桃屋の創作テキスト置き場
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■こんぺいとう 4 あくとあくたーず ■
「そう言えば、今度の十一月、三年ぶりの単独公演やるからね、みんな」
珠子のその一言で、四日後幕開けの芝居の通し稽古の中休みだったアクションチームメンバーに、歓喜の表情が浮かび上がった。
時は四月。
四日後から、劇団いづちの公演に、メンバー殆ど総出演で参加するのだ。
元々アクションチーム設立時にメンバーだった人間が、演出を手掛けるようになり、そこで立ち上げた劇団なので、旗揚げ当時から同じ舞台に立っている仲間である。
観客の多くは、アクションチームの面々も劇団員と信じて疑わない程、毎回、劇団公演の際にはアクションチームが参加している。
設立十三年目のアクションチームと、設立十二年目の劇団いづちの公演は、年を追う毎に人気が広がり、今では小劇場界でそこそこの位置にある。
お互いトップの年齢は若い為、普通なら考えられないような突拍子も無い事を仕出かすのが受けたらしい。
「もう三年か、早いな」
汗だくになった千影が、汗を拭き拭き珠子の横に並ぶ。
「年取る訳よね」
「もうババアだもんな、お前」
本番さながらに動き回った二人の顔には、午後になったばかりだと言うのに、幾分の疲労が見て取れる。
「誰がババアよ」
「そんなん珠子に決まっ・・」
千影が言い終わるより早く、珠子の蹴りが彼の脛を捕らえ、千影は身体を捻って痛みに耐えた。
口は災い、もとい、人災の元、である。
「ちかちゃんも、もうすぐ三十路でしょ!」
「・・・」
八月生まれの千影は、次の誕生日で見事三十路に御昇進なのである。
珠子はババア呼ばわりされたのが余程気に食わなかったのか、普段以上に千影を苛める事に精を出す。
紅龍は、そんな二人をまるで無視して、台本に何やら書き込んでいる真っ最中である。
今更台本に用は無いだろ、と、半ば呆れた様に千影はその姿を、なんとはなしに眺めた。
「輝愛ちゃんがやっと十八歳でしょ?で、ちかちゃんは三十路でしょ?お目出度いわね~ぇ。色んな意味で」
「目出度く無いだろう、別に俺は」
「あーらららやだやだやだ、あたしが言ったのは、『頭の中がお目出度い』って事よ」
レモンの蜂蜜漬けをぱくり、と口の中に放り込んで続ける。
「一回りも歳違うのよね~大変よね~」
珠子の冷やかし目線が絡んで、一瞬二の句が継げられなくなる。
「・・それは、いや、違うぞ珠子。お前何か勘違いして・・」
「見ちゃったもんね」
珠子の台詞に、後ろめたい事等無い筈なのに、ぎくりとするのが、男の悲しい性だろう。
「手、繋いでるの、見た」
言われて、ようやっと思い当たる。
輝愛が千影の家に居候、と言うか住み始めて軽く一年以上。彼女のチーム入団の日にせがまれて手を繋いで以来、相手は普通に引っ付いてくるし、二、三日もすると、それが普通になってしまっていた。
最も、自分は、父親代わりで輝愛に接しているのだから、後ろめたい事等無い筈なのだ。
しかし、言われて見れば、いい年した自分が、本来まだ高校生程の年齢の娘分に、ご執心と思われても、無理も無い。
「・・ふむ」
千影は妙に神妙な顔で腕組みなんぞをしている。
珠子は二口目のレモンを口に上手い事投げ込み、
「あたしですらそんなのしてもらった事ないのに~。ちかちゃんズルイ!!」
「・・・一瞬でも真剣に悩んだ俺が馬鹿だった・・・」
何の事は無い。
ただ単に珠子は千影が羨ましかっただけの様だ。
それで、珠子曰く『良い思い』をしている千影に当たっただけに過ぎないらしかった。
ここまで来ると、珠子も相当なご執心であると言えよう。
「で」
「まだ何かあんのかよ」
興味津々の学生時代の様な目で千影ににじり寄り、
「まだ何もしてないの?」
珠子の言葉の意味を量りかねて、眉間にしわを寄せた後、
「するかあ!」
やっと意味を理解して、耳元で怒鳴った。
お前はどこぞのオヤジか!
黙ってれば美人なのになあ。
何故か残念そうに再びレモンをぱくつく珠子に、千影は一人、頭をがしがし掻いたのだった。
◇
「ちょっとお腹空いたかも」
「お前なあ、今更何も食えないぞ。せめて一時間半我慢しろ」
「分かってるよ、言ってみただけ」
上手の袖にスタンバイしている千影と輝愛の会話である。
現在、とうに衣装に身を包み、メイクも終え、あと五分もしないで緞帳が上がる。
そう言った状態である。
最早皆慣れ切ったもので、小声で台詞の練習をしていたり、殺陣の確認をしたりしており、緊張で震えている者等、皆無だった。
勿論、役者としても殺陣要員としても日の浅い輝愛も、例外では無いらしい。
「幕間に珠子さんから貰ったマシュマロ食べよう♪」
うにうにと足首回しながら呟く。
「そんなモンで足りるなら、終わるまで我慢出来ねえの?」
「そうはいかないモンなのよ」
「そうなんだ」
「そうなのよ、乙女心は複雑なの」
「乙女関係無えし」
緊張の『き』の字も無いこの娘分を見て、千影は毎回の事ながらいささか呆れる。
順応力のある娘だと思ってはいたが、ある意味馴染み過ぎではなかろうか、と言う疑問が頭を掠める事も、まあ、無くも無い。
それもこいつの性質と言うか素質と言うものなんだろうが。
でなければ、こんな自分の様な駄目な男と共に生活するなんて、出来なかっただろう。
拾って助けたつもりが、逆に助けられている結果に、いい年の自分は、苦笑するしか無い。
「まあトーイよ、緊張感持て」
「持ってるよ、十分」
「どうだか」
そう言う千影も、傍目には緊張感等皆無なのだが。
しかし内実、毎日毎回、この瞬間は緊張しているのだ。
でないと、殺陣はすぐさま事故に繋がる。
「何か久々にトーイって言われた」
輝愛が千影を目線を合わせるために上目遣いになる。
「そうか・・?」
彼女は首だけでこっくりと『Yes』と示す。
確かに、最近はおい、とか、お前とかで、呼んでなかったかも知れない。
「もう開くよ。おしゃべりストップ。マイク電源確認して」
同じく上手にスタンバイした劇団いづちの東盛が、声をかける。
それとほぼ同時に、会場に幕開けを知らせる音楽が流れる。
――ぽん。
千影は無言で彼女の背中を軽く叩く。
『行ってこい』と言う合図と、『しっかりやれ』と言う激励である。
輝愛は他の数名と共に、板の上に飛び出して行く。
袖の、観客にぎりぎり見えない位置で、板の上を伺い、若手の数名の動きをチェックする。
・・ま、ぼちぼち、ってとこか。
千影は幕開けの一連を見守ると、奥に静かに引っ込んで行った。
およそ三時間の舞台である。
幕間のわずかな休憩を入れているとは言え、役者達を始め、スタッフ一同疲労困憊である。
それを一日二公演、大阪、東京と続け、何とか千秋楽までこぎつけた。
楽日独特の異様に長いカーテンコールに応え、やっと楽屋に戻り、千影はメイクを落としながら、同室の紅龍に話しかける。
「単独公演、マジ?」
「マジ」
何とも簡潔な会話ではあるが、用件は伝わっている。
「何やるん」
「今嫁さんが考えてる」
「今から書き下ろしは無理だろう。柚木さんに殺される」
柚木と言うのは、アクションチームの脚本を手掛けてくれている作家である。
劇団いづちの脚本も主に担当しており、殆ど劇団付きの作家扱いなので、当然、チームとも仲が良い。
「再演だろう。どれやるかは知らんが」
「メンバーも変わってるしな」
「なあ」
男二人は、仲良くシャワーに向かった。
・・・まあ、アレじゃなきゃ何でもいいや。
タオル引っさげながら、千影は心の中でだけ、呟いた。
「・・・で、勇也は一応ココに置いて・・・誰をココに・・あ、茜ちゃんをここにして、で・・」
着替えも終わり、メイクも落としてすっぴんになった珠子が、わざわざ輝愛達新米の居る控え室にやって来て、何やら紙をにらめっこしながら、ぶつぶつ呟いている。
「何してるんですか?」
シャワーから帰って来た輝愛が、珠子にミネラルウォーターを差し出しながら、問いかける。
「んー、公演のキャスティング」
珠子はボトルを受け取ると、唸った顔のまま、中身を喉の奥に流し込む。
「うち、メンバーかなり入れ替わってるからさ」
「再演ですか」
「そう。で、初演当初のメンバー、半分以上居ないから」
それで、誰をどの位置にするか、考えあぐねている所なのだった。
輝愛は、髪の毛を拭きながら珠子の横にちょこん、と座る。
「・・ねえ、輝愛ちゃん」
「はい?」
珠子が例により、意地の悪い微笑を湛えながら。
「大ちゃんとアリス、どっちが女装似合うと思う?」
「は?」
とんでも無い質問である。
双方紛れも無い男性で、まあ、紅龍や千影と比べれば線の細い感はあるが、まるっきり男である。
ちなみ、大ちゃんと言うのは、チーム入団五年、日本舞踊の名取で、幼少からバレエ、ピアノ、能、狂言、その他もろもろを嗜んでいると言う、正真正銘のお坊ちゃま、志井大輔である。
対してアリスと言うのは、輝愛の一番近い先輩にあたる人物で、チーム在団歴は二年だが、それまでは別の劇団に所属していた。有住浩春の苗字から取って、『アリス』と呼ばれている。
「・・どっちも普通に男の人だと思うんですけど・・」
「そりゃあ、あたしだって分かってるわよ?」
そこまで言って、珠子はペンを置きを置き、輝愛の方に向き直り、
「でも、紅龍やちかちゃんや、勇也や修太郎が女装したら、気持ち悪いでしょ?」
輝愛はマジメに、今名前を挙げられたメンツが女装した姿を思い描いてしまい、にわかに顔を引きつらせる。
「ね?だったら一番まともであるだろう二人の、どっちかにしたほうが、無難でしょ。まあ、大ちゃんは女形やる人だから、意外性はないのよねぇ」
珠子の、聞き様によっては鬼の様な言葉に、輝愛は頭をぶんぶん縦に振るのだった。
「・・・アミダでいっか」
珠子は再び鬼の様な発言をして、紙にさらさらとアミダくじを書いていった。
「あ、アリスだ」
・・・頑張れ、アリスさん・・・
輝愛は無言で、胸の中合掌したのだった。
「そう言えば、今度の十一月、三年ぶりの単独公演やるからね、みんな」
珠子のその一言で、四日後幕開けの芝居の通し稽古の中休みだったアクションチームメンバーに、歓喜の表情が浮かび上がった。
時は四月。
四日後から、劇団いづちの公演に、メンバー殆ど総出演で参加するのだ。
元々アクションチーム設立時にメンバーだった人間が、演出を手掛けるようになり、そこで立ち上げた劇団なので、旗揚げ当時から同じ舞台に立っている仲間である。
観客の多くは、アクションチームの面々も劇団員と信じて疑わない程、毎回、劇団公演の際にはアクションチームが参加している。
設立十三年目のアクションチームと、設立十二年目の劇団いづちの公演は、年を追う毎に人気が広がり、今では小劇場界でそこそこの位置にある。
お互いトップの年齢は若い為、普通なら考えられないような突拍子も無い事を仕出かすのが受けたらしい。
「もう三年か、早いな」
汗だくになった千影が、汗を拭き拭き珠子の横に並ぶ。
「年取る訳よね」
「もうババアだもんな、お前」
本番さながらに動き回った二人の顔には、午後になったばかりだと言うのに、幾分の疲労が見て取れる。
「誰がババアよ」
「そんなん珠子に決まっ・・」
千影が言い終わるより早く、珠子の蹴りが彼の脛を捕らえ、千影は身体を捻って痛みに耐えた。
口は災い、もとい、人災の元、である。
「ちかちゃんも、もうすぐ三十路でしょ!」
「・・・」
八月生まれの千影は、次の誕生日で見事三十路に御昇進なのである。
珠子はババア呼ばわりされたのが余程気に食わなかったのか、普段以上に千影を苛める事に精を出す。
紅龍は、そんな二人をまるで無視して、台本に何やら書き込んでいる真っ最中である。
今更台本に用は無いだろ、と、半ば呆れた様に千影はその姿を、なんとはなしに眺めた。
「輝愛ちゃんがやっと十八歳でしょ?で、ちかちゃんは三十路でしょ?お目出度いわね~ぇ。色んな意味で」
「目出度く無いだろう、別に俺は」
「あーらららやだやだやだ、あたしが言ったのは、『頭の中がお目出度い』って事よ」
レモンの蜂蜜漬けをぱくり、と口の中に放り込んで続ける。
「一回りも歳違うのよね~大変よね~」
珠子の冷やかし目線が絡んで、一瞬二の句が継げられなくなる。
「・・それは、いや、違うぞ珠子。お前何か勘違いして・・」
「見ちゃったもんね」
珠子の台詞に、後ろめたい事等無い筈なのに、ぎくりとするのが、男の悲しい性だろう。
「手、繋いでるの、見た」
言われて、ようやっと思い当たる。
輝愛が千影の家に居候、と言うか住み始めて軽く一年以上。彼女のチーム入団の日にせがまれて手を繋いで以来、相手は普通に引っ付いてくるし、二、三日もすると、それが普通になってしまっていた。
最も、自分は、父親代わりで輝愛に接しているのだから、後ろめたい事等無い筈なのだ。
しかし、言われて見れば、いい年した自分が、本来まだ高校生程の年齢の娘分に、ご執心と思われても、無理も無い。
「・・ふむ」
千影は妙に神妙な顔で腕組みなんぞをしている。
珠子は二口目のレモンを口に上手い事投げ込み、
「あたしですらそんなのしてもらった事ないのに~。ちかちゃんズルイ!!」
「・・・一瞬でも真剣に悩んだ俺が馬鹿だった・・・」
何の事は無い。
ただ単に珠子は千影が羨ましかっただけの様だ。
それで、珠子曰く『良い思い』をしている千影に当たっただけに過ぎないらしかった。
ここまで来ると、珠子も相当なご執心であると言えよう。
「で」
「まだ何かあんのかよ」
興味津々の学生時代の様な目で千影ににじり寄り、
「まだ何もしてないの?」
珠子の言葉の意味を量りかねて、眉間にしわを寄せた後、
「するかあ!」
やっと意味を理解して、耳元で怒鳴った。
お前はどこぞのオヤジか!
黙ってれば美人なのになあ。
何故か残念そうに再びレモンをぱくつく珠子に、千影は一人、頭をがしがし掻いたのだった。
◇
「ちょっとお腹空いたかも」
「お前なあ、今更何も食えないぞ。せめて一時間半我慢しろ」
「分かってるよ、言ってみただけ」
上手の袖にスタンバイしている千影と輝愛の会話である。
現在、とうに衣装に身を包み、メイクも終え、あと五分もしないで緞帳が上がる。
そう言った状態である。
最早皆慣れ切ったもので、小声で台詞の練習をしていたり、殺陣の確認をしたりしており、緊張で震えている者等、皆無だった。
勿論、役者としても殺陣要員としても日の浅い輝愛も、例外では無いらしい。
「幕間に珠子さんから貰ったマシュマロ食べよう♪」
うにうにと足首回しながら呟く。
「そんなモンで足りるなら、終わるまで我慢出来ねえの?」
「そうはいかないモンなのよ」
「そうなんだ」
「そうなのよ、乙女心は複雑なの」
「乙女関係無えし」
緊張の『き』の字も無いこの娘分を見て、千影は毎回の事ながらいささか呆れる。
順応力のある娘だと思ってはいたが、ある意味馴染み過ぎではなかろうか、と言う疑問が頭を掠める事も、まあ、無くも無い。
それもこいつの性質と言うか素質と言うものなんだろうが。
でなければ、こんな自分の様な駄目な男と共に生活するなんて、出来なかっただろう。
拾って助けたつもりが、逆に助けられている結果に、いい年の自分は、苦笑するしか無い。
「まあトーイよ、緊張感持て」
「持ってるよ、十分」
「どうだか」
そう言う千影も、傍目には緊張感等皆無なのだが。
しかし内実、毎日毎回、この瞬間は緊張しているのだ。
でないと、殺陣はすぐさま事故に繋がる。
「何か久々にトーイって言われた」
輝愛が千影を目線を合わせるために上目遣いになる。
「そうか・・?」
彼女は首だけでこっくりと『Yes』と示す。
確かに、最近はおい、とか、お前とかで、呼んでなかったかも知れない。
「もう開くよ。おしゃべりストップ。マイク電源確認して」
同じく上手にスタンバイした劇団いづちの東盛が、声をかける。
それとほぼ同時に、会場に幕開けを知らせる音楽が流れる。
――ぽん。
千影は無言で彼女の背中を軽く叩く。
『行ってこい』と言う合図と、『しっかりやれ』と言う激励である。
輝愛は他の数名と共に、板の上に飛び出して行く。
袖の、観客にぎりぎり見えない位置で、板の上を伺い、若手の数名の動きをチェックする。
・・ま、ぼちぼち、ってとこか。
千影は幕開けの一連を見守ると、奥に静かに引っ込んで行った。
およそ三時間の舞台である。
幕間のわずかな休憩を入れているとは言え、役者達を始め、スタッフ一同疲労困憊である。
それを一日二公演、大阪、東京と続け、何とか千秋楽までこぎつけた。
楽日独特の異様に長いカーテンコールに応え、やっと楽屋に戻り、千影はメイクを落としながら、同室の紅龍に話しかける。
「単独公演、マジ?」
「マジ」
何とも簡潔な会話ではあるが、用件は伝わっている。
「何やるん」
「今嫁さんが考えてる」
「今から書き下ろしは無理だろう。柚木さんに殺される」
柚木と言うのは、アクションチームの脚本を手掛けてくれている作家である。
劇団いづちの脚本も主に担当しており、殆ど劇団付きの作家扱いなので、当然、チームとも仲が良い。
「再演だろう。どれやるかは知らんが」
「メンバーも変わってるしな」
「なあ」
男二人は、仲良くシャワーに向かった。
・・・まあ、アレじゃなきゃ何でもいいや。
タオル引っさげながら、千影は心の中でだけ、呟いた。
「・・・で、勇也は一応ココに置いて・・・誰をココに・・あ、茜ちゃんをここにして、で・・」
着替えも終わり、メイクも落としてすっぴんになった珠子が、わざわざ輝愛達新米の居る控え室にやって来て、何やら紙をにらめっこしながら、ぶつぶつ呟いている。
「何してるんですか?」
シャワーから帰って来た輝愛が、珠子にミネラルウォーターを差し出しながら、問いかける。
「んー、公演のキャスティング」
珠子はボトルを受け取ると、唸った顔のまま、中身を喉の奥に流し込む。
「うち、メンバーかなり入れ替わってるからさ」
「再演ですか」
「そう。で、初演当初のメンバー、半分以上居ないから」
それで、誰をどの位置にするか、考えあぐねている所なのだった。
輝愛は、髪の毛を拭きながら珠子の横にちょこん、と座る。
「・・ねえ、輝愛ちゃん」
「はい?」
珠子が例により、意地の悪い微笑を湛えながら。
「大ちゃんとアリス、どっちが女装似合うと思う?」
「は?」
とんでも無い質問である。
双方紛れも無い男性で、まあ、紅龍や千影と比べれば線の細い感はあるが、まるっきり男である。
ちなみ、大ちゃんと言うのは、チーム入団五年、日本舞踊の名取で、幼少からバレエ、ピアノ、能、狂言、その他もろもろを嗜んでいると言う、正真正銘のお坊ちゃま、志井大輔である。
対してアリスと言うのは、輝愛の一番近い先輩にあたる人物で、チーム在団歴は二年だが、それまでは別の劇団に所属していた。有住浩春の苗字から取って、『アリス』と呼ばれている。
「・・どっちも普通に男の人だと思うんですけど・・」
「そりゃあ、あたしだって分かってるわよ?」
そこまで言って、珠子はペンを置きを置き、輝愛の方に向き直り、
「でも、紅龍やちかちゃんや、勇也や修太郎が女装したら、気持ち悪いでしょ?」
輝愛はマジメに、今名前を挙げられたメンツが女装した姿を思い描いてしまい、にわかに顔を引きつらせる。
「ね?だったら一番まともであるだろう二人の、どっちかにしたほうが、無難でしょ。まあ、大ちゃんは女形やる人だから、意外性はないのよねぇ」
珠子の、聞き様によっては鬼の様な言葉に、輝愛は頭をぶんぶん縦に振るのだった。
「・・・アミダでいっか」
珠子は再び鬼の様な発言をして、紙にさらさらとアミダくじを書いていった。
「あ、アリスだ」
・・・頑張れ、アリスさん・・・
輝愛は無言で、胸の中合掌したのだった。
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