桃屋の創作テキスト置き場
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■一つ屋根の下 5題 慣れていいものか、悪いものか■
「―――はぁ、ご帰宅」
「はい、ただいまあたし。カワハシお疲れさん、お帰りなさい」
同じ帰り道、同じように二人で帰って。
手にはスーパーの袋と、稽古着の入ったかばん。
荷物を預かってから、玄関の鍵を開けてやると、必ず一足先に玄関に入り、靴を脱
ぐ。
後ろ手にドアの鍵を閉める俺に、必ず振ってくる、声。
「・・・一緒に帰ってきといて、お帰りはおかしくないか?」
言いつつ靴を脱ぐ自分の顔を、ともすれば相好を崩しそうになる顔を、彼女に見られないように下を向く事で隠しながら。
「そう?でも先におうちに入ったのあたしだから、カワハシにお帰りって言っても良いのよ」
「そんなもんかね」
「そうそう」
俺の手からスーパーの袋を奪い去ると、娘はぱたぱたとキッチンへ走って行く。
僅かに肩を落として、その背中を追いかける。
「今日遅くなっちゃったからねー。先にお風呂入ってて。その間にちゃっちゃかご飯
作っちゃうから」
「はいよー」
有無を言わせずバスタオルを押し付けてくる彼女の頭に一瞬掌を乗せ、言われるが
ままに風呂場へ直行する。
「何かアイツどっかのババアみてぇだよなぁ・・・」
出会った当初から所帯染みまくっていた彼女だが、最近特に、勿体無いと思うようになった。
それまではそれ程考えもしなかったのだが、アイツはまだ18だかそんくらいな筈で。
普通なら、遊びまくってる子供の年な訳で。
それなのに、こんなオッサンと一緒にいるおかげで、自由がなくなっちまってるんだ。
そう思ったら、とてつもなく申し訳なく思った。
俺にしては、珍しく。
渡されたバスタオルに目をやると、買ったばかりだと言っていたそれは、白地にピンクの水玉とゆー、なかなかどうして可愛らしい代物で。
自分で渡したくせに、あとになって『あたしが使うんだったのにー』とか怒られる訳だが、それもいつもの事なので、そのまま使わせて頂く事にした。
◇
毎日見てると次第に慣れて、見落としたりする部分も増えるだろうが、その割りに、目の前で自作の晩飯をほおばる娘の行動は、そう都合よくいかせないぞとでも言うかのように出来ているらしい。
現に今も、くしゃみが出そうな状態で魚に醤油をかけようとして、案の定くしゃみと同時にしょうゆをぶちまけてみたり。
自分でやったくせにそれに驚いて立ち上がり、その拍子に足をテーブルにぶち当ててみたり。
「あほ」
「ううう、いたい~ひどい~」
涙目になりながら、それでも醤油をふき取る彼女に、半眼になって苦笑する。
「疲れてるんだろ、早く寝ろな」
「うう~」
ぶつけた箇所が痛いのか、声ならぬ声のままで首を上下させる。
せっかくの晩飯が冷めてしまってはいけないので、俺は食事を再開させる。
大急ぎと言う割りにきちんと出来上がっているそれは、彼女の腕の良さの現われだろう。
一人こっそり感謝して、後片付けを引き受ける。
彼女が風呂場に向かった僅か跡に聞こえたのは、やはり先ほど想像したとおりの台
詞で、俺は思わず吹き出した。
◇
「明日は何時?」
「ん?明日は昼公演ないからいつもより遅くて平気」
目覚ましをセットしながら答えてやると、「やった!」と小さくガッツポーズを作る。
「これでお布団が干せる!」
「げ、寝ようぜたまには」
まさか家事が出来るからのガッツポーズだとは思わず、あからさまに嫌そうな声で答えてやる。
「カワハシ寝てていいよ。あたしがやるから」
事態を理解していない彼女は、いつも通りのきょろんとした目玉で見上げてくる。
もっとも、二人とも既にベッドの上なので、見上げると言う表現が正しいのかは、分からないが。
「お前ね、俺が寝てたらどーやって布団干すのさ」
「あ」
同じベッドに同じ布団で寝てる事実をすっかり忘れ去っていたらしく、ようやく恨めしそうな顔で俺を見つめた。
「・・・・早起き嫌い?」
「大嫌い」
即答どころか、少し彼女の台詞を食う勢いで断言した俺に、彼女はぽへっと枕に突っ伏した。
「けち」
「けちで結構。でも起きてやらない」
「ぶー」
ほっぺたを膨らませる彼女を、やはりいつもの様に腕の中に閉じ込めて。
「じゃあ、お前が起きたら起こしてよ」
「ええええ?」
「やなのか?」
「うえ、そうじゃないけど・・・」
腕の中で定位置に収まると、それこそ目を伏せて呟く。
「あんな気持ちよさそうに寝てるの、起こせるわけないじゃない」
恐らく自分にしか聞こえない程度のボリュームだったつもりだろうが、これだけ密着してれば聞きたくなくても聞こえてしまう。
思わず頬が緩みそうになったのを、腕に力を込めることで誤魔化して。
愛しい彼女のいつもの抱き心地に、目を閉じる。
もし万が一、このぬくもりが無くなったら、俺はどうするんだろう。
寝しなにそんな思いがよぎって、一瞬びくりとする。
いつの間にか、もう夢の中にいるらしい彼女の額に、静かに一度だけ唇を落として。
それも、いつもの事で。
くすぐったそうに僅かに身をよじる姿に、小さく微笑んで、再びまぶたを落とす。
最早彼女の存在が当たり前で、この現状に慣れきってしまっている自分としては、それが良いものか悪いものかの区別がつかない。
もっとも、「悪い」と分かったところで、離すつもりは無いのだから、結果は一緒か。
明日は少しは長く寝ていられそうだ。
いつもより少しだけ、長く。
再び眠る彼女の額に、二回目のキスを落とす。
少しだけ特別な今日は、いつもよりも一回多く。
「―――はぁ、ご帰宅」
「はい、ただいまあたし。カワハシお疲れさん、お帰りなさい」
同じ帰り道、同じように二人で帰って。
手にはスーパーの袋と、稽古着の入ったかばん。
荷物を預かってから、玄関の鍵を開けてやると、必ず一足先に玄関に入り、靴を脱
ぐ。
後ろ手にドアの鍵を閉める俺に、必ず振ってくる、声。
「・・・一緒に帰ってきといて、お帰りはおかしくないか?」
言いつつ靴を脱ぐ自分の顔を、ともすれば相好を崩しそうになる顔を、彼女に見られないように下を向く事で隠しながら。
「そう?でも先におうちに入ったのあたしだから、カワハシにお帰りって言っても良いのよ」
「そんなもんかね」
「そうそう」
俺の手からスーパーの袋を奪い去ると、娘はぱたぱたとキッチンへ走って行く。
僅かに肩を落として、その背中を追いかける。
「今日遅くなっちゃったからねー。先にお風呂入ってて。その間にちゃっちゃかご飯
作っちゃうから」
「はいよー」
有無を言わせずバスタオルを押し付けてくる彼女の頭に一瞬掌を乗せ、言われるが
ままに風呂場へ直行する。
「何かアイツどっかのババアみてぇだよなぁ・・・」
出会った当初から所帯染みまくっていた彼女だが、最近特に、勿体無いと思うようになった。
それまではそれ程考えもしなかったのだが、アイツはまだ18だかそんくらいな筈で。
普通なら、遊びまくってる子供の年な訳で。
それなのに、こんなオッサンと一緒にいるおかげで、自由がなくなっちまってるんだ。
そう思ったら、とてつもなく申し訳なく思った。
俺にしては、珍しく。
渡されたバスタオルに目をやると、買ったばかりだと言っていたそれは、白地にピンクの水玉とゆー、なかなかどうして可愛らしい代物で。
自分で渡したくせに、あとになって『あたしが使うんだったのにー』とか怒られる訳だが、それもいつもの事なので、そのまま使わせて頂く事にした。
◇
毎日見てると次第に慣れて、見落としたりする部分も増えるだろうが、その割りに、目の前で自作の晩飯をほおばる娘の行動は、そう都合よくいかせないぞとでも言うかのように出来ているらしい。
現に今も、くしゃみが出そうな状態で魚に醤油をかけようとして、案の定くしゃみと同時にしょうゆをぶちまけてみたり。
自分でやったくせにそれに驚いて立ち上がり、その拍子に足をテーブルにぶち当ててみたり。
「あほ」
「ううう、いたい~ひどい~」
涙目になりながら、それでも醤油をふき取る彼女に、半眼になって苦笑する。
「疲れてるんだろ、早く寝ろな」
「うう~」
ぶつけた箇所が痛いのか、声ならぬ声のままで首を上下させる。
せっかくの晩飯が冷めてしまってはいけないので、俺は食事を再開させる。
大急ぎと言う割りにきちんと出来上がっているそれは、彼女の腕の良さの現われだろう。
一人こっそり感謝して、後片付けを引き受ける。
彼女が風呂場に向かった僅か跡に聞こえたのは、やはり先ほど想像したとおりの台
詞で、俺は思わず吹き出した。
◇
「明日は何時?」
「ん?明日は昼公演ないからいつもより遅くて平気」
目覚ましをセットしながら答えてやると、「やった!」と小さくガッツポーズを作る。
「これでお布団が干せる!」
「げ、寝ようぜたまには」
まさか家事が出来るからのガッツポーズだとは思わず、あからさまに嫌そうな声で答えてやる。
「カワハシ寝てていいよ。あたしがやるから」
事態を理解していない彼女は、いつも通りのきょろんとした目玉で見上げてくる。
もっとも、二人とも既にベッドの上なので、見上げると言う表現が正しいのかは、分からないが。
「お前ね、俺が寝てたらどーやって布団干すのさ」
「あ」
同じベッドに同じ布団で寝てる事実をすっかり忘れ去っていたらしく、ようやく恨めしそうな顔で俺を見つめた。
「・・・・早起き嫌い?」
「大嫌い」
即答どころか、少し彼女の台詞を食う勢いで断言した俺に、彼女はぽへっと枕に突っ伏した。
「けち」
「けちで結構。でも起きてやらない」
「ぶー」
ほっぺたを膨らませる彼女を、やはりいつもの様に腕の中に閉じ込めて。
「じゃあ、お前が起きたら起こしてよ」
「ええええ?」
「やなのか?」
「うえ、そうじゃないけど・・・」
腕の中で定位置に収まると、それこそ目を伏せて呟く。
「あんな気持ちよさそうに寝てるの、起こせるわけないじゃない」
恐らく自分にしか聞こえない程度のボリュームだったつもりだろうが、これだけ密着してれば聞きたくなくても聞こえてしまう。
思わず頬が緩みそうになったのを、腕に力を込めることで誤魔化して。
愛しい彼女のいつもの抱き心地に、目を閉じる。
もし万が一、このぬくもりが無くなったら、俺はどうするんだろう。
寝しなにそんな思いがよぎって、一瞬びくりとする。
いつの間にか、もう夢の中にいるらしい彼女の額に、静かに一度だけ唇を落として。
それも、いつもの事で。
くすぐったそうに僅かに身をよじる姿に、小さく微笑んで、再びまぶたを落とす。
最早彼女の存在が当たり前で、この現状に慣れきってしまっている自分としては、それが良いものか悪いものかの区別がつかない。
もっとも、「悪い」と分かったところで、離すつもりは無いのだから、結果は一緒か。
明日は少しは長く寝ていられそうだ。
いつもより少しだけ、長く。
再び眠る彼女の額に、二回目のキスを落とす。
少しだけ特別な今日は、いつもよりも一回多く。
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