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桃屋の創作テキスト置き場
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■月鬼 第六話 ―出会い― ■




  「いい加減起きる気はありませんか?」


 気持ち良くまどろんでいた所で、無粋にも男の澄んだ声が耳に落ちてくる。
 その感覚に眉を顰め、つばめはいよいよ薄目を開けた。
「・・・・なんだ・・・・蒼志めか・・」
 ぼそりと搾り出すように呟いた声に、僅かに見えた丹精な顔は苦笑する。
「蒼志『め』とは何ですか、失敬な」
 苦笑する美しい男の顔が、ようやく薄ぼんやりと輪郭を形成し、つばめの視界に色が戻って来る。
 その男の顔がやけに近いのと、何故か逆光を受けた状態になっていて、
 微かに回転を始めた頭で、それを訝しがる。


「・・・なんで・・・?」
 とりあえずつばめはそう呟いたものの、その先が続かなかった。
 蒼志は一瞬安堵した様に目を細めると、僅かに唇の端を吊り上げ、
「で、つばめ殿。いつまで私の膝をお貸しすれば良いですか?」


「は?」


 言われた言葉の意味を飲み込めなかったつばめは、間の抜けた声を出す。
「ですから、あなたはいつまで私の膝枕で寛ぎたいですか?とお聞きしているのですよ」
 まるでそれこそからかう口調で言った蒼志に、つばめはいよいよ自分の置かれている状況を理解した様だ。
 即ち、膝を貸している蒼志に、仰向けで彼に膝枕をされている自分。
 そうすれば、彼の顔がやけに自分の顔に近いのも、彼の顔が逆光で見にくくなっているのも、納得がいく。
「・・・もう結構だ」
 悔しそうにつばめは呟き、上体を一気に引き起こす。
 が、いきなり急激に動いた為か、目の前から一瞬世界が消え去り、元の通り、再び蒼志の膝に倒れ込みそうになる。


 蒼志は倒れかけたつばめの肩を抱き、支えると、呆れた様に耳元で言う。
「昨日、あれだけ血を流したんです。癒しの術を施したとは言え、失った血までは戻りませんよ」
「・・・・・そっか、すっかり忘れてた」
 白い顔で蒼志の着物を掴むつばめは、そこでようやく思考が全て繋がった。
 周りを見渡すと、昨日自分が気を失った場所とは少し離れたらしく、血の匂いなどは残っていなかった。
「かなり強い術をかけましたが、疲労自体は消せません。難しい話かもしれませんが、出来るだけ無理はしないで下さい」
 最も、つばめ殿は言っても聞かないでしょうけどね。
 蒼志は、彼女の肩を抱いたまま、困ったようにそう続けた。



「助かった。ありがとう」


 小さくそう腕の中で呟いた彼女に、蒼志は意外そうな顔を作る。
「驚きました」
「何が」
「つばめ殿にも、礼を述べる能力があったんですね」
「をい」
 さも不機嫌そうに顔をしかめたつばめに、冗談ですと笑いながら。
「よっと」
 つばめはようやく蒼志の膝から離れると、起き上がり背伸びをする。
 空を見上げると、昨晩の恐ろしい出来事が、まるで夢絵空事のようにさえ思えた。



「蒼志」
「何です」



 声をかけたつばめは、しかしその先を僅かに逡巡して、もう一度、男の名前を呼んだ。




「・・・蒼志」
「あれは、まさしく鬼です」




 ついばめはふと、視線を動かす。
 風の流れ以外に揺らいだ何かを、僅かだが捉えたからだ。


「・・何だ、あれ」


 蒼志からゆっくり離れると、つばめは立ち上がる。
「つばめ殿?」
 蒼志が未だ若干ふらつくつばめの肩を抱くように、立ち上がる。
「どうしました?」


「あれ・・・・」
 つばめが見つめる先に、蒼志も視線を這わせる。
「鬼、か?」
「いや、人・・のようですね」
 二人の視線の先に、おそらく人の形をしたものが転がっている。
「見てくる」
「あ、つばめ殿!」
 蒼志が言い終わるより早く、つばめは小走りに駆け寄る。



「蒼志ー」
 つばめはしゃがみこんで彼を振り返る
 一歩遅れて辿り着いた蒼志は、彼女の足元に転がる人とおぼしきものを、僅かに半眼になって見つめた。
 ・・・考えすぎ・・・か
 彼女に気づかれぬように息を吐く。

「蒼志、生きてるぞ、こいつ」
 つばめは、ぼろぼろの布切れに包まれたそれを、何の躊躇いもなく自分に引き寄せ、抱きかかえるような格好になる。
「つばめ殿、あなたには警戒心というものが欠落している」
 眉をひそめて言うが、当の本人は全く意に介さない様子で
「助けられるか?蒼志」


 そう、真面目な顔で彼を見上げる。
 蒼志は一つ小さくため息をつくと、その布切れに包まれた人間を観察する。



 ・・・・牙もない、鬼である印もない・・・
 昨晩の鬼の奇襲に、巻き込まれた者である・・か


 つばめに気づかれぬ様に観察を終え、懐から護符を取り出す。
 最も、鬼相手だとするならば、癒しの護符は逆に毒になる。
 どちらにせよ、それではっきりする事だ。

 蒼志は、ようやくそのぼろきれが若い男である事を認識した。
「こいつ、きったない顔だな」
 つばめは言いながら、自らの持っていた布切れで男の顔についた泥やら、血やらを拭ってやる。
 男が僅かに身じろぎする。
 蒼志は、取り出した護符をかざし、印を口の中で唱える。
 空気が振動し、男に癒しの術がかけられる。
 僅かの後、ぼろきれの男は、ようやく、重たい瞼を動かした。


「蒼志、目が開いた!おい、お前、聞こえるか?どこが痛い?名前は?」
 矢継ぎ早に質問を投げるつばめを見た男は、
 もう一度ゆっくりと瞬きをし、小さな声で呟いた。



「ユエ」




 「ユエ」
 それが、ぼろきれの男の名前だった。

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