桃屋の創作テキスト置き場
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■こんぺいとう 3 お仕事しましょ 1 ■
「・・・あれ?」
千影は尻のポケットをまさぐって、そこにお目当ての物がないと気付き、小さな声を漏らす。
カバンを開けて中を見てみたが、やはりそこにもない。
「やべ」
呟いて顔をしかめる。
家に忘れてきてしまったらしい。
今日は後輩に昼飯を奢る約束をしていたのに。
携帯を取り出し、時間を見る。
まだ仕事場にも着いていないのだから、間に合わないなどと言う事はないだろうが。
・・・仕事場着いたら、電話するか・・・
取り合えず、着いたら誰かに缶コーヒー買う金ないから奢ってもらおう。
などと考えつつ、千影は仕事場に向かうのだった。
「あれ?」
朝ご飯の片づけを終え、回しておいた洗濯機から取り出した洗濯物を干し終わり、一杯お茶でも飲もうかとキッチンに戻ってきた輝愛。
ダイニングテーブルの上に、黒いかたまり。
手に取ると、やはりそれは千影の財布だった。
「・・やばくない?」
無一文で仕事に行ってしまったということだ。
彼は毎日昼は外食で、財布がないと言う事はかなり困るはずで。
しかも今日は、後輩さん何人かにご飯奢らされる約束をしてる、とか言ってた筈で。
輝愛はふう、と一つため息を吐く。
「変なトコ抜けてるなあ。仕方ない、届けてあげるとしますか」
そこではたと気付く。
そういえば、自分は千影がどこに勤めているのかも、それどころか何の仕事をしてるかも知らないではないか。
どうしよう・・・
途方に暮れていると、突然、電話のベルが鳴った。
「はい、もしもし?」
二回目のベルが鳴るより早く、勢いの良い声が電話口から聞こえる。
「トーイ?」
千影は一瞬ほっとしたように息をつく。
『カワハシ、財布忘れたでしょ?』
「そー。届けてもらおうかと思って」
千影は携帯片手に肩をコキコキ鳴らしている。
『うん。場所と会社の名前おしえ・・・』
輝愛が最後まで言い終わるより早く、千影の身体は羽交い絞めにされる。
「うわ!何しやがる!」
バランスを崩し叫んでみるが、無駄な抵抗である。
「先輩、朝っぱらから誰に電話してるんですか?」
「川ちゃん、一人モンだったよね?」
「せんぱーい、俺達の飯は~」
背後にいつの間に忍び寄ったのか、千影の後輩達が電話している千影に絡みついて来る。
「やかましいお前ら!今財布届けさせるから散れ!散れ!」
相手を散らすために言った一言が、それこそ命取りである。
千影の一言に反応して、より一層興味を示す後輩達。
最も、純粋な興味とかではなく、からかえるモンはからかおう、と言う素敵な精神からであるが。
「だれ?だれが届けにくるんですかあ~?」
「彼女?嫁?女の子!?」
「だったら財布いらないから飯!手作りの飯がいいっす!」
口々に好き勝手な事を携帯に向かって叫ぶ後輩達。
もはや千影と輝愛の会話は成立していない。
『カワハシー!?』
携帯から輝愛の叫び声が聞こえる。
「やっぱり女の子じゃん!」
誰かが言うなり、千影の手から携帯を抜き取り、
「財布届けるついでに、ご飯作ってきてください!場所は――」
そう言って一方的に場所説明をして、通話を終了させてしまった。
「こら馬鹿!このくそったれどもが!」
千影は血管浮き上がらせながら叫ぶが、後輩三人に羽交い絞めにされていて動けない。
「せんぱい、ご飯たのんどきました♪」
にっこり満面の笑みで言う後輩の武田に、周りの人間もガッツポーズを作る。
そんなに手料理が嬉しいのか、はたまたただ飯が嬉しいのかは謎だったが。
――飢えてるなあ。色んな意味で。
千影は呆れながら呟く。
「ふざけんなよタケ・・・」
あまりの後輩達の無駄に旺盛な行動力に、もはや怒る気力も失せた千影は、がっくりとうなだれたのだった。
一方、受話器を静かに置いた輝愛は混乱していた。
「・・・・・今のは・・・なに・・・?」
冷や汗をたらしながら頭の中を整理する。
カワハシに財布を届けなきゃいけなくて、ついでに何故かお弁当作る事になって、電話口からの声から察するに、人数は男の人が4~5人くらいで、場所は今メモしたとこで――
噛み砕くように反芻して、はっと時計を見やると、
「10時!?」
今からお米を炊いて、おかず作ってつめて、電車乗って――
輝愛は持てる力全てを使って計算し、青ざめる。
「急がなきゃ」
叫ぶより早く、米びつに向かってダッシュをしていた。
◇
いまだにわいわい騒いでいる後輩達に、千影はしかめっ面のまま一喝した。
「お前ら全員、基礎メニュー二倍ノルマだからな!」
千影のドスの効いた渇から、『うへえ』とか何とか言いながら逃げようとする。
が、ぬらりとした瞳で睨まれ、後輩達は身体を伸ばし始めた。
「今日から立ちで動くから、ちゃんとほぐしとけよ」
千影の背後からいきなり現れたのは、千影よりも長身のがっしりした体躯の持ち主。
ここの社長の真柱紅龍(まはしら こうりゅう)である。
濡れたような短い黒髪、精悍な顔立ち。
男臭いこの会社の、まさに筆頭とも言うべき男だ。
若干32歳にして一国一城の主であり、千影の三つ上の先輩でもある。
「今日からバシバシ動くからな。頭空っぽにしとかなきゃ覚えきれないぞー」
言いつつ何故かげんなりしている千影の肩に腕を乗せ、
「そうしたよ、ちか?ご機嫌ななめだな」
紅龍は、昔から千影のことを『可愛い呼び方だろう』と言って『ちか』と呼ぶ。
おかげの紅龍の細君にまで『ちかちゃん』と呼ばれてしまうようになったのだが、千影本人はこの呼び方が、無骨な男を呼ぶには相応しくない辺りがミスマッチでなかなか気に入っている。
「どうしたもこうしたも・・俺は後輩に恵まれてないらしい」
ぼやきつつ手近に居た一人の後輩、山下茜(やました あかね)をこづく。
こづかれた山下は、「えへへ」と子供の様ににやけた。
「はあ」
千影は一層、大きなため息をついた。
◇
キッチンは、戦場と化していた――
ダイニングテーブルの上に所狭しと並んだ食材。
五段のお重には既に何品かのおかずが寿司詰め状態で詰め込まれている。
ご飯が炊き上がり、輝愛は急いでジャーの蓋を開けて、ボウルに中身を取り出し寿司酢をまぶす。
そんな事をしている間に、油の温度が適温になる。
適当にどばどばと、から揚げ肉を油の中に突っ込み、急ぎ酢をまぶしたご飯を扇いで冷ます。
「何人前作りゃいいのよ」
適当に突っ込めるだけ突っ込んでいくしかないだろう。
そろそろ時間も危うくなってきている。
最も、あんな電話口での悪ふざけ、とも取れる言葉を本気にせず、早めに財布だけ届けてしまえば良さそうなものなのだが。
輝愛は物事を真正面から受け止める性質があるらしく、頼まれた通りにこうして大量の弁当を作っているのである。
ご飯を甘く煮付けた油揚げに突っ込み、揚がったから揚げも油きりを終えてお重の中に。
煮込み終えた肉じゃがも詰め込んで、カバンに自分と千影の財布と、割り箸やら行き先を書いたメモやらを突っ込む。
五段のお重を祖母の形見の大風呂敷で包んで、彼女は身形を気にする間もなく大急ぎで家を出た。
運良くというか、輝愛がホームに降り立ったとほぼ同時に電車が滑り込んでくる。
そのまま乗り込み、座席に座ってようやっと一息つく。
時間が時間なので、車内は空いている。
輝愛が腰掛けた座席には、彼女を除いて二人しか座っていなかった。
重くて大きなお重を膝の上にしっかりと抱え、左腕にはめられた腕時計を眺める。
どうやら、正午ちょっと過ぎには向こうに着けそうである。
――良かった。
輝愛は人知れず安堵のため息を漏らし、そのままつらつらと窓の外の景色に意識を移した。
「・・・あれ?」
千影は尻のポケットをまさぐって、そこにお目当ての物がないと気付き、小さな声を漏らす。
カバンを開けて中を見てみたが、やはりそこにもない。
「やべ」
呟いて顔をしかめる。
家に忘れてきてしまったらしい。
今日は後輩に昼飯を奢る約束をしていたのに。
携帯を取り出し、時間を見る。
まだ仕事場にも着いていないのだから、間に合わないなどと言う事はないだろうが。
・・・仕事場着いたら、電話するか・・・
取り合えず、着いたら誰かに缶コーヒー買う金ないから奢ってもらおう。
などと考えつつ、千影は仕事場に向かうのだった。
「あれ?」
朝ご飯の片づけを終え、回しておいた洗濯機から取り出した洗濯物を干し終わり、一杯お茶でも飲もうかとキッチンに戻ってきた輝愛。
ダイニングテーブルの上に、黒いかたまり。
手に取ると、やはりそれは千影の財布だった。
「・・やばくない?」
無一文で仕事に行ってしまったということだ。
彼は毎日昼は外食で、財布がないと言う事はかなり困るはずで。
しかも今日は、後輩さん何人かにご飯奢らされる約束をしてる、とか言ってた筈で。
輝愛はふう、と一つため息を吐く。
「変なトコ抜けてるなあ。仕方ない、届けてあげるとしますか」
そこではたと気付く。
そういえば、自分は千影がどこに勤めているのかも、それどころか何の仕事をしてるかも知らないではないか。
どうしよう・・・
途方に暮れていると、突然、電話のベルが鳴った。
「はい、もしもし?」
二回目のベルが鳴るより早く、勢いの良い声が電話口から聞こえる。
「トーイ?」
千影は一瞬ほっとしたように息をつく。
『カワハシ、財布忘れたでしょ?』
「そー。届けてもらおうかと思って」
千影は携帯片手に肩をコキコキ鳴らしている。
『うん。場所と会社の名前おしえ・・・』
輝愛が最後まで言い終わるより早く、千影の身体は羽交い絞めにされる。
「うわ!何しやがる!」
バランスを崩し叫んでみるが、無駄な抵抗である。
「先輩、朝っぱらから誰に電話してるんですか?」
「川ちゃん、一人モンだったよね?」
「せんぱーい、俺達の飯は~」
背後にいつの間に忍び寄ったのか、千影の後輩達が電話している千影に絡みついて来る。
「やかましいお前ら!今財布届けさせるから散れ!散れ!」
相手を散らすために言った一言が、それこそ命取りである。
千影の一言に反応して、より一層興味を示す後輩達。
最も、純粋な興味とかではなく、からかえるモンはからかおう、と言う素敵な精神からであるが。
「だれ?だれが届けにくるんですかあ~?」
「彼女?嫁?女の子!?」
「だったら財布いらないから飯!手作りの飯がいいっす!」
口々に好き勝手な事を携帯に向かって叫ぶ後輩達。
もはや千影と輝愛の会話は成立していない。
『カワハシー!?』
携帯から輝愛の叫び声が聞こえる。
「やっぱり女の子じゃん!」
誰かが言うなり、千影の手から携帯を抜き取り、
「財布届けるついでに、ご飯作ってきてください!場所は――」
そう言って一方的に場所説明をして、通話を終了させてしまった。
「こら馬鹿!このくそったれどもが!」
千影は血管浮き上がらせながら叫ぶが、後輩三人に羽交い絞めにされていて動けない。
「せんぱい、ご飯たのんどきました♪」
にっこり満面の笑みで言う後輩の武田に、周りの人間もガッツポーズを作る。
そんなに手料理が嬉しいのか、はたまたただ飯が嬉しいのかは謎だったが。
――飢えてるなあ。色んな意味で。
千影は呆れながら呟く。
「ふざけんなよタケ・・・」
あまりの後輩達の無駄に旺盛な行動力に、もはや怒る気力も失せた千影は、がっくりとうなだれたのだった。
一方、受話器を静かに置いた輝愛は混乱していた。
「・・・・・今のは・・・なに・・・?」
冷や汗をたらしながら頭の中を整理する。
カワハシに財布を届けなきゃいけなくて、ついでに何故かお弁当作る事になって、電話口からの声から察するに、人数は男の人が4~5人くらいで、場所は今メモしたとこで――
噛み砕くように反芻して、はっと時計を見やると、
「10時!?」
今からお米を炊いて、おかず作ってつめて、電車乗って――
輝愛は持てる力全てを使って計算し、青ざめる。
「急がなきゃ」
叫ぶより早く、米びつに向かってダッシュをしていた。
◇
いまだにわいわい騒いでいる後輩達に、千影はしかめっ面のまま一喝した。
「お前ら全員、基礎メニュー二倍ノルマだからな!」
千影のドスの効いた渇から、『うへえ』とか何とか言いながら逃げようとする。
が、ぬらりとした瞳で睨まれ、後輩達は身体を伸ばし始めた。
「今日から立ちで動くから、ちゃんとほぐしとけよ」
千影の背後からいきなり現れたのは、千影よりも長身のがっしりした体躯の持ち主。
ここの社長の真柱紅龍(まはしら こうりゅう)である。
濡れたような短い黒髪、精悍な顔立ち。
男臭いこの会社の、まさに筆頭とも言うべき男だ。
若干32歳にして一国一城の主であり、千影の三つ上の先輩でもある。
「今日からバシバシ動くからな。頭空っぽにしとかなきゃ覚えきれないぞー」
言いつつ何故かげんなりしている千影の肩に腕を乗せ、
「そうしたよ、ちか?ご機嫌ななめだな」
紅龍は、昔から千影のことを『可愛い呼び方だろう』と言って『ちか』と呼ぶ。
おかげの紅龍の細君にまで『ちかちゃん』と呼ばれてしまうようになったのだが、千影本人はこの呼び方が、無骨な男を呼ぶには相応しくない辺りがミスマッチでなかなか気に入っている。
「どうしたもこうしたも・・俺は後輩に恵まれてないらしい」
ぼやきつつ手近に居た一人の後輩、山下茜(やました あかね)をこづく。
こづかれた山下は、「えへへ」と子供の様ににやけた。
「はあ」
千影は一層、大きなため息をついた。
◇
キッチンは、戦場と化していた――
ダイニングテーブルの上に所狭しと並んだ食材。
五段のお重には既に何品かのおかずが寿司詰め状態で詰め込まれている。
ご飯が炊き上がり、輝愛は急いでジャーの蓋を開けて、ボウルに中身を取り出し寿司酢をまぶす。
そんな事をしている間に、油の温度が適温になる。
適当にどばどばと、から揚げ肉を油の中に突っ込み、急ぎ酢をまぶしたご飯を扇いで冷ます。
「何人前作りゃいいのよ」
適当に突っ込めるだけ突っ込んでいくしかないだろう。
そろそろ時間も危うくなってきている。
最も、あんな電話口での悪ふざけ、とも取れる言葉を本気にせず、早めに財布だけ届けてしまえば良さそうなものなのだが。
輝愛は物事を真正面から受け止める性質があるらしく、頼まれた通りにこうして大量の弁当を作っているのである。
ご飯を甘く煮付けた油揚げに突っ込み、揚がったから揚げも油きりを終えてお重の中に。
煮込み終えた肉じゃがも詰め込んで、カバンに自分と千影の財布と、割り箸やら行き先を書いたメモやらを突っ込む。
五段のお重を祖母の形見の大風呂敷で包んで、彼女は身形を気にする間もなく大急ぎで家を出た。
運良くというか、輝愛がホームに降り立ったとほぼ同時に電車が滑り込んでくる。
そのまま乗り込み、座席に座ってようやっと一息つく。
時間が時間なので、車内は空いている。
輝愛が腰掛けた座席には、彼女を除いて二人しか座っていなかった。
重くて大きなお重を膝の上にしっかりと抱え、左腕にはめられた腕時計を眺める。
どうやら、正午ちょっと過ぎには向こうに着けそうである。
――良かった。
輝愛は人知れず安堵のため息を漏らし、そのままつらつらと窓の外の景色に意識を移した。
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