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桃屋の創作テキスト置き場
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■こんぺいとう PROLOGUE ―輝愛side―■




 雨だ。
 今日も又、雨だ。

 湿気が多いからだろうか、気温の割りに寒さは感じない。
 最も、今のあたしにちゃんと働いている五感なんて無いのかもしれない。
 濃い水蒸気が、霧の様に漂って、辺り一面をどこか幻想的にさえ霞ませる。


 涙は、もう、出なかった。

 
 出ていたとしても、このどしゃぶりの中では分かるまい。


 ―――キィ


 座っているブランコが、降りしきる雨の中、小さく、泣いた。



 15年前のあの日も、雨だったと言う。
 10日前のその日も、雨だった。

 ざあざあと、水滴が地面に落ちる音だけが聞こえる。

 小さな児童公園の一角にある、二つしかないブランコの一つに座ったまま、あたしはぐしゃぐしゃになった地面を眺めていた。



 15年前、両親が死んだ。
 車がスリップして、その事故で二人とも帰らぬ人となった。
 
 10日前、ばあちゃんが死んだ。
 両親を亡くして以来、ずっと親代わりだった。
 独身寮の管理人をやりながら、あたしを中学まで卒業させてくれた。
 
 そのばあちゃんが死んだ。
 あたしには身内が居なくなった。
 独身寮からも出て行かねばならなくなり、職を探すしかなくなった。

 でも、たかが中卒に、世間は冷たかった。

 ばあちゃんが残してくれた貯金も、葬式やらで殆ど無くなってしまった。
 今日泊まる宿を探すお金も、最早あたしには残っていなかった。

 15年前のあの日。
 10日前のあの日。
 その日は共に、こんな雨の日だった。
 雨はあたしから何もかも奪っていく。

 だから、
 だから、雨は嫌いだった。


 そして、今日も又、雨。
 もう失うモノなんて何も無くなってしまったと言うのに。
 やっぱり、雨は嫌いだった。


 遠くから聞こえる足音。
 誰かが家路を急いでいるのだろう。
 無理も無い。
 こんな天気の中でのうのうと歩いていられるのは、カタツムリくらいのもんだろう。
 
 あたしは顔を上げるのも面倒くさくなって、ただぼーっと、ぬかるんだ地面を眺め続けた。


 大嫌いな雨。
 大嫌いな雨。


 ふいに気付くと、足音が無くなっていた。
 そんなに長い間呆けていたのだろうか。
 でもそれも、どうでも良い事だ。
 そう思ってまた、ブランコを少し揺らした。


 ―――キィ


 ブランコはあたしの為に泣いてくれているみたいで、少し嬉しくなった。
 涙の乾き果てたあたしは、もう泣き方すら忘れてしまったのだろうか。

 ふいに月が見たくなった。
 こんな雨の中、月も何もあったもんじゃないだろうが、今のあたしのぼやけた視界なら、公園の外灯の明かりがぼやけて月に見えるかも知れない。
 そう思って、ふと顔を上げた。


 視線が、交差した。


 一人、男が立っていた。

 面白くなさそうな顔であたしを見つめ、煙草をふかしていた。
 男が口を開いた。

「何してんだ」
「雨やどり」

 考える前に口が動いていた。
 男を呆けた瞳で眺めたまま。
 男の感情は読み取れない。
 男は、僅かに眉をひそめ、呆れた声で言う。

「・・・雨やどれてねーじゃん」

 傘も差さずに呆けていたあたしを半眼で見つめる。
 あたしは答えなかった。

 そしてしばらく男とあたしは会話をした。
 あたしにとってはどうでもいい会話。

「親はどうした」
「家はどこだ」
「ここで何してる」
 
 そんな、どうでもいい話。
 あたしはただ、降りしきる雨に嫌悪していた。
 男の声を聞きながら、このままここに居れば風邪でも引いて、肺炎にでもなって。
 そしたらばあちゃんと両親に会えるかな。
 なんて考えてた。
 
 
 雨の音と、男の声。
 あたしはもう、答えなかった。
 答えたくなかった。
 これ以上、傷をえぐらないで欲しかった。
 だから、答えなかった。
 
 これ以上、何も失うモノなんて無いはずなのに―――

 男は明らかに不機嫌になっていた。
 眉間にシワを寄せ、口を閉じた。


「―――来い」


 男は怒気をはらんだ声で言った。



 そしてあたしは、この雨の中、名前すら失った――――
 

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■こんぺいとう PROLOGUE -千影sideー■




 ―――うざったい。
 雨は苦手だ。
 嫌いと言う訳ではないけれど、靴に水が滲みるし、傘を持つのは面倒だし。
 やはり、苦手だ。


 深夜である。
 明かりの灯っている窓はもう殆ど見受けられない。
 それでも、腹が減ってはなんとやら。
 夜食を買いに、近くのコンビニまで足を伸ばした。

 尻のポケットに財布を一つ。
 片手でビニール傘を差し、くわえ煙草でいつも通り、近道の小さな公園を抜ける。

 ―――と。



 ――――キィ


 小さく音がした。
 傘をずらして、音のした方向に視線を向ける。
 ブランコに座ったままぼーっとしている奴がいる。
 俺は曇りかけた眼鏡越しに目を細める。
 どうやら子供の様だ。
 ・・・・何やってんだかね、こんな夜中に。
 声をかけようとも思わず、俺はのそのそとコンビニへと向かった。



 適当に食い物と酒と煙草を買い込んで、再び雨の中に踏み出す。
 もう地面はびしゃびしゃになり、水溜りになっている。
「・・・スニーカーやめて雪駄にして正解だったな」
 コンビニのビニール袋を引っさげ、ジーンズにTシャツに雪駄と言う、何だかよく分からない格好のまま、俺はまたのろのろと帰り道を歩んだ。
 何故か、頭からはあのガキの残像が消えなかった。


 ――――まだ居やがるよ、あのガキ
 行きと同じく近道の公園を抜けようとした。
 先ほど見掛けた子供が、いまだ同じ場所に留まっていた。
 よくよく見れば、傘の一つも差してはいない。
 何故かひどくそのガキが気にかかった。
 ・・・・・・放置して、翌日遺体で発見、なんてのはいくらなんでも寝覚めが悪いしなあ・・・・

 がしがしと頭をかいて、仕方なく、その子供の方へ向かって歩を進める。


 ――――キィ


 小さく、悲しげな声でブランコが泣いた。

 俺はそのガキからちょっとばかり距離を置いた場所に立ち、煙草に火をつけ、くわえる。
 しばらく、そのまま眺めていた。

 ふと、ガキが頭を上げる。
 目が合った。

 その両目からは、止め処なく涙が溢れている。

 一瞬、ほんの一瞬息を飲んだが、すぐに俺は口を開く。

「何してんだ」
「雨やどり」

 俺の問いに、何の感情も込めずに答える。
 しかし―――
「・・・・雨やどれてねーじゃん」
 傘も差さず、ぬれねずみになっているそのガキを、俺は呆れてまじまじと見つめる。
 ・・・・・・・ちょいと可笑しな奴だったのかなあ・・・
 早くも後悔したりもしたが、そこはそれ、声をかけた俺の落ち度だ。

「親はどうした?」
「死んだよ」
 又しても二の句が続けられない様な、さっぱりとした答え。

「家はどこだ?」
「もうなくなっちゃったよ」
 ・・・・・・・オイオイオイ。
 こいつはマジでヤバイお子様かも・・・
 頬に一筋冷や汗が伝う。

「――――ここで、何してる?」
 その問いに、今まで感情を悟らせなかったその表情が、わずかに動いた。

「・・・・・・雨やどり」
 苦痛の、表情だ。
 ―――ああ、だからか。こいつがこんなに気にかかったのは。
 俺はわずかの間、まぶたを閉じる。

 
 絶望した、瞳だ。
 苦痛な、悲痛な、瞳だ。

 俺はこの眼をよく知っている。
 だから、こんなに気になってしまったんだ。

「・・・・ほんと、やんなるぜ全く」
 呟いてがしがし頭をかく。

 目の前にいる、年端もいかないコイツに、ひどく腹を立てている自分が居た。

 
 ―――お前の中での世の中は、それだけで終わっちまうのかよ。


 そんなのは、
 そんなのは、許さない。

 
 死に逃げようとしている奴は、皆同じ顔をしている。
 そしてこのガキもまた然り、だ。
 生きたくても、生きられない人間なんて、この世界には、はいて捨てるほどいるのに。

 俺はムカムカする思いを抑えもせずに言った。



「――――――来い」



 そう、一言だけ言って。
 俺はガキをひょいと抱えて歩き出した。
 ビニール傘は、邪魔だから公園のゴミ箱に捨てた。
 傘の代わりに、このか細いガキを抱えて。
 俺は家路を辿った。
 
 少なくとも、抗議の声は聞こえてこなかった。
 それが、唯一の救いであり、非難でもあった。







 ちなみに、俺がそのガキが女の子だって気付いたのは、帰宅してそいつを風呂に突っ込もうとした時だった。

 ・・・・・あーあ・・・

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