桃屋の創作テキスト置き場
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■一つ屋根の下 5題 今更、という気もすれば■
例えば、眠っている時にまじまじと見れる、顔の輪郭だとか、
ふとした時に支えてくれる腕だとか、
到底届かない背丈だとか。
どう頑張っても、決して勝てない訳で。
でもその理由を、あまりに当たり前すぎる理由を、ずっと失念していた自分に、大分、呆れたりもして。
◇
「・・・・・・おはよ」
「おはよう」
寝ぼけ眼のまま、背中からあたしを抱えるように肩に顎を乗せる。
目の前に見える腕は、筋肉質で、あたしのとは到底違う。
なんでだろ、おんなじ様に練習してるのに。
やってる年月が違うからだろうか。
でも、写真で見たあたしぐらいだった頃の彼も、今程までは行かないものの、しっかりとした体格だったのを思い出す。
なんか、不公平だなぁ。
以前彼にそう告げたら、眉尻を落として笑いながら言われた。
『しょうがないだろ』って。
何が『しょうがない』のか納得できなくて、ほっぺたを膨らませたのを覚えてる。
「ねみ~」
呟いて体重を乗せてくる彼の重さに耐え切れず、思わずずるずると下に沈んでいく。
「おもい~」
「あ、悪ぃ」
ようやく多少覚醒したのか、慌てて背中から離れる。
すっぽりと覆われていた背中から彼が離れると、一瞬、肌寒い様な気になる。
椅子から立ち上がって振り返って、彼の方へ向き直る。
「輝愛?」
「むー」
いくら背伸びをしても、やっぱり届かないし、腕を比べてみても、断然あたしの方がひょろっこくて。
「・・・ずるいなぁ」
「はあ?」
思わずぽろりと出た言葉に、肩を落とす彼。
「何で、そんなに何でもかんでもあたしに勝っちゃうのよ」
「何が」
訳が分からんと言った表情の彼に、やっぱりいつかのように頬を膨らませて。
「力も強いし、背も高いし、声も違うし、あたし何にも勝てないんだもん」
一個くらい、何かあなたより勝ってたいのに。
そう言うと、目の前の起き抜けの彼は、寝癖のついたままの頭を後ろ手にかいて、笑った。
「あ、ひど」
「だって・・お前、そりゃ無理だろ」
「何でよ」
一通り笑い終えて、目尻に浮いた涙を指で拭いながら。
「だって、俺は男で、お前は女なんだから」
「へ・・?」
「だろ?男の腕力なんかに勝つ必要、ないだろうが」
「・・・・」
「だって、せっかくお前は女の子なんだから」
力仕事は男の俺に任しておけば良い訳で、それはお前が負けてるとかじゃなくて。
だって、俺はお前に勝てないトコたくさんあるぞ?
お前が気付いてないだけで。
そう言って、彼はいつもの様に笑った。
そうだ、あまりに当たり前すぎて、忘れていた。
そう、例えば、彼のよく通るテノールの声とか、
あたしがすっぽり入ってしまう腕とか、
よっかかってもびくともしない背中とか。
言われて、今更気付く。
「でも、お前に勝とうなんて、俺は思わないぞ」
だって、どうやったって勝てないのが、分かってるから。
そう言うと、おでこに一瞬唇を落とす。
赤くなったあたしの頬を面白そうにつまんで、
「やっぱりお前、面白いわ」
と言い残すと、洗面所に消えていった。
今更何を、と言う気がするけれど、忘れていた事。
やっと少し気付いて、でも同時に分からないことも増えた。
何でもあたしに勝ってるのに、あたしに勝とうと思わないって、どーゆーこと?
顔洗って戻って来たら、もっかい聞いてみよう。
なんだか、また笑われそうな予感がしなくも無いけれど。
例えば、眠っている時にまじまじと見れる、顔の輪郭だとか、
ふとした時に支えてくれる腕だとか、
到底届かない背丈だとか。
どう頑張っても、決して勝てない訳で。
でもその理由を、あまりに当たり前すぎる理由を、ずっと失念していた自分に、大分、呆れたりもして。
◇
「・・・・・・おはよ」
「おはよう」
寝ぼけ眼のまま、背中からあたしを抱えるように肩に顎を乗せる。
目の前に見える腕は、筋肉質で、あたしのとは到底違う。
なんでだろ、おんなじ様に練習してるのに。
やってる年月が違うからだろうか。
でも、写真で見たあたしぐらいだった頃の彼も、今程までは行かないものの、しっかりとした体格だったのを思い出す。
なんか、不公平だなぁ。
以前彼にそう告げたら、眉尻を落として笑いながら言われた。
『しょうがないだろ』って。
何が『しょうがない』のか納得できなくて、ほっぺたを膨らませたのを覚えてる。
「ねみ~」
呟いて体重を乗せてくる彼の重さに耐え切れず、思わずずるずると下に沈んでいく。
「おもい~」
「あ、悪ぃ」
ようやく多少覚醒したのか、慌てて背中から離れる。
すっぽりと覆われていた背中から彼が離れると、一瞬、肌寒い様な気になる。
椅子から立ち上がって振り返って、彼の方へ向き直る。
「輝愛?」
「むー」
いくら背伸びをしても、やっぱり届かないし、腕を比べてみても、断然あたしの方がひょろっこくて。
「・・・ずるいなぁ」
「はあ?」
思わずぽろりと出た言葉に、肩を落とす彼。
「何で、そんなに何でもかんでもあたしに勝っちゃうのよ」
「何が」
訳が分からんと言った表情の彼に、やっぱりいつかのように頬を膨らませて。
「力も強いし、背も高いし、声も違うし、あたし何にも勝てないんだもん」
一個くらい、何かあなたより勝ってたいのに。
そう言うと、目の前の起き抜けの彼は、寝癖のついたままの頭を後ろ手にかいて、笑った。
「あ、ひど」
「だって・・お前、そりゃ無理だろ」
「何でよ」
一通り笑い終えて、目尻に浮いた涙を指で拭いながら。
「だって、俺は男で、お前は女なんだから」
「へ・・?」
「だろ?男の腕力なんかに勝つ必要、ないだろうが」
「・・・・」
「だって、せっかくお前は女の子なんだから」
力仕事は男の俺に任しておけば良い訳で、それはお前が負けてるとかじゃなくて。
だって、俺はお前に勝てないトコたくさんあるぞ?
お前が気付いてないだけで。
そう言って、彼はいつもの様に笑った。
そうだ、あまりに当たり前すぎて、忘れていた。
そう、例えば、彼のよく通るテノールの声とか、
あたしがすっぽり入ってしまう腕とか、
よっかかってもびくともしない背中とか。
言われて、今更気付く。
「でも、お前に勝とうなんて、俺は思わないぞ」
だって、どうやったって勝てないのが、分かってるから。
そう言うと、おでこに一瞬唇を落とす。
赤くなったあたしの頬を面白そうにつまんで、
「やっぱりお前、面白いわ」
と言い残すと、洗面所に消えていった。
今更何を、と言う気がするけれど、忘れていた事。
やっと少し気付いて、でも同時に分からないことも増えた。
何でもあたしに勝ってるのに、あたしに勝とうと思わないって、どーゆーこと?
顔洗って戻って来たら、もっかい聞いてみよう。
なんだか、また笑われそうな予感がしなくも無いけれど。
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■一つ屋根の下 5題 朝一に聞く君の声■
目覚ましより早く目が覚めた。
まぶたは殆ど閉じたままで、手だけで自分の横のスペースを探る。
探しても、きっと見付からないだろう事は、既に承知の上だけど。
それでもやっぱり、僅かに残った彼女の気配を、無意識に探って。
ようやく諦めて、ベッドから這い出る。
ドアを開けると、いつも通りのコーヒーの香りと、食事の支度をする音。
洗面所で洗濯機が回っていて、カーテンの開かれた部屋は、朝の日の光を存分に取り込んでいる。
毎朝の、決まった光景。
台所仕事を一折終えたらしい彼女は、ダイニングテーブルの椅子に腰掛け、いつの間に持ってきたのか、朝刊を広げながら、お決まりの紅茶を飲んでいる。
・・・なんだかババくせぇなぁ・・・
そう思うと一つ苦笑して、どうやら俺の存在にまだ気づいていないらしい彼女に近付く。
熱心に活字を追う彼女を、背中越しにのっかかる様に柔らかく抱く。
驚いたのか、一瞬身を竦ませるが、ほぼ同時にほうっ、と息をつき、肩を落とす。
腕の中で顔だけをこちらに向け、毎朝交わされる言葉が、今日も彼女の唇に乗る。
「おはよう、カワハシ」
「おはよう、輝愛」
耳元で聞こえる彼女の声が、毎朝くすぐったく感じて。
眠りに落ちる最後まで聞こえていた声が、君の声で。
朝起きて、一番に聞こえるのも、君の声。
有り触れた、いつも通りの毎日の、
ただほんの些細なそれですら。
俺にとっては、至福の、時だったりするのだ。
伝えてもきょとんとするだけだろうから、彼女に言うつもりは、無いけれど
目覚ましより早く目が覚めた。
まぶたは殆ど閉じたままで、手だけで自分の横のスペースを探る。
探しても、きっと見付からないだろう事は、既に承知の上だけど。
それでもやっぱり、僅かに残った彼女の気配を、無意識に探って。
ようやく諦めて、ベッドから這い出る。
ドアを開けると、いつも通りのコーヒーの香りと、食事の支度をする音。
洗面所で洗濯機が回っていて、カーテンの開かれた部屋は、朝の日の光を存分に取り込んでいる。
毎朝の、決まった光景。
台所仕事を一折終えたらしい彼女は、ダイニングテーブルの椅子に腰掛け、いつの間に持ってきたのか、朝刊を広げながら、お決まりの紅茶を飲んでいる。
・・・なんだかババくせぇなぁ・・・
そう思うと一つ苦笑して、どうやら俺の存在にまだ気づいていないらしい彼女に近付く。
熱心に活字を追う彼女を、背中越しにのっかかる様に柔らかく抱く。
驚いたのか、一瞬身を竦ませるが、ほぼ同時にほうっ、と息をつき、肩を落とす。
腕の中で顔だけをこちらに向け、毎朝交わされる言葉が、今日も彼女の唇に乗る。
「おはよう、カワハシ」
「おはよう、輝愛」
耳元で聞こえる彼女の声が、毎朝くすぐったく感じて。
眠りに落ちる最後まで聞こえていた声が、君の声で。
朝起きて、一番に聞こえるのも、君の声。
有り触れた、いつも通りの毎日の、
ただほんの些細なそれですら。
俺にとっては、至福の、時だったりするのだ。
伝えてもきょとんとするだけだろうから、彼女に言うつもりは、無いけれど
■一つ屋根の下 5題 慣れていいものか、悪いものか■
「―――はぁ、ご帰宅」
「はい、ただいまあたし。カワハシお疲れさん、お帰りなさい」
同じ帰り道、同じように二人で帰って。
手にはスーパーの袋と、稽古着の入ったかばん。
荷物を預かってから、玄関の鍵を開けてやると、必ず一足先に玄関に入り、靴を脱
ぐ。
後ろ手にドアの鍵を閉める俺に、必ず振ってくる、声。
「・・・一緒に帰ってきといて、お帰りはおかしくないか?」
言いつつ靴を脱ぐ自分の顔を、ともすれば相好を崩しそうになる顔を、彼女に見られないように下を向く事で隠しながら。
「そう?でも先におうちに入ったのあたしだから、カワハシにお帰りって言っても良いのよ」
「そんなもんかね」
「そうそう」
俺の手からスーパーの袋を奪い去ると、娘はぱたぱたとキッチンへ走って行く。
僅かに肩を落として、その背中を追いかける。
「今日遅くなっちゃったからねー。先にお風呂入ってて。その間にちゃっちゃかご飯
作っちゃうから」
「はいよー」
有無を言わせずバスタオルを押し付けてくる彼女の頭に一瞬掌を乗せ、言われるが
ままに風呂場へ直行する。
「何かアイツどっかのババアみてぇだよなぁ・・・」
出会った当初から所帯染みまくっていた彼女だが、最近特に、勿体無いと思うようになった。
それまではそれ程考えもしなかったのだが、アイツはまだ18だかそんくらいな筈で。
普通なら、遊びまくってる子供の年な訳で。
それなのに、こんなオッサンと一緒にいるおかげで、自由がなくなっちまってるんだ。
そう思ったら、とてつもなく申し訳なく思った。
俺にしては、珍しく。
渡されたバスタオルに目をやると、買ったばかりだと言っていたそれは、白地にピンクの水玉とゆー、なかなかどうして可愛らしい代物で。
自分で渡したくせに、あとになって『あたしが使うんだったのにー』とか怒られる訳だが、それもいつもの事なので、そのまま使わせて頂く事にした。
◇
毎日見てると次第に慣れて、見落としたりする部分も増えるだろうが、その割りに、目の前で自作の晩飯をほおばる娘の行動は、そう都合よくいかせないぞとでも言うかのように出来ているらしい。
現に今も、くしゃみが出そうな状態で魚に醤油をかけようとして、案の定くしゃみと同時にしょうゆをぶちまけてみたり。
自分でやったくせにそれに驚いて立ち上がり、その拍子に足をテーブルにぶち当ててみたり。
「あほ」
「ううう、いたい~ひどい~」
涙目になりながら、それでも醤油をふき取る彼女に、半眼になって苦笑する。
「疲れてるんだろ、早く寝ろな」
「うう~」
ぶつけた箇所が痛いのか、声ならぬ声のままで首を上下させる。
せっかくの晩飯が冷めてしまってはいけないので、俺は食事を再開させる。
大急ぎと言う割りにきちんと出来上がっているそれは、彼女の腕の良さの現われだろう。
一人こっそり感謝して、後片付けを引き受ける。
彼女が風呂場に向かった僅か跡に聞こえたのは、やはり先ほど想像したとおりの台
詞で、俺は思わず吹き出した。
◇
「明日は何時?」
「ん?明日は昼公演ないからいつもより遅くて平気」
目覚ましをセットしながら答えてやると、「やった!」と小さくガッツポーズを作る。
「これでお布団が干せる!」
「げ、寝ようぜたまには」
まさか家事が出来るからのガッツポーズだとは思わず、あからさまに嫌そうな声で答えてやる。
「カワハシ寝てていいよ。あたしがやるから」
事態を理解していない彼女は、いつも通りのきょろんとした目玉で見上げてくる。
もっとも、二人とも既にベッドの上なので、見上げると言う表現が正しいのかは、分からないが。
「お前ね、俺が寝てたらどーやって布団干すのさ」
「あ」
同じベッドに同じ布団で寝てる事実をすっかり忘れ去っていたらしく、ようやく恨めしそうな顔で俺を見つめた。
「・・・・早起き嫌い?」
「大嫌い」
即答どころか、少し彼女の台詞を食う勢いで断言した俺に、彼女はぽへっと枕に突っ伏した。
「けち」
「けちで結構。でも起きてやらない」
「ぶー」
ほっぺたを膨らませる彼女を、やはりいつもの様に腕の中に閉じ込めて。
「じゃあ、お前が起きたら起こしてよ」
「ええええ?」
「やなのか?」
「うえ、そうじゃないけど・・・」
腕の中で定位置に収まると、それこそ目を伏せて呟く。
「あんな気持ちよさそうに寝てるの、起こせるわけないじゃない」
恐らく自分にしか聞こえない程度のボリュームだったつもりだろうが、これだけ密着してれば聞きたくなくても聞こえてしまう。
思わず頬が緩みそうになったのを、腕に力を込めることで誤魔化して。
愛しい彼女のいつもの抱き心地に、目を閉じる。
もし万が一、このぬくもりが無くなったら、俺はどうするんだろう。
寝しなにそんな思いがよぎって、一瞬びくりとする。
いつの間にか、もう夢の中にいるらしい彼女の額に、静かに一度だけ唇を落として。
それも、いつもの事で。
くすぐったそうに僅かに身をよじる姿に、小さく微笑んで、再びまぶたを落とす。
最早彼女の存在が当たり前で、この現状に慣れきってしまっている自分としては、それが良いものか悪いものかの区別がつかない。
もっとも、「悪い」と分かったところで、離すつもりは無いのだから、結果は一緒か。
明日は少しは長く寝ていられそうだ。
いつもより少しだけ、長く。
再び眠る彼女の額に、二回目のキスを落とす。
少しだけ特別な今日は、いつもよりも一回多く。
「―――はぁ、ご帰宅」
「はい、ただいまあたし。カワハシお疲れさん、お帰りなさい」
同じ帰り道、同じように二人で帰って。
手にはスーパーの袋と、稽古着の入ったかばん。
荷物を預かってから、玄関の鍵を開けてやると、必ず一足先に玄関に入り、靴を脱
ぐ。
後ろ手にドアの鍵を閉める俺に、必ず振ってくる、声。
「・・・一緒に帰ってきといて、お帰りはおかしくないか?」
言いつつ靴を脱ぐ自分の顔を、ともすれば相好を崩しそうになる顔を、彼女に見られないように下を向く事で隠しながら。
「そう?でも先におうちに入ったのあたしだから、カワハシにお帰りって言っても良いのよ」
「そんなもんかね」
「そうそう」
俺の手からスーパーの袋を奪い去ると、娘はぱたぱたとキッチンへ走って行く。
僅かに肩を落として、その背中を追いかける。
「今日遅くなっちゃったからねー。先にお風呂入ってて。その間にちゃっちゃかご飯
作っちゃうから」
「はいよー」
有無を言わせずバスタオルを押し付けてくる彼女の頭に一瞬掌を乗せ、言われるが
ままに風呂場へ直行する。
「何かアイツどっかのババアみてぇだよなぁ・・・」
出会った当初から所帯染みまくっていた彼女だが、最近特に、勿体無いと思うようになった。
それまではそれ程考えもしなかったのだが、アイツはまだ18だかそんくらいな筈で。
普通なら、遊びまくってる子供の年な訳で。
それなのに、こんなオッサンと一緒にいるおかげで、自由がなくなっちまってるんだ。
そう思ったら、とてつもなく申し訳なく思った。
俺にしては、珍しく。
渡されたバスタオルに目をやると、買ったばかりだと言っていたそれは、白地にピンクの水玉とゆー、なかなかどうして可愛らしい代物で。
自分で渡したくせに、あとになって『あたしが使うんだったのにー』とか怒られる訳だが、それもいつもの事なので、そのまま使わせて頂く事にした。
◇
毎日見てると次第に慣れて、見落としたりする部分も増えるだろうが、その割りに、目の前で自作の晩飯をほおばる娘の行動は、そう都合よくいかせないぞとでも言うかのように出来ているらしい。
現に今も、くしゃみが出そうな状態で魚に醤油をかけようとして、案の定くしゃみと同時にしょうゆをぶちまけてみたり。
自分でやったくせにそれに驚いて立ち上がり、その拍子に足をテーブルにぶち当ててみたり。
「あほ」
「ううう、いたい~ひどい~」
涙目になりながら、それでも醤油をふき取る彼女に、半眼になって苦笑する。
「疲れてるんだろ、早く寝ろな」
「うう~」
ぶつけた箇所が痛いのか、声ならぬ声のままで首を上下させる。
せっかくの晩飯が冷めてしまってはいけないので、俺は食事を再開させる。
大急ぎと言う割りにきちんと出来上がっているそれは、彼女の腕の良さの現われだろう。
一人こっそり感謝して、後片付けを引き受ける。
彼女が風呂場に向かった僅か跡に聞こえたのは、やはり先ほど想像したとおりの台
詞で、俺は思わず吹き出した。
◇
「明日は何時?」
「ん?明日は昼公演ないからいつもより遅くて平気」
目覚ましをセットしながら答えてやると、「やった!」と小さくガッツポーズを作る。
「これでお布団が干せる!」
「げ、寝ようぜたまには」
まさか家事が出来るからのガッツポーズだとは思わず、あからさまに嫌そうな声で答えてやる。
「カワハシ寝てていいよ。あたしがやるから」
事態を理解していない彼女は、いつも通りのきょろんとした目玉で見上げてくる。
もっとも、二人とも既にベッドの上なので、見上げると言う表現が正しいのかは、分からないが。
「お前ね、俺が寝てたらどーやって布団干すのさ」
「あ」
同じベッドに同じ布団で寝てる事実をすっかり忘れ去っていたらしく、ようやく恨めしそうな顔で俺を見つめた。
「・・・・早起き嫌い?」
「大嫌い」
即答どころか、少し彼女の台詞を食う勢いで断言した俺に、彼女はぽへっと枕に突っ伏した。
「けち」
「けちで結構。でも起きてやらない」
「ぶー」
ほっぺたを膨らませる彼女を、やはりいつもの様に腕の中に閉じ込めて。
「じゃあ、お前が起きたら起こしてよ」
「ええええ?」
「やなのか?」
「うえ、そうじゃないけど・・・」
腕の中で定位置に収まると、それこそ目を伏せて呟く。
「あんな気持ちよさそうに寝てるの、起こせるわけないじゃない」
恐らく自分にしか聞こえない程度のボリュームだったつもりだろうが、これだけ密着してれば聞きたくなくても聞こえてしまう。
思わず頬が緩みそうになったのを、腕に力を込めることで誤魔化して。
愛しい彼女のいつもの抱き心地に、目を閉じる。
もし万が一、このぬくもりが無くなったら、俺はどうするんだろう。
寝しなにそんな思いがよぎって、一瞬びくりとする。
いつの間にか、もう夢の中にいるらしい彼女の額に、静かに一度だけ唇を落として。
それも、いつもの事で。
くすぐったそうに僅かに身をよじる姿に、小さく微笑んで、再びまぶたを落とす。
最早彼女の存在が当たり前で、この現状に慣れきってしまっている自分としては、それが良いものか悪いものかの区別がつかない。
もっとも、「悪い」と分かったところで、離すつもりは無いのだから、結果は一緒か。
明日は少しは長く寝ていられそうだ。
いつもより少しだけ、長く。
再び眠る彼女の額に、二回目のキスを落とす。
少しだけ特別な今日は、いつもよりも一回多く。
■一つ屋根の下 5題 お揃いの弁当■
お揃いだなんてこっぱずかしいはずなのに、なんで当たり前みたいになっちまってるんだ?
◇
ばばあみたいに、朝早く起きるのは、洗濯と朝飯のため。
そう言えば、俺はあいつを拾った初日くらいしか、あいつより早起きしたことはないかもしれない。
百円均一で買ったでかいマグカップに、目一杯紅茶を入れ、俺の知らぬ間(どうせまだ寝ている間)に取ってきた朝刊を広げながら、その中身をゆっくり喉に流し込むのが好きなようだ。
もう少しは、いい食器ぐらい買ってやるって言っても、使えるし、安いし、かわいいから、これで十分。などと言う。
こっそり、「だって自分のお小遣いで買える範囲じゃないとね」なんて小さくつぶやく。
なんでこんなに遠慮するのだろう。
昨今の同世代は、言葉は悪いがもっとがっつりがめつくないか?
それとも まさかいまだに心開いてませんが何か?
とか、そーゆーアレか?
・・・・・・・・・・
だとしたらヤバい。
うっかり悲しすぎるだろ。
寝ぼけ眼のまま、俺はあいつの頭に顎を乗せる
「おもーい」
「おれはおもくなーい」
「なんだそりゃ」
苦笑したように笑って、椅子から立ち上がる。
「なあ」
「ん?」
俺はあいつの飲みかけの紅茶を一口すすりながら、
「これ、いいな」
「でしょ。気に入った?」
「うん。だから、 俺にも一個、買ってきてくんねぇ?」
「あはは、いいね、色違い。並べると絶対かわいい」
歯ブラシだったり、バスタオルだったり、
茶碗の次は、マグカップ。
そうやって、恥ずかしいはずのお揃いが、徐々に増えていく。
「あ、今日は練習半ドンだから、お弁当作った。帰り道に芝生の公園でたべよー、ね?おねがい」
たまにつくってくれる弁当も、もちろん毎日の飯も、当然ながら、お揃いだ
「おー、いいな。じゃちょっくら、頑張ってお仕事しますかね」
歯ブラシ
バスタオル
茶碗に箸にマグカップ
毎日のうまい飯も、
たまに作ってくれるうまい弁当も。
いつかそのうち
あいつが大人になったとき
一番のお揃いの、お誘いをかけようか
まだまだだいぶ先の見えない話だけれど。
お揃いだなんてこっぱずかしいはずなのに、なんで当たり前みたいになっちまってるんだ?
◇
ばばあみたいに、朝早く起きるのは、洗濯と朝飯のため。
そう言えば、俺はあいつを拾った初日くらいしか、あいつより早起きしたことはないかもしれない。
百円均一で買ったでかいマグカップに、目一杯紅茶を入れ、俺の知らぬ間(どうせまだ寝ている間)に取ってきた朝刊を広げながら、その中身をゆっくり喉に流し込むのが好きなようだ。
もう少しは、いい食器ぐらい買ってやるって言っても、使えるし、安いし、かわいいから、これで十分。などと言う。
こっそり、「だって自分のお小遣いで買える範囲じゃないとね」なんて小さくつぶやく。
なんでこんなに遠慮するのだろう。
昨今の同世代は、言葉は悪いがもっとがっつりがめつくないか?
それとも まさかいまだに心開いてませんが何か?
とか、そーゆーアレか?
・・・・・・・・・・
だとしたらヤバい。
うっかり悲しすぎるだろ。
寝ぼけ眼のまま、俺はあいつの頭に顎を乗せる
「おもーい」
「おれはおもくなーい」
「なんだそりゃ」
苦笑したように笑って、椅子から立ち上がる。
「なあ」
「ん?」
俺はあいつの飲みかけの紅茶を一口すすりながら、
「これ、いいな」
「でしょ。気に入った?」
「うん。だから、 俺にも一個、買ってきてくんねぇ?」
「あはは、いいね、色違い。並べると絶対かわいい」
歯ブラシだったり、バスタオルだったり、
茶碗の次は、マグカップ。
そうやって、恥ずかしいはずのお揃いが、徐々に増えていく。
「あ、今日は練習半ドンだから、お弁当作った。帰り道に芝生の公園でたべよー、ね?おねがい」
たまにつくってくれる弁当も、もちろん毎日の飯も、当然ながら、お揃いだ
「おー、いいな。じゃちょっくら、頑張ってお仕事しますかね」
歯ブラシ
バスタオル
茶碗に箸にマグカップ
毎日のうまい飯も、
たまに作ってくれるうまい弁当も。
いつかそのうち
あいつが大人になったとき
一番のお揃いの、お誘いをかけようか
まだまだだいぶ先の見えない話だけれど。
■睡眠ベタ恋 5Type 1.今の寝言だよね・・・?■
あたしがこの家に来てから、ずっと変わらない、日常。
朝起きて、顔洗って、洗濯機回したら、着替えを済ます。
寝室以外の部屋のカーテンを開けて、小さい音でテレビをつけて、天気予報をチェックする。
電化製品のありがたみを実感しつつ、常にあったかいお湯の出るポットからお茶をいただいて。
新聞を一階のエントランスまで取りに行って。
一度だけ、鍵をもたずに新聞を取りに行って、オートロックの自動ドア(出るときは自動ドア、入るときは鍵がいる)に締め出され、半泣きになったことがあるので、鍵はエプロンのポケットに入れて、行く。
洗濯機が回る音と、テレビの小さい音をBGMに、お茶すすりながら新聞を読む。
・・おもしろいなあ、新聞て。教科書より役に立ちそう、絶対。
腕まくりしたカットソーの上には、だいぶ前、初お給料で買ったマイエプロンひよこ柄。そろそろくたびれてきたけども、まだまだ使い倒す予定。
この家ときたら、エプロン無かったんだもの。
調理機材や器具、調味料は揃ってたし、毎日使っている形跡があったので、料理しないわけではないんだろうと、すぐに分かったけど。
なのに、あたしに「ご飯つくれる?」と聞いて、「置いてくれる理由」をすぐにくれたあの人は、なんだかんだ言って優しい。
そろそろ起きて来るであろうこの部屋の主のために、やかんでお湯を沸かす。
ポットもあるけど、ドリップのコーヒーを好む彼の為。
ついでに、ちょびっとそのコーヒーもらって、たっぷりの牛乳であたしもご相伴にあずかるのです。(ブラックは飲めない。苦くて)
ずっと半開きにしている寝室のドアから、寝ぼけ眼に寝癖全開で、起きて来た。
「おはよ」
「んー、はよ」
あくび一発。洗面所へ消えていく。
どうにも普段のイメージと、一番ギャップがあるのが寝起きだと、絶対思う。
ファンの人に見せたいもん、あの抜けきった状態を。
顔を洗うと、ようやく、なんとか目が覚めるのか、普通の足取りで戻ってくる。(寝癖も直ってる)
「はい」
「さんきゅ」
最近ようやくOK出るくらいに上手?に淹れられるようになった焼ける様に熱いコーヒーを手渡す。
受け取って椅子に腰掛けて、さっきあたしが見てた新聞を眺める。
あたしのマグカップには、ちょびっとくすねたコーヒー。牛乳注いで、レンジにかけてチンする。
彼の斜め向かいの椅子に座って、温かい自家製カフェオレを口に含む。
外はすごくきれいな青空のお天気。
毎日ちゃんと起きて、お仕事して、ご飯食べれて。
置いてくれるおうちがあって、
そこの主は、口は悪いけど優しくて
見ず知らずだったあたしを、何でこんなに良くしてくれるのか分からない位、すごく大事にしてくれて。
大事な人に、大事にしてもらえるのって、
ああ、幸せ。
ばーちゃん、あたし幸せだよ。
青空の向こう、育ててくれた大事なばーちゃんに、心の中で呟いた。
と、いきなり彼が、こちらを凝視する。
「・・・?」
声に出したわけでもないのに、何かはみ出たのかな、あたし。
カワハシは一瞬目を細めると、もっかいあくび。
なんだ、まだ寝ぼけてるだけか。
びっくり。
カフェオレをもう一口すすると、洗濯機が「洗濯終わった!」と電子音を鳴らす。
立ち上がって一歩足を踏み出した瞬間、手をものすごい勢いで引っ張られ、倒れこむ。
「ぎゃ!」
不細工な悲鳴を上げて、体を硬くするも、衝撃は訪れない。
そりゃそうだ。手を引っ張った張本人の腕の中だもの。
・・・腕の中?・・・・何故・・・??
何か一瞬で脳みそが回転し、何でかほっぺたが熱くなった気がする。
カワハシは腕の力を強めると、耳元で小さく短く呟く。
「・・・」
「え?」
問いかえすも、答えは返って来ず。
あたしはまた体の自由を取り戻す。
彼は何事も無かったかのように、再びコーヒーを飲んでいる。
洗濯機のふたを開け、洗濯物を取り出して、ベランダに干す。
日常と少し、いやだいぶ?あれあれ少しなのかな?違うことが起きて、動揺を隠せない。
その間も、あたしの耳は熱い。
今の、寝言、だよね・・・?
あたしはほっぺたを両手で押さえる。
寝言じゃないとしたら、彼はやっぱりエスパーかも知れない。
でも、どっちでもいい。ねえ、ばーちゃん、あたしはすごく幸せだよ。
この毎日が、やっぱりすごく幸せ。
あの人の毎日も、そうだと良いと、思う。
ううん、きっと、そうなんだろう。
あたしのと、意味は違うかも知れないけど、きっと「そうだ」って言ってくれるんだと思う。
だって、今も言ってくれたもん。
実は優しいあの人が、
俺も、幸せだ、って。
あたしがこの家に来てから、ずっと変わらない、日常。
朝起きて、顔洗って、洗濯機回したら、着替えを済ます。
寝室以外の部屋のカーテンを開けて、小さい音でテレビをつけて、天気予報をチェックする。
電化製品のありがたみを実感しつつ、常にあったかいお湯の出るポットからお茶をいただいて。
新聞を一階のエントランスまで取りに行って。
一度だけ、鍵をもたずに新聞を取りに行って、オートロックの自動ドア(出るときは自動ドア、入るときは鍵がいる)に締め出され、半泣きになったことがあるので、鍵はエプロンのポケットに入れて、行く。
洗濯機が回る音と、テレビの小さい音をBGMに、お茶すすりながら新聞を読む。
・・おもしろいなあ、新聞て。教科書より役に立ちそう、絶対。
腕まくりしたカットソーの上には、だいぶ前、初お給料で買ったマイエプロンひよこ柄。そろそろくたびれてきたけども、まだまだ使い倒す予定。
この家ときたら、エプロン無かったんだもの。
調理機材や器具、調味料は揃ってたし、毎日使っている形跡があったので、料理しないわけではないんだろうと、すぐに分かったけど。
なのに、あたしに「ご飯つくれる?」と聞いて、「置いてくれる理由」をすぐにくれたあの人は、なんだかんだ言って優しい。
そろそろ起きて来るであろうこの部屋の主のために、やかんでお湯を沸かす。
ポットもあるけど、ドリップのコーヒーを好む彼の為。
ついでに、ちょびっとそのコーヒーもらって、たっぷりの牛乳であたしもご相伴にあずかるのです。(ブラックは飲めない。苦くて)
ずっと半開きにしている寝室のドアから、寝ぼけ眼に寝癖全開で、起きて来た。
「おはよ」
「んー、はよ」
あくび一発。洗面所へ消えていく。
どうにも普段のイメージと、一番ギャップがあるのが寝起きだと、絶対思う。
ファンの人に見せたいもん、あの抜けきった状態を。
顔を洗うと、ようやく、なんとか目が覚めるのか、普通の足取りで戻ってくる。(寝癖も直ってる)
「はい」
「さんきゅ」
最近ようやくOK出るくらいに上手?に淹れられるようになった焼ける様に熱いコーヒーを手渡す。
受け取って椅子に腰掛けて、さっきあたしが見てた新聞を眺める。
あたしのマグカップには、ちょびっとくすねたコーヒー。牛乳注いで、レンジにかけてチンする。
彼の斜め向かいの椅子に座って、温かい自家製カフェオレを口に含む。
外はすごくきれいな青空のお天気。
毎日ちゃんと起きて、お仕事して、ご飯食べれて。
置いてくれるおうちがあって、
そこの主は、口は悪いけど優しくて
見ず知らずだったあたしを、何でこんなに良くしてくれるのか分からない位、すごく大事にしてくれて。
大事な人に、大事にしてもらえるのって、
ああ、幸せ。
ばーちゃん、あたし幸せだよ。
青空の向こう、育ててくれた大事なばーちゃんに、心の中で呟いた。
と、いきなり彼が、こちらを凝視する。
「・・・?」
声に出したわけでもないのに、何かはみ出たのかな、あたし。
カワハシは一瞬目を細めると、もっかいあくび。
なんだ、まだ寝ぼけてるだけか。
びっくり。
カフェオレをもう一口すすると、洗濯機が「洗濯終わった!」と電子音を鳴らす。
立ち上がって一歩足を踏み出した瞬間、手をものすごい勢いで引っ張られ、倒れこむ。
「ぎゃ!」
不細工な悲鳴を上げて、体を硬くするも、衝撃は訪れない。
そりゃそうだ。手を引っ張った張本人の腕の中だもの。
・・・腕の中?・・・・何故・・・??
何か一瞬で脳みそが回転し、何でかほっぺたが熱くなった気がする。
カワハシは腕の力を強めると、耳元で小さく短く呟く。
「・・・」
「え?」
問いかえすも、答えは返って来ず。
あたしはまた体の自由を取り戻す。
彼は何事も無かったかのように、再びコーヒーを飲んでいる。
洗濯機のふたを開け、洗濯物を取り出して、ベランダに干す。
日常と少し、いやだいぶ?あれあれ少しなのかな?違うことが起きて、動揺を隠せない。
その間も、あたしの耳は熱い。
今の、寝言、だよね・・・?
あたしはほっぺたを両手で押さえる。
寝言じゃないとしたら、彼はやっぱりエスパーかも知れない。
でも、どっちでもいい。ねえ、ばーちゃん、あたしはすごく幸せだよ。
この毎日が、やっぱりすごく幸せ。
あの人の毎日も、そうだと良いと、思う。
ううん、きっと、そうなんだろう。
あたしのと、意味は違うかも知れないけど、きっと「そうだ」って言ってくれるんだと思う。
だって、今も言ってくれたもん。
実は優しいあの人が、
俺も、幸せだ、って。
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