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桃屋の創作テキスト置き場
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■こんぺいとう 4  あくとあくたーず3 ■




「うん、そこ、もっとこういう感じでやって」
「――はい」
「じゃあ次のシーン先に行こうか。紅龍と橋本入って――」


 稽古場である。
 皆いつものジャージ姿で、しかしいつもの雰囲気とは打って変わって、真剣な表情で稽古に励んでいる。

 結局、千影が役を降りる事も無く、キャスティングに変更のないままの稽古入りである。

 輝愛は稽古場に作られた簡易舞台から降り、他のメンバー達が居る場所まで戻って来た。
 千影は前回同じ役を演じていた事もあり、台詞も前回と同様の箇所も少なくなかったので、すぐさま役に入り込み、座長としてカンパニーを良い雰囲気にしている。
 他のメンバー達も、久々のチーム単独公演で気合が入っており、稽古の進みは順調である。
 殺陣に関しては文句をつける場所を探すのが難しいくらいだが、それでも殺陣返しでは社長・紅龍の厳しい注文が飛ぶ。
  
 全てにおいてただ一人、輝愛を除いてはの話だが。

 どうやっても、『ダメ』、『違う』と言われてしまい、少々――いや、かなりか――へこんでいるのだが、これは仕事であって、学生の部活動やらお遊びの趣味では無いのだ。
 へこんでいる余裕も、実際のところは無い。

「じゃあ輝愛ちゃんと川ちゃん、大輔の三人、抜きで行こうか」
 演出に呼ばれて、板の上に立つ。
 当然ながら、台本を手にしている者は皆無であるが、それでも皆現場に台本を持参しているのは、演出からの細かい指示やら、きっかけ、立ち位置を記入する為である。


 板の上に立った輝愛は、一つすうっ、と小さく生きを吸い込み、流れて来た音に合わせて芝居を始める。


『私は、あんたが恐いなんて思ってないよ』
『―――馬鹿な女だ。死にたいのか』
『つばめ殿、無茶な真似はお止しなさい』


 板の上で三人が芝居を始める。 
 しかし、演出担当の笹林の顔は、終止厳しいままである。
 それは、今回演出助手の位置に居る珠子も同様だった。


 一通りシーンの通しが終わり、笹林からダメ出しが入る。
 個人個人に対して丁寧なダメ出しが入り、日もとっくに沈み切った今日は、これにてお開きになった。

 最も、殺陣担当の千影、紅龍、勇也、珠子は、この後、今日固まったシーンに殺陣をつける為、毎度お馴染み居残りである。
 着替えを済ませ、カバンに荷物を詰め込んで、輝愛は一人、稽古場を後にした。
 千影を待とうかとも考えたが、見るからにそうそう簡単には終わらないだろう雰囲気が流れていて、諦めてそのまま帰路につく事にしたのだ。

「――はあ」
 意識せずとも、溜息が漏れてしまう始末だ。
 帰りの最寄駅までのみ地の利を、一人でてくてくと歩く。
 脳裏に、演出の笹林の言葉が蘇る。


 ――輝愛ちゃん、もっと感情込めて。

 ――もっと表情出して、

 ――しっかり立って、つばめになりきって。

 ――やる気、ある?


 正直、しんどかった。
 やる気はある。当然だ、
 しかし、どうして良いか分からない。
 いつもの様に、他のメンバーと一緒に、名も無いような役で舞台に立っている分には、何も感じなかった。
 いままで、どれだけ自分が他のメンバーに助けられ、支えてもらっていたのか、改めて痛感した。
「とにかく、明日までに今日言われた所は何とかしなきゃ」
 自分で自分を奮い立たせる様に言う。
 それでもこの娘は、後ろ向きに『やりたくない』等と口にするは愚か
、考えもしない所がすごいのだろう。
 とにかく求められるレベルに達しようと、夢中でもがいているのだ。 
 そしてそれが出来なかった場合、プロの世界では通用しないという事も、理解しているのだ。
「頑張るぞっ」
 自分に言ってやって、輝愛は家路を急いだ。







「ん?これって・・」
 帰宅して掃除をしていた彼女の目に、一本のビデオテープが留まった。
 何気なく手に取り、ラベルを見て一瞬息を飲む。


 ――『月鬼』


 確かに、そう書いてある。
 もしかしたら、これが初演の時のテープだろうか。
 だとしたら、何か役に関するヒントが得られるかも知れない。
 はやる気持ちを抑えつつ、彼女はデッキにテープを入れ、食い入るように画面を見つめた。

 案の定、それは初演の時のテープで、恐らく10年前後前のものだから、当然かすれや映像に若干の乱れは見られたものの、鑑賞する分には差し支えは無かった。

 ―――出て来た!

 輝愛はごくりと唾を飲み込む。
 つばめ役、輝愛が今回やるべき役の人間が、画面に映し出されたのだ。
 快活に走り回り、ころころ変わる表情。
 微妙なニュアンスでの芝居。
 内面と外面を一気に感じさせる繊細な大胆さ。 
 ラストで千影を前に涙する彼女の、真に迫った演技。

 どれをとっても、何一つ適わないと思った。
 いや、そう考えるのも、おこがましい。

「あは、カワハシが若い」
 アップになった千影に思わず笑みがこぼれる。
 初演が公開されたのは10年前後も前だから、若くて当然と言えば当然なのだが。
 22、23の千影を知らない輝愛は、不思議な感覚だった。
「それにしても、この人、すごいな」
 思わず呟く程、初演のつばめ役の彼女は、まさしく『つばめ』であった。


 ―――この人みたいにやりたい。


 いつの間にか、目は彼女だけを追っていて、あっと言う間にビデオは終わってしまった。
 時計を見ると、既に2時間半以上経過していたが、居残り組の千影の帰宅は、まだなようである。
「・・・すごかった」

 今度は私が、アレをやるんだ。

 彼女にならなくちゃ。

 輝愛はビデオを元あった棚に戻すと、かばんから台本を引っ張り出し、とりつかれたように読みふけった。







「輝愛ちゃん、良くなったと思わん?」
「な、昨日と別格」
 翌日の稽古場で、若いメンバー達が集まって、口々にささやいている。
 輝愛と一緒に板に立っている人間も、やりやすそうな空気で、稽古が進んで行く。
 千影との絡みも、何事も無く進んで行く。
 最も千影は、連日の殺陣作成の居残りで、少々疲労気味のため、板の上以外での表情は、多少重たかったのだが。


「どうしたの輝愛ちゃん、何があったの?」
 珠子が出番を終えて簡易舞台から降りた輝愛に声をかける。
「昨日と全然違うけど?」
 そう言って、輝愛を覗き込む様に見つめる。
「ビデオ、見たんです」
「ビデオ?」
「初演の時の、ビデオ」
 そう輝愛が彼女に告げた瞬間、珠子の表情が一瞬曇る。
「・・・え、まずかったですか?初演のビデオ見ちゃったの・・」
 一気に不安になった輝愛が、珠子を恐る恐る眺める。
 輝愛の問い掛けに、珠子は一瞬見せた表情を消し、いつもの口調で、
「いや~、出来れば見ないで欲しかったのよねぇ。前回の初演の『なぞり』にはしたくなくって」
「・・すいません」
 珠子の言葉に、しゅんとうな垂れる輝愛。
 珠子はぱたぱた手を振って、
「いやいや、輝愛ちゃんが可奈子の真似にならなきゃ良いだけで」
「かなこ?」
 輝愛の再びの問いかけに、珠子は再び『しまった』と言う表情を作ったが、あまりに短い時間だったので、輝愛に感づかれる事は無かった。
「・・・そう、初演のつばめは可奈子ちゃんって人が演ってたのよ」
 そう言って、いつもの小悪魔プラス女神な笑顔で輝愛に微笑む。
「可奈子、さんかぁ」
 そう呟いて、何やら考え込む輝愛に、
「・・・何か、学んじゃったりした?」
「はい。すごかったです。彼女は、とても『つばめ』でした」
 その輝愛の言葉に、珠子はそれこそ嬉しそうに、
「そりゃ、『つばめ』は『可奈子』だもの」
「は?」
 言葉が少なすぎて輝愛に伝わらなかった事に苦笑し、彼女は言い直す。
「そう、『つばめ』は、可奈子がモデルなのよ」
「そうなんですか」
 輝愛は納得したように声を漏らし、脳裏に焼きついた映像を思い出す。


「すごく、素敵でした。可奈子さんのつばめ。今回、私が演ってイメージ壊しちゃったらどうしようとか、昨日実は悩みました」
 そう言って、『なんか偉そうですよね私』と言って、へへ、と恥ずかしそうに頬を染める。
「どうしたら可奈子さんみたいに出来るか、可奈子さんのつばめになれるか、すごい悩んでます」
 真剣な表情の輝愛に、珠子はいつもの口調で、
「可奈子になる必要は無いわ。輝愛ちゃんは輝愛ちゃんだもの」
「でも、つばめは可奈子さんでしょ?」
「今回のつばめは、輝愛ちゃんなのよ」
 珠子の微笑みに、輝愛は難しそうに眉を寄せる。
「わかんないかな?」
「・・・微妙です」
 素直に答える輝愛に、珠子は声を出して笑って、
「輝愛ちゃんが輝愛ちゃんなりに『つばめ』を演ればいいのよ。可奈子の真似なんかしないで」
「でも・・」


「可奈子の真似なら、輝愛ちゃんがやる必要無い。可奈子にやらせるから」


 その台詞に、輝愛の中の何かがはじけた。
「・・・・・・・私の、つばめ・・・」
「そう、あなたのつばめよ」
「私の・・・」
 珠子は輝愛の肩に優しく手を置くと、舞台監督の呼び声に振り向き、そのまま小走りに走って行った。
 輝愛は、その場で手を無意識のうちに握り締めていた―――

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