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桃屋の創作テキスト置き場
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■こんぺいとう 3  お仕事しましょ 5 ■ 




 紺青の魔王、自己中姫、歩く傍若無人、生きる問答無用・・・。
 数々の二つ名の異名を持つ、まさにその本人は、うきうきと一人嬉しそうに荷物を漁り、目の前の半ば意識を手放しかけている少女の手に、どさりと品物を落とす。
「うっわ!」
 慌てて投げられたかたまりを受け取ったのが、言わずもがな、魔王のお気に入りの娘、輝愛である。
「着替えましょ、輝愛ちゃん」
 言って一つウィンク。
 しかも美人だから、悔しい位様になっている。
「着替えるって、珠子さ・・ぎゃー!!」
 輝愛が言い終わるより早く、魔王珠子は生け贄を引っ掴んで、ずるずる引きずりながら、満面の笑みでスタスタ歩き出す。
「たーすーけーてぇー」
 呆然として全く動けないでいる男性陣の元には、生け贄の声だけが、まるでドップラー効果の様に残ったのだった。


 男達がようやく自失状態から抜け出したその頃。
 魔王と生け贄は、稽古場二階の一室に居た。


 八畳ほどの室内には、良く見られる型のロッカーが並んでおり、反対側の壁面には大きな鏡がはめ込まれており、台の上にはメイク道具とおぼしき箱が鎮座している。
 珠子は施錠すると、自らのロッカーを開け、下の男性陣が着ていたのと同じデザインのジャージに着替え始める。
「スタイル良いですね」
「鍛えてるからねぇ」
 自らの『生け贄』としての立場も忘れ、輝愛は素直な感想を述べる。
 おどけて答えつつ微笑んでくれる珠子に、輝愛もやっと顔をほころばせた。
「そこらへんの椅子に、適当に座って。お茶煎れるわ」
 輝愛は促がされるままに、手近にあった椅子を引き寄せ、腰掛ける。
 腕の中には、先程珠子が投げてよこしたジャージを抱えたままである。
「ティーバックで申し訳ないんだけど」
 そう一言添えて、彼女は輝愛の前のテーブルに、湯気の立つカップを置いてくれた。
「頂きます」
 珠子は輝愛が口をつけるのを確認してから、自分も彼女の向かいの椅子に腰を下ろした。


「・・・一つ、聞いてもいいですか」
「なあに?」
 紅茶の入ったカップを両手で挟んだまま、輝愛は珠子に問い掛ける。
「どうしてあたしなんですか?あたしじゃなくても、才能や素質のある人、たくさん居ると思うんですけど」
「・・・聞きたい?」
「はい」
 珠子は面白そうに目を細め、再び同じ言葉を言う。
「き・き・た・い?」
「・・・・・はい」
 こっくりと頷く輝愛。
「ど~しよっかな~」
「何でですかぁ~」
 すっとぼけて明後日の方向を眺める珠子に、似たような口調になっているのも気付かずに輝愛がむくれる。
「・・・・・怒らない?輝愛ちゃん」
「怒りませんよ」
「本当に?」
「はい」
 何やら怯えたような芝居をしつつ、再三念を押す珠子。
 しかし動じない輝愛に、ようやく観念したのか、息を一つついて、
「何となく、よ」
 とだけ言った。
「なんですかそれ」
「いや~ん輝愛ちゃん、やっぱり怒った~」
 勢い余って椅子から立ち上がった輝愛に、身体をくねらせて上目遣いをする。
「言い方を変えるとね、直感、ってやつよ」
 上目遣いのまま、例の美人さん仕様な顔でウィンクする。
 珠子は輝愛を困惑させるのには持って来いの人物らしく、案の定、わずかに眉を潜めたまま、再び腰掛け、話を聞く体制に戻る。
「あなたが欲しいと思ったの。だから、あなたを手中に収めたいの」
「なにも、あたしじゃなくても・・」
 輝愛が俯いて呟くと、珠子はそれこそ優しく微笑み、

「だから、理由なんて無いの。私はあなたを気に入って、育ててみたいと思った。それだけじゃ不満かしら?」

 珠子は自分も手にしたカップから、湯気の少なくなった紅茶を口に含む。
「でも、あたしなんかじゃ・・」
 言いかけた輝愛の言葉を、人差し指だけで制して、
「あたし『なんか』なんて、言ってはダメよ」
「え?」
「自分を『なんか』なんて言ったら、あなたを必要としている人に失礼よ。現に、この私はあなたを必要としているんだから。ね」


 ―――必要としている?あたしを?


 ぽかんとした輝愛に、珠子は苦笑して頭をふわりと優しく撫でる。
「そう。私はあなたを育ててみたいの。これって、立派に『必要としている』って事じゃなくて?」
 何故か得意げに、腰に手を当てて笑う。


 ―――あたしでも、何か出来ることがあるのかなあ・・


 ちらりと盗み見たつもりが、視線が合ってしまい、気まずそうにする輝愛に、珠子は女神の様に微笑んだ。


 ―――探してみようか、ここで。


 以前千影に言われた台詞を思い出しながら、輝愛は腕に抱えたジャージを見つめる。

 家もある、食いモンもある。あとの『居場所』は、自分で探せ。と。

 ここにあたしの居場所があるのか・・・いや、あたしがここに居場所を作れるのか。
 やってみようか。ここで。
 思えば、今まで庇護されるばかりで、自分で決めたことなんか、一つもなかった気がする。
 ばあちゃんが亡くなって、行くとこが無くなって、公園でふらついてたのを拾ってもらえたのも、あれはカワハシの意思であって、あたしの意思では無かったから。
 ともかく、自分を食べさせていかなきゃ生きていけないし、簡単に死に逃げるなと、ついこないだ諭されたばかりだ。
 最も、一番楽な、何も考えない方法が「死に逃げる」だった自分としては、今となっては恥ずかしい限りなのだが。
 仕事をしようにも、年齢的にはまだ高校生なはずの自分を、受け入れてくれるところなど殆ど無く、それでもこの人は、恐らく、いや、確実にお荷物であろう自分を、受け入れてみようと言ってくれているのだから、有難い事この上ないのだ。
 
 カワハシに、きちんと恩返ししなきゃだし。

 輝愛は一人、両手を握り締め、ふん、と気合を入れると、やおら立ち上がり、腕に握り締めたままだったジャージに着替える。
 解けかかったスニーカーの紐をきつく結び直し、珠子の正面に立って礼をする。

 今まではばあちゃんに守ってもらって、今はカワハシに守ってもらってて。
 でも、あたしも何かしたい。
 出来るか分からないけど、やってみたい。
 だから、ここで。
 ・・・カワハシは、反対するかな・・
 でも―――

「宜しくお願いします」
「こちらこそ」
 答えて女神は、最上の笑顔で彼女を見つめた。







「しかし、珠子よ」
「何よちかちゃん」
 着替えた輝愛を連れ、下に下りて来て、珠子が勝手に「輝愛ちゃん教育係」に指名した山本茜の元に輝愛を預け、アダルトチーム三人は、仲良く喫煙タイムである。
 練習しなくて良いのか、と突っ込まれそうだが、何の事は無い。まだ休憩時間内なのだ。
 最も、珍しい生物(輝愛)を投げ入れられた群れの連中は、昼休み所ではないらしく、既に自己紹介やら何やらで盛り上がっている。


「本気か」
「本気よ」


 本気と書いて、マジと読む。
「俺は反対だ」
「あらどうして?」
 さも意外そうに千影の顔を覗き込む珠子。
 最も、170センチ近い珠子が千影の顔を覗き込むには、わずかに屈まなければならないのだが。
「どうして、って?あいつにアクション?芝居?無理だろ?決まってる」
「どうしてちかちゃんが決めちゃうのよ」
「そりゃ・・・」
 そこまで言って口ごもり、居心地悪そうに不機嫌な顔で頭をばりばり掻きむしる。
「大変ね、若くて可愛い彼女持っちゃうと」
「オンナじゃねえ、娘だ娘」
 未だに憮然としたまま、灰皿にぽん、と灰を落として、再び煙草をくわえ直す。


「――ねえ、ちかちゃん」
「んあ?」
「あの子の目、ちゃんと見てる?」
「・・・何だよ急に」
 真剣な表情の珠子に、思わず煙草を口から離す。
「あの子、あのままじゃ勿体無いわ。下手したら腐っちゃうかも知れない」
 千影は珠子の言葉を、ただ黙って聞いている。
「生きる糧とか、源が見つからないのよ。きっと、必要とされてるって実感した事が無いのよ。彷徨っているような目なのよ。ね、勿体無いと思わない?」
「まあ・・・・そりゃ・・・」
「きっと、良く出来た子なのね。だから、自分が何をしたいかじゃなくって、やらなきゃいけない事を選ぶのね、無意識のうちに。だから、自分の感情がうまく見つけられないのよ。昔の私みたいに」
 そこまで言うと、珠子は長いまつげを少し伏せて、

「そんなの、哀しいじゃない。悪いのは、そうさせちゃった私達大人なんだけどさ」

 無言で二人のやり取りを聞いていた紅龍が、壁から背を離し、そっとその場を立ち去る。
「ほんの少ししか会話してないし、出会ってまだ僅かだけど、あの子の心から輝いた姿、見たいと思っちゃったんだもの。絶対あの子なら出来るって、思ったんだもの。それに」
「―――それに?」
 意味ありげに言葉を止めた珠子の台詞を、そのまま問い返す。


「あの子の本当の笑顔って、そりゃあ可愛いと思うのよね」


 千影は一瞬、目を見開く。
 隣に佇む珠子が、あまりにも無邪気に笑っていたから。
 ・・・コイツのこんな顔見るの、久しぶりかもしれないな・・・
 そう心の中でだけ呟いて、視線を群れの中の娘分に戻す。


 ―――笑ったら、可愛い、か。


 珠子の言葉を反芻する。
 確かに、俺一人じゃ役不足だってのは、分かってはいたけどな・・。
 でも、こうも簡単に見透かされると、あまり手放しで喜べなくなってしまうのは、自分が捻くれているからだろうか。

 あの時、初めて彼女を見たあの雨の中で、酷く苛立った自分を覚えている。

 あれは恐らく、今の珠子の近しい感情だったのだと、今は思える。


『生きてりゃ、面白い事もたくさんあるんだ』って。


「こんなに面白い事だらけの世の中、知らないまんまで死ぬなんて勿体ねーしな?だろ?」
 千影は、自分の隣で同じように背中を壁に預けている珠子を見た。
 彼女はいたずらに片方の眉を跳ね上げ、口元をにやりと綻ばせる。
 こう言う憎たらしくも愛らしい顔をさせたら、天下一だ。
「勝負はまだまだこれからよ、お父さん」
「望む所、と言いたいが、お手柔らかに願いたいもんだね」
 冗談の様に言い合って、どちらともなく煙草の火を消す。
 珠子がいつもの張りのあるアルトで叫ぶ。
「さー、休憩おしまい!ちゃかちゃか練習再開よ~ん」
 小走りに駆けて行く珠子の背中をゆっくり追いながら、千影はぽつりと苦笑する。



「あいつのあーゆー感は、外れた試しが無いからなあ」

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