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桃屋の創作テキスト置き場
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■こんぺいとう 2  ―おもちゃのトーイ― 3 ■




 気が付くと、気が付くとあたしは何故か。
 何故か大量の袋を抱えていた。

「あ・・あの・・・」

 所在無さげに千影の後をひょこひょこくっついて歩く様は、さながらカルガモの親子に見えなくもない。
 当の声を掛けられた本人はと言えば、呼びかけが聞こえていないのか、未だに輝愛の前方をゆっくりと歩いている。

「カワハシ」
「ん?」
 ようやく気付いたのか、肩越しに振り返り立ち止まる。
「コレは、一体何?」
 浮かない表情のまま、抱えた袋をかざし、上目遣いに彼を見上げる。


「袋」


 即答だった。
 もう、気持ちいいくらいの即答。

「え、いや、そうじゃなくて」
「じゃ、ショッピングバック」
「あのね」
「腹減ったなあ」

 輝愛の言葉を全く無視し、成立していない会話とも呼べない会話を繰り返す二人。

 平日昼間の駅ビルである。
 人はまばらで、夕方の喧騒はどこ吹く風だ。
 そんな中に、この一種異様な二人は居た。

「トーイ」

 いきなり呼ばれて顔を上げる。
「何?」
 『トーイ』と呼ばれるのに抵抗は勿論残ってはいたが、何度抗議しても、やはりこの男は聞かなかったし、そう呼ばれる事にも慣れてしまいつつある自分がいた。
 目の前には、地下の食品街へ降るエスカレーターが見える。
 そこで千影は振り返り、いつにともない真剣な表情で彼女を見つめ、

「炊事はお得意?」
「は?」
「炊事洗濯家事その他もろもろはお得意デスカ?」

 まるで棒読み。
 大根役者も良いところである。
 もっとも、彼が演技をしている訳ではないのだが、もう少し、台詞に愛嬌があってもよさそうなもんである。
 面食らった輝愛だったが、一呼吸を置き、頷いた。

「お得意デスヨ」

 ついこの間まで、独身寮に住み込みで働いていた彼女である。
 実質祖母の名目であったとは言え、年老いた祖母に代わり、仕事のほぼ一手を担っていたのだ。
 当然、寮生達の毎日の食事の世話や、寮内の清掃、洗濯など、要するに世間一般で言われるところの「家事」はお手の物である。

「なら話は早い」

 言うなり千影は地下へ降りて行った。
「カワハシ?」
 またしても彼女が事態を把握する前に一人、行動に移す彼。
 このまま立ち尽くしても埒が明かないので、重たい袋を抱えなおし、彼の後を小走りに追った。




 食品街でカートにカゴを乗せ、輝愛が持っていた荷物を全て奪い取る千影。
「あ、ありがとう・・」
「肉じゃが」
「・・・は?」
 荷物を持ってもらった礼を述べたのだが、返ってきた台詞は『肉じゃが』である。
 もはや、人の話を聞かないとか、そんな次元を遥かに超越している。
 思わず顔をしかめて聞き返した輝愛に、しかし千影は
「きんぴら、ひじき、ぶりの照り焼き」
「はあ・・・」
「ふろふき大根、筑前煮、鯖の竜田揚げ」
 勝手に料理のメニューをつらつらと挙げる。
 一通り言い終えて彼女を見て、

「おっけー?」
 とだけ聞いた。


 ・・・・作れと?

 
 輝愛は口元に手を置いて思案する。

 
 ・・・・取りあえず、食材を買えと?


 ちらり、と千影を見上げる。

「ん?」
 別段表情を変えるでもない彼がそこにいた。
 モスグリーンのレンズの奥にある切れ長の瞳が、一瞬細くなった気がした。


 ・・・・取りあえず、そーゆー事にしておこう。

 輝愛は小さく一つ息をつくと、彼に向かって笑った。

「任せて」
「任せた」

 それは、彼女が久々にこぼした笑みだった。




 ◇




 鬼のような食材を買い込んで、より一層荷物が増えた帰り道。
 どうやら行きとは違う道の様で、輝愛は千影の後ろを、ただただ荷物の重みと格闘しながらついて行った。


 ・・・・それにしても、この男は一体何なんだろう。

 
 今更といえば今更な疑問が、彼女の頭に浮かぶ。
 
 出会ったのは昨日。
 ちゃんと顔を見たのは今朝。
 名前を知ったのはさっき。

 考えてみれば、彼が自分を拾って、家に置いておく必要はないのだ。
 こんな自分に手を差し伸べてくれるなんざ、よっぽどの酔狂か、もしくは神様か仙人くらいのもんだろう。


 ・・・・・・・・・ヤバイ趣味とか?

 自分で考えて自分で引きつると言う、いささか器用な芸当をしてみせる。
 でも、どうにかしようと思えば、昨日のうちにどうにでも出来ただろうし。第一、自分にそんな色香があるなどとは、全く持って思わないし。


 それとも、捨てられた猫でも拾った様な心境なのだろうか。
 考えても埒が明かない事を悟ってか、彼女はそこで思考を中断させた。
 タイミング良くと言うか何と言うか、先を歩く彼の足も、そこで止まった。
 そして例の肩越しに彼女を振り返り、その姿を確認すると、目の前の小さなドアを開けて、中に入る。
 輝愛も、その後を一瞬遅れて追った。



 ――――カラン


 ドアにあつらえられたベルが、印象的な音を響かせる。
 カウンターと、小さめのテーブル席が四つ。
 そんなこじんまりとした喫茶店だった。
 磨かれた食器が、間接照明の光を受け、淡い光を放っている。

「いらっしゃい」

 カウンター越しに、ハスキーは声がかかる。

「ちわ」

 千影は慣れた雰囲気で、一番奥のカウンター席に腰掛けた。

「お嬢さんも、是非お席へ」

 ここのマスターであろう、品の良さそうな男性に、カウンター越しから微笑まれ、呆けていた自分に気付いて、そそくさと千影の隣の席に座る。

「お前はいつものでいいんだろう?」
 背中を向け、ドリップコーヒーを用意しながらマスターが言う。
「ん、で、コイツには適当になんか出してやって」
「適当に、ね」
 千影の言葉に、クスリ、と微かに笑みを漏らすロマンスグレー。
 輝愛は、その様子をただ眺めていた。


「トーイ?」
 右側から掛けられた声に、何故か身構えてしまう。
 その声の主は、彼女を見つめると何故か不思議そうに眉をひそめる。
「何だ?その変な顔」
「いや、その」
 『変な顔』呼ばわりされたにも関わらず、食って掛かりもせず、曖昧に笑って済ませる。

「なんであたしここにいるのかな、とか、イマイチ、理解が追いつかないと言うか」
 そう言って、ふう、と肩を落とした。
「何でカワハシがあたしを拾ってくれたのか、とか」

 ―――カチャリ。

 小さな音を立てて、千影の前にホットコーヒーが置かれる。
 すごくいい香りだと思ったけれど、コーヒーの銘柄なんか全く知らない輝愛には、どんなものなのかは分からなかった。
 それに手を付けず、輝愛を見つめ、無言で彼女の言葉に耳を傾ける。
「あたしは、どうすればいいのかなとか、どこにいけばいいのかなとか」


 そこまで行って、千影はやおら口を開く。
「お前は、どうしたいんだ」
「・・・・わかんない」
「じゃ、ワカンナイまんまでいいよ」
 そう言って、一口、コーヒーをすする。

「わかんないまんまで、良い?」
 訝しげに問い返す輝愛。
 この男の発言の突拍子も無さも理解に苦しむが、この男の思考回路はもっと想像に苦しんだ。

「見付かるまで考えろ」
「見付かるまで・・?」
 千影は灰皿を受け取り、煙草に火をつける。

「見付かるまで考えろ。もがけ。苦しめ」

 彼の言葉に、輝愛は口をつぐんだまま真剣な表情で聞き入る。

「逃げるのは許さん。死に、逃げるのは、許さん」

 その言葉に、彼女の身体は小さくびくり、と震えた。
 しかし千影は気にせず続ける。


「だからもがけ。苦しめ。あがけ。落ちる所まで落ちろ。そうすれば、後は昇るだけだ」


 父親が、娘を説教する様な口調である。
 もっとも、輝愛には父親と会話した記憶すらないのだが。


「衣食住は、もうあるだろう?一番必要な『居場所』は、自分で探せ」


 そう言って、くしゃっ、と、彼女の髪の毛を乱暴に撫でた。



 ―――見透かされている。

 そう思った。
 この男に、こんな短期間の間に、全て自らの内を見透かされている。
 そう、思った。
 悔しい。
 恥ずかしい。

 
 でも、嬉しかった。
 自分を受け入れてくれた人の存在が、こんなに有難いものだとは思わなかった。


 泣きそうになった。
 でも、泣かないように、涙も声も飲み込んだ。

 顔を上げて、ただ無言で彼の瞳を見つめた。
 そのレンズ越しの瞳が、わずかに細められたように見えたのは、気のせいではないかも知れない。


「おまたせ」

 マスターがそう言いつつ、輝愛の前に湯気の立つカップを置いた。

「ロイヤルミルクティーだよ。お嬢さんのお口に合うと良いんですがね」

 そう言って、にっこり微笑んだ。
 差し出されたカップの中身を口に含むと、ほっと心が落ち着いたように感じる。

「・・・・おいし・・」
 ぽそりと呟いた一言が、マスターの耳に届いたのか、彼は再び、ひどく嬉しげに微笑んだ。




 その様子を無言で眺めていた千影は、再び左手でくしゃっ、と輝愛の頭を乱暴に撫でた。

 「トーイ」って名前も、そこまでは悪くないかも。
 頭を撫でる乱暴な大きな手を上目遣いに見ながら、彼女はそんな風に思った。
 

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