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桃屋の創作テキスト置き場
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■こんぺいとう 4  あくとあくたーず11 ■





「それで、良い訳?輝愛ちゃんはさ」
 いささか憤慨した様子で、輝愛の兄貴分の有住浩春が言う。
「いいんじゃないかな、よく、わかんないし」
 彼に、千影に言われた台詞を思い出す。


 ―――好きだよ


 そう、彼はそう彼女に告げたのだ。


「誰が一番とか、重要なの?」
 小首をかしげるに、浩春は眉をしかめて
「重要だろ?だってただの『好き』なら、凡そ友達やらなにやら全部ひっくるめてじゃないの?」
「う~ん」

 千影のことは好きだ。
 でも、珠子も好きだし、ここにいる浩春だって勿論そうだし。
 チームのメンバーだって好きだ。

 そう告げた事が、いけない事だったのかと問われると、あの時の千影の反応や、現在の浩春の反応を考えると、どうやらまずい事のようで。
 しかし、輝愛としては思ったままを告げたのだから、仕方ない。

「でも皆の中で一番ってゆったよ?」
「それが余計に余計なんだってば」

 呆れる浩春に、輝愛は口をひん曲げる。
 ぽふっと頭を掌ではたかれ、見上げるとそこには、いつの間に立ち上がったのか、隣に座っていた浩春が見下ろしている。
「輝愛ちゃんは、まだ、ちっちゃいんだね」
「んへ?」
「ま、しょーがないか」
「ええ?」
 言うなり浩春は、も一つ輝愛の頭をぽふっとやって歩いて行ってしまった。

「ちっちゃい・・・?かなあ・・・・」

 カワハシには加奈子さんなんだから、あたしは・・・

 置いてもらえるだけで、いい。
 一緒に、居れたら、それでいい。

 そう、思う。
 でも、少し、何かが引っかかる。
 原因は・・・

「分かったらとっくにどうにかしてるよぅ」

 ため息一つと共に、輝愛もメイクと衣装のため、楽屋に向かった。

 今日は、初日なのである





 役者陣より早く現地入りしたスタッフによる最終確認が行われる劇場内。
 演出担当の笹林は、一階席のど真ん中、一番見やすいとされる座席に陣取っていた。


「ササさん」
「を?何だ、差し入れか?」
 振り返る笹林の目の前には、既に衣装を着けた千影の姿。
「んなもんねえっすよ」
「じゃあ帰れ」
「ひでえ」
 そう言う二人の顔は、笑っている。
「んで?どうなの?主役さん」
「ん?ボチボチ普通ですよ、こんだけやってると」
 笹林の隣に腰掛けると、かつらの髪の毛をうざったそうにかきあげる。
「まあ、新人さんや若手さんフューチャーがメインだからなあ、今回お客さんシビアになると思うよ」
「でしょうねえ、ま、若いのにも出てもらわねーといけないんで」
 音響がSEやらきっかけの確認をしている。
 そのざわついた劇場内を、愛おしそうに眺めながら、
「まあ、ちょろっとやりますか」
「だね、で、終わったら飲むべ」
 客入れまで一時間弱。
 二人はニヤっと笑いあった





「きっあちゃーーん」
「珠子さん」
 楽屋のドアが勢いよく開くと同時に、物凄いいでたちの珠子が飛び込んでくる。
 悪役役の彼女は、さながら妖怪そのもののようで、見慣れたはずのメンバーでさえ一瞬息を飲んだ。
 呼ばれた当の本人は、鏡の前で、大輔と茜におもちゃにされていた。
「あらら、男二人がうちのお姫様の楽屋に何の用かしら?」
 自分より先に輝愛とじゃれていたのが気に食わないらしく、珠子は口をとんがらせる。
「いやや、べ、別に用事ってわけじゃ・・!」
 出番の早い山下茜は、メイクも衣装も終わっている状態だ。
 その茜が、何故か一瞬慌てて弁明をしたが、魔王珠子には逆効果である。

「・・・茜ちゃんてば・・あらららら、やだ、そゆ事?大ちゃん、知ってた?」
「なにがですか?何の話ですか?オレはまだ何も言ってないですよ!」
 慌てて弁解する茜だが、大輔が苦笑する。
「まだ何も、ってことは、いずれそのうち全部って意味よね?そうよね?ねね???きゃー青春!」
「ちょっと珠子さん、カンベンしてくださいよ、ホンキで」
 泣きそうな声で懇願する茜に、しかし大輔は、
「それ、逆効果だよ、茜ちゃん・・・珠子さんには余計ね」
「あら失礼ね大ちゃん。あたしを悪者みたいに」
 ひとしきり茜をからかい、話の中心に居るはずの輝愛に問いかける。

「で、どうする?輝愛ちゃん」

「ちょ・・珠子さん!?」
 後ろで茜が叫んでいるが、取り敢えず珠子的には無視決定。
「あああ、バレちゃったねー茜ちゃーん」
 慰めている筈なのに、何故か生暖かく聞こえる大輔の台詞。

「どうするって、何がですか?」

 この全ての流れをぶった切る、彼女の鈍感さ。
 大輔は、そこが輝愛ちゃんらしくて好きだけどね
 と笑っている。

「だってさ、分かってないって。良かったわね茜ちゃん」
「いや、良いんですけど、良いんだかどうなんだか・・・」
「あら、分かるように自分で言えば?」
「えええええええええ!?」
「冗談だよ、茜さん」

 大人三人の会話が理解できず、見た目だけは十分大きいはずの輝愛はメイク途中で首をかしげる。
「あ、そだ。まだ途中だったね、ごめん」
 言うなり大輔は、何故か何回教えてもメイクがへたくそな輝愛の横に座る。
 いつのまにやら、輝愛専属メイクさん状態になっているのだ。
 最も、本人曰く、
 輝愛は『塗り甲斐』があるのだそうで、まんざらでもない。
 大輔的には、このどこかおとぼけた妹分が、可愛いのだから。
 その後ろでは、未だに珠子が

『ほー、しっかし茜ちゃんが・・・ねえ、あららやだやだ、血を見そうね』

 だの、

『ほっといてください!バレちゃったから仕方ないけど、そっとしといてください』

 だの、

『分が悪い勝負だけど、年齢的には茜ちゃんモロ有利じゃない、がんばんなさいな』

 だの、

『誰と比べてんですか、誰と』

 だの、

『やだもう、でもいつから?いつからなの?いやーん楽しい~』

 だの、

『だーーーもーーーやかましーー!』

 だのと、
 とてつもなく微笑ましい会話がなされていたりするのだが。


「で、輝愛ちゃん」
 ようやく茜いじりに飽きたのか、メイクされてる輝愛に向き直ると、
「初日ね」
「ですね」
 輝愛はちょっと困ったように苦笑する。
「緊張してるの?」
「それなりにしますよ、いくら鈍感でも」
 いつだったか浩春に言われた台詞を引用する。

「ヨロシクね、輝愛ちゃん」
「はい、こちらこそです」

 いつかの様に、握手を交わす。
「ま、座長に任せとけば大丈夫よ。何かあっても、他のシーンは大輔と輝愛ちゃん、殆ど一緒に出てるし」
「あとは座長とのカラミばっかですもんね」
 髪の毛をいじりながら後を続ける大輔。
 座長と言うのは、主演の千影のことである。
「川橋さんなら、よっぽどどうなっても平気ですよ。悔しいけど」
 茜も苦笑するように言う。

「だから輝愛ちゃん、お好きなようにおやんなさい。おにーさんおねーさんが助けてくれるから」
「はい」
 にっこりと微笑んでうなずく輝愛。
 横でぼそりと茜が呟く。
「・・・おじさんおばさんじゃないんですか」
「あら茜ちゃん、そゆ事言うわけ~?へ~ほ~ふ~ん。ばらしちゃうぞ☆」
「っ!?」
「まあまあ」
 ようやくメイクが終わり、『つばめ』に扮した輝愛を開放すると、大輔が二人を宥める。
「そろそろ僕らも準備終わらせましょう。もうすぐ開きますよ」
 腕時計を示す大輔。
「あ、じゃそろそろ」
「また後でね輝愛ちゃん」
 大輔と茜が部屋を後にする。
 残った珠子は、例によっていつもの微笑をたたえている。らしいのだが。
 いかんせんメイクがメイクなので、普段どおりの表情とはいかない。

「ねえ、輝愛ちゃん」
「はい?」

 問いかける珠子に、椅子を勧める輝愛。
 再び「ありがとう」と言うように微笑んで、腰掛けながら口を開く。

「・・・昨日ね、どうだった?」
 一瞬、言葉が口をついて出なかった。
 珠子が、あまりにも真剣だったから。
「・・・うん、大丈夫でした。あたしはぼろぼろ泣いたけど」
「そう・・・」
 ちょっとバツが悪そうに話す輝愛に、珠子は再び問いかける。

「輝愛ちゃん、あたしの事好きかしら?」
「うん、好き」
 何の疑いも持たずに答える輝愛。

「じゃあ、うちの旦那や、メンバーは?」
「好き」
 彼女の答えに、珠子は苦笑するように微笑む。
 一呼吸おいて、また問いかける。

「じゃあ、加奈子は?」
「うん・・・・好きです」

 あたしがそう言っていいかは分からないけど。
 そう、輝愛は付け足して。
「じゃあ・・」
 珠子は少しいたずらっぽい表情になって、


「ちかちゃんは?」
「え?」


 思いがけない問いかけだったのだろう、輝愛にとっては。
 驚いたように顔を跳ね上げた。
 でも、それで許してくれるような性格の持ち主ならば、目の前のコレは珠子ではない。

「ちかちゃんは好き?」
「・・・・・・」

 輝愛は無言で考え込む。
 そう、好きに決まってる。
 昨日本人にもそう告げたのだ。

 『みんなのなかでいちばんすき』

 でもこの台詞が、いけない事のような気がして、ひっかかる。
「ねえ、珠子さん」
「なあに?」
「みんな好きなの。みんな好きなんだけど・・・」
 そこで輝愛は言葉に詰まる。
「だけど・・?」
 珠子はゆっくり言葉を導くように話す。
「でもね、違うの。カワハシだけ、ちょっと」
「どんなふうに?」
「よくわかんない。でもちがうのは分かる」
 困り果てたような表情で、珠子を上目遣いに見上げる。
「1番好き?」
「うん」

 こっくりうなずく彼女に、ああ、いつか遠い昔は自分もこんなだったのかしら
 なんて思いを馳せる珠子。

「それはね輝愛ちゃん、きっと種類が違うのよ」
「種類?」


「そう、『すき』の種類」


 『分かる?』と言う珠子に、輝愛は首をかしげる。


 でもこれ以上は、自分で考えなきゃ。
 ううん、考えなくても、いずれ自ずと答えは出るわ。


 珠子は椅子から立ち上がると、輝愛に振り返る。
「みんな好きなら大丈夫。みんなが助けてくれるわ」
 そう、いつもの舞台女優の顔で。
「じゃ、あとで板の上でね♪」
 そう言い残すと、部屋を後にする珠子。

「・・・結局わかんない」
 そう呟いて、輝愛は楽屋を出た。
 何故か、分からないけど。


 会いたくなったから。
 そう、自分を愛しいと確かに言った、あの人に。

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■こんぺいとう 4  あくとあくたーず12■




 楽屋を出て、歩き出した輝愛の足は、徐々に早くなっていた。

 ―――会わなきゃ。

 何故そう思ったのかは分からないけど。
 ただ、唐突に。
 会いたいと思ったのだ。
 毎日毎日、いつでも彼は隣に居たのに。
 何故今、あの人の顔がこんなにも見たいんだろう。
 もう幕が開く。
 客入れはとっくに終わってる。
 皆、開始のベル待つ様な状態の中。
 ああ、間に合わない。
 もう、緞帳が上がってしまう。
 その前に、一瞬でいいのに。
 歯噛みすらしながら、輝愛は走っていた。
 あと少し。
 あの人がスタンバイしている場所まで、あとほんの少し。
「!」
 目線でその目的の人物をようやく捕らえた。
 それでもまだ、二人の間には、結構な距離がある。

 ―――時間切れだ。

 輝愛の出番より、千影の出番の方が早い。
 こんな自分ごときのわがままで、まさか幕開けを遅らせる訳には行かない。
 それに、自分も今回は袖から出る訳ではないし、もうそろそろ、さすがスタンバイに戻らないと間に合わない。
 せっかく、こんな近くまで来てるのに。
 眉尻を落とし、自分の位置に戻ろうとした時だった。
「・・・え?」
 ふいに、呼ばれた気がして、振り向く。
 囁かれたはずの声の主は、自分の周り近くにはどこにも見当たらなくて、
 ただ、辿り着きたかったあの人の視線は、確かに輝愛を捕らえていた。
 そして、いつもの様に、少し苦笑した様に、微笑んだ。
 どくんと、血管が一気に太さを増したような気がした。
 そのまま大急ぎで、自分のスタンバイ位置まで走る。
 ・・・・なにこれ、なにこれ・・・・
 何もされたわけじゃない。
 ただ、いつもみたく笑ってくれただけなのに。
 ・・・どうしよ・・・・・
 輝愛は、混乱する自分の両の頬を、自らの平手でぱちんっ、と叩いた。

『大丈夫』

 そう、言われた気がした。
 瞬時にオレンジ色のまろやかな空気に包まれた気がして、今までの色んな、原因が分からない不安なんかが、すうっと、身体になじんだ気がした。
 不思議と、落ち着いた。
 つい今しがたまでの自分が、まるで遠い日の自分であるかの様に。
 会場にいる観客の心音が聞こえそうな程、耳が澄んで。
 アナウンスが入り、暗転、開演を知らせるブザーが鳴る。
 緞帳が上がり、きっかけの音と共に、舞台上にライトがたかれる。

 冒頭のシーン。
 有住と橋本、呉に紅龍が出ている。
 そこへ、千影が現れる。
 もう、それこそ何度も稽古で見てきた風景。
 だからだろうか、何故だか分からないけど、懐かしい様な感じがした。
 オープニングから次のシーンへもうすぐ切り替わる。
 自分の出番が近付く。
 舞台の上では、音響のボリュームが上がっていく。
 大きな音と共に、ガツンと衝撃を覚える様なタイミングで暗転し、場面が切り替わる。
 板付きで大輔がいる。
 すぐに、自分の出番になり、一回、ぽんとジャンプして出て行く。
 あの、さっきの不思議な空気が、未だに自分に纏わりついている気がする。
 自分自身を、俯瞰で見ている様な、何とも表現しがたい不思議な感覚だ。
 舞台上には大輔と自分の二人きり。
 それもすぐに、大掛かりな殺陣のシーンになっていく。
 アクションチームの単独公演と名が付く以上、殺陣がメインになってくる。
 普段の芝居の倍はある殺陣シーンの数に、最初は覚えきれるかどうか、本気で青くなったものだ。

 ――でも、大丈夫。今なら、多分、そう言える。

 普段の輝愛では、見ることが出来ない瞳の色で、大きく、息を吸った。





 衣装替えが多いメンバーは、大変そうだと、心の中で合掌しながら。
 何とか一幕の幕が下り、僅かばかりの休憩時間。
 最も、休憩できるのは観客だけで、出演者は着替えやらに大慌てだが。
 それでも皆慣れたもので、衣装のまま、必ず一本はタバコをふかしているが。
「高梨さん、お水」
「あ、ありがとうございます」
 床山助手の若い女性スタッフが、ペットボトルを差し出してくれる。
 そう言えば、まだ一回も水飲んでなかった。
 ここはありがたく頂戴する事にして喉を鳴らすと、鏡の中の自分を見る。
 普段のふにゃけた顔より、メイクも手伝ってか、鋭い顔な様な気がする。
 周りで慌しく動くスタッフを眺める。
 彼らの力で、舞台が動いている。
 自分のせいで、無駄にする訳には行かない。
 今回の公演は、普段メインを張ってる人間より、チーム内の若手を前面に押し出している。
 座長の千影は別として、本来なら珠子や紅龍、勇也や、客演で主演を張るような俳優達がやる筈の役を、輝愛をはじめ、有住や大輔なんかが配役されている。

 ――失敗になんか、出来ない。

 ぶるっと、身震いする。
 今更ながら、すごく緊張してきてしまった。
「どうしよ・・」
 二幕は、勿論クライマックスに向けての殺陣もさることながら、主軸は、やはり物語だ。
 千影と、有住、大輔、そして自分が、動かす話だ。
 いよいよその答えにぶつかって、ぞっとする。
「高梨さん、スタンバイお願いします」
「はい」
 考えに浸る時間もないまま、再び、幕が開く。

 どうしよう、頭が混乱してきた・・

 喉を一回鳴らす。隣では、一緒に板付きで出る大輔が、既にスタンバイ位置にいた。
「・・・平気?」
 小声で聞いてくる大輔に、無言で頷く。

 ・・・とにかく、今は自分を消そう。つばめだけに集中しよう。

 自分の下手な頭で考えたって、どうせ短時間に答えなんか出ないんだから。
 だったら、今はこの目の前の、素晴らしく現実からかけ離れた、世界に身を委ねよう。
「行くよ」
 更に小声で手を出してきた大輔に、今度は輝愛は、ちゃんと、微笑んで頷いた。





 演出の笹林は、初日恒例の場所、普通に一般の客席で、舞台を見つめていた。
 初日以降は、PAの横だったり、舞台袖だったりするが、まあ、よほどでない限りほぼ全ての舞台を見ている。
 その上で、毎回駄目出しやら、演出変更が入ったりもする。
 彼にとっても、今回の舞台は大きな賭けだ。
 本来通りに、看板役者揃えてやる方が、どれだけ楽な事か。
 自分で決めた癖に、自分で弱音吐いてやがると、舞台眺めながらにやりと笑った。
 大輔は、やはりここ以外での舞台経験や、幼少からの舞の経験が生きている。

 ――コイツは、大当たり配役だな、田淵の。

 隣の席の観客にバレないように、ほくそ笑む。
 有住は、まだまだ伸びしろがある。若いだけに、吸収も早い。
 最初は、本気で最初から最後まで女形、しかもかなり『女性らしい』役と言うので、不安がってたけども。
「大輔にやらせちゃ、面白くないもんな」
 ふふん、と言う顔で、愛おしそうに舞台を見つめる。
 その顔を、世の女性陣に見せてやれば、すぐにでも落ちる奴なんかかなり居そうなもんなのに。
 以前から仲の良い俳優に言われた台詞だ。
 最も、実際問題としてそうしてないから、未だに独身な訳だが。
 さて、千影は、まあ、問題ない。
 自分の演出意図を一番良く理解して、体現してくれる、貴重な役者の一人である。こいつがブレる様な時は、余程危険な状態だろうというのも、とっくに分かってる。
 言い方悪いが、千影は放置で問題なし。
 ・・・さて
 その横の、小娘を見る。
 まあ、最初にこの小娘を見せられた時にゃ、正直どうしようかと思った。
 殺陣やったこと無いとか、そんな可愛いレベルじゃなかったから。
 養成所卒業させてから来いとも思ったが、考えてみりゃ、このチーム内で、実際そういう学校を出た人間なんか、居ただろうか。
 せいぜい、芸大出がいるくらいで、最初は皆ずぶの素人だった。
 どうにも最近この業界に漬かり切ってて、そんな事も忘れてた。
 そう気づくと、目の前の小娘が、そりゃあ面白い素材に見えたもんだ。
 こいつ、生かすも殺すも、うち次第か、腕が鳴るじゃねえか。
 そう思った瞬間の身震いを、未だに鮮明に覚えてる。

 もうすぐクライマックスのシーンだ。
 前回の公演から、大きく変更を入れたのは、ココだけだ。
 話の筋を、ココだけ、前回と正反対にした。
 何故か?
 今回の主役達には、こちらのエンディングが合ってるはずだから。
 そう思うと、今は亡き前回のヒロインの女優が思い出される。
「勿体無い、ほんとに」
 でも、いつまでもぶら下がってはいられない。
 それを、打ち砕けるかは、あの小娘次第だ。
「期待してるぞー、お嬢さん」
 いつも通り、愛おしそうな表情のまま舞台へ、呟いた。

 クライマックスだ。
 輝愛扮するつばめと、千影扮する月鬼が、怒涛の音響と風の渦の中にいる。
 蒼志役の大輔は、二人とは若干離れた位置での芝居になる。
 観客の視線は、舞台中央の二人へ向かう。
 

『俺が全部持って行く!お前如きに欠片も渡してたまるか』
『くそったれ!お前だけでいく気か!』
 目を開けるのもキツイくらいの風を起こす中、二人の声が劇場中に響く。
 
『つばめ殿!』
『蒼志、巻き込まれる!お前は走れ!』
『何を無茶な!あなただけ置いていく訳には行かない!』

 バックに流れる音が上がる。
 照明が、まばゆく光る。

 千影が、舞台のど真ん中で、悔しいくらいに小気味いい顔をする。
 
『全ては俺で始まり、故に俺で終わる。終わらせる』
『ふざけんな!』


 輝愛の、一際大きな声が響く。
 一瞬、世界が沈黙する。
 
 笹林は、そこでぎょっとした。
 笹林だけではないだろう。
 恐らく、輝愛が見えている連中は、内心笹林と同じ心持ちだっただろう。
 輝愛は、千影、要するに『月鬼』に、最高潮に怒鳴るはずのシーンで。
 

 泣いていた。


『全て・・お前一人で・・終わると思うなよ、馬鹿が』
 

 台詞は、そのままだ。
 バックの音を落とす演出にしといて、本気でよかったと、笹林はぐったりする。
 
『お前が居なくなったら・・・あたしが、寂しいだろうが』

 最初の演出で、泣け泣けいくら言っても泣かなかったから、変えてやったってのに。
 本番にかますとは、まあ恐れ多い奴だ。
「説教決定」
 言う笹林の顔は、言葉とは裏腹に、嬉しそうな表情だった。

『ならば、俺の全て、つばめ、お前に渡す、受け取れ』
『いやだっ!』


 月鬼の言葉の意味を理解して、拒絶するつばめ。
 その姿に、本当に、本当に幸せそうに、刹那的な微笑を浮かべると、
 月鬼は、涙でぐちゃぐちゃになったつばめの頬を、傷で血まみれになった、ぼろぼろの手で触れると、

 最初で最後、つばめの口を、静かに塞いだ。



 轟音が鳴り響き、光が弾け飛ぶ。
 思わず、観客が目を背ける程だ。
 音と光が止み、エピローグになる。
 生き残ったのは、蒼志と、つばめ、だけだった。
 しかし、つばめにもう涙はない。
 一人で、しんと、立っていた。

 暗転する。
 輝愛が、気付くと、世界は拍手の海だった。

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