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桃屋の創作テキスト置き場
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■こんぺいとう 4  あくとあくたーず4 ■




 演出の笹林は、紙コップを握り、口に煙草をくわえながら、何やら渋い顔で思案している。


 稽古場の、休憩中の風景である。
 稽古も進み、例の輝愛もそこそこ及第点を与えられる形になり、演出担当としては、いくらか気分が楽になって来た頃合である。

 が、彼の眉間には、深い溝が浮かんでいる。
 辺りには、一緒になって待ってましたとばかりに煙草をふかす同志が数名。
 休憩中とは言えど、いまだに自分の台詞や動きを確認している者もいれば、音響担当と照明担当は、お互いに数え切れない切っ掛けの確認や、音出し等の打ち合わせを、カップ片手に行っていたりする。


「あ、勇也悪ぃ、火貸して」
 自らのポケットをまさぐってはみたが、お目当ての物が無いと分かり、隣に居た橋本勇也に声をかける千影。
「ほいほい、点けますよ」
 勇也は言いつつジッポーを取り出し、千影がくわえた煙草の前で二度三度指を滑らせる。が、


「ガス切れちゃったかな?」
「あらら、じゃあお前の火でいいや、頂戴」
「ほいほい」
 千影は既に勇也が既にふかしていた煙草に、自らがくわえた新しい煙草を近付け、上手い事火をつける。


「サンクス」
「・・・川ちゃんのどアップって、あんまり気持ち良いもんじゃねえっすわ・・」
 煙草に火をつけるためには、どうしたって口にくわえて吸っていなければならないのだから、千影が煙草をくわえたまま勇也に近付くのは、道理である。
「お前は手に持つなりすりゃいいじゃん。くわえてる必要無ぇじゃん。良く考えたら」
 文句をたれた後輩に、今更ながらもっともらしい意見を述べる先輩。


「大丈夫よ二人とも。はたから見てたら、キスしようとしてたただのホモカップルだったから」
 横から割り込んで灰皿に灰を落とす珠子。
 千影を勇也が、お互いにそれこそ嫌そうな顔を見合わせたが、屈強な精神の持ち主の珠子には、知った事ではない。


「で、何悩んでるの?笹林さんてば」
 珠子は猫のようにするりと笹林の横に入り込み、思案顔の演出に声をかける。
 しかし、当の笹林は、先程から目の前で繰り広げられている千影と勇也の一連の行動を目で追ったまま、口元に手を置いてぶつぶつ唸っている。
 彼の熟考する時の癖である。
 この体勢になると、そうそう他のもの等目にも耳にも入らなくなってしまうのだ。


 ・・・あらら、何か思いついたのかな?


 もはや見慣れた風景に、千影は呑気に残りの煙草を吸い込んだ。
 ちらりと横目で視線を走らせると、娘分の輝愛は簡易舞台の上で、大輔から女形の動きを教わっているアリスと共に、ちゃっかり自分も一緒になって教わっていたりする。
 そう言えば、彼女が休憩時間に実際に『休憩』してる姿を、殆ど見た事が無いな、と思った。
 別にずっと一人最後まで板の上で通し稽古をしている、とか言うのでは無いが。
 誰かが何か教わっていたりすると、今回の様に首を突っ込んで、ちゃっかり自分も一緒になって教えてもらい、
 殺陣担当が殺陣を作っていれば、そこにものこのこ現れて、まんまと練習台にさせられていたり、
 誰も何もやっていない時でも、話などをしながらストレッチをしたり、良く分からない不気味な踊り(千影談)を踊っていたり。
 とにかく、何だかんだで首をつっこみ、いつの間にか身に着けている。
 もっとも、彼女はこの中で一番の新参者で、殺陣も芝居も経験が浅いのだし、誰にでも言える事だが、いくらやっても足りて余ると言う事は無い世界なのだから、良い事だとは思っている。

「ホモ・・キス・・」
「・・・・・・・・・・・何の話してんの、笹林さんてば・・・」
 未だに目の前でぶつくさ言ってる笹林の台詞に、千影は苦笑しつつも引き攣った。

 そして突然、
「あ、そっか。そうしよ。菊ちゃーん!」
 笹林は一人勝手に思いつき納得し、演出助手の元に小走りにかけて行った。
「何か思いついちゃったな」
「芝居またちょこっと変更だわね」
「まあ、いつもの事だし」
 慣れきったお局組は、顔を見合わせて笑った。







「ありすが、ここの台詞言いながらさっきマミッたとこ・・そうそう、そこまで歩いて来て、次の台詞で音が入る、そこに輝愛ちゃんが追いついて来て、この位置で止まって――」


 笹林が早速先程思いついた演出プランを、役者に伝えている。
 どうやら、アリスと輝愛のシーンに直しが入る様だ。
「ここは『あやめ』と『つばめ』の重要なシーンだから、ちょっとかっこつけちゃおうって事で」
 笹林は自分自身が舞台の上に立ちながら、立ち位置やら動きの指定をして行く。
 どうにもこうにも、自分で動かないと気が済まない性質らしい。


「で、二人がセンターに入ったらバックの音が上がるから、そこであやめの台詞が入って――」
 当の役者本人達は、ふんふん頷きながら確認をしており、『分かった?』と言う演出の言葉に、笑みで答えている。
「あ、そう言えば輝愛ちゃん」
「はい?」
 そこで笹林が輝愛に近付き、まるで毎朝の挨拶の様な軽い口調で、とんでもない事を聞いた。


「キスしたことある?」
「は?」


 一瞬輝愛が凍りついた様に動かなくなり、彼の台詞が聞こえた数名は、何のこっちゃと言わんばかりに視線を這わせた。
「セクハラで訴えられちゃいますよ」
 有住が苦笑しながら笹林に言うが、彼は『いやいや』と首を振り、
「ここのシーンでアリスとキスして貰おうと思ったんだけど、若いでしょ?駄目だったら悪いと思って」
「はあ」
「でもまあ、このシーンは重要だし、それで行くから、どの道やってもらうけど。宜しく」
「はあ」
 全く持って、質問した意味を成さない会話である。
 輝愛は話について行ってないのか、良く分かっていないのか、口を開けっ放しにしている。
 隣に立つ有住が、
「・・・・輝愛ちゃん、意味分かってる?」
 と不安げに聞くと、
「一応」
 と、曖昧で頼りない返事が返って来た。
「嫌だったらダメモトでも言いな?僕からも頼んでみるし・・さすがに女の子のファーストキス奪うのは、仕事でも気が引けるし・・」
 有住は照れた様に頬をぽりぽりとかきながら、輝愛の顔を覗き込む。
「いや、それはお仕事だし、お芝居だから良いんだけど、一個気になってて」
「何?」
 覗き込んで問い掛ける有住に、輝愛はごくごくいつも通り普通に問い掛ける。



「鼻がぶつかるでしょ?」



「・・・・・・・・・・・・は?」
 かなり遅れて、やっとこさ有住が絞り出した声に対し、輝愛は再び同じ言葉で問い掛ける。
「鼻と鼻がぶつかっちゃうでしょ?どうすれば良いの?」
 きょとんとしたままの輝愛に、有住は脱力して彼女の足元にしゃがみ込み、
「・・・・・・それ・・・本気だよね・・・ギャグじゃなくて・・」
「残念ながら、あたしはいつでも大真面目ですよ」
 有住はしゃがみ込んだままの姿勢で、『はああ』と大きくため息をつき、後ろ手に頭をぐしゃぐしゃに掻きむしった。
「どしたの?ありすさん」
「・・・・・・・・荷が重いだけです・・」
「?」
 未だにきょろんとしている彼女に、ささやかな殺意さえ抱きつつ、有住は立ち上がって笹林に怒鳴る。


「僕の方が嫌ですよー!なんかすごい責任重大じゃないですかー!」


「ん、まあ頑張れ、若人よ」
 気持ちのこもっていない笹林のエールで、有住は再び赤くなった顔を隠す様に頭を抱えた。
 
 ・・・ちかちゃんがキレそうね、こりゃ・・

 ちゃっかり演出助手の椅子に腰掛けた珠子は、半眼になって頬杖をついた。
 ふと目の合った橋本が、珠子よりも複雑そうな顔で、大げさに肩をすくませた。


 ・・・個人的には、面白そうだけどね・・
 魔王珠子は、例の魔王使用の微笑みで、一人ほくそえんだ。
 

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