが、あるんだよな?」
「そうです」
チェストの上でこっくり頷く輝愛。
「で、お前は鼻がぶつかると思ってる訳だな?」
「イエスマスター」
千影は痛むこめかみ押さえつつ、
「で、ぶつからないように、鼻をへこませたいと、そー言ってるんだな?お前は」
「そーっすよ?」
彼女の質問の意味を把握して、と言うより確認して、脱力したように膝に手を置き、うな垂れてため息を吐く。
「・・お前、人からかわいそうとか、天然とか、馬鹿とかアホとか言われるだろ」
「何故それを!カワハシってマジシャン?」
図星を突かれたのか、僅かに赤くなる輝愛。
しかしその返答はさっきの質問以上に意味不明である。
――マジシャンは無関係だろう・・
千影は娘分の本気のボケっぷりに、心の中で長い合掌をした。
「――とにかく、どう頑張っても鼻はへこまねーだろ。フツー。考えりゃ分かるだろーが」
「じゃあどーすんのさ」
微妙に機嫌を悪くしたらしい彼女が、何故かべらんめえ口調で聞いてくる。
「どーするって、だからこーやって」
言いつつ何気なく輝愛に顔を寄せ、そこで我に返り動きを止める。
輝愛は何故か欠片も動じずに、千影を眺めている。
「で?」
「で?・・・って・・・」
「続きは?」
問い詰められて、本気で不思議な汗が頬を伝う感触を覚えた。
ぐるぐるとその場で色んな事を考えて、結局輝愛の唇に自分の手を被せて、その上から軽く、ちゅっ、とキスを落とした。
「おわり?」
「へ?」
思いもよらぬ娘分の台詞に、千影は腰が砕けそうになる。
「何だよ・・・」
普通に見詰められているだけなのに、背中に嫌な汗をたくさんかいている。
と言う事は、自分は何か後ろ暗い事があるのだろうか。
しばし、いや、実際はほんの僅かな間の見詰め合いが続いた後、
「まいっか。ありがとうです」
言ってぴょこんとチェストから降りる彼女。
千影は、何に対しての礼なのか分からなかったが、『おう』とだけ答えた。
そして後ろ手で頭をばりばりと掻きむしった。
――中学生か、俺は。
テーブルの上にあったビールの缶を持ち上げると、どうやら空のようだった。
千影はビールを諦め、洗面所に足を向ける。
一寸先に辿りついていたらしい輝愛が、口に歯ブラシを咥えている。
――この鈍さが、今はとても憎たらしい。
口には出さず、自分も歯ブラシを咥えると、並んで仲良く・・かどうかは分からないが、歯を磨く。
「初めてのキスくらいさ、好きな奴とした方が良いと思うぞ、おとーさんとしては」
器用に喋る千影に対し、輝愛は必死に答えようとするのだが、
「らひよふふやよあはひひふむげぐっ!」
必死に何かを訴えているらしい輝愛だったが、人間語しか理解出来ない千影には伝わらない。
「・・・・・・取り合えず、口すすげ」
千影は呆れたように目を細めた。
「だからね!」
ものすごい勢いで口をゆすいだ愛娘が、ものすごい勢いで話し始める。
「ちゃんとすきだから平気よ」
にっこりして言う輝愛に、千影はやや間を置いて、
「好きって・・・浩春を?」
「そう」
にっこにっこして言う輝愛に、彼の身体が一瞬強張る。
「そっか、なら、平気だな」
――浩春がどう思ってるかはともかくとして・・輝愛を泣かせたらぶっ殺す!!
不器用な自称父親分は、何も悪くない後輩を呪いながら、勢い良くうがいをかます。
「珠子さんも、社長も、大輔お兄ちゃんも、勇也さんも、みんなみーんな好き」
一人殺意を抱いている千影に気付かずに、嬉しそうに言葉を続ける輝愛。
「カワハシも、ちゃんと大好き」
「――は?」
思わず間の抜けた声で、顔を上げて問い返す。
そこには、いつも通りの彼女の笑顔。
「だから、みんなみんな好き。カワハシ、大好き」
正直、動けなかった。
どうして良いか分からなくて、すぐに身体が反応しなかった。
それでも、硬直状態から立ち直った彼は、彼にとってのなかなか大胆な告白をかましてくれた彼女を抱え上げ、そのままベッドに突っ込んだ。
「俺は案外若いらしいぞ」
「なにそれ、一回り違うんじゃなかったっけ?」
千影に抱き締められるのが心地良いのか、ごろごろと猫みたいに懐く輝愛。
「やばいぞ」
「何が」
「色々だ」
彼女にこの恐らく緩んだ顔を見せる訳には行かなくて、千影は大慌てでリモコンを探し当て、電気を消す。
「おやすみなさい」
「ん」
自分の胸に擦り寄る様にくっつく彼女を抱き締めて、千影はぽふっ、と身体の力を抜いた。
顔が緩んでる。多分本気で緩んでる。
・・・なっさけなー・・・
自分だけ、自分の時だけ彼女が『大好き』と言っただけで、こんな状態なのだ。
他の連中は、『好き』止まりだったからな。ちょっとは、上って事なのかな。
これは、やっぱり裏切りになるんだろうか。
だとしたら俺はどうすべきだろう。やっぱり、今まで通りにすべきだろう。
それは分かっている。
そうしなきゃいけないのも、そうすべきなのも、分かってるよ。
だけどせめて、今彼女を抱き締める位、許してくれ。
頼むよ、なあ――
千影は少々、いや、大分ぐったりしていた。
別に稽古が物凄くハードで寝る時間が無いとか、殺陣練習で満身創痍とか、そう言った類では無いのだが。
ようやく帰宅し、愛しいソファーベッドに身を預けたまま、煙草を咥えたままで、例の台本をめくる。
立ち稽古に入ったのに、台詞を未だに覚えていない訳では無い。
勿論自身の台詞など、とっくの昔に完璧に頭に入っているし、数多くの切っ掛けは、自分自身が出ていないシーンのものですら記憶している程だ。
しかし、全部のシーンの台詞を暗記して、その各役者の動きまでマスターしたかと言われれば、それは否、だ。
最も、そんな事は必要ないのだから、本来気にする必要は無いのだが。
「今日は・・・ここか」
胡座をかいた膝の上に台本を置き、最近邪魔になって来た髪の毛を適当に一つに束ねる。
一回二つに束ねたことがあったのだが、何故か輝愛の猛反対にあったのだ。
自分的には、なかなか上手く結べたと思っていたのだが、彼女の反対の理由は、そんな事では無かったらしい。
千影は風呂上りで火照った頭を冷やすかのように、冷蔵庫にあったビールを流し込んだ。
「かーわーはーすぃー」
パタパタとスリッパの音が聞こえ、すぐに娘分の輝愛の姿が現れる。
髪の毛を乾かすのもそこそこに、手首をうにうに回しながら、千影の横に座り込む。
「宜しくお願い致す」
言って、ぺこりと頭を下げるその仕草が、可愛らしいのだが、それが逆に無償に癇に障る。
千影はタオルを輝愛の頭に乗せ、わしわしと荒っぽく水気を拭くと、そのまま彼女の肩に腕を置いて台本をめくった。
そう、彼はこの娘の台詞合わせに、この所毎晩付き合わされているのである。
最も、輝愛と千影は絡みも多いから、自分と彼女のシーンの芝居を練習する分には、ある意味願ったりなのだが、全く関係無い役の芝居までやらねばならず、ここのところは少々お疲れ気味な千影なのであった。
その上、輝愛の芝居がどうやっても初演の可奈子とダブって見えてしまい、それだまた千影の気に障るのだ。
輝愛は可奈子では無いのだから、どうと言う事は無いのだろうが、頭では分かっていても、そうそう簡単には行かないらしい。
千影は、人肌が恋しい子供の様に輝愛の頭に自分の頭をくっ付け、台詞を読み始める。
輝愛は一瞬少し驚いた様に目だけで彼を眺めたが、すぐに自分の台詞になり、慌てて続けた。
一回軽く台詞を合わせ、今日稽古で付けられた動きの確認の為、立ち稽古に移る。
最も、二人とも風呂上りで、千影はTシャツにジャージ、輝愛はキャミソールにセットのパンツ、仲良く首にはタオルと言うスタイルなので、ちっとも様にはなっていないが。
『何だ・・・お前』
『私は、あやめ』
『あやめ・・・?』
今日演出から指示された動きを再現する輝愛。
対して他人に付けられた演出であるはずなのに、それこそそのままに体現してみせる千影。
この自宅稽古を始めて分かった事だが、千影は他の役者のコピーが恐ろしく天才的であると言う事だ。
輝愛にとっても、勿論現場での代役やコピー役としても、文句の付け様が無かった。
だからと言って、彼自身の芝居が誰かの模倣か、と言うと、そうでもない。
芝居をする為にいる人間のようだ、輝愛は思ったが、本人がそれについては何故か照れがあるらしく、言葉にして伝えてもはぐらかされるだけだった。
『あやめが、何の用だ』
『お前に、私の記憶を』
『は?』
『私の記憶を、渡そう』
ここは有住と輝愛の二人だけのシーンである。
当然千影が演じているのは有住の役だから、女役である。
このまさに、それこそ男臭い男が、女形の動きをしていると考えると、空恐ろしいものがあるが、その違和感すら感じさせない位、千影は女形の、有住の役をこなす。当の相手役の輝愛も、千影がこの役だったのかと錯覚しそうになる程、彼の芝居は完璧に有住だった。
『さあ、この雫をお飲み。さすれば――』
千影が輝愛に近付き、彼女の顎に手をかけた瞬間、彼女はつばめから輝愛に立ち戻り、きょろんとした瞳で彼を揺さぶる。
「ここ!ここ、演出変わったの。えっと・・・コレ!」
輝愛は慌てて自分の台本をめくり、書き込みを千影に指し示す。
「どれどれ」
輝愛から台本を受け取って、書き込みを読み進める。
最初は『ふんふん』頷いていたが、やがて表情が厳しくなり、眉間に明らかに皺が寄る。
「・・・どしたの?」
おずおずと声をかける輝愛に、しかし千影は答えない。
その台本の一点を、睨み付けたままである。
「おーいカワハシ?かわちゃん?にーちゃん、アニキ、ちかちゃん?」
無言のままの千影に、ありとあらゆる呼び方で呼びかける輝愛。
最後の『ちかちゃん』に僅かに反応し、やっとこさ顔を上げた彼は、例の厳しい表情のままで、
「お前、これ、やるの・・・」
と、疲れたように声を絞り出した。
「これって、どれ」
輝愛は千影の腕の下から首を突っ込み、自分の台本に目を落とす。
「どれ」
ちょうどヘッドロックされているような体勢のまま、上目遣いに問い掛ける。
千影はわざと視線を外して、
「・・だから、キスシーン」
「あ、それか」
ようやく我が的を射たり、と輝愛はにこっ、と笑って、そのまま普通に『やるよー』と答えた。
「そう、それでね、聞きたい事があるですよ」
「・・・何ですよ」
壁際に置いてある、腰の高さ位までのチェストに腰掛けると、彼女は足をぷらぷらさせて、
「鼻はどうしたら良いの?」
「は?」
「鼻がキスするとぶつかると思うんだけど、どうやってへこますの?アリスさんに聞いたら、なんか頭抱えて次に笹林さんに怒鳴ってただけで、結局わかんない」
彼女の質問に、千影が固まる。
ぎこちない動きで残りのビールを飲み込むと、本気で悩んだ結果、ようやく口を開く。
「・・・・キスシーンが、あるんだよな?」
「そうです」
チェストの上でこっくり頷く輝愛。
「で、お前は鼻がぶつかると思ってる訳だな?」
「イエスマスター」
千影は痛むこめかみ押さえつつ、
「で、ぶつからないように、鼻をへこませたいと、そー言ってるんだな?お前は」
「そーっすよ?」
彼女の質問の意味を把握して、と言うより確認して、脱力したように膝に手を置き、うな垂れてため息を吐く。
「・・お前、人からかわいそうとか、天然とか、馬鹿とかアホとか言われるだろ」
「何故それを!カワハシってマジシャン?」
図星を突かれたのか、僅かに赤くなる輝愛。
しかしその返答はさっきの質問以上に意味不明である。
――マジシャンは無関係だろう・・
千影は娘分の本気のボケっぷりに、心の中で長い合掌をした。
「――とにかく、どう頑張っても鼻はへこまねーだろ。フツー。考えりゃ分かるだろーが」
「じゃあどーすんのさ」
微妙に機嫌を悪くしたらしい彼女が、何故かべらんめえ口調で聞いてくる。
「どーするって、だからこーやって」
言いつつ何気なく輝愛に顔を寄せ、そこで我に返り動きを止める。
輝愛は何故か欠片も動じずに、千影を眺めている。
「で?」
「で?・・・って・・・」
「続きは?」
問い詰められて、本気で不思議な汗が頬を伝う感触を覚えた。
ぐるぐるとその場で色んな事を考えて、結局輝愛の唇に自分の手を被せて、その上から軽く、ちゅっ、とキスを落とした。
「おわり?」
「へ?」
思いもよらぬ娘分の台詞に、千影は腰が砕けそうになる。
「何だよ・・・」
普通に見詰められているだけなのに、背中に嫌な汗をたくさんかいている。
と言う事は、自分は何か後ろ暗い事があるのだろうか。
しばし、いや、実際はほんの僅かな間の見詰め合いが続いた後、
「まいっか。ありがとうです」
言ってぴょこんとチェストから降りる彼女。
千影は、何に対しての礼なのか分からなかったが、『おう』とだけ答えた。
そして後ろ手で頭をばりばりと掻きむしった。
――中学生か、俺は。
テーブルの上にあったビールの缶を持ち上げると、どうやら空のようだった。
千影はビールを諦め、洗面所に足を向ける。
一寸先に辿りついていたらしい輝愛が、口に歯ブラシを咥えている。
――この鈍さが、今はとても憎たらしい。
口には出さず、自分も歯ブラシを咥えると、並んで仲良く・・かどうかは分からないが、歯を磨く。
「初めてのキスくらいさ、好きな奴とした方が良いと思うぞ、おとーさんとしては」
器用に喋る千影に対し、輝愛は必死に答えようとするのだが、
「らひよふふやよあはひひふむげぐっ!」
必死に何かを訴えているらしい輝愛だったが、人間語しか理解出来ない千影には伝わらない。
「・・・・・・取り合えず、口すすげ」
千影は呆れたように目を細めた。
「だからね!」
ものすごい勢いで口をゆすいだ愛娘が、ものすごい勢いで話し始める。
「ちゃんとすきだから平気よ」
にっこりして言う輝愛に、千影はやや間を置いて、
「好きって・・・浩春を?」
「そう」
にっこにっこして言う輝愛に、彼の身体が一瞬強張る。
「そっか、なら、平気だな」
――浩春がどう思ってるかはともかくとして・・輝愛を泣かせたらぶっ殺す!!
不器用な自称父親分は、何も悪くない後輩を呪いながら、勢い良くうがいをかます。
「珠子さんも、社長も、大輔お兄ちゃんも、勇也さんも、みんなみーんな好き」
一人殺意を抱いている千影に気付かずに、嬉しそうに言葉を続ける輝愛。
「カワハシも、ちゃんと大好き」
「――は?」
思わず間の抜けた声で、顔を上げて問い返す。
そこには、いつも通りの彼女の笑顔。
「だから、みんなみんな好き。カワハシ、大好き」
正直、動けなかった。
どうして良いか分からなくて、すぐに身体が反応しなかった。
それでも、硬直状態から立ち直った彼は、彼にとってのなかなか大胆な告白をかましてくれた彼女を抱え上げ、そのままベッドに突っ込んだ。
「俺は案外若いらしいぞ」
「なにそれ、一回り違うんじゃなかったっけ?」
千影に抱き締められるのが心地良いのか、ごろごろと猫みたいに懐く輝愛。
「やばいぞ」
「何が」
「色々だ」
彼女にこの恐らく緩んだ顔を見せる訳には行かなくて、千影は大慌てでリモコンを探し当て、電気を消す。
「おやすみなさい」
「ん」
自分の胸に擦り寄る様にくっつく彼女を抱き締めて、千影はぽふっ、と身体の力を抜いた。
顔が緩んでる。多分本気で緩んでる。
・・・なっさけなー・・・
自分だけ、自分の時だけ彼女が『大好き』と言っただけで、こんな状態なのだ。
他の連中は、『好き』止まりだったからな。ちょっとは、上って事なのかな。
これは、やっぱり裏切りになるんだろうか。
だとしたら俺はどうすべきだろう。やっぱり、今まで通りにすべきだろう。
それは分かっている。
そうしなきゃいけないのも、そうすべきなのも、分かってるよ。
だけどせめて、今彼女を抱き締める位、許してくれ。
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