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桃屋の創作テキスト置き場
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■私の好きな人■




 
 私より、一回り以上年上の彼が、無防備な顔で眠っている。

 そう言えば、彼と私は実際いくつ違っていただろう?

 そんなことを薄ぼんやりと考えながら、寝息を立てる彼の、額にかかった髪の毛をそうっと撫でる。

 何故か目が覚めてしまい、頬杖をつきながら隣の彼を見つめる。 

 どれくらいの時間を、この人と一緒に居たのだろう。;

 付き合ってどれだけ経ったか、指折り数えてみる。

 それほど時間は経っていないのに、この人とずっと長く居たような気分になっている。

 馴れ合いなのか、それこそ自然にそうなったのか。

 どちらが良いなんて分からないけど、ただ、私にはこの人が心地よい。

 あ、笑い皺だ。

 目尻にうっすらと見えたそれは、いつものこの人の微笑みを思い出させる。

 私を見る時の、何とも言えない暖かい眼差しや、

 優しく髪の毛を撫でる手や、

 名前を呼ぶあの声一つ取っても。

 僅か微細な事ばかりだけれども、目を凝らせば、そこに感じるのは

 この人に確かに愛されていると言う感触。

 口には出さないけれど、とても心地よい。

 ひとしきり彼の顔で遊んだ後、一つあくびをする。

 腕にしたままの時計に目をやるが、まだ、起きるには早すぎる。

 久方ぶりの二人揃っての休日だ。

 普段出来ない朝寝坊も、良いだろう。

 私は布団を鼻まですっぽりかけ直すと、私の大好きな人に近付く。

 夕べのシャンプーの香りが感じられるほどの距離で、再びまぶたを閉じる。

 横で私が動いたためか、寝ぼけただけか、

 隣で眠る彼が一瞬目を開ける。

 どうしたのと声を出すより早く、凡そ寝ぼけていたのだろうこの人は、無言で布団ごと私を引き寄せる。

 そしてこの人の言う「定位置」に私が収まると、安心しきった様に再び寝息を立て始めた。

 腕枕をされ、抱き込まれている状態で、少し、体制を変えると、私も彼の寝息に呼吸を合わせる。

 すぐに睡魔が戻ってきて、私の意識を吸い取ってゆく。

 寝しなに僅かに聞こえたあの人の、私を呼ぶ、恐らく寝言にさえ、

 幸福を感じながら。

 そうして私はまた、この人と眠る。

 きっと、ずっとこの先も。

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■あたまのすみにでも■




 
 恋って、いつ落ちるものなんだろう。






 知らないうちに、毎日相手を目で追っているのに気づいたとき?


 あの人の声が聞きたいと想ったら?


 手に触れたい、

 
 独占したいって、想ったら?



 それとも、


 かわいい、って、想ってしまった時からだろうか?



 だとしたら、

 私はたぶん、

 

 恋に落ちているのだろう。





 ◇




 
「許されない恋」


 なんて、形容されがちだけど、
 誰かに許しを請おうなんて、
 さらさら想ってないもの。

 大体、私のこの心の内すら、
 あの人には届いていないのだから、
 それこそ、無駄な心配だ。


 でも、毎日あの人は私に言葉をくれる。

 ほかのみんなにもそうだと、わかっているけれど。

 あの人の言葉で、私の毎日には一層華やかな色が散らばるのだ。


 あの人の瞳に、もう少しでも長く映っていたいというのは、
 我侭なのは分かっている。


 一人で恋愛はできないって、それくらいは分かっているんだから。



 でも、想うだけなら、自由よね?



 許されない恋だとしても、それは私の糧になるはずだもの。



 だから、また今日も私はあの人に声をかける。

 いつもみたいに、背中を手のひらで軽くぱちん、と叩きながら。

 いつもの、みんなとおんなじ台詞を、


 私だけの、想いを込めて。





「おはよう、先生!」

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■想フ事■




 ずっと、あまり好かれていないだろうな、と勝手に思っていた相手と、二人で飲む事になった。





 彼は、私の想像よりもずっと真面目で、ストイックで、年不相応な位落ち着いていた。

 とても穏やかに酒を飲む人で、今まで私の周りにはいなかったタイプだ。




 正論を真っ直ぐに、事実を端的に言う人。
 古きを慈しみ、信念を持ち、確固たる自我を内包し。




 しかし笑うと、やはり年相応のかわいい顔になる。




 無知な私に対して卑下するでも無く、
 見下すでもなく、しかし当然ながら媚びる事も無く対話をする。



 そう、会話ではなく対話と言う表現が、きっとこの人には相応しい。




 彼は清流の様な人だ。
 神社の境内に居る様な、清らかな空気を感じる。
 彼には神聖とも呼べる領域が、ある。
 一歩引いた所で他人と対峙する事で、
 彼が彼らしく在り、他人を他人として存在させる事を可能にしている。



 奇特な人だ、と、私は思った。



 礼儀を重んじ、空気を把握し、
 相手を否定せず、しかし流されるでも無い。




 こんな人が居たものかと、私は静かに驚愕するのである。
 畏ろしい人だとも、思う。



 きちんと背筋を伸ばし、姿勢を正して、彼の前に立てる人間にならねば。
 と思わせる様な人だ。


 たかだか五歳だか六歳位しか違わない筈の若者であるが故、余計にそう思うのだろうか。



 しかし、こんな彼でも、部屋の中は人をあげられる様な状態では無いなどと言い、少し困ったように照れるのだから、かわいいものだとも思う。




 再び二人きりで酒を酌み交わす機会が来るとは、凡そ私には見当もつかないが、この僅か三時間弱の時間は、私にとって、間違いなく至福であった。


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