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桃屋の創作テキスト置き場
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■innocence  ―流転―  ■




「見届ける者」


 俺は、そういった役割を持っているらしい。


 って言ったって、一体何を「見届ける」のか、誰を「見届ける」のか、なんて、全く持って知りはしなかった。


 でも、それが俺の運命―さだめ―で、そこからは逃れられないらしい、って事だけは、確かなようだ。


 くそったれ。


 さだめなんて知った事か。


 俺は俺の生きたい様に生きる。


 何かの、誰かの言いなりなんてまっぴらだ。


 だから俺は、奴を探す。


 奴を探して、へばりついて、ずっと最後まで。


 矛盾してるかも知れない。


 それは既に「見届ける者」としての役割だからだ。


 でも、ただ黙ってみてるなんで性に合わない。


 言いなりになるのは嫌いだけど、自分の意思でかき回すのは好きだ。


 だったら、


 だったら、いっそ。


 その流れに飛び込んで、自分の流れに変えるまでだ。


 ただ見てるだけなんて、


 哀しすぎるじゃないか。


 ―――なあ?







 俺は見事に、奴を見つけ出した。

 まあ、「白銀」なんて大層な通り名で呼ばれてる割りには、当の本人は見る影も無いくらいの普通の優男。
 こいつが本当にあの伝説の「白銀」なのかと、一緒に旅をするようになった今でも、にわかに信じがたい。
 こんなひょろっこい奴の、どこに一体あんな力があるんだ?
 純粋な力比べで勝負したら、十中八九俺の勝利だろう。
 もしかしたら、こいつが「白銀」ってのは、何かの間違いじゃないか、って思うほど、奴は普通だった。


 その容姿を覗いては。


 真っ白い流れる長髪、色素の欠落したような瞳。
 それだけで、十分だった。
 こいつが「白銀」であると言う証拠には。
 今も直、別段代わり映えも無く、俺達三人は連れ立って歩いている。
 傍目には、よくいる旅人にしか見えない三人。
 その三人が全員。「白銀」に関わる重要な人物であるなど、誰も信用しないだろう。
 一般人の間では、せいざい昔話としてくらいの認識しかないから。


 しかし、白銀は実在するのだ。
 俺の目の前に。


「あ、なんかまた敵みたい」
 もはややる気の欠落したような口調で、旅の連れの紅一点、ローディアちゃんが呟く。
 今俺は彼女を落とそうと画策中なのだが、なんだかんだで白銀、もといもう一人の旅の連れ、シリウスが邪魔をする。
 全くもって、遺憾な話だ。


 彼女に惚れてるなら惚れてるで、正々堂々と勝負しろってんだ。
 それをやる気が無いのなら、邪魔もしないでもらいたい。
 まあ、それをしないんじゃないくて、出来ないんだろう、あいつは。
 それを見ていて分かっちまうから、俺も決定打を打てないわけで。
 ライバルとは言えど、同じ男として、あいつが可愛そうでもあるわけで。
「まーたケインのせいなんじゃない?」
 ローディアちゃんが、ジト目でこちらに視線をよこす。
 俺は適当に笑っておくだけにした。
「じゃあま、食後の軽い運動といきますか」
「軽いことを願う」
 俺の軽口にシリウスが付き合う。
 最近では、妙なコンビネーションも生まれてきてしまった。
 不本意ながら。
 めいめいが剣を抜き放ち、殺気の中に飛び込んでいく。
 敵さんには悪いが、今回も速く終わりそうである。
 なにせ、こちらには勝利の女神が筆頭におりますから。







「そろそろ白状しても良いんじゃない?ケーイーン?」
 ローディアちゃんが、腰の鞘に剣を納めながら、ジト目で俺を見る。
 ちなみに、襲って来た野党どもは、見事に皆様のされていらっしゃる。
 ね、勝利の女神の恩恵は、結構なもんでしょ?
「白状・・って、何の事?あ、ローディアちゃんへの愛の告白?だったらいつでもまかせて♪」
 おちゃらけてみるも、彼女の視線は厳しいままだ。

 ・・・・お手上げですって。愛しい君にそんな顔されちゃ。


「―――分かった。話すよ」
 観念してそう言うと、彼女は僅かに微笑んだ。



「俺も、そんなにたくさん情報をつかんでいる訳じゃないんだけど」
 三人で地べたに腰を降ろし、俺は言い訳するように切り出し、躊躇する間すらなく、一気に確信をつく。


「シリウス、今までに暴走した事ない?」


 ちらりと横目でシリウスと目を合わせる。
 瞬間、彼の眉がぴくりと動く。
「―――あるんだ。で、それっていつ頃?最近の事?」
 俺の問いに、当の本人では無く、愛しの彼女が口を開く。
 敵認定:そのいち(シリウス)は、憮然とした表情のまま、しかし意外そうに彼女を見た。


 ・・・ん?もしや・・


「最近も何もつい最近よ。だって・・」
 そこまで言って、彼女は一瞬シリウスに目線を移そうとしたが、何を思ったかそれを途中で止め、俺の瞳をひたり、と見つめて、
「ケインと初めて会った日の夜明け頃よ。彼が、おかしかったのは」
 彼女の台詞に、シリウスは驚いたように腰を浮かしかけた。


 ・・・やっぱりか・・まいったね、こりゃ・・


 目だけで彼に『座れ』と告げ、彼女との会話に戻る。
 シリウスは、ややあってから、元自分が座っていた位置に、再び腰掛けた。


「やっぱりあんたが『白銀』なのか・・・」
 俺はあぐらをかいた足の、右ひざの上に右ひじを乗せ、その上に頬杖をつくと言う、いささか器用な格好で、ぼそりと呟く。
「・・・どういう事?ケイン、あなた、何を知ってるの?」
 ローディアちゃんが、真剣な表情で聞いてくる。
 最も、彼女は身を乗り出したりとかはしなかったけど、その気配は、鬼気迫るものすら感じ取れる。
「分かった。知ってる限りを話す。ただ、俺も又聞きが多いし、俺が見た訳でも無い話ばかりだ。それに、いい話にならない事は確かだ」
 俺はそこで一回呼吸を置いて、


「それでも、聞きたいか?」
 彼女は、無言で頷く。
 彼は、唇を噛み締めたまま、動かなかった。
「聞かないで平穏に暮らすって選択肢、間違ってないと思う。でも、聞きたいなら、俺は俺の知っている情報全てを話そう」
 いつものおちゃらけた口調を捨て、至極真面目に言葉を紡ぐ。
「話して。ケイン」
 躊躇しないローディアちゃんに軽く頷き、
「で、あんたはどうすんの?聞くの?聞かないの?」
 わざと冷たくシリウスに言い放つ。
 彼は、やはりしばらく無言で居たが、僅かに拳を握った後、


「・・・・聞いてやるから名前くらい覚えろ。シリウスだ」
 そう言って、立ち上がった俺を見上げて、不器用そうに笑った。

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■innocence  ―漆黒―  ■




「ローディア・グランシュス」
 これが、あたしの名前。


「白銀の巫女」
 それが、あたしの持つもう一つの名前。

 婆様に教えられた、もう一つの。




 その名前を持つものはは、必ず出会うんだって聞いた。
 白銀、癸、黄金、そして、焔に。


 それらはこの世界の命運に必要な者達で、白銀が現れたら必ず関わるんだって。


 幼かったあたしは、それが一体どういう意味なのか分からずに、でも漠然とした恐怖を感じたのを覚えている。



 ―――なぜしろがねにだけ、みこがいるの?



 そう聞いたあたしに、婆様は悲しそうな瞳をしたまま静かに語ってくれた。



 ―――それはね、ローディア。白銀と呼ばれし者は、必ず焔に討たれて死ぬからだよ。



「死」と言う言葉だけが、強く響いたのを、あたしは強く記憶している。
 消え行く「白銀」に寄り添うのが、白銀の巫女なのだと。


 ―――あたしも死んじゃうの?


 ―――それは、お前がその時決める事さ



 白銀と共に滅ぶか、
 白銀を見届けるか。



 ―――いずれにせよ、辛い選択に違いは無いね。


 そう呟いて、愛おしそうにあたしの頭を撫でる婆様の皺だらけの手は、微かに震えていた―――







「白銀は、魔の器だ」


 暗くなり始めた空の下、いつになく真面目な顔をしたケインが口を開く。
 街灯も無いこの場所では、既に少し先ですらも影が落ちて、目視しにくくなって来ている。


 あたしは静かに口の中で印を結ぶと、集めた枝に炎の術をかける。
 まばゆい光が一瞬輝いた後、枝はぱちぱちと音を立てて燃え出した。


「俺はツテがあって、ある国の機密事項を把握してるんだ。その国で調べられるだけ調べた結果、出たのがその答えだ」
「・・・器?」
 あたしは眉を潜める。
 あたしが聞いたのは、白銀は覚醒すると魔族になると言う話だった。
 そう告げると、ケインは「それも近いと言えば近い表現なんだけどね」と続ける。


「伝聞なんかでは、地域によって差異はあれど、おおよそそんな感じだ。でも、本当は少し違う。覚醒したら、魔族になるんじゃない。覚醒したら、ただ、無になる」
「無・・?消えてしまうとでも言うの・・・?」


 問いかけるあたしの声は、震えては居なかっただろうか。


「消えるんでも無い、ただの『無』だ。消えもしない、現れもしない、ただの無。そしてその『無』の器に、魔族が憑く」
「身体を乗っ取るって、事ね」
「簡単に言えばね」
 そこまで語って、沈黙した。



 どういう事?
 シリウスが『覚醒』して、『無』になる。
『無』になるとは、どういう意味なのだろう。
『無』は『無』であって、存在も具現もしない筈なのだが―――



 もしくは、



 あたしは、自分で至った考えに、背筋が凍った。





 もしくは、
 彼を媒体にして、虚無が広がるとでも言うのか。





 虚無が広がると言う表現はおかしいけれど、あたしは他に適切な表現方法を知らない。
 覚醒した白銀に虚無が収束し、彼を礎に、飲み込む。


 そう、全てを。


 しかし、もしそうだとしたら。
 魔族なんか、添え物に過ぎないのではないだろうか。
 彼が覚醒しなければ、彼が暴走しなければ。
 それは、食い止められるんじゃないだろうか。



「残念な事に」
 あたしの思考を遮って、ケインが口を開く。
「今回の『白銀』に関わるべきの黄金は、まだこの世に生を受けていないらしい。最も、黄金は必ずしも毎回白銀と共に在る訳でもないらしいけど」
 白銀について、過去記されたわずかな記録にも、白銀が出現した際に、焔と癸は欠けた事は無いが、黄金に関しては、必ずしもそうではなかったとか。
「黄金は一体、何をすべき者なの?」
 

 白銀の巫女であるあたしは、白銀に寄り添う者。最期を看取る者。
 癸であるケインは、全てを見届ける者。
 まだ見つかっていない焔は、唯一、白銀を葬れる者。
 

 じゃあ黄金は?


 あたしはその答えを知らない。

「黄金はね、再生だよ」
 ケインが淡々と語る。


 魔族に祝福を受け、覚醒と暴走を約束された白銀。
 赤龍神・フォレディグスタンの加護を受けた焔。
 青龍神・ディズアラグーシャの加護を受けた癸。


 そして。
 神族に祝福を受け、全てを浄化、再生させる能力を授かった、黄金。

 そこまで聞いて、一気にのどが渇く。
 だとしたら?
 だとしたら―――

「じゃあ、黄金が居ない今、もし・・・もし・・・」



 もし、シリウスが覚醒して、白銀になってしまったら?



「簡単な事だ。焔が覚醒した白銀を殺さない限り、この世界の終わりだ」


 淡々と語るケインの瞳は、見た事も無い苦渋で満ちていた。

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